ねずみ小僧になりたい、と妹は言った。
「弱い者の味方になりたいってこと?」
「違う。金持ちから金を奪いたい」
それを聞いて、私は安堵した。よかった、いつもの女苑だ。てっきりあの尼僧に悪い物でも食べさせられて、偽善に目覚めたのかと思った。
「金ってのは放っておくと金持ちの懐に貯まって、流れなくなるからね。ポンプが必要なの。私ならそれができる。金持ちに金を使わせて、その金を受け取った商人に金を使わせて、職人に金を使わせて、農民に金を使わせる。誰も彼もに金を使わせまくって、幻想郷にバブルを起こしてやるの。きっと痛快だわ」
嬉々として語る女苑の姿が、やけに霞んで見えた。目が渇く。からっ風が肋骨の隙間を通り抜けて、内臓に吹き荒れているようだった。
今までのような刹那的な浪費とはまるで違う。女苑は明確に、目的意識を持って能力を使おうとしていた。
「それで、私のところへ?」
「女苑があんなこと言い出すなんておかしいもの。あなたが何か悪い物食べさせたんでしょ」
私は女苑が修行させられていた寺に来ていた。尼僧を問い詰めるためだ。あとお茶菓子をいただくためだ。美味しい。お茶も美味しい。あれ、何しに来たんだっけ。
「どっちかって言うと、悪い物食べていそうなのはあんたでしょ」
尼僧の隣にいた雲女がなんか言ってきた。お茶菓子に集中してて聞いてなかったけど、馬鹿にされた気がする。
「うるさいでこっぱち」
「誰がでこっぱちだコラ」
雲女は拳を振り上げた。私はあかんべえで応戦する。勝負は互角だ。
「やめなさい」
尼僧がぴしゃりと言い放って私達の死闘を止めた。怖かった。
「話を聞く限りであれば、良い能力の使い方ですね」
ご本尊様が言う。ああそうだ、女苑の話だった。
「女苑なりに考えた結果でしょう。尊重してあげたらいかがですか」
さすがはご本尊様、威厳があるな、と思った。私も神なんだけどな。分けてくれないかな。
「しかし、幻想郷にバブルを起こす、なんて。できるのかしら」
「あの子の能力なら、不可能ではないでしょうね。相応の苦労はするでしょうけど」
みんな口々に何かを言っている。面倒なので聞き流そうかと思ったけど、最後に聞こえた言葉が引っかかった。
「そこがおかしいんだよ」
私は疲れてきたので前屈みになってちゃぶ台に顎を乗せた。一日二時間も行動すると体力が尽きるのだ。
「女苑は、苦労なんて絶対したがらない子だったのに。一体どうしちゃったの。あなた達、女苑に何をしたの」
「何を、と言われても」
「何かしたに決まってる。あの子はわたしの妹だもの」
自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。
それが、私達姉妹のあり方だったはずなのに。
一日の大半を、地面に座り込んで過ごしている。
ぼーっと遠くを見つめながら、意識が輪郭を失っていく様を楽しむ。お金もかからず、体力も使わない。最高の娯楽だと思う。
女苑にはしばらく会っていない。先日の言葉通り、里の有力者や長者に次々取り憑いてはお金を浪費させているらしい。そのせいなのか、なんとなく里全体に活気があるような気がして、居心地が悪い。
活気は苦手だ。人々の声が鼓膜に刺さって、微睡みを阻害する。
路地裏に逃げたら、そこにも人が居て、明るい口調で何か話している。
人のいない場所を探して彷徨う。なんでこんなことをしないといけないんだろう。
まるであちこちから光に照らされて、追い立てられているみたいだ。
女苑が頑張れば頑張るほど、私が居てもいい場所が、無くなっていくようだった。
里は日に日に活気を増していく。
私は喧騒から隠れるように、ひっそりと河原に座り込んでいた。川を眺めていれば退屈しない。何時間でも何日でもここにいるつもりだった。
雨が降ってきた。慌てて走り出す人々を横目に、すぐに止むだろうと思ってそのまま横になった。程なくして土砂降りになった。
雨粒が絶え間なく身体を打ちつける。私は動かない。動いてなるものか、と思った。
大雨の中、人っ子一人居ない河原。ここから逃げ出したら、私の居場所はどこにもなくなる気がした。
ふと、雨音に混ざって人の声がした。こんなところにまで、私を追い立てに来るやつがいるのか。憤慨していたら傘が差し出された。
「あんた、こんな所で何しているの」
寺の雲女だった。冷めた目でこちらを見下ろしてくる。私は何も言わずに睨み返した。目を逸らしたら負けだ。負けたくなかった。誰が相手でも。
「行くあてが無いなら、うちに来れば」
雲女は平坦な口調でそう言った。
「うわっ。一輪、何連れてきてんの」
「うるさい。いいから風呂沸かして」
寺に着くと、予想通りに邪険にされた。当然だ。私はそういう存在だ。
それでも連れてこられたからには何も遠慮はしない。自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。それが私達姉妹のあり方だからだ。
温かいお風呂に入って、綺麗な服に着替えて、美味しいご飯を食べて、ふかふかのお布団で寝た。
涙が止まらなくなった。
里は未曾有の好景気に沸いている。
「さっき、里で女苑を見たよ。なんだか疲れてるみたいだった」
私は命蓮寺でお菓子を食べながら一輪の話を聞いていた。
好景気の影響で、檀家さんからの貰い物が増えているらしい。つまり、このお菓子は女苑がくれたようなものだ。
そう思うと、なんだか少し食べたくなくなった。食べるけど。
寺では私が居ることによってたびたび不運が起こっている。家財道具が壊れたり、屋根に穴が空いたり、宝塔が無くなったり。
聖は、元からトラブルメーカーの多い寺だから大して普段と変わりは無い、と言っていた。そんな筈は無いのだけど、その言葉に甘えることにした。
女苑の目撃情報が得られるたびにその場所に行ってはみるが、今のところ会えず終いだ。会えず終いの会えず姉妹、などと下らない洒落が浮かんだ。それくらい自分に余裕ができていることに驚いた。衣食住の効果は絶大だ。
帰る場所があることは、幸福だと思う。私は女苑の帰りを待つことにした。
久々に会った女苑は、目に隈を作って、ぼさぼさの髪をしていた。
「疲れた」
私を見るなりそう言って倒れ込んで来た。軽くなったなあ、と思った。
睡眠不足と能力の使いすぎのようだった。結局のところ、女苑一人の力で幻想郷の経済を回し続けるのは無理があったのだ。
私は女苑を膝枕して、ずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「なんで、こんなことしようとしたの。命蓮寺のみんなも心配してたよ」
女苑は口を開くのも億劫そうに、こちらを見た。
「なんでかなあ。なんでだろう。分かんない。やりたかったから、かな」
まるでうわごとのように言葉を紡ぐ。
「でも、楽しかったわよ」
そう言って、けらけら笑った。その笑顔には満ち足りたものがあった。羨ましくなるくらいに。
「そっか」
他人に心配をかけても、途中で投げ出してしまっても。楽しかったのなら。
「じゃあ、いっか」
自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。
それが、私達姉妹のあり方だ。
「弱い者の味方になりたいってこと?」
「違う。金持ちから金を奪いたい」
それを聞いて、私は安堵した。よかった、いつもの女苑だ。てっきりあの尼僧に悪い物でも食べさせられて、偽善に目覚めたのかと思った。
「金ってのは放っておくと金持ちの懐に貯まって、流れなくなるからね。ポンプが必要なの。私ならそれができる。金持ちに金を使わせて、その金を受け取った商人に金を使わせて、職人に金を使わせて、農民に金を使わせる。誰も彼もに金を使わせまくって、幻想郷にバブルを起こしてやるの。きっと痛快だわ」
嬉々として語る女苑の姿が、やけに霞んで見えた。目が渇く。からっ風が肋骨の隙間を通り抜けて、内臓に吹き荒れているようだった。
今までのような刹那的な浪費とはまるで違う。女苑は明確に、目的意識を持って能力を使おうとしていた。
「それで、私のところへ?」
「女苑があんなこと言い出すなんておかしいもの。あなたが何か悪い物食べさせたんでしょ」
私は女苑が修行させられていた寺に来ていた。尼僧を問い詰めるためだ。あとお茶菓子をいただくためだ。美味しい。お茶も美味しい。あれ、何しに来たんだっけ。
「どっちかって言うと、悪い物食べていそうなのはあんたでしょ」
尼僧の隣にいた雲女がなんか言ってきた。お茶菓子に集中してて聞いてなかったけど、馬鹿にされた気がする。
「うるさいでこっぱち」
「誰がでこっぱちだコラ」
雲女は拳を振り上げた。私はあかんべえで応戦する。勝負は互角だ。
「やめなさい」
尼僧がぴしゃりと言い放って私達の死闘を止めた。怖かった。
「話を聞く限りであれば、良い能力の使い方ですね」
ご本尊様が言う。ああそうだ、女苑の話だった。
「女苑なりに考えた結果でしょう。尊重してあげたらいかがですか」
さすがはご本尊様、威厳があるな、と思った。私も神なんだけどな。分けてくれないかな。
「しかし、幻想郷にバブルを起こす、なんて。できるのかしら」
「あの子の能力なら、不可能ではないでしょうね。相応の苦労はするでしょうけど」
みんな口々に何かを言っている。面倒なので聞き流そうかと思ったけど、最後に聞こえた言葉が引っかかった。
「そこがおかしいんだよ」
私は疲れてきたので前屈みになってちゃぶ台に顎を乗せた。一日二時間も行動すると体力が尽きるのだ。
「女苑は、苦労なんて絶対したがらない子だったのに。一体どうしちゃったの。あなた達、女苑に何をしたの」
「何を、と言われても」
「何かしたに決まってる。あの子はわたしの妹だもの」
自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。
それが、私達姉妹のあり方だったはずなのに。
一日の大半を、地面に座り込んで過ごしている。
ぼーっと遠くを見つめながら、意識が輪郭を失っていく様を楽しむ。お金もかからず、体力も使わない。最高の娯楽だと思う。
女苑にはしばらく会っていない。先日の言葉通り、里の有力者や長者に次々取り憑いてはお金を浪費させているらしい。そのせいなのか、なんとなく里全体に活気があるような気がして、居心地が悪い。
活気は苦手だ。人々の声が鼓膜に刺さって、微睡みを阻害する。
路地裏に逃げたら、そこにも人が居て、明るい口調で何か話している。
人のいない場所を探して彷徨う。なんでこんなことをしないといけないんだろう。
まるであちこちから光に照らされて、追い立てられているみたいだ。
女苑が頑張れば頑張るほど、私が居てもいい場所が、無くなっていくようだった。
里は日に日に活気を増していく。
私は喧騒から隠れるように、ひっそりと河原に座り込んでいた。川を眺めていれば退屈しない。何時間でも何日でもここにいるつもりだった。
雨が降ってきた。慌てて走り出す人々を横目に、すぐに止むだろうと思ってそのまま横になった。程なくして土砂降りになった。
雨粒が絶え間なく身体を打ちつける。私は動かない。動いてなるものか、と思った。
大雨の中、人っ子一人居ない河原。ここから逃げ出したら、私の居場所はどこにもなくなる気がした。
ふと、雨音に混ざって人の声がした。こんなところにまで、私を追い立てに来るやつがいるのか。憤慨していたら傘が差し出された。
「あんた、こんな所で何しているの」
寺の雲女だった。冷めた目でこちらを見下ろしてくる。私は何も言わずに睨み返した。目を逸らしたら負けだ。負けたくなかった。誰が相手でも。
「行くあてが無いなら、うちに来れば」
雲女は平坦な口調でそう言った。
「うわっ。一輪、何連れてきてんの」
「うるさい。いいから風呂沸かして」
寺に着くと、予想通りに邪険にされた。当然だ。私はそういう存在だ。
それでも連れてこられたからには何も遠慮はしない。自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。それが私達姉妹のあり方だからだ。
温かいお風呂に入って、綺麗な服に着替えて、美味しいご飯を食べて、ふかふかのお布団で寝た。
涙が止まらなくなった。
里は未曾有の好景気に沸いている。
「さっき、里で女苑を見たよ。なんだか疲れてるみたいだった」
私は命蓮寺でお菓子を食べながら一輪の話を聞いていた。
好景気の影響で、檀家さんからの貰い物が増えているらしい。つまり、このお菓子は女苑がくれたようなものだ。
そう思うと、なんだか少し食べたくなくなった。食べるけど。
寺では私が居ることによってたびたび不運が起こっている。家財道具が壊れたり、屋根に穴が空いたり、宝塔が無くなったり。
聖は、元からトラブルメーカーの多い寺だから大して普段と変わりは無い、と言っていた。そんな筈は無いのだけど、その言葉に甘えることにした。
女苑の目撃情報が得られるたびにその場所に行ってはみるが、今のところ会えず終いだ。会えず終いの会えず姉妹、などと下らない洒落が浮かんだ。それくらい自分に余裕ができていることに驚いた。衣食住の効果は絶大だ。
帰る場所があることは、幸福だと思う。私は女苑の帰りを待つことにした。
久々に会った女苑は、目に隈を作って、ぼさぼさの髪をしていた。
「疲れた」
私を見るなりそう言って倒れ込んで来た。軽くなったなあ、と思った。
睡眠不足と能力の使いすぎのようだった。結局のところ、女苑一人の力で幻想郷の経済を回し続けるのは無理があったのだ。
私は女苑を膝枕して、ずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「なんで、こんなことしようとしたの。命蓮寺のみんなも心配してたよ」
女苑は口を開くのも億劫そうに、こちらを見た。
「なんでかなあ。なんでだろう。分かんない。やりたかったから、かな」
まるでうわごとのように言葉を紡ぐ。
「でも、楽しかったわよ」
そう言って、けらけら笑った。その笑顔には満ち足りたものがあった。羨ましくなるくらいに。
「そっか」
他人に心配をかけても、途中で投げ出してしまっても。楽しかったのなら。
「じゃあ、いっか」
自分本位で、刹那的で、欲求に忠実。
それが、私達姉妹のあり方だ。
面白かったです。
結局なに一つとして変わっていなかった依神姉妹が素敵でした
赴くままに好き放題やってこその神様だと思います
依神姉妹の異変前と異変後の変化というのは色々な意味で美味しいものがあります。この作品もまた、その魅力を感じられるお話だったと思います。味わい深く読ませていただきました。