「ねぇ、れーせん」
「ん?」
私は、たぶん少し不機嫌な顔をしていたと思う。
「人間がくるんでしょ?」
「そうよ、だから、少しはシャンとなさい……」
「うん、私が先発だしね」
にっこりと、てゐは微笑んでいた。
「どうして……そんな顔ができるのよ」
戦いの時は近い。
嫌でも精神が研ぎ澄まされる。
指さえ形造れば、弾丸が自然に生成できてしまうくらいに殺気立つ。
「ここまで来て、姫を連れ去られるわけにはいかないの……」
奥歯をギリ、と鳴らす私に、てゐは声を立てて笑いをぶつけた。
「れーせん、こわいかお~」
「……怖い顔なら怖がりなさいよ」
「怖くないよ~、だってれーせんだもん」
てゐは、目の端に涙を溜めながらそう言った。
「どっちかはっきりしてよ……」
そう言って、私は苦笑に顔を歪ませる。
「あぁ~!れーせん笑ったぁ!」
そして、私の顔は更に歪む、それは怒りの形に、だけど。
「さっきのは笑ってるとは言わないのよ!」
「わらったぁ!」
「笑ってない!」
「わらったもん」「笑ってない」「わらった」「笑ってないわよ」「わらったのぉ!」「笑ってない!」「わらったわらったわらった!」
「笑っ……プッ、ハハハハハハ!」
私は、本当になんで笑ったかはわからないんだけど、今度こそ本気で笑った。
「ほらぁ、わらった!」
「アハハ、そうね、アハハハ!」
くだらなかった。
笑ってても笑ってなくても、どっちでもよかったのに。
そんなことでムキになっている自分を、笑った。
なのに、別に自虐的じゃなくて、明るく笑えているのは何故?
「ねー、れーせん」
「ん、なぁに?」
私は目の端に、笑い涙を浮かべながら言った。たぶん、さっきのてゐと同じ顔をしているのだろうな、って思った。
「けっこー、大事な話するから、聞いててね?」
てゐは明るくて、でも心持真剣な顔をしていた。
その眼差しに、私も真剣な顔をする前に、唖然としてしまう。
これが、てゐなのかと。
これも、てゐなのかと。
「私ね、れーせんと会えてとっても良かったな、って思うの!」
何故か、そんな切り出しが嫌だった。
まるで――。
「私は、いつもお月様を見てた。それで、いつも思ってたの。あそこで私のお友達が、お餅ついてるんだろうな、って」
「……それは、人間の作り話よ」
てゐは、黙って頷いた。
その顔は、飽くまで明るくて。
「知っていた、でも、信じたかった。暗い、先の見えない竹薮の中。その中で、ずっと、ずぅっと育って。でも、月の光は私をやさしく照らした。不思議なの、太陽の光は届かないのに、月の光は、届いた」
てゐを両手を広げ、手を仰ぐようなポーズをした。
「だから、信じたかったの。あそこにいるのは、お友達で、私を見ていてくれる、って」
今度は、てゐが苦笑を漏らした。
てゐには似合わない。
そんな気がした。
「そして、れーせんに出会った」
こちらを見つめるてゐの目に、憂いが宿っているような、気がする。
てゐじゃない。
でも、すぐに明るい笑顔に戻った。本当に、嬉しそうな顔に。
てゐ、だ。
「嬉しかったの!たったひとりの、お友達!だから大好き!れーせん!」
何故か、そんな言葉に胸高まった。
支離滅裂で、よくわからない、感情だけをぶつけてきたてゐ。
その顔は赤く火照っているようだった。
「……恥ずかしいこと、言うわね」
てゐは、にはは、と笑って長い耳を掻いた。
「だから、ね。笑っていてほしいの、れーせん。そして、笑っていたいの、二人で」
それっきり俯いて、何も言わなくなったままダルマのように紅くなったてゐを、私は微笑を浮かべたまま、そっと抱きしめた。
「……れーせん」
てゐの鼓動が、わたしの胸を打ち、体を振るわせた。
「ありがとう、てゐ。だから、そんなこと言わないで?」
てゐの体をそっと離して、てゐの顔を正面から見てやる。
私の涙に潤んだ紅い眼を、見られてしまうけど、今は気にしない。
「そんなことは、お互いに時間をかけて伝え合えば良い。そうでしょ?夜、そうね、寝る前に布団に入ってから話したって良いことよ。だって、夜は永いのだから」
てゐの眼も、涙に濡れていた。
「……月にすら照らされない夜は、もう終わった」
てゐは俯き、涙を拭いて、笑った。
いつもの笑顔を、私に向けた。
「れーせん、約束!」
「え?」
「はい、小指、小指!」
てゐは私の右手の小指をそっとつかみ、胸の前に持ってこさせてから、小指を結んだ。
「ずっと、私のことを好きでいて」
そう、言った。
「嘘ついたらえーりんの毒薬の~ます、指切った!」
突然のことで、少し唖然としていた。
「じゃあ私そろそろいかなきゃだから!じゃね!」
てゐは、青白い光を纏い、静かに地から足を離した。
「待って!」
なんでだろう、私はてゐを呼び止めていた。
「私だって、てゐのコト、大好きなんだから!だから、頑張って!ちゃんと帰ってきなさいよ!」
てゐは、少しびっくりして、笑って、飛んでった。
大丈夫。
彼女だから。
大丈夫。
――――
符の欧襲。
小刻みに動いて交わしながら、弾丸を具現化、撃ち込む。
それを器用に避ける、赤い影。
「埒が開かない!」
距離を置き、静かに眼を閉じ、弾丸のイメージを増殖させる。
眼を、開く。
目の前の景色を埋めつくす様な、弾丸。
「これだけ撃ちこめばッッ……!」
右手を軽くスナップ、銃弾が一斉に赤い影へと向かう。
「仕留めた!?」
しかし。
「紫!」
赤い影の背後、急に現れた、妖怪。
「四重結界」
透明で紫色の壁が、赤い影と妖怪を囲んだ。
銃弾はあえなく全て阻まれる。
「くっ……ならっ!」
幻視。
生まれ持った、この狂気の瞳。
それで、侵す!
眼を見開き、敵を見据える。
――掛かった!
即座に大量の銃弾を放つ。
奴には、この軌道が正しく見えないはずだ。
「私の勝ちよ!」
私の創った銃弾が、空間を埋め尽くした。逃げ場など無い。
防ぐことも、ありえな――。
「!」
なんということだろう、銃弾の雨、いや、壁の中から、猛スピードで赤い影が飛び出した。
「あんた、幻視掛けてる時は弾の具現化が弱まってるの、気づいてないわけ!?」
確かにそうだ。しかしそんなの一瞬だし、それに、あの弾の中を……!
「ふふ、隙間の無い弾幕なんてないのよ?おわかりかしら」
「クッ……!舐めた口を!」
指を構えようとした、次の瞬間だ。
七色に光る光球が、私を押した。
「なっ!」
そのまま廊下に叩きつけられる。
鈍い衝撃、口には鉄の味が、喉が焼ける、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい!
幻術の解けた廊下を、赤い影が私に一瞥もくれることなく進み始めた。
待て、そう言いたかった。
しかし、口から溢れるのは言葉ではなく、胃酸ばかり。
そのうち、血の塊が後頭部にあるような感覚。
重い。
堕ちる。
――そして私の意識は途切れた。
その直前、私にてゐの身を案じる余裕があったことに、私自身驚いた。
――――
目覚めた。
同時に痛み。
それが、起き抜けの脳の覚醒を手伝う。
脳は即座に状況認識に走る。
「ここは……?」
見慣れた、永遠亭の座敷の一つだった。
「あら、目覚めたの?」
「……師匠」
襖を、控えめな音を立てて開け登場したのは私の師匠、永琳だ。
「私は……?」
師匠はわざとらしく溜め息をつく。
私に意地悪するときと、同じだ。
「侵入者さんにやられちゃって、お姫様はお仕置きされちゃいました」
やられた、そうだ。
確かにそう、やられたんだ、あの紅い奴に。
でも今はもっと大切な。
――そうだ!
「てゐは!?」
大きな声を出して、喉も、体中の骨もズキズキと痛んだが、そんなことよりも。
師匠の表情が、急に険しくなった。
そして私を、見据えた。
なにかを、試すように。
「立てるかしら?」
唐突に師匠はそう言った。
私は即座に立とうとする。
立てる状態ではないのは、よくわかっている。
だけど、行かなくちゃいけない気がした。
そう、私が。
「大丈夫です」
よろよろと、立ち上がりながら私が言うと、師匠は目をそらして、私に背を向けた。
「そう、なら付いてらっしゃい」
私は、見慣れた永遠亭の廊下を歩き出した。
それは、師匠の部屋へと続く廊下だった。
――――
なにから話せば良いだろう。いや、ゆっくりでもいい。
だから、何処から話そう、ということ。
そうだ、悩むことなんてない、ただ、順番に話せば良い。
あの後、師匠の部屋で横たわるてゐを見た。
師匠は、尽力はしたのだけど、といった。
それは、つまり、そういうことだと判断した、から、泣きついた、てゐ、に、泣きついた、ら、驚いた、てゐは、暖かかった、だって、てゐは、 でる、はずなのに。
師匠の方を、向く。
師匠は言った。
死んでいる訳ではない、しかし、助からないと。ただし、方法が無いわけでは、無いと。
教えてほしい、そういった。
もとより、そのつもりだったのだろうけど、師匠は、重たく口を開いた。
蓬莱の薬を使えば、と。
それはつまり、未来永劫、輪廻すらない時間を、てゐが生きるということだった。
私は、希望と絶望を手に入れた。そして、絶望を消した。
いまの私には、てゐの他には、何も無い。
師匠に、私は言った。
薬を、使って欲しい。
てゐは、眠り続ける。
だから、てゐに選択の権利は、無い。
この選択がてゐを困らせるかもしれなくても、私はてゐが、欲しかった。
私は、師匠の手より、蓬莱の薬のビンを受け取った。
躊躇いもせず、私はそれを、てゐの口に運んだ。
てゐの肌が、見る間に赤く色づく。
瞼が揺れた。開いた。瞳が、私を、見つめた。
そして言った。
眠そうな眼をこすりながら、おはよう、と。
私は、おはよう、と返してから、私はたぶん満足げな顔をして、薬を口に運んだ。
これで、てゐを永遠に愛せるのだ。
私はてゐを抱きしめた。
てゐは、キョトンとした顔をしていた。
耳元で囁いた。
大丈夫、私がいるから。
えいえんに、ともにあるから。
「ん?」
私は、たぶん少し不機嫌な顔をしていたと思う。
「人間がくるんでしょ?」
「そうよ、だから、少しはシャンとなさい……」
「うん、私が先発だしね」
にっこりと、てゐは微笑んでいた。
「どうして……そんな顔ができるのよ」
戦いの時は近い。
嫌でも精神が研ぎ澄まされる。
指さえ形造れば、弾丸が自然に生成できてしまうくらいに殺気立つ。
「ここまで来て、姫を連れ去られるわけにはいかないの……」
奥歯をギリ、と鳴らす私に、てゐは声を立てて笑いをぶつけた。
「れーせん、こわいかお~」
「……怖い顔なら怖がりなさいよ」
「怖くないよ~、だってれーせんだもん」
てゐは、目の端に涙を溜めながらそう言った。
「どっちかはっきりしてよ……」
そう言って、私は苦笑に顔を歪ませる。
「あぁ~!れーせん笑ったぁ!」
そして、私の顔は更に歪む、それは怒りの形に、だけど。
「さっきのは笑ってるとは言わないのよ!」
「わらったぁ!」
「笑ってない!」
「わらったもん」「笑ってない」「わらった」「笑ってないわよ」「わらったのぉ!」「笑ってない!」「わらったわらったわらった!」
「笑っ……プッ、ハハハハハハ!」
私は、本当になんで笑ったかはわからないんだけど、今度こそ本気で笑った。
「ほらぁ、わらった!」
「アハハ、そうね、アハハハ!」
くだらなかった。
笑ってても笑ってなくても、どっちでもよかったのに。
そんなことでムキになっている自分を、笑った。
なのに、別に自虐的じゃなくて、明るく笑えているのは何故?
「ねー、れーせん」
「ん、なぁに?」
私は目の端に、笑い涙を浮かべながら言った。たぶん、さっきのてゐと同じ顔をしているのだろうな、って思った。
「けっこー、大事な話するから、聞いててね?」
てゐは明るくて、でも心持真剣な顔をしていた。
その眼差しに、私も真剣な顔をする前に、唖然としてしまう。
これが、てゐなのかと。
これも、てゐなのかと。
「私ね、れーせんと会えてとっても良かったな、って思うの!」
何故か、そんな切り出しが嫌だった。
まるで――。
「私は、いつもお月様を見てた。それで、いつも思ってたの。あそこで私のお友達が、お餅ついてるんだろうな、って」
「……それは、人間の作り話よ」
てゐは、黙って頷いた。
その顔は、飽くまで明るくて。
「知っていた、でも、信じたかった。暗い、先の見えない竹薮の中。その中で、ずっと、ずぅっと育って。でも、月の光は私をやさしく照らした。不思議なの、太陽の光は届かないのに、月の光は、届いた」
てゐを両手を広げ、手を仰ぐようなポーズをした。
「だから、信じたかったの。あそこにいるのは、お友達で、私を見ていてくれる、って」
今度は、てゐが苦笑を漏らした。
てゐには似合わない。
そんな気がした。
「そして、れーせんに出会った」
こちらを見つめるてゐの目に、憂いが宿っているような、気がする。
てゐじゃない。
でも、すぐに明るい笑顔に戻った。本当に、嬉しそうな顔に。
てゐ、だ。
「嬉しかったの!たったひとりの、お友達!だから大好き!れーせん!」
何故か、そんな言葉に胸高まった。
支離滅裂で、よくわからない、感情だけをぶつけてきたてゐ。
その顔は赤く火照っているようだった。
「……恥ずかしいこと、言うわね」
てゐは、にはは、と笑って長い耳を掻いた。
「だから、ね。笑っていてほしいの、れーせん。そして、笑っていたいの、二人で」
それっきり俯いて、何も言わなくなったままダルマのように紅くなったてゐを、私は微笑を浮かべたまま、そっと抱きしめた。
「……れーせん」
てゐの鼓動が、わたしの胸を打ち、体を振るわせた。
「ありがとう、てゐ。だから、そんなこと言わないで?」
てゐの体をそっと離して、てゐの顔を正面から見てやる。
私の涙に潤んだ紅い眼を、見られてしまうけど、今は気にしない。
「そんなことは、お互いに時間をかけて伝え合えば良い。そうでしょ?夜、そうね、寝る前に布団に入ってから話したって良いことよ。だって、夜は永いのだから」
てゐの眼も、涙に濡れていた。
「……月にすら照らされない夜は、もう終わった」
てゐは俯き、涙を拭いて、笑った。
いつもの笑顔を、私に向けた。
「れーせん、約束!」
「え?」
「はい、小指、小指!」
てゐは私の右手の小指をそっとつかみ、胸の前に持ってこさせてから、小指を結んだ。
「ずっと、私のことを好きでいて」
そう、言った。
「嘘ついたらえーりんの毒薬の~ます、指切った!」
突然のことで、少し唖然としていた。
「じゃあ私そろそろいかなきゃだから!じゃね!」
てゐは、青白い光を纏い、静かに地から足を離した。
「待って!」
なんでだろう、私はてゐを呼び止めていた。
「私だって、てゐのコト、大好きなんだから!だから、頑張って!ちゃんと帰ってきなさいよ!」
てゐは、少しびっくりして、笑って、飛んでった。
大丈夫。
彼女だから。
大丈夫。
――――
符の欧襲。
小刻みに動いて交わしながら、弾丸を具現化、撃ち込む。
それを器用に避ける、赤い影。
「埒が開かない!」
距離を置き、静かに眼を閉じ、弾丸のイメージを増殖させる。
眼を、開く。
目の前の景色を埋めつくす様な、弾丸。
「これだけ撃ちこめばッッ……!」
右手を軽くスナップ、銃弾が一斉に赤い影へと向かう。
「仕留めた!?」
しかし。
「紫!」
赤い影の背後、急に現れた、妖怪。
「四重結界」
透明で紫色の壁が、赤い影と妖怪を囲んだ。
銃弾はあえなく全て阻まれる。
「くっ……ならっ!」
幻視。
生まれ持った、この狂気の瞳。
それで、侵す!
眼を見開き、敵を見据える。
――掛かった!
即座に大量の銃弾を放つ。
奴には、この軌道が正しく見えないはずだ。
「私の勝ちよ!」
私の創った銃弾が、空間を埋め尽くした。逃げ場など無い。
防ぐことも、ありえな――。
「!」
なんということだろう、銃弾の雨、いや、壁の中から、猛スピードで赤い影が飛び出した。
「あんた、幻視掛けてる時は弾の具現化が弱まってるの、気づいてないわけ!?」
確かにそうだ。しかしそんなの一瞬だし、それに、あの弾の中を……!
「ふふ、隙間の無い弾幕なんてないのよ?おわかりかしら」
「クッ……!舐めた口を!」
指を構えようとした、次の瞬間だ。
七色に光る光球が、私を押した。
「なっ!」
そのまま廊下に叩きつけられる。
鈍い衝撃、口には鉄の味が、喉が焼ける、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい!
幻術の解けた廊下を、赤い影が私に一瞥もくれることなく進み始めた。
待て、そう言いたかった。
しかし、口から溢れるのは言葉ではなく、胃酸ばかり。
そのうち、血の塊が後頭部にあるような感覚。
重い。
堕ちる。
――そして私の意識は途切れた。
その直前、私にてゐの身を案じる余裕があったことに、私自身驚いた。
――――
目覚めた。
同時に痛み。
それが、起き抜けの脳の覚醒を手伝う。
脳は即座に状況認識に走る。
「ここは……?」
見慣れた、永遠亭の座敷の一つだった。
「あら、目覚めたの?」
「……師匠」
襖を、控えめな音を立てて開け登場したのは私の師匠、永琳だ。
「私は……?」
師匠はわざとらしく溜め息をつく。
私に意地悪するときと、同じだ。
「侵入者さんにやられちゃって、お姫様はお仕置きされちゃいました」
やられた、そうだ。
確かにそう、やられたんだ、あの紅い奴に。
でも今はもっと大切な。
――そうだ!
「てゐは!?」
大きな声を出して、喉も、体中の骨もズキズキと痛んだが、そんなことよりも。
師匠の表情が、急に険しくなった。
そして私を、見据えた。
なにかを、試すように。
「立てるかしら?」
唐突に師匠はそう言った。
私は即座に立とうとする。
立てる状態ではないのは、よくわかっている。
だけど、行かなくちゃいけない気がした。
そう、私が。
「大丈夫です」
よろよろと、立ち上がりながら私が言うと、師匠は目をそらして、私に背を向けた。
「そう、なら付いてらっしゃい」
私は、見慣れた永遠亭の廊下を歩き出した。
それは、師匠の部屋へと続く廊下だった。
――――
なにから話せば良いだろう。いや、ゆっくりでもいい。
だから、何処から話そう、ということ。
そうだ、悩むことなんてない、ただ、順番に話せば良い。
あの後、師匠の部屋で横たわるてゐを見た。
師匠は、尽力はしたのだけど、といった。
それは、つまり、そういうことだと判断した、から、泣きついた、てゐ、に、泣きついた、ら、驚いた、てゐは、暖かかった、だって、てゐは、 でる、はずなのに。
師匠の方を、向く。
師匠は言った。
死んでいる訳ではない、しかし、助からないと。ただし、方法が無いわけでは、無いと。
教えてほしい、そういった。
もとより、そのつもりだったのだろうけど、師匠は、重たく口を開いた。
蓬莱の薬を使えば、と。
それはつまり、未来永劫、輪廻すらない時間を、てゐが生きるということだった。
私は、希望と絶望を手に入れた。そして、絶望を消した。
いまの私には、てゐの他には、何も無い。
師匠に、私は言った。
薬を、使って欲しい。
てゐは、眠り続ける。
だから、てゐに選択の権利は、無い。
この選択がてゐを困らせるかもしれなくても、私はてゐが、欲しかった。
私は、師匠の手より、蓬莱の薬のビンを受け取った。
躊躇いもせず、私はそれを、てゐの口に運んだ。
てゐの肌が、見る間に赤く色づく。
瞼が揺れた。開いた。瞳が、私を、見つめた。
そして言った。
眠そうな眼をこすりながら、おはよう、と。
私は、おはよう、と返してから、私はたぶん満足げな顔をして、薬を口に運んだ。
これで、てゐを永遠に愛せるのだ。
私はてゐを抱きしめた。
てゐは、キョトンとした顔をしていた。
耳元で囁いた。
大丈夫、私がいるから。
えいえんに、ともにあるから。