Coolier - 新生・東方創想話

まっかなちしお

2005/11/24 23:13:06
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さくさくさく。
落ち葉を踏みしめる。

さくさくさく。
周りは一面の紅。まるで絨毯のよう。

さくさくさく。
そうやって踏んだ上に、はらはらとまた紅い葉が落ちていく。

さくさく――ぐしゃ。
同じ落ち葉の絨毯。同じ紅い地面なのに、まるで濡れた肉を踏むような音がする。
ぴちゃぴちゃと、液体を蹴って進む。
その人影は、腰を覆い隠すような長い髪を揺らして、無言で歩く。
身体を包む衣は蒼く。同じように蒼いはずの具足は、紅い絨毯のせいなのか、黒々と染まっていた。
やがて、目的の場所にたどり着いたのか、歩みは止まった。視線をおろす。そこには、紅い葉の積もった山と、それに覆い隠されるようなそれを覆い隠すような一輪の花が咲いて、

「――こんにちは」

それは、人の言葉を話した。よく見れば、紅い葉の間、銀に輝く糸の束。
葉に隠れたそれは、よくよく考えてみれば、人の頭のカタチをしていて。
首とは言葉ばかりの肉に繋がれたモノは、かろうじて人の身体と呼べる肉塊と化していた。

「ああ、こんにちは」

やってきた人影は、そんな風景にもさして驚いた様子もなく、平然と返した。
まるでそれが日常茶飯事といわんばかりに、まるでそれが当たり前だといわんばかりに。

さもありなん。『彼女』にとって、コレは当たり前の風景。
あって当然であり、在らなければ不自然な光景でしかないものである。

「また、やられた」
「そのようだな」

そして、横たわっている肉塊にとっても、結局は同じこと。
人として呼べぬほどに身体のカタチを欠損させて、中身をぶちまけることになっていても、それは日常の出来事に過ぎない。
ただ、それが悔しい結果に終わるか、嬉しい結果に終わるかは、当然日によって違うのだけれど。

「それにしても、今日はまたやたらにぶちまけたものだな」
「そうみたいだ。散華、ってやつだね」

さきほどから、落ち葉に水分が含まれていたのはそういうこと。
絨毯として機能するほどの落ち葉が、まるで肉を踏み潰すような水音を立てた理由は、それだけ水分が其処にあったというだけのことだ。
まあ、『彼女』の身体だったものの近くには、本物の肉も飛び散ってはいるのだが。
紅い葉の合間に、あまりにも新鮮な桃色がてらりてらりと覗くその光景は、半端なモノなら吐き気を催すこと請け合いだ。

「それにしても」

埋もれたソレは、空を眺めていた。いや、眺めるしかなかったのだが、それでも良かったのだろう。
やってきた彼女は、釣られて空を眺めた。青い空は遠く高く、抜けるように透き通る。
日の光は、強くも無く弱くも無い。まさにちょうどよい加減だ。典型的な秋晴れというやつだった。

その中で、何を思ったのか埋もれているソレは手を挙げた。紅い液体塗れのそれは、日に照らされてぬらりとその存在を主張する。
紅い紅い、そう、紅すぎる液体。ぽたりぽたりと落ちるソレは、その紅さだけで自己主張をしているようで。
顔に落ちるのも全く気にせず、まるで空に透かすようにその手を挙げていた。

「私の血は、紅いなあ」
「それは当然だろう。妹紅は人間なのだから」

彼女は今日初めて、ソレの名前を呼んだ。
ソレが条件だったのかきっかけだったのか、紅い葉に埋もれた肉塊は、一つ一つに集まって、元の人型を作っていく。
皮を作り、肉体を構成し、胃を腸を臓を骨を管を血を元の位置に調整し――いつの間にか、ソレは何事も無かったかのように、ただ紅い葉に埋もれているだけの人間に戻っていた。
人型が――妹紅が起き上がる。どさり、と水分を含んで重くなった落ち葉が身体から剥がれていく。

「人間、か。ああ、そういえば人間なのかな」

立ち上がった妹紅は、また空を見る。
太陽に向かって手を伸ばし、光を透かして手の中を覗いた。
さっきまで外に向かってぶちまけられていた紅い血潮は、妹紅の手の中をどくんどくんと流れている。
紅い。そう、紅いのだ。

「でも……紅いから、勘違いしてしまうだけなのかもしれない」
「……妹紅?」

手を眺める妹紅を、彼女は横からずっと見ていた。
そのまなざしは、何故か遠く届かない場所を見ているようで、ゆらゆらと揺らめいていた。
眩しそうに細めるその目が、何故か泣きそうに見えていた。

「――いっそのこと。血が紅くなければよかったのに。そうすれば、私はばけものとして生きられるのに」

妹紅は、吐き捨てるように、否、はっきりとそう吐き捨てた。
人間じゃないほうがいいと。人間である証なんていらないと。
それは真実で。それは確かに、頷ける事実なのかもしれない。
死んでも生き返る人間なんて、人間と呼べるかどうかも疑わしいのだから。

「なんて、ね。どうしようもないことを言ってしまったな」
「……」
「あー。そんな黙るなよ慧音。たぶん冗談だよ」

さっきまでの様子が嘘のように、明るくなる妹紅。
彼女――慧音は、さきほどの妹紅の言葉をどうとったのか、重く重く沈黙していた。
はらはらと。舞い散る紅葉は、未だ止まらず。地面に何枚も何枚も積もっていく。
その様子が。まるで、何かがどんどん欠けていくように見えてしまったのかもしれない。

「さあ、帰ろう。今日は慧音のご飯が食べたいな」

慧音の手を掴み、引っ張っていく妹紅。
足音は、ぐじゅぐじゅからさくさくに、変わっていく。
そのことに、何故だかとても安心して、慧音は一つ、言葉をかけた。

「妹紅。約束をしてくれ」
「んー? 何をだい?」
「私がいるかぎりでいい。お前は、人間で居てくれ」

その貌は、穏やかで。大切なこと、大変なことを告げるような顔には見えない。
けれど、妹紅にはその貌が、とてつもなくせっぱつまったように見えたのだ。

「……判った。その約束、乗るよ」

それだけを告げて、この森の中での会話は途切れた。
その後に待っているのは日常だ。家に帰ってご飯を食べて別れて風呂に入って布団で寝る。
死ぬことも生き返ることも日常の一つだけれど。
普段無いことを日常といわないのなら、さっきの約束は、日常とはとても呼べない出来事だったといえる。
事実、この言葉は――この日、この時間でのみ発せられたものであったから。















・ ・ ・ ・ ・














さくさくさく。
落ち葉を掴んでいく。

さくさくさく。
周りは一面の紅。まるで血をぶちまけたよう。

さくさくさく。
そうやって摘んだ矢先に、また新しい落ち葉が積もっていく。


さくさく――ぐちゃ。
落ち葉は無くなり。つかんだのはただの土。
もう、周りには落ち葉は消えていた。
在るのは、一つの落ち葉の山と、ソレの前に座る人影。
銀の髪は、広がって土の黒を覆い隠していた。

「これが、最後か」

人影は、掴んだ最後の落ち葉を、山に落とそうとして――視線を下げた。
そこには、葉に包まれた人の顔。
ちゃんとした方式で、慕われているものたちに葬られればいいのに、この人影に葬られたいと言い出した馬鹿者だ。

「ん、さよなら――慧音」

顔の部分に、最後の落ち葉を落とした。
もう何も見えない。人の形も無く、ただの山の形になってしまった。
これで、慧音という人間はいなくなった。

空をみた。蒼く青く、遠く高く。
日の光が目にしみる。けれども、一向に流れるはずのものは流れてこなかった。
だから、代わりに――、自分の中身を流してやろうと、空に手を伸ばし、手首に走る管を切った。

「あ――」

ソレをみて。ああ、そういえばそういう契約もしたのだな、と思い出した。
そして、それのために、流れるはずのものは流れてこないのだな、と知った。
そう、あの日の約束。あの日の言葉は、知らず知らずの内にこの身を変えていたのだ、と彼女は悟った。

「そうか。――『人間、藤原妹紅は、死んだ』んだ」

瞳から流れるはずのものはどこかへと消え。
その代わりに流そうとした身体の中身は、どうしようもなく変質していた。

手を伸ばす。空に届きそうなほど真っ直ぐに伸ばしたソレに、流れる滴。
それは、空に融けそうなほどに青く――。




ヨウヤクシネタ、と。

ばけものは、哂った。


人は死ぬ。
蓬莱は死なない。

ならば、蓬莱人の、人の部分は。

死ぬかもしれない。


そう、思いました。
ABYSS
http://www2.ttn.ne.jp/~type-abyss/
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コメント



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15.60床間たろひ削除
哀しい結末ですね。
慧音亡き後、妹紅がどうなるか。考えた事は一度や二度ではないけれど
未だに答えが見えません。
このような答えもあるかもしれないと思いつつ、出来るなら否定したい
とも思ったり。
またこの二人について色々考えてみます。ありがとうございました。
18.60MIM.E削除
あまり考えたくはありませんがいつかは訪れることですね。
彼女はそうすることで悲しみにたえたのでしょうか?
いつか、輝夜かあるいは他の人間かに触れて人間を取り戻すこともできるのでは……などと個人的願望ですが思わずにはいられません。
23.70点線削除
>紅いから、勘違いしてしまうだけなのかもしれない
・・・哀しいですね。
41.70Mya削除
 ああ、こんな秀作を今まで放置していたとは、暗愚の極みなり。
 パラレルのハッピーエンドとして、次代の上白沢と共に歩く妹紅がいることを願って。
42.70コイクチ削除
うーん・・・。秀逸