Coolier - 新生・東方創想話

雪の調べ

2006/07/31 06:55:35
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白銀の世界。
全てが白に染まるこの光景を、私は何をするでもなく眺めている。
天から舞い降りる幾多の結晶は、ただ静かに大地を覆う。
その一つ一つはとても儚く、手で触れると一瞬にしてその姿を水へと変える。

今朝から降り続く雪は、地に触れても消える事無く重なり合う。
もう地面が見えない程に降り積もった雪の上を、楽しそうに駆け回る兎達。
未だ降り続ける雪の中で、濡れる事も気にせず遊び回る兎達とは対比に、私は縁側で一人お茶を啜っている。

特に雪を見ているのが楽しい訳でも無く、遊びに耽る兎達を見るのが面白い訳でも無く、ただ何と無く暇を持て余した私は、こうしてのんびりと過ごしている。

外に面したこの縁側は、何故か台風だろうが吹雪だろうがそれが中まで入って来る事は無い。
屋敷全体に水避けの術でも掛けられているのだろうか。
そんな器用な事が出来るのは恐らく永琳辺りの仕業だろう。
それでも寒さだけはどうしようも無く、今の服装でこの場に居るのも少々辛いものがある。
こんな状態だからなのか、今は熱いこのお茶が心強く思える。

思えばこんなにゆったりと雪を眺める何てどれ位振りだろうか。
永遠に降り続く様に思わせる雪を見て、そんな事を思う。
それでも雪はやがて止み、次第に溶け、新しい息吹が芽生え、そしてまた枯れていく。
変わらぬ時を過ごす私と、変わりゆくこの世界。
今まで何千回と見たその光景の中で、私は美しくも物静かなこの景色を見るのが好きだった。

ゆっくりと音も無く降る雪は、見ていて不思議な気分になる。
幻想的で美しく、だが悲しく切ない気持ちを誘う。
この色の無い世界がそうさせているのか、それとも雪自体にそういう力があるのか。
見上げた鈍色の空は、何も語らず小さな結晶を送り続けていた。

こうしてのんびりと過ごす時間は嫌いではない。
特に縁側に座り、そこから眺める風景がお気に入りだ。
雪合戦に移行した兎達は、せっせと雪球を作り、それを力一杯投げ放つ。
先程からこちらにも雪球が飛んで来るが、特に気にしない。
私の頬を掠めるが、特に気にしない。
私の顔に思いっきり直撃するが、特に……。

って、痛いじゃない!
何で前じゃなく私の方に向かって投げるのよ!?
そもそも水避けの術はどうなったの!?

顔面でダイレクトブロックをかました雪球を手に取る。
触れただけでもその硬さが見て取れた。
それを床に叩き付け、中身を見ようとしたが、鈍い音を立てただけだった。

あはは、成る程。
これは痛い筈ね。
まさか雪球の九割が石だとは流石の私も思いもしなかったわ。

表面の雪を少し払ってみると、すぐに黒い物体が見えた。
大きな石の表面に雪を薄く張っただけの様な雪球。
こんなの雪球とは呼べないじゃない。

無邪気に遊ぶ兎達。
情け容赦無く飛び交う石球。
気のせいか主にこちらに飛んで来ている様な気さえする。
上等よ、そんなに遊びたいなら私が遊んであげるわ。

「あれ、姫? どうかなさったんですか?」

突如に後ろから掛る声。
振り返ると、萎びた耳を生やした兎が不思議そうにこちらを見ていた。

「此処の兎って少し多過ぎると思わない? だから少し減らしておこうと思ってね」
「はぁ……」

私の言い分に曖昧な返事を返すへにょり兎。
絶妙なタイミングで、怒りの発散を止められてしまった。
当然の如く、腹の虫が収まらない。

「イナバ、何か用件があって私に話しかけたんでしょうね?」
「え?」

あるならまだ許そう。
けど、用件も無しに私の邪魔をしたのなら、怒りのベクトルを貴方に向けるわよ?

「いえ、ただ姫が不審な行動をしていたのが気になって。それで―――痛ったぁ!?」

言葉を最後まで聞かずに手にした石球を投げつける。
イナバの額に命中した石は、重く鈍い音を立てて地面に転がった。

「あああぁ! ち、血が! うううぅ……」
「床を汚すのは止めなさい、一体誰が掃除すると思ってるの?」
「ううぅ……少なくとも姫では……って待って! 拾わないで! 痛いの!! それ痛いの!!」

石球をリロードしようとした私を必死にイナバが止める。
血まみれで涙を流しながら懇願するイナバに、少し同情を覚え第二射発射は止めておいた。

「分かったから、取り敢えず血を止めなさい」

どくどくと夥しい量の血液がイナバの額から流れ出ている。
こんな至近距離で思いっきり石を投げつけられたなら、それも当然かもしれないが。

「そんな無茶な事を言わないで下さいよ……あぁ、ふらふらする……」

額に手を当て頑張って止めようとはしているが、手の間から零れ落ちる様に赤く染まっていく。
ちょっと……これは拙いかもしれないわね……。
幾らなんでもやり過ぎたかしら?
どうしましょう? 永琳でも呼んだ方が良いかしらね。

「ねぇ、イナバ……って貴方なにをやってるの?」
「うぅ……蹲っているんです……」
「あぁ、見ようと思えばそう見えなくもないわね」
「そうとしか見えないと思いますが……」
「あら、私には貴方がお昼寝してる様に見えるけど?」
「そんな呑気な事してる場合じゃありません……」

本格的にやばいみたいね……。
このまま放っておいたら永琳に怒られるかしら?

「確か止血法に腕を縛るってのがあったわよね? それをやってみたらどうかしら?」
「縛るって……頭を怪我してるのに一体どこを縛るんですか……?」

どこって……。
あ、丁度良さそうな所があるじゃない。

「首を縛ったら血も止まるんじゃないかしら?」
「首って……確かに止まるかもしれませね……主に心臓が」

それもそうね。
うーん、段々とイナバの元気が無くなって来たわ。
ほら、目も虚ろになって……えっと……どど、どうしよう?

「イナバ、しっかりなさい! 傷は浅いわ!」
「いえ、かなり深いと思いますが……」
「故郷に奥さんと二人の娘が居るのよ!? それを置いて貴方は先に逝く気!?」
「私は女ですし、娘も産んだ覚えはありません……」
「なら、子を残さずしてこの世を去っても悔いは無いの!?」
「子供ですか……あぁ、師匠との子ならそれもいいかもしれませんね……」

イナバの瞳が閉じていく。
だがその表情は、永琳との幸せな家庭を思い浮かべている様で、死の淵に立たされているというのに穏やかなものだった。

「師匠……駄目ですよ……その子にはまだ早過ぎますよ……」
「何!? 何が早過ぎなの!? ちょっと、しっかりしなさい!」
「あは……あはは……」

これは拙い。
何か妄想が膨れ上がってとんでもない事になってる様だ。
……そうだ! こんな時の為に取っておきの呪文があったわ!
そうと決まれば話は早い。
いくわよ、せーの……。

「えーりん、えーりん、たすけてえーりん!!」



◇   ◇   ◇



「つまり、むしゃくしゃしてやった。と言う訳ですね?」
「はい、今は反省しています」

私の呼び声で駆けつけた永琳の手によって、イナバは何とか一命を取りとめた。
その後、その場で正座をさせられ、永琳のお説教を受けている。

「今回は大事に至らなかったものの、あと少し処置が遅れていたら手遅れになったかもしれません」
「はい、今は反省しています」
「幾らウドンゲが丈夫だからといって、限度と言うものがあります」
「はい、今は反省しています」
「…………」
「はい、今は反省しています」

……ん?
あら、お説教はもう終わったのかしら?
え、何? どうしたの永琳?
その手に持っている物は何?
あぁ、それはイナバの拳銃ね。

「し、師匠!? 駄目です、早まらないで下さい!」
「ウドンゲ、止めないで!」

さすがは永琳。
もうすっかりイナバも元気になった様ね。

後ろから羽交い絞めにして、永琳を必死に説得するイナバ。
師弟揃って仲が宜しい事で。

「わ、私は大丈夫ですから! 思い止まって下さい!」
「殺らせて! いっその事この手で殺らせて!」

相変わらずの微笑ましい師弟漫才に、私も笑いそうになってしまう。
これだけ騒げば冬の寒さなんてどうって事ないわね。

「はぁ……ウドンゲ、貴方は不死ではないのよ? 自分の体は大事になさい」

溜息を吐いて弟子を嗜める。
騒いだり怒ったり、天才は良く分からない。

「私は大事にしてるつもりなんですが……周りに大事にされていない気がします」
「あら、私は大事にしてるわよ?」
「師匠は……そうですね。大事にしてくれていますね」

二人のやり取りを黙って聞く。
私だって結構このイナバを大事にしてるつもりなんだけどなぁ……。

「それより師匠、こんな事の為にわざわざありがとうございます」
「何を言ってるの。弟子の一大事に駆けつけれない師匠がどこに居ますか」
「私が呼ばなかったら永琳は気が付かなかったんじゃないの?」
「…………」

え、何その冷ややかな視線は?
良いじゃない、結果的に大事には至らなかったんだから。

「それじゃあ私は研究室に戻るけど、一応ちゃんとした検査をしたいから、後で私の所に来なさい」
「あ……はい、分かりました」

それだけ言って永琳は戻るらしい。
残された私とイナバは、お互い何を言う事もなく永琳の後ろ姿を見送る。
横目でイナバを見てみると、額の傷はすっかり塞がっており、先程まで重症だったとは思えない元気の良さだった。

「そんなに早く治るものなの……?」
「何を仰います。師匠は幻想郷一の薬師ですよ? これ位の事は朝飯前です」
「それは分かるけど……ねぇ?」

まぁ、永琳ならそれも不可能では無いのかもしれないけど……。
答えの出ない事を深く考えていても仕方が無い。
そう結論付け、私は思考を打ち切った。

「はぁ~……今日も寒いですね~……」

両手で口を覆い、息を吐き掛ける。
煙の様に白い息は、イナバの手から零れ出し、霞の様に消え去った。

「そんな恰好してるから余計に寒いでしょうね」

ブレザーにスカート。
今でこそ太股まで覆う黒い靴下を履いているものの、温かい格好とは思えない。
とは言え、私も長いスカートを履いているだけなので、そう大して変わらないが。

「あはは、それは仕方ありませんよ。それに屋敷の中でコートを着るのも可笑しいじゃないですか」
「そうかしら? 少なくとも外に面した廊下では可笑しくは無いと思うわ」

雪が入って来ないだけで外に居るのとなんら変わりは無い。
こういう時には縁側には近寄らないのが一番ね。
まぁ、私は好きで居るのだけれど。

「そうだ。後で一緒にお茶でもしませんか? 良いお茶請けを貰ったんですよ」
「へぇ、誰に何を貰ったの?」

どこか嬉しそうにイナバからお誘いを受ける。

「慧音さんから抹茶のお饅頭を頂きました。それはそれはとても美味しいらしいですよ」
「ふーん、あの白澤がそんな物をねぇ」
「はい、今朝の配達の帰りに受け取ったんですよ」

雪が降っている日にまで、なにも人里まで行かなくても良いでしょうに。
仕事熱心なんだか、元々の真面目気質からなのか、この兎の考えてる事も良く分からない。
いや、実際は物凄く分かり易い性格をしているのだけれど。

「で、どうでしょうか?」
「確かにそれはありがたいお誘いだけど……」

美味しい、という話まで聞いて、普段なら二つ返事で良いわよと言う所だが。

「生憎な事に、今日はこれから約束があるのよ」

本当に生憎な事だ。
これはもしや、こうなる事を予測した奴の策略なのかしら?

「約束……ですか?」
「ええ。まだ少し早いけど、そろそろ出ようと思っていた所よ」
「はぁ……えっと、約束ってのは妹紅さんとですか?」
「それ以外に私が約束事をする様な相手が居るとでも?」
「う~ん……結構居そうな気もしますが……」

居たかしら?
まぁ、約束と言ってもただの売り言葉に買い言葉なんだけど。
でもそれで行かないとなったら、後でアイツに何を言われるか分かったもんじゃないわ。

「取り敢えずそう言う事なのよ。お饅頭は私の分を取っておいてくれたら問題無いわ」
「それは勿論良いですけど、姫はお昼からの天気を知ってて言ってるんですか?」

はて、天気とは?
ふと空を見上げてみるが、そこには先程とは変わらずただ静かに雪が舞い降りていた。

「それはどう言う事?」
「いや、私も師匠に聞いただけなので本当かどうか分かりませんが、今日はこれから吹雪になるらしいんですよ。だから知ってるのかなぁって」

知ってるも何も、それは永琳がそう言うだけで実際の事は分からないのでしょう?
でも考えてみると永琳が言うのだから、それは間違いでは無いのかもしれないわね。

「だからと言ってこのまま約束を無視して、アイツに勝ち誇った様にされるのも癪じゃない?」
「それは……どうなんでしょう? もしかしたら妹紅さんも吹雪になるのを知っていて来ないかもしれませんよ? そうしたらそれはそれで勝ち誇られるんじゃないでしょうか?」

む……確かに……。
―――あんな吹雪の中で待ってたの? あはは、それはご苦労な事で。
なんて言われそうだ。
むぅ……困ったわね。
これじゃあ行っても行かなくても私が負けたみたいじゃない。

「それならこう言うのはどうでしょう?」
「何か良い案でもあるの?」

イナバが人差し指をぴんと立てて、何かを思い付いた様に話す。

「取り敢えずこれから約束の場所に行ってみる。それで吹雪になる前に此処に戻って来る。それなら約束を守らなかった事にはならないし、勝ち誇られる理由は出来ないんじゃないでしょうか?」

ふむ、それは良いかもしれないわね。
それならもし妹紅が約束の場所で待っていたとしたら何も問題は無い。
来なかったとしてもそれはお互い様。
私が帰った後に妹紅が来たとしたら笑ってやればいい。

何だ、イナバも結構まともな事を考えるのね。
普段が普段なだけに、少し頭の弱い娘かと思ってたわ。

「何か失礼な事を言われた様な気がしますが、それはさて置きどうしますか?」
「貴方……永琳から薬以外の何かも教わっているの?」

私がイナバに考えている事を読まれるなんて、到底あり得ない事よ。
イナバは頭にハテナマークを浮かべて、良く分からないと首を傾げていた。

「一応は色々と教わってますが……それとは別に、姫の考えている事は波長の変化で何となく分かりますよ?」

ちょっと待って、そんな話は聞いた事も無いわよ?
それに、それなら私やてゐが嘘を言ったらすぐに分かる筈でしょう?

「貴方ってわざと嘘や悪戯に引っ掛っているの?」
「そんな事無いですよ? どうしてわざわざそんな自分が損しかしない事をしなきゃいけないんですか」

じゃあ波長って何よ?
分かる事と分からない事があるって言うの?
もしそうなら便利なのか便利じゃないのか良く分からないわね。
まぁ、イナバをからかう事が出来るならどちらでも良いんだけど。

「っと、話を戻しますけど。一応は約束の場所に行って来ますか?」
「そうね、散歩がてらそれも良いかもしれないわね」

本当に吹雪くかどうかは分からないが、たまには外に出てみるのも良いかもしれない。
今ならまだ雪を楽しむ余裕はありそうだ。

「あ、それじゃ少しだけ待ってて下さい」
「えっ……ってイナバ?」

私が聞くのも待たずに、言うだけ言ってイナバは走り去ってしまった。
一体何をしたいのかしら?
仕方が無く私は雪を眺めながら待つ事にした。

縁側から外を眺めると、あれだけ楽しそうに雪合戦をしていた兎達の姿が見えない。
真っ白に整った雪の平地には、広い範囲に渡り、点々と赤い雪が積もっていた。

……妖怪ってそんなに頑丈なのかしら?
どうでもいいけど、これは少しホラー映像ね……。
これでイナバの死体でもあったら完璧だ。
少し雪を掘ったらこんにちわとかあり得そうだけど。

「お待たせしました~……姫?」
「えっ、あぁ。お帰りなさい」
「はい、ただいまです」

いつの間にか背後にイナバが立っていた。
私の背後を取るとは良い度胸だ。
……このイナバに背後を取られたら、何か危機感を抱くのは気のせいかしら?

「これを姫にと思いまして……」

そう言ってイナバが持ち出した物は、灰色のマフラーとベージュのロングコートだった。

「そのままでは寒いでしょうから、これを着て下さい」
「わざわざ悪いわね」

イナバに渡されたコートを羽織る。
中に羽毛でも入っているのか、着ていると着ていないでは雲泥の差だ。
成る程、これは暖かい。

「このマフラー、私と師匠で編んだ物なんですよ」

中心から片一方は寸分違わぬ正確な太さ。
もう片一方は所々不恰好で、太さも波打つ様に変わっていた。

「どちらが誰が編んだのかすぐ分かるマフラーね」
「うぅ~……それは言わないで下さいよ~……これでも一生懸命頑張ったんですから、そこは見て見ぬ振りをしておいて下さい」

見て見ぬ振りも何も、ここまで左右非対称なら逆に気になって仕方が無いじゃない。
両方が不恰好なら何も問題は無かったんでしょうけど。

「見た目は兎も角、これは私の為に?」
「はい、勿論です。とは言っても師匠の気紛れで始めた事なんですけど、それでどうせなら姫に使って貰おうと二人で
決めまして」

普段から滅多に外に出ない私の為に、わざわざこんな物を作ってくれるなんて……。
永琳といいイナバといい、余計な事をしてくれるものだ。

「あ~……お気に召しませんでしたか?」
「まさか、貴方達が私の為に作ってくれたんだもの、大事に使わせて貰うわ」
「あは、そう言って頂けるとこちらとしても作った甲斐があります」

余計な事でも、こういう余計なお世話は大歓迎だ。
私とて誰かが自分の為に頑張ってくれた事が嬉しく無い筈が無い。

「永琳に伝えて貰えないかしら、もう少しイナバに練習させなさいって」
「ええ~!? いや、確かに私はまだまだですけど、初めてだったんだからそれ位は許して下さいよ~……」
「ふふ。まぁ、初めてにしては上出来……という事にしておきましょうか」
「む~……それなら今度は師匠が一人で作った物をお渡ししますね……」

首と一緒に萎びた耳までもがうな垂れる。
とても分かり易い表現をありがとう。
寧ろこういう分かり易さがイナバの良い所なのだけど。

「それは遠慮しておくわ」
「えっ、遠慮されるんですか?」
「ええ、二つあっても使わないでしょうし、それに私はこの半分不恰好なこれを気に入ったから」

一人の気持ちよりも、二人分の気持ちが籠もったこのマフラーの方が暖かいに決まっている。
出来栄えはどうであれ、頑張って作ったと言う言葉には嘘や偽りは無いだろう。

「そうですか。でも余り出来が良くないそれを気に入って貰えるのは嬉しいやら恥ずかしいやら……」
「恥ずかしがる事なんて何も無いわ。私は二人で作ってくれたこれを気に入った、それで良いじゃない」

言葉には納得出来るが、心はどうにも納得出来ない。
そんな心境を表す様に、イナバは困った様な笑みを浮かべた。

「あ、そろそろ行かないと吹雪になる前に帰って来られなくなりますよ?」
「そうね、それじゃそろそろ行こうかしら」
「はい、お気を付けて」
「適当に歩き回ったらすぐに帰るつもりだから、別にそんな心配はいらないわ」
「あはは、一応ですよ。帰って来たらすぐ入れる様、お風呂の準備はしておきますね」
「ええ、助かるわ」

マフラーにコート。
普段は着ない服装で、私は永遠亭を後にする。
背後ではイナバが私を見送ってくれていた。
私は空を飛ぶ事はしないで、徒歩で目的地へと足を進めた。



◇   ◇   ◇



高く聳え立つ竹の隙間から、きらきらと輝きを放ちながら小粒の結晶が降り注ぐ。
枯れ果てた竹林は冬の厳しさと同時に、青々しく悠然と佇んでいた風景を思い出させる。

何一つ跡の無い雪原は、何者の侵入も許していない事を表していた。
踵から地に足をつけると、ギュッギュッと小気味良い音を奏でる。
振り返ると、平坦な雪面にぽつりと私の足跡だけが残っている。

辺りを見渡すと、全く色の失われた世界。
私が着ている服の色を除けば、雪の白さと微かに見える竹の緑。
暖かな色が一切無いこの世界は、ただそれだけで私から体温を奪おうとする。

竹にこびり付いた雪に触れると、ジーンと痺れる程の冷たさを残し融けていく。
触れただけで消え行く儚い命。
地に降り立つ一瞬の為に生まれる結晶。
少しでも長く生きようと身を寄せ合い、お互いがお互いを守る様に抱き合う。

吐く息は白く、吸う息は冷たく。
澄んだ冷たい空気を胸一杯に吸い込む。
冷えた空気が体の中に染み渡る様に広がる。

進める歩はゆっくりと。
一歩一歩を確かめる様に。
そして雪が奏でるメロディを楽しむ様に。

外気に晒されている肌を、微かな風が撫でていく。
イナバに渡されたこのコートが無ければ、身を震わせながらこの場に居ただろう。
暖かな羽毛に包まれた体は、少しでも体温を逃がすまいとその身を縮める。

はぁ……雪も中々良いものねぇ。
他の季節とは一風変わった世界に、私は暫し関心する。
季節にはそれぞれの色があるが、雪に覆われる冬だけは白という色の無い色に染まる。

永遠亭を出てからどれ位が過ぎたのだろうか。
平地を歩くのとは違い、雪道を歩くのは体力の消耗が早い。
それだけに思ったよりは遠くへ進んでいないのだろう。

流れる雲は途切れる事も無く。
降る雪は止む事を忘れた様に。

「ところで此処は一体どこなのかしら?」

そんな中、私は今まで考えていた事をぽつりと呟く。
誰に言った訳でもない。
そもそも返事を返してくれる様な人影もない。

約束の場所はどこだったかしら?
第一、どこを見たって同じ風景にしか見えないのだけど。
これで一体どうやって判別しろっていうのよ。

それに心成しか、先程から少し雪の密度が増した様に思える。
風も少し強くなってきた。
そろそろ潮時かもしれない。
目的地が分からない上、このままでは帰る事すらままならなくなってしまう。
ここらで戻った方が良さそうね。

そう思い、来た道を戻ろうと身を反転させる。
振り返ったは良いが、そこには先程と変わらない光景が広がっていた。

……大丈夫、来た道を帰れば良いだけ。
簡単な事よ、だって足跡だって残っているんだし……。

自分の通って来た足跡を辿る。
だがしかし、次第にそれも薄くなっていく。
そして最後には完全に足跡が消えてしまった。

後は自力で戻るしかないと、今まで下を向いていた顔を上げる。

「わぷっ!?」

上げた瞬間に突然の突風。
風で巻き上がる雪の礫と共に、私の顔に容赦なく吹き荒れる。

ちょ、一体何なのよこれは!?
何だって急にこんなに風が強くなるのよ!?

降る雪は竹に遮られ、大した脅威にはならないが。
吹く風は竹の間を通り抜け、雪を纏いつつ駆け抜ける。

風くらい何とかしなさいよ!
これだけ竹が立ってるってのいうのに、本当に根性無いわね!

腕で顔を庇い、風に負けない様に体を前屈みに倒す。
それでも掻い潜る様に雪の礫が顔に当たる。

痛ッ、雪ってこんなに痛い物だったのね……。
こんなんじゃ、目も開けていられないじゃない……。

成る程、吹雪く時には家で大人しくしているのが一番だ。
私はこんな日に外を出歩いた事を今更ながらに後悔していた。

「はぁ……はぁ……はぁ」

強い向かい風と、足元を掬われる様に積もる雪。
お陰で中々進む事が出来ない。
思いとは裏腹、体力だけがどんどんと奪われていく。

もう既に、風に吹かれる寒さによって顔の感覚なんて麻痺している。
顔はピリピリと痺れた様な感じになり、だんだんと足も重くなっていく。

「はっ……はっ……はっ」

一歩一歩が酷く重い。
まるで砂に埋まった足を無理矢理引っ張り出している様に。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ」

短く吐いた息は、突風によって形を残す事も許されず私の背後へと消えていく。
段々と風が強くなってきた。
それに伴う様に、空から叩き付ける無数の雪が私を襲う。

「っく……」

引っ張り出そうとした足が付いて来ない。
つんのめる様に上半身が傾く。
とうとう私はその場で倒れ込んでしまった。

「はぁー……はぁー……はぁー……」

雪の上でごろりと仰向けになる。
ここで初めて気が付いたが、鈍色だった空は、今は真っ黒な雲に覆われていた。

もうだめ……動けない……。
私ってこんなに体力無かったかしら……。
普段から外に出る事も無かったから、いつの間にかこんなにも体が鈍っていたのね……。

吹雪くらい何だと正直侮っていた。
永遠亭を出る前のイナバの心配そうな顔が思い出される。
あの娘はしょっちゅう外を出歩いてるみたいだから、冬の本当の厳しさを知っていたのかもしれない。

雪の上に大の字に寝転がった私は、そのまま少し休む事にした。
最も体力が回復するのが先か、それともこのまま凍死するのが先か。

「……ふ……っく……くっくっく」

凍死だなんて、なんて馬鹿みたいなんだろう。
どうせ死んだ所で不死の身。
暫く経てばまた生き返る。
それでも少しその死に方は格好悪いわね。

「あーあ、こんな事なら来るんじゃなかった……」

これ程の酷い吹雪だ、妹紅がこんな時に外を出歩く筈が無い。
負けず嫌いも良いけれど、もう少し回りが見える様にならないと駄目ね……。
ここまで無事でいられたのも、イナバがくれたこの服とマフラーのお陰。
半分くたくたのマフラーはこんなにも心強い物なのか。

「帰ったら二人にはちゃんと礼を言っておかなくちゃならないわね」

でも今は少しの間お休みなさい。
体の感覚が無くなっている。
瞼が重い。
私はそれに抗う事無く、静かに目を閉じた。
薄れ行く思考の最後には、馬鹿にした様に口元を吊り上げた笑みを見せるアイツが浮かんできた。
ふふ……最後の最後まで貴方は私の中から消えないのね。
死の感覚なのか、はたまた只の睡魔なのか、ふわふわと雲の上を漂う様な感覚に身を任せ、私は意識を手放そうとした。



「……………」

ん……?

「……ぃ……」

何かしら……誰かの声が聞える気がする。

「…ーぃ……」

どこかで聞いた事がある声……。
懐かしい様な、それでいていつも聞いていた事のある声。

「四六時中寝てばかりだからって、こんな所に来てまで寝るとはね」
「っ!?」

弾かれた様に身を起こす。
どうして貴方が……。

「も……も……」

私の傍らに立つ人物に指を差して目と口をぱくぱくさせるが、中々言葉にならない。

「桃?」
「いや、桃じゃなくて」

にやにやと嘲笑うかの様に、ふざけた面で私を見下ろす。

「妹紅、貴方……どうして此処に?」

間で腰を折られ、今更驚きながら言うのもあれかなと思い、普通に切り出す事にした。
いつものもんぺ姿の妹紅は、いつもと違いマフラーを装備している。

いや、マフラーだけじゃ絶対に寒いから。
お前はその格好以外の服は持ってないのかよ。

「何ふざけた事を言ってんのよ、あんたが来いって言ったんでしょ」
「いや……確かに言ったには言ったけど……何もこんな日に来なくても……」

わざわざ馬鹿正直にこんな吹雪の中に来るだなんて。
それに約束って言ったって、ただの言い合いの中での話だった。
でも妹紅はきっちりと約束を果たす為に此処に来たらしい。

「ふん……私もこんな吹雪の日に来たくは無かったんだけどね。でもそうしたら後でお前に何て言われるか分かったもんじゃない。どうでも良い事で勝ち誇られんのも腹立つし」

何だ、こいつも同じ事を考えていたのか。
怒った様に拗ねた顔でそっぽを向いて、妹紅は文句を垂れた。

「で、やんの? やんないの?」

ポケットに手を突っ込んだまま、妹紅はこちらを横目で睨む様に目を細めた。
此処で会ったが百年目、とうにそれ以上の時は流れているが、此処でそれを断る理由も無い。
そもそもそれが目的でこんな吹雪の中に出張って来たんだもの。

「あら、このままやらずに貴方は帰れるのかしら?」

静かに私は立ち上がる。
妹紅を前に、体に熱が宿る

「まさか、此処でやらずに何処でやる。時間も場所も、吹雪だろうと関係無い。私達が出会えばそれだけで理由は十分だ」

仕舞い込んだ手は出さず、体の正面を私に向ける。
ぴりぴりと心地良い殺気を感じる。

「ええ、理由なんて有って無い様なもの。貴方を粉々に消し飛ばす事だけがその理由。命乞いするなら今の内よ?」

冷え切った体に力が籠もる。
こいつを前に呑気に寝ている訳にはいかない。
寝て何ていたら、こいつを殺す事が出来無いじゃない。

「へッ、ついさっきまで死にそうな顔してた癖に良く言うね」

妹紅の周囲が陽炎の様に歪む。
その周りの雪が触れてもいないのに蒸発していく。

「余りにも貴方が来るのが遅いからつい居眠りを……ね。怖気づいて逃げ出したのかと思ってたわ」

感覚が戻って来る。
今まで動かなかった体が嘘の様に動く。

「残念ながら、此処は約束の場所じゃない。お前こそ、怖くなってこんな所に逃げてたんじゃない?」

空気が熱を帯びる。
突風と共に、妹紅が放つ熱気が私の周囲までもを取り囲む。

「あら、そうだったかしら? 考えてみたら貴方が私の所に出向くのは当然の事じゃなくて? 私がわざわざ貴方の所に行くまでもないわ」

静かな殺意が体の奥底から湧き上がって来る。
こいつを殺す、ただそれだけの為に。

「ふん、こっちはわざわざ来てやったんだ、あり難く殺されな」

唸る様な音と共に、妹紅の背から一対の翼が生み出された。
不死鳥の羽、それは荒れ狂う吹雪ですら容易に飲み込んでしまう。
もはや私達の周囲にあった雪は、妹紅が放つ熱風により跡形も無く蒸発していた。

「こんな酷い吹雪だもの、貴方のちんけな炎を消し去るにはおあつらえ向きの天候ね」

体が震える程に熱の帯びた殺気を受け、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
私は懐から玉の枝を取り出し臨戦態勢を取る。

「この炎が消える前に、お前が消し炭になるだろうけどね」
「そう? それはとても楽しみね」
「ああ、今すぐ灰にしてやるよ!」

妹紅の体が前に沈み込む。
それに伴い炎の翼が爆発的な輝きを見せる。

―――来る!

「「絶望と共に燃え尽きな!!
 恐怖と共に朽ち果てなさい!!」」

触れる物の全てを焼き尽くしながら、妹紅は一直線に向って来る。
私は避ける事などせず玉の枝を前に突き出す。
回避など私達には無用の長物。
そんな無駄な事をする前に相手を殺す事を考える。

玉の枝に力のありったけを込める。
蓬莱人同士の戦いでは、小技など使わずに一撃で相手を死に至らしめる。
殺して殺して殺しまくる、ただそれだけの事。

「死ねぇぇー!!」

炎を推進力とし、一瞬で妹紅が眼前へと迫る。
だが遅い。
玉の枝にはもう十分な力を溜め込んだ。
後は目の前を飛ぶ鬱陶しい鳥を撃ち貫くだけ。
私は一点に集中させた力を一気に解放……。

「―――あ、待って」
「へ? って、うわッ!?」

私の突然の待ったの声に、妹紅は間抜けな声を上げて後ろの竹に顔から突っ込んだ。
思わず引いてしまう程の鈍い音を立て、竹が撓る様に揺れる。
律儀にも私に当たらない様に体を無理矢理に捻って避けたものだから、その突っ込み様は凄まじかった。

「……竹から妹紅が生えてるみたいね」
「…………」

ビィーンと竹と垂直に妹紅は突き刺さっていた。
と言うかこの竹も中々丈夫な物ね。
普通は折れたりするんじゃないのかしら?

「えっと……妹紅? もしもーし、生きてる~?」
「…………」

呼びかけてみるが、全く反応が無い。
死んだのかしら?
蓬莱人、竹に突き刺さり死亡。
あの天狗に良いネタにされそうね。

妹紅はずるずるとそのままの状態で降下し、べちゃっと地面に落ちた。
その様子を黙って見守っていたが、一切の反応は無い。

「こうやって見ると潰された蟇蛙みたいね」
「…………」

……人って竹にぶつかった位で死ぬものなのかしら?
いや、確かに生身の人間ならあの速度で激突したら死ぬんでしょうけど。
妹紅は生身の人間じゃないし、ただ気絶してるだけなのかしらね?

「うーん……一発殴ったら起きるかしら?」

何事も行動を起こさないと駄目よ。
良し、そうと決まれば……あ、これなんて良いわね。
ごそごそと懐の中を漁ってみると、丁度良い物が見つかった。

「じゃ~ん、仏の御石の鉢~」

仏の御石の鉢を高々と掲げる。
いや、見せ付ける為じゃなくて、これから振り下ろす為によ。
頭上まで持ち上げた鉢を妹紅に向かい思いっ切り振り下ろした。

「リザレクショごふぅ!?」
「あ……」

復活を遂げた妹紅を、絶妙なタイミングで撲殺してしまう。
一度は起き上がった妹紅は、先程と同じ様に蟇蛙となった。
ってかやっぱり死んでいたのね……。

「でも、一つだけ言わせて……わざとじゃないからね? 本当よ?」

一応は弁明しておくが、恐らく聞えてはいないだろう。
今度は確実に死んだみたいね……確認しなくても分かるわ。
どうしましょう?
もういっその事、春になるまで此処に埋めておこうか?

単なる思い付きだったが、取り敢えず雪で埋めておく。
完全に妹紅は雪に包まれ、その姿を雪と同化させた。
さらば妹紅よ……また春に会いましょう……。

「だあぁー!!」
「きゃ!?」

豪快に雪の布団を突き破り、妹紅が芽を生やした。
今年の妹紅もこれできっと豊作ね。

「はぁはぁ……何すんのよ! 人を殺す気!?」
「いや、死んでたでしょ。それも二回も」

リザレクションしたは良いが、雪の中では息が出来なかったのか、妹紅は苦しそうに肩で息をしていた。
そもそも殺し合いをする為に来たんだから、殺す気なのは当たり前でしょうに。
今さっきのは不可抗力だけど……。

「お前の所為だろ!? あんな所で待ったを掛けるなんて何を考えてんだ!?」
「いやー……そこに関しては悪かったわ、まさかこっちも竹に突き刺さるだなんて思いもしなかったから」

竹から生える妹紅を思い出し、つい吹き出しそうになってしまう。

「っぷ……くっくっく……!」

寧ろ吹き出してしまった。
だって……っぷぷ……あー駄目、お腹が痛いわ。

「笑うな!! 殺すぞ!!」
「やーん、もこたん怒っちゃ嫌」
「……殺す!」

逆上する妹紅が火の鳥を繰り出す。
だが狙いの定まっていない攻撃ではこの私に当たる筈がない。
それをあっさりと避け、間髪容れずに追撃を放とうとしていた妹紅の足元に目掛け、五色の弾丸の一つを放つ。
当てる気は無い、これはただの威嚇。

「っく」

思惑通り妹紅は追撃のタイミングを封じられ、鋭い眼光でこちらを睨みつける。
それはまるで、一体何のつもり? と言われている様な気がした。

「だから殺し合いは少し待ちなさいって言ってるでしょう」
「…………」

こちらの言葉を真に受ける事は無く、背の翼を消す事はせず警戒の色を濃くする。

「ほら、もこたん良い子だから、今だけは素直に聞きなさい」
「……はぁ」

説得が通じたのか、妹紅は深く溜息を吐くと同時に、纏っていた炎を四散させた。

「で……一体さっきから何が言いたい訳? くだらない事だったら只じゃおかないよ」

もんぺのポケットに手を入れ、いつものスタイルで佇む。
その表情は怒っていると言うより、拗ねている様にも不満たっぷりの様にも見える。
頬を膨らませた妹紅の表情も可愛いかもしれない。
今度は指向を変えて妹紅を困らせる様な事をしてみようかしら?

「用があるなら早く言え!」

まぁ、それはまた後日にでも。
今は妹紅が爆発しない内に話を進めておかないとね。

「これを見て」
「……?」

これ、と今着ているコートとマフラーを示す。
妹紅は眉間に皺を寄せて難解な顔をするが、黙って続きを促している。

「このマフラー、永琳と鈴仙の手編みのマフラーなのよ」
「……それで?」
「折角この私の為に編んでくれた物を此処で燃やされてしまうのは申し訳ないでしょう?」

例えこの場でこのマフラーが消し炭になってしまっても、あの二人なら笑顔でまた作ってくれそうだが。
それでも二人の気持ちを私の勝手で無に消し去る行為は少々気が引ける。

「……お前がそんな事を考える何てね」
「何よ、私だってそれ位の事は考えるわ。それが一番の従者とその弟子なら尚更よ」
「ふーん……まぁ良いけど」

予想外にも妹紅はあっさりと引き下がってくれた。
流石に誰かの思いを踏み躙ったりはしたく無かったのだろう。

「と、言う訳で今日の勝負は止めにしましょう?」
「はいはい分かったよ。勝手にしな」

妹紅はつまらなそうに両手を頭の後ろで組み、そっぽを向いてしまった。
取り敢えずはマフラーの無事を確保出来ただけ良しとしましょう。

「はぁ……わざわざ吹雪の中、一体何の為にこんな所まで来たんだか……」

妹紅は空を見上げ、叩き付ける様な雪粒を恨めしく睨む。
先程までは妹紅の生み出す炎により、この場には雪が届きはしなかったが、今はそれを消している為に完全な野晒し状態となっている。

「偶の散歩だと思えば良いのよ。少しは外に出ないと不健康よ?」
「お前と一緒にするな。私は普段から外に出てもいるし不健康だったとししても死にはしない」

まぁ、それはお互い様だけどね。
蓬莱人となり不死の身となった今では、健康に気を使った所で意味は無い。

「はぁ……帰る……」

どっと疲れた様にがっくりと肩を落とし、妹紅は私に背を向ける。

「あら、もう帰るの?」

私は妹紅の背中に向かい話し掛ける。
今までヒートアップしていた割にはあっさりとしてる妹紅。

「用事も無いのにこんな吹雪の中には一秒たりとも居たくないね」

足を止める事も、振り返る事もせずに妹紅は歩を進める。
まぁ、それも仕方が無いわね。
このまま此処に居たって意味は無い。
私も永遠亭に戻るとしましょうか。
そう思い、私も妹紅に背を向け歩き出そうとした。

「?」
「……?」

その時、何かの異変に気が付く。
妹紅もそれに気が付いた様で、振り返ってみると妹紅は空を見上げたまま足を止めていた。

「ねぇ、何の音だと思う?」
「そんなの私に聞かれたって分かる訳ないだろ」

そう言う妹紅は空を見上げたまま動こうとはしなかった。
私としても動けずにいる。
無視出来る程に小さな音でもないそれは、着々とこちらに近づいて来ている様にも思える。

「これってもしかして……」

妹紅は眉を顰めながらポツリと一言呟いた。
音の正体は分からないが、辺りに地震の様な地鳴りが響く。

「何か分かったの?」

妹紅に問い掛けてみるが、当の妹紅は未だに空を見上げたままぴくりともしなかった。
音が大きくなると共に、地鳴りと連動する様に大地が振動する。

「…………」
「妹紅?」

今まで空を見上げていた妹紅は、ある一点に目を向けた。
私もつられてそちらを見てみるが、特に変わったものは見当たらない。
揺れと音が酷くなり、真っ直ぐに立っていられない程になった時、視界の奥に何か黒い影が見えた。

「わぁ……」
「げっ!?」

黒い影の正体は雪の波。
竹の全長に僅か届かない位の波は、物凄い速さでこちらに迫っていた。

「に、逃げるぞ!」
「えっ、ちょ、ちょっと!?」

それを確認した妹紅が一目散に逃げる。
半歩遅れて私も妹紅の後を追う様にその場から立ち去る。

「何でこんな平地で雪崩なんて起きるんだよ!?」
「そんな事、私に聞かれたって知らないわよ!」

次々と竹を飲み込みながら雪崩はより一層その勢いを増していく。
懸命に走るものの、あちらの方が遥かに早い。

「貴方が無闇矢鱈と周りの雪を融かしたりするからでしょ!?」
「なっ!? 私の所為だって言うのか!?」
「他に考えられないでしょ! もしくは貴方が竹に人間魚雷をぶちかましたからよ!」
「それは元はと言えばお前が!」
「あっ!?」

言い合いに意識を取られていた私は、雪に足を掬われてしまう。
倒れ込む私を、妹紅は唖然と見ていた。

「……痛ぅ」

痛みに顔を顰めたその時、私の背後から黒い影が覆う。
歩みを止めてしまった刹那の時を、雪崩は待ち構えていたかの様に。

「チッ!」

何を思ったのか妹紅は前に逃げるでなく、私の傍に寄って来る。

「な、何やってるのよ!? 早く逃げないと貴方まで―――」
「うるさい! 少し黙ってろ!」

私の方を見る事も無く、壁の様に迫り来る雪の波を睨みつける。
不意に妹紅の両腕が私を強く抱く。

「も、妹紅?」
「不死の炎は永遠の炎、たかだが雪如きに消されたりはしない」

ふわぁっと不死鳥の翼が静かに広がる。
燃え盛る羽は、美しい煌きと直視出来ない程の眩しさを放つ。
妹紅は自らの羽で、自分と私を庇う様に、雪崩から守る盾の様に丸く閉じる。
今まで感じた事の無い温もり。
体に触れる翼から熱さは感じられず、私の肩を抱く妹紅の体温だけが感じ取れる。

まともに目も開けていられない程の眩い空間と、全てを飲み込む雪崩。
不思議とその事よりも、余りの居心地の良さに私は静かに瞳を閉じた。

そして雪は、全てを例外無く飲み込んでいった。



◇   ◇   ◇



「う……ん……?」

雪の上に寝ていた私は、頭だけで辺りを見渡す。
どうやら幾らか意識を失っていた様だ。
幸いな事に特に怪我は無い。
死んで生き返った訳でも無い様だ。

「さむ……」

舞い上がる地吹雪と、舞い降りる吹雪に身を震わせる。
あれから一体どうなったのか、まるで覚えていない。
あのまま私達は雪に押し流されてしまったのだろうか?

……私……達?

ここで初めて妹紅の姿が見当たらない事に気が付いた。
私を庇った妹紅はどうなったのかしら?

「妹紅ー、妹紅~?」

周囲に呼び掛けながら、真っ白な雪の上を眩しさに目を細めながら探す。
と、少し離れた所に、白の中にそこだけ赤が混じっていた。
何かと思い、私はそれを確かめに行く。

「あ、居た」

赤い物体は妹紅の靴。
靴だけでは無く、ちゃんともんぺも見える。
雪の中から片足だけを外に出し、その体は未だ雪の中。

これで引っこ抜いたら足だけでしたって言うのも怖いわね……。
一瞬ホラーチックな想像をしてしまうが、このまま放って置く訳にもいかない。
私は片足を両手で掴み、思い切り引いてみる。

「っふん……あー駄目、無理」

僅か一秒で諦めた。
だって抜けないんだもん。
大根抜き何て私の柄じゃないわ。
イナバより重たいものなんて持った事ないもの、永琳は……少し重かった……かな?

それはそうと、このもんぺはどうしましょうか?
雪を掘るなんていうのは御免よ、そんな事は白澤にでもやらせておけば良いのよ。
あぁ……こんな事をしている間に妹紅の命は刻一刻と……。

そうだ! こんなピンチの時の為に取っておきの呪文があったわ!
そうと決まれば話は早い。
―――え? たすけてえーりん?
まさか、そんな訳ないじゃない。
他力本願なんて以ての外よ。

私はもう一度、妹紅の足をがっちりと掴む。
いくわよ、せーの……。

「ふぁいとー! いっぱ~つ!!」

掛け声と共に妹紅を思い切り引っ張る。
僅かな抵抗を感じ、妹紅の体が雪から現れる。
ここで止めておけば良かったのだが。
余りにも気合の入った掛け声の所為で、勢い余ってそのまま妹紅を空高く投げ飛ばしてしまった。

「タウリン2000mg配合、リポ○タンD!」

これでスポンサーから出演料を頂けるわ。
共演相手は誰かしら?
私の場合だとやっぱり妹紅になるのかしらね?

その人物の姿を探す。
辺りを探すのでは無く、空を見上げて探す。
空へと飛び立った妹紅は中々戻って来ない。
やり過ぎたかしら……てへっ。

お茶目に誤魔化してみる。
他に誰も居ないので聞く者はいないが。

「あ、帰って来た」

目を凝らしてみると、黒い点がだんだんと大きくなっていく。
それは時を待たずして、優雅に地面へと降り立った。

「ぶへっ」

蟇蛙再誕。
潰された様な声を上げ、体の正面全体で雪を噛み締める。
うつ伏せの状態で妹紅はぴくりともしなかった。

「お帰りなさい妹紅、無事だったのね!?」

妹紅の安否の確認が取れ、私は一安心した。
私が助けて上げたんだから、まぁそれも当然よね?

「ぶはぁ!」

雪に埋めた顔を上げ、妹紅は一瞬だけ放心した。
頭を二、三度振って、定まらない視点の焦点が合ってくると、今度はぴくぴくと震え出した。
心無しか妹紅の頭にでっかい青筋が浮かんでいる様に見える。

「これのどこが無事かっ!? 何で私が上空何千メートルから飛び降り自殺せにゃならんのだ!? 何でお前はいつもそうふざけた事しか出来ないんだ!? 何で大○製薬なんだぁーーー!!?」

両手を挙げて私に迫り来ると、一気にそう捲くし立てる。
これには流石の私もその気迫に気圧されてしまう。

「お、落ち着いて妹紅。余り大声出すとまた雪崩が起こるわよ?」
「っぐ……はぁ……」

妹紅もまた雪崩に遭うのが嫌だったのか、口を噤むと同時に溜息を吐く。

「まぁ、お互い無事で良かったじゃない」
「…………」

何故か妹紅は拳を握り締めて、笑っている様に口元をひくひくと震わせていた。
私も荒れ狂う風雪に身を震わせる。

「いつまでもこんな所に居たんじゃ本当に凍死するわね……」

今の気温がどれ位かは知らないが、少なくともじっとして居られる温度では無い。
隣に佇む妹紅を見ると、その服装から余計に寒く感じてしまう。

「さっさと帰るのが得策……か。でも此処って一体どこなの?」
「あら、妹紅なら知ってると思ったんだけど?」
「いや、全く見覚えが無い」

辺りをきょろきょろと見渡した後、妹紅は小さく左右に首を振った。
つまり私達は、雪崩に押し流されて迷子になったらしい。
私は元々迷子になっていたんだけど……。

「仕方が無いわね、それなら空から帰りましょうか」

別に歩いて帰る必要も無い。
私達は空を飛ぶ事が出来る。
地を軽く蹴って私は上空を目指す。

「待て」
「ぶッ!?」

飛び立とうとした所、履いている長いスカートの裾を妹紅に踏まれる。
前につんのめった形になり、バランスを崩しながらそのまま地面に突っ伏した。

「うぅ……何するのよ!? 痛いじゃない!」

まともに顔から倒れ、思い切り鼻を打ってしまった。
赤くなっているだろう鼻を擦りながら、身を起こした状態で顔だけで妹紅を睨む。

「上から帰るのは無理だ」
「はぁ? どうして?」

妹紅が言う言葉の理由が分からず、怒るのも忘れて首を傾げる。
妹紅は私を見詰めたまま口を開いた。

「さっきあんたに投げ飛ばされた時に見てきた。此処からじゃ分からないけど上は酷い有り様さ。そんな中まともに空を飛んで帰れるとは到底思えないね」

どうやら根性無しの竹林も思いの外に役立っていた様だ。
暴風は私達の所に辿り着くまでに、その勢いを弱らせているらしい。

「それならどうするの?」
「この吹雪が収まるのを黙って待つか、自力で歩いて戻るかだろうね」

確かにそれ位しか選択肢は無い訳だが。
自分達が今どこに居るのかすら分からない状況で、一体どうしたら良いのか。

「どっちにしろこの場には居られないね。雪を凌げる場所でも探さないと本当に凍死するな」
「それもそうね。なら早いとこどこか良い場所を見つけましょう?」

妹紅の提案に賛成し、私は一歩足を進める。

「おい!? 行くとは言っても闇雲に歩いたって仕方が無いんだぞ?」

私を止める様に背後から妹紅の声が掛かる。

「だからと言ってこのままじっとしている訳にもいかないでしょう?」
「それは……そうだけど」
「安心なさい、自分の家がどこにあるか位は簡単に分かるわ」

私の言葉に妹紅がさも意外そうな顔をした。
そんな妹紅に笑い掛け、私はある方向を指差す。

「こっちよ」

妹紅は指された方向と私の顔を見ながら不思議そうにする。

「何で分かるんだ?」
「それはね……」

コートの袖で口元を隠し、私は静かに微笑んだ。

「何となくよ」

妹紅の表情が凍りついた。
ぽかんと口を開けたままの間抜け面で唖然としている。

「はぁ~……あんたに期待した私が馬鹿だった……」

頭をわしわしと掻き毟り、落胆の色を見せる。
それでも他に良い案が思い浮かばなかったのか、私の示した方に向かい歩き出す。
私もその隣に並んで目的地を目指す。
実際この方向に永遠亭があるかどうかは分からないが……。



◇   ◇   ◇



それから暫く、私達は無言で歩を進める。
どれだけ歩こうと周りの景色は変わらない。
それはさながら同じ所をぐるぐると回っている様な感覚さえ覚える。
私達は少しでも寒さから身を守ろうと体を寄せ合う。

「引っ付くな! 歩き辛いったらありゃしない!」

妹紅も考えてる事は同じ様で、私の方に身を預けて来る。

「だから少し離れろ! ええい、しがみ付くな! 重いんだよ!」

私達はお互い口を開こうとはせず、黙々と足を動かす。
何か話そうにも、寒さで顔が悴み上手く口を開く事が出来ない。
耳が針で刺された様にピリピリと痛む。
自慢の絹の様な私の髪も雪が張り付き、まるで凍ってしまったかの様だった。

「私達はこのまま此処で死んでしまうのかしら……」
「死んだとしても待ってりゃそのうち生き返るけどね」

この最悪な状況のその後を考え、私は深く沈み込む。
妹紅は慰めの言葉も出ないのか、何度か私の顔を窺っては優しく微笑んだ。

「私が死んだら永遠亭に残してきた永琳達が悲しむわね……」
「いや、どっちかと言うと無駄飯喰らいが減って喜ぶんじゃないか?」

懐かしむ様に永遠亭に思いを馳せる。
多くのイナバ達と、長年を共にした従者の穏やかな笑顔が浮かんだ。

「私が居なくなったら……永遠亭は大丈夫かしら……」
「ああ、大丈夫だろ。元々あんたなんか居ても居なくても同じなんだから。むしろ居ない方が手間掛からなくて良いんじゃない?」

我家を心配する私に妹紅がそっと肩を抱いてくれた。

「くっ付くな!」

この銀世界に妹紅の赤だけが心を支える。
暖かな色と温かな想いは、それだけで寒さから救ってくれる様だ。

「永琳……ごめんなさい。最後の最後まで貴方を困らせる事になってしまったわね……。鈴仙……こんな事になるならもっと名前を呼んであげれば良かったわ……」
「このまま帰った方が困らせる事になるんじゃないのか? 鈴仙は……まぁどっちでも良いと思ってるだろうけどね」
「…………」
「うん、何だ?」

急に足を止めた私に妹紅が振り返る。

「さっきから何なのよ! 人が物悲しい感傷に浸ってるのに横槍ばっかり、私のナレーション通りに行動しなさい!」
「死なない時点でそんな感傷に意味無いし、あんたの考えてる事なんて私に分かる訳も無い」

悪びれた様子も無く、あっけらかんと体を前に戻す。
こちらも妹紅が折れるとは思っていないので、仕方が無く歩き出す。

「ねぇ、さっきから同じ所をぐるぐる回ってる様な気がするんだけど、本当にこっちで合ってるの?」

妹紅の隣に追い付いた私は、妹紅の顔を覗き込みながら尋ねる。
視線だけで私を見て、またすぐに前を向く。

「お前がこっちだって言ったんだろ。今更他の所に行くよりはましだ」
「確かに言ったけど、私達って真っ直ぐ歩いてるの?」
「さぁ、どうだろね」

そっけない言葉で話を打ち切る。
本当に分からないからこそ、そういう返答になってしまったのだろう。

「それに永遠亭に着かないとしても、竹林の外に出られるならそれでも良い」
「なら上に出たって同じ事じゃないの?」

聳え立つ竹林の更に上を見る。
どれだけ酷いのかは分からなかったが、外と上とは何か違うのだろうか?

「竹林の外も上も出るとしたらもう少し吹雪が収まってからだ。今の状態なら此処に居た方が遥かに良い」
「ふーん……取り敢えずは永遠亭に辿り着ければ何も問題無しと言う事ね」
「全く……何でこんな目に遭わなくちゃならないんだか」

深い溜息は煙の様に白く形取る。
この吹雪がどれだけ続くのかは分からないが、なるべくなら早めに収まって欲しかった。

「今更そんな事を言った所で仕方が無いでしょう? きびきび歩きなさい」
「あんたにゃ言われたく無いよ。そもそも原因はあんたなんだし」
「ま、それもそうね。でも貴方は自分の意思で此処に来たのでしょう? 文句を言われる筋合いは無いわ」
「へーへー、ご尤もな事で」



果てしなく続く竹林の中を、一体どれだけ歩いてるのだろうか。
爛々と輝く太陽が酷く恋しい。
今は分厚い雲に覆われ、太陽が顔を覗かせる事も無い。
静寂が包むこの空間で、風の音と私達が雪を踏み鳴らす音だけが耳に届く。
何時しか私達はお互い無言になり、足だけを懸命に動かす。

「はぁ……はぁ……」

いや、今はもう一つ別の音が聞える。
それは私の吐息。
意気込んでみたは良いものの、それで体力が付く訳でも無い。
隣の妹紅を見てみるが、その顔からは疲れた様子は全く伺えず、ただ黙々と前を見て進んでいる。

段々と私は妹紅の隣から下がっていく。
挙句の果てにそのまま歩みを止めてしまった。

「……?」

隣から私が居なくなった事を感じ取り、妹紅が後ろを振り返る。
荒い息を吐きながら立ち尽くす私を、何を言う事も無く黙って見ていた。

「妹紅……」

どうして名前を呼んだのかは自分でも分からない。
ただ無言で見詰め合っても話が進まない様な気がした。
それから暫くお互い見詰めあった後、急に妹紅が雪をかき集めだした。

「も、妹紅?」

呼び掛けにも反応せず、素手で雪を掻き集める。
私はそれを黙って見ている事しか出来なかった。
雪の冷たさで妹紅の手が真っ赤になってる。
しかしそれをおくびにも出さず、黙々と雪を固めていく。
段々とそれが形になってくるにつれ、妹紅の作ろうとしている物が何か分かってきた。

「かま……くら?」

半球型の雪の塊には、人が一人分通れる位の入り口がついている。
妹紅はどこから持って来たのか、程よい長さの竹を中に敷き詰めると、さっさと中に入ってしまった。

「妹紅……?」

中を覗いて見ると、じと目の妹紅と視線が重なる。
妹紅はかまくらの中で胡座を掻き、つまらなさそうに顔を背けた。

「……お邪魔しても良いのかしら?」
「勝手にしな」

短い返答で承諾される。
中は意外と広く、私達が中に居ても窮屈にはならない程度の空間がある。
潜る様に中に入り、妹紅の隣に身を屈めて座る。
雪に当たる事無く、風に吹かれる事も無い此処は外にいるよりは幾らか暖かい。
座っても大丈夫な様に、地面には竹が置かれている。
一時の吹雪を凌ぐには中々に優れた物だ。

「どうして急にこんな物を?」
「別に」

感情の籠もっていない口調で、私の顔を見ようともせずに言う。
狭い空間に私と居るのが嫌なのか、それとも別の理由なのか。
妹紅の態度は、いつも以上に冷たいものだった。
疑問が疑問を呼ぶが、どう考えてもある一つの結論しか浮かばない。

「これは私の為に?」
「な、何で私がお前の為にこんな物を作らなきゃいけないんだ!」

妹紅の顔に微かな赤みが増す。
どうやら私の結論は図星だった様で、思わず笑みが零れる。

「どうしたのかな、もこたん~? 赤くなってるわよ~?」
「う、うるさい! 外に放り出すぞ!」
「あはは、それは堪らないわね」

今度こそ妹紅は真っ赤になってしまった。
これ以上の悪ふざけは、本当に追い出されそうなので止めておく。

「でも雪崩の時といい、今回の事といい、貴方は私が憎いんじゃないの?」

雪崩の時は身を挺して私を庇ってくれた。
そして今回はこれ。
どちらも私を放っておけばそれで済んだ筈なのに。

「ああ、憎いね。今すぐ殺してやりたいくらいだ」
「そう……貴方が構わなければ私は二度とも死んでいた筈でしょうね」

みすみすそのチャンスを自分の手で潰してしまった。
妹紅の言っている事は些か矛盾している。

「お前がどこで死のうが私の知った事じゃない」
「でしょうね」
「ただ……私に殺されるなら良いとして、勝手に死なれるのがムカつくだけだ」

それだけ言って、ぷいっと顔を逸らす。
耳まで赤くなってるのは気のせいだろうか。

「……ぷっ、何よそれ。最後には死ぬなら同じ事じゃない」
「気分の問題なんだよ、気分の」

難儀な性格をしている様だ。
いつもは殺し合いばかりで気が付かなかったが、こんな妹紅にも可愛い所があったのね。
ふと妹紅を見ると、真っ赤に腫れた両手を擦り合わせていた。
素手であれだけの雪を触ったのだ、霜焼けにならない方がおかしい。
助けて貰った礼、と言う訳ではないが、たまにはこんな事も良いだろうと思い、私は妹紅の手を自身の両手で覆う。

「な!?」
「馬鹿ね」

一瞬驚きを見せたものの、それ以上は何も言わず手を振り払う事もしない。
妹紅の手はすっかり冷え切っており、周りの雪と大差無い程に冷たかった。

「…………」
「この借りはそのうち返すわ。覚えていたらね」
「ふん、なら期待出来そうにもないね」
「あら、言ってくれるじゃない」

そっと自分の羽織っていたコートの中に妹紅を入れる。
私の体よりも冷たい妹紅の体に触れ、一瞬だけ震え、鳥肌が立つ。

「これで返したつもりか?」
「まさか、これはただ何となくよ」

こんな酷い吹雪の中でも、こうして二人で身を寄せ合えば少しは暖かい筈。
私達はこのまま雪が止むまで此処に居る事にした。
きっとこの吹雪も、もうすぐ収まるだろう。
すぐ隣にある体温を感じながら、そんな事を思った。

「ねぇ妹紅、知ってる?」
「何を?」
「霜焼けってね……こうやって温めるともっと痒くなるのよ」
「……お前なぁ」



◇   ◇   ◇



「ん……」

人の動く気配を感じて目が覚めた。
いつの間にやら眠ってしまっていたらしい。
外からは寝起きでは目を開けていられない程、雪に反射した光が差し込んで来る。
手で光を遮りながら、指の隙間から外に向けて目を凝らす。
眩い光の中に黒い点が動く。

「……もこ?」

その言葉に反応したのか、私に向けて影が伸びる。
影は私と重なり、ここでようやく妹紅の顔が認識できた。

「相変わらずだな……全く、いつまで寝てりゃ気が済むんだ?」

開口一番に寝過ぎだと咎められる。
どれだけ寝ていたのかも見当がつかないので、それには答えられない。
その変わりに欠伸をして返しておく。

「つまりはまだ寝足りないってか……」

その通りと小さく頷く。
私は這いずる様に穴の外に顔を出す。
頭を外に出した瞬間、きらきらと輝く雪化粧に目を細める。

天気良好、風速正常。
あれだけ激しかった吹雪もすっかり収まった様だ。
明るさに目が慣れてくると、隣で呆れ顔の妹紅が目に入った。

「おはよう、もこたん」
「願わくば永遠にお休み」
「それも良いかもしれないわね~……」

体を伸ばして欠伸を噛み殺す。
寝起きで外気に触れるのは少々堪えるが、その変わり覚醒を早めてくれる。

「みっともない顔だな」
「そう? 眠たげな少女には何かそそるものを感じない?」
「はん、歳を考えてものを言え」
「貴方は自分の歳を覚えているのかしら?」

知るか、と言って妹紅は私に背を向ける。
平坦な地面に一つ二つと足跡が付く。

「帰るの?」

妹紅の背中に声を投げかける。
棚引く銀髪は、この銀世界の中でもより一層映えわたる。

「ああ、腹減った。帰って飯にする」
「それなら家に寄っていかない?」

振り返りもせず、歩みを止める事もなく妹紅は片手をひらひらと振る。
遠慮するという意思の込められた行為に、私は少し落胆した。

「そう、それならまた会いましょう」
「けっ、二度とお前の面なんか見たく無いね」

いつもと変わらぬ別れ方。
こんな別れ方が私達には丁度良い。
妹紅に背を向け、私も帰路へと着く。

「あ、そうだ」

途中から疑問に思っていた事を消化しておかないと。
振り返ると、妹紅との距離は大分離れていた。
妹紅に声が届く様に、軽く息を吸う。

「妹紅~! 貴方、私が起きるの待ってたの~!?」

あ、コケた。
私の声はちゃんと届いた様で、妹紅は派手に地面へと突っ伏していた。
この反応は図星なのかしらね?
妹紅はそそくさと立ち上がると、何事も無かったかの様に再び歩き出した。
此処からでは後姿しか見えないが、妹紅の赤くなった顔が目に浮かぶ。
その反応に満足した私は、今度こそ本当に帰路へと着く為、軽く地面を蹴り空へと飛び立つ。



私はここで初めて空からの景色を見た。
見下ろす大地は白一色に彩られ、それに反射した光が空へと昇る。
須臾の間に消え行く結晶は、今一時の輝きを放ち、私を照らす。

辺りを見渡していくと、今まで私達が進もうとしていた方角に果たしてそれはあった。
背比べの様に乱雑する竹林が、そこだけぽっかりと抜け落ちた様に生えていない。
此処からでも良く見える永遠亭は、屋根の雪がきらきらと輝き、私に居場所を教えてくれている様だった。

なんだ、私の勘も中々捨てたもんじゃないわね。
自身のいい加減さに改めて関心しながらその方角に向う。
そう言えばお饅頭はちゃんと残っているのかしら?
どうでも良い様な、それでも割と重要な事を考えながら私は一日振りの我家へと舞い戻る。

雪化粧に飾られた永遠亭は美しくも壮観で、毎日それを見ている私でさえ息を呑む程に。
久方振りに屋敷を照らす太陽は爛々と輝き、屋根の雪を少しずつ融かしていく。
ぽたぽたと垂れる雫はやがて外気によって氷となり氷柱と化す。
日が出ているとは言え決して暖かいとは言えない。

顔に突き刺さる風の冷たさと、空から降り注ぐお天道様の暖かさが心地良い。
痕一つ無い地に降り立ち、私は雪の音色を奏でながら玄関口を目指す。
こんな寒い季節はこれからまだまだ続く。
冬はまだ始まったばかりだ。

一歩一歩を噛み締める様に歩く。
小気味良い音を楽しみながら私は永遠亭の玄関を潜る。
どんなに厳しい寒さだろうと、どんなに心が凍えてしまおうと、この屋敷とそこに住む皆が居るから乗り切れる。
此処に居る限り私から笑顔は消えて無くならないだろう。
私は胸一杯に息を吸い込むと、精一杯今の気持ちを込めて笑顔で告げた。



「ただいま~!!」





季節外れのこんなお話。
暑さが辛いこの季節、冬の情景と寒い話に少しでも涼んで頂けたなら幸いです。

もう少し早く書き上げたかったのですが、別のSSを書く事に浮気してしまいました……。
それでも夏には間に合った!
お蔵入りにならずに済んで本当に良かった……。



途中で戦闘物になると思ったそこの貴方。
ウチがそんな大層な物を書ける筈が……orz
黒うさぎ
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コメント



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3.70おやつ削除
面白かったです。
良い輝妹さんでしたー。
8.100テト削除
これはイイ輝夜ですね。
13.90偽皇帝削除
>「リザレクショごふぅ!?」
輝夜、ナイスタイミングw
20.90名前が無い程度の能力削除
こんな妹紅も輝夜も素敵です
24.90煌庫削除
ところで、姫。ししょーを持ち上げたことがあるんですか?
37.80油揚げ削除
素晴らしき輝夜さん。ふぁいとー!いっぱぁーつ!
42.90名も無き猫削除
これは素晴らしいもこてるですね……いやてるもこ?
48.70名前が無い程度の能力削除
すンばらしいてるもこでした。もっと早く読んでおけば……。