幸せの青い妖精 The Happiness In Blue
※オリジナル(?)の生物が登場します。ご注意ください。
霧の湖の一部分を凍らせていつものように眠っていると、白いふわふわした何かがあたいの鼻あたりに着地したのに気がついた。
目をつむったまま、鼻をくすぐる柔らかいものの正体について考えた。天才だから、これくらいどうってことなく当てられるんである。
たんぽぽの種かな?
でもそれにしては少しサイズが小さいように思える。
そう、おそらくそれはまんじゅうくらいの大きさだろう。
レティの胸もこれくらいだったかなあ。
鼻を押し付けると、ふよふよしてて気持ちがいいところは同じ。
さて、それくらいの大きさで、ふわふわとした狐の尻尾みたいな感触を持つ、気持ちのいいなんとやら。
毛玉だ!
あたいはパッと目を開いて、鼻をそわそわとくすぐっているそれに目を向けた。
………………
毛玉。
うん、毛玉だ。
そうにしか見えない。
でも、なんというか……
目。目が二つついている。
「うーん」
もう一回寝なおそうかなあ。
目がついている毛玉なんて見たことないしー。
まあでも、よく見ると、そのちっちゃな毛玉が、ありんこくらいの目(ちゃんと二つある)で興味深そうにこちらを見てくるのは、なかなか微笑ましいというか、可愛いというか、そのぉ……
これはあれだ。あたいの悪戯に付き合わされた大ちゃん(大妖精)が、逃げ遅れてあたいの代わりに叱られ終わった後の、あのたまらなく可愛い泣き顔を見た時にわきあがってくる感情に似ている。
思わず頭を撫でたくなるというか。
それにしても、これは生き物なんだろうか?
ぱっと見、なんかの妖精ということもないだろうし……
たんぽぽの化身とか?
うん、きっとそうだ。
ところで、さっきから鼻の当たりがむ……むずがゆっ……
「くちんっ!」
我ながらみっともないくしゃみをしてしまった。
毛玉はその拍子にふわりと空中に飛び上がった。
「待てえ!」
くしゃみの恨みを果たすべく、あたいは立ち上がり、両手を伸ばして捕まえようとした。
しかし、こやつめなかなか捕まえにくい。まるで落ちてくる紅葉をつかもうとする時みたいに、ひらりひらりと、ちょん避けされ、大避けされ、切り返され、そんなこんなで、
つるん!
と気持ちのよい滑り方をして、あたいは地面にひっくり返ってしまった。
頭打った……
地味に、いや派手に痛かった。星が見えたよ星が。リボンで少し守られたみたいだけど。
ていうか氷固い。こんなに激しく衝突しても割れないなんて、やっぱりあたいってば最強ね。うんうん。
あ、ちょっと涙が出てきた。
今度はおでこにふわふわした感触が。
そのまま毛玉は、おでこの上をぽむぽむとはねる。バカみたいに軽い。
ひょっとして、コケにされてる?
「このぉ……」
目を開くと、気持ちよく澄んだ春の空が見えた。にじんで見えるのは涙のせい。もうそろそろ霧が出始める頃だ。
太陽も心地良さそうに微笑んでいる。
あたいは両手でそっとおでこの毛玉をつつみこんだ。今度は毛玉もよけなかった。
起き上がって、掌を見る。
毛玉に見つめ返された。
考えてみれば、湖にいる毛玉は普通もっとサイズが大きい。そしてもっとチクチクしてる。
「なんなんだろうなあ」
あたいは呟いた。
もちろん毛玉は答えなかった。
「チルノちゃーん」
昼を少し過ぎたころ、いつも通り大ちゃんが遊びに来た。人の好さそうな笑みは相変わらず。
「ねえ大ちゃん。これ、なんだかわかる?」あいさつもそこそこに、あたいは大ちゃんに訊いてみた。大ちゃんは物知りなのである。
「え、なになに?」
あたいは手を広げて毛玉を見せた。
「毛玉・・・じゃ、ない?」大ちゃんは首を傾げた。どうやら知らないようだ。
「なんか目ついてるよね」
「うん。かわいいね。こんなの初めて見たよ。毛玉の子供かなあ?」
「たんぽぽの化身とかじゃない?」あたいは持論を披露した。
「うーん、どうなんだろう・・・」
大ちゃんは難しい顔をして、毛玉をつんつんと指でつついた。すると、毛玉はくすぐったそうに(感覚があるのかどうか知らないけど)身を震わせた。そんなことされると、あたいまでくすぐったい。
「わ!動いた!」大ちゃんが驚いた。
「猫みたいだよね」あたいも自分でつっついてみた。その度に毛玉はふるふると身を震わせるので、なんだか楽しくなって十回くらい繰り返しつっつく。
「チルノちゃん、かわいそうだよ・・・」大ちゃんが困った顔で言った。あたいは構わずつっついてやる。ふよふよ。
「チ、チルノちゃん!」大ちゃんが顔を赤くして怒ったので、あたいはつっつくのをやめた。その後で、大ちゃんはぼそぼそと小さな声で「ごめん」と謝った。本当に大ちゃんは優しいんだから。怒ることにも慣れてない。
「どうしよう、これ」あたいは毛玉を再びのぞきこんだ。面白いから、なんだかこのまま逃がすのがもったいなくなってきた。「飼えるのかな」
「うーん、でも、何食べるのかわかんないし」
「口もないしねえ」そもそも毛玉って生き物なんだろうか。
「ねえ、パチュリーさんに訊いてみたら?」
「おお」それは名案。困った時のパチュリーさんだ。前に「人間の子供はどこからやってくるのか」という質問をしに行ったことがある。大ちゃんと二人で。その時パチェはそっけなく『射命丸文が配ってるのよ。新聞と一緒にね』と答えた。あれは本当なのかしら。
それに、今行けばパチェのお昼のティータイムにぶつかるかもはず。そしたらお菓子も食べられるかもしれない。さすが大ちゃん、そこまで見越していたとは!
「うん、行こう行こう! この熱いチテキこーきしんはとどまるところを知らないわ!」
「チルノちゃん、よだれ出てるよ?」
紅魔館の門番は居眠りしていたので、忍び込むのは簡単だった。別に忍び込む必要もないだろうけどね。前の時と同じように、開いている窓を探してそこから入った。紅魔館に窓は少ないけれど、昼間ならたいてい鍵はかけられていない。
「しーっ」
あたいは指を一本立てて口にあて、大ちゃんに注意をうながした。大ちゃんも緊張の面持ちである。妖精メイドなら大丈夫だろうけど、あのおっかないメイド長とだけは会いたくない。
こそこそと図書館へ向かう。この時間、紅魔館は少しだけ閑散としている。なぜかは知らない。中は少し入り組んでいるけど、迷わずに済んだ。大ちゃんが道を覚えていてくれたから。さすが。
毛玉は、ずっと手の中で大人しくしていた。毛玉も眠くなるのかな。
真っ赤な絨毯にだんだん嫌気がさしてきたころ、ようやく図書館にたどり着いた。中はなんだか薄暗くてかび臭い。霧の湖みたいに陰気な場所だ。あたいたちは置いてある本に触れないように気をつけて歩いた。どこに対白黒魔法使い用の防犯魔法が仕掛けられてるかわからないので、ちょっとしたスリルがある。パチェはもっと奥だ。
いたいた。丸いテーブルに頬杖をついて、ちょうどティーブレイク中の様子。こんな時でも本はかかせないらしい。なにが面白いんだろうなあ。
「見ててね」あたいは大ちゃんを振り返ってウィンクした。この雄姿をしっかり目に刻んでもらわなければならない。
「え?」大ちゃんがきょとんとした。
あたいはどうどうと胸を張って、物影から姿を現し、叫んだ。
「動くな! お前は完全に包囲されててぃりゅっ!」
最後だけ舌かんだけど、かなりキマッていたんじゃないかと思う。ほら、大ちゃんも顔を赤くして口をぱくぱくさせている。あまりの感動に言葉が出ないんだろう。
「なんか寒いと思ったら、やっぱりあなたか」パチェは眠そうな目をこちらに向けた。「寒いのはセリフだけにしてよね」
どういう意味だろう。よくわからない。
「で、今日は何の用?」パチェは本に視線を戻した。
えーと、あっ、そうだ。
「お菓子ちょうだい!」
「違うでしょ? チルノちゃん」大ちゃんも物影から出てきて、こちらへやってきた。「こんにちは、パチュリーさん」
「こんにちは」パチェもあいさつを返した。「お菓子ならさっき食べちゃったからもうないわよ」
「えー、お菓子―」少しがっくりきた。
「そうじゃなくて、チルノちゃん、ほら、毛玉のこと」
「あっ、そうだそうだ」あたいはぱっと顔をあげて、パチュリーに両手を差し出した。「これ、見て!」
パチェは頬杖をやめて、こちらに顔を向けた。あたいの手の上にちょこんと乗っているマヌケそうな毛玉の姿をじっと見つめ、少し眉をひそめた。
「毛玉……いや、これは」そこで、はじめてパチェの顔がほころんだ。「へえ、なかなか珍しいものを見つけたじゃない。運がいいわね」
「なんなの、これ?」
「ケサランパサランよ」パチェは両手を伸ばして、自分の手の上に毛玉を乗せた。
「ケサラン……?」なんだかまぬけそうな名前だな。あたいとは大違いだ。「それって、なに? 妖精?」
大ちゃんもきょとんとしていた。
「ケサランパサラン。簡単に言えば、幸福の象徴よ」
「ふうん?」
「これを見つけて育てた者には幸福がもたらされる。幻想郷に来る前にはよく見かけたけど、ここでは初めてね。そうか、外の世界ではもうこの存在も幻想になっているのか。興味深いわね……」
パチェは毛玉を見つめたまま、ぼそぼそと独り言を始めた。
「でさあ、それって、飼えるの?」あたいはしびれを切らして尋ねた。外の世界なんてどうでもいい。
「え? ええ。飼えるわよ」
「その、ケサランパサラン、でしたっけ? その子は何を食べるんですか?」と、大ちゃん。
「白粉」
「はくふん? なにそれ?」
「白い粉。まあ要するに、砂糖とか、塩とか、そんな感じのもの。はいこれ、返すわ」
パチェはあたいにケサランパサランを返すと、ティーポットのそばにあったビンの中の角砂糖を五つほど、手頃な大きさの紙箱(『胡蝶夢丸』と書いてある空き箱だ)の中に転がして、フォークで器用に砕いた。
「これを持っていくといいわ」パチェはそれをあたいに渡した。
「口もないのにどうやって食べるの?」
「見ればわかるわ。なかなか面白いわよ」パチェはにやりと笑った。ちょっと不気味だ。でも、あれ? ってことは……
「パチュリーさんは、ケサランパサランを飼ったことがあるんですか?」大ちゃんも同じことを思ったらしい。
「あるわよ。ずっと前にね」
「で、パチェはコーフクになれたの?」それが一番聞きたいことだった。
その時、パチェがなんだか寂しそうな顔をしたようにあたいには見えた。一瞬のことなので、気のせいだったかもしれない。
「お茶の時間は終わりよ。もうそろそろ帰りなさい。小悪魔に案内させるわ」質問には答えず、パチェはテーブルの上のベルを鳴らした。澄んだ音が響いて、どこか遠くの本棚の向こうから小悪魔の声が聞こえてきた。
「あっ、そういえばお菓子は?」
「砂糖で十分でしょ。ああそうそう。最後に一つだけ。ケサランパサランがもたらす幸福っていうのはね、決してわかりやすいものじゃない。むしろね、自分が幸福になったって気付かないことのほうが多いの。だから、無理にケサランパサランに何かを願うのはやめて、大事に可愛がりなさいね」
パチェはあたいを見て、じっと眼を細めた。妙に確信に満ちた、諭すような口調だった。前に会った閻魔のことを思い出したけど、パチェの口調には、おしつけがましいというような響きはなかったと思う。
湖に戻った時には、もう霧が立ち込めていて、すっかり昼過ぎの憂鬱な感じになっていた。それでも、季節柄このあたりはわりと賑わっていて、あちこちで妖精やら幽霊やらが思い思いの時間を過ごしていた。漂う不気味さとは裏腹に、いつ見てものんびりした光景だと思う。
あたいと大ちゃんは湖の端っこにぺたりと座り込んで、ケサランパサランに砂糖を食べさせることにした。
「本当に食べるのかなぁ」あたいは地面に箱を置いた。
「とりあえず、あげてみようよ」
箱を開けて、人差し指の先に砂糖をちょこんと擦りつけると、ケサランパサランの前へおそるおそる差し出した。二人で息をつめてじっと見つめる。
ケサランパサランは、しばらくじっと砂糖を見つめたあと、柔らかいさわさわとした毛をそっと伸ばして、あたいの指の先を包み込んだ。砂糖の粒は、その毛の先からすいーっと吸い込まれるようにして消えていく。
「わ、食べてる食べてる」大ちゃんが嬉しそうな声を出した。
「うっ、これ、くすぐった……」
この微妙な感触。触るか触らないかの微妙なラインを、柔毛が天使のような優しさで撫で下ろしていく感じ。変だけど、なんだか気持よくなってきた。これがもし手のひらだったらとても耐えられそうにない。
やがて、指先の砂糖をすべて吸い尽くすと、ケサランパサランは満足したのか、あたいの頭のてっぺんにふわりと戻ってきた。そこがお気に入りみたい。
「もうお腹いっぱいみたいだね」大ちゃんが少し残念そうな顔をした。そんなにケサランパサランの食事が面白かったのかな。
「これならちっとも減らないね。安上がりでいいなあ」あたいはもう一度砂糖を指につけてぺろぺろとなめた。うん、甘い。普通の砂糖だ。もうちょっとなめよう。
「チルノちゃん、なくなっちゃうよ?」そう言って、大ちゃんは箱を閉めた。
むう。
「かわいいねえ」
大ちゃんはケサランパサランを見て、少しうっとりしているみたいだった。そのケサランパサランはあたいの頭の上にいるわけで、なんだか自分が言われてるみたいで、少しだけこそばゆい。
「今日のパチェ、なんだかちょっと変じゃなかった?」
さっきの図書館でのやりとりを思い返した。あたいが質問した時の、パチェの表情が無性に気になる。
「そう? いつもどおりだったと思うけど」大ちゃんは特に何も思わなかったらしい。
たしか、パチェは幸福になれたの、って尋ねた時だ。
幸福……幸福かぁ。
「大ちゃん、幸福ってなに?」
あたいはきいてみた。なんだかいまいちピンと来ない。
「えっ? ……うーん、なんだろ」大ちゃんは首をひねって、考えこんだ。「わたしもよくわかんないけど、なんか、暖かいものって気がする」
暖かいもの、か。
ますますピンとこない。
暖かいものよりも、冷たいもののほうが絶対に気持ちがいい。
季節でいうと、春はまだいいけれど、夏なんて最悪で、体ごととろけてしまうんじゃないかと思う。あの暑さだけはやめてほしい。秋や冬は、空気が澄んでて気持ちがいいし、たまに雪が降ると、どうしようもなく嬉しくなって、そこら中を転げまわって全身雪まみれになるまで遊ぶ。毎年のあたいの楽しみだ。
ああそうだ、雪は暖かい。あれにくるまれていると、とても安心して、そのまま眠ってしまうことがよくある。そうそう、雪は優しい。幸福って雪のことか。
頭の上のケサランパサランは、幸福をくれるのだという。
まさか、雪をくれるなんてことないよね?
もしそうなら、今はそれほど欲しくない。冬になれば、雪も降るだろうし、レティとも一緒に遊べるだろうし。
それ以外のものをくれるのかな?
だとしたら、なんだろう。
大ちゃんが何かを言っていた。
「へっ?」
あたいは考え込んでいて、大ちゃんの話を聞いていなかったようだ。あわてて訊き返す。
「名前、どうするの? その子の」
「えー、めんどくさいなあ」あたいはひょいと手を伸ばして、頭の上の毛玉を取った。そして、その姿をじっと見つめ、おごそかに命名する。
「ケサランパサランだから、ケサランでいいよ」
それから二日ほど、あたいと大ちゃんとケサランとで遊んだ。
どう遊んだかというと、なんのことはない。ケサランがふよふよと気のおもむくままに飛んでいくところを、あたいと大ちゃんが後ろから追いかける、というだけ。
これでも結構面白い。ケサランは風に飛ばされやすいので、とても目的があって飛んでいるようには思えないのだけど、それでも、なにげなく着地したところに、ささやかに面白いものがあることが多い。花畑に舞い降りれば、すぐさま美味しい蜜のある花を見つけ出すし、森に舞い降りれば、木の洞の中に妖精たちが隠したお宝を発見できた(あたいはこっそりもらおうと思ったんだけど、大ちゃんに止められた)。
三日目の昼。あたいと大ちゃんとケサランは、湖近くの草原で休憩をとっていた。今日は珍しく霧が晴れていたので、視界はかなりいい。湖の向こうのほうにある紅魔館だって見えるくらいだ。
「すごいねえ。わかるのかなぁ」大ちゃんがひたすら感心した風に言った。
「え、なにが?」
「面白いものがある場所」
「さあ、わかってないんじゃない?マヌケそうだし。でも宝探しとかに役立つよね」
あたいは手の平にケサランを乗せた。なにが楽しいのか、こうするといつもケサランはぽむぽむとはねる。うん、だんだん愛らしくなってきたぞ。
砂糖の箱を出して、ケサランの食事タイム。ご飯をあげるのは順番にしよう、と大ちゃんが言ったので、今回は大ちゃんの番だ。別にそれくらいは大ちゃんが全部やってくれてもいいのだけれど。その間にあたいは遠慮なく砂糖をつまみ食いできるから。
大ちゃんが嬉しそうにケサランとたわむれているのを聴きながら、あたいは寝っ転がって、春の空をなんとなく見上げることにした。
砂糖をつけた指を口にふくむ。
ざらざらと甘くて、頭の奥の方がしびれていく。
なにかがとけていくみたい。
空の青も、砂糖も、いい感じに甘い。
ふと、誰かの声が聞こえたような気がして、視線をそちらに向けた。
湖の際のほうで、なにやら妖精たちが集まって、遠巻きにこちらを見ている。
しきりに興奮したような声で、こちらを指差しながら、何事かを囁きかわしているようだ。
なんだろう。
なんとなく嫌な感じだったので、あたいは寝返りを打って、大ちゃんのほうを向いた。
緑色のワンピースと髪が、太陽の光に映えて、きらきらと暖かくかがやいている。
大ちゃんは暖かいのが好きなんだな、きっと、と思った。
そして、大ちゃんにとっての暖かいと、あたいにとっての暖かいは、たぶん違うんだな、とも。
ケサランと遊んでいる大ちゃんは、とても楽しそうだった。
幸福を与える、というのも、あながち間違っていないかもしれない。
あたいには、まだ幸福っていうのがピンと来ないけれど。
ケサランは食事が終わったのか、大ちゃんの指から離れて、近くの地面に着地した。
「今日はどうする?」大ちゃんが訊いてきた。
「うーん、なんだかこのまま眠っちゃいたいなあ」
あたいは寝っ転がったまま、左腕で杖をついて、ふわぁとあくびをした。転がってるうちに、下の地面が冷たくなってきたので、ますます気持ちいい。
「ねえ、ヒマワリ畑に行こうよ。山のところにあるやつ。あそこわたし好きなんだぁ」
大ちゃんはにこにこと言ったけれど、あたいは左腕の杖のバランスを失って、地面にこめかみを思いっきり打ちつけた。
「あいったあーっ!!」
「チ、チルノちゃん、大丈夫!?」
なまじ地面が凍りかけていただけになんとも……痛いよう。
と、そうじゃなくて。
「大ちゃんあそこ行ったことあるの!?」
あたいは顔をあげて問い詰めた。
「え、うん。何度か。友達も何人かあそこにいるし」
大ちゃんはたじたじになって答えた。友達の妖精のことだろう。
「チルノちゃんは、行ったことあるの?」
「えー……うん、一回だけね」
「どうしたの?なんであんなに驚いたの?」
「い、いやなんでもないよ」
あそこにはちょっと怖い頭のイカれたお花のお姉さんがいるのだ。そいつは、あたいみたいなちょっと強くて頭のいい妖精には勝負をふっかけてくる。前に会った時はなんとか逃げ出したけど、あいつの攻撃には今でもぞっとする。できれば二度と会いたくない。ぶるぶる。
そいつのことが怖いなんて、大ちゃんにはとても言えない。言えないよ……
「と、とにかく、太陽の畑はまた今度にしよう!大ちゃんもあまりあそこには行かないほうがいいよ!」
「え、な、なんで?」
「なんでも!」
「う、うん」
大ちゃんは、あたいの勢いに押されたのか、びくびくとうなずいた。無理やり言わせた感があるけど、仕方無い、それが大ちゃんのためだ。純朴な大ちゃんは、あいつに会っちゃいけない!
「あれ、チルノちゃん、ケサランが……」大ちゃんが地面を指差した。ケサランのいる場所だ。
あたいも起き上がって、その指の先を見る。
ケサランがぶるぶると小刻みに震えていた。
どうしたんだろう。なんだか変だ。
砂糖が腐ったりしてたんだろうか。
「大丈夫かな」
大ちゃんが不安そうな声をあげる。
あたいは息をつめて、ケサランのことをじっと見つめた。
小刻みな震えが止まった。
すると、ポフっと気の抜けた音が聞こえて。
ケサランが、二匹になっていた。
「ふ、増えたぁーっ!?」
「うっそー!?」
あたいと大ちゃんはそろってびっくりの声を上げる。
だって……ねえ?
増えるってそんな。
なんで……?
あ、でも、当たり前といえば、当たり前?
だって、じゃないと、ここにいるケサランがどうやってできたのか、わからないし。
大ちゃんも、言葉を失っているようであります。
ケサランパサラン二匹は、しばらくマヌケな目で互いに見つめあったあと、一匹がぽーんと飛んで、あたいの頭の上に戻ってきて、ぽむぽむはねはじめた。
ああ、こっちがケサランか。
もう一匹を、あたいは手の平にそっと包み、じっと見る。
ぱっと見、ケサランとは区別がつかない。
でもこっちは、ぽむぽむはねたりしなかった。
「あげる」あたいは、大ちゃんにそのケサランパサランを差し出した。
「えっ?」
「あたいには、ケサランがいるから、そっちは大ちゃんが飼えばいいじゃない」
大ちゃんは、しばらくきょとんとした後、みるみる表情を変えて、パッと嬉しそうな笑顔を見せた。
「ありがとう!」
手を伸ばして、あたいの手からケサランパサランをそっと受け取った。
そのまま、自分の鼻先まで持っていって、最初のご対面をしている様子。
そのうち、そのケサランパサランは、ぽむぽむとはね始めた。
もしかして、主人の前でだけはそういう風にはねるのかな?
大ちゃんはとても嬉しそうだった。つられてあたいも、なんだか嬉しくなってくる。
「じゃあ、この子の名前は……」
大ちゃんは、一度顔をあげて、あたいのケサランを見た。そして、
「その子がケサランだから、この子はパサランね」
と、笑顔で言った。