「見て魔理沙! この川、魚が泳いでるわよ!」
アリスは澄んだ川を指さした。
「吃驚仰天すぎて背骨が折れそうだ」
魔理沙は喜ぶ体力もなさそうな様子で、地面に寝転がっている。
「釣り道具を作る体力が残っていれば万歳なのだけれども」
「背骨が折れそうだ」
極度の空腹から、魔理沙の言動が意味のわからないものになっていることに気づき、ようやくアリスは緑の地面に座り込んだ。
「はぁ、仕方ないわね。一日ぐらい何も食べなくても死にはしないわ。今夜は野宿しま……魔理沙ァアアあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせええええええええええええ!!!! 私はお前と違って飯食わなきゃ餓死するんだよ!! そこから一歩でも私のチョコレートに近づくんじゃねええええええ!!!!!!!!!!」
二人はもみ合いをしているうちにチョコレートが川に流されたことにも気づかず、不毛な体力消耗し合いを小一時間ほど続けていた。
「ラチが開かないわ」
「閉めたのは間違いなくお前だ」
チョコレートが川に流れたのはもみ合いを始めたアリスのせいだが、何も考えずにテンションにまかせたハイキングをして道に迷っているのは間違いなく魔理沙のせいだ。
つまり今現在の険悪なムードは、両者の創り出した喧嘩両成敗的なものであると言えるだろう。
「じゃ、私は寝るから。魔理沙は貧弱な人間だから朝起きる頃には凍死してるかもね」
「はっ! アリスだって、泣いて謝ったってトイレになんかついていってやらないぜ」
二人は同時に顔を背け、緑の地面に体を任せた。
ただし辺りが暗いと言っても時間にしてみればまだ二十時。アリスですら就寝にはまだ早すぎた。
(眠れないわ…)
何度も寝返りをうったり姿勢をかえたりしても、一向に睡魔は襲ってこなかった。魔理沙はもう眠ってしまったのだろうか。アリスの後ろからは、一切の物音がしない。
一切の、物音がしない。時に一つの屋根の下で寝ることもあり、その度にアリスの睡眠を妨害していた高いびきも、それどころか安らかな寝息さえも、全く聞こえない。
「……魔理沙…?」
震える声は、森の騒音にかき消される。
「魔理沙…?」
だからもう少しだけ強く発した声も、その声量は一定のラインを踏み切らない。
「ねえ魔理沙…いるんでしょ……? ねえ…?」
森の声は、収まらない。
「魔理沙ったら!!」
ついにアリスは、その目を開き、後ろにいるはずの魔理沙を振り返った。
「え……?」
そこに魔理沙の姿は、なかった。
それどころか、先ほどまで魚が泳いでいて、チョコレートを流したしまった憎き川もない。地面の緑は、どこか見覚えのある色で、見回すまでもなくわかるほど、辺りの風景が変わっていた。
「私の…森…?」
見覚えのある場所だった。歩き出す脚に任せて、アリスはふらふらと見覚えのある道を進む。
そう、ここを抜ければ…。
「魔理沙……」
彼女と特別な関係になる前から、何度も訪れた場所だった。そして夜、彼女は決まってお気に入りの切り株に腰掛け、本を読んでいるのだ。
その姿は今日この時も、そこにあった。
「魔理沙!!」
アリスは思わず叫び、その姿に駆け寄った。
森の声は、未だに収まらない。
「ねえ、私達どうしてここにいるの!? さっきまで居た場所は!?」
そして『どうして、まるでずっとそうしていたかのように本を読んでいるの?』
そう聞こうとしたアリスの目には、あからさまに異質なものを見るような魔理沙の目が映っていた。
「誰だ…? あんた…」
どんな刃物より鋭いものが、アリスの心を抉った。
『あんた』なんて呼ばれたこと一度もなかった。初めてこの場所で魔理沙を見て、勇気を出して話しかけるまで一ヶ月かかった。ぎこちない自己紹介をすると、笑顔で『よろしくな』と言ってくれた。『アリス』と呼んでくれた。
「嘘…魔理沙……? 何の冗談…? さっきのこと、まだ怒ってるの? ごめんなさい。謝るわ。だから悪ふざけはよして、私の名前を呼んで……」
怪しい人と関わってはいけない。そんなことは誰に習うわけでもなく、誰だって知っている。魔理沙はただその本能に従い、立ち上がり、家の鍵を閉めた。
その光景をただ、滲んだ視界の中で眺めることしかできなかったアリスに、そんな魔理沙の心情を理解するほどの冷静さは残っていただろうか。
アリスは気がつくと走っていた。それが彼女に残された、たった一つの思考だった。
「あっ!」
つたが足にひっかかり、固い地面の感触を受けた。もう起き上がろうなんていう気力もない。悪夢なら覚めて欲しいと思った。そしてこれが現実なら、現実らしく、自分をこのまま眠らせて欲しいと思った。
あれほど恋しかった睡魔が、あれから数十分も経たぬ今、自身をまどろみの中に引き込んでいくのを感じた。
『…す……リス……』
ゆさゆさと、体が揺すられるのを感じる。
誰だろう。重いまぶたを上げる前に、すぅっと息を吸う音が聞こえた。
「起きろーー!!!! アリスーーー!!!!!!」
跳ね上がり、視界に広がった光景は、魚と一枚のチョコレートの泳ぐ川。そして、見覚えのある彼女の姿だった。
少しずつ、思考が現状を理解し始めていた。
「夢…だったの…?」
未だ呆然とするアリスに、魔理沙はやれやれといった様子で何かを喋った。
「全く、よくこんなところで眠れるよな。私はお天道様が昇った頃には目が覚めたぜ……」
ただ魔理沙が何を言っているのかわからなかった。確かに呼ばれた『アリス』の声に起因する感情の正体が、どうでもいい。昨日喧嘩をしたまま眠っていたことが、どうでもいい。
気がつけば魔理沙の胸に顔を埋め、全体重をかけられた魔理沙が地面に倒れても、涙を流していて、叫び続けた。
「魔理沙……まりさぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい…! うわああああああああん!!」
魔理沙は驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことで、いつものように、その手をアリスの頭に添えてやった。大好きな感触に包まれて、アリスは流せる限りの涙を流した。彼女がここにいる幸せと、暖かさを、心行くまで受け取った。夢を見て感情を整理するだけにしては、随分と長い時間を要した。
「…泣き止んだか?」
アリスが黙ったのを見て、魔理沙が呟いた。
「魔理沙…ぅううう……」
魔理沙にはさっぱり事情がわからなかったが、アリスはそんなことお構いなしで、泣き腫らした顔を魔理沙の胸からそっと外した。
「私、大好きだから…。喧嘩しても、強がっても、憎まれ口叩いても、絶対絶対、ずっとずっと魔理沙のこと大好きだから…私のこと、忘れないで…」
魔理沙はもう一度、アリスの頭に手を添えた。アリスの文脈はわからないが、たったひとつ、彼女の伝えたいことがわかったから、それに答える。
「私もアリスのこと、好き、だぜ」
アリスの頭に添えられたはずの手は撫でるようにアリスの頬へ伝い、どちらがそうしたわけでもなく、二人の唇の距離が、ゼロになった……。
『あー!! 魔理沙とアリスがエッチなことしてるーー!!!』
空気を引き裂く甲高い声に、アリスと魔理沙は反射的に互いの肩を押し、同時に突き飛ばした。
「ねー大ちゃん! 見てー! 二人がねー……」
魔理沙はチルノの口をふさぎ、さらに利き腕を極めた。その気になればいつでもへし折ることができる状態だ。
「よーし、いい子だチルノ。ここはお前の遊び場か? ふもとまで案内してもらおうか」
最初は暴れて取り押さえるのに苦労したチルノだったが、それも無駄と見たのか、だまって道案内を始めた。
魔理沙は悪戯っぽい笑みをアリスに向けた。アリスもそれに対し、いつもの笑顔を返す。『やっぱり私達にはこういうのが合ってるのかもね』という台詞は、先ほどの唇の感触を思い出して、あの悪夢とともに、そっと胸にしまい込んだ。
―FIN―
アリスは澄んだ川を指さした。
「吃驚仰天すぎて背骨が折れそうだ」
魔理沙は喜ぶ体力もなさそうな様子で、地面に寝転がっている。
「釣り道具を作る体力が残っていれば万歳なのだけれども」
「背骨が折れそうだ」
極度の空腹から、魔理沙の言動が意味のわからないものになっていることに気づき、ようやくアリスは緑の地面に座り込んだ。
「はぁ、仕方ないわね。一日ぐらい何も食べなくても死にはしないわ。今夜は野宿しま……魔理沙ァアアあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせええええええええええええ!!!! 私はお前と違って飯食わなきゃ餓死するんだよ!! そこから一歩でも私のチョコレートに近づくんじゃねええええええ!!!!!!!!!!」
二人はもみ合いをしているうちにチョコレートが川に流されたことにも気づかず、不毛な体力消耗し合いを小一時間ほど続けていた。
「ラチが開かないわ」
「閉めたのは間違いなくお前だ」
チョコレートが川に流れたのはもみ合いを始めたアリスのせいだが、何も考えずにテンションにまかせたハイキングをして道に迷っているのは間違いなく魔理沙のせいだ。
つまり今現在の険悪なムードは、両者の創り出した喧嘩両成敗的なものであると言えるだろう。
「じゃ、私は寝るから。魔理沙は貧弱な人間だから朝起きる頃には凍死してるかもね」
「はっ! アリスだって、泣いて謝ったってトイレになんかついていってやらないぜ」
二人は同時に顔を背け、緑の地面に体を任せた。
ただし辺りが暗いと言っても時間にしてみればまだ二十時。アリスですら就寝にはまだ早すぎた。
(眠れないわ…)
何度も寝返りをうったり姿勢をかえたりしても、一向に睡魔は襲ってこなかった。魔理沙はもう眠ってしまったのだろうか。アリスの後ろからは、一切の物音がしない。
一切の、物音がしない。時に一つの屋根の下で寝ることもあり、その度にアリスの睡眠を妨害していた高いびきも、それどころか安らかな寝息さえも、全く聞こえない。
「……魔理沙…?」
震える声は、森の騒音にかき消される。
「魔理沙…?」
だからもう少しだけ強く発した声も、その声量は一定のラインを踏み切らない。
「ねえ魔理沙…いるんでしょ……? ねえ…?」
森の声は、収まらない。
「魔理沙ったら!!」
ついにアリスは、その目を開き、後ろにいるはずの魔理沙を振り返った。
「え……?」
そこに魔理沙の姿は、なかった。
それどころか、先ほどまで魚が泳いでいて、チョコレートを流したしまった憎き川もない。地面の緑は、どこか見覚えのある色で、見回すまでもなくわかるほど、辺りの風景が変わっていた。
「私の…森…?」
見覚えのある場所だった。歩き出す脚に任せて、アリスはふらふらと見覚えのある道を進む。
そう、ここを抜ければ…。
「魔理沙……」
彼女と特別な関係になる前から、何度も訪れた場所だった。そして夜、彼女は決まってお気に入りの切り株に腰掛け、本を読んでいるのだ。
その姿は今日この時も、そこにあった。
「魔理沙!!」
アリスは思わず叫び、その姿に駆け寄った。
森の声は、未だに収まらない。
「ねえ、私達どうしてここにいるの!? さっきまで居た場所は!?」
そして『どうして、まるでずっとそうしていたかのように本を読んでいるの?』
そう聞こうとしたアリスの目には、あからさまに異質なものを見るような魔理沙の目が映っていた。
「誰だ…? あんた…」
どんな刃物より鋭いものが、アリスの心を抉った。
『あんた』なんて呼ばれたこと一度もなかった。初めてこの場所で魔理沙を見て、勇気を出して話しかけるまで一ヶ月かかった。ぎこちない自己紹介をすると、笑顔で『よろしくな』と言ってくれた。『アリス』と呼んでくれた。
「嘘…魔理沙……? 何の冗談…? さっきのこと、まだ怒ってるの? ごめんなさい。謝るわ。だから悪ふざけはよして、私の名前を呼んで……」
怪しい人と関わってはいけない。そんなことは誰に習うわけでもなく、誰だって知っている。魔理沙はただその本能に従い、立ち上がり、家の鍵を閉めた。
その光景をただ、滲んだ視界の中で眺めることしかできなかったアリスに、そんな魔理沙の心情を理解するほどの冷静さは残っていただろうか。
アリスは気がつくと走っていた。それが彼女に残された、たった一つの思考だった。
「あっ!」
つたが足にひっかかり、固い地面の感触を受けた。もう起き上がろうなんていう気力もない。悪夢なら覚めて欲しいと思った。そしてこれが現実なら、現実らしく、自分をこのまま眠らせて欲しいと思った。
あれほど恋しかった睡魔が、あれから数十分も経たぬ今、自身をまどろみの中に引き込んでいくのを感じた。
『…す……リス……』
ゆさゆさと、体が揺すられるのを感じる。
誰だろう。重いまぶたを上げる前に、すぅっと息を吸う音が聞こえた。
「起きろーー!!!! アリスーーー!!!!!!」
跳ね上がり、視界に広がった光景は、魚と一枚のチョコレートの泳ぐ川。そして、見覚えのある彼女の姿だった。
少しずつ、思考が現状を理解し始めていた。
「夢…だったの…?」
未だ呆然とするアリスに、魔理沙はやれやれといった様子で何かを喋った。
「全く、よくこんなところで眠れるよな。私はお天道様が昇った頃には目が覚めたぜ……」
ただ魔理沙が何を言っているのかわからなかった。確かに呼ばれた『アリス』の声に起因する感情の正体が、どうでもいい。昨日喧嘩をしたまま眠っていたことが、どうでもいい。
気がつけば魔理沙の胸に顔を埋め、全体重をかけられた魔理沙が地面に倒れても、涙を流していて、叫び続けた。
「魔理沙……まりさぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい…! うわああああああああん!!」
魔理沙は驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことで、いつものように、その手をアリスの頭に添えてやった。大好きな感触に包まれて、アリスは流せる限りの涙を流した。彼女がここにいる幸せと、暖かさを、心行くまで受け取った。夢を見て感情を整理するだけにしては、随分と長い時間を要した。
「…泣き止んだか?」
アリスが黙ったのを見て、魔理沙が呟いた。
「魔理沙…ぅううう……」
魔理沙にはさっぱり事情がわからなかったが、アリスはそんなことお構いなしで、泣き腫らした顔を魔理沙の胸からそっと外した。
「私、大好きだから…。喧嘩しても、強がっても、憎まれ口叩いても、絶対絶対、ずっとずっと魔理沙のこと大好きだから…私のこと、忘れないで…」
魔理沙はもう一度、アリスの頭に手を添えた。アリスの文脈はわからないが、たったひとつ、彼女の伝えたいことがわかったから、それに答える。
「私もアリスのこと、好き、だぜ」
アリスの頭に添えられたはずの手は撫でるようにアリスの頬へ伝い、どちらがそうしたわけでもなく、二人の唇の距離が、ゼロになった……。
『あー!! 魔理沙とアリスがエッチなことしてるーー!!!』
空気を引き裂く甲高い声に、アリスと魔理沙は反射的に互いの肩を押し、同時に突き飛ばした。
「ねー大ちゃん! 見てー! 二人がねー……」
魔理沙はチルノの口をふさぎ、さらに利き腕を極めた。その気になればいつでもへし折ることができる状態だ。
「よーし、いい子だチルノ。ここはお前の遊び場か? ふもとまで案内してもらおうか」
最初は暴れて取り押さえるのに苦労したチルノだったが、それも無駄と見たのか、だまって道案内を始めた。
魔理沙は悪戯っぽい笑みをアリスに向けた。アリスもそれに対し、いつもの笑顔を返す。『やっぱり私達にはこういうのが合ってるのかもね』という台詞は、先ほどの唇の感触を思い出して、あの悪夢とともに、そっと胸にしまい込んだ。
―FIN―
ソレと内容的にもつまらなかった
まず起承転結をしっかりしようぜ
道に迷って険悪なムードになったのは良いとしても、そこを
ハッキリとさせてない。
あと展開が早くて、そこへ至るまでの過程を少し抜かしている感じもする。
夢から覚めるときの間はもう少し短くても良いと思う。
ただ、私の感想としてはそうまで悪くもないかと。
精進していけば面白い物が作れるかもしれないので頑張って。
そんな事言ってたらSSに限らず話が成り立たんだろ
無駄な余白は確かに行数稼ぎにしか見えませんでしたね。
内容どうこうは置いといても、魔理沙とアリスの仲の良さが少なからず伝わって、よかったです。
20分の間、割と有意義に悩ませてもらいましたので40点