「スーさんスーさん。今度、ほわいとでーっていうのがあるんだって」
遠くから「春ですよ~」という声が聞こえてくる……確かに立春は過ぎた。
しかしまだ寒い日が続くこの時期にも関わらず、風をさえぎるものもない草原――否、まだ蕾もつけぬ鈴蘭畑の中。
黒と赤を基調とした服を着た彼女は、鈴蘭たちへと声をかける。
「この間話した……」
えーと、なんだったっけとちょっと悩み
「ヴァン・アレン・たいんでーだっけ? その時のお返しをする日なんだって」
遠くからのピチューンという音を聞きながら、笑顔で何か間違っていた。
紅だけど、白に向けて ~紅魔館三妖会議~
「美鈴、明日は門を守らなくていいわ」
既に日が落ちて数刻。
この紅魔館、そしてその部屋の主 レミリア・スカーレットは飲んでいた紅茶のカップを置き、そう言い放った。
言われた当人である紅魔館の門番 紅美鈴。そしてレミリアの友人であるパチュリー・ノーレッジがこの部屋に揃っている。
レミリアに呼ばれた美鈴が部屋へと入った直後。
動かぬ大図書館とも呼ばれるパチュリーを図書館以外で見るのはいつ以来だろうか、などと考えたところで先程の言葉である。
先に「簡潔に言うと」と断られていたとはいえ、驚きに固まるのも無理はないだろう。
「まぁこれからちゃんと説明するから、まずは座りなさい」
「え、あ、はい」
失礼します、と促された席へ座る。
「ちょっと人里まで行ってもらいたいのよ」
「人里ですか」
美鈴が落ち着いたのを確認してから紅茶を一口飲み、レミリアが改めて切りだす。
「特別な用事でしたら、普段通り咲夜さんにお任せになられては?」
「咲夜には頼めない用事だからねぇ」
迷うことなく返される。そういう話だからかは聞かないとわからないが、当人がこの場にいない。
「……ただの買い物一つで、遠まわしに話をするわね」
「それはこれから説明するところじゃないか」
――全く……魔女はこういう時の様式美がわかっていない。余計な手間をかけたくないだけよ。
そう言い合っているが100年来の付き合いのあるこの二人。こういう掛け合いはいつものことである。
といっても、美鈴が二人の会話を聞くことなど年単位でなかったことだが。
「まぁ聞こえたように、単刀直入に言うと買い物を頼みたいわけだ……さっきも言ったが、咲夜には頼めないモノでね」
なるほど、と頷く美鈴。
「咲夜さんに頼めないといいますと……一体何を?」
「それほど珍しくもないし、難しいものではないよ」
「……そうね」
なんとも要領を得ない答えである。
「まず、咲夜に頼めない理由から話そうか」
通常なら買ってくる品物だけ言えば、その理由もわかりそうなものだが……
この主のことだ、何か話す順番にも意味があるのだろう。美鈴はそう解釈して、続く言葉を待つ。
「美鈴、先月14日のことを覚えているか?」
レミリアの言葉はまたしても説明としては不十分だった。
~~~~~
紅魔館の中庭に面するテラス。食後のティータイムとしてレミリアはそこにいた。
テーブルの対面には、パチュリーが座っている。
週に一度程度の、屋外でのティータイムの際は毎度声をかけており、月に一度あるかどうかの応じた日。
レミリアの妹であるフランドール・スカーレットも同様に声をかけられていたが、今宵はそういう気分ではないらしい。
その日は新月で――フランの気分が合わなかったのもそのせいかもしれない――夜空に月を見ることはできない。
だが、普段は月明かりに隠れる星々を眺めることができて風情があるというものだ。
仕事の休憩中だろうか、緑色の服を着た従者が中庭で伸びをしているところがうっすらと確認できる。
――月が出ていないと字が読めないわね。でも、たまにはこういう遠くの風景を眺めるのもいいだろう?
そんな軽口を叩きながら二人はゆったりとすごしていた。
「お嬢様、パチュリー様。お茶をお持ちしました」
「ん、ご苦労」
二人の前に紅茶の注がれたティーカップが置かれる。
「今宵の肴はクッキーか」
「……その表現は飲み物がお酒の時だけよ」
紅茶と共に出されたお菓子を確認して言ったレミレアに突っ込むパチュリー。
「はい。外の世界の話を耳に挟みまして、その話を元にできた新作でございます」
へぇ……とレミリアは皿からクッキーを一つつまみ、星明かりに照らして眺める。
「黒い大きな粒みたいなものがあるね。これは?」
「はい。それはチョコチップというものでして、名前の通りチョコレートですね。
そのため、こちらのお菓子はチョコチップクッキーと呼ばれているそうです」
「……外の世界には、こんなものもあるのね」
咲夜の説明を聞き、パチュリーもクッキーを手にとって目を凝らす。
~~~~~
「ということがあったわけだが、美鈴は忘れていたか?」
「私いませんよね? 私その場にいませんでしたよね?」
「中庭で伸びをしていたじゃないか」
「会話に参加してないって意味ですよー!?」
「まぁそのことは置いておいて」
置いちゃっていいのか。っていうかそれは風景描写ですよお嬢様。
「ここからの説明は、パチェに任せたほうがわかりやすいか?」
話題を振られ、「……二度手間ね」と嘆息しながらパチュリーは持っていたティーカップをソーサーへと戻す。
言うべきことは、美鈴の来る前に一度レミリアにした説明の繰り返し。
……少し前に、妖怪の山に神社ができたでしょう?
なんでも、外の世界から移住してきたとからしいのだけど、まぁそのあたりの細かいことは今回関係ないわね。
そこの巫女が……正式には巫女じゃないらしいけど似たようなものだって言ってたから巫女でいいわね。
で、その子が前に本を読みに来た時に小悪魔が聞いた話らしいのだけど、外の世界では2月14日はバレンタインデーという行事が行われているらしいの。
理由はよくわからないけど、兵士たちの結婚を禁じていた国があったらしいわ。
その時に、バレンタインという名前の司祭が隠れて兵士たちの婚姻を取り仕切っていたところからとったそうよ。
その関係か、主に好きな異性に贈り物をする日として、この行事は外の世界で広く行われているようね。
その巫女のいた国では現在、主に女性から、友人や家族といった近しい関係の相手にチョコレートを贈る日になっているらしいわ。
最近では同性、つまり女性から女性へ渡すこともよくあるのだそうよ。
そういう外の世界の話が珍しかったのか、それともよほど楽しかったのか……私に「そういう話を聞いたんですよー」って言ってた姿を覚えているわ。
このバレンタインデーでチョコをもらった人は一月後、つまり3月の14日にお返しとして何かを贈ることが通例だそうよ。
その日はホワイトデーと呼ぶらしいわ。
そういえばこっちの名前の由来については小悪魔から聞いていないわね。機会があったら今度調べさせてみようかしら。
知っていてか偶然なのかはわからないけれど、その2月14日にチョコチップクッキーとして私たちは咲夜からチョコを貰っている。
重要なのは咲夜がそのバレンタインデーを知っているかどうかではないのだけど、小悪魔が咲夜にも話している可能性があるわね。
そしてそのホワイトデーはさっきも言ったけど3月14日、つまり明後日よ。
今日は喘息の調子がよいのだろうか。パチュリーはそこまで言って、説明は終わったとティーカップに口をつける。
「すいませんパチュリー様、長くてよくわかりません」
「……言うと思ったけどね」
「よければもうちょっとわかりやすく……あとできればもうちょっと大きな声でお願いします」
苦笑しながら美鈴は改めてお願いする。
――これだから肉体労働派は困るのよ。そう思いながら、パチュリーは再び言葉を紡ぐ。
「……要約すると、そうね」
まず、2月14日は外の世界でバレンタインデーと呼ばれている日である。
その日は、友人や家族といった近しい相手にチョコレートを贈る日らしい。
で、その日にチョコチップクッキーという形で、私たちは咲夜からチョコをもらった。
もらった人は、一月後に何かお返しをする慣例がある。
「…というところかしらね」
「つまり、咲夜へのお返しをしよう、と。そういうことだ」
「なるほど」
ようやく合点がいったようで、頷く美鈴。
「どういうものがいいかはわからないが、咲夜も人間だからね。人間の趣向を考慮して、人里で用意するのが適切だろう」
「お嬢様が直接買いに行きましたら、咲夜さんもご一緒するでしょうしね」
「……レミィが人里に行っても、面倒事になりそうだしね。それに、レミィが起きてからじゃ人里の店はやってない」
「そういうことだ」
長年の付き合い故か。美鈴にも話が見えてきたことで、内容は確認するだけの会話となる。
「なんか遠回りな説明だった気もしますが、私がやることはわかりました」
「説明が長かったってさ、パチェ」
「……様式美とか言って、レミィが余計なところから説明したせいじゃないかしら」
呆れたように嘆息する二人の様子を、美鈴は笑顔で眺めている。
「話がわかったところで、改めて命令する」
パチュリーとの恒例の掛け合いに区切りをつけ、緩んでいた頬を引き締めて告げる。
「紅魔館の主レミリア・スカーレットより。当館の門番、紅美鈴へ。明日は暇を与える」
「承りま……あれ、休み扱いになるんですか?」
館外業務である買い出しに合わせて買ってくる。美鈴はそう思っていたようだ。
「最初に言ったろう、明日は門を守らなくていいと」
口からは出していないが、やれやれという言葉が顔に見え隠れしている。
「……買い出しに合わせてとなると、メイド達に任せる形になるでしょう? そうじゃなくて貴女に任せるわけだからね」
「特別なことがなければ、お前が買い出しに行くのもおかしいだろう?」
……それに、と続ける。
「主としては休みを出すだけで、個人的に買い物を頼んでるだけだ」
――主の言葉を聞いてから、たっぷり五秒。
「承りました」
紅魔館の門番は明日、休むことになった――
そこだけは違和感感じましたね。
最初のヴァンアレンタインデーで盛大に吹いてしまった自分がいますww
メディスン、それ日の名前やない!放射能帯や!
おもしろかったです
続きが是非読みたい!
知ってたのは、大戦直後、ギブミー言って纏わりつく子供達にバレンタイン少佐が・・・って某マンガの嘘ネタだけでした! 勉強になるなぁ。
続き楽しみに待ってます。
正座して続きをwktkするかな
続編がありそうな展開なのでそれに期待ということでw
個人的には美鈴に「働いてる」という意識は無いんじゃないかと思ってたり