我が店の常連、レミリア・スカーレットからの依頼はいつも唐突な物が多い。彼女なりの信頼の証として受け取っているが、振り回されていると言う事実に変わりは無い。それが嫌かと言われたら、そうでもないのが僕の本音ではあるが。
そんな彼女からの依頼だが、内容自体は至ってシンプルな物が多い。依頼を難航させる主な原因は、それを伝えに来る咲夜なのである。彼女の説明不足な言葉を紐解く事さえ出来れば、中身はそこまで難しくはないと言えるだろう。レミリア・スカーレットとはそういう客なのだ。
「そんな君が『音楽を聴きたい』とはね……驚いたよ」
「あら、分かりやすい願いだと思うんだけれども?」
「前後の説明がしっかりしてれば、ね」
音楽を聴きたい、ただそれだけ。それがレミリアの要求だった。彼女らしからぬ、あまりにも具体性に欠けた依頼。字面の単純さとは裏腹に、一筋縄では行かなさそうな予感が僕を支配していた。
「そうだな……プリズムリバーコンサートの招待券があるんだが、どうだい?」
「貴方が行ってあげなさいよ」
「いや、流石にプレミアム席は大袈裟過ぎて行けないよ」
代わりに何度か一般客として聴いてるので、一応義理は果たしたと言えるだろう。
「全くこの男は……とにかく、私は紅魔館で音楽を聴きたいのよ」
「そう言うのは先に言ってくれたまえ」
「まさかそんな物まで貰ってるなんて知らなかったのよ、仕方が無いじゃない」
「……なるほどね」
やはり、今日の彼女はあまり気分が優れないように見える。彼女の要求する『音楽』と関係があるのは容易に想像出来るが、きっと聞いても答えてはくれないだろう。
「しかし、困ったな……僕はそう言う道具には詳しくないのだよ」
「意外ね、好きだと思ってたのに」
「勿論、音楽は好きだけど……」
「だけど、何かしら?」
「それを一人で聞くとなると、どうしても漠然なイメージしか浮かばないのさ」
僕が幻想郷で生きる事を選んでから、外の世界は多くの変革を迎えたと聞く。レミリアの言うような音楽もまた同じで、録音と言う行為を通して保存した『音』を特殊な道具から聴く技術との事である。
「早苗から仕入れた道具があった筈でしょう?あのナントカプレイヤーって物の事よ」
「ああ、あれは確かにそう言う用途だったな」
「なら……」
「残念ながら、無理だ」
「無理?どう言う事かしら?」
「あれはそもそも構造が知りたくて壊れた物を譲ってもらっただけで、直そうにも当てにならない部品がざっと50はあるのさ」
「……そう、仕方が無いわね」
心底残念そうなレミリアだったが、やがて何かを覚悟したような顔でパチンと指を鳴らした。それは咲夜を呼ぶ合図で、次の瞬間には既に何かを手に持った咲夜がそこに立っていた。
「こちらに、お嬢様」
「ご苦労」
「相変わらず凄いな」
「光栄です」
咲夜が持ってきたのは、木の箱にハンドルとラッパのような物が付いた道具だった。どうやら蓄音機と言うらしく、レコードディスクに記録された音を再現する道具のようだ。しかし……。
「……壊れてるな」
「そうなのよ、直せるかしら?」
「かなり特殊な壊れ方をしているが、これくらいならすぐに出来る」
「……そう、頼んだわよ」
その時レミリアが見せた悲しそうな顔の意味は、今の僕には分からない。
◇◇◇
蓄音機の修理には、時間はそんなにかからなかった。切れたゼンマイとヒビが入った針を交換すれば、あとは各部品の緩みを直すだけだった。機能出来ないように的確に『破壊された』その形、誰がやったのかは想像に難くなかった。
「本当は、逃げたいと思っていたの」
咲夜も帰り、二人しか居ない店内。修理された蓄音機を受け取ったレミリアは、ぽつりと零すように話し始めた。
「前のメイド長が持ち込んだ物で、彼女も咲夜のように人間だったのよ」
普段ならまず聞く事のない、そんな彼女の昔話。それ程にあの蓄音機が持つ意味は重かったのだろう。
「毎日のようにロマンスをかけて、馬鹿みたいにはしゃいで……」
外には、いつのまにか雨が降っていた。雨から守ってくれる筈の天井は役目を果たせず、蓄音機の上にも幾つかの雫が落ちて来る。
「これを見るとあの娘の事を思い出すから、捨ててしまいたくても捨てられなくて……きっとフランもそれを分かっていたんだと思うの」
「……そうか」
「ごめんなさい、こんなどうでも良い話なんか聞いてもらっちゃって」
「そんな事は無いさ、それより少し待ってくれないか」
そう言って、僕はカウンターの奥から一枚のレコードを持って来た。いつか聴けるようになったら聴こうと思って残しておいた物だが、きっと彼女にこそ意味があるのだろう。
「これは……?」
「ベートーヴェンのロマンス第二章、僕のお気に入りだ」
「っ……ありがとう、愛してるわよ」
「どんな挨拶なのさ、それと湿気には気を付けたまえよ」
「そうね……」
レミリアはそれ以上何も言わず、またしてもいつの間にか来ていた咲夜と共に帰って行った。
……その後ろ姿は、まるで雨の中に何かを隠そうとしてるようだった。
そんな彼女からの依頼だが、内容自体は至ってシンプルな物が多い。依頼を難航させる主な原因は、それを伝えに来る咲夜なのである。彼女の説明不足な言葉を紐解く事さえ出来れば、中身はそこまで難しくはないと言えるだろう。レミリア・スカーレットとはそういう客なのだ。
「そんな君が『音楽を聴きたい』とはね……驚いたよ」
「あら、分かりやすい願いだと思うんだけれども?」
「前後の説明がしっかりしてれば、ね」
音楽を聴きたい、ただそれだけ。それがレミリアの要求だった。彼女らしからぬ、あまりにも具体性に欠けた依頼。字面の単純さとは裏腹に、一筋縄では行かなさそうな予感が僕を支配していた。
「そうだな……プリズムリバーコンサートの招待券があるんだが、どうだい?」
「貴方が行ってあげなさいよ」
「いや、流石にプレミアム席は大袈裟過ぎて行けないよ」
代わりに何度か一般客として聴いてるので、一応義理は果たしたと言えるだろう。
「全くこの男は……とにかく、私は紅魔館で音楽を聴きたいのよ」
「そう言うのは先に言ってくれたまえ」
「まさかそんな物まで貰ってるなんて知らなかったのよ、仕方が無いじゃない」
「……なるほどね」
やはり、今日の彼女はあまり気分が優れないように見える。彼女の要求する『音楽』と関係があるのは容易に想像出来るが、きっと聞いても答えてはくれないだろう。
「しかし、困ったな……僕はそう言う道具には詳しくないのだよ」
「意外ね、好きだと思ってたのに」
「勿論、音楽は好きだけど……」
「だけど、何かしら?」
「それを一人で聞くとなると、どうしても漠然なイメージしか浮かばないのさ」
僕が幻想郷で生きる事を選んでから、外の世界は多くの変革を迎えたと聞く。レミリアの言うような音楽もまた同じで、録音と言う行為を通して保存した『音』を特殊な道具から聴く技術との事である。
「早苗から仕入れた道具があった筈でしょう?あのナントカプレイヤーって物の事よ」
「ああ、あれは確かにそう言う用途だったな」
「なら……」
「残念ながら、無理だ」
「無理?どう言う事かしら?」
「あれはそもそも構造が知りたくて壊れた物を譲ってもらっただけで、直そうにも当てにならない部品がざっと50はあるのさ」
「……そう、仕方が無いわね」
心底残念そうなレミリアだったが、やがて何かを覚悟したような顔でパチンと指を鳴らした。それは咲夜を呼ぶ合図で、次の瞬間には既に何かを手に持った咲夜がそこに立っていた。
「こちらに、お嬢様」
「ご苦労」
「相変わらず凄いな」
「光栄です」
咲夜が持ってきたのは、木の箱にハンドルとラッパのような物が付いた道具だった。どうやら蓄音機と言うらしく、レコードディスクに記録された音を再現する道具のようだ。しかし……。
「……壊れてるな」
「そうなのよ、直せるかしら?」
「かなり特殊な壊れ方をしているが、これくらいならすぐに出来る」
「……そう、頼んだわよ」
その時レミリアが見せた悲しそうな顔の意味は、今の僕には分からない。
◇◇◇
蓄音機の修理には、時間はそんなにかからなかった。切れたゼンマイとヒビが入った針を交換すれば、あとは各部品の緩みを直すだけだった。機能出来ないように的確に『破壊された』その形、誰がやったのかは想像に難くなかった。
「本当は、逃げたいと思っていたの」
咲夜も帰り、二人しか居ない店内。修理された蓄音機を受け取ったレミリアは、ぽつりと零すように話し始めた。
「前のメイド長が持ち込んだ物で、彼女も咲夜のように人間だったのよ」
普段ならまず聞く事のない、そんな彼女の昔話。それ程にあの蓄音機が持つ意味は重かったのだろう。
「毎日のようにロマンスをかけて、馬鹿みたいにはしゃいで……」
外には、いつのまにか雨が降っていた。雨から守ってくれる筈の天井は役目を果たせず、蓄音機の上にも幾つかの雫が落ちて来る。
「これを見るとあの娘の事を思い出すから、捨ててしまいたくても捨てられなくて……きっとフランもそれを分かっていたんだと思うの」
「……そうか」
「ごめんなさい、こんなどうでも良い話なんか聞いてもらっちゃって」
「そんな事は無いさ、それより少し待ってくれないか」
そう言って、僕はカウンターの奥から一枚のレコードを持って来た。いつか聴けるようになったら聴こうと思って残しておいた物だが、きっと彼女にこそ意味があるのだろう。
「これは……?」
「ベートーヴェンのロマンス第二章、僕のお気に入りだ」
「っ……ありがとう、愛してるわよ」
「どんな挨拶なのさ、それと湿気には気を付けたまえよ」
「そうね……」
レミリアはそれ以上何も言わず、またしてもいつの間にか来ていた咲夜と共に帰って行った。
……その後ろ姿は、まるで雨の中に何かを隠そうとしてるようだった。
壊れたレコードにそれが出ていてとても良かったです。
いつか傷が癒えるその時まで、聴いているように感じました。
こういう短編は読みやすくて楽しいですね
良かったです
忘れようとして忘れられないレミリアの悲しみがよかったです