「やあ魔理沙、どうしたんだい、そんなに慌てて」
一人の青年は、汗を額にたらしながら、上気した少女に徐に問いかけた。彼女がこうやって入ってくるのはなんら不自然ではないのだが、上下する肩がなにやら楽しそうなのだ。
それから、彼女は一息つくと途切れ途切れに赤く染まる頬と近接すると、つややかでみずみずしい唇が口を開いた。
「これを見てくれよ! これ、なんだと思う?」
唐突のこちらに振り向く彼女のスカートは翻り、彼女のような白の下着が露わになる。しかし、そんなことにはかまいもしないで、彼に突きつけるのだ。勿論彼にとっては赤面ものであったのだが。
「なんだい、これは。ただのペンダントのようにみえるけれど……」
彼の手の上に乗っているのは、所々で銀が剥げているアンティークといえばそう思える、長方形だった。掴んで持ち上げてみると、鎖が踊った。それは銀とは別に金に輝いて、日光を闇雲に受け入れた。
「さっき拾ったんだぜ。ただ、魔力を感じるんだ」
「魔力を感じる? ならそれは僕の専門外だとおもうんだけれど……どういう見解だい?」
道具とかなら分かるけれど、そう言うものは欄外だ、と彼は言いたいらしいが、魔理沙は違うのだ。ただ、これを彼に……見てもらいたかったのだ。
「それ、開くんだぜ。開けてみてよ」
彼は魔力が絡んでいるところからすると、何かの魔法具かそれとも他の何かなのか。しかし、それをいくら考えてもどうしようもない。
「分かったよ」
古さびたその扉を開くのは、森近霖之助だった。
†
風がうたい、木の葉が奏でる旋律に揺れながら歩くのは、幼いとは言わないがまだ若く、あどけなさの残るその面影には、期待に満ち溢れたその輝かしいまでの瞳に空が映る。鳥のように飛べるなら、何が見えるのだろうか、と。彼は飛べない。飛ぶ能力を有していない。何時も空を飛んでいる人間が彼の傍にはいるのだけれど、その人間を見ていると自由奔放とし、自分に無いものをそこから見出せるような気がして好きだった。出来れば彼女と一緒に飛べたなら、とさえ考えるときも時々あるのだ。
「風に乗れれば、風が吹くところまでいけるのか」
唐突な風を背に受けながらそんなことを呟く彼は、あまりに不自然な風の吹き方に、誰かが来たのかもしれない、とへんな期待と些かな不安を持って、振り向かずに歩くのだ。
そして、彼の予感は的中するのだ。
「霖之助どけええええ!」
風に流れてやってくるその声に、僕は咄嗟に反応した、つもりだったのだけれど僕の反射神経ではどうにも出来ない問題もある。人間と妖怪のハーフであろうと、避けられないものは避けられない。当たるときは当たるのだけれど、相当痛い思いをしなければならないらしい。
「そっちによけるなあああ!」
操作を失ったらしく、彼の避けた方向に見事にそれるそれに僕はどうしようもなくただ、運が悪い、と思いつつ、痛い思いはできるだけ避けたい、と内心思う。けれど無理らしい。
叫び声と同時に背中を突き抜ける鈍痛がこの現実の辛さを思い知らせてくれる。そう、まるで流れ星にでも追突されたかのように。
「おい……大丈夫か?」
どうしようもないなあ、という顔がもやを通して見えてくる。金髪を綺麗に片方だけ束ね、僕の鼻を擽るも、ぼうっとそれを眺めているのが精一杯だった。骨の一本でも折れてるかと思えるほど動けない。
「意識は戻ってきたけど、動けないね」
「参ったな……霖之助が曲る方向に避けるから見事にぶつけてしまった。悪かった」
彼女は少し俯き加減にそれを呟くが、なんとも彼女らしくない。いつもの元気が全く無い。ぶつけたことを悔やんでいるのだろうか。
「別に気にすることは無いよ。何時ものことだろ? ま、少しこのままでいればそのうち歩ける様になるよ。僕はその辺の人間と幾分違うからね」
はは、と笑ってみる青少年であるが、金髪の少女の肩がふるふると震えているのだ。
まるで生きているかのように動くそれに、僕は意味を解さなかった。
「お前が起きなかったら……どうしようかと思ったんだよ。私……お前をそんな形で、自分のせいでお前を失うなんて嫌だったんだよ……そのままおきないのかと、おも…って……」
その微動が突然大きなものに変わると、僕の胸の上に乗っている手の甲に、銀の雫が弾けたのだ。一つ、二つと不規則に落ちるそれに僕は何を言ったらいいのかわからなくなった。僕が死んでしまったとしたら、僕の気持ちも伝えられないでそのまま露の如くなくなってしまう。
「魔理沙らしくもないね。そんな泣くことも無いだろ? 僕は今起きてるんだから、それでいいじゃないか。何時も通りだよ」
けれど、そんな言葉は魔理沙に届かなかった。僕の服にもその銀が飛び散って、服にしみこんで吸収された。僕は、この服のようにならなくてはいけないのかもしれない。
「だ、だって……っひ…ぐう……し、しんじゃ…った…がな……でえ……」
嗚咽交じりのその声が妙に愛らしかった。この胸に抱きしめて、その華奢な身体を包んであげたい気持ちで一杯になった。けれど、僕はぐっと堪える。
「君に殺されるならそれは本望だ。ただ、魔理沙に泣かれると僕の方も困るんだ。胸が痛いからね」
一度触れば壊れてしまうかもしれないものに触れるその指は、彼女の暖かみと苦しみを手に取るように感じられた。こんなこと、普段なら恥ずかしくて出来ないようなことを彼はここでやっている。自分を忘れたかのように。
「僕はこうやって生きてる。だから、もう泣かないで。君は太陽の女の子なんだ。いつも笑って、この空に燦燦と煌びやかに照らしておくれよ」
気の効いた言葉さえ出てこない僕は感情任せに言葉を滑らした。
ゆっくりと、自分に言い聞かせるように喋る一言一言に、彼は自分の中でしっかりと、曖昧な心持が変わるような気さえしたのだ。
「わ、わだ……し、もっと、もっと成長ずる……から、そ、そしたら……」
彼は、布で覆うように優しく包んだ。
「魔理沙は、今のままでいいよ。今のままの魔理沙が、好きなんだ。そうやって強がってくれる君を僕はずっと見てきたんだ。でも、きっと成長する。そしたら君はさらに強い光を放って、誰をも魅了する様になるんだ。自然の摂理のように」
彼女の身体を抱き寄せると、彼女の熱い吐息が僕を焦らすのだ。こうやっていつまでも居たい、そう思うと自然に彼女を覆う拙い腕が必死になった。
「づ、づよくな…って……霖之助の言うような、立派な……女になるから」
彼女の宝石から、ほろりと欠片が綻びた。
†
ふっと、返るとそこはいつもの香霖堂だった。ガラクタが散らかる、そこだった。
「これは……」
魔理沙に顔を向けると頬を赤めらせながら彼の方を向いている。ただ、彼はこの記憶をどこから取り出したのかが一切理解できなかったのだ。
「ったく、恥ずかしいぜ。やっぱり見せるもんじゃなかったな」
つっけんどんに吐き捨てるその言葉の中には、ただ照れ隠しをするための要素しか見つからなかった。それをわかる霖之助にとっては、ただただ可愛いと思えるだけであった。
「これは、確かに僕の記憶にもあるよ。この記憶、君が初めて泣いたときだ。」
彼はそのことをいうと、妙に照れくさいらしく、指で髪の毛を弄っている。彼女の宝石が眩しすぎて見詰められないのだろう、そうおもうと些か納得できる。
「自分で自分が恥ずかしいな……物心付いたころからお前が居て、居るのが当たり前になってた。今もそうだけどさ」
「僕だって同じだよ。でも、どうしてこのペンダントに記憶が? それに、君はこんなものをつけていたのかい? さっきは拾い物って言ったじゃないか」
長年一緒に遊んだりはしていたのだが、そのことは一切彼は知らなかった。話されもしなければ、首からそのような物さえみえなかったのだから。
「ああ、それは私が生まれたときからつけてたペンダントなんだ。でも、自分のつけていたペンダントを普通に手渡しするのは恥ずかしいだろ? だから言い訳考えたんだよ」
魔理沙の頬が桜色から熟した林檎のように真っ赤になっていく。相当恥ずかしいようだ。
「で、その中には好きな人の絵柄を入れることができるみたいなんだが、絵柄じゃなくてそこには私の記憶が入ってるようになってるんだよ。作ったときからそれは魔力を帯びていたらしくてな。多分、職人の魂がこもってるものなんだろう。それで、それが記憶を刻むようになったらしいんだ」
そのペンダントの話を一切聞いたことの無かった彼はただただ、彼女も女の子だな、と思うしかなかった。言葉遣いはこんなだけれど、心はしっかり成長したんだ、と。
「で、それが分かったのが最近だったんだよ。そもそも開けられることすら知らなかったしな。そうしたら、お前との……その、さ……恥ずかしいな、ったく」
魔理沙の潤んだ瞳の奥に見えるのは、その瞳の色だった。
「前から、その……お前のことが好きだったんだよ。その、ペンダントの通りってこと。今思うと、なんて恥ずかしいことしたんだ……」
「僕も前から君の事……好きだったよ。会ったときから、ずっと」
花瓶に刺さった、一本の名無しの花が顔を出した。
少々違和感のある表現が
「そう言うものは欄外だ」、論外? 専門外?
霖之助が魔理沙に好意をもっている設定は他ではあまり見なかったので新鮮ですね
難点は他の方が言っているように言い回し?のせいかちょつと読み辛かったですね。
あまり遠回しに表現しないでも大丈夫だと思います
他の人の作品が上手すぎるのか、話が軽すぎる。
簡単に読めるのはいいが、場面の描写をもっと詳しく描いた方がより詳しく伝わると思う。