運命とは何だろう。
何が運命で、何が運命ではないのだろう。
一体どこまでが運命で、どこまでが運命ではないのだろう。
例えば――
今、私は自室で鏡の前に立っている。
これは、運命だろうか?
それとも、偶然?
私は、私の意志でここに立っている。それなのに、これは運命だというのだろうか。
例えば――
私はスカートの中から一本のナイフを取り出し、それを部屋の向こう側めがけて投げた。ナイフは花瓶に挿された薔薇の花をかすめた後、タンッという鋭い音とともに壁に突き刺さる。
すると、薔薇の花は付け根からポロリ、と床に落ちた。
私は床の上のそれをそっと拾い上げる。
今、一つの花の生命が失われた。私の手によって。これも、運命というのだろうか。
それなら――
私は左手の手の甲に、ナイフを切っ先をあてがう。
全く意味をなさない行動。
赤い液体が一筋、手の甲を伝って流れる。
これも……運命?私がここで、左手から血を流すことも最初から決まっていたというの?はたまた、私が運命に対してこうやって思いを廻らしているのも、ずっとずっと昔から決まっていたというの?
……そんな訳、無いじゃない。
左手を握りしめる。
血液が2、3滴、ポタ、ポタと床に落ちた。
「お掃除、しなっくっちゃ」
私はそういって、自室の扉を閉める。
***
「咲夜、まだぁ~?」
「もう少しです、お嬢様」
悪魔の館、紅魔館のメイド長を務める十六夜咲夜は、自らの主のお着替えを手伝う真っ最中。
「もう、早くしないと終わっちゃうわよ」
口を尖がらせて従者の方を見る主。
「大丈夫、お祭はまだ始まったばかりですよ」
咲夜は主の着ている浴衣の帯をギュッと引っ張ると、後ろでそれを文庫結びにする。
「はい、できました」
血のように深くて濃い赤に、白で花火の模様が描かれた浴衣が、黄色い帯で結ばれている。
レミリア・スカーレット。
紅魔館の主である彼女を表すような、赤い浴衣。それは、彼女の従者である咲夜のお手製だ。
「どう、似合うかしら」
レミリアは、従者に尋ねた。彼女は自分で自分の姿を確認することができない。
彼女は吸血鬼なのだ。吸血鬼は鏡には映らない、とはよく言われるが、本当である。現に今、レミリアの側にある鏡に映ってるのは咲夜の姿だけ。
鏡には、人間の魂を映しだす力があるが、肉体と魂の結びつきが弱いとされる吸血鬼の姿を写すことはできない。
「それはもう、良くお似合いですよ、お嬢様」
咲夜はニッコリと笑顔を作る。
「そう」レミリアは満足気に答えると、「フランたちはもう済んだかしら?」と尋ねた。
レミリアの妹――フランドール・スカーレットもまた、当然のことながら吸血鬼である。彼女は別の部屋で着替えている最中だ。
その時、奥の方で「フラン様、まだ終わってないです~!!」という叫び声が聞こえた。するとしばらくして、バタン、という大きな音と共に前方の扉が勢いよく開き、中からフランドールが飛び出してきた。
「お姉様、どう?似合ってる?」
「あらあら、フラン、袖が乱れてるわ」
「フランドール様、少々お待ちを」
咲夜はフランの側に寄り、はみ出た紐をキュッと引っ張り、袖の長さを調節した。
「これでばっちりです」
「ありがと、咲夜」
今度は誰かが走る音が聞こえてきた。
「あ~っ!見つけましたよ、フランドール様ぁ!」
と言いながら、入ってきた一人の女性。紅魔館の門番を務めている彼女の名前は、紅美鈴。いつもはチャイナ服の彼女も、今は浴衣を着ているせいか、すぐにはフランに追いつけなかったようだ。最も、たとえ浴衣を着ていなくてもフランに追い付くのは至難の業であるが。
「着付けはまだ終わってないですよ……ってあれ?」
「私が調節しておいたわ」
「あ、そうだったんですか。ありがとうございます」
美鈴は咲夜に礼を言った。
「いえいえ……これで残るは、パチュリー様のみですね」
「パチェの着付けには時間がかかりそうだわ」
レミリアの知人であるパチュリー・ノーレッジもまた、紅魔館の住人である。しかし彼女は起きている間は常に図書館で本を読んでいるので、むしろ図書館の住人といった方が正しいが。今彼女は、図書館の秘書である小悪魔に着付けを習っている。それも、そろそろ終わってよい頃だが……。
案の定、すぐにパチュリーとその秘書、二人の声が近づいて来た。
「ほら、パチュリー様、早く!」
「ま、待って。これ、歩き難くって……」
「ぐずぐずしてると置いていかれちゃいますよぉ」
小悪魔はパチュリーの手をとって走る。
「すみません、遅くなりました」
「はぁ、はぁ……。悪いわね、少し時間がかかったわ」
パチュリーが息を切らして言った。
「いえ、私たちも先ほど終わったばかりで。パチュリー様に、こあちゃんもよくお似合いですよ」
咲夜が微笑んで言う。
「ふん、どうやら全員揃ったようね」
レミリアがぐるっと一周、見回して言った。
少し遅れてやってきた彼女たち二人を含め、計六人が今日のお出かけのメンバーだ。
「じゃあ早速でかけるわよ!」
今日は、人里で花火大会。
咲夜は少し前に知り合いからそれを聞いて、どうしても行きたいと思っていたのだ。その知り合い曰く、花火大会には妖怪も結構やってくるらしい。というか、その知り会いも妖怪であるが、出店に焼鳥屋を開く予定だそうだ。もちろん、妖怪たちは堂々と道を歩く訳ではない。皆、こっそりと人間に変装していくのだ。今日のメンバーの中では、咲夜以外、全員妖怪なので、彼女たちは羽を隠したりして一応変装している。
しかし、そんな変装は、注意深く観察すればすぐに分かる。特に、人間側からすると。
人間と妖怪が、種族の差を取っ払って笑い合えるとき。
それが、今夜なのだ。
「うわぁ、なんだかいっぱいいるね……」
会場には、人、ヒト、ひと――フランは口をあんぐり開けて、混ざりゆく人々の波を眺めている。
「フランドール様は、こういった場所に来るのは初めてですか?」
側にいた咲夜が問う。
「うん、私、あんまりお外に出してもらえないから。これ、みーんな妖怪?」
「いえ、皆さん人間です」
「人間?ここにいるの全部?」
「はい。あ……でも、妖怪の姿もちらほら窺えます。ほら、あそこにも……」
咲夜の向いた方向には、薄紫色の傘を持った女性が、明らかに周りと違う雰囲気を漂わせながら、ふわふわと歩いている。
「ほんとだ……こっそり人間を襲いにきたのかしら」
フランドールが首をかしげると、咲夜が微笑んで言った。
「いえいえ、そうじゃありませんよ。彼女もお祭を楽しみに来たのです。私たちと一緒です」
「なんだ、そうかぁ。でも、あれじゃあ妖怪だってすぐに分かるよねぇ」
「確かに、バレバレですね」咲夜はクスクスと笑うと、フランドールの手をとって言った。
「でも本当は皆、気づいてるんですよ」
「……彼女の知恵がないことに?」
「彼女が妖怪だってことに」
「え、じゃあ人間はどうして逃げたりしないの?」
フランドールは咲夜を見上げる。
「皆、仲良しだからです」
「へ……?」
「はい。人間も、妖怪も、仲良しです」
「仲良し……?」
「そうです。私と、フランドール様も」
「私と咲夜も?」
「フランドール様と、お屋敷の皆も」
「お屋敷皆……お姉様も?」
「もちろんです。美鈴も、パチュリー様も、こあちゃんも、みーんな仲良しです」
「……そっかぁ」
フランドールは大きく息を吐きながら言った。
咲夜はより一層、強く彼女の手を握りしめる。
「だから、これからはもっとお屋敷の外へ出て、もっと友達を作るのです。それから、もっと皆と仲良くなって……」
「私にできるかなぁ~?」
「絶対、大丈夫です。だって……私にも、できたのだから……」
「……じゃあ、少しだけ頑張ってみようかな」
「はい、全力で応援しますわ――」
気がつくと、残りのメンバーは先へ進んでいて、二人は大分遅れをとってしまった。
「咲夜ぁ、フラン、何やってんのー、置いて行くわよー!」
周りのことなんかお構いなしに、レミリアが大声で叫ぶ。
「お嬢様がお呼びです、行きましょう、フランドール様」
「うん!」
二人は手をつないだまま、人ごみに交じっていった。
紅魔館一行は、それぞれの手に団扇やら、綿菓子やらを持って歩いて行く。
リンゴ飴を食べ終わったレミリアは、何か辛いものが食べたくなって辺りを見回す。
すると――
「あっー!!」
目の前の焼鳥屋を指さして、突然声を上げた。
「どうなさいましたか、お嬢様?」
「ん?」
焼鳥屋の店主と、目が会う。
「なんだ、お前らか」
「何でアンタがここにいるのよ」
レミリアがいぶかしそうな口調で尋ねた。
「何でって……、見ての通り、焼鳥を焼いてるのさ」
「ここは人間のお祭よ」
「そういうお嬢ちゃんは、どうしてここにいるんだい?」
「私はほら、咲夜に言って羽根を隠してもらってるし」
と言ってレミリアは背中を見せる。
「私だって人間さ。ところでそこの従者、何がおかしい?」
咲夜は店主を見てから、クスクスと笑いをこらえている。
「だって、あなたのその格好……」
「ん、なんだ、なにか変かしら……」
店主は自分の服装を確かめる。大きなエプロンには多少の汚れがついているが、特におかしい所はない。顔になにか付いているのだろうか……?
「あまりに似合いすぎて……」
「ほっとけ」
そっちかよ。
「ところでお嬢ちゃん、何か買っていくかい?」
店主がレミリアの前で焼き鳥をぶらつかせて言う。
「知り合いなんだから、サービスしなさい」
「こちとら商売なんでねぇ。タダってわけにはいかないね」
「咲夜、なんとか言ってやってよ」
咲夜はようやく笑いがおさまったようで、レミリアの方を振り向く。
「えっ、すみません……何かおっしゃいましたか?」
「こいつがタダで売ってくれないのよ」
「お嬢様、タダは販売できません」
「いいから何とか言ってやってよ」
それでは……と。
「不死鳥さん、ここは私たち三人の再会を祝して、どうか一本お譲り頂けないでしょうか……?」
店主はうーんと唸った後、
「仕方ないねぇ……ほら、持って行きな!」
そう言って差し出したのは、二本の大きな焼鳥。
「商売はどうなったの、商売は」
「お嬢ちゃん、物事には頼み方ってものがあるんだ」
「フン、まあ、ありがたくもっらておくわ」
「ありがとう、妹紅」
咲夜も店主に向かって頭を下げる。
「あーっ、それよりも熱いから。気を付けてな」
店主は最後までお人好しである。
二人は改めて礼を言うと、焼鳥屋を後にした。
出店も半分近く回ったところ。レミリアたちは、まだまだ食べ飽きないようである。
咲夜は美鈴と一緒に、一歩離れてその後を付いて行った。
そこで美鈴が咲夜に提案する。
「ねぇ、咲夜さん。私たちも何かやりましょうよ」
咲夜は少しだけうーんと考えた後、「何がいいかしら?」と尋ねた。
「そうですねぇ……あれなんてどうです?」
美鈴が指さした方向にあるのは――
「射的?いいわ、それにしましょう」
二人は射的の屋台まで歩いていった。
「勝負ね、美鈴」
「いいですよ……でも、私は負けませんよ?」
「あらあら、自信たっぷりね。私だって負けられないわ」
ルールは簡単。
お互い交互に銃を持ち、的を狙って撃つ。的が倒れると、商品としてそれが手に入る。的にはそれぞれ得点が書かれていて、倒すのが難しい的ほど得点が高い。得点は一番簡単なもので1点、一番難しいもので10点だ。それぞれの持ち弾は、二発。
「どちらから先にやります?」
「これで決めましょう。表なら美鈴、裏なら私から」
咲夜はどこからかコインを取り出すと、親指の上に乗せてピン、とはじいた。コインは回転しながら宙を舞い、咲夜はそれを左手の甲でキャッチする。コインは……表。
「私が先行ですね」美鈴が銃を受け取って言う。「では、まずは簡単なものから……」
そういって彼女が目標とするのは――6点の的。
「ずいぶん高い点数を狙うのね」
「まあ、見てて下さい」
美鈴は少し身を乗り出すと、狙いを定めて……。
――パンッ。
「お見事」
6点のお菓子セットが、勢いよく倒れた。
「ちょろいですね」
「さてはあなた、やったことあるわね?」
「あ、バレました?実はこういうお祭、ちょくちょく来たことがあるんです」
「だからって負けないわよ」
そう言うと咲夜は銃を構え、美鈴と同じように身を乗り出した。
咲夜がこれをやるのは、初めてだ。しかし、美鈴のやり方を見て、なんとなく雰囲気は掴んだ。狙うは――5点の的。
ゆっくりと、銃を傾ける。
――パンッ。
弾は、5点のお面の右端にあたり、お面はバランスをくずして倒れた。
「すごいじゃないですか、初めてだと中々こうはいきませんよ」
「先に美鈴のを見ていたから助かったわ。もし私が先だったら、きっと外していたわね」
「流石は、呑み込みが早い。……でも、残念ながら勝つのは私です」
美鈴はニヤリと笑うと、咲夜から銃を受け取る。
今度は先ほどと違い、慎重に狙いを定める。彼女が狙うのは――8点の熊のぬいぐるみ。
「これは……美鈴でも中々難しいんじゃないかしら」
「コツがいるんですよ。あの的なら、80%の確率で落としてみせます」
そういって彼女は、もう一度照準を合わせる。
――パンッ。
弾は見事、ぬいぐるみの額にあたり、ぬいぐるみはゆっくりと後ろへ倒れた。
「……やられたわ」
「こんなもんです」
笑顔で咲夜に銃を渡す美鈴。
美鈴の得点は、6点+8点=14点。1回目の咲夜の得点は5点なので、美鈴に勝とうと思ったら、
「10点を狙うしかないわね……」
咲夜は諦めて的に向かい合う。
10点の的は一つ。一番下に置かれている、たぬきの置物だ。
「咲夜さん、私は同点でもいいんですよ」
「冗談」
咲夜はたぬきに狙いを定める。たぬきの置物は、小さな子供の背丈くらいもある、大きな銅像。
「……って、大き過ぎでしょ!」
あれを今まで倒せた人はいるのだろうか……というかそもそも、誰が好き好んでたぬきの銅像なんて狙う?
「私ね」
咲夜はため息をつく。
いけない、集中しなくては。
もう一度、狙いを定める。
たぬきがこっちをみて、微笑んでいる。
そんなに微笑まないで。
たとえ倒したとしても、あなたは香霖堂に売られていく運命なのよ……。
――パンッ。
咲夜の撃った弾は、たぬきの額ど真ん中に命中。
そしてたぬきは、なんと……
微動だにしなかった。
「ですよねー」
「う~ん、残念です、咲夜さん」
後の店主の話によると、あのたぬきは飾りみたいなもので、代々唯一の10点役を担っているが、それを狙う人はいないらしい。本気で倒そうと思ったのは、咲夜が初めてだそうだ。
店主は、たぬきと対峙した勇気を称え、咲夜に4点の線香花火セットをプレゼントした。
いくつかの景品を手に抱え、二人は射的を後にする。
「私の負けね、美鈴」
「えへへ……勝っちゃいました」
「仕方ないわ、あなたの好きにしていいのよ」
と言って、両手を差し出す咲夜。
「な……何言ってるんですか!」
慌てて両手を振る美鈴だが、ふと気付いて立ち止まる。「あ、そうだ……」
「なあに?」
下から覗き込むように美鈴の顔を見て、首をかしげる咲夜。
「これ、ちょっと持っていてくれません?」
「これって……」
先ほど美鈴がとった景品。8点の熊のぬいぐるみ。
「それ、あげます」
「え?」
ぬいぐるみには、可愛らしい赤のリボンが付いている。
「い……いらないわよ!」
「もう、渡しちゃいました」
テヘッと笑った後、美鈴はくるっとターンして、さっさと先に歩きだす。
「ちょっと、待ってよ、美鈴――」
美鈴はスタスタと歩いて行く。
咲夜の手には、ぬいぐるみが握られている。
どこぞやのたぬきと違って、いかにも女の子っぽく、可愛らしいデザインだ。
「……仕方ない、アンタは私がもらっておくわ」
ぬいぐるみに面と向かって話しかける咲夜。
「美鈴に一応、お礼言わなくっちゃね……」
咲夜は急いで美鈴の後を追いかけた。
流石に歩き疲れたのか、紅魔館一行は石段に座って休憩していた。花火が始まるまでには、まだもう少し時間がある。
「皆さん、ジュース買ってきましたよぉ~」
小悪魔の威勢のいい声が辺りに響く。
「私コーラ」
「オレンジジュースちょうだい!」
「えっと、お嬢様はメロンソーダに……」
「烏龍茶ってあります?」
それぞれが飲み物をを受け取る。
喉を潤わせ、一休み。
「あ、そうだ。先ほど面白いものをもらったのです」
と言って咲夜は、射的の屋台で手に入れた線香花火セットを取り出す。
「何かしら、それ」
レミリアも興味深そうに覗く。
「線香花火です」
「花火。ドーンって打ち上げるのと一緒?」
「いえ、これはまた別です。……誰か、マッチ持ってないかしら」
「あ、私持ってますよ」
小悪魔がポケットからマッチケースを一箱取り出す。
「ありがと」
咲夜はマッチに火をつけると、線香花火を一本取り出し、にそれをかざす。花火は、先端に光の玉を膨らませながら、小さなスパークを放つ。
咲夜はそれを、レミリアに渡す。
「お嬢様、そーっとですよ」
「分かってるわ……あっ……」
光り輝く玉は、まもなくして地面に落ちた。
「咲夜、もう一本」
「はい。……あ、そうだ。皆さんでやりましょうよ」
「そうね、準備してもらえる?」
「畏まりました」
咲夜は全員分の線香花火を取り出す。
「ごめん、もう一度マッチかしてもらえる?」
「いいですよぉ~」
咲夜は小悪魔から再びマッチを受け取ると、六本の線香花火に火を付け、それぞれに配った。
「全員受け取ったようね」
レミリアが不意に口を開く。
「それでは……予言するわ。最初に花火が消えた者から、死ぬのよ」
――静寂。
「レミィ、不吉よ」
「お嬢様、変なこと言わないでくださいよぉ~!」
美鈴が大きな声で反応する。
「美鈴、動くと死ぬわよ」
咲夜が冷静に言った。
「っと、危ない危ない」
どうやら美鈴の光の玉はまだ大丈夫だったようだ。
「さぁ、一体誰が最初かしら」
レミリアは楽しんでいるご様子。
彼女の言葉に、全員が真剣になって自分の玉をみつめる。
「……むぅ」
パチュリーの玉が、落ちた。
「……落ちちゃいました」
そして小悪魔の玉も地面に消える。
「あっ」
まもなく、美鈴の玉も落ちた。
「私の、一番大きかったのに~!」
次いでフラン。
「これは、玉が大きくなるほど落ちやすいのよ」
と、姉が妹をなだめて言う。
「どうやら、私と咲夜の一騎打ちのようね」
「恐れ入ります」
「ふふ……まあでも、咲夜が私に敵うはずないわ。この勝負、もらったわね――」
「レミィ、下」
パチュリーの言葉に、レミリアが自らの手元を見る。
「あっー!!!」
レミリアの光の球は、ポトン、と地面に消えた。
「そんな……うそぉ……」
「レミィが無駄口たたくからよ」
「……信じられない」
「お嬢様がよそ見してるのがいけないんですよぉ~」
と、咲夜がニッコリとして言った。
咲夜がジュースの空を捨てに行ったとき、林の奥からパチュリーがやってくるのが見えた。
「あら、パチュリー様」
パチュリーは咲夜のすぐ側までやって来る。
「さっきの線香花火のことだけど……」
「どうかなさいましたか?」
「咲夜、自分の玉が落ちる前に、バケツに入れたわよね? ……どうして、最後まで落ちるのを待たなかったのかしら」
「えっと……私、最後まで待ちませんでしたっけ?」
「私、咲夜がバケツに入れるのをはっきり見たわ」
「……おかしいですね。あの位置からは絶対誰にも見えないはずでしたのに。確かに私は、途中でバケツに入れましたわ」
「見えなかったわよ。やっぱり、何か細工をしてあったのね」
「……まあ、鎌をかけるなんてずるい」
咲夜は口元を押さえて言う。
「ずるいのはどっちだか」
パチュリーは腕組みして言った。
「それで、どういうつもりかしら?」
「どいうつもり、とは……?」
「花火に仕掛けをするなんて、あなたらしくもない。どうしてそんなことをしたの?」
「そうですね……」
咲夜は夜空を仰ぐ。
「……ちょっと、運命に抵抗してみたくなったのです」
「……え?」
「あのままだと、間違いなく私が最初に落ちていましたから。だから、ちょっと運命を変えてみたくなったのです」
「あなたに、運命が変えられる、とでも?」
「さぁ、どうでしょう。もしかしたら私が花火に仕掛けをすることから、すでに運命だったのかもしれません」
「分からないわね……それは、レミィに対する反抗かしら?」
「とんでもない!」
咲夜は首を振った。
「ただ、私は私の意志でここにいる……って。運命とか、関係なしに。ここにいたいから、ここにいるんです。それを確かめてみたかった……それだけです」
「悪魔の狗が、聞いてあきれるわね」
パチュリーの突き放したような言い方。
「…………」
「でも、あなたのそういうところ……嫌いじゃないわ」
「パチュリー様……」
「ほら、レミィたちも待ってるし、さっさと行くわよ」
「パチュリー様……なんだか今日は、とっても楽しそうです」
「うるさい、行くわよ」
「はい」
咲夜は笑顔でパチュリーについて行った。
再び全員が集まった後。そろそろ花火が始まる時間帯だ。紅魔館一行は、しばらく石段で談話して過ごしていた。
その後、咲夜は先に片づけを済ませておく、と言ってどこかへ消えてしまった。
「咲夜さん、遅いですねぇ……」
美鈴が頬杖をつきながら言った。
「まあ、お嬢様とパチュリー様が見に行かれましたし。すぐに戻ってくると思いますけど……」
小悪魔がジュースを飲みながら答える。
「私も暇だし、ちょっと様子を見てきますね」
美鈴が立ち上がると、
「私も行くー!」
フランもそれに合わせてぴょんっ、と立ち上がる。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「うん」
「私はパチュリー様たちが戻ってきたとき困らないよう、ここにいますね」
「お願いします。それではフランドール様、あっちの方を探してみましょうか」
「オッケーイ」
美鈴とフランドールは、花火の打ち上げ現場付近へ歩いて行った。花火現場は、なにやら人だかりができて、ざわざわしている。
「何かあったんでしょうか……?」
行き交う人々の群れ。とうやら何かアクシデントがあったようだ。
「美鈴、どうしたの?」
「う~ん、なにやらトラブル発生のようです。もう少し近くまでいってみましょう」
歩いて行く途中、林の奥から煙が上がっているのが見えた。
「火事……?」
倉庫のような場所から、小さな煙が上がっている。まだそう大きな火ではないので、大事には至っていない。だが、早く消し止めないと不味いだろう。
人々が混雑する中、赤いもんぺ姿の少女がその場にいる全員に指示を出している。
「あれは、花火の保管庫ですね。」
「……保管庫?それで、人々は大騒ぎしてるのね」
「そうですね、花火は今夜のメインイベントですし。このお祭にいる人のほとんどがそれを目当てで来られたんでしょうしね」
「でも、消火活動はうまくいってないようね」
「この人だかりですし……私、ちょっと手伝ってきます」
「え、どうして?」
フランドールが首をかしげる。
「私たちだって、花火、見たいじゃないですか」
「まあ、そうね」
「それに、何だかああいうの見ると、放っておけないんです」
「美鈴の、お人好しぃ~」
「あはは……すいません。フランドール様は、しばらくここで待っていてもらえます?」
「何言ってんの、私も行くわよ! 私ならあんな火、一瞬で消してみせるわ」
フランドールが自信満々で答える。
「それは頼もしいです。では、さっさと消してしまいましょう!」
そう言って二人は、人ごみの中へ混じって行った。
一方レミリアとパチュリーは、美鈴たちと反対側の山付近にいた。
「全く、どこへ行ったのかしら。咲夜ったら」
レミリアはご立腹の様子。
「これだけ探してもいないなんて、ちょっとおかしいわ」
パチュリーは不思議そうに言う。
「いつもなら、用があるときは呼ばなくても来るくせに。パチェ、一端皆のところへ戻りましょう。もしかしたら咲夜も戻っているかもしれないし」
「そうね……」
二人はUターンして元の道へ帰っていく。
レミリアは浴衣の中に羽根をしまっているので、飛ぶことはできない。よって、パチュリーと並んで歩いて帰らなければならない。
「……ねぇ、レミィ」
パチュリーが突然、レミリアの背中に向かって言った。
「レミィからすると、咲夜の運命ってどういう風に見えるの?」
レミリアは、立ち止まる。
「どうしてそんなことを聞くの」
「なんとなく、よ」
「そうねぇ」レミリアは振り返ると、パチュリーの方を見て言った。
「……分からない、かしら」
「え……分からない?……それは一体どういう意味?」
「文字通り。分からないわ」
「咲夜の運命は見えないってこと……?」
「咲夜の運命はね……」
レミリアは夜空を見上げて言う。
運命を操る吸血鬼。
レミリアにとって運命とは、ただ単に見えるというものではない。運命とは、感じるものなのだ。もちろん、はっきりと見えるときもある。しかし、多くの場合は、視覚だけではなく、五感すべてを使って感じるのである。それは、視覚のみを使って見えるときよりも、よりはっきり『見える』のだ。例えば、色、匂い、音。それら全てを使って、まるで共感覚のように読み取る。その時始めて、ある人がこれから先どのような運命を辿りるのか『見える』のだ。
そして、咲夜の運命は――
真っ黒だった。
「私、初めて彼女に会った時、それはもうびっくりしたわ。今まで何人もの運命を見てきたけど、こんなに見えなかったのは初めて。それが、私が彼女の運命を読み取れなかったせいなのか。それとも彼女の運命の色があまりに黒すぎて、読み取れなかったせいなのか。それは、分からないわ。どっちみち、私に咲夜の運命は、分からない」
「……そんなの、初めて聞いたわよ」
「初めて言ったもの」
「…………」
「巫女だって、幽霊だって、神だって見える。でも、咲夜の運命は分からなかった」
「……それが、人間である彼女を自らの従者にした理由?」
「さあね。殺すのはもったいなかったし。でも今では、咲夜を従者にして本当に良かったと思ってる。毎日、こんなに美味しい紅茶が飲めるもの」
「それは同感だわ」
「それに……」
レミリアは、先ほど自分たちがいた山の、頂上を見上げる。
山のてっぺんには、開けたスペースがあり、そこには人影が――
「……ねぇ、パチェ」
レミリアの言葉につられ、パチュリーが顔を上げる。
「なあに?」
「先、戻っててもらえる?」
「別にいいけれど……レミィは?」
「私は、もう一度あそこへ行ってみる」
すぐに戻るわ、と残してレミリアは元来た道を走って行った。
レミリアは急いで先ほどまでいた山に向かって走る。
山といっても、そう大きなものではなく、どちらかというと丘に何本も木が植えられたような感じだ。たとえ飛ぶことができなくても、頂上まで行くにためは、それほど時間はかからない。
一番上にはあまり木が生えておらず、いくつかのベンチが置いてあった。視界はひらけて、祭りの様子を一遍に見回すことができる。
ここにも、景色を眺めている人物が、一人。
「……見つけた」
「お嬢様……?」
レミリアの声を聞き、咲夜が振り返る。
「主をほったらかして、何をやっているのかしら?」
「すみません……この山を見たら、なんだか登りたくなってしまって」
といって、咲夜は夜空と向かい合う。
レミリアもつられて空を見上げる
無数の星が、夜空に輝く。
一際目立っているのは、その星々の真ん中で光る満月。
「まあ……いいわ。花火の時間はとっくに過ぎちゃってるけど、何故だかまだ始まっていないみたいだし」
レミリアは一歩ずつ進むと、咲夜の前へ出る。
彼女は、空を見つめたまま、しばらく黙っていた。
満月を代表として、大きな星や、小さな星も負けじと光を放つ中。
レミリアは不意に、口を開いた。
「ねぇ、咲夜」
「はい?」
咲夜は思わず主の背中を見る。
「あなたがここにいるのは、運命かしら?」
運命を操る吸血鬼は、自らの従者に尋ねる。
どうして、そんなことを尋ねるのか。
運命のことに関しては、主の方がずっとよく分かっているはずなのに。
「それは――」
その時。
ヒューーーーーーーーーン、ドォッーン!!!
大きな音とともに、空へ花火が上がった。
「あっ……」
二人は同時に空を見上げる。
「よく見えるわね、ここ」
「でしょう?」
そこは、花火を見るには絶好のスポットだった。ただ、林の奥にあり、山を登らないといけないので、人々は気付かなかったのだ。
そうして二人は、しばらく沈黙して花火を眺めていた。
花火は次々と上がる。
「あ、あれ見て!」
「え、どれですか?」
「あれだって、あれ」
レミリアが指をさした方向には――
「もう、消えちゃったじゃない……あ、ほらもう一度」
赤い火玉が夜空に上がる。
火玉は星々の真ん中ではじけ、
赤と青の光が同心円状に広がる。
そして四方に赤い大玉と青い光の直線が飛び散った。
「なんだか咲夜のトンネルエフェクトみたい」
花火は、美しい輝きを残したあと、夜空に吸い込まれるように消えていった。
咲夜は、レミリアをそっと抱き締めるように、後ろから手を回す。
「……咲夜?」
「先ほどの話の続きです。お嬢様はどう思われます?」
「私は――分からないわ。分からないから聞いてるの、咲夜。あなたの意見が聞きたいのよ」
咲夜は、レミリアの手をそっと握る。
「お嬢様の手、ちっちゃくて、素敵」
「あなたが大きいのよ」
咲夜の手は、爪が短く切り揃えてある。そして、いつもナイフやモップを握っているためか、あちこちにマメがある。おまけにこれは水仕事のせいだろう、何箇所か皮が剥けている箇所すら見られる。
「……でも、温かいわ」
レミリアも、咲夜の手を握り返す。
「人間は血の通う生命ですから」
いつの間にか、花火は止んでいた。
二人はそれに気が付いていなかった。
「運命なのかもしれないし、そうじゃないかもしれません。でも、ここにいるのは事実だから、そんなのどうだっていいんですよ、きっと」
フフ、と咲夜が微笑む。
「そういうものかしらね」
レミリアもクスッと笑い返した。
咲夜は何もしなかったけれど、
そのとき二人の時間は止まっていた。
でもそれは、間違いなく咲夜が止めたのだ。
運命は、二人の上で宙に舞っていた。
***
花火大会の次の日の午後。
香霖堂で珍しい紅茶を入荷したと聞いて、私はすぐにやってきた。香霖堂は魔法の森の入り口にあり、珍しいもの目当てで、たまにお邪魔しにいくのだ。
目の前まで来たとき、何か見慣れないものが置いてあるのに気づく。
いや、私にとっては見慣れたものなのだけれど。
そこには、ふてぶてしい顔をした、たぬきの置物が置いてあった。
「おや、いらっしゃい」
中から店主が出てくる。
「この銅像……」
「ああ、それかい?昨日からなぜかそこにあるんだ。僕が置いたわけじゃない」
「……誰かが置いていったのかしら?」
「さあね。まあ、折角だしもらっておくよ。中へ入ったらどうだい?」
「ええ……」
店主は先に店の中へ戻っていった。
私は、まだたぬきを見つめている。
誰かが、あの景品をとった?
まさか。
あんなもの、誰にも落とせやしない。
誰かが盗んだのかしら?
ありえない。
誰が好き好んで、こんなに重いものを抱えてやってくるだろう。
私はまだ、たぬきを見つめていた。
すると、たぬきがまるで私に話しかけているような錯覚を覚える。
――運命はそんなに……甘いものじゃないぞ、と。
「余計なお世話よ」
私はプイッと顔をそむけると、店の中へ入って行った。
なかなかどうして初投稿なのに上手だ
きれいな文体が すごく良く心に響き渡る作品でした
ちょっとミスが多いですね。特に射的のシーンで一回目で6点の的を狙っていた美鈴が5点のお菓子セットを倒したり、
8点のぬいぐるみが咲夜さんに渡す時には6点になってます。
ですがそれより気になるのが咲夜さんの台詞が「先だったら」が「先立ったら」になってることです。