Coolier - 新生・東方創想話

三度回して、溜息ついて

2007/08/24 16:46:52
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注)風神録 体験版のキャラが出てます。













はぁ、と溜息まじりにドンブリの中身をクルクル掻き回す博麗 霊夢。


中身はレンゲでないと掬えないほど水分の多いお粥――むしろ米スープでは? 
とツッコミたくなる一品だったが、それでも彼女にとっては最後の食事に違いない代物。
当分、めぼしい収入の当てもなく、季節柄、供物も寄付も全く期待できない。
普通なら、いよいよ神職をたたんで別の商売を始める段階かな、などと思い詰める状況なのだけれど、
そこは霊夢の良いところ、

「ま、なるようにしかならないし、食べてから考えよ……」

そう思い、再び、くる、くる、くると三回転。そして大きな溜息を一つ。

―― すると ――

お粥の水面が紫色に怪しく輝き、邪悪っぽいオーラがモワモワ立ちのぼる。

「……な、な、な?」

ドンブリから溢れ出るオーラはモクモクと渦巻いて、まるで小さな『台風』を形作り、
その中心部『台風の目』に当たる場所から、ゴスロリファッションに身を包んだ緑髪の少女が、
回転に合わせくるくる、くるくると浮かび上がってくる。

「よばれて~~、飛び出て~~、こんにちは~~、人間~~
 最悪にツイてない貴女の厄を払って差し上げるためにィ、厄神『鍵山雛』が参上しましたわー」
「! アンタ、あの時の疫病神!!」
「あら、いつぞやの巫女じゃないですか。お元気してました?」
「いったい、何しに来たのよ、っていうか何で回っているのよ!」

突如現れた『鍵山雛』は、やはり卓袱台の上でクルクル、クルクルと横回転。

「あ、お気遣い無く。私、回るの慣れてますから」
「気遣ってないよ! 私が目障りなんだってば!!」
「うわー、『自分が目障りだ』なんて、アナタ相当『厄』にヤラれてますねー」
「何でアンタに同情されなきゃいけないのよ!! ただ周りから浮いてるだけよ!! 
 ……じゃなくて鬱陶しいからその回転を止めてよ!」

回転しつつも、きょとん、とした表情の雛が答える。

「え、良いの? きっと後悔すると思うけどー」
「いいから、今すぐ、その回転を、止めなさいッ!!」
「あっ、そう。それじゃ仕方ないわね……」

雛は、溜息一つ、そしてピタリと空中に制止する。
と、同時に、回転で得ていた揚力を失い、自然と重力に引かれて――

ゴキャリ!、バキン!!

雛の履いているゴツいブーツがレンゲごとドンブリを踏み抜く音、そして流れる米スープ。
蛙を捻り潰したような霊夢の悲鳴、卓袱台をヒステリックに叩く音、
そして、神霊『夢想封印 瞬』が発動したのは、ほぼ同時であったという。


  @  @  @


こめかみに青筋を立てて、湯飲みを傾ける霊夢。
卓袱台の向かいにはニコニコと笑顔で正座する鍵山雛。夢想封印を受けても何故か平気だったり。
霊夢は怒りを押し殺し、震える声で何とか雛に質問する。

「……で、『三度螺旋を描いて大きく溜息を一つ』それが、アンタたち厄神を呼び出す
 特別なサインってわけね」
「ええ、厄に憑かれた人間特有の癖なんで」
「で、その人間の厄を集めて帰っていく、と――」
「その通り――ところで霊夢」
「何よ」
「まだ、私のお茶が無いみたいですけど」

両手でバンッと卓袱台を叩き、憤る霊夢。

「なんでアンタを客扱いしなきゃいけないのよ! 突然現れて、しかも最後のお米に
 ヒールプレスかましたアンタに!!」
「いや、だってアレは霊夢が……」
「アレは最後の食料だったのよ。私の命だったのよ。返して、返してよ。私のお粥を。
 ……返して、返してよォぉぉ!!」

感極まったのか、ボロボロ涙をこぼして突っ伏してしまう霊夢。
状況が掴めず思案顔の雛は、やがてポン、と手を打つと、

「あれ、もしかして……お腹空いてるの? なんだ早く言ってくれれば良いのにー」

そう言うと雛は、胸の前で結っている長髪の裏側、つまり胸元に手を差し入れて、
洋服の中をゴソゴソと探りはじめる。
やがて「あった、あった」と喜々として引っ張り出してきたのは……
30cm×10cm×8cmの紙箱、どこにそんなスペースが?

「じゃーん、いま、御山で話題『パティスリー忌⑧』のロールケーキ……私のおやつだけど、
 良かったら一緒に食べる?」

光速でひったくり、台所へと消えていく霊夢。
すぐさま湯呑みを二つ、5cm幅にカットして皿に盛りつけたロールケーキ二つを盆に乗せて、
今度は楚楚として居間へと戻ってきた。

「ご、ごめんなさいね。久々のお客様なのに、私ったら全然気づかなくて、ホホホ……ええと確か」
「鍵山雛。『雛ちゃん』で良いわよ」

雛――、もとい雛ちゃんは綺麗な歯並びを見せて素敵に笑う。
霊夢がいそいそと皿、湯飲みを並べると『一人』と『一柱』のちょっと奇妙なティータイムに突入。
しばしケーキを突きつつ談笑する改造巫女服とゴスロリ服。
なかなか不思議な取り合わせながら、甘味に興じる女性の前では諍いなど興るはずもなく。
そんな愉しい時間も、ケーキが無くなると共に終わりを告げて。

「はー、美味しかったわー。久々の食事だったのが尚更。やっぱり絶食はするもんねー」 
「気に入って貰えて何よりね。そんなに喜んで貰えるなら、ほら、これもあげるわ!」

再びリボンで結った髪の裏側へ手を差し入れる雛。また何事かまさぐって、

「伊達巻き、昆布巻き、源氏巻き。ナルトに春巻、信田巻きィ~~♪」

即興の歌を口ずさみ次々と品々を並べていく。
あっという間に卓袱台の上は『巻きもの』で埋め尽くされていく。
ちなみに色々しまっていたハズの雛の胸部は、相変わらず服の上から判るほどに豊かなままで。

「ふむ、これで全部かしら」
「す、すごい量ね……それにしても、なんで全部『巻きもの』なのよ」
「個人的な趣味。なんか渦巻いてるものって妙に心惹かれない?」

そのセンス、いっさい理解できない霊夢だったが、むしろ心を惹いたのは只一点。

「じゃあさ!! のり巻きは無いの!? カッパ巻きとか、鉄火巻きとか!!」

額ではなく瞳に『米』の字を光らせた霊夢がすごい表情で雛へと詰め寄るも、

「あったんだけど、カッパ巻きは途中で谷カッパに盗られちゃって……」
「ぐっ、じゃあ、鉄火巻きは?」
「それは私がお昼に食べちゃった」

がくり、と肩を落とす霊夢。今日は、つくづく米に縁がない模様。

「ま、まあ、これだけの食料が手に入っただけでも有り難いと思わないとね。正直、助かったわ」
「いえいえ、不運な人間をあらゆる厄災から遠ざける、それが私達、厄神の仕事だからね」

前歯を、きらりんと光らせて嬉しそうに笑う雛。

「……私、なんか、アンタのこと勘違いしてたかも。こんなに人間寄りの神様だなんて。
 それに、こんな風に厄も払って貰っちゃったし――」と真摯な顔で答える霊夢。
だったが――

「いえいえ、勘違いして貰っては困ります――『厄払い』は、まだまだこれからなのよ?」

そういう雛の笑顔からは眩しいほどの輝きが放たれていた。もちろん前歯から。


  @  @  @


状況が掴めず「なんで?」と、頭上に疑問符を浮かべる霊夢。
雛は、説明しよう!! とばかりに指を突き立てる。

「よーく考えてみてよ。たまたま私が食料をもっていたから助かったものの、
 収入ゼロの現状はなにも解決していない。つまりアナタの災難の禍根、
 『厄』はまだ払われていないの」
「……そうなの?」
「そう。アナタがひもじい思いをしてるのはすべて厄が原因ね。あと、腋丸出しなのも、
 エロ巫女呼ばわりされるのも」
「誰がエロ巫女よ! 誰が!!」
「ほらほら、そうやって直ぐに頭に血が上って、目につく妖怪を全てシバキ倒しているから
 強い妖怪以外近寄って来ないのよ」

「ぐ、そんなもんかしら……」
「そんなもの。そうね、まずはもっと人間にとって馴染み深い、
 親しみやすい神社にする努力が必要じゃない?」
「えー、このままで良いよ。面倒くさいし」

「いいえ、そういうのは直せるものよ。まずは親しみやすい笑顔の練習をしてみましょうか。
 ほら私と同じようにして笑顔を作ってみてくださいな」前歯を見せてニカッっと笑う雛。
「こう?」
「……まだ、照れがあるわね。もっと恥じらいを捨てて」
「こうかひら?」
「……気持ち悪い」
「なんですって!!」
「あ、怒らないで。もっとこう、心の底から抉り出すような笑顔で」
「……こう?」
(ぷっ)
「!! あんた今笑ったでしょ!!」
「す、すみません。笑ってませんから」
「あーもう、やめやめ、面倒くさい」
「えーっ!?」
「元々似合わないのよ。無理して何かするのって」

あろうことか、神様のアドバイスを「面倒」の一言で切り捨てる巫女って……

「仕方ないわね。それじゃちょっと方向を変えてみましょうか。
 その盛んすぎる血の気を押さるために血を抜いてみる、ってどうかしら? これで」

そう言うとお盆に乗っている、ロールケーキを切るのに使用した包丁を手に取る。

「……念のために聞くけどさ、それをどうするつもり?」
「簡単なことよ、これで手首の静脈をスッっと……」
「やめてよ! 痛すぎるわ!」身震いしつつツッコミを入れる霊夢。
「え、私はよくやってますけど。ほら」

意外そうに答えた雛は、左手に巻いているリボンをスルスルと解きはじめる。

「ちょっと、そんな一本線、見せないでよ!!」 
「一本線なんて失礼な ―― 私の疵痕は108まであります」
「なおさら怖いわ!! っていうか多すぎるでしょ!!」
「ほら、私、昔はやんちゃでしたから。病んでるチャイルド、つまりヤンチャ。なんちて」
「……ウザッ」

霊夢のトドメの一言に、そうですか、とおずおずと引き下がる雛であった。


  @  @  @


「ところで、さっきから気になってるんだけど、この神社、妖気ばっかり漂っていて
 神の気配が一切しないのね」
「確かに、ここの祭神。祟り神の魅魔は行方不明になって久しいからね。
 神気が薄れててもしょうがないわね」

「それだわ!!」

「はい?」
「考えてもみなさいよ。祭神も居ないような神社じゃ威厳のカケラもないでしょう。
 参拝客が来なくなるのも当然じゃないの」
「うう、何か……急にマトモなこというじゃない」
「それこそが『厄の正体』に違いないわ。で、その不在の神はいま何処に?」
「知らないわよ。元々勝手に居着いて、勝手に居なくなった神様なんだから」

むー、と腕組みで考えこむ雛。

「うん! それでは、新しく祭神を迎える方向で行きましょう」
「そんなホイホイ神様の知り合いなんて居ないわ」
「あー、友達少なそうですもんねー」
「なんですって?」
「あ、いえ、気にしないでくださいね。見たままを言っただけなんで」
「気にするわ。ってか尚更悪いわよ!!」

声を荒げる霊夢と、気にせず話を続ける雛。

「別に『神族』の知り合いでなくても良いわよ。例えば力のある妖怪とかでも」

それを聞き、霊夢が思い浮かべたのはスキマなアイツとか、花を操るサド嬢とか、
年中泥酔のロリ鬼とか。でも、それでは人々に愛される神社から更に遠ざかってしまう
――と主張する脳内霊夢に即座に却下された。

「駄目ね……そんな妖怪の知り合いも居ないわ」
「やっぱりね。そうだと思いましたよー」
「いい加減、引っ張るな!! その話題!!」

「はいはい、怒らない、怒らない。逆に考えてみましょうか? 例えば、アナタのほうで
 『こんな神様を祀りたいなー』っていうのが、具体的にあったりするかしら?」
「そんなこと急に言われてもねぇ」
「それじゃ、『一番、仲の良い友人』は?」
「……それを聞いてどうするの?」

「人間同士と同じように、『人』と『神』でも相性って大事なのよ。
 だから、その人の特徴を教えて貰えれば、知り合いからピッタリの者をチョイスして
 ここに連れてきてあげられると思うんだけど?」

「あーなるほどね。例えば魔理沙が神様とかだったらラクそうでいいわね。
 それに妙に人気が出て、お賽銭も増えるかもしれないしー」
「魔理沙って、あの黒白魔法使いのこと?」
「そうそう」
「了解。じゃ早速、連れてくるから。あ、これ借りるわね」

「……待って。何でまたそれに手を伸ばすの!」
再び庖丁に手を伸ばした雛の右腕、それをガッチリとホールドする霊夢。

「もちろん魔理沙に、人間『辞めて』もらう為。だって、あんな性格の神って、
 なかなか居ないしー、本人を『神霊化』させるのが一番手っ取り早いわよー」
「それって、つまり……」
「はい、彼女に『お亡くなり』になって貰います♪」
「やめてよ!! 親友殺して祭神にするなんて、寝覚め悪すぎるわよ!!」
「そう?」
「そう? じゃないわよ! 第一、アンタの実力じゃ、魔理沙に返り討ちがいいところよ!!」

きょとん、として不思議そうに霊夢を見つめる雛。どうやら今の行動は”素”でやっているようだ。

「むー、結構、名案だと思ったのに」
「あんたの感覚。絶対おかしいわよ!!、回りすぎてネジが飛んでんじゃないの!!」

雛は、なるほど、と手を打って

「本調子じゃないと思ったら回ってないからね! ちょっとここらで回転しとくわ!!」
「やめてよ!!うざったいから!!」

暢気な霊夢も苛立ちを隠しきれず、ちょっと気まずい微妙な空気が流れて。
それでも、再びふり出しに戻る愚行だけは何とか回避した一人と一柱。

「あーもう、だったらアリスでいいわよ。アリスで。
 アイツ、何だかんだ言ってよく遊びに来てるし、アレはアレで局所的に人気あるみたいだし。
 (――正直、これ以上面倒起こされちゃたまんないわ。サッサと帰って貰おう――)」

「アリス……知らないわね。それ、どんな感じの人?」

「そうね。厳密には人じゃなくて、ちょっと陰気なオーラを纏ってる魔法使いの子。
 人形遊びが趣味で本人の外見も人形みたいなんだけど、どうにも素直じゃないところがあって
 他人から理解されないことも多いんだけど、根は優しくて臆病で繊細で本当に女の子らしい女の子。
 そんな感じかしらね(――ちょっと条件キビしいかしら?――)」

「……ふむふむ」

「あと、ちょっと付け加えると、一度仲良くなると途端ベタ付いてくるタイプね。
 そこも可愛いいんだけど、ちょっとお節介で、ありがた迷惑なところがあるわね。
 (――これくらい条件を緩めれば――)」

「……だったらピッタリの神がいるわよ」

「ホントに!、じゃすぐに連れてきてよ(――そして、アンタはすぐに帰ってよ!!――)」

「いえいえ、そんな必要はありません」

「え? じゃ、儀式で召還するとか?(――えーっ! また面倒起こさなければ良いけど――)」

「そうじゃなくて、居るじゃないですか。目の前に」


「――は?」


「私ですよ。わ・た・し。 それって私の特長にピッタリだと思うの。
 『陰気なオーラ』『人形みたいな外見』『他人から理解されない』とか全部当て嵌まるし、
 何より、『ちょっとお節介でありがた迷惑』って、周りから本当によく言われるしね♪」
「………………」
「というわけで、今日から私がここ、博麗神社の祀り神になってあげます。
 よかったですねー」

唖然として声も出ない霊夢。
その正面に正座をし直し、真剣な表情で畏まったまま、けれど何故か頬を赤らめて、
三つ指を突き深々とお辞儀をする雛。

「それでは――不束者ですが、末永くよろしくお願いします」と。

ふたたび顔を上げた雛が見たのは、いまだに凝固したまま動かない霊夢の姿。
随分、強力な石化の術を施されたようで、雛が眼前でひらひら手を振っても微動だにせず。
けれど、ふつふつと彼女の怒りが沸き上がり、沸点を超えたあたりで……


「ちょ、冗談じゃないわよ!! 何でアンタをウチの祭神にしなきゃなんないのよ!!」
「あら? そんなに照れなくても良いじゃないの♪」
「照れてないってば! 嫌がってるのよ! 迷惑なのよ! 邪魔なのよ!!」

「え?」

「だいたい、何なのよ!! アンタは!!
 厄払いっていうから期待してみれば、言ってることはピント外れだし、
 すぐ自虐ネタに走るし、最後には『自分が祭神になります』って、どういう神経してるのよ!!」

苛立っていたせいか、今までの不満をぶちまけてしまう霊夢。
それを聞いた雛の態度も一変する。

「え、え、え? 邪魔? 私。邪魔だった? 役に立ってなかった?」
「だからそう言ってるじゃない、この役立たず! って――ちょ、なんで涙目でにじり寄ってくるのよ」
「私、努力するから、頑張るから『役立たず』だなんて言わないでよ……」
「だから、なんで近づいて……裾を掴むな! 引っ張るな!!」

途端に悲愴な顔付きになり、涙目で霊夢の腰に縋り付く雛。

「確かに私、失敗ばかりでみんなに嫌われて……でも、それでも人間の役に立ちたいの、
 だから邪魔なんて言わないでよ!! せめて役に立つまで、ここに……ここに置いてくださぁい!!」
「痛いってアンタ、そんな強く掴まないで……って、キャッ」

―― ドサリ ――

雛の頭を押さえながら後退した霊夢は足をもつれさせ、バランスを崩し仰向けに転倒。
当然、霊夢の腰に抱きついていた雛は、彼女の上にのし掛かる形になって、

「ッ、痛ッーー」
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい。大丈夫? 頭打ってない?」
「だ、大丈夫だから、だから乗っかるな、顔を近づけるな!」
「だめよ、頭打ってるんだから。こういうときは、まず落ち着いて。瞳孔と脈拍の確認をして……」
「それは何か違う!」
「ええっ!? じゃ、気道確保だっけ? いえ心臓マッサージ? あ、そっかまずは人工呼吸を……」
「だから違うって!! って、ちょ、近い! 近いってば!!」

恐らく悪気はないのだろうが、唇を尖らせたままジリジリと霊夢に顔を近づけていく雛。

しかし、そこは百戦錬磨の博麗霊夢。ピンチを容易くチャンスに変える。
雛の背中に両手をまわしガッチリとロック。強引に背中を引きつけて重心が下がったところで、

「そぉい!!」

勢いをつけて横回転。
畳の上をごろ、ごろ、ごろと縁側まで転がってから、霊夢は上体を起こす。
攻守逆転、逆に雛に馬乗りになる霊夢。

眼下にはかなり目の毒な雛の姿。
閉じた瞳の端にはうっすらと涙。着衣も乱れ少し怯えた表情の雛の姿は破壊力バツグン。
漂う妙な空気を振り払うべく、お説教モードに突入する霊夢。

「あ、あんたね。人間のためってのは良いんだけど……ちょっとズレてるのよ!! 迷惑なのよ!!」
「……うぅ、よく言われます……」
「頑張ってるのは、よーーっく判る。アンタが人間思いの神様だってのも。
 でも、それでも、空回りして周りに迷惑かけてちゃ駄目じゃないの!」
「ごめん……なさい」

しゅん、としてしまった雛の加虐心をそそる表情に、再び漂う微妙な雰囲気。

「あ……ちょっと言い過ぎたかしら。せっかく私のためにしてくれてることなのに」
「――いいえ、やっぱり迷惑でしたよね」
「ううん。こっちこそ、ごめんね」
「………………」
「あ、いつまでも乗っかってちゃ重いわよね。すぐ退くから」

霊夢が慌てて雛から離れようとするのは、今の状態を客観的に考えてしまったから。
それは博麗霊夢が緑髪のゴスロリ少女を押し倒している姿に他ならない。
しかも雛はどことなく影があり、薄幸そうで、何より涙目である。
こんな状況を誰かに見られたら、エロ巫女呼ばわりされても、何一つ否定することはできない。

「……? どうしたの?」

けれど霊夢は気が付いた。雛の視線が自分の背後を通り越して『庭』を向いていることに。
嫌な予感を感じつつ、ゆっくりと振り返り、視線の先を追った霊夢が見たものは……



「霊夢。その子、誰かしら?」
煌びやかな文金高島田に身を包む『八雲紫』が中庭に立っている。豊かな金髪が全く似合っていないが。

「今日こそ誰を選ぶのか、ハッキリして貰おうと思って来たんだけど、どういうことかしら?」
ピンク色のウェディングドレスに身を包んだ自信たっぷり吸血鬼『レミリア=スカーレット』

「霊夢。お前もなかなか隅に置けない奴だな……だが、そこがいい!」
純白タキシードの『霧雨魔理沙』 なぜ男役なのかは聞くまでもない。いや、そこまでは判るのだが……

「駄目!! 霊夢には私のお母さんになって貰うんだから!」
何を、どう間違えたのか、黄色い通学帽に赤いランドセルを背負った泥酔小学生『伊吹萃香』

四者四様の艶姿をした、押し掛け女房四人集。

霊夢は溜息をついて立ち上がる。そして雛から身体を離し縁側へと仁王立ち。
強烈な個性の四人集に気後れしないように気を張るもののの、頭の中で考えていたのは、
どうしてこう次から次へと厄介事ばかり起こるのだろう、ということだった。

(……あれ?……)

けれど、その感覚は四人の姿を見て急速に醒めた。彼女達には一つの共通点。
赤ら顔で足下もおぼつかず、フラフラとして――まぁ、端的に言えば四人とも相当酔っている。

「私を選べば、今なら、なんと可愛い式神が二枚セットで付いてきます!」
「このボロ神社を『紅魔館別館』にリフォームして幸せな家庭を築きましょうよ」
「霊夢ぅ、毎日私に味噌汁作ってくれー」
「ママーー、ママーー、あっはっはー」

酔った勢いで身勝手な事をほざいてる四人衆だったが、表情と態度を見れば一目瞭然。
どうやら『押しかけ四天王』は、本気でプロポーズに来たわけではないと。
「お酒にも飽きたから、霊夢でもからかって遊んじゃおー」そんなノリでやってきたのだろうと。

(……ふむ、大した面倒にならなくて済みそうね……)

それが霊夢の素直な感想だった。
「この酔っぱらい共が!!」の一言で一蹴し、緑茶の一杯でも出せば冗談で終わる。
さっきのケーキをお茶請けに、六人でお茶会の続きでもすればいい。

―― その筈だったのに ――


「なんなのよ、アンタたちは!?」


「ん?」
「霊夢が迷惑してるわよ! しかも、そんな恰好で押し掛けて、どういうつもり?」

今まで空気の如く無視されていた雛が、ズィと霊夢の前に出ると、
腰に手を当てて、四人を睨み付け、威勢のいい啖呵を切る。
ここぞとばかりに『神』の威厳を見せつける、はずだったのだが、

「あら、まだ居たの貴女」
「ふん、下賤な神に興味はないの。今なら見逃してあげるわよ」
「おや、誰かと思えば、いつぞやの『えんがちょの神様』じゃないか」
「神様? だったら御神酒よこせー、御神酒ー」

と、ヒドイ言われようの神様。
実際、雛は勝ち気な台詞と裏腹に、四人にかなり気圧されている。
しかも空気が読めずしゃしゃり出た結果、四人衆との舌戦に突入してしまった。
そして、霊夢も……やれやれ、何やってるんだか、というのが本音だった。

(……ほっとけば丸く収まったのに。ホント、迷惑……)

実際、今、四人が不機嫌そうにしている理由もわかる。
自分の遊び道具を見知らぬ闖入者に台無しにされたのだから。

(……でも、この子が戦ってる理由って……)

雛は舌戦でもかなり不利な様子。
理不尽な罵詈雑言を一通り浴びせられ、その全てに、いちいち理屈で反論する雛の姿がまた痛々しい。
もともと酔っぱらい相手に素面が反論すること自体、無意味なのに。
そして今では、四人で調子を合わせた『帰れコール』が博麗神社に鳴り響いている。

(……まったく世話の焼ける……)

仕方なく、霊夢は雛の肩を叩き声をかける。

「雛、もう良いわ。どいて」
「え、霊夢? でも……」
「もういいから、ここは私に任せて」
「任せろといわれても、って……え?、ちょっと?」

霊夢は雛の背中と膝下に手を差し入れて強引に持ち上げる形、
いわゆる『お姫様だっこ』の状態に移行。途端、ピタリと止んだ『帰れコール』
何事が起きたのか把握できない四天王に向かい、霊夢は高らかに宣言する。


「アンタ達、私が『誰を選ぶ』か聞きたくて来たんでしょ? だったら教えてあげる。
 見ての通り、選ぶのはこの子。というわけで……皆様、お引き取り願えないかしら?」


瞬間、ピシリ、と場が凍り付く。


想定の範囲内ながら、あまりの局面にちょっぴり気負いする霊夢。
雛は突然の状況に「え、え、え?」とおろおろするばかり。
事実、四者の雰囲気はすでに別物。
特にレミリアなど、獣の瞳と魔物の爪を帯び臨戦態勢に入っている。

「霊夢。よく聞こえなかったから、もう一度だけ聞いてあげる。『誰』を選ぶって?」

プレッシャーが突風のよう駆け抜ける。疑問形ながら、その実は『威圧』あるいは『脅迫』
その気迫に当てられて怯む身体を気力で諫めつつ、それでも意見は変わらない。

「何度も言わせないでよ。私は『この子を選ぶ』って言ったの。
 で、イチャつくのにアンタ達が邪魔なのよ。というわけで、さっさと帰ってくれない?」

ヒヤリ。更に体感温度が3℃、確実に下がった。
引き返せない領域に足を引き入れた、と霊夢の脳内にアラームが鳴り響く。

「ふん、どうやら、ちょっぴりお仕置きが必要なようね」

そう吐き捨てたレミリアを先頭に、茜色に染まった空へと浮かび上がる四天王。
沈黙のままスペルカードを携え、夕雲をバックに双眸を光らせる姿は、敵ながら圧巻の一言。


「……うーん、ちょっぴり、失敗したかも……」と零す霊夢。


やがて瞬く間に上空は、四人を中心に”弾の博覧会”へと変貌していく。

クナイ、光球、闇玉、破魔札、退魔針。次元断裂、外界の標識、日傘、番傘、三度笠。
墓石に卒塔婆、ポストにカーネル像。おまけに二匹の式神憑き。
紅い矢、紅いボルト、紅いナイフ、紅いダガー、紅い結晶玉に紅く揺らめく歪な炎。
紅いなりをした本人に付き従う紅い蝙蝠の大群。そして一際目立つ、紅く巨大な投擲槍。
星弾、流星、彗星弾、マジックミサイル、炸裂薬莢に炎氷魔法、おまけにレーザー魔法陣。
更に魔理沙の手元には充填済みの八卦炉が、静かに唸りを上げている。
大岩、小岩、花火に溶岩、縛鎖に錘に、酒瓶、酒樽、霧に小鬼にブラックホール。
右手に金棒、左手に六尺玉、唇に火の酒、背中にランドセル(赤)を。


これでもか、という程に、夕闇の空を埋め尽くしていく凶器たち。
霊夢も流石にそれを見て、

「ありゃー、さすがに今から平和的解決を……っての無理かな?――無理よね、やっぱ」

と口調だけは弱気になってみたり。

「今更、なに言ってるのよ。だから、ここは私が引き受けるって言ってるじゃないの!
 ……まだ間に合うわ。今のうちに逃げてよ……お願いだから」と涙目で懇願する雛。
「それは、できないわ ――だって」

霊夢は、あっけらかんと微笑んだ後、


「だって、私、まだ『厄』を払って貰ってないからね」


それを聞き、未だに霊夢に抱かれたまま目をパチクリとさせる雛。


「え、何、言ってるのよ? それこそ、あんな災厄が今まさに押し寄せてるっていうのに」
「ううん、だからこそよ。だからこそ、アレを二人で払うの。私たち自身の力で」
「……え?」

前歯が眩しいほど男前な笑顔を見せつける霊夢。

「もう、こうなったら仕方ないわ。私が蒔いた種でもあるし」
「……でも」
「それに何だかアナタを見てると、私がしっかりしないと駄目な気がしてきちゃうのよねー」
「ムカ!、それじゃ私が頼りないみたいじゃないの!」
「あはは、そうじゃなくてさ。
 アンタばかりに『厄払い』の役目を押しつけてるのって何だかフェアじゃない気がするのよ。
 人間の厄は『人』と『神様』で半分ずつ。『人』も努力するし『神』も運を授ける。
 そんな風にお互い歩み寄れば、どんな『災厄』だって打ち払うことができる、そんな気がするのよ」
「――霊夢、あなた」
「べ、べつにアンタを祭神と認めたわけじゃないんだから。勘違いしないでよね。
 ……でも、せめて今だけは協力しようよ。せめて、あの四つの災厄を打ち払うまでは」
「――こんな私でも……いいの?」
「当たり前よ。今日はトコトンまで付き合ってあげる。あんたの厄払いに!」


『お姫様だっこ』の状態で抱き合ったまま、見つめ合う二人。
雛の緑の瞳には、穏やかに微笑みかける霊夢の笑顔が映り込み、
霊夢の黒い瞳には、ちょっぴり涙目で、そして何処か嬉しそうな雛の表情が映っていた。



「「「「 ちょっと!! いつまで待たせるのかしら!!」」」」



声に気が付いて上空を見上げてみれば、四人は既に戦闘準備完了。
ご丁寧に、こちらが動くのを待っている様子。
なーんだ、結構冷静なんじゃない、あの四人――と胸を撫で下ろす霊夢。


「あちらさんも待ってるみたいだし。サクッと蹴散らせちゃいましょうか! 『鍵山雛』 」
「ええ。厄神の誇りに賭けて人間を、ううん、アナタを守ってみせるわ!  『博麗霊夢』」


霊夢に抱えられていた雛は、そのままふわりと空中へ。
雛の手に引かれるように、その手を繋いだまま空へと浮かぶ霊夢。
それを合図に弾幕遊技が始まりを告げる。

配置された全ての凶器が一斉に地面へと降り注ぐ。
まるで、どしゃ降りと見紛うほどの有象無象の雨あられ。
目標を外し無駄弾と化した弾丸がドスドスと地面に突き刺さり、瞬く間に眼下を黒く染める。

そんな狂気の雨の中を、器用に手を繋ぎ、息をピタリと合わせ
踊るようにクル、クル、クルと回転しつつ僅かな間隙をすり抜けていく『一人』と『一柱』
まるで夜空の舞踏会。厄神と巫女の『ウィンナワルツ』 曲目は、かの『皇帝円舞曲』

ただし四人の弾幕も全くもって半端でなくて、近付くほどに増加していくその激しさに、
遂には、二人、その手を離してしまう。
けれど、心配ご無用。そんな別離は二人にとって些末な障害。




だって長く楽しい厄払いの宴は、まだまだ始まったばかりなのだから。




≪~~ 終 ~~≫












≪おまけ≫

妖怪の山にある『パティスリー忌⑧』のオープンカフェでお茶をしている三人組。
テーブルには、それぞれケーキセットの『ロールケーキ』と『スィートポテト』と
『紅茶シフォン』が並んでいる。

穣子「で、結局、また厄払いに失敗して追い出されたんだって?」
雛 「……うん、また失敗しちゃったみたい……えへへ……」
穣子「えへへ、じゃなくてさ、何度も言うように……アンタ、思い入れが強すぎなのよ。
   もっと肩の力を抜いて取り組んだ方が『失敗してもいいやー』くらいの方が上手くいくよ?」

静葉はケーキを頬張りつつ、うんうんと頷く。
ダンッ、とテーブルを叩き立ち上がる雛。

雛 「駄目よ、人間は私の助けを待ってるのよ。失敗は許されないの!!」
穣子「(相変わらずヒトの話聞かないなーコイツは……)」
雛 「責任の重い仕事なのよ。人間の一生を左右するような。だから練習しなきゃいけないんだけど
   ……そうだ。穣子ちゃん、暇? また厄払いの練習台になってよ」
穣子「ごめん、暇だけど無理」と即答。

雛「ガビーン、そ、そんな……じゃ静葉ちゃんは?」

振り向くと誰もいない。

カラッポのお皿とティーカップが残っているだけ。
穣子「(ほんと、姉さんって、逃げるのだけは速いんだから……)」

うな垂れて、席に着く雛。しかし、

雛 「……あれ、これは……」
穣子「ん、どしたの?」
雛 「これは! 厄神召還のサイン。誰かが助けを呼んでるわ!」
穣子「あ、ちょっと」
雛 「ごめん、穣子ちゃん、私ちょっと行ってくるねー」

そう言うとクルクルと高速横回転、あっと言う間にドリルのように地中に姿を消した

友人が完全に消えてしまったのを見届けて、テーブルに頬杖、ふぅと溜息をつく穣子が考えていたのは、
今日もまた『三人分の支払い』は私がしなきゃいけないのかなー、ということだけだった。

≪――おしまい――≫



大多数の皆様、はじめまして。SOLと申します。
(覚えていてくださった方、有り難うございます。)

さて、今回は新キャラの厄神様、鍵山雛を題材にしてみました。

雛ちゃんはヤンデレ以外ありえない、そう思っていた時期が私にもありました。
でも、
本人は素直で健気なんだけど周囲は何故か迷惑する、そしてちょっぴりウザイ。
そんなトラブルメーカーなお姉さんっぽくても良いと思うんだ。

という感じで書いてみました。イメージ壊してたらゴメンナサイ。
SOL
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コメント



0.1210簡易評価
1.80ruka削除
初めて感想書きます。SOL様の雛嬢(世間ではなんと呼ばれているか分からないので;)はすばらしいです!可愛いです!次回作にも期待しています!
2.90名前が無い程度の能力削除
笑わせてもらいました。
この雛えーわー。
4.70名前が無い程度の能力削除
やっべ雛ちゃん惚れた
5.70名前が無い程度の能力削除
輝く前歯に惚れました(違
6.無評価名前がない程度の能力削除
面白かったです。
ところで、『パティスリー忌⑧』のオーナーってまさか妖忌?
8.80創製の魔法使い削除
いい具合いのギャグとカオスでした♪

雛と霊夢。新しいカップリングなのかな?雛かわいすぎw
11.60名前が無い程度の能力削除
イタイ雛はいい、心が洗われるようだ。
14.80rock削除
面白いー。
25.90読み解く程度の能力削除
風神録キャラはまだあまり読んだことが無かったのですが、とても面白かったです。神様関連は巫女ととても良く合いますね。
これからも新しいキャラクターでの挑戦を期待しています。
26.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと厄神コールしてくる
27.90bobu削除
面白かったです。
早速三度回してため息つくことにしますw