状況を、まず整理したい。
何故私はさとりに抱き付かれながら寝ているのか。しかもさとりの家で。さとりのベッドの上で。
―――回想
「ふわ……ぁ……」
「……人の家の庭先でなにやら官能的な声を出すのはお止め頂きたいのですが」
「出してないわよっ!?あくびしただけじゃない!?」
古明地さとりが住まう地底の屋敷、地霊殿。鬼が住まう旧都とは対照的に地霊殿は西洋風なデザインの屋敷となっている。彼女の趣味も多少はあるのかもしれない。鬼を筆頭に和風な妖怪が集まる地底においてこの雰囲気は珍しい……というか異彩を放っている。彼女も本来の出身地から考えると和風な妖怪に属するはずではあるのだが。
そんな地霊殿は内部だけでなく、庭も薔薇園となっており、ここが旧都の一角であることをしばし忘れさせる。
そして、この薔薇に囲まれた庭で橋姫・水橋パルスィは地霊殿の主、古明地さとりと二人で優雅なティータイムを過ごしていた。
「誘ってもらって何だけど、あんまりからかってばかりいると帰るわよ」
「それは困ります。からかうために誘ったのに」
「帰る」
そんなやりとりをしながらも二人の間にはのんびりとした時間が流れていた。
「それにしても日中から貴女が欠伸だなんて。疲れているんですか?」
「うーん、そんなことはないと思うんだけど……確かに橋を行き来する奴は最近増えたけど」
「まぁどうせ在って無いような仕事ですしね」
「人に仕事与えておいてその言い草はないと思うんだけど」
自分が日頃精力的(かどうかは本人も素直に肯定できないが)に行っている仕事をけなされてパルスィは若干むくれる。
「……『確かにそう思うけど』ですか。冗談ですよ。いじけないで下さい」
「いじけてるわけじゃ……ないけど」
「あら、ではどうしたのです?」
と、質問して心の中を見たさとりは一瞬驚き、それから微笑む。対してパルスィはその笑みを見て慌てる。
「へぇ……そうですか。『さとりがくれた仕事だから……」
「あーもう!うるさいっ!いちいち読んだことをそのまま口に出すなっ!その能力、本当に妬ましいわね…ふわぁ……」
また欠伸が口から出る。
「ふむ……本当に疲れているのかもしれませんね。私の家で休んでいったらどうです?」
「え、それはちょっと……」
「『お茶に呼んでもらった上そこまでしてもらっては悪い』ですか。別に気にしなくてもいいのですよ。こうやってどうせ心のなかは見えるのですし。見透かせる強がりほど滑稽なものはありません」
「うぐ……」
「まぁそういったわけで気にせず着いてきて下さい。どうせ人数の割には広い屋敷ですし」
「人を招待できる広い家が妬ましいわね」
「招待する人は殆どいないのですけどね。それではこちらへ。お茶会改めお昼寝会というのもたまには良いでしょう」
そう言いながらさとりはパルスィを家の中に案内した。
――――回想終了
いやまぁ確かにお言葉には甘えてみたが。
その、チェアとかソファとかで軽く眠りにつければー、とか思ったらなんだこれは。さとりのいつも寝ているベッドで何故私は横になっている。ていうかベッド幅広いし天葢付いてるしいつもの私の家のごくごく庶民妖怪的なお布団と違いすぎて逆に寝られないんですけど。っていうか豪華すぎて妬ましい。あ、いま気付いたけど枕も安眠枕だ。妬ましい。
いま一度問う。何故私はこのベッドで横になっているのだ。
さとりの部屋に案内されて「ここがさとりの部屋かぁ」とか思っていたらいつの間にか「上着はこちらへ掛けておきます」とか言いながらいつの間にか楽な格好にされてたし、さとりもいつもの服装から簡単なパジャマに着替え終わってて寝る準備万端になっていたし、恐ろしい物の片鱗を味わったとか言ってる場合じゃないわよ。手際良すぎて妬ましい。すでにそういう問題じゃない気もするけど。
そして、こいつは眠りに就くのが早すぎる。「ではこちらへ」と言ってベッドに放り込まれたと思ったら横に入ってきてたし「ではおやすみなさい」と言ったかと思ったら私にくっついてたし、気づけばすでに寝息を立てていたぞこいつ。そんなに安眠枕で快眠できるのか。単純すぎて妬ましい。
……そう、人の気も知らないで、なにをいきなりくっついて寝ているのだ、こいつは。抱き枕にされてる私の身にもなってほしい。
そもそも今日お茶に誘ったのはこいつの方ではなかったか。人を呼んでおいて寝てしまうほど疲れているのならば無理しなければ良いのに。
そんなことを考えながら、自分に抱き付いて寝息を立てる少女に目をやる。
さとりは小柄……というか華奢だ。地霊殿の主であり、建前上は地底の妖怪のトップに立つ存在――実質的なトップは実力も人望もある鬼の四天王である勇義がリーダーとなって旧都を治めているが――それでも彼女は本来かなり高い地位にいる妖怪である。しかし、この小さな、か弱いシルエットからはとてもそんな妖怪だとは想像はできない。
性格についてもそうだ。妖怪とは本来攻撃的なものである。話に聞く地上の吸血鬼もさとりに負けず小柄な少女だと聞くが性格は所謂お嬢様気質でカリスマを放ち堂々たる佇まいだと聞く。
さとりは一見すると冷静沈着で寡黙である。そういう意味ではカリスマとも言えるかもしれないが実際はおとなしいだけだし、立場とは裏腹にリーダー的な性格とは明らかに違う。妖怪としてもかなり異端な気質だと思う。
「……こうやって見てると、本当にただの女の子なのにね」
軽くさとりの頭を撫でる。この小さな身体で、大して強くもなさそうな力と性格で、地底の妖怪の代表となっている彼女は何を思っているのだろう。その小さな身体にどれほどの重圧や責務を背負っているのだろう。
「……あんたの方が本当は疲れてたんじゃないの」
頭を撫でると少しさとりが反応した。起こしてはいけないと思い頭を撫でる手を止める。
「可愛いな……妬ましい」
無防備な寝顔を見て改めて思う。可愛い。こいつは普段気を張っている節がある。それはやはり立場のせいか、それとも嫌が応にも第三の眼から頭の中に入り込んでくる他者の思考のせいかはわからない。だからこうして無防備な姿を自分に見せてくれることは正直なところ……非常に嬉しい。その上自分に身体を寄せながらその表情を見せてくれている。もしも今の自分のこの幸せな立場を体験する者が他に現れたらその日の夜は丑の刻参り決定である。夜まで待たずにそいつを呪うかもしれない。それでは丑の刻参りにならないのだが。
力も強くないので抱きしめられている……というよりはくっついている、と形容する方が妥当であろう。普段は一人で寝ているのもあるが、こういうのも……悪くない。信頼する誰かの体温を感じながら、安心して眠りに落ちる……。さとりはいま私と一緒にいて安心しているのだろうか。それとも単純に疲労から熟睡しているのだろうか……。
「……にしてもぐっすり眠っているのね。まったく、妬ましいったら……」
布団から少し身体が出ていたので、さとりを起こさないよう、腕だけ動かして布団を掛けなおす。さとりの胸についた、彼女には不釣り合いな第三の眼に視線を移す。パッチリと見開かれた眼と視線が合った。
……?
パッチリと、見開かれた、眼?
もう一度見る。第三の眼はしっかりと私を写している。
「さとり…あんた、もしかして起きてる?」
さとりは答えない。代わりに第三の眼が明らかに視線を反らした。というか今寝息も一瞬乱れた。
こいつ、起きてる。
「起きてる?」
「……」
「起きてる人は挙手」
「……」
「寝ている人は挙手」
「はーい……」
「やっぱり起きてるんじゃない!」
さとりの頭にあった枕を引っこ抜いて顔面に叩きつける。
「あいたたた…あら、おはようございます」
「いま自然に起こされたかのような演技をするなっ!……いつから起きてたのよ……」
「そうですね……あなたが回想であくびをしたところあたりから」
ほぼ最初からじゃん、と思ったのと私の手が安眠枕を掴みもう一度さとりの顔面に安眠枕スマッシュが炸裂したのはほぼ同時だった。
「まず言うべきことがあります」
「何よ」
起きた私とさとりはベッドの上で向かい合っていた。といっても寝ながらではなく互いに正座で。
「私の枕は安眠枕ではなく低反発まくらです。よって先程あなたが心の中で叫んだ技名は低反発まくらスマッシュと」
「低反発まくらスマッシュ!!」
お望み通り正しい名称で枕を叩き付ける。ていうかそこまで読むな。そもそも安眠枕と低反発まくらって別物なの?
「ふっ……その技…見切りましたよ……」
「いや、カッコつけなくていいから……」
「私の頭上にピコーン!と電球が点灯しました」
そんなロマンシングな見切り方せんでいい。
「……なんでわざわざ狸寝入りしてたのよ……」
「いえ、はじめはちゃんと寝てましたよ。数分は」
本当にあの数分で寝てたのか。寝付きの良さが妬ましい。
「起きたら……その、あなたが」
「何よ」
「私のことを考えてる……から……」
……は?いまなんと?
「ですから、第三の眼を開けたらあなたの思考が頭に入ってきて、そうしたら私のことを考えていて……覗き見るのは悪いかと思いつつも気になってしまったので……」
「……ーーっ!」
いや、起きていたわけだから私の思考をほとんど丸ごと読んでいたことについては先程鉄槌を下したばかりだが。枕で。
では私はというとその間に何を考えていたかということと、このさとりの照れ具合を見ればどのあたりの話題についての言及かは自ずと定まってくるわけで。
「………」
「………」
恥ずかしい。これは恥ずかしい。聞いてないと思って悪口を言ってたら本人が聞いてたというシチュエーションは非常に間の悪いものだが、逆にここまでべた褒めした言葉が筒抜けになっている場合も考えものである。というか私どんなこと考えてたっけ?
「寝顔が可愛い……とか」
だから読んだ心の声をそのまま言うな。恥ずかしさで顔から火が出る。
「……まぁ、ですね。その」
「なによ……」
恥ずかしい。穴があれば入りたいが穴はないしここはすでに地底という名の穴の中である。それならせめて布団の中に潜りたい。
「ありがとう……ございます」
「……へ?」
意外な言葉だった。……ありがとう?
「あなたのことを抱きしめていたから……きっと穏やかに寝られたのかな、と思います」
「……人を抱き枕みたいに」
ついつい皮肉が口に出る。反射のようなものだから仕方がない。
「抱き枕、ですか。あながち間違ってもいないかもしれません。貴女にくっついていた間、私はとても幸せでしたから。……そうですね。ペット達や妹に抱きつかれることは度々ありますが……。私からこうやって誰かにくっつくのは初めてかもしれません」
「それはどうも。光栄なことで」
「……私のこと気遣ってくれてたんですね。」
「う……別に、大変そうだなー、ってちょっと思っただけよ。ちゃんとした仕事があって妬ましいわ」
「それでも」
私の手を取ったさとりはまっすぐに私を見つめている。さとりの瞳の中に私が映っているのが見えた。
「……嬉しかったです」
……困る。こういう直球は、困る。
「ええ、直球に弱いとわかっててやってます」
……こいつは。はっ倒してやろうかしら。
「でも嬉しかったのは本当です」
「……やけに褒め殺すわね。」
「ええ、先程たっぷり褒め殺されましたから」
いつも通りのニヤニヤとした笑みで私を見る。あー、こいつは……。
「……だから私も同じくらい褒め殺してあげます。あなたの心は私には見えますが、私の思っていることは言わないと届かないでしょう?」
さとりの妙な気迫に押されていると思ったらいつの間にか私はベッドに押し倒されていた。
「……へ?」
「ということでまずはもう少し一緒にお昼寝しませんか?」
さとりは先ほどと同じように私の横で私にくっついて横になる。
「……まぁ、それも悪くない、かな。」
でも、今度は
「私にもぎゅってさせてよ、さとり」
「……そうですね、その方があったかいです」
さとりは笑顔で答えた
温かい。
妖怪になってから、またこんな温もりに触れることができるとは思わなかった。
熱はいつか失われる。暖かい紅茶は時間が経てば冷めてしまう。生きている人間もいつか冷たい死に堕ちてしまう。
……かつて私と一緒にいた誰かの温もりも、そうやって喪われてしまったように。
奪われるにせよ、手離してしまうにせよ、最後には失ってしまうのだから、妖怪になってからももう温もりになんて触れずに生きていくんだと、そう思っていた。
きゅ、と私もさとりの小柄な体躯を抱き寄せる。
たとえいつか失なわれるとしても、永遠じゃなくても。
ここで、今、こうして触れている温もりは嘘じゃない。
抱き寄せたさとりの身体から寝息が聴こえる。
「本当に寝つき早いわね……」
……あぁ、でも、確かに。
この抱き枕はとてもよく眠れそう……かな。
パルシィのキャラ上、やはり素直な言葉が普段口に出ないキャラですし、そこをさとりの能力でうまく汲んであげられてるのかな? と思ったり。
そんなパルシィだからこそ甘え気味なさとりに放っておけないパルシィとか、もう可愛いなぁ、二人とも!w
良い作品をありがとうございましたww
ニヤニヤさせていただきましたw
パルスィがノリノリで遊んでるのが意外に珍しくていいですね。かわいい
かわいい
末永くお幸せに!
これは作者様の次回作にも期待せざるを得ないな。
自分も素敵なの書きたい。
いや、ニヤニヤせざるを得ませんよ…
もうあなたはさとパルの人として認識した。
おもしろかったです。
近過ぎず遠過ぎず
この距離感がいいですね
これは応援せざるを得ない。
直球は、困る→「わかっててやってます(キリッ」なさとりん大好き。
ちょこっと妬ましい言い過ぎかな?とも思いました。