「はぁ~…」
星熊勇儀は悩んでいた。
悩みの種は彼女の同胞、伊吹萃香。
「どうしたもんかね~…」
勇儀は萃香に恋をしている。
山の四天王として地上に暮らしていた頃からずっと、数百年間片思いだ。
しかし、そんな勇儀の想いは全くと言っていいほど伝わらず、現在に至っている。
萃香には気に入った相手がいる。
地上に住む巫女、博麗霊夢だ。
普段から共に行動することも多い二人。
一緒に神社で寝泊まりするほどの仲の彼女たちの間には勇儀が割って入る隙間など無い。
勇儀は萃香と無二の親友だという自負がある。そのことに疑いは無い。
しかし、そこまでなのだ。
それ以上の関係、その一線を越えた先には行けないのである。
萃香にとって勇儀は霊夢以上の存在にはならないのだ。
ちくしょう…博麗の巫女め…
パルパルパルパル………
「とりあえず、酒でも飲むか…」
ひとまず飲んで忘れよう。
酒好きの勇儀にとって酒は悩みから解放してくれる数少ない逃げ道の一つだ。
まあ、逃げてばかりではいけないのだが…
しかしながら、パァーっと飲んで忘れようとも思ってもなかなかどうして気分が乗らない。
いつものように騒いで飲む気にはなぜかなれなかった。
それでも酒は飲みたい。
そのため勇儀は旧都の裏路地へと足を運んだ。
忌み嫌われた妖怪たちが闊歩し、年がら年中騒がしい旧都であるが、大通りから路地に入るとこじんまりとした居酒屋などが点在している。
一人で静かに飲みたい妖怪たちなどはよくここいらの店を利用するのだ。
パルスィなんかは常連である。
なんとなく目に付いた居酒屋があったのでとりあえずそこに入ってみる。
今日はつぶれるまでここで飲んでやろう。
暖簾をくぐって中に入ると10人ぐらいが座れるカウンターがあるだけのこじんまりした店だった。
客はいないようだ。
「いらっしゃい。あれ、勇儀さん?めずらしいね~。」
店主の男がもの珍しそうに応対した。
旧都でも騒がしいやつ代表のような勇儀がこんな裏路地の小さな店に来たとなればそうも思うだろう。
「親父、なんでもいいからキツイのピッチャーでくれ。」
カウンターに座るなりそんな注文をした勇儀に店主は目を丸くしたが、なにやら様子の不機嫌そうな勇儀を見て何も聞かずに酒を用意した。
触らぬ鬼に祟りなしである。
店主は店にある酒の中でもかなり強いのを用意してきた。
ラベルを見るとアルコール度70%と書いてある。
こんなものをピッチャーで飲めば人間なら急性アル中で一発アウトだろう。
しかし、それを勇儀はなんの躊躇もなく一気に飲み干した。
口をつけて飲みきるまで約5秒ほどの早ワザでだ。
「ぷはぁ~…親父、おかわり頼む。」
ほんの少し酔った感じではあるがテンションはいっこうに変化はない。
こうなればとことん飲むしかないのである。
しばらくハイペースで飲み続けたが、全く気分が高揚してこない。
酒ならこの気分を変えられると思っていたのだが、状況は良くはならなかった。
もう帰って寝ようかなと思ったその時、店の戸が開いて客が入ってきた。
見た目は子どものようで、不思議な帽子が特徴的な金髪の少女だ。
勇儀はその少女を知っている。
地上の宴会などで見かけるからよくおぼえていのだが、なによりその目玉の付いた奇抜な帽子は一度見ればなかなか忘れられないだろう。
「あんたは確か妖怪の山の…」
そう。店に現れた少女の名は洩矢諏訪子。
地上の守矢神社に住まう神の一柱だ。
「おや?めずらしい顔だね。星熊勇儀…だっけ?」
それはこちらのセリフだ。
地底に住む勇儀にしてみれば地上の神がどうしてまたこんな地下の小さな居酒屋に足を運んだのかはなはだ疑問だった。
「ああ。そういうあんたは洩矢諏訪子だったな?どうしてまたこんなさびれた居酒屋に?」
店主が少し暗い顔をしたのが見えたが仕方がない。さびれているものはさびれているのだ。
「地下に来る用事のついでに時間をつぶそうと思ってね。そういうあんたは?ずいぶん飲んでるみたいだけど。」
地下の用事というのはおそらく間欠泉センターのことだろう。
さとりに守矢の連中が地下に何かを作ったという話を聞いた気がする。
しかし、時間つぶしというのは…
「ちょっと悩み事があってね。飲んで忘れようとしてたのさ。」
「なるほどね~。」
納得したような山の神。
そのまま勇儀の横に座って酒とつまみを注文した。
「でもさ、悩みをお酒で忘れようってのは逃げじゃないの?」
「…そんなことは百も承知さ。」
「鬼が豆以外でこうもあっさり逃げ出すなんて、幻想もいよいよ終わりかな?」
少し挑発するような諏訪子をわずらわしく感じ、勇儀は席を立とうとした。
しかし、諏訪子に腕を掴まれて引き止められてしまった。
「あたしからも逃げちゃうのかい?」
「今日は気分じゃないんだよ。」
「そんなこと言わずに一緒に飲もうよ。話し相手がほしくてね。」
「いい加減怒るよ。今日の私はあんまり気が長い方じゃなくてね。」
握り拳を固める勇儀。
相手は神だ。少々強く殴りすぎても死ぬことはあるまい。
「悩みなら私が聞いたげるよ。」
掴まれた腕を振り払おうとしたその時、諏訪子が意外なセリフを吐いた。
「は?誰の?」
「あなたの。」
「誰が?」
「だからあたしが。」
「どうして?」
「それは…神だから、かな?」
意味がわからない。
だいたい鬼の悩み相談を神がするなど、そんな話聞いたことない。
「悪いけど、他を当たってくれるかい?」
腕を払って帰ろうとしたが、諏訪子の手が離れることはなかった。
軽くとはいえ鬼の勇儀の力に対抗するとはさすがに神というべきか。
「あなた、誰かのことを想って悩んでない?」
諏訪子が勇儀の悩みの核心を急に突く。
不意に図星を突かれた勇儀はすぐには何も言い返せなかった。
「だ、だったらなんだって言うんだよ!あんたには関係ないことだろッ!」
めずらしく動揺する勇儀。
それだけあまり触れてほしくないないようなのだ。
「確かに関係はないけどね。でも、悩める子羊の相談を聞くのも神の仕事のうちだよ。」
諏訪子の目は真剣そのものだ。
「お酒に頼って忘れるのは逃げだけどさ、誰かに話すのは逃げじゃないよ。話してみることで何か変わるかもしれないし。」
諏訪子の言葉には妙な説得力があった。大昔から人間の悩みを聞いてきた神だからこそ為せるものなのだろうか。
「だからさ、私に話してみない?」
その時、ずっと固く握られていた拳からふと力が抜けるのを感じた。
諏訪子へと抱いていてわずらわしさもいつしか消えてなくなっていたのだった。
「…本当になんでも相談に乗ってくれるのかい?」
「もちろん。」
「誰にも言ったりしないかい?」
「そんなことしないよ。」
「笑ったりしないだろうね?」
「しないしない。神を信じなさいな。」
そうまで念を押してようやく勇儀はもといた席へと座りなおした。
「さてと、それじゃあ話してごらんよ。」
諏訪子に言われしぶしぶ勇儀は自分の萃香への想いと、萃香と霊夢の関係について語りだした。
恥ずかしそうに語る勇儀の話を諏訪子はいっさい茶化すことなく真剣に聞いた。
「―――っとまあ、こんな感じなんだよ。私はどうしたらいいもんかね…?」
「…なるほどね。」
話終えて諏訪子の表情を見るとどこか切なげな表情をしていた。
まるでなにかを思い当たる節があるような様子だ。
「…あのさ、勇儀。」
「な、なんだい?」
「ごめん。あなたのその悩みの答えをあたしはたぶん…持っていないと思う。」
「…は?」
どういうことだ。
自分から相談しろといったくせに答えを出せないなどと、そんな冗談はやめてほしいものだ。
「…どういうつもりだい?」
「言った通りの意味さ。」
諏訪子がそういった直後、ガラスが砕け散る音が店に響き渡った。
勇儀が持っていたグラスを握りつぶしたのだ。
「相談しろといったのはお前のほうじゃないか!それなのにどういうことだって聞いてるんだ!」
勇儀の怒りは沸点に到達寸前だ。
下手に刺激をすると旧都の一部が消し飛びかねない。
店主に至っては店の奥にあわてて逃げてしまった。
「…勇儀。」
「事と次第によっては容赦しないよ!」
「勇儀!!」
「…ッ!」
怒鳴りつける勇儀の声を上回る大きさで諏訪子が叫ぶ。
さすがの勇儀も少しひるんでしまった。
「ごめんね。あたしから相談してって言ったのにさ…。」
「…」
「そのかわりにね、今から少し話をしていいかな?」
「…何の話だって言うんだい?」
「この話はね、どっかのバカの長い長い片思いのお話なんだよ。」
長い長い片思い。
どこかで聞いたような話である。
「…いいよ。話してごらん。」
「ありがと。それじゃあ話すね。」
そう言って静かに諏訪子は話し始めた。
昔、一つの国を支配する神様がいました。
平和に暮らしていたその神様の国に侵略者がやってきました。
神様は侵略者と戦いましたがあえなく敗れてしまいました。
侵略者に国を奪われた神様ですが、侵略者と共に国を支えていきました。
最初は侵略者のことが大嫌いだった神様ですが、長い年月を一緒に過ごすうちにだんだんと侵略者のことが気になり始めました。
やがて、信仰を失って力を無くした神様と侵略者は自分たちを崇める巫女とともに幻想の地へと旅立ちました。
新たな地で過ごす生活はとても居心地の良いものでしたが、神様は次第にあることに気付いたのです。
それは侵略者と巫女のことでした。
神様と侵略者にとって巫女は娘ともいうべき大切な家族だったのですが、侵略者と巫女との間にはそれ以上ともいうべき想いがあったのです。
そのことに気付いて以来、神様は自分の気持ちがわからなくなりました。
侵略者のことも巫女のことも大好きな神様にはどうすればいいかわかりません。
そして今も悩み続けているのです。
ずっと。ずっと。ひとりで。ずっと。
「―――っというお話。」
語り終えた諏訪子は悲しそうな表情をしていた。
目には少し涙も滲んでいる。
「…なるほどね。」
この神様はずっと侵略者のことが好きだった。
その侵略者と巫女は良い関係にある。
そして、神様は侵略者も巫女も嫌いになれずに悩んでいる。
それはまるで、勇儀そのものだった。
長きに渡る片思いも、意中の相手が巫女に心を奪われているのも同じだ。
だからこそ、諏訪子は答えを出せないなどと言ったのだろう。
自分も答えがわかっていないのに言えるはずがない。
全てを理解して勇儀は―――
「プッ、クッ、アハハハ…ッ!!」
大声で笑い始めた。
「え、ちょ、どしたの!?」
あまりに唐突に笑い出したので諏訪子はかなり困惑気味である。
「アハハ…!いや~、その、悪いね。なんかすっきりしちゃってさ。」
「そう?あんまりためになる話ができたとは思えなかったんだけど…」
「いやいや。十分なったさ。」
「ほんとに?」
「ああ。おんなじ悩みを抱えた奴がいる。それがわかっただけでも大収穫だよ。」
勇儀の言葉に暗い表情だった諏訪子も顔がほころんでいく。
「さて、同志よ。今日はとことん飲んで語ろうじゃないか?」
戻ってきた店主から酒を頂戴すると勇儀は諏訪子のグラスに注いでいく。
「うん…ってさっきの話はあたしじゃなくてどっかの神様の話だからね!」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ。」
顔を真っ赤にして怒る諏訪子を適当にあしらって、勇儀は自分のグラスにも酒を注ぐ。
「それじゃあ、飲み直しの乾杯といこうじゃないか?」
「おー!それじゃ―――」
「どっかの神様と」
「おバカな鬼の」
「「長すぎる片思いに、乾杯!!」」
それから二人は夜通し飲んでは語り続けたのだが、朝になって、さすがに諏訪子が帰ると言い出した。
「なんだい、もう帰るのかい?」
「いや…もう朝だよ、勇儀…」
「友人との宴に時間なんて関係ないよ。」
「それはうれしいけど、何にも言わずに出てきちゃったから神奈子や早苗が心配してるだろうしね」
「ふ~む、なら仕方ないな」
しぶしぶあきらめた勇儀。
諏訪子にも帰る場所があるのだから仕方ない。
「また、旧都に来たら私のところを訪ねておくれ。今度は良い酒を用意して待ってるよ。」
「うん。勇儀も地上に来たらうちにおいでよ。早苗の料理はおいしいからね。」
「ああ。きっと行くよ。それじゃあ、またね。」
「うん、またね~。」
再開を約束して諏訪子は地上の方へと飛んで行った。
諏訪子の姿が見えなくなってから、勇儀は新たにできた小さな友人のことを思い返していた。
「洩矢諏訪子…か。」
神のくせして見た目はちっこくて、大人なのか子どもなのかわからない態度。
それは誰かに似ている気がした。
地上へ向かって飛行する諏訪子も旧都で別れた鬼の友人を思い出している。
「星熊勇儀…ね~。」
お酒好きで世話焼きで、背が高くてついでに巨乳。
なんだかどっかの誰かを思い出す。
「ああ。」
「そっか。」
「どっかの小鬼に似てるんだ。」
「どっかの侵略者に似てるんだ。」
星熊勇儀は悩んでいた。
悩みの種は彼女の同胞、伊吹萃香。
「どうしたもんかね~…」
勇儀は萃香に恋をしている。
山の四天王として地上に暮らしていた頃からずっと、数百年間片思いだ。
しかし、そんな勇儀の想いは全くと言っていいほど伝わらず、現在に至っている。
萃香には気に入った相手がいる。
地上に住む巫女、博麗霊夢だ。
普段から共に行動することも多い二人。
一緒に神社で寝泊まりするほどの仲の彼女たちの間には勇儀が割って入る隙間など無い。
勇儀は萃香と無二の親友だという自負がある。そのことに疑いは無い。
しかし、そこまでなのだ。
それ以上の関係、その一線を越えた先には行けないのである。
萃香にとって勇儀は霊夢以上の存在にはならないのだ。
ちくしょう…博麗の巫女め…
パルパルパルパル………
「とりあえず、酒でも飲むか…」
ひとまず飲んで忘れよう。
酒好きの勇儀にとって酒は悩みから解放してくれる数少ない逃げ道の一つだ。
まあ、逃げてばかりではいけないのだが…
しかしながら、パァーっと飲んで忘れようとも思ってもなかなかどうして気分が乗らない。
いつものように騒いで飲む気にはなぜかなれなかった。
それでも酒は飲みたい。
そのため勇儀は旧都の裏路地へと足を運んだ。
忌み嫌われた妖怪たちが闊歩し、年がら年中騒がしい旧都であるが、大通りから路地に入るとこじんまりとした居酒屋などが点在している。
一人で静かに飲みたい妖怪たちなどはよくここいらの店を利用するのだ。
パルスィなんかは常連である。
なんとなく目に付いた居酒屋があったのでとりあえずそこに入ってみる。
今日はつぶれるまでここで飲んでやろう。
暖簾をくぐって中に入ると10人ぐらいが座れるカウンターがあるだけのこじんまりした店だった。
客はいないようだ。
「いらっしゃい。あれ、勇儀さん?めずらしいね~。」
店主の男がもの珍しそうに応対した。
旧都でも騒がしいやつ代表のような勇儀がこんな裏路地の小さな店に来たとなればそうも思うだろう。
「親父、なんでもいいからキツイのピッチャーでくれ。」
カウンターに座るなりそんな注文をした勇儀に店主は目を丸くしたが、なにやら様子の不機嫌そうな勇儀を見て何も聞かずに酒を用意した。
触らぬ鬼に祟りなしである。
店主は店にある酒の中でもかなり強いのを用意してきた。
ラベルを見るとアルコール度70%と書いてある。
こんなものをピッチャーで飲めば人間なら急性アル中で一発アウトだろう。
しかし、それを勇儀はなんの躊躇もなく一気に飲み干した。
口をつけて飲みきるまで約5秒ほどの早ワザでだ。
「ぷはぁ~…親父、おかわり頼む。」
ほんの少し酔った感じではあるがテンションはいっこうに変化はない。
こうなればとことん飲むしかないのである。
しばらくハイペースで飲み続けたが、全く気分が高揚してこない。
酒ならこの気分を変えられると思っていたのだが、状況は良くはならなかった。
もう帰って寝ようかなと思ったその時、店の戸が開いて客が入ってきた。
見た目は子どものようで、不思議な帽子が特徴的な金髪の少女だ。
勇儀はその少女を知っている。
地上の宴会などで見かけるからよくおぼえていのだが、なによりその目玉の付いた奇抜な帽子は一度見ればなかなか忘れられないだろう。
「あんたは確か妖怪の山の…」
そう。店に現れた少女の名は洩矢諏訪子。
地上の守矢神社に住まう神の一柱だ。
「おや?めずらしい顔だね。星熊勇儀…だっけ?」
それはこちらのセリフだ。
地底に住む勇儀にしてみれば地上の神がどうしてまたこんな地下の小さな居酒屋に足を運んだのかはなはだ疑問だった。
「ああ。そういうあんたは洩矢諏訪子だったな?どうしてまたこんなさびれた居酒屋に?」
店主が少し暗い顔をしたのが見えたが仕方がない。さびれているものはさびれているのだ。
「地下に来る用事のついでに時間をつぶそうと思ってね。そういうあんたは?ずいぶん飲んでるみたいだけど。」
地下の用事というのはおそらく間欠泉センターのことだろう。
さとりに守矢の連中が地下に何かを作ったという話を聞いた気がする。
しかし、時間つぶしというのは…
「ちょっと悩み事があってね。飲んで忘れようとしてたのさ。」
「なるほどね~。」
納得したような山の神。
そのまま勇儀の横に座って酒とつまみを注文した。
「でもさ、悩みをお酒で忘れようってのは逃げじゃないの?」
「…そんなことは百も承知さ。」
「鬼が豆以外でこうもあっさり逃げ出すなんて、幻想もいよいよ終わりかな?」
少し挑発するような諏訪子をわずらわしく感じ、勇儀は席を立とうとした。
しかし、諏訪子に腕を掴まれて引き止められてしまった。
「あたしからも逃げちゃうのかい?」
「今日は気分じゃないんだよ。」
「そんなこと言わずに一緒に飲もうよ。話し相手がほしくてね。」
「いい加減怒るよ。今日の私はあんまり気が長い方じゃなくてね。」
握り拳を固める勇儀。
相手は神だ。少々強く殴りすぎても死ぬことはあるまい。
「悩みなら私が聞いたげるよ。」
掴まれた腕を振り払おうとしたその時、諏訪子が意外なセリフを吐いた。
「は?誰の?」
「あなたの。」
「誰が?」
「だからあたしが。」
「どうして?」
「それは…神だから、かな?」
意味がわからない。
だいたい鬼の悩み相談を神がするなど、そんな話聞いたことない。
「悪いけど、他を当たってくれるかい?」
腕を払って帰ろうとしたが、諏訪子の手が離れることはなかった。
軽くとはいえ鬼の勇儀の力に対抗するとはさすがに神というべきか。
「あなた、誰かのことを想って悩んでない?」
諏訪子が勇儀の悩みの核心を急に突く。
不意に図星を突かれた勇儀はすぐには何も言い返せなかった。
「だ、だったらなんだって言うんだよ!あんたには関係ないことだろッ!」
めずらしく動揺する勇儀。
それだけあまり触れてほしくないないようなのだ。
「確かに関係はないけどね。でも、悩める子羊の相談を聞くのも神の仕事のうちだよ。」
諏訪子の目は真剣そのものだ。
「お酒に頼って忘れるのは逃げだけどさ、誰かに話すのは逃げじゃないよ。話してみることで何か変わるかもしれないし。」
諏訪子の言葉には妙な説得力があった。大昔から人間の悩みを聞いてきた神だからこそ為せるものなのだろうか。
「だからさ、私に話してみない?」
その時、ずっと固く握られていた拳からふと力が抜けるのを感じた。
諏訪子へと抱いていてわずらわしさもいつしか消えてなくなっていたのだった。
「…本当になんでも相談に乗ってくれるのかい?」
「もちろん。」
「誰にも言ったりしないかい?」
「そんなことしないよ。」
「笑ったりしないだろうね?」
「しないしない。神を信じなさいな。」
そうまで念を押してようやく勇儀はもといた席へと座りなおした。
「さてと、それじゃあ話してごらんよ。」
諏訪子に言われしぶしぶ勇儀は自分の萃香への想いと、萃香と霊夢の関係について語りだした。
恥ずかしそうに語る勇儀の話を諏訪子はいっさい茶化すことなく真剣に聞いた。
「―――っとまあ、こんな感じなんだよ。私はどうしたらいいもんかね…?」
「…なるほどね。」
話終えて諏訪子の表情を見るとどこか切なげな表情をしていた。
まるでなにかを思い当たる節があるような様子だ。
「…あのさ、勇儀。」
「な、なんだい?」
「ごめん。あなたのその悩みの答えをあたしはたぶん…持っていないと思う。」
「…は?」
どういうことだ。
自分から相談しろといったくせに答えを出せないなどと、そんな冗談はやめてほしいものだ。
「…どういうつもりだい?」
「言った通りの意味さ。」
諏訪子がそういった直後、ガラスが砕け散る音が店に響き渡った。
勇儀が持っていたグラスを握りつぶしたのだ。
「相談しろといったのはお前のほうじゃないか!それなのにどういうことだって聞いてるんだ!」
勇儀の怒りは沸点に到達寸前だ。
下手に刺激をすると旧都の一部が消し飛びかねない。
店主に至っては店の奥にあわてて逃げてしまった。
「…勇儀。」
「事と次第によっては容赦しないよ!」
「勇儀!!」
「…ッ!」
怒鳴りつける勇儀の声を上回る大きさで諏訪子が叫ぶ。
さすがの勇儀も少しひるんでしまった。
「ごめんね。あたしから相談してって言ったのにさ…。」
「…」
「そのかわりにね、今から少し話をしていいかな?」
「…何の話だって言うんだい?」
「この話はね、どっかのバカの長い長い片思いのお話なんだよ。」
長い長い片思い。
どこかで聞いたような話である。
「…いいよ。話してごらん。」
「ありがと。それじゃあ話すね。」
そう言って静かに諏訪子は話し始めた。
昔、一つの国を支配する神様がいました。
平和に暮らしていたその神様の国に侵略者がやってきました。
神様は侵略者と戦いましたがあえなく敗れてしまいました。
侵略者に国を奪われた神様ですが、侵略者と共に国を支えていきました。
最初は侵略者のことが大嫌いだった神様ですが、長い年月を一緒に過ごすうちにだんだんと侵略者のことが気になり始めました。
やがて、信仰を失って力を無くした神様と侵略者は自分たちを崇める巫女とともに幻想の地へと旅立ちました。
新たな地で過ごす生活はとても居心地の良いものでしたが、神様は次第にあることに気付いたのです。
それは侵略者と巫女のことでした。
神様と侵略者にとって巫女は娘ともいうべき大切な家族だったのですが、侵略者と巫女との間にはそれ以上ともいうべき想いがあったのです。
そのことに気付いて以来、神様は自分の気持ちがわからなくなりました。
侵略者のことも巫女のことも大好きな神様にはどうすればいいかわかりません。
そして今も悩み続けているのです。
ずっと。ずっと。ひとりで。ずっと。
「―――っというお話。」
語り終えた諏訪子は悲しそうな表情をしていた。
目には少し涙も滲んでいる。
「…なるほどね。」
この神様はずっと侵略者のことが好きだった。
その侵略者と巫女は良い関係にある。
そして、神様は侵略者も巫女も嫌いになれずに悩んでいる。
それはまるで、勇儀そのものだった。
長きに渡る片思いも、意中の相手が巫女に心を奪われているのも同じだ。
だからこそ、諏訪子は答えを出せないなどと言ったのだろう。
自分も答えがわかっていないのに言えるはずがない。
全てを理解して勇儀は―――
「プッ、クッ、アハハハ…ッ!!」
大声で笑い始めた。
「え、ちょ、どしたの!?」
あまりに唐突に笑い出したので諏訪子はかなり困惑気味である。
「アハハ…!いや~、その、悪いね。なんかすっきりしちゃってさ。」
「そう?あんまりためになる話ができたとは思えなかったんだけど…」
「いやいや。十分なったさ。」
「ほんとに?」
「ああ。おんなじ悩みを抱えた奴がいる。それがわかっただけでも大収穫だよ。」
勇儀の言葉に暗い表情だった諏訪子も顔がほころんでいく。
「さて、同志よ。今日はとことん飲んで語ろうじゃないか?」
戻ってきた店主から酒を頂戴すると勇儀は諏訪子のグラスに注いでいく。
「うん…ってさっきの話はあたしじゃなくてどっかの神様の話だからね!」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ。」
顔を真っ赤にして怒る諏訪子を適当にあしらって、勇儀は自分のグラスにも酒を注ぐ。
「それじゃあ、飲み直しの乾杯といこうじゃないか?」
「おー!それじゃ―――」
「どっかの神様と」
「おバカな鬼の」
「「長すぎる片思いに、乾杯!!」」
それから二人は夜通し飲んでは語り続けたのだが、朝になって、さすがに諏訪子が帰ると言い出した。
「なんだい、もう帰るのかい?」
「いや…もう朝だよ、勇儀…」
「友人との宴に時間なんて関係ないよ。」
「それはうれしいけど、何にも言わずに出てきちゃったから神奈子や早苗が心配してるだろうしね」
「ふ~む、なら仕方ないな」
しぶしぶあきらめた勇儀。
諏訪子にも帰る場所があるのだから仕方ない。
「また、旧都に来たら私のところを訪ねておくれ。今度は良い酒を用意して待ってるよ。」
「うん。勇儀も地上に来たらうちにおいでよ。早苗の料理はおいしいからね。」
「ああ。きっと行くよ。それじゃあ、またね。」
「うん、またね~。」
再開を約束して諏訪子は地上の方へと飛んで行った。
諏訪子の姿が見えなくなってから、勇儀は新たにできた小さな友人のことを思い返していた。
「洩矢諏訪子…か。」
神のくせして見た目はちっこくて、大人なのか子どもなのかわからない態度。
それは誰かに似ている気がした。
地上へ向かって飛行する諏訪子も旧都で別れた鬼の友人を思い出している。
「星熊勇儀…ね~。」
お酒好きで世話焼きで、背が高くてついでに巨乳。
なんだかどっかの誰かを思い出す。
「ああ。」
「そっか。」
「どっかの小鬼に似てるんだ。」
「どっかの侵略者に似てるんだ。」
話自体は悪くはなかったけどそれだけが微妙。いやカップリング否定ではなく。