Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷年末諸事史5(改)―古参の方々のお話。―

2006/01/30 02:59:39
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(※シリーズ『幻想郷年末諸事史』、最後のお話です。
 先に過去作品集24にある各話を読んで置くと、幸せになれるかもしれません)
(※このお話は大変音速が遅いです。ご了承くださいorz)









「―――らしくない、わね」
 音一つ無く、日も南中を過ぎ暮れに入ろうとした静かな空。
 それを見上げる、一つの影。
 影は緩やかに歩みながら、誰とも無く、唄うように呟く。

「日本晴れなのは良い事だけど」
 冬の乾いた大気に鋭い陽光を傘で遮り、

「こんなにも乾いた日に」
 突然の突風に、紅二色のチェック柄とレースに彩られたスカートを押さえ、

「こんなにも北風が冷たくて」
 白い息を吐き、同じくチェック柄の上着の襟を整え、

「冬真っ只中の寒い日に」
 傘に吊るした酒瓶の袋を、紅い眼で睥睨し、

「わざわざ手土産まで用意して」
 物憂げに、碧色の髪を手串に通すその姿。

「得体の知れない手紙一通で」
 指に挟まれた文にある、幻想郷に高きその名。

「こんな辺鄙なところまで、来てるんだから」
 その姿、音も静かに荘厳な、八雲の屋敷の前にあっても、微塵の遅れも感じさせず。

「全く、らしくない」








『四季のフラワーマスター 風見 幽香 様へ

 此度は、其の方へとお頼み申し上げたくあります。故にこの文を我が式に預け、届けるよう遣わせました。
 詳しい話は我がマヨヒガへ。望むらくは酒を携え、ご来訪を―――         八雲 紫』


「しかも、相手が相手と来たもので」


 四季問わず花を統べる大妖・風見 幽香。

 彼女は今、マヨヒガに来ていた。


「あいつ、今は寝てる筈なのに、何でまた、ねぇ」

 別に、彼女としては無視を決め込んでも良かったのである。
 だが。

「ほんと、らしくない―――呼ばれてのこのこ来る気になるなんて」


 そう、何故か気になったのである。


「らしくなさ過ぎ。あまりに自然すぎて、気付かないところだったわ」
 そんな気分にさせる『何か』が、どうしても気になって。
「あの巫女じゃないけどね、私の勘が言っているのよ」
 敢えてその『何か』に踏み込んだ。








 ―――この『らしくなさ』は、お前の仕業だ、と。
 そんな確信と共に。








「さて、無人の家で、どう出迎えて―――」
 いざ行かん、と玄関前に立って、はたと気付く。


「鍵、開いてないじゃないの……」

 ぶち破ってやろうか、と思う気も起こらない辺り。
 今日の幽香は、それこそ宴の渦中の者達と同じく――――らしくなかった。







5(改)、―――古参の方々のお話。





「あの狐も式もいない、ってのも珍しいけど―――っしょ」
 バネの弾ける音がして、玄関の戸が開く。


 あれから屋敷の周囲を見て回って、手段を模索した幽香だったが、結局開いた扉は見つからず、
 その上、藍と橙が出払っている為、破壊以外の手段を取る事となった。
「おかげ様で自分の能力新発見よ……」
 溜め息と共に、手にした『ソレ』を見る。
 手の中にあったのは、『根が鍵状に捻くれた』一輪の花。
 道端に細々と咲いていたものをひとつ失敬し、操って即席のキーピックにしたのだった。
 他に細々とした結界なども有ったが、そこは幽香の事、然程苦も無く無力化に成功し、今に至る。
「ったく、なんでこの私が空き巣紛いの事を……何処ぞの黒いのじゃあるまいし」
 誰に聞かせることも―――否、場所が場所だけに寧ろ聞けと言わんばかりに嘆く。
「あ」
 そこで、手の中の花の存在を思い出す。
「ご苦労様」

 幽香がその鍵花を玄関先に挿せば、花は元の姿を取り戻し、玄関先に根を張り直す。
 それを満足げに見届けると、彼女は靴を脱ぎ、玄関からの侵入を完了した。

 しかし。

「……って、何処に行けば良いのよ?」

 そう。八雲家は現在無人。さらに幽香はこの屋敷の構造など碌に知らない。
 これでは何の為に呼び出されたのだろうか。
「こーなったら虱潰しに」

 と言いかけたとき、視界にある幾つかの戸、そのひとつが開いた。
「これは」

 戸の前に着けば、その部屋の向かいの戸が開く。

 更に進む先の部屋で、今度は右手側が。
「一応、歓迎はされてるみたいね」
 あの妖怪が好きそうな趣向だ、と思いつつ、幽香は歩を進める。
「鬼が出るか、蛇が出るか」
 そういえば幻想郷に蛇の妖類は居たかしら、とそんな一人問答も浮かべながら。






「ぶえっくしょいッ!!」
 丁度その頃、知ってか知らずか、酒好きの鬼が盛大なくしゃみをした。
「おっと、風邪ですか?」
 うーい、と年寄り臭い仕草で、隣の天狗の差し出した手拭を頂く。
「ぬあー?呑み過ぎで暖まったからかな?」
「妙ですねぇ、氷精はあのとおりなのに」
 文の目線の先には、すっかりボロボロになった氷精が皆に謝りつつ酌をしていた。
「珍しい事されたから、気温下がったのかも」
「流石にそれは失礼ですよ。……ありえますが」
 天狗も十分に失礼です。
「まー、いいさ。それより気付いた?」
 切り替えも早く、近くに置いた酒瓶の栓を開ける。
 伊吹瓢は、今は『あること』の為に栓をしてある。
「はい?」
 幻想郷では珍しいワインのお裾分けをしげしげと眺めながら、天狗。

「らしくないことだよねー、どいつもこいつも」
「それはもう、私達だってそうですし」

 先程から、特にその宴会では極まっている。

 氷精とその知人や夜雀、妖怪蛍にちんどん屋等は一見元通り。
 が、その騒ぎ方が少々『はっちゃけ気味』である。
 この辺りはまあ、偶にあることなので、常連組は気にも留めない。

 次に冥界の庭師。もはや別人である。
 酒に泥酔しているから、と言う以前に、そもそもこの量を飲む性質ではない。
 量を飲む性質ではない、と言うなら紅魔館の門番も同様。―――自棄気味なのは地かもしれないが。

 庭師の主である亡霊嬢も、かなりかけ離れている。
 少なくとも萃香や文の記憶にある亡霊嬢は、量を呑みこそすれど呑まれる類の呑み方などしない。
 ましてあのような醜態など、宴席の場でそうそう見せるものでは無かった筈。

 魔法使い達ともなると、それがますます本格化。
 黒白の馬鹿騒ぎ加減は一見いつも通りだが、あそこまで傍迷惑な騒ぎ方はしなかった。
 まして、それに人形師が肩を並べて付き合って羽目を外す姿は、無礼講の域を越えている。
 挙句、それらに巻き込まれても酒を断らず、結局倒れるまで呑んだ魔女。何が楽しいのやら。

 極めつけは言うまでも無い。

「あら、それが良いんじゃない」
「それが解らないと言うなら、それこそ宴好きな鬼の言う事ではないね」
 二人の目の前に座る、まっこと珍しい組み合わせ。

「それはそうなんだけど―――って何やってるの」
「納得行かないご様子だな―――ん、これは意外と」
 萃香の前では、レミリアがそこらの酒で混ぜ酒を舐めていた。
 従者が居れば無作法を窘められている所だろうが、今は不在なので止める者は居ない。

「でも正直、珍しいを通り越してます」
「記事になるのは願ったり叶ったりではなくて?」
 はい、と文に酌をするのは永琳。
 酒は『れみりあのきーぷ☆2』と貼られたワイン。
 下に『もってかないでー』と書かれているのが見えた辺り、ジャイアニズム満点の逸品である。


 ちなみに。



『妹紅ッ、そこ当たる、駄目やばっおごぶぼ』
『おわーッ!!!?輝夜、出てる!出てるよ色々と当てられないのが!!』
『さーてお次は人体切断マジック!禁弾【過去を刻む時計】!!』
『ふぇ!!?ちょっとまぼぁ』
『ほんとーに蓬莱人って頑丈よねー』
『ねーねー、蓬莱人は食べちゃ駄目なのー?』
『駄目ーーー!!?』
 結局、蓬莱人二人は最終兵器妹の脅威を退けられず。
 むしろ酔っ払って紅魔館比3割増のEX弾幕を味わっていた。



 そんな地獄絵図を尻目に。
 時折聞こえる不思議な断末魔と、『えーりんえーりんタスケテえーr』と途切れ途切れのSOSをBGMに、宴席は続く。
 幻想郷とはまっこと残酷である。ってゆかりんが言ってた。

「真剣に問いますけど、酔ってませんよね?」
 半分は疑心、半分は興味から文が問えば、
「蓬莱人は宴なら酔うだろうけど?」
 と返されて要領を得ず。
「ま、いーじゃないのー、弊害は無いんだから……うげッ、何コレ」
「というか私の台詞を取るな―――んべッ、言ってる傍からハズレ」
 鬼と悪魔は珍妙なカクテル作りを愉しみ始める。

「あのー、ちょっと良いですか?」
 そこに挙手で割り込んだのは、月の兎。
 膝の上にてゐを寝かせて、先程まで様子を見ていた所だった。
「あら、何かしら?ウドンゲ」

「もしかして、皆さん―――現在の状況、その原因が解ってらっしゃる?」
「「「「もちろん」」」」
 見事にハモッた即答に、鈴仙は目を丸くする。
「その原因を今、試しに萃めてる所だよ」
 そう言って萃香は、栓をしていた伊吹瓢に耳を当て、中身を確認するように振る。
「へ?集められるものなの?」
「そーだよ?―――うむ、いい具合だな」
 満足げに栓を引き抜き、杯に開けた。

 杯に注がれたのは―――

「へぇ」
「おやま」
「ほほー」

 春色の、液体だった。

「何です?このあからさまに怪しげな色のは?」
「さーて、何でしょ?」
 当ててみろと言わんばかりの他の態度に、鈴仙は恐る恐る杯に顔を近付ける。

 鼻を利かせてみれば、まず広がるのは、
「ぇほっ!?お、お酒ッ!?ぅわ臭ッ」
 この上なく濃厚な、文字通り咽返るほどの酒の匂い。
 薬学関係でこの手の匂いに慣れている鈴仙も、思わず顔を背ける。
「うわー、確かにこりゃきついわね」
 隣に居た吸血鬼も、顰め面で鼻を覆うこの匂い。半端ではない。

 一方、
「あーこれが解らない辺りはお子様ですねぇー」
 天狗は心地よさげに鼻を動かしていた。
 酒豪の面目躍如。このあたりは年季が違うようだ。

「この匂い……あー、成る程。これは酔いもするわね」
 薬師はというと、得心したように頷き、何かを記録し始めた。
 既に月の頭脳の中では、液体の正体から新薬の案でも立てているのだろう。

 今だ正体を掴みかねている鈴仙は、師に問うてみる事にする。
「師匠?解ったんですか?」
 師の答えは簡潔なもの。
「ええ、一応『酒』ではあるわね」
「はい?」
 それだけでは全くピンと来ない、と益々首を傾げる鈴仙。
 
 永琳はこの液体を酒だと言う。
 それは鈴仙も鼻で確かめたのだから多分間違ってはいない。

 しかしそれでは説明にならない。
「それとこの宴席に何の―――」
「それは酒好きの試飲が明らかにしてくれるわ。私のは仮説。
 ―――それじゃあ証明よろしく」
 その言葉に、応、と胸を張る子鬼。
「そんじゃ一番乗り―――んっ」
 そして萃香は言うまでも無く、杯の中身を煽り―――


「ぶッはあぁぁぁぁぁッ!!!!?」
「おわッ!?汚ッ!!」
 吹いた。
 前方に居た面々の被害も構わず、呑んべで知られた萃香が、あろう事か隠し芸と笑いの壷直撃以外で
 酒を吹いた。
「う゛わー……どうしようこれ」
 至近距離に居た鈴仙は一溜まりも無く、春色の酒(らしき液体)で濡れ鼠ならぬ濡れ兎。

 範囲外に居た天狗と薬師は、その光景に思わず一言。
「これはまた……」
「狙ってますね」
「何をですか」
 どうもこの月兎は弄り回されるのが運命らしい。

「あーもーばっちぃわね、どーしたのよへべれけ」
 レミリアは日傘で見事に回避。
 匂いが染み付くかも、と凹んだ様子が滲む眼で元凶を睨む。
「どーもこーもないわよ……ひぃっく」 
 が、その元凶もまた凄い表情をしていた。
 顔面蒼白の据わりきった半眼。まるで何処ぞの日陰魔女のようである。
「んー?どーしたパチェみたいな顔して」
「今ならむきゅーって言って倒れられるわ……うぷ」
 込み上げる何かを押さえるように口を覆い、眉を顰めるその姿。

「うっひゃあ、鬼が一瞬で悪酔いするなんて、どういう酒ですか」
 駆け寄る天狗の言葉の通り。
 今の萃香の状態は、人間の泥酔、或いは二日酔いの症状そのもの。

「はい、酔い止め。妖怪規格だから、効能は100U倍よ」
「さ、さんきゅ~……」
 手際良く酔い止めを処方する永琳。単位が不審なのは気にしてはいけない。
 そこで、鈴仙はあることに気付く。
「ししょー、さっきの私のの100倍のを使うって事は」
「人間なら舐めただけで致死量のお酒、って事」
「馬鹿馬鹿しい濃度ですね」
「ええ、肌に付けば染み込むわね」
「霊夢ーーーッ!!!?風呂!!風呂貸してェーーーッ!!!?」
 皆まで聞くまでもなく、絶叫しながら水場へと駆け込む鈴仙。この様子では来年も待遇は同じか。

「大事にするんじゃなかったのか?」
「え?だから教えてあげたんじゃない」
 吸血鬼は、月の頭脳の中では『大切な何か→取り敢えず放置』という対処であると悟った。

「あー酷い目にあった」
 果たして自分の日傘は大丈夫だろうか、と深刻に思慮し始めた吸血鬼の前で、子鬼が復活した。
「お気に入りの傘なのに……」
「あー御免御免、後で萃めて染み抜きするから」
「当然だ。で、どうだったのよ?」
「いやー、飲めたもんじゃないわ。でもこれで合点がいった」
 もうこりごりだ、と萃香は肩を竦めて、核心を告げる。







「『春度』混じりの酒気。それが宴会場に充満してる」










「春で酒を造って、それを撒いたぁ!!!?」
「そーよぉ~?」

 再び所変わって、マヨヒガは八雲邸。

「幽々子からお裾分けしてもらった春分がまだ残っててね~?」
「あの寒い春の異変のとき?随分物持ちいいのね」

 幽香は、何事も無く紫の部屋まで導かれて。
 本来なら起きているはずの無い家主の『種明かし』に付き合っていた。

 マヨヒガの主、『幻想の境』八雲 紫―――。

「つーか、客が来てるのに炬燵の中から応対ってのはどうなのよ」
「だって寒いんですもの」

【冬仕様・炬燵亀ver.】。
 定番の腰まで・首までを軽く超過して、全身を炬燵に格納した、ある種の究極形態。
 幽香側に対して僅かに開いた隙間から、辛うじてその相貌が光っているのを確認できる。

 胡散臭さ乗倍のこの姿なら、誰が見ても疑いなく妖怪である。

「いやいや幽香、これでも最低限の譲歩なのよ?」
 くぐもった声で話を続ける炬燵は無視して、幽香はその周囲を見回す。
 
 その炬燵に幽香は見覚えがあった。
 確か外の世界のもので『電気炬燵』。
 電気の力をコードから供給さえ出来れば、燃料無しで暖を取れる優れもの。
 とは愛好者達(博麗霊夢 霧雨魔理沙 他数名)の談。

「お客様を招待しておいて家主は寝たままではいけない、でも外は寒くて凍えてしまう。
 だからこーやって炬燵ごしに―――」
「あー、あったあった―――えい」
 幽香はおもむろに、炬燵からスキマへと伸びていた電源コードを引き抜いた。
 スキマが炬燵の内側に無いのは、おそらくは藍辺りが『配線』したものだからだろう。油断大敵である。
 幽香も幽香で、本体側からも引き抜き、没収しておくあたり、容赦が無い。



 暫しの沈黙。



「あ゛あ゛あ゛や゛め゛て゛ーーーーーぇ゛ぇぇぇぇ!!!!?
 それだけはッ!!!?そーれーだーけーはーーッ!!!!?」
 程無くして大方の予想通り、断末魔の絶叫が響き渡る。

「ゆ、幽香ぁっ、御免なさい。ち、ちょっとお茶目が過ぎたわ。
 い、いい子だから返して?ね?」
「ご自慢のスキマで取ればいいじゃない」
 手の中で引き抜いたコードをぷらぷらと遊ばせながら、さらりと答える。
「で、ででででもそそそそんなことするととととスキマ風ががが」
 そうこうしているうちにも炬燵内の温度は低下していき、紫の呂律が不確かになっていく。
「しょうがないわね。ほれ」
 やれやれと溜め息をつきながら、幽香はコードの一端を隙間の前に突き出す。
 炬燵布団の間隙越しの相貌が怪しげに煌き、中から触手のように手が伸びる。

(……蛇、かな?)

 ふと、そんなことを幽香は考えながら。

「とりゃ」
「あら?」
 コードを掴んだ瞬間を見計らって、一気に本体を吊り上げた。

「さて、紫」
「き、ききき今日も笑顔が素敵ねねねねね、ゆゆゆゆ幽香」
 歯を鳴らして震える紫と、花のような笑顔の幽香の目が合った。
「それはどうも。でさ、確認するけど、寒い?」
「さ、ささささ寒いわわわわ」
「その様子じゃ、スキマを操るどころじゃないわねぇ。
 ―――でも大丈夫。暖まるいい方法、知ってるのよ」
「そそそそそそれははよかったわわわわわ」
「その前にひとつ。こういうのって、よくあるわよね」
「ななななななな何の事かしららららららら?」




「堅い外殻から本体を引っ張り出せば、そこが攻撃チャンス。―――STGの定番ね」
 
 らしくなくなっていても、幽香はやはり怖い子だった。

「それじゃ暖まりましょ―――弾幕ごっこで。避けまくりゃ良い運動になるでしょ?」
 っつーか寒いのよ。と本音を追加するのも忘れなかった。







 ―少女(一方的に)弾幕中―







 マヨヒガを揺るがす弾幕音が過ぎた後、幽香達は火を入れなおした炬燵を囲んでいた。
 紫の帽子には、種子型弾が目一杯打ち込まれて向日葵のようになっていたが。

「ふーん、これがそのお酒」
「た、正しくは、人間が飲んでも差し支えないように薄めた物よ……あううう」

 炬燵の上に置かれた、白地に桜色を置いた半透明の瓶。
 銘は『春酒』。あまりにも捻りの無い銘である。

「で、これの原液を具体的にどうしたって?」
「博麗神社の周りを重点的に、幻想郷全体に雲の上から風雨に混ぜて落としたの」
「成る程、で、それが地面は勿論、地脈の類にも染み込んでるわけね」

「んで、この『春酒』の効能は?」
「霊夢を見れば解るわよ~?」
 幽香や紫にとって、それは見るまでもなかった。

「頭が春になるのね……最悪」
「具体的には、春先と同じ気分―――つまり『いつもとは違う事をしてみよう』とか、
 或いは、『たまには自分らしくなくてもいいじゃないか』という気分になるわ」
 飄々と話す紫とは裏腹に、幽香は頭を炬燵の天板に音を立てて下ろし、消沈。

「つまりそれって、今の私も頭が巫女ってことじゃないの……」
「私がこの時期に寝付けないのも、その為なのよ……あうあう」
 それに、と『春酒』を指差す紫。
「前、ついうっかり飲んでみたときなんかもぉ凄い凄い。
 ついつい気前が良くなっちゃって霊夢にクリスマスプレゼント用意しちゃった」
「私宛の招待状もそれね……」
 この『春酒』は単純なアルコールよりも(ある意味深刻に)脳を破壊するらしい。
「私や紫は自覚症状があるのね、『らしくない』ってのが」
「そ~ねぇ、幽香くらいに年齢も力もある妖怪や、何らかの能力で違和感を感じ取れるものなら、
 一応自覚できるわね」
 どのくらい居るだろうか、と二人は指を折り始める。


「って、あんたが効能何とかできないって事は」
「ええ、その通りよ」

 
 想う所の微妙にズレた、二つの溜め息が重なる。

「打つ手なし?」
「萃香が萃めてくれるでしょうけど、春が抜けた後にも残滓が残るわ。
 何より還元状態じゃ危険物だから、飲むことはおろか捨てる事も出来ない」
 なんて物を作ったのよ、という幽香の嘆きは、ただ空しく部屋に響くのみ。
「つまり、森羅万象の自浄作用に任せるのみ?どのくらい掛かるのかしら」
「今は年末だから、年が開けるまでには何とかなって欲しいわね」
 さて、と紫がスキマを開ける。

「……で、そのぐい呑み二つは何よ」
「いや、折角だから呑もうかと」
 幽香の頭が、良い音を立てて再び天板に落ちた。

「な、何よぅ、一応責任は私にあるんだから積極的に処分しようという心構えは変?」
「何で二つあるのよ」
「幽香はお客様でしょ?」
 さらりと言う紫の前で、音が一つ追加。今度は鈍い音だった。
「そこで何で処分に突き合わさ……ああもう」
 自棄気味になったか、幽香は自分が持ってきた酒瓶を、音を立てて乱暴に隣に置く。

「呑むわよ。もーいい。年忘れに呑みまくっちゃる!」
「あら、良さそうなお酒」
「その『春酒』一本じゃ持たないでしょ、割って呑むわよ」
 言うが早いか、生呑み用のぐい飲みとは別に、切子のウイスキーグラスが一対、
 スキマから追加される。

「肴は?」
「それはこっちー」
 そこで何故か、紫が隙間から出したのは、
「ん?何それ」
「『テレビ』っていう、外の世界の道具ね。
 外部からの映像を独自の方法でやり取りして、この画面に映すのよ。
 向こうじゃ次々と新しい型が入るから、すぐ古くなってこっちに流れ着くのよ」
「ほー、これが……」 
 現物なら香霖堂に行けば見ることが出来るだろうが、実際に機能を果たすとなると、
 その仕組みをよく知るのは外界を知る紫のみ。
 よって、有効活用しているのも紫のみと言う事になる。
 その結果、紫の生活環境はやたらと『文明の利器』という物が多い。
「繋ぐ事で専用の記録媒体に入れた映像や音声を観れるようになる『ビデオ』もあるわよー」
「炬燵に入って、テレビを観て……ビデオで演劇の記録を見るのもあり、か。
 ―――風情には欠けるけど、快適ねぇ」

 ――――欲しいかもしれない。
 酒の瓶を開けて準備を進める間、そんな思考が、幽香の脳裏をよぎった。
(電源は……花に太陽光から作らせるか。確か出来るはず―――そうだ、まず映像を見る方法を―――)

 『取り敢えずテレビは寝室。それはガチ』と決定した上で、明るい近代生活を計画し始める。

 その思いもいざ知らず、紫はそのテレビのリモコンを取り出す。
「スキマを開けば、外の世界の映像も見れるのよー?
 でも、今日はこっち」
 ポチッとな、とテレビの電源を入れる。



 ―――そこには、未だ騒ぐ宴会の様子が映し出されていた。

「成る程、こりゃ良い肴」
「皆は私が寝てるものだと思っているし、丁度良いわ」
「完全に素の連中が見れるって訳ね―――はい」 
 幽香の酒で『春酒』を割ったものが、紫の前に出される。
「あら有難う」
 春色の液体は、幽香の持って来た飴色の酒と絡んで、独特の色合いを放った。
「そういえば、世間ではクリスマスだったわねぇ」
「外の話?」
 自身の分を用意した幽香が、怪訝な顔をする。
「クリスマスは友人・知人で過ごすものだそうよ」
「知人ねぇ―――確かに歳食った者同士って言えばそうね」


 ふむ、と一拍置いて、

「もしかして、それが理由?」

 確信を以って、幽香が問う。


 紫は無言で、ただ杯に眼を落とす事のみを肯定とした。

「『自分らしさ』というものはね、自分の体重みたいなものなの。
 実際に測るまで、変化に気付かず、自分で重さを自覚するのは難しい。
 だから、その重さに普段自分がどれだけ耐えているのか、解らない」
「そのための年忘れ、ね」
 その仕草に習うように、幽香もまたグラスの中身を弄ぶ。
 遠心力でくるくると攪拌されるグラスの中身は、紅と金糸の光彩で、眼を楽しませる。
「だから知人と、なのね。羽目を外せるように」
 口元だけで浅く笑い、グラスを前に突き出す。

「友人か、って言われたら全力で否定するけど」
「あらまぁ酷い」
 それじゃ、と紫もまたグラスを前に。




「春に酔うこの年忘れに、そしてその先の新年に」
「あんたと酒を飲む気になれる、今の頭の春っ振りに。その有り難迷惑さに」





 幻想郷の古参二人が、杯を交わした。










「ぶっ!甘ッ!?」
「ふっふっふっ、幽香特性、蓮華蜜酒よ。恐れ入ったか」
「そこでそんな珍味持ってくる辺りにね……」


 乾杯ならぬ完敗。









 一方、テレビの向こう側の宴会場。

「っはー……たまには緑茶以外もいいもんだ」
「全く、普段どんな生活をしているのです」
「お茶があれば幸せな生活」
「小町、今度差し入れを手配しますので」
「へい。……お茶だけじゃ彼岸へもいけないぞ、霊夢」
「だから飢え死にしないように、今食うわけだ―――橙、そっちを頼む」
「はーい。料理追加でーす♪」
「そーそ。あー有能な式が居ると助かるわぁ♪」
 
宴会場の最も騒がしい辺りを避けるように、社務所にて飲み食いする者達。

「しかし、この巫女にこの式とは……あなたの主人は一体何を考えているのです?」
「むぅ……閻魔様に解らない事ならば、おそらく私には一生解らない事でしょう」
「確かにそうかもしれませんね……さ、あなたも」
「おおっと、閻魔様に酌を頂けるとは―――」
 閻魔の有り難い杓ならぬ酌を受け取る天狐と。


「それにしても騒がしい宴席だなぁ」
「全くよ。まー今回はある程度楽させてもらってるけど」
「こらこら、いかんぞ、他人の式を借りてるんだからな」
「もちろん、無駄なく有効活用させてもらってますとも―――獲った」
「やれやれ―――ってうゎあ?あたいの昆布締め―――こんの」
「あ、出汁巻―――やるわね」
「もー、二人とも、取り合わなくても一杯あるのに」
 死神と同じ皿の肴を突付く巫女と、それを咎めつつも面白がる猫又。


「ふー……霊夢、一つよろしいですか?」
「んー?」
 藍と漫談に花を咲かせていた映姫が、酒気に頬を染めた顔で、霊夢に問う。

「今年は、どうでしたか?」
「そうねー、いろいろあるけど―――」


 口に咥えたししゃもを咀嚼する間に、額に指を当てて一考。
 然る後に、


「退屈は、しなかったわね」
 引き続き、三割増しの素敵な微笑を披露してみせた。

「そういう表情をする分には、素敵な巫女なのですがねぇ―――まぁ、いいでしょう」
「何か含みのある言い方ねー……」
 神酒を味わいつつ、半眼で抗議する巫女に、閻魔は焼酎で一息入れてから返す。
「そりゃありますとも。―――ですが」
 しかし、その表情は、

「その顔が出来るのなら、少なくとも来年は悪い年ではないでしょう。
 ―――よい新年であることを、願っていますよ」
「ありがと、閻魔様」
 彼女の笑顔もまた、三割増ぐらいだった。


 その光景に遭遇した者は、後に皆口を揃えてこう語る。



「うーむ、実に美しい光景だ」
「良すぎて、邪推の一つも沸いてこないね~」 
「仲良き事は良い事なのだー」
 

 ―――楽園の巫女も素敵な巫女だが、楽園の閻魔もまた素敵な閻魔であると。
 










「お~お~、早速の貴重なカット」
「ちょ、録画っ、録画ッ!」
「こりゃー良い肴だわ。いや、実に愉快、あんたんとこ来て良かったわ」
「いやいや、誉めても何も御座いません事よ~?」

 ―――大妖二人も、案外気の合う部分もあるのかもしれない。














EX、その5時間ほど後・宴会終盤。











『いいれしゅか~、れいむぅ~、えんまってもんはれすねぇ~』
『だー!!?何でこんなに絡んでくるのこの閻魔!?』
『なぁ藍さん、聞いておくれよ、あたいはなぁ、あたいはなぁ~』
『うんうん、判るぞ、お前も主従で苦労しているのだな―――さて、うちの橙の可愛さについてだが』
『くー……らんさまー……』
『いや待て会話成立してないし。
 こら天狐ォー!!?助けろッ―――あーもー何でスペルが効かないのッ!!?』
『おぉ~れひむ~♪』
『あらひたひもまぜれ~?』
『ぅわ魔理沙にアリスまでッ!!』
『あら、お困りね霊夢?何ならこちらへ来る?』
『ノマノマ~』
『酔い止めの薬ならお安くしておくわよ?』
『絶 対 行 か ん ッ!!』
『霊夢さん、今の心境をどうぞ!!』
『紫ィーーーッ!!?どーせあんたのせいでしょーーーがッ!!!?覚えてr』


 




 ―――顔面蒼白になった紫が、テレビの電源を切った。








「……結果論的に、巫女はいつも通りに、ねぇ。―――春が楽しみね?」
「……今季は、冬眠伸ばそうかしら」










 後に。
 この幻想郷に置ける某年十二月二十四日からの二日間の出来事は、博麗の巫女とその協力者数名により
 事実関係何もかも込みで暴露され。

 この一軒は全て人里の半獣と新聞記者の天狗によって(多少関係ない話も追加されて)
 文書として纏められ、森近霖之助によって販売される事となる。

 
 当文書『幻想郷年末諸事史―聖夜春酔騒動―』をお求めの場合は、お近くの香霖堂へ。
 

 某年一月末日現在      在庫○

 初回特典:楽園の素敵な巫女の笑顔集DVD(他、映像特典有り)
どうも、音速の遅い新米SS作者、鷹飛びです。

終わった……と、終えてみて次に浮かぶのは一つの事。

連投・修正で創々話利用者に並々ならぬ迷惑を掛け、挙句にこの音速の遅さ。



大変音速が遅くて、真に申し訳ありませんでした(深謝)。


とはいえ。

ここでやり遂げぬは一生の恥と悔いになると思い、此処に5話目を上げ、完結とします。

このような季節外れの文であっても、読んで頂けたら幸いです。

では。


P・S 霊夢二位オメデトー




2/2 0919時 誤字修正。
鷹飛び
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コメント



0.1470簡易評価
24.80無限に近づく程度の能力削除
ナーイスガッツ!
てなわけでいまから香霖堂いってきます
DVDはまだあるかな!?
26.80削除
誤字>『いや待て会話設立してないし。:設立→成立

いやぁ、お酒ってホントいいものですねぇ。
ところで、チラリとかポロリとか入ってるディレクターズカット版ほしいんですけど。
27.無評価鷹飛び削除
感想及び誤字指摘有難う御座います。
本当に感想と言うものは有り難い物です。

お酒>
なお、筆者は体質上命に関わるので文字通り一滴も呑めません(ぁ

DVD>
現在在庫○。ディレクターズカット版はマヨヒガに直接問い合わせを。
連絡手段が無いので『徒歩で』(ぁ
38.80名前が無い程度の能力削除
初回特典すごく欲しい