三途の川
現世と冥界を分かつ川、という認識が一般的であるが彼岸がこの世で此岸あの世であるという区分けは誤りである。
なぜなら川を渡る時には、すでに人間は霊魂の形となって口も利けぬ状態で船頭に送ってもらうからである。
三途の川はあの世の中にあるのだ。
その霊魂はずいぶんと珍しいやつだったさ
なにが珍しかったのかって?
そうだなぁ、色々あるけど一番は口が利けたってところかな。
「こうして会話ができる相手を船に乗せるのは、ずいぶんと久しぶりだよ。」
「そうなんですか、私はてっきり皆さんこの姿になっても喋れるものなのかと。」
「あたいが知ってる限りでは、その姿で口が利けたのはあんたがはじめてさ。」
口が利けたって言っても音として発しているわけではなかったんだよね。
何といっていいのか・・・。正確なものはわかんないけど、頭に直接語りかけられるような感じだったよ。
「その船に乗って行くんですね。」
「あぁ、そうだよ。ただし、ここから先は一方通行だ。生者、文無し、未練のある奴は船には乗せらんないよ。」
「私は・・・どうでしょうか。」
「今のは船頭の決まり文句みたいなもんでね。あんたは”その他”だよ。」
「さあ、乗った乗った。」
未練のある奴は乗せらんないなんて言ったけど、人ってのは必ず生前に大なり小なり未練を残してくるものなのさ。
十全未練の無い者なんていやしない。
「なんというか、不思議な場所ですね・・・。」
「そうかい?あたいはもう見慣れちまってねぇ。」
「こんなに静かな川は初めて見ます。波も風も全く無いなんて。」
「・・・でも、嫌いじゃないです。」
「気に入ってくれたかい?じゃあよく見ておくんだね。正真正銘、人生で一回こっきりしか見れないよ。」
三途の川の長さはその人がどれぐらい愛されていたかで決まる。
愛されれば愛されるほど川は短くなり、憎まれたり疎まれたりすればするほど川は長くなる。
「お前さんは随分と変わった人生を歩んだみたいだねぇ。」
「わかるんですか?」
「細かいところまではわかんないけどね、乗せる人間によって川幅とか距離とか周りの雰囲気とかが変わってくるもんなのさ。と言っても微々たるもんだからね、素人が見てもわかんないぐらいの差だよ。」
「さて、そろそろ渡し賃を貰っとこうかね。」
「渡し賃といっても、お金もないですし、何をお渡しすれば・・・。」
「渡し賃なんて言っちゃあいるが随分と曖昧なものでね、船頭によって随分と変わってくるもんなのさ、有名なところで『六文銭』だったり、『人生のうちで稼いだ金額』なんてところもある。」
「そんな曖昧でいいんでしょうか?」
「いいのいいの、もしきちっとした渡し賃が決めてあって、それを払えない奴が続出したらどうだい。それこそ迷惑になっちまうだろ。」
この世界にある魂ってのはあの世とこの世で均衡が取れていないとだめでね。
あの世に多すぎてもいけない、この世に多すぎてもいけないってな感じで、言うならやじろべいみたいなもんさ。
あっちにふらふらこっちにふらふら、そんな危うい均衡で成り立ってるのよ。
だから、やじろべいでいうところの腕の部分。
どっちつかずって連中が一番困るのさ。
「それで・・・私はどんな渡し賃をお渡ししたらいいのでしょうか?」
「そうだねぇ・・・。」
「お前さんの話を聞かせておくれ。いつも口の利けない連中ばかり乗せるもんだから、乗客の話は聞いたことがないんだよ。」
水面は水を打ったように静まり返っていた。といってもこの三途の川ではこれが日常の風景なのだが。
「・・・実は、私あの世に行くのが少しだけ楽しみだったんです。」
「へぇ、というと?」
「大切な、本当に大切な人達と生き別れになってしまって、生きてるうちに再会することは出来ませんでしたけど、もしかしたら先で再会できるかもしれないと思って。」
「なるほどねぇ、まぁ、あたいはあの世のことはさっぱりだから、先のことは閻魔様にでも聞いておくれ。」
「でも、後悔もあるんです。この世に残していってしまう人もいるので。」
「人間そんなものだよ、後悔の無い人間なんていやしない、どんな生活をしていてもね。」
「そう、ですよね。」
三途の川には絶滅した魚が泳いでいる。
釣ることも捕まえることも出来ないがたしかにそこに”在る”。
輪廻転生は別に人間だけに限ったものではない、鳥も、魚も、この世に”在る”もの全て廻り還る輪の中に”在る”。
ならばこの魚達はどうなのだろう、絶滅したものの形をとっているだけなのだろうか。
それとも・・・。
「さぁ、そろそろ三途の川下りもおしまいだね。」
「そうなんですか、ちょっと残念ですね。もう少しお話していたかったのに。」
「あたいもだよ、久しぶりに話せる相手が来たのにねぇ。」
「まぁ、お前さんじゃあしょうがないか。」
「?」
「こっちの話さ。」
「さて終点だ。」
「ありがとうございました。」
「気にしなくていいよ、あたいはこれが仕事なんだ。」
「あの、最後に一つお願いがあるんですけど・・・。」
「なんだい?」
「もしこの川を渡る時に、私がこの世に残していってしまった姉妹が来て、私のように会話することが出来たなら、私も同じ船に乗ったことを伝えてもらえませんか?」
「ああ、確かに請け負ったよ。」
「ありがとうございます。」
「しかし、請け負うのは構わないが、お前と相手さんの名前がわからないと伝えようがないね、教えてくれないか?」
「そうでしたね、私の姉妹の名前は、メルラン・プリズムリバー」
六道輪廻なんて言うが、実際は六道を順に廻るわけではない。
よくいう現世と呼ばれる場所は六道では人間道と言う場所で、そこから道をそれて天人の住む天道に別れたりもする。
ならば人が死んだ時はどうなのだろうか、罪を償わせる地獄道というものがあるが、では地獄道に行かない人間はどこへ向かうのか。
あたいは、人間は人間である限り人間道からは抜けられないと思っている。
人である限り、同じ世界を廻り続ける。
まるで大きな牢獄の中を、ぐるぐる回らされるような。
「私の名前は、ルナサ・プリズムリバーです。」
「確かに聞いたよ。」
「それじゃあ、さよならです。船頭さん。」
「ああ、またな。ルナサさん。」
だけど、人間はその中にシアワセを見つけ出すのだろう、あたいにはわからない、シアワセを。
…ルナサは??
嫌いじゃないよ、こういう雰囲気
そっかー、リリカ亡くなってたかー。でも説明になにもないのは悲しいね。話の魅せ方的にしょうがないのはわかってるけど