※これは『東方放浪記 ~永遠亭戦争~』の続きです。
「よっ」
「よっ、ってあなた……」
今日の幻想郷はどこまでも続く鉛色の空に包まれていた。
いつ雨が降ってもおかしくないような、そんな天気。
そんな幻想郷の空の下、普段なら会うはずのない二人がここ、博麗神社で出会った。
博麗霊夢と『完全消滅』(オールクリア)。
以前、里で対決をしようとした二人だが、今はそんな雰囲気ではないらしく、各々の武器に手すらつけていない。
「『案内人』(スケアクロウ)がここにいるって聞いたんだが……。まさかあんたまで居るとはな」
「何言ってるの。もともとここは私の家よ。いて当然じゃない」
「へぇ、そうだったのか。ところで『案内人』は?俺はあいつと話しに来たんだが」
「お生憎様。さっき山菜取りに出かけたわ」
「あぁ、迷ったな、あいつ」
「どうして分かるのよ」
「深くはないが、長い付き合いだ。あいつの方向音痴の程度くらいすでに心得てるよ。なぁ、何であいつが『案内人』なんてあだ名か知ってるか?」
「私が知るわけないじゃない」
「じゃあ教えてやるよ。あいつは込み入った場所に行くと、必ずといっていいほど迷うんだ。しかもそれを学習しない。『案内人』なんてあだ名もただの皮肉さ」
「……そういえばこの前も迷ったって言ってたような」
「やっぱりな」
そう言って、『完全消滅』は大げさに肩をすくめる。
「あいつがいないんじゃあここにいる意味も無いし、俺は帰るよ」
「あっ、そうだ。あなた、あれから人を食べたりなんかしてないでしょうね」
「ああ、それなんだが、あの後な、金髪の綺麗なねーちゃんにちょっぴり惨めな負け方しちゃって、もう里の人間は食わないって約束させられたよ。しかし、あのねーちゃんおいしそうだったな……。顔立ち整ってたし、胸あったし」
「人のおいしさって外見が基準なわけ?」
「そりゃそうさ。むさ苦しいおっさんよりも、綺麗なねーちゃんのほうが食いやすい。それに、女の胸は脂身みたいでうまいからな」
「胸が無くてよかったって、心の底から感じたわ……」
「かはは、無くったって食うときは食うさ。世の中、贅沢は敵だからな」
「あら、初めて意見が一致したわね」
「そりゃうれしいな。まぁ、あいつには「天から裁きが来た」って伝えといてくれよ。じゃあな」
「何それ?暗号?」
「ただの言葉遊びさ」
そう言って、『完全消滅』は来た道を戻っていった。
「なんなのかしらね、あの人食いは……」
霊夢は再び掃除に戻る。
そのとき、霊夢の手に水滴が当たった。
「あら、雨ね」
初めは穏やかに降っていた雨も、数分もすれば土砂降りへと変わっていった。
人どころか妖怪ですら出るのを躊躇うような土砂降りの中、鴉間与一は森の中を走っていた。
「降るとは思ってたけど、まさかこれほどとは……」
などと、愚痴をこぼしながら森を駆けていく。
あと少しで神社が見えてくるはず。
そう、与一は山菜取りに出かけたが、雨が降ったのを理由に引き返してきたのだ。
こんなときだからこそ、天気予報の有り難味が分かる。
あたらないじゃないか、なんて言ってごめんなさい。
心の中で誰かに謝る。
多分、テレビの関係者だろう。
そんなわけの分からないことを考えていると、神社の階段が見えてきた。
そのままの勢いで階段を駆け上がり、一気に上り詰める。
あとは神社の中に入るだけ――。
「ゴール!」
思いっきり玄関を開けて中に入ると、光の速さで閉めた。
これ以上雨音は聞きたくない、というのがずぶ濡れにまでなって帰ってきた私の切実なる願いである。
「ずいぶんと豪快な帰り方ね」
霊夢は玄関で待機してくれていた。
「あれ?ずっと待っててくれたんですか?」
「あんな轟音に気づくなって方がおかしいわよ。はいタオル」
私はタオルを受け取って、とりあえず顔を拭いていく。
「そんなにうるさかったですかねぇ」
「ええ、人間が走ってるようには聞こえなかったわ。どんな風に走ったらあそこまで音が鳴り響くのかしら」
「一番早く走れる方法を知ってるだけですよ。あとはそれにあわせるように足の筋肉を変えるだけです。まぁ、普段はもっと静かにできるんですけどね、無我夢中でしたから」
ある程度の水分を取り終えたため、靴を脱いで玄関へと上がる。
「あっ、そうそう。『天から裁きが来た』ってなんだか分かる?」
「ええ、分かりますよ。そうですか、『完全消滅』が来たんですね」
「何で分かるのよ。どうして天の裁きが人食いと繋がるのか、さっぱり分からないわ」
「えっとですね……あいつの本名が天裁(あまさばき)って言うんですよ」
「ああ、なるほどね」
霊夢はすぐに分かったようだ。
天裁って言うと絶対に「海女捌き?」なんてとんでもない字列が思い浮かべられるのであんまり説明したくは無かったのでよかった。
説明下手だしね、私。
そのまま多くの水分を吸収し、あまり意味を成さなくなったタオルを霊夢に預けて、熱いお茶でも啜るために居間へと直行する。
居間の襖を開けた瞬間、見慣れぬ光景が目に映った。
一人の少女が私よりも先にお茶を啜っていた。
全身黒ずくしで、綺麗な金髪の上になぜだかとんがり帽子をかぶっている。
極めつけはその少女の横に置かれている箒。
その姿はまるで魔女のようなものだった。
「あなた……」
思わず口から言葉が漏れる。
なぜなら、その少女は――
「あなた……それ、私の湯のみです」
「ここまで引き伸ばしておいてそれかよ」
金髪の少女はあきれた声で言った。
「まぁいいや。初めましてだぜ、鴉間与一。私は霧雨魔理沙だ。よろしくな」
「あっ、はい。始めまして……って、なんで私の名前を知ってるんですか?」
「霊夢が教えてくれたんだよ。役に立つお手伝いさんが来たって」
「はぁ、そうなんですか。で、話は戻りますけど、それ、私の湯のみなんですよ」
「ああ、確かに見かけない湯のみだと思ったら、そうか、外の世界の湯飲みか。借りてるぜ」
「……まぁ、いいですけどね」
棚の前に立ち、来客用の湯飲みを探す。
確かここら辺に片付けたはずなんだが……。
「おーい、与一」
そんなときに、魔理沙が話しかけてきた。
「ここに来てから何日になるわけ?」
「まだ十日も経ってませんよ。ここに来たのが四月の初めくらいですからね」
「ふ~ん、じゃあ弾幕もまだ撃てないか……」
弾幕――それで私はこの前散々苦労させられた。
練習すれば誰にだって撃てるらしいが、私には到底できそうに無い芸当だと思う。
そもそも弾の出し方なんてまったく知らない。
「よしっ、私が教えてやろう」
「えっ?」
数分前に初めて出会ったような人に、何か教わるとは思いもしなかったので、すっとんきょんな声が出た。
とりあえず、湯飲みを探すのをやめて、魔理沙と向かい合うように座る。
「何が目的ですか?」
「目的だなんて、そんな現金なものは無いさ。ただ幻想郷を生きていく上で大切なことを教えてやろうっていう親切心さ」
「親切心、ねぇ……」
実のところ、私は親切心なんてものは存在しないと思っている。
人は人を利用することしかできない。
親切だなんて言葉は、ただ自分が人を助けたという気持ちに酔いしれたいがために作られたエゴの言葉だと思っている。
「まずは第一ステップだ。このキノコを食え」
……こうも利用しますよ的なオーラ満々だと、逆に断りづらい。
っていうかなんだよ、その毒々しいキノコは。
「……毒とかありませんよね」
「大丈夫だ。毒は無いことはすでに検証済みだし、しかもこれを食べれば魔力が上がることも分かってる」
「へぇ……」
これは本当に親切心かもしれない。
乗せられてみるのも、悪くは無い。
「では、いただきます」
魔理沙からキノコを受け取って、一口、パクリと食べてみる。
以外においしい。
どうやらこれはマツタケなどの、香りを楽しむものとは違い、純粋に味を楽しめるものらしい。
ただ、問題なのは、全身に悪寒が走ってきて、だんだんと意識が――遠のい―――てゆ――――く―――――――――
数時間に渡って降り続けた雨は止み、今は太陽の光がさんさんと照っていた。
それを見計らって、射命丸文は自分の家を出た。
目的地は博麗神社。
居候のものが本当に居るのかを確かめるのと、もし本当に居たのだとしたら『彼』との関連性について聞くつもりだ。
「『彼』が封印されてからちょうど七百年。時期的にはピッタリだし、何より鴉間与一っていう名前が怪しいですね」
ただの偶然であってほしい。
文は切にそう願っていた。
もし、本当に『彼』だった場合は妖怪の山総出で戦わなければならなくなるし、勝つ見込みなどは僅かにも無い。
博麗神社が見えてくる。
もう後戻りはできない。
私は記者として――いや、『彼』を知るものとして、ここで真実を突き止めなければ。
文はそう自分に言い聞かせて、神社へと降り立った。
「こんにちは、霊夢さん、魔理沙さん」
「おう、文じゃないか。どうした?ネタにでも詰まったか?」
「先に言っとくけど、ここにはネタになるようなものは――」
「あるじゃないか、ここに」
魔理沙はそう言って、寝転がっている与一を指差した。
寝転がっている、というよりも倒れている、といった方がこの場合はあっている。
「この人が鴉間与一さんですね。というよりも、大丈夫なんですか?目が完璧に死んでるんですけど……」
「大丈夫、もともとそんな目だったぜ」
微妙に酷い言われようだった。
「ネタって言うのならまだ人食いのほうが記事になると思うけど。もしかしたらまだどこかで雨宿りしてるかもしれないわよ」
「えっ?ここに人食いが来たんですか?」
「ええ、ちょうど雨が降る前に」
「惜しかったな、文。まぁ気を落とすな」
「落ちちゃいますよ。もっと早く来てたならスクープが取れてたんですから……」
文は心底がっくりしたようだった。
「落ち込んでてもしょうがないですね……。これからネタを探しましょう。いえ、ネタになるかどうか、判断しましょう」
「珍しいわね、あなたが目の前にあるネタを保留にするなんて」
「霊夢さんたちは鬼神を知っていますか?」
文の目が真剣なものへと変わる。
「なによ、藪から棒に。まぁ、名前だけなら知ってるけど」
「全然知らないぜ」
「鬼神というのは。その昔、妖怪の山は鬼によって支配されていたのはご存知ですよね。その鬼のリーダーが鬼神です。つまりは妖怪の山のトップです」
「なるほどな、で、それがどうかしたのか?」
「まぁ、焦らずに聞いてください。鬼神というのは襲名制ではなく、言わば実力で勝ち取るような位だったんです。それはもう、ころころと変わっていったのを覚えてますよ。『彼』が出てくるまでは――」
「『彼』って誰よ」
「だから、落ち着いて聞いてくださいって。『彼』は圧倒的な力で鬼神まで上り詰め、その座を守り続けていました。それに、今までの鬼神とは違って民主的な政治を行ってきましたからね。鬼たちはもちろん、鴉たちからの評判もよかったです。しかし、今からちょうど七百年前、『彼』は何を思ったか、能力者を殺し始めました。近いところは自分自身の側近から、遠いところは人里の赤子まで、ありとあらゆる能力者を自分自身の手で殺して回ったのです。そして、目に余ると判断した妖怪の賢者たち――紫さんたちですね――によって妖怪の山にある大岩の下に封印されました」
パチパチパチと魔理沙が拍手する。
「へぇ、昔にそんなことがあったなんて知らなかったよ」
「初耳だったわ。あの話したがり屋の紫も鬼神なんて一言も言ってなかったし」
「鬼神という言葉は妖怪の山――いえ、幻想郷ではもうタブーの域に入ってますからね。紫さんも無闇には話さないでしょう」
「タブー、ねぇ。で、なんで私たちにそんな話をしてくれたわけ?ただ単に昔話をしたかったってわけじゃないみたいだけど」
「『彼』の名前が――鴉間与一なんですよ」
「…………」
衝撃が辺りを覆った。
それに続いて沈黙が流れる。
話題の中心である与一が倒れているというのはいささか間抜けな話ではあるが。
「同姓同名って線は無いの?」
そんな沈黙を破ったのは霊夢だった。
「鴉間与一――確かに珍しい名前だけど、決して無い名前じゃないわ」
「私が彼を疑っているもう一つの理由はですね、時期ですよ」
「時期?」
「彼が封印されてから七百年。これは封印の力が薄れる節目の年なんです。もし、彼が付け込むのだとしたら、まずこの年に間違いないでしょう」
「…………」
再び沈黙が続いた。
ここに居る全員が次に何を話せばいいのか悩んでいるとき、唐突に魔理沙が呟いた。
「ちょっと待てよ、封印されてるんならなんで与一がここに居るんだ?鬼神は封印されてんだろ。だったらここに居ちゃおかしいんじゃないか?」
単純な疑問だったが、この話を根底から覆すような正論だった。
しかし、そんな正論も文によって一蹴される。
「ああ、そういえば説明し忘れていました。彼はですね、封印される直前に自分の写し身を作ったんです。そして、それを向こう側の世界へと送った。おそらくちょうど七百年目に来るように時軸もずらしたんでしょうね。だから、この与一さんがここに居てもおかしくは無い。むしろ自然なくらいです」
「鬼神はなんで能力者を殺し始めたんでしょうね」
霊夢は問いかけるように言った。
「そもそもそこが問題なのよ。もし、与一さんが鬼神だったとしても、理由さえ解決すればそんな気も起こさないんじゃない?」
「理由ははっきりとは分かりません」
文は悲しげな表情を作る。
「しかし、彼の能力が関係していることは確かです」
「彼の能力って……まさか殺せば殺すほど強くなるとか、そんなんじゃないよな」
「その通りです」
魔理沙の言った冗談も、文は真剣に対応する。
「彼の能力は、自分の見た他人の能力を複写――つまり劣化コピーすること。そして、能力を移した相手を殺せば完全な能力になる。この二つです」
「おいおい……そんなのありかよ」
「この世には確かにあるんですよ。我々を卓越した存在が……」
三度目の沈黙が流れ始めたころ、ようやく与一が目を覚ました。
「う……うん?あれ?私なんで寝てて――」
「よっ、おはようさん」
「あっ、魔理沙。おはようございます……ってまて、確か魔理沙のせいで倒れたような気がする。いや、絶対そうだ」
与一は起き上がると、そのまま魔理沙に詰めいる。
「よくも騙してくれましたねぇ、魔理沙」
与一は満面の笑みだった。
だが、目は全く笑っていない。
むしろ殺気が感じられるくらいに怖い目だった。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。私たち友達だろ」
「私は毒を盛るような相手を友達となんて認識しませんけどね」
「ひとつ訂正だ。私は毒なんて盛ってないぜ」
「じゃあ、私の倒れた理由を簡潔に、屁理屈抜きで、分かりやすく説明してくださいよ」
「あーっとな、あれはいわゆる拒絶反応ってやつだよ」
「拒絶?キノコをですか?」
「違う違う。魔力だよ。最初に言っただろ、食べれば魔力が上がるって」
そういえばそんなことを言われた気もする。
「元々魔力を持たない人間にとっての魔力はただの異分子だからな。そんなものがいきなり体内に入ってきちゃあ、体だって拒絶反応の一つや二つ起こすさ」
「どうしてそれを食べる前に言わないんですか!」
「だって言ったら食べないだろ」
「う……ま、まぁ……」
「ま、いいじゃないか。魔力が身についたんだし。気絶の一つや二つ、多めに見たらどうだ。それより、他に変なところは無いか?たとえばだるいだとか、熱っぽいだとか」
「いえ?別にありませんけど」
「よかった。これなら私が食っても大丈夫そうだ」
「私はモルモットか!」
よりによって私を副作用の検証に使いやがったよ。
私の体を何だと思っているんだ、この娘は!
「いやな、霊夢に相談したらお前に試してみたらどうかって言ったから」
くるりと霊夢の方を向いてみる。
わざわざ目を逸らせてお茶を飲んでいる。
「れ~い~む~」
「だ、大丈夫と思ったのよ!ほら、前に見せてくれた変化ってあったでしょ!あれだったら髪が抜けても体の色が変わっても平気でしょ!」
それはそうだが霊夢、キノコの副作用に体色の変化なんて無い。
「それはそうですけど!もっとこう、人間の倫理としてですね――」
「お取り込み中すみませんが、ちょっといいですか?」
「あんた誰」
「私は文と言います。文々。新聞の記者です。そこで、話なんかをいろいろと聞かせてもらいたいんですが……」
「お取り込み中です。後にしてください」
「あっ、じゃあ一つ!たった一つでいいですから、答えてください」
「今は人間の倫理に対する基本的価値観を霊夢に――まぁいいや、なんですか?」
「あなたは鬼神をご存知ですか」
たった一文。
そのたった一文に、今回文が聞きたかったすべてを詰め込んだ。
「ええ、知ってますよ」
与一はそれをそれがどうしたと言わんばかりに、普通に答えた。
その答えに、三人は凍りついた。
あの霊夢ですら名前だけしか知らなかった存在を幻想郷に来て日が浅い与一が知っているとなると、そこから出される答えは一つしかなかった。
「――っ!じゃあ、あなたは自分がどういうものなのかを知っていて――」
「自分?何言ってるんですか?貴臣でしょう?天裁貴臣。あなたたちでいう人食いの本名じゃないですか。しかし、よく知ってますね。あいつ、自分から名前を言うのは毛嫌いするはずなのに」
「「「……へっ?」」」
三人が三人とも疑問符を出した。
少しして、ようやく言っている意味が分かり安堵する。
「なんだよ驚かすなよ……」
「びっくりしたわ……。悪い冗談はよしてよね」
「ふむふむ、人食いの本名は天裁貴臣なんですね。なるほど、ありがとうございました!」
言うが早いか、文はすでに博麗神社を飛び出していた。
「……何だったんですか?あの人」
「ただのガセネタ記者よ」
「……はぁ。あっ、そうだ。魔理沙にも言いますけど、そもそも人間の倫理の基礎にあるものはですね――」
「そんなことよりも、はいこれ」
「そんなこととはなんですか、これは重要な――なんですか?これ」
一冊の本が手渡された。
文庫本くらいのサイズだが、厚さはそれの三倍はあるだろうという不恰好な本だった。
題名は『初心者からの弾幕』。
「言っただろ、私が教えてやるって。基礎はそれを見て覚えてくれ。それに書いてあることを大体マスターしたら私のところへ来い。みっちり特訓してやる」
「嘘じゃなかったんですね。ありがたくいただきます」
ぱらぱらと捲ってみる。
弾幕の種類から歴史まで、さまざまな項目があった。
「与一はまだ少ししか魔力が無いからな。あんまり無理するんじゃないぞ。といっても、魔力の無かった人間にしちゃあ異常すぎるくらいの量だけどな」
「そうなんですか?全然実感ないですけど」
「分かるようになったら一人前さ。じゃ、渡すもんも渡したし、私は帰るぜ。しっかりがんばれよ」
そう言って、箒を手に取ったかと思うと、流れるような動作で箒にまたがり、飛んでいってしまった。
「魔理沙ったら、張り切っちゃって」
「張り切ってたんですか」
「普段なら『面倒だぜ』とか言って、絶対引き受けないのに。多分、重ね合わしちゃったのね」
「何にですか?」
「昔の自分」
そのまま、会話は終了といわんばかりに、静かにお茶を啜った。
私としても、これ以上無理に話すことも無いので、縁側へと向かい、魔理沙が消えていった方向を向いて、こう呟いた。
「よろしくお願いしますよ。魔理沙先生」
「よっ」
「よっ、ってあなた……」
今日の幻想郷はどこまでも続く鉛色の空に包まれていた。
いつ雨が降ってもおかしくないような、そんな天気。
そんな幻想郷の空の下、普段なら会うはずのない二人がここ、博麗神社で出会った。
博麗霊夢と『完全消滅』(オールクリア)。
以前、里で対決をしようとした二人だが、今はそんな雰囲気ではないらしく、各々の武器に手すらつけていない。
「『案内人』(スケアクロウ)がここにいるって聞いたんだが……。まさかあんたまで居るとはな」
「何言ってるの。もともとここは私の家よ。いて当然じゃない」
「へぇ、そうだったのか。ところで『案内人』は?俺はあいつと話しに来たんだが」
「お生憎様。さっき山菜取りに出かけたわ」
「あぁ、迷ったな、あいつ」
「どうして分かるのよ」
「深くはないが、長い付き合いだ。あいつの方向音痴の程度くらいすでに心得てるよ。なぁ、何であいつが『案内人』なんてあだ名か知ってるか?」
「私が知るわけないじゃない」
「じゃあ教えてやるよ。あいつは込み入った場所に行くと、必ずといっていいほど迷うんだ。しかもそれを学習しない。『案内人』なんてあだ名もただの皮肉さ」
「……そういえばこの前も迷ったって言ってたような」
「やっぱりな」
そう言って、『完全消滅』は大げさに肩をすくめる。
「あいつがいないんじゃあここにいる意味も無いし、俺は帰るよ」
「あっ、そうだ。あなた、あれから人を食べたりなんかしてないでしょうね」
「ああ、それなんだが、あの後な、金髪の綺麗なねーちゃんにちょっぴり惨めな負け方しちゃって、もう里の人間は食わないって約束させられたよ。しかし、あのねーちゃんおいしそうだったな……。顔立ち整ってたし、胸あったし」
「人のおいしさって外見が基準なわけ?」
「そりゃそうさ。むさ苦しいおっさんよりも、綺麗なねーちゃんのほうが食いやすい。それに、女の胸は脂身みたいでうまいからな」
「胸が無くてよかったって、心の底から感じたわ……」
「かはは、無くったって食うときは食うさ。世の中、贅沢は敵だからな」
「あら、初めて意見が一致したわね」
「そりゃうれしいな。まぁ、あいつには「天から裁きが来た」って伝えといてくれよ。じゃあな」
「何それ?暗号?」
「ただの言葉遊びさ」
そう言って、『完全消滅』は来た道を戻っていった。
「なんなのかしらね、あの人食いは……」
霊夢は再び掃除に戻る。
そのとき、霊夢の手に水滴が当たった。
「あら、雨ね」
初めは穏やかに降っていた雨も、数分もすれば土砂降りへと変わっていった。
人どころか妖怪ですら出るのを躊躇うような土砂降りの中、鴉間与一は森の中を走っていた。
「降るとは思ってたけど、まさかこれほどとは……」
などと、愚痴をこぼしながら森を駆けていく。
あと少しで神社が見えてくるはず。
そう、与一は山菜取りに出かけたが、雨が降ったのを理由に引き返してきたのだ。
こんなときだからこそ、天気予報の有り難味が分かる。
あたらないじゃないか、なんて言ってごめんなさい。
心の中で誰かに謝る。
多分、テレビの関係者だろう。
そんなわけの分からないことを考えていると、神社の階段が見えてきた。
そのままの勢いで階段を駆け上がり、一気に上り詰める。
あとは神社の中に入るだけ――。
「ゴール!」
思いっきり玄関を開けて中に入ると、光の速さで閉めた。
これ以上雨音は聞きたくない、というのがずぶ濡れにまでなって帰ってきた私の切実なる願いである。
「ずいぶんと豪快な帰り方ね」
霊夢は玄関で待機してくれていた。
「あれ?ずっと待っててくれたんですか?」
「あんな轟音に気づくなって方がおかしいわよ。はいタオル」
私はタオルを受け取って、とりあえず顔を拭いていく。
「そんなにうるさかったですかねぇ」
「ええ、人間が走ってるようには聞こえなかったわ。どんな風に走ったらあそこまで音が鳴り響くのかしら」
「一番早く走れる方法を知ってるだけですよ。あとはそれにあわせるように足の筋肉を変えるだけです。まぁ、普段はもっと静かにできるんですけどね、無我夢中でしたから」
ある程度の水分を取り終えたため、靴を脱いで玄関へと上がる。
「あっ、そうそう。『天から裁きが来た』ってなんだか分かる?」
「ええ、分かりますよ。そうですか、『完全消滅』が来たんですね」
「何で分かるのよ。どうして天の裁きが人食いと繋がるのか、さっぱり分からないわ」
「えっとですね……あいつの本名が天裁(あまさばき)って言うんですよ」
「ああ、なるほどね」
霊夢はすぐに分かったようだ。
天裁って言うと絶対に「海女捌き?」なんてとんでもない字列が思い浮かべられるのであんまり説明したくは無かったのでよかった。
説明下手だしね、私。
そのまま多くの水分を吸収し、あまり意味を成さなくなったタオルを霊夢に預けて、熱いお茶でも啜るために居間へと直行する。
居間の襖を開けた瞬間、見慣れぬ光景が目に映った。
一人の少女が私よりも先にお茶を啜っていた。
全身黒ずくしで、綺麗な金髪の上になぜだかとんがり帽子をかぶっている。
極めつけはその少女の横に置かれている箒。
その姿はまるで魔女のようなものだった。
「あなた……」
思わず口から言葉が漏れる。
なぜなら、その少女は――
「あなた……それ、私の湯のみです」
「ここまで引き伸ばしておいてそれかよ」
金髪の少女はあきれた声で言った。
「まぁいいや。初めましてだぜ、鴉間与一。私は霧雨魔理沙だ。よろしくな」
「あっ、はい。始めまして……って、なんで私の名前を知ってるんですか?」
「霊夢が教えてくれたんだよ。役に立つお手伝いさんが来たって」
「はぁ、そうなんですか。で、話は戻りますけど、それ、私の湯のみなんですよ」
「ああ、確かに見かけない湯のみだと思ったら、そうか、外の世界の湯飲みか。借りてるぜ」
「……まぁ、いいですけどね」
棚の前に立ち、来客用の湯飲みを探す。
確かここら辺に片付けたはずなんだが……。
「おーい、与一」
そんなときに、魔理沙が話しかけてきた。
「ここに来てから何日になるわけ?」
「まだ十日も経ってませんよ。ここに来たのが四月の初めくらいですからね」
「ふ~ん、じゃあ弾幕もまだ撃てないか……」
弾幕――それで私はこの前散々苦労させられた。
練習すれば誰にだって撃てるらしいが、私には到底できそうに無い芸当だと思う。
そもそも弾の出し方なんてまったく知らない。
「よしっ、私が教えてやろう」
「えっ?」
数分前に初めて出会ったような人に、何か教わるとは思いもしなかったので、すっとんきょんな声が出た。
とりあえず、湯飲みを探すのをやめて、魔理沙と向かい合うように座る。
「何が目的ですか?」
「目的だなんて、そんな現金なものは無いさ。ただ幻想郷を生きていく上で大切なことを教えてやろうっていう親切心さ」
「親切心、ねぇ……」
実のところ、私は親切心なんてものは存在しないと思っている。
人は人を利用することしかできない。
親切だなんて言葉は、ただ自分が人を助けたという気持ちに酔いしれたいがために作られたエゴの言葉だと思っている。
「まずは第一ステップだ。このキノコを食え」
……こうも利用しますよ的なオーラ満々だと、逆に断りづらい。
っていうかなんだよ、その毒々しいキノコは。
「……毒とかありませんよね」
「大丈夫だ。毒は無いことはすでに検証済みだし、しかもこれを食べれば魔力が上がることも分かってる」
「へぇ……」
これは本当に親切心かもしれない。
乗せられてみるのも、悪くは無い。
「では、いただきます」
魔理沙からキノコを受け取って、一口、パクリと食べてみる。
以外においしい。
どうやらこれはマツタケなどの、香りを楽しむものとは違い、純粋に味を楽しめるものらしい。
ただ、問題なのは、全身に悪寒が走ってきて、だんだんと意識が――遠のい―――てゆ――――く―――――――――
数時間に渡って降り続けた雨は止み、今は太陽の光がさんさんと照っていた。
それを見計らって、射命丸文は自分の家を出た。
目的地は博麗神社。
居候のものが本当に居るのかを確かめるのと、もし本当に居たのだとしたら『彼』との関連性について聞くつもりだ。
「『彼』が封印されてからちょうど七百年。時期的にはピッタリだし、何より鴉間与一っていう名前が怪しいですね」
ただの偶然であってほしい。
文は切にそう願っていた。
もし、本当に『彼』だった場合は妖怪の山総出で戦わなければならなくなるし、勝つ見込みなどは僅かにも無い。
博麗神社が見えてくる。
もう後戻りはできない。
私は記者として――いや、『彼』を知るものとして、ここで真実を突き止めなければ。
文はそう自分に言い聞かせて、神社へと降り立った。
「こんにちは、霊夢さん、魔理沙さん」
「おう、文じゃないか。どうした?ネタにでも詰まったか?」
「先に言っとくけど、ここにはネタになるようなものは――」
「あるじゃないか、ここに」
魔理沙はそう言って、寝転がっている与一を指差した。
寝転がっている、というよりも倒れている、といった方がこの場合はあっている。
「この人が鴉間与一さんですね。というよりも、大丈夫なんですか?目が完璧に死んでるんですけど……」
「大丈夫、もともとそんな目だったぜ」
微妙に酷い言われようだった。
「ネタって言うのならまだ人食いのほうが記事になると思うけど。もしかしたらまだどこかで雨宿りしてるかもしれないわよ」
「えっ?ここに人食いが来たんですか?」
「ええ、ちょうど雨が降る前に」
「惜しかったな、文。まぁ気を落とすな」
「落ちちゃいますよ。もっと早く来てたならスクープが取れてたんですから……」
文は心底がっくりしたようだった。
「落ち込んでてもしょうがないですね……。これからネタを探しましょう。いえ、ネタになるかどうか、判断しましょう」
「珍しいわね、あなたが目の前にあるネタを保留にするなんて」
「霊夢さんたちは鬼神を知っていますか?」
文の目が真剣なものへと変わる。
「なによ、藪から棒に。まぁ、名前だけなら知ってるけど」
「全然知らないぜ」
「鬼神というのは。その昔、妖怪の山は鬼によって支配されていたのはご存知ですよね。その鬼のリーダーが鬼神です。つまりは妖怪の山のトップです」
「なるほどな、で、それがどうかしたのか?」
「まぁ、焦らずに聞いてください。鬼神というのは襲名制ではなく、言わば実力で勝ち取るような位だったんです。それはもう、ころころと変わっていったのを覚えてますよ。『彼』が出てくるまでは――」
「『彼』って誰よ」
「だから、落ち着いて聞いてくださいって。『彼』は圧倒的な力で鬼神まで上り詰め、その座を守り続けていました。それに、今までの鬼神とは違って民主的な政治を行ってきましたからね。鬼たちはもちろん、鴉たちからの評判もよかったです。しかし、今からちょうど七百年前、『彼』は何を思ったか、能力者を殺し始めました。近いところは自分自身の側近から、遠いところは人里の赤子まで、ありとあらゆる能力者を自分自身の手で殺して回ったのです。そして、目に余ると判断した妖怪の賢者たち――紫さんたちですね――によって妖怪の山にある大岩の下に封印されました」
パチパチパチと魔理沙が拍手する。
「へぇ、昔にそんなことがあったなんて知らなかったよ」
「初耳だったわ。あの話したがり屋の紫も鬼神なんて一言も言ってなかったし」
「鬼神という言葉は妖怪の山――いえ、幻想郷ではもうタブーの域に入ってますからね。紫さんも無闇には話さないでしょう」
「タブー、ねぇ。で、なんで私たちにそんな話をしてくれたわけ?ただ単に昔話をしたかったってわけじゃないみたいだけど」
「『彼』の名前が――鴉間与一なんですよ」
「…………」
衝撃が辺りを覆った。
それに続いて沈黙が流れる。
話題の中心である与一が倒れているというのはいささか間抜けな話ではあるが。
「同姓同名って線は無いの?」
そんな沈黙を破ったのは霊夢だった。
「鴉間与一――確かに珍しい名前だけど、決して無い名前じゃないわ」
「私が彼を疑っているもう一つの理由はですね、時期ですよ」
「時期?」
「彼が封印されてから七百年。これは封印の力が薄れる節目の年なんです。もし、彼が付け込むのだとしたら、まずこの年に間違いないでしょう」
「…………」
再び沈黙が続いた。
ここに居る全員が次に何を話せばいいのか悩んでいるとき、唐突に魔理沙が呟いた。
「ちょっと待てよ、封印されてるんならなんで与一がここに居るんだ?鬼神は封印されてんだろ。だったらここに居ちゃおかしいんじゃないか?」
単純な疑問だったが、この話を根底から覆すような正論だった。
しかし、そんな正論も文によって一蹴される。
「ああ、そういえば説明し忘れていました。彼はですね、封印される直前に自分の写し身を作ったんです。そして、それを向こう側の世界へと送った。おそらくちょうど七百年目に来るように時軸もずらしたんでしょうね。だから、この与一さんがここに居てもおかしくは無い。むしろ自然なくらいです」
「鬼神はなんで能力者を殺し始めたんでしょうね」
霊夢は問いかけるように言った。
「そもそもそこが問題なのよ。もし、与一さんが鬼神だったとしても、理由さえ解決すればそんな気も起こさないんじゃない?」
「理由ははっきりとは分かりません」
文は悲しげな表情を作る。
「しかし、彼の能力が関係していることは確かです」
「彼の能力って……まさか殺せば殺すほど強くなるとか、そんなんじゃないよな」
「その通りです」
魔理沙の言った冗談も、文は真剣に対応する。
「彼の能力は、自分の見た他人の能力を複写――つまり劣化コピーすること。そして、能力を移した相手を殺せば完全な能力になる。この二つです」
「おいおい……そんなのありかよ」
「この世には確かにあるんですよ。我々を卓越した存在が……」
三度目の沈黙が流れ始めたころ、ようやく与一が目を覚ました。
「う……うん?あれ?私なんで寝てて――」
「よっ、おはようさん」
「あっ、魔理沙。おはようございます……ってまて、確か魔理沙のせいで倒れたような気がする。いや、絶対そうだ」
与一は起き上がると、そのまま魔理沙に詰めいる。
「よくも騙してくれましたねぇ、魔理沙」
与一は満面の笑みだった。
だが、目は全く笑っていない。
むしろ殺気が感じられるくらいに怖い目だった。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。私たち友達だろ」
「私は毒を盛るような相手を友達となんて認識しませんけどね」
「ひとつ訂正だ。私は毒なんて盛ってないぜ」
「じゃあ、私の倒れた理由を簡潔に、屁理屈抜きで、分かりやすく説明してくださいよ」
「あーっとな、あれはいわゆる拒絶反応ってやつだよ」
「拒絶?キノコをですか?」
「違う違う。魔力だよ。最初に言っただろ、食べれば魔力が上がるって」
そういえばそんなことを言われた気もする。
「元々魔力を持たない人間にとっての魔力はただの異分子だからな。そんなものがいきなり体内に入ってきちゃあ、体だって拒絶反応の一つや二つ起こすさ」
「どうしてそれを食べる前に言わないんですか!」
「だって言ったら食べないだろ」
「う……ま、まぁ……」
「ま、いいじゃないか。魔力が身についたんだし。気絶の一つや二つ、多めに見たらどうだ。それより、他に変なところは無いか?たとえばだるいだとか、熱っぽいだとか」
「いえ?別にありませんけど」
「よかった。これなら私が食っても大丈夫そうだ」
「私はモルモットか!」
よりによって私を副作用の検証に使いやがったよ。
私の体を何だと思っているんだ、この娘は!
「いやな、霊夢に相談したらお前に試してみたらどうかって言ったから」
くるりと霊夢の方を向いてみる。
わざわざ目を逸らせてお茶を飲んでいる。
「れ~い~む~」
「だ、大丈夫と思ったのよ!ほら、前に見せてくれた変化ってあったでしょ!あれだったら髪が抜けても体の色が変わっても平気でしょ!」
それはそうだが霊夢、キノコの副作用に体色の変化なんて無い。
「それはそうですけど!もっとこう、人間の倫理としてですね――」
「お取り込み中すみませんが、ちょっといいですか?」
「あんた誰」
「私は文と言います。文々。新聞の記者です。そこで、話なんかをいろいろと聞かせてもらいたいんですが……」
「お取り込み中です。後にしてください」
「あっ、じゃあ一つ!たった一つでいいですから、答えてください」
「今は人間の倫理に対する基本的価値観を霊夢に――まぁいいや、なんですか?」
「あなたは鬼神をご存知ですか」
たった一文。
そのたった一文に、今回文が聞きたかったすべてを詰め込んだ。
「ええ、知ってますよ」
与一はそれをそれがどうしたと言わんばかりに、普通に答えた。
その答えに、三人は凍りついた。
あの霊夢ですら名前だけしか知らなかった存在を幻想郷に来て日が浅い与一が知っているとなると、そこから出される答えは一つしかなかった。
「――っ!じゃあ、あなたは自分がどういうものなのかを知っていて――」
「自分?何言ってるんですか?貴臣でしょう?天裁貴臣。あなたたちでいう人食いの本名じゃないですか。しかし、よく知ってますね。あいつ、自分から名前を言うのは毛嫌いするはずなのに」
「「「……へっ?」」」
三人が三人とも疑問符を出した。
少しして、ようやく言っている意味が分かり安堵する。
「なんだよ驚かすなよ……」
「びっくりしたわ……。悪い冗談はよしてよね」
「ふむふむ、人食いの本名は天裁貴臣なんですね。なるほど、ありがとうございました!」
言うが早いか、文はすでに博麗神社を飛び出していた。
「……何だったんですか?あの人」
「ただのガセネタ記者よ」
「……はぁ。あっ、そうだ。魔理沙にも言いますけど、そもそも人間の倫理の基礎にあるものはですね――」
「そんなことよりも、はいこれ」
「そんなこととはなんですか、これは重要な――なんですか?これ」
一冊の本が手渡された。
文庫本くらいのサイズだが、厚さはそれの三倍はあるだろうという不恰好な本だった。
題名は『初心者からの弾幕』。
「言っただろ、私が教えてやるって。基礎はそれを見て覚えてくれ。それに書いてあることを大体マスターしたら私のところへ来い。みっちり特訓してやる」
「嘘じゃなかったんですね。ありがたくいただきます」
ぱらぱらと捲ってみる。
弾幕の種類から歴史まで、さまざまな項目があった。
「与一はまだ少ししか魔力が無いからな。あんまり無理するんじゃないぞ。といっても、魔力の無かった人間にしちゃあ異常すぎるくらいの量だけどな」
「そうなんですか?全然実感ないですけど」
「分かるようになったら一人前さ。じゃ、渡すもんも渡したし、私は帰るぜ。しっかりがんばれよ」
そう言って、箒を手に取ったかと思うと、流れるような動作で箒にまたがり、飛んでいってしまった。
「魔理沙ったら、張り切っちゃって」
「張り切ってたんですか」
「普段なら『面倒だぜ』とか言って、絶対引き受けないのに。多分、重ね合わしちゃったのね」
「何にですか?」
「昔の自分」
そのまま、会話は終了といわんばかりに、静かにお茶を啜った。
私としても、これ以上無理に話すことも無いので、縁側へと向かい、魔理沙が消えていった方向を向いて、こう呟いた。
「よろしくお願いしますよ。魔理沙先生」
人食いの人はあまり東方の世界観になじまない気がします。
気がするだけですが・・・
鬼ってことは萃香と関係があるんでしょうか?続きが気になります。
我々を卓越した存在が ←卓越というよりは超越したの方が良いのでは?
続きも期待しています!