Coolier - 新生・東方創想話

焼き切れぬ憧憬

2023/08/29 13:36:53
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 帽子をサイドテーブルに置いて、立ててある鏡に自分の姿をさらす。
 そして、翼を解く。
 魔術的な支えを失った翼は一瞬にして髪へと戻る。その流れはワックスで固められているせいで不格好だ。少しの嫌悪感を抱きながら、この後の計画のためにシャワールームに向かう。いつもより多くなった毛束を懇ろに洗い流し、尻尾も入念に洗う。諸々の手入れを済ませ、体を拭いて髪を乾かした後に再び鏡の前に立つ。小さな小さなかたちを、その中の者は、自分はしている。
 はて、それは本当に自分なのだろうか?

 畜生界。地獄の一角にあって、弱肉強食をルールとする動物霊たちの領域である。つい最近は動物霊でない勢力が出てきてはいるが、依然としてそれまでの世界は続いている。三大組織(今は四大、かもしれない)の一つの頂点にいるこの身は強者側である。
 でも、そうと言うには体が小さい。他の組織の組長に自分より背が大きいのはいないし、見た目はちまっこいのすらいるが、それとはまた別の話だ。だから少しでも大きく見せる為にタテガミ……もとい髪の毛を使ってかのペガサスのような翼を作っている。動物霊としての、馬の姿の方が人のかたちより大きく見えるかもしれないが、人のかたちは力ゆえなのでそちらの方がよい。体を大きく見せるのだって、だいたい威嚇のためだろう?
 その翼の作り方を変えようと思い立ったのは、幻想郷で闇市場が終わった帰りのことだった。

 一度固めずに翼の形だけを作ってみるが、バランスが悪くイマイチだったので解く。髪と尻尾が落ちてだらりとしなだれる。次に別の形を試す。これも目立つ部分があってあんまりかっこよくない。また髪がバサリと落ちる。
 なんだって翼を作るのに尻尾を混ぜようと思ったのか。常々思っていたことだが、実際にやると酷い苦労になる。思い出したのは尻尾の分髪が余るからそれで正面から見たときにも迫力が出せるとか、少し毛質が違うからまた別なふうにできるとか、そんな考えだった。
 とにかくやると決めたことはやり通すしかあるまい、と自らを奮い立たせて次の案に移った。

 地上の闇市場で萃香殿に会い、弾幕勝負に勝ってカードを見せてもらっていた時、一つのカードが目についた。アビリティカードには人妖の力が込められているが、そのカードから感じる気配にはひどく覚えがあった。
 確認したかったのか、誤魔化したかったのかもわからない。ひどく動揺して意識もしないままに聞いたのだろうか、萃香殿は質問に答えるふうで話した。
「そいつは聖徳太子のアビリティカードだ」
 それからは質問攻めだった。気が動転していたとはいえ申し訳ないことをした。聞けたことをまとめると、太子様はあの時死んだのではなく眠りについただけで、何年か前に幻想郷で復活したのだという。それからは人々に教えを解いたり異変に関わったりと幅をきかせているそうだ。
 最後に萃香殿がそんなに気になるなら会えないこともないとおっしゃったが、会いたいわけではないと答えていた。

 試行錯誤と修正を繰り返し、翼の形が決まった。とはいえ固めてどうなるかはまだわからない。ワックスを手にとって髪の半分をまとめ、塗り込んでいく。魔法で支えられた毛束に指が通り、色つやが出てくる。
 いつもやっていることだが、今回はなぜか一段と胸が高鳴っていた。まるで初めて翼を作った時のようだった。もしかしたら同じなのかもしれない。あの、自分が別の自分になれるような感覚。
 塗り終わって鏡の前に立ち、翼を広げた。どこか違和感がある。形がだめだったか、ワックスをつけすぎたか、思いあぐねていると、翼が大きすぎることに気がついた。残った髪がいつも通りの量なのを見るに、いつものクセで同じ髪の量をとり、そこに尻尾も加えていたようだ。
 さすがにこれはやり直すしかない、と翼を解く。髪に加え尻尾も地にうなだれる。

 変わったからかもしれない。今でも太子様は心の中に大きな位置を占めているし、再開の場面を想像すれば――少し前までは――幸福な気持ちになれた。
 けれど実際に会えるとなると、厄介な問題があった。自分が自分であること、驪駒早鬼であること、勁牙組の組長であること、動物霊であること、それが何かしらの純粋さを損ねるのだ。
 生きていた頃は太子様が世界の全てだった。むろんそれは今では未熟だったのだと理解できる。実際にそのことに関していくつか思い出すのが恥ずかしいことがあったりする。
 けれど地獄に落ちてから多くの人に出会い、尊敬し信頼され、しのぎを削り、多くの苦難に会い、多くの喜びを知った。人のかたちを得た。「ペガサス」となった。
 それなのに振り返ってしまったらどうなるのだろう。今の自分を失ってしまうのか?失望され、過去がなかったことになってしまうのか?

 鏡の前に立つ。今度こそ翼は完璧で、残された髪の量も申し分ない。喜びいさんで髪を広がるように整え、外用の服を着て、翼の付け根を隠すようにネッカチーフをつけ、帽子を被り、鏡の前に再び立った。そこにいたのはまぎれもなく私、驪駒早鬼だ。
 満足感が心を満たしていく。しばらく鏡に映して色々と体や翼を動かし、それとなく帽子を取った。その時何となく馬の耳が目についた。尻尾を翼に組み入れた今となっては自分が元は馬であることを示す唯一の印に感じられた。
 そっと耳を両手で覆う。手のひらの柔らかい感覚がだんだんと消えて無くなり、最後には髪の毛しか触っていないように思えた。手を離すと、馬の耳は消えていた。聞こえる音は変わらず、どこからでも聞こえる畜生界の喧騒。
 なんだ。
 人のかたちは物理的なそれではない。その正体の印が無くなるとて不思議ではない。けれどその瞬間は、落胆したような安心したようななんとも言い難い気分に襲われた。
 とはいえそれを引きずる性分ではなし、私は帽子を再び被って新たな姿を誰かに見せるため部屋の外に出た。

 変わらなかったからかもしれない。確かに私は変わった。あの頃よりずっと強いし、あの頃よりずっと穢れに慣れたし、あの頃よりずっと酷いことができるようになった。
 けれどそれがなんだというのだ。人間ならともかく、畜生にとってはそれが自然な帰結だ。産まれてからずっと人の手の内にあったからわからなかっただけだ。
 しかし、だからこそ、逃れることができない。あの方から。その存在から。
 どんなに腕っぷしが強くても、どんなに策略が優れていても、どんなに機を見計らうのが上手くても、それだけでは強者と言うことができないと意識の底で知ってしまっているのだ。
 本当の強者というものは、有無を言わさず強者だと思える。従順になろうとも、背こうとも、強者を軸に動くしかなくなる。もちろん、実力も重要なのだが。
 自らが強者の側に立っていると理解してからはそうあろうと努力してきたのに、全く近づけている気がしない。なにゆえ強者が強者であるのかがわからない。
 もしかして他の組長は、特に八千慧の方は知っているのだろうか。いや、知っていなくたって、強者としてあれているのだろうか。私がそれを知らないだけで。しかし想像してみてもやっぱり何かが違う。
 そう、強者は、見上げることしかできない。そして私はそのひとを追い慕うことしかできない。それは脚力など問題にすらならないことだ。
 そしていつだって、後を追う相手が誰だとしても、その道筋は太子様のものと同じなのだ。太子様は全てではなくなった。けれども全ての影に太子様は居続けている。
 憧れている。焦がれている。けれどこの身は畜生で、焼かれているのを止めることができない。この火種はいつか私を、何にもなりきれない自分を焼き尽くすのだろうか。

 畜生界某所にて。案内された部屋の扉を開け放つと、そこにはしばらく見ていなかった馴染みの姿があった。
「久しぶりだな、尤魔!」
「来たか早鬼、そこに座るといい」
 指示された席に近づく途中、尤魔にはまだ新しくした翼を見せていなかったことを思い出した。席の裏で翼を広げてみせる。
「……どうしたんだ?」
「どうって、翼を新しくしたんだよ」
 少しの間尤魔は私をじっと見ていた。
「ああ、確かに前と違うな」
「そうだろう?」
「一体どういう風の吹き回しだ?」
 裏に何かあるふうでもない、本当に単純な疑問なのだろう。けれども答えは既に決まっている。私は微笑んだ。
 間が二人に窮屈に挟まっている。
「そうか。早く座れ、話があるから呼んだんだ」
 その言葉の通り私は椅子を引いて座った。
 まずはここまで読んでいただきありがとうございます。
 本当は本文だけで収めたいところですが、珍妙すぎるかもしれないという懸念と、本文できれいにオチがつかなかったので、蛇足かとは思いますが少し言葉を付け加えさせていただきます。
 この作品は「聖徳太子のペガサス ~Dark Pegasus」をアキシブ系(つまりフーリンキャットマークさんのリスペクト)にアレンジするのに驪駒早鬼のイメージを固めようとして作られたものになります。だから読みものとして見ると変な部分があったり、キャラクターの解釈が偏っていたりすると考えられます。また、少し入り込みすぎて驪駒早鬼から離れた部分もあります。
 とはいえ作品は作品、この世に出てきた以上は見られさせたいものですので、投稿する運びとなりました。
 最後にくだくだしい話に付き合っていただいたこと、そして重ね重ねになりますが作品を読んでいただいたことにお礼申し上げます。
雨合千葉
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
羽の設定、私も初めて知った時面白いなと思いました。強く在りたいと願う早鬼がいいですね。
4.90東ノ目削除
片思いで終わることにじれったさを覚えつつも、畜生界の組長である今を生き(?)続けることに良さを感じました
5.90夏後冬前削除
女の子が好きな人に会う前におしゃれする話なんだって気づいてから面白くなりました
6.100南条削除
面白かったです
気合を入れて身だしなみを整えている驪駒が戦闘の準備をしているようにも感じられてカッコよかったです