Coolier - 新生・東方創想話

へらり

2021/02/25 09:50:33
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「退屈?」
「そう、退屈。ああ、最近は女苑のおかげであまり退屈しませんけど」
「そりゃどーも」
 血の池地獄に沈むのが趣味だと聞いて、何が楽しくてそんな馬鹿げたことをするのか、興味本位で尋ねてみた。するとそいつは、退屈だからですよ、と臆面も無く言い放った。
「聖がいて、仲間がいて、穏やかな暮らし。それで十分幸せなはずなのに、すぐに物足りなくなってしまうの」
 灯籠に腰掛けながら、ムラサは自嘲気味に笑った。そこ座っていいのか。怒られるんじゃないか。
「だから定期的に血の池地獄に行って、自分が人殺しの罪人であることを確認するんです。自分のような存在が、平穏で長閑な暮らしを送れる。それがどれだけ有難いことか、思い出すために」
「難儀なやつね。まあ、こんな娯楽の少ない暮らしをしていたら、退屈するのも仕方ないけれど」
 苦しみから逃れるための修行が、そんな不毛な行動に結びつくなら、それは本末転倒なのではないだろうか。
「やっぱ修行なんてクソだわ。私はアンタみたいには絶対ならない」
「いいえ」
 ムラサはやけに明確に否定した。朗らかな笑みを浮かべている。
「あなたは私に似ています」
 
 命蓮寺での暮らしにも、なんだかんだで慣れてきた。
 質素で慎ましやかな暮らしは、まあ、なんだ。悪くないよ、うん。
 ただそれは、生活そのものの話だ。修行とか仏教の教えには、正直納得いっていない。
 仏陀の入滅から二千年以上かけて、何百万人もの人間が手を変え品を変え修行をしても、涅槃に至れたのはそのうち1パーセントにも満たないというのは、どうなんだ。修行自体に根本的な欠陥があるんじゃないだろうか。多分。知らんけど。
「その欠陥がきっと、アンタみたいなやつを作り出してしまうのよ」
 わざと嫌味っぽく言ったのだが、ムラサは怒りもしない。特に興味が無さそうだった。
「そんなの聖か星に言ってくださいな」
 ごもっとも。だが私は宗教議論をしたいわけではないので、その提案は却下だ。
「私自身は、ただの修行不足だと認識していますけど」
「そう言う割には修行に不真面目よね」
 こいつが自発的に修行しているところなんて見たことが無い。大体ぼーっとしているかフラフラしているかだ。
 先週は丸々一週間ろくに睡眠も摂らずに、延々さとり妖怪の妹の方と花札をしていた。狂気を感じた。
「だって、別に悟りを開きたい訳ではないもの」
 言い切った。いいのかそれで。私は思わず周囲を見回した。誰かに聞かれたらどうすんの。
「言ったでしょう?私は今の暮らしで十分幸福なんです。たまにそれを忘れてしまうだけ。これ以上なんて求めてない」
 ほんのちょっと前まで辛気臭い顔をしていたのが嘘みたいに、その目は確信に満ちていた。
「あなただってきっと同じ。だから私達は似ているの」

 それから暫く経って、私は寺から逃げ出した。飽きたのだ。結局最後まで修行や教義に納得いかなかったのも要因だ。
 慣れて、物足りなくなって、別のものに手を出す。これまで何度も繰り返してきたことだ。結局あの寺も、そのサイクルの一部でしかなかったのかもしれない。
 私は以前と同じように、カモから金を巻き上げる暮らしを始めた。久々の散財は楽しかった。生きる実感を得られた。

 カモを探し、金を巻き上げる。金を使う喜びを味わう。しかし、何度も繰り返しているうちに、物足りなくなってくる。
 だから、もっと金のあるカモを探す。そしてもっと金を使う。だが、それにも物足りなくなってくる。
 もっともっと金のあるカモを探す。もっともっと金を使う。そして物足りなくなる。
 もっともっともっと金のあるカモを探す。そんなカモはそうそう居ない。でも欲しい。でも見つからない。欲しい。見つからない。欲しいのに、手に入らない苦しみ。胃が圧迫されているような不快感。脳に火が付いているかのような焦燥感。もうずっと昔から、何万回も味わってきた感覚だ。
 この苦しみから、私はいつも、どうやって抜け出してきたんだったっけか。忘れた。長い間普段のルーティンから外れていたせいで、分からなくなってしまった。
 適当に目に入った飲み屋に飛び込んで、手元に残っていた金を全て酒と飯に変えた。それでも足らず、店に居た客の財布を一つ残らず空にした。店主を含め全員がしたたかに泥酔した後、店を出た。ただただ虚しさと気分の悪さが残った。

 ──何かを追い求める心こそが渇愛であり、苦の原因です。渇愛を止め、喜怒哀楽や欲求が浮かんでは消えることをただあるがままに眺め、受け入れること。それこそ修行の目的であり、涅槃の境地なのです。

 寺で聞かされた白蓮の説法が脳裏に反響する。説かれるまでもなく、私はとっくの昔に知っていた。欲望こそが苦しみだと。
 だが、苦しみから逃れる方法も、私は知っていたはずだ。修行などに依らずとも。
 道端に倒れ込んで、夜が明けるのを待った。

 憎らしくなるほどの晴天の中、人里を歩く。次なるカモを見つけるためか、単に気晴らしのためか。分からない。私はどこに向かっているんだ。
「お、妹」
 妙に気安い声が頭上から降ってきた。
「…アンタか」
 顔を上げると屋根の上に、夏空みたいに青い髪の女がいた。なんで屋根の上に居るんだ。そこ人ん家だろ。
「そう、私だ。敬え」
 女は腕を組んでふんぞり返った。傲岸不遜を絵に描いたようなやつだな。
「姉さんは?」
 そういえば随分長い間会っていない。今の今まで存在を忘れていた。いや、思い出さないようにしていたのかもしれない。
「さあ。昨日は一緒に居たけど、今日は見てないな」
 女の声はどこまでも軽く、チリチリと静電気のように私の意識を炙った。
「どこ行ったの」
「いちいち行き先まで知らないよ」
「ああ、そう」
 無責任だ、と思った。
 姉さんがこの女に着いて行くのは、別に構わなかった。姉さんの自由だ。姉さんが自分で選んだ、信頼できる相手だ。それなのに。
「オマエ、姉さんを何だと思ってる」
 青髪高慢女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。その顔すらも癇に障った。
「面白いやつだと思ってるけど」
「ああ、そう」
 面白いやつ。そうか。その程度の認識で、連れ回していたわけか。
 ああそう。そうか。そうですか。
 殴り掛かったら返り討ちにあった。

 私の隣には姉さんがいた。ずっと。
 いつも辛気臭い顔をして。
 何一つ満たされない暮らしをして。
 ほんのちっぽけな幸運で、極上の喜びを感じられるやつが。
 あいつのせいで、どれだけの不運に見舞われたか知れない。
 どれだけの金を集めても、あいつの傍にいるだけで、全てが無に帰す。どん底に落ちる。
 そうしてまた一から、喜びを味わい直すことができるようになる。
 私が欲望の苦しみから抜け出すことができていたのは、姉さんがいたからだ。
 ムラサが血の池地獄に沈んで、日常の幸福を再確認するように。
 私は姉さんの力でどん底に落ちて、小さな喜びを再発見する。
「確かに、似てるかもね」
 だが。しかしだ。
「私は、アンタみたいにはならないよ。ムラサ」
 なってたまるか。
 私は自分を変えるために寺に居たのだから。
 不毛なサイクルは、ここで終わりにするんだ。

 足は家に向かっていた。しばらく帰っていなかったけど、足は道を覚えていた。あそこが私の帰る場所だと教えるようだった。そんなこと、教わらなくても知ってんだよ。気付けば足は駆け出していた。
「ただいま」
 がたついた扉を開けると、斯くして姉さんは家にいた。そんな気はしていた。認めたくはないが、分かるのだ。何故か。
「女苑」
 久々に会った姉さんは、最後に見た時と何も変わらない辛気臭い顔をして、仰向けに寝転んでいた。天人パワーで浄化されたりはしていなかった。あいつにそんな能力は無いか。
「おみやげ」
 帰宅後一秒で物乞いを始めた。寝そべったまま床を叩いて催促してくる。ぶれないやつだ。ポケットを漁ったら飴が出てきたので放り投げた。飛びついて食べ始めた。野鳥か何かか。思わず苦笑してしまった。
 私の片割れ。半身。生活の一部。切っても切っても切り離せない。きっと、死ぬ時まで、私は姉さんと一緒に居る。
 ならば、共に堕ちるだけなのか。否だ。
「やってやろうじゃないの」
 疫病神だから、貧乏神だから、何だって言うんだ。
 私は、この姉と共に、幸せになってやる。
 きょとんとした顔で私を見上げる姉は、何も知らないくせに、へらりと笑った。
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コメント



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1.70名前が無い程度の能力削除
知っていることとと感覚的にその知識が自分に向いてるかは別問題ってわけですか
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.90名前が無い程度の能力削除
姉妹っていいですね
7.90夏後冬前削除
何だか身につまされるモノがありました。ただ足るを知るは難しい。マイナスをプラスに変えていく気概があって素敵でした。
8.100Actadust削除
女苑の生々しい人間臭さが出ていて良かったです。重いテーマかと思いますが、どこかあっさりとした表現また良きです。楽しませて頂きました。
12.100南条削除
面白かったです
女苑の苦しみと姉への覚悟がとてもよかったです