Coolier - 新生・東方創想話

カグラ蕎麦

2026/04/27 20:02:58
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里の西外れにある老舗の蕎麦屋。そこでは毎年、神奈月の初めの満月の夜に特別な蕎麦を打つそうだ。そしてそれはその翌日限りで食べられるらしい。私は喉越しの良い蕎麦を求めて、瘴気あふれる我が家から身を乗り出した。

西外れ。正午過ぎ。私は店内に入った。客足は多く、卓のほとんどが埋まっている。ここにいる者は皆、あの噂を知っているのだろう。一番端のカウンター席に座る。

「神楽蕎麦(かぐらそば)を一つ。これだよな?例の蕎麦は。」
「左様でございます。ではしばしお待ちを。」

冷たい麦茶が喉を潤した。そして私は他の客の食う様子を注意深く観察してみた。皆、目を光らせて食べている。だから胸は高鳴る。興奮する。しばらくして、蕎麦がやって来た。それを私はまじまじと観察する。

「見た目は普通だな。なら味が良いのだろう。」

口に入れる。一瞬、目が開く。また一口。低い声で唸る。そして麦茶を喉に押し込む。それから私は静かに箸を置いた。

「すこぶる上手い訳でもない。何が違うんだこれは?」

一つの疑問。辺りを見渡す。皆自分と同じ蕎麦を目を光らせて啜っている。それからもう一度自分の前の蕎麦を見下ろした。灰色の麺。よくある蕎麦つゆ。特に何も…

「美味しいけど、普通だな。」

私は特段喜ぶことも騒ぐこともなく、ただ静かに啜ってその蕎麦を完食した。辺りは蕎麦を啜る音でいっぱいだ。私は席を立ち、会計に向かった。

「お代です。」

請求された額を見て私は目を丸くした。額面を二度見するくらいには。

「どうしてこんなに高いんだ。普通の蕎麦の三倍はあるじゃないか。」
「ええ、神楽蕎麦ですから。」

女将はさも当然のような顔をしている。それが気に食わない。

「神楽蕎麦?味は同じじゃないか。」
「味は同じですよ。けれど御利益があるのです。」
「ごりやく?」
「家内安泰です。」

女将は手招きして勘定を催促する。私は目を細めて女将を見た。

「どうして普通の蕎麦が家内安泰なんて御利益を持つんだ?おかしいじゃないか。」
「カグラ様という神様の蕎麦ですから。」
「それは私の知らん神様だな。蕎麦の神って一体どんな奴だ。」

女将は一瞬だけだが確かに動揺した。けれどこちらを見る目は離れない。

「あなた、やけに親しげですが、まさかよく神様にお会いになったりしているのですか?」

はっと私は気づいた。それから静かにお代を渡して店を後にした。女将の質問には答えなかった。悪いことをしたと思った。

そして私はそれからいくつかの所を尋ねることにした。少々、カグラ様というのに興味が湧いたのである。最初に尋ねたのは守屋神社の現人神だった。

「なぁ早苗。お前ら神様は蕎麦屋にカグラ様って呼ばれてたりするのか?」

彼女はさも平然と答えた。

「私は早苗です。」

あしらうような返答だった。

次に訪れたのは冥界だった。あの食欲旺盛な幽霊なら蕎麦の事もきっと詳しいはずだと、そう考えたのである。無駄足にならなければ良いが。

白玉楼に着くと、下っ端の従者が一人出てきた。

「なぁお前、神楽蕎麦って知ってるか?」
「魔理沙さん。はい、知っていますよ。」

白髪の少女はその白い髪を靡かせる。

「おお。だったらカグラ様は知ってるか?」
「カグラ様?何ですかそれ。あ、でも神楽蕎麦なら昨夜幽々子様と召し上がりましたよ。」

私はふっと嘲るように笑う。

「もしかしてお前もぼったくられたのか。可哀想に。」
「なんの話です?」
「お前は家内安泰なんて要らないだろうに。」
「何を言っているのですか…紫様が持ち寄ってくださったんです。それを幽々子様とご一緒したんですよ。」

しばしの沈黙。言葉の整理。そして私の目が光る。私は妖夢の肩を掴んで真剣な眼差しで問いた。

「紫は神楽蕎麦について何か言ってたか?」
「『特別な逸品』だとおっしゃっていました。紫様も誰かから貰った様子でしたが。」
「それだ。」

私は白髪の従者の肩を叩いて喜びを伝えた。そしてすぐに箒に跨り里に向かう。

「これで、『供えた蕎麦はいつも無くなる』という証言が蕎麦屋の口から出たらアタリだぜ。」

まだ太陽が沈まないうちに私は蕎麦屋の扉を叩いた。中からあの女将が出てくる。

「また貴方ですか…」
「供えた蕎麦が無くなったりするか?」
「え?いやそんなことはないですが。」
「無いのかよ。じゃあ勘違いか。さすが半霊、惑わすのがお好きなようで。」
「何の話ですか?」
「神楽蕎麦の話だよ。」
「それなら先代からの習わしがありますが聞きますか?」

「ああ、お願いする。」
「昔からこの家では、『お供えした蕎麦は店で売ってはいけない』という習わしがあります。お供えした蕎麦も売れば良いのにと思ったのですが先代曰く『もう食べて頂いた』と。」
「誰に食べてもらったかとか分かるか?」
「名前までは分かりません。先代は去年亡くなりましたから。」
「なら家に巻物とか記録はないのか?」

すると女将は一瞬だけ目を細めた。驚いて私は半歩退いた。

「もういいですか。貴方は暇そうですけれど私は忙しいんです。さすがに貴方のためだけに倉庫を掘り返すのは…」
「あ、ああ。当たり前だ。遠慮しとくよ。」

踵を返す。引き時だ。中途半端に手を振って私はその場を後にした。帰路に着く。歩き出す。

そんな時、生あたたかい風が通り抜けた。金髪の髪が踊る。砂利道で、私はふと振り返った。誰もいない。ただ何かが私のそばを通り過ぎたような直感。心なしか蕎麦の香りも漂っている。一本道のこの奥はあの蕎麦屋だ。

「…カグラ様か。」

「案外、当たっていたりして。」

駆ける足音は夕暮れに響いた。
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コメント



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3.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです