Coolier - 新生・東方創想話

七色の影に光を灯すノクターン

2006/02/16 11:23:21
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ぺったん、ぺったん、闇を衝く。四方ままならない壁に向けて。
うごめく闇へ、手を伸ばす。空を切る手をさらに伸ばす。
絡み取った闇を引きのばす。それは宇宙を覆う暗黒のよう。
闇を婉曲させ、弾く。闇の星、2点、3点。1000には、程遠いかなぁ。
再び絡み取った闇を今度は天蓋に叩き付ける。黒い竜巻、かな。
その竜巻をさらに巻く。もっと巻く。もっともっと巻く。もっともっともっと巻く。
あれ、こんなの私のスペルにあったようなー。なんだっけ?
まぁいいや。また巻く。天蓋が竜巻で覆われてしまった。
これでよし。ぐるぐるしてると、こう、何か高揚するというか、うーんなんだろ。
上手く表現できないな。今度パチェに教えてもらおう。
天蓋から降りて、地に足をつける。おー。10点満点。
でさぁ。これ、ああ、天蓋ね。竜巻ね。何かに似てると思うんだけど、何だろ…。
すごい身近なものの気がするんだけど…。思い出せないな…。
闇の地平に何を見るかな。何を見れるかな、私は。
絶望を描こうか。希望を描こうか。夢を描こうか。終末を描こうか。
どれにしろ、それに色はない。この世界に色はない。














闇の部屋に光が差す。日の光でない光が差す。
闇との戯れはおしまい。手を振る。
またいつか、逢えればいいけどね。






「フラン様ー。ごはんですよー、ってこれ、すごいなぁ…」
 美鈴だ。彼女は非番になるとよく来てくれる。日中は門で番をしているらしいけど、私が夜型だから、そのときに会ったことはあんまりない。スタイルが抜群なので、見るたびに羨ましく思う。まぁとはいっても自分の体型にそんなに不満ないんだけどね、動きやすいから。せまいとこにも入れるしー。あんまり見つからないしー。あー、でもやっぱり羨ましいかも。

「美鈴からもらった、墨、だっけ?が気に入っちゃって。いろいろ描いてみたんだけどー、どうかな?」
 部屋中墨だらけだけどあまり気にしてない。言うじゃない?芸術は爆発だって。
「でも部屋に描くのはどうかと…。咲夜さんに怒られますよ?ただでさえよく服を汚されるから怒ってるのに」
 やっぱりダメみたいだった。
「うーん、怒られるのはいやだなぁ…。美鈴、上手く消す方法ない?こう、パパッと消せれば問題ないじゃん?」
「墨って消えにくいんですよ。服についただけでつけ置きしないとダメなくらいですから、ってフラン様の服もだいぶ汚れてますねぇ…。あ、顔まで。ちょっとこっち来て下さい、拭いたげます」
「うんわかったー」
 そんなに汚れてたのか、結構ていねいに拭かれてる。うん、この手の感じが優しいなぁ。美鈴って絶対いいお母さんになれると思うんだよね。

「はい、きれいになりました。忘れそうになってましたけど、一応ごはん持ってきましたよ」
 ああ、もうそんな時間かぁ。ここにいると時間がわからなくなる。だっていつまでたっても真っ暗なんだもの。朝でも、昼でも、夕方でも。いつでも真っ暗。どんな時間でも夜にしてしまう。だから私はここが好き。朝なんていらない。昼なんていらない。夜さえあれば、それでいい。





「でも、すごいですねぇ、これ。フラン様って、結構絵のセンスあるんじゃないんですか?」
 あむ?唐突に美鈴が言った。そうかな?結構テキトーにやってるつもりなんだけど。
「そう?よくわかんないけど」
「センスありますよ。なんとなく象徴画みたいですけど、よく見ると考えられてるみたいで。特に、天井のとぐろを巻いた竜、ですか?すごいですよ。めったな人じゃなきゃ描けないですよ、あれは。ものすごい臨場感を感じますし、構図とか、あまり詳しくない私でもハッとさせられますよ」
 そう言われて天蓋、もとい天井を眺める。ああ、言われてみればそうだ。あの竜巻は竜だったのか。もっと詳しく言えばチャイニーズドラゴンだけど。とぐろを巻いて、天に居座っているような錯覚を覚えた。臨場感というより威圧感を先に憶えた。
「でも、目がありませんね。こういうの、なんていうか知ってます?」
 得意顔で美鈴が言った。こういうの、本当に詳しいんだよね、美鈴って。
「さぁ?」
「画竜点睛を欠く、っていうんですよ。大陸の方の故事なんですけど、あるお寺に頼まれてそのお寺で竜の絵を描いた人がいたらしいんですけど、目を入れてなかったらしいんです」
「あ、私と同じ」
「そうです。で、そのお寺のお坊さんに『目が入っていませんよ』って言われたそうなんですけど、描いた人は『これに目を入れると、この竜は飛んでいってしまうんだ』っていったらしいです。で、頼んで入れてもらったら本当に飛んでいってしまった、っていう話です」
 早口で、まくし立てるように美鈴は説明した。
 私なりに、そのことを考えてみる。何故竜は飛んでいったのか。それは、自分の場所が絵の中じゃない、そう思ったからだと思う。狭いもんね、絵の中なんて。だからもっと自分に会う場所を探すために絵の中から出て、飛んでいった。自己探求ってやつ?そう考えると私はどうなのかなぁ。私はここで満足してるのかなぁ。そんな風に思った。

 でもなんで私、美鈴見た瞬間に納得しなかったんだろう。美鈴の帽子に、ちゃんと『龍』って書いてあるのに…。あ、字が読めなかったからか。なるほど、納得。
「じゃあこれに目を入れればこれも飛んでくのかなぁ?ものすごい大きいけど」
 これが飛んでったらそれはそれは壮観だろう。これだけの大きさの竜が天に上がっていく様なんて、考えただけでワクワクしてしまう。
「どうでしょうね。飛んでくかもしれませんし、飛んでかないかもしれません。まぁそんなものだと思うんですが…」
「そっか」
 ちょっと残念。


「さ、それではお風呂に行きましょうか」
 え?な、何を唐突に。
「ほら、汚れてるじゃないですか。服とか。まとめて洗っちゃうんでお風呂行きましょう。体の方も、あー、墨だらけですね」
 まずい。まずい。何を隠そう、私はお風呂が嫌いなのだ。ほら、吸血鬼って流れる水が渡れないっていうじゃない?別にお風呂なら大丈夫らしいんだけど、それでもなんか気分よくないんだよねー。肌を舌で舐めまわされるような悪寒が…、するんだよね…。生きてる心地がしない。それゆえにお風呂が嫌いです、だから入りません、とは美鈴にはいえない。なぜか。



 もう引っ張ってかれてるから。こういうときの美鈴の力はものすごく強い。抵抗?無理無理。
「…、入らなきゃダメー?」
「ダメです」
「そこを何とか、お代官さまー」
「気持ち入ってないからダメです」
「うー。お姉様に言いつけるぞー」
「お嬢様でも入れ、と言うはずです」
「じゃあ咲夜」
「もっとです」
「パチェ」
「さらに」
「小悪魔」
「もあ」
「くそー!ここは四面楚歌なのかー!」
「どっちかって言うと五面楚歌ですね、空中まで隙無しですね」
「まいらいふいずおーばー!」
「はじめから終わっているような気もしますけど」
「是什麼事!」
「…、何で中国語知ってるんですか?」




「173、174、175」
 頭がボーっとしてきた。手がふやけて、視界が揺らいできた。いあー、これは私でなくても地獄だと思うんだけどなぁ。
 横を見る。よし、こっち見てない。今のうちに…。
「フラン様。まだ早いですよー」
 すごい速さで手が伸びてきた。今は力は入ってないけど、結構目が怖い。うん、これがしつけってやつだね、生まれて495年して初めて知った。


「あら?美鈴に、フラン様?めずらしいですね、フラン様がお風呂にはいられるなんて」
 咲夜が入ってきた。美鈴には負けるけど、咲夜もスタイルいいんだよねぇ。段々と幼児体型の自分が恥ずかしくなってきた。そういえば、パチェも隠れてスタイルいいんだよねぇ…。小悪魔なんか言わずもがなだし。何でこうも、私の周りにはスタイルがいい人?ばっかなんだろう…。ああ、お姉様は論外ね。
「ああ、墨だらけになっちゃっててまして…。ここまできれいにするのに、結構かかったんですよ?」
「へぇ…。でもなんか、フラン様ギリギリみたいね。精神的に。今もなんか逃げ出しそうな感じだけど…」
「すぐに出ちゃうからちょっと待たせてるんですけど」
 今度こそ。美鈴が咲夜と話してるスキに……。
「早いですよ。もうちょっと入ってないといけないですね」
「うぐっ」
 ……、二人とも意地悪だ。よしここは一気にかたをつけるぞ。
「196、197、198、199、200!よーし、数え終わったよー出ーるからねー」
 そうやって勢いよく出ようとしたら。
「あ、急に立ち上がると」
 あれ?目の前が揺らめいて、真っ暗に…。
「立ちくらみですねぇ。そういえば、吸血鬼っていうのは血液に結構依存してますから、なりやすいんでしょうか」
「さぁ?パチュリー様にでも聞いたら?っと。大丈夫ですか?フラン様」
「うーん、なんとか。でも何で教えてくれなかったのー?」
 教えてくれれば言うとおりにしたのに。
「言う前に立ち上がってらしたじゃないですか…」
「うるさい!そんなことを言うのはその胸かー。『きゅっ』として小さくしてやる!」
 そう。私の右手には全ての目がある。それをちょちょいと『きゅっ』と捻ってやれば壊せてしまうのだ。だから美鈴の胸の『大きさ』を『きゅっ』と捻ってやれば…。


「甘いですね。それなら『きゅっ』させなきゃいいんですよ!」
「何イイィィィィィィィィーーーーーーーー!!」
 それは盲点!それは盲点だった!私は目を『きゅっ』とすればそれですむと思っていた!しかし!その『きゅっ』が出来なければ意味がない!あいにく左手に目はないし、というかその左手は抑えられていた!それではどうしようもない!八方塞がり!そういえば八方って前後左右左斜め前後右斜め前後だけどそれじゃ上空と地下入ってないからぜんぜんふさがってないじゃーんとか思ってなら129600方塞がりならいいとかそんな問題ではない!
「ならば!直でそのけしからん胸の目を『きゅっ』としてやるぅ!」
「何イイイイイィイイイイーーーー!!!そんな手がー―――!」


「………元気ねぇ……」





 腰に手を当て、目は斜め47.5度。虚空を見据え、手はしっかりと瓶を持つ。
 ・
 ・
 ・
 3秒の空白。そして空となった瓶をテーブルに優しく叩き付ける。
「ぷはー」
 お約束。
「フラン様、一気飲みは体によくありませんよ?」
 まぁ、真似しないように。
 ちなみにここはお姉様の部屋。毎月第3金曜日はみんなで集まってお茶会するのが習慣になってる。ま、お茶飲んでるのはそう多くないんだけどね。
「でもこう飲んだ方が美味しいじゃん?それに牛乳一気飲みは私の数多い特技の一つだからー」
「多いならこだわらなくても…。お嬢様からもお願いしますよ」
「む…。私はそもそも牛乳が嫌いだし…」
 いつもは私の隣の席のはずで、今は反対側に座ってるお姉様。そんなに嫌いかな、これ。けっこう美味しいのに。臭みが気になるって言ってたけど。
「それは理由になってないわ、レミィ。もっと論理的なところから作為的に情報を相手の固定概念という立場から引きずり落とし、代わりに真実という名の虚偽の事実を相手の脳裏に焼き付けないと、説得は説得として意味をなさないわ」
「パチュリー様。ざっくばらんに『嘘を教えとけ』とは言えないのでしょうか」
「咲夜。ツッコミが上手くなったわね。でもそこは『真実とかこつけて嘘を教えとけ』が正しいわ。あとざっくばらんな話し方は私に合わない気がするからしない所存よ」
 そう言ってパチェは親指の立つ右手を咲夜に突き出した。
 まぁ咲夜とパチェの漫才はほっとくとしよう。余り食いつくとどこぞの漫才師はこうだの、あの落語は素晴らしかっただの、せっかくだからやってみましょうとか言い出すに決まってるから、パチェが何かにはまってるときは食いつくな、ってお姉様が言ってた。



「それで?またフランは地下室にこもってたの?外に出るって言ったじゃない。それにいい加減あそこにはこもらない方がいいと思うんだけど」
 うん、そこを突かれるとちょっと痛いな。こういうの、引きこもってるって言うんだっけ?別に引きこもって変なことしてるわけじゃないんだけど。確かに後ろめたさは感じるんだよね、色々と。
「こうね、何か暗い方が落ちつくっていうか、何か安心するっていうか、じめじめしてて気持ちがいいとか…。うーん、上手く言葉に出来ないなぁ」
「そんな風だと、どこかのお姫様みたいに他人に頼って生きてかなきゃならなくなるわよ?あんまりそういうのは私は賛成できないわね」
 まぁ、確かにそうだと思う。暗闇にこもるなんて、普通は嫌なことだもの。声は宙を舞い、不安と焦燥に駆られる。無為な時間に錯綜を続け、歪みが生まれて思いの花は地殻に枯らされる。無駄な妄想に現を抜かし、現実を離れ、いつしかそれとの鎖を手放す。だから、人は闇を恐れる。
 でも、この話は人ならざる私の話。そんなことは必ずしも当てはまらない。私は、あそこが好きだから。

 だけど、それに対して疑問を抱く私がいることもまた事実で。
「でも、フラン様ってすっごい絵が上手いんですよ。天井に竜の絵がかかれてたんですけど、すごく圧倒されちゃいまして」
 美鈴が口をはさんできた。こういうときはホント頼りになる。まぁ、それ以外があんまり、なんだけど。
「絵?フランってそういうことも出来たの?」
 驚いた顔でお姉様が聞いてきた。けっこう鼻高々。
「うん、気まぐれで描いてるんだけど。でも、何がいいとか、うまいとかよくわかんなくて。誰か教えてくれないかな」
「へぇ。そういえばパチェのとこの小悪魔がちょっと絵に教養あったって言ってなかった?」
「まぁ一応、あるらしいわね。いくつか見せてもらったけど、けっこう上手かったわ。でもあの子、最近蔵本整理で忙しいらしいから、ちょっと教えるのは難しいかもね」
 ああ、だから今日はいなかったのか、小悪魔。いつもはいるから、どうしたのかなって思ってた。
「そう…。でも絵を見て何か思うかもしれないわね。忙しい合間を縫って教えてくれるよう、頼んでおいてくれないかしら」
「それくらいなら大丈夫だと思うけどね。ん?あら、小悪魔、整理は終ったの?」
 あれ、ホントだ、パチェの後ろから小悪魔が来た。呼ばれたら来るってタイプでもないと思うんだけどな。
「ええ、今日の分は大体は。それで?私に何か用ですか?」
「ちょうどよかったわ。小悪魔、フランが絵を教えて欲しいですって。忙しいらしいけど、やってくれないかしら?ああ、無理ならいいのよ?」
「それくらいなら大丈夫ですよ。ちょうど昨日、絵を描いたんですけど、いい出来でしたから、ちょっと見てみます?フラン様」
 もちろん、答えは決まってる。
「うん。小悪魔がどんな絵描くのか、それにも興味あるし」
「そうですか。それじゃあ、一緒に来て下さい。ああ、美鈴さんも来てくれると助かります」
「え?私も?」
「ええ、ちょっと力仕事があるので。美鈴さん、そういうの、得意でしょ?」
「まぁ、確かにそうだけど」
「じゃ、お願いします」
 図書館で力仕事ってなんだろう。整理も終わったって言ってたのに。私は美鈴と顔を見合わせた。





「これ…なに?」
「本じゃ、ありませんね」
「見れば分かるよ。暗くて、何がなんだかわかんないんだけど、というか小悪魔は?」
「明かりを取りに行く、とか言ってましたけど。ああ、戻ってきましたね」
 ランタンの光が差してきた。ちょっと目に痛い。
「お待たせしました。それじゃ、これ運んでください、美鈴さん」
「これって何?高くて大きなものはあるけど、何?これ」
「ああ、柱です」
「「柱?」」
「ええ、老朽化が激しいもので、図書館は。補強のためにいくつか柱を入れた方が安全上いいので」
「それと絵と何の関係があるの?」
「私の部屋、一番脆くなってる所なんですよ」
「え?そんなところで寝泊りしてるの?」
 起きたら屋根が落ちてましたー、なんて冗談のレベルじゃないと思うんだけど。
「いや、今はパチュリー様の部屋で寝泊りしてますけどね。あの部屋、無駄に広いんで、私が1人入っても全然余裕なんですよ」
「へぇ。仲がよろしいようで。それで、絵はそのパチュリー様の部屋じゃなくて小悪魔ちゃんのところにある、ってこと?」
「そうです。それで、これを入れてもらおうと。探してるうちに、とか怖いので、ね」
 小悪魔からは大人のオーラみたいなのがにじみ出てる気がする。こういう大人になりたいなぁ。
 なれないんだけどね、外見は。
 精神的な意味で、だよ?
「でもこれだけの柱か…。気が乗らないね…」
「まぁまぁ。終った後に点心でもおごりますよ」
「やります。やってみせます」
 め、美鈴が燃えている…。こんなの見たことない…。



 恐ろしい速さで美鈴は柱を打ち付け、瞬く間に修繕は完了した。あれほど速い動きの美鈴は今まで見たことがない。食べ物、特に甘いものへの執念は恐ろしいな、としみじみと思った。
「おいしい~」
「そう思ってくれるのなら嬉しいですねぇ。料理人冥利に尽きます」
 ちゃっかりに私も貰った。小悪魔はたいがいのことを平然とやってのける。本当に尊敬できるなぁ。こんな人が姉だったら…。いや、やめとこう。どこで何を見てるか分からないもの、あの人。
「それで、絵はどこにあるの?ちょっと見せて欲しいんだけど」
「ああ、これです」




 そう言って小悪魔が差し出したのは一つの窓の絵だった。ちょうど、館の窓と同じだ。館には窓は少ないけれど、一応はある。廊下一区画に一つ、あるかないかくらいだけど。縦長の長方形に、半円をかぶせたような形の、格子窓だ。よくあるものだと思う。それ自体はさしてめずらしくない。
 それより、その窓の外の光景が、私には見覚えがない。湖のぼやけた水平線にかかる、この紅い円は何だ?それに、空も、紅い。青と、紅と、白が交じり合っている。こんな景色、私は見たことがない。月?いくらなんでもこんなに紅くない。まぁ、月でもそんなにみたことはないんだけど、こんな風になるようには思えない。この赤い館より赤い紅の円。私はそれが無性に気になった。
 何か、開く音がした。




「小悪魔、これ、何?」
「え?なにって、夕日ですけど」
「夕日?なに、それ」
「ああ、フラン様は見たことがない、っていうか見れませんね。吸血鬼ですから。簡単に言いますと沈む寸前の太陽です。世界が数分だけ真っ赤になるんですよ。まぁ、曇ってると見れないですけど」
「太陽ってこんなに紅いの?見たことないけど」
「いつも、は紅くないです。沈むときと、昇るとき、その数分の間だけ紅く見えるようになるんです。詳しい理由は、まぁ簡単に言いますと、空が他の色を消してしまうんですよ、太陽から」
「消してしまう?どういうこと?」
「太陽は紅以外の光も持ってるんです。それらが集まっているから、うやむやになっちゃって白く、普段は見えるんですけど、こういうときには紅以外の光は見えにくくなって、こういう風に見えるんですって」
「さすが小悪魔大先生。わかりやすい授業ですね」
「いやいや、それほどでも。でも、本当にすごいのはね、夕日ではなく、朝日なんですよ、フラン様」
「え?」
「暗くなり、闇に満たされた世界が、だんだんと白んできます。そして、世界が真っ赤になる。特に、晴れた日。ただの赤とは違う紅が、世界を照らすんです。ある日に、たまたま起きて空を眺めていたら、それを見たことがあります。わたし、本当に感動して、この世界は素晴らしいな、って思ったんです」
 世界が、素晴らしい?この世界が?
「あー、私も見たことありますね、朝日。まぁ、私たちにとって見れば当たり前なんですけど、それでも、きれいですよ。何か分からないですけど、頑張ろう、って思えるんです」
 見て、みたい。それを。この目で。感じてみたい。この肌で、闇が晴れるのを。世界が、光に満ちる瞬間を。
「それ、私にも、見れるかな。その、朝日ってもの。私にも見えるかな」
「え?それは……」
「うーん、ちょっと難しいかもしれませんね…。こればっかりはさすがに…」
「なんで?何で私には見れないの?分かってるよ、私が吸血鬼だってことくらい。でも、いてもいいじゃない。日の光を浴びる吸血鬼がいたって、さ」
「それはフラン様の存在に関わることですから…。こう言ってはなんですけど、どうしようも」

「そんなことない!」
 私はだん、とテーブルに手を打ち付けた。じんじんするけど、関係ない。
 道を妨げるものがあるなら、壊して進む。それが私の進む道だ。
「吸血鬼が日を見れない?そんなふざけた事実、あるならこの手でぶっ壊すよ。私は、どうやってでもこの日を見る。世界が素晴らしいって、そう私自身も思えるように」
 子どものわがままとか、言っちゃってくれていい。私でもそう思うよ。
 でも、わたしはそうしないと、あの部屋から出られない。いつまでたっても、あの部屋で闇を打つ日々だ。そんなのはもう終わりにしたい。そう、もう一方の私が語りかける。違う方の私も、そう思えるように、私は光を見つけ出す。
「でも、フラン様は」
「いいよ、小悪魔ちゃん。ここは、私に任せて。発端は私なんだから、私が何とかするよ」
 美鈴が私にウインクをしながら言った。あれ、なんか頼れるような雰囲気がする。
「でも、どうするんです?ちょっとでも太陽光に触れたら灰になってしまうなんて言うじゃないですか」
「いい方法が、思い浮かんだのよ」








「で?これ?」
「まぁ、そうですけど…本当に大丈夫かな…」
「立案者が不安がらないで下さい。他方はもっと不安です」
 いるのは館の屋根なんだけどー。これ…、方法って言うのかなぁ?
「屋根に寝そべり、頭だけを出す。…、バカでも思い浮かぶよ…」
「た、単純ですけど、多分大丈夫ですよ。して、小悪魔気象予報士、今日の日の出の時刻は?」
「6時36分47秒。誤差±60秒ですね。ちなみに方位は東南東、方位角103.5度、ちなみに天気はほぼ快晴、降水確率0割。朝日には何の問題もないと思われます」
「うむ、分かった。今は…6時20分か。まだあるわね。それで、光の速さっていうのはどれくらいのもの?」
「だいたい、秒速3億米。地球を1秒で7周半できる速さですね。まず視神経では捉えられませんよ?」
「うーん、目は焼ききれるかもしれないですねー」
「さらっと恐い事言わないでよ!」
「でもまぁお嬢様は一片でも残っていれば復活できるそうですから、大丈夫なんじゃないですか?」
「お姉様と私じゃ、けっこう吸血鬼としてのタイプが違うからなぁ。当てになんないかも…。そういえばお姉様たちには言ってないんだよね?」
「ええ。あの3人に話すと大事になりそうですし。まぁ、十分大事だとは思うんですけどね…」
 そうか。そういえば、お姉様は瞬時に蝙蝠に分体したりできるんだよね。私には到底無理。お姉様の方が、純粋な吸血鬼って感じがするんだよね…。昔のことあんまり覚えてないからなぁ。どういう風だったんだろう。私が生まれたときって。
 まぁ、それは今は関係ないね。
「日が出た瞬間に美鈴が私の前を遮るんだよね?顔、焼けるよね、最低でも」
「大丈夫です。こんなときのためにパチュリー様愛用のクリームをちょろまかしてきました。ちょっとただれても、大丈夫です。そうなったら永遠亭の永琳さんに整形手術してもらいますから」
「それ、そっちの方が怖くない?噂で聞いただけだけど、かなり怪しい人だとか…」
「人じゃない、っていう噂もありますね」
「いや、そこは問題じゃなくて。それより、もうすぐなんじゃないの?日の出まで。けっこう白んできたよ」
 暗いだけだった空は東から段々と明るくなっている。夜明けは近い。
「うん、6時30分…。あと6分くらいですね」
「もうすぐか…」
 不安はある。間に合わなかったら私は灰になってこの世から消えていってしまうのだ。でも、頼もしくもある。お姉様は他人に頼って生きる、なんて悪い風に言ったけど、私はそうは思わない。この2人、お姉様、パチェ、咲夜、霊夢、魔理沙、館のメイドたち、みんなに頼って私は生きてる。私1人じゃ、それこそ何にも出来ない。でも、それでいいんだと思う。だから、頼もしく思う。2人を。みんなを。世界を。
 そう、夜明けは近い。











「フラン様、36分です!あと少しですよ!」
「ね、眠い…」
 正直、限界だった。だってこの時間普段は寝てるもの。
「ここで寝ちゃったら意味ないじゃないですかー!」
 美鈴と小悪魔がなんか言ってるけど、段々と視界がぼやけてきた。まぶたが、重い…。
「小悪魔ちゃん、ここはなんとしててでもフラン様の目を開けさせるのよ。さぁ、おーぷんゆああい!」
「ご、強引ですね…。でもそういうの、嫌いじゃないです。いきますよ、おーぷんゆああいず!」
「いたいいたいいたい!もうちょっと優しくやってよ!」
「眠気覚ましも一緒です。さぁ、朝日ですよ!」
「闇に光を灯すのは、今です!」








 空に光が満ちる。
 ただの光ではない。それは紅い光。
 赤よりも紅い光が、世界に光を灯す。









「きれい………」



 闇がほどける音がした。













 次に屋根が崩れる音がした。


「え?え?うわーーー!!」
「へ?一体何がって、あの紅いのは、グングニル!?」
「まさか、お嬢様!?」


「あなたたちは何をやってるのーーー!!!!!!」







































そのあとこっ酷く3人とも叱られた。ちなみに光の方は上手い具合に美鈴と小悪魔がふさいでくれて、事なきを得た。本当に、2人、それにお姉様には感謝してる。




で。私はというと地下室の天井にいる。別にまたここにこもるわけじゃない。




ここから出るためにここへ来た。
画竜点睛、しようじゃないの。




ただ、拳は竜の額の下あたりをさす。ただ、一瞬のために。力を注ぐ。ひとひらに。私の。

注ぎ。振り下ろす。ただそれだけのこと。




 禁忌「レーヴァテイン」






でっかい目が開いた。頭より大きいかなぁ。この目。
でもいい。この目で、世界を見るんだ。素晴らしい、この世界を。











私は、私には帰らない。
悲しみよ、さようなら。
喜びよ、こんにちわ。
どうか世界が喜びで満たされますように―――






こんな時間におおかた始めまして。終わりかけでこういう時間だと気が付いた2:23amです。
フランです。誰が何を言おうと、フランです。
擬音の表記にちょいと疑問を感じていますが、まぁこのまんまで。
あと、「是什麼事!」は「なんてことだ!」くらいでわかっていただければ。
できるなら、世界は美しいがいい。悲しいのはこりごりです。
では、読んでくださってありがとうございました。それでは。


(06/02/16/13:08 気が付いたので誤字修正。自分、潔癖です。めんどくさがりですが)
2:23am
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コメント



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1.80翔菜削除
ほぉう……。
吸血鬼が太陽を。
この組み合わせ、そしてフラン、美鈴、小悪魔の三者がとてもよかったです。
6.80おやつ削除
はぁ……
いい妹様と紅魔館でした。
GJ!
13.90月影蓮哉削除
美鈴いいねぇ。このような格好良く、面倒見の良い美鈴を私は望んでいる。
ですが妹様、咲夜さんとパチェはスタイ(連続殺人ドール+サテライトヒマワリ
21.90煌庫削除
気まま。その言葉が似合いそうなフランに見えました。気ままとは言っても”勝手”ではなく”自由”の方ですが。
しかし、美鈴。力仕事担当キャラですか・・・・
ともあれGJ。
24.100rock削除
ちょ…なにこれ、凄く好き。
45.100MIM.E削除
あぁ、世界はかくあるべき。
こんなにも嬉しくなれる優しい世界のとらえ方もできるんですね。
53.100名前が無い程度の能力削除
安易なハッピーエンドが嫌いな自分ですが、この作品好きになりました。
63.90名前が無い程度の能力削除
この三人最高!