Coolier - 新生・東方創想話

星見酒

2014/07/14 19:16:08
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 遠くでヒグラシが鳴いていて、真っ赤に焼けていた西の空は紫色になっている。
 縁側から見る庭先に陰影はなく、しかし全体が色あせたように暗く、平坦でのっぺりとしたように見えた。庭石や木の枝は暗いのに、草や葉には不思議な光が残っているように思われた。その庭の草の中で、虫たちが騒いでいる。
 さて、夕飯の支度でもしようかと腰を上げた所に魔理沙がやって来た。釣竿を持っている。

「そろそろ時間だぜ」
「嘘、今日だっけ」
「なんだ、忘れてたのか」
「うん。はー、まいったわ。ちょっと待って、釣竿出して来るから」

 夜釣りに行く約束をしていた。月は出ていないし、雲も流れていないし、絶好の夜であった。
 霊夢が釣竿を倉庫から引っ張り出して来ると、魔理沙は浮いた箒に腰かけて足をぶらぶらさせていた。退屈そうな顔をしている。

「お待たせ。行こっか」
「おう」

 そうして二人連れ立って夜空を飛んだ。夏の盛りの手前とあって、顔に吹き付ける風も温かく、何処か締りがないように思われた。
 空気の間を縫って、お星さまの光がちらちらと瞬いている。夜の灯りのない幻想郷では、夜空の星々は夜空を覆い尽くす。よそ見をしても交通事故はまずないので、霊夢は顔を上げて星空を眺めながら飛んだ。暗さが増すにつれ、返って星々の輝きは勢いを増すように思われた。

「ねえ、どの辺で釣るの?」
「妖怪の山の麓辺りが風も強くていいらしいぜ」
「じゃあもう少しね」

 ひときわ大きな妖怪の山は、夜の陰影でシルエットだけになっていた。山があるというよりは、星空を黒く三角に切り抜いたように見えた。その中で、不意に一点の光が瞬いて、覆われたように消えた。それが山の麓に広がるようにちらちらしている。
 ああ、みんなもう始めている。
 霊夢も魔理沙も、何も言わなかったが、示し合わせたように飛ぶ速度が少しばかり早くなった。
 山麓に降り立つと、木々の間を縫って風がびょうびょう吹いている。揺れた枝々の葉が擦れ合って、ざわざわと音を立てた。

「いい具合に吹いてるなあ」
「釣り針が揺れそうね。ちゃんとかかるかしら」

 と霊夢が言うと、魔理沙は不敵に笑った。

「ふふふ、実は自分で揺らしちゃ駄目らしいが、風で釣り針が揺れる方がかかりはいいらしいんだぜ」
「へえ、そうなんだ。そういえばさっきもあちこちで光ってたものね」

 いい場所を取ろうと、二人は連れ立って歩いた。斜面の切り株や、高い木の枝などに人妖問わず腰かけて、みんな釣り針を垂らしている。傍らには布をかぶせた籠が置いてあった。
 どうにも先を越されたような気がしてならなかったが、場所が悪ければ釣れない。高い杉の木の天辺で頑張っている者を見て、魔理沙がにやにやと笑った。

「あんなとこじゃ駄目だな」
「高けりゃいいもんじゃないものね」
「そういう事」
「あんた、最初にそれで失敗したものね」
「あー、うるさい。ところで霊夢、何処かよさそうな所はないか?」
「そうねえ」

 霊夢はきょろきょろと辺りを見回した。すでに日はとっぷりと暮れていて、月も出ていないから木の影はたいへん暗い。しかしすでに夜目が利くので、夜雀でも出ない限りは周りを見るのに支障はなかった。
 霊夢は花の散ったエニシダの茂みを見て、その向こうの欅の木に目を付けた。

「あの辺、いい感じがする」
「霊夢が言うなら間違いないな。決まりだ」

 二人は飛び上がって、欅の枝に降り立った。釣竿に糸を結び、手の平ほどもある大きな釣り針をその先に付ける。魔理沙の釣り針を見て、霊夢は目を丸くした。

「随分磨いたわねえ」
「午後じゅうかけて、ギラギラに研いだんだぜ。これで大量だ」
「ま、いいけどね」

 そうして揃って釣り針を垂らす。風はびょうびょう吹いていて、髪の毛や釣り針を揺らした。
 しばらく釣り針を垂らしていると、下の方を誰かが歩いている気配である。目をやると、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットが、従者の十六夜咲夜を伴って歩いていた。咲夜はレミリアのものと思しき釣竿を持っている。
 レミリアの方も霊夢たちに気付いたらしい、顔を上げて、「あら」と言った。

「御機嫌よう、良い夜ね」
「あんたたちはこれから?」
「お嬢様が寝坊したからね」
「咲夜、余計な事言わない」
「お前らも一緒に釣るか?」
「悪いけど、パチェがもう少し上で待ってるのよ」
「あら、パチュリーも来てるんだ」
「パチュリーさまが一番上手なのよ。お嬢さまはからっきしなのだけれど」
「こら咲夜、お前わたしに喧嘩を売ってるのかい」
「滅相もございませんわ」
「事実を言っただけ、ってわけだな」
「どいつもこいつもわたしを馬鹿にして! 見てなさいよ、たくさん釣り上げて目にもの見せてやるんだから!」

 とレミリアが地団太を踏むと、決してそのせいではないが、魔理沙の釣り針がきらりと光った。その小さな光の瞬きはあっという間に輝きを増し、しゅーしゅーと音を立てる光の塊が釣り針に引っかかった。

「よっしゃ、来た!」

 魔理沙は竿を引いて、光をぴんと釣り上げた。風で暴れて向かって来た光の塊を、霊夢は釣り針ごと受け止めた。光は青白く、不思議な冷たさがあった。
 霊夢は光の塊を籠に放り込んで布をかぶせた。

「二等星くらいかしら」
「まずまずの当たりだな! 幸先いいぜ」
「……パチェをこっちに呼んで来ようかしら」
「声はかけて来ましたよ、お嬢さま」
「あ、ああ、仕事が早いわね、咲夜」

 どうにも騒がしい釣りになりそうだ、と霊夢は苦笑いを浮かべた。


  ○


 最初にその草を見つけたのは妖精たちであった。振り回すのには丁度よく、さほど重くもない。だから紙の兜をかぶってそれを振り回して、ちゃんばらごっこをして遊んでいた。
 そうして遊び飽きて、そこらに放り投げてあったそれを、香霖堂の森近霖之助が見つけた。見た事のない植物だったので、彼は興味を持って家に持ち帰った。

 それは近頃幻想郷のあちこちに生えるようになっているらしい。
 灌木の一種のようで、幹があって枝が伸びるわけではなく、根元から細い枝が何本も真っ直ぐ伸びる。柳のようなしなやかさを持った枝で、かなり曲げても折れず、乾燥させると丈夫な竿になる。秋口に花を咲かせるが、その花の花弁が五つあり、さながら星のように見えた。
 それだけではなく、何処か妙な気配を感じるこの植物に、霖之助が首を傾げていると、丁度店に遊びに来ていた、里に住んでいる外来人の何樫氏が「おや」と目を細めた。

「懐かしい、星待草の枝ではありませんか」
「星待草?」
「ええ、私が子供の時分は、これで夏は涼しくやっていたものです。しかしここに生えるようになったという事は、いよいよ外界では絶えてしまったようですね」
「ふぅん?」

 何樫氏曰く、乾燥させた星待草の枝に天蚕糸をつけ、大きな釣り針を下げる。
 月や雲のない、星の多い夜を選んで、高い所からそれを吊るすと、釣り針に星の光が集まって、次第に質量を形成する。
 それを釣り上げ、魚用の籠に入れる。布をかければ逃げて行かない。
 竿は毎年新しいものに変えなくてはならない。釣った星は一昼夜で消えてしまう。
 釣った星はどうするかといえば、ジュースに入れる。すると瞬く間に溶けて、ジュース自体が淡い光を放つようになる。それを飲むと、星の光の冷たさが全身にしみわたり、蒸し暑い夜も快適に過ごせる云々。

「大人たちはお酒に入れておりました。子供らはそれが羨ましくてね、早く大人になってやると思っていたものです。しかし私がお酒を飲める年齢になる頃には、星待草自体がたいへん希少なものになっていましたから、中々縁がなかったのです」
「成る程」
「せっかくですから、やってみましょう。幻想郷は星が良く見えますから、事に依れば外界よりも良い星が釣れるかも知れない」

 そういう事があって、星釣りが始まったのだが、物珍しさと、星を入れた酒の味の良さと相まって、瞬く間に幻想郷に広がり、新しい夏の風物詩となった。


  ○


 誰ともなく集まり出した一角に提燈が下げられて、淡い光の下で人妖混ざり合ってお酒を飲んでいる。やれ、一等星を釣り上げただの、籠が満杯になっただのといった自慢話があちこちで聞こえている。
 かくいう霊夢も籠が満載になったのでご満悦である。魔理沙も同様で、矢張り霊夢の見立ては当てになるとほくほく顔であった。
 人の少ない一角に腰を下ろして、グラスにお酒を注いだ。里で買った、林檎を漬けた焼酎である。

「ではでは」

 と、魔理沙が星を一つ抓んで、グラスの中に落とした。星はしゅわしゅわと泡を出して、ちらちらと光りながら溶けてしまった。グラスは淡い光を放ち、持った手を柔らかく照らした。

「それじゃ」
「かんぱーい」

 かちん、と涼しげな音でグラスを合わせ、それからぐっと一口飲んだ。氷も入れていないのに、お酒はひんやりと冷たい。林檎の甘さと、焼酎の熱いアルコールが喉を抜けると、不思議な清涼感がじわりと体中を包み込むように思われた。
 商売熱心な料理屋が屋台を出して、酒のつまみを売っていた。鰻のタレが焦げるいい匂いがする。冷麦の茹る、湿気を含んだ匂いがする。人がたくさん居て、暑いように思われるのに、額には汗一つにじまない。
 星割り林檎焼酎を楽しんでいると、レミリアたち一行が現れた。
 結局、同じ欅の木に腰かけて釣ったのだが、何故だかレミリアだけかかりが悪く、今の今まで粘っていたらしい。

「おー、どうだ釣れたかー?」
「ええ、おかげさまでね」

 どこか皮肉混じりのレミリアの一言も、酔っ払いには通じない。霊夢も魔理沙も愉快そうにけらけら笑うばかりで、レミリアは諦めたようにちょこんと腰を下ろした。いつの間に咲夜が持って来たらしい椅子が置かれている。
 不満げだったレミリアも、酒が入るうちに機嫌がよくなるらしい、次第に場がやかましくなり、馴染みの顔がいくつも混ざり出した。
 こうして星を釣り、一夜の宴を楽しむのが、ここ最近の幻想郷の夏の楽しみである。外界では楽しめなくなったもので、こうして楽しくやるのは、何となく悪いような気もしたが。

「ま、別に気にする事じゃないわよね」

 霊夢はそう呟いて、お行儀も気にせず大の字に地面に寝転がった。
 木々の枝の間に光る星が、一つ一つ形もくっきりと見えるようであった。
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コメント



0.1250簡易評価
1.100完熟オレンジ削除
まだ暑さの目立たない夏の夜らしい空気が滲み出ていました。
星を釣るなんてアイデアが相変わらず素敵です。
そして何樫さんナンデ!? 作中の人はあの何樫さんなのかしらん。
2.100dai削除
こんな釣りしてみたい。
あと、何樫さんを久しぶりにみれて良かったです。
3.100非現実世界に棲む者削除
ロマンチックな作品でした。
星釣りは魔理沙にピッタリですね。
5.100絶望を司る程度の能力削除
いいなー飲んでみたいなーと思ったのは私だけでは無い筈。
とても夏の風景らしく、幻想郷の風物詩のような感じがしました。涼しげですねぇ。
8.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
9.70名前が無い程度の能力削除
アタゴオルの星街釣りですね
12.100名前が無い程度の能力削除
メルヘンで風流ですわ
15.100東野潤削除
夏の夜の水辺での星釣り。風情もあり涼しげで面白そうですね。
体験してみたいものです。
18.90名前が無い程度の能力削除
星を釣るという言葉が素敵。星の見えるところに行きたくなりました。
19.100名前が無い程度の能力削除
何樫氏やっぱ変なこと詳しいよねw
20.100名前が無い程度の能力削除
幻想の郷らしい、風流な一編でした
21.100ありがとう削除
ありがとう
26.90名前が無い程度の能力削除
幻想的なできれいな夏でした。
27.100名前が無い程度の能力削除
凄く素敵。プロみたいな書き口。なんのプロかはわかんないけど。
29.100名前が無い程度の能力削除
星を釣るなんて、まさに幻想郷にぴったりなお話だと思います
とても素敵でした
40.90名前が無い程度の能力削除
ますむらひろしっぽい