[曙に陽が昇り、黄昏に陽が沈み、夜に星が空に歌うならば、明日はきっと晴れ]
「……何これ?」
「日記帳だよ。見てわからんか」
「いや、それはわかるけど」
花のつぼみも膨らみかけ、さむさも緩やかになり陽射しが暖かくなってきた。
そんな春先の博麗神社の境内でのやり取り。いつものように掃除をしていた霊夢に、これまた
いつものように唐突にやってきた魔理沙が一冊のノートを突きつけたのだ。表紙には『Diary』と
書かれており、それが日記帳であることがわかる。
「で、これをどうしろって言うのよ」
「いや、何だ。交換日記でもやってみようかとな」
「交換日記?」
「そ。やれ吸血姫だのメイドだの庭師だの亡霊だの宇宙人だのいろいろといる連中がさ、普段
どんな生活してるか興味ないか?」
にやにやといたずらっぽい笑みを浮かべる魔理沙に、霊夢は少し考え込む。
確かに人外魔境の連中に知己が数多い。が、そんな彼女たちの普段の様子などあまり見たことが
ない。と言っても友人といえどもそうそう家まで上がりこむわけでもなし、当然と言えば当然
なのだが。霊夢が家にまで上がる友人というとせいぜい霖之助か、目の前にいる魔理沙ぐらいである。
「まあ、無くはないけど」
「だろ? だからお前もどうよ?」
ずいっと目の前に迫る魔理沙の顔。霊夢は少し背をそらしたが表情を変えず、考えていた。
「でも、特に日記に書くようなこともないわよ?」
「そんなの別に深く考えなくてもいいんだよ。今日は何食べたかとかさ。構えることはないって」
「んー……じゃあ、やってみようかしら」
押し切られるような形で諾と答える。すると、パチッ、という指を鳴らす景気のいい音が
響き渡った。
「んじゃ、こいつは置いていくぜ。明日の昼頃に取りに来るから、それまでに何でもいいから
書いておいてくれよ。何書こうか迷ったら他のヤツの日記を見てみるのもいいかもな」
ぽんっと霊夢の胸に日記帳を押し付けると、言うが早いか魔理沙はもう春の空へと飛び去っていた。
後にはただ、それじゃまたな……と、そんな声がエコーがかかって残るだけで。
ぽつんと一人になった霊夢はやれやれ、と苦笑した。本当、いつもいつも突風みたいに現れては
なんだかんだと騒いで。
だけれどそれが、決して嫌ではなくて。
「あいつらがどんなこと書いてるのか見てみるのもいいかしらね。お茶でも飲みながら」
ちょうどいいしお茶にでもしよう。そう思いながら箒を片付けると、霊夢は社務所に戻っていった。
§ § § §
もうコタツもいらなくなるほど暖かくなってきた居間にちゃぶ台がひとつ。
お煎餅を茶請けに、湯気の立ち上る温かい緑茶。
片方の手でパリッと一口、ずずっと一飲みしているのは、霊夢。
もう片方の手には、先ほど魔理沙がおいていった日記帳。
目を細め、穏やかな表情で、それぞれの日記に目を通していた。
・
・
・
■3月○△日――[マリス砲] By霧雨 魔理沙
今日はアリスを連れて図書館へ行ってみた。
嫌がるような素振りをしているがあいつはなんだかんだ言いながらついてくる。いつもながら
素直じゃない奴だ。
湖に差し掛かると例のごとく警備の門番隊のお出迎えを受けたがどうということはない。
もとより敵じゃないし、今日はアリスもいたから。
美鈴をしとめるまでの所要時間は今までの最短記録を更新できた。アリスがうまくやってくれた
おかげでマスタースパークの射線を楽に取れたからだ。
アリスの人形の放つ降り注ぐレーザーとのコンビネーションはなかなか良かった。これを
マリス砲とでも名づけてみようか。
……って言ったら殴られた。そのくせなんか妙にアリスの顔が赤かった。なぜだ。
咲夜に見つからないように注意しつつ図書館へ入った。
景気よく挨拶しても相変わらずパチュリーの返事は無愛想だったが。
そのくせアリスの挨拶には愛想があるのはどういうとなのかと小一時間問い詰めたい。
でも、アリスに持ってきてもらったケーキを出すと、たちまち場の雰囲気が変わった。
図書館で即席のお茶会だ。
私は珈琲を、アリスとパチュリーは紅茶をもらった。
ううむ、珈琲派は私だけか。少数派は辛いぜ。
香ばしい香りを楽しみつつ小悪魔に閲覧したい本を頼むと、ちゃんと返してくださいね、と
言われた。失敬な。返さないんじゃなくていつの間にか家の中で見当たらなくなってるだけで
決して返さないわけじゃないんだが。
そんなちょっとした優雅な時間が流れていく中で、さっきのことをコンビネーション技のことを
思い出したので話題に振ってみた。
が、どうにもパチュリーの反応が悪い。興味がなさそうに生返事が帰ってくる。
二人であれだけ面白いことができるんだから三人のコンビネーション技やら合成魔法を
研究していけば実に面白い成果が得られると思うんだが……
ところでどうでもいいんだがアリスの上海人形が妙に私に懐いてくるのだが。
そうするたびにアリスが大慌てで人形を私から引っぺがして、ものすごい勢いでうちの子に
何してんのよ、なんて甲高い声で叫び散らす。やたらうるさい。
なんかやたらアリスからとばっちりを受けたような気がする。
・
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「これは魔理沙の日記ね……アイツはどこにいっても騒がしいんだから」
読み進めて、はぁ、とひとつため息ついて。
借りたもの返せないんじゃ返さないのと変わらないでしょうに。
魔理沙の家の実体を良く知っているだけに、図書館から強奪された本の末路を生々しく
想像できてしまう。
けれど、どこか霊夢の表情は優しげだった。
恋の魔砲使いとか自称する割にほんと自分のこととなるとさっぱりみたい。
アリスも報われそうにないわね、と心の中でつぶやきつつも、上海の素直さが主人のほうに
かけらほどでもあれば少しは展開が変わるだろうに、と呆れ顔。
ま、私は花より団子だわとお煎餅をパリッとかじりながら、日記帳を読み進めていく。
・
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■3月○□日――[本日の日記] 十六夜咲夜 晴れ 三日月
12時起床。
朝食後に本日のスケジュール確認。
今日は西館を重点的に掃除、後洗濯。
食事後にお嬢様が起床。
お嬢様は図書館から本を借りて自室にて読書。
その間に日が暮れないうちに各種消耗品の買出し。
日の入りとともに閉まるお店が多い。
まったくこっちの都合も考えて欲しい。
月の出とともにお嬢様に紅茶を淹れる。
いつまでも読書に耽ってるので、
「ずっと本を読んでると目が悪くなりますよ」と注意したら「環境に適応するようになるだけよ」と言われた。
そういう物なのかしら?
一緒に座って飲んでていいわよ、と言われたので素直に従っておく。
突如お嬢様が「博麗神社に行きたい」と言ったのだが、
既に夜半を過ぎており、霊夢はすでに寝ていると思ったので、丁重に説得して諦めてもらった。
と、ここまで書いておいてアレだけども、日記の書き方って良くわからない。
というか書いた事もない。
日記、というぐらいだから日々起きた事を書けばいいのだろうが、毎日平和で変わらない生活。
そうそう特筆する事は起きていない。
私は今の生活で充分幸せだ。
あの日あの時あの月の下で拾われた私。
私が私となったあの日は決して薄れずに今も心に刻み込まれている。
その思い出がある限り、私に不幸なんて訪れるのだろうか?
そう、思い出は決して消えない、だから私に不幸なんて訪れない。
私にはかけがえの無い時間があるのだから。
時間は止められても世界は止まらない。
時計は12時間で一回り、同じ場所に針が戻ってくる。
つまり、毎日は変わっても変わらなくても同じ。
また次の日が始まるだけだ。
それでも日付は変わり、新しい一日が始まる。
毎日が同じ事のくり返し、ではなく、毎日が違う日であるという事を教えてもらったから。
また、新しい日が来るのだから。
新しい日を生きるのだから。
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「咲夜の日記か…あいつらしいわ」
無駄のない、まるで事務事項のような前半の内容に、思わず霊夢は苦笑してしまった。
それにしても人間の店へ買出しに行くくせに悪魔側の都合を考えろという辺りなんとも
身勝手なと思ってしまう。さすがあのお嬢様あってあのメイドあり。
そういう連中ではあるし忙しそうではあるけれど、おおむね平穏に暮らしているらしい。
大切なものひとつ、心に抱いて。
時間は止められても、世界は止まらない――か。
そんな言葉を何気なく口の中で反芻しながら、ページをめくってさらに読み進めていく。
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■Someday March ― △□ ――[世界の理とは] レミリア・S
月明かりだけでは人間は本は読めないという。
先日、パチェの図書館から一つの本を借り出した。
咲夜は、私が半日もかけてこれを読み耽っていた時に「目が悪くなるんじゃないか」という危惧をしていた。
莫迦なことを。
吸血鬼ともあろうもの、肉体への負担は一瞬で消去できる。増して月の明かりに中てられていれば尚のこと。
いままで私に付き添ってきて、何を見てきたのかしらね、咲夜は。
そんな事はどうでもいい。咲夜の心配性は今に始まった事ではない。
少し、借りてきた本のことを書こう。
なんの変哲もない、小説の一つ。著者などに興味はないし、内容も下らないので記憶には残っていない。
でも一つだけ、気になった点があった。
それは描写の問題。
天を占拠する青い空と太陽は陽気を示し、それを喰い尽くす雲と雨は陰気を示して。
雨上がりの太陽はささやかなハッピーエンドの兆し。
物語の中でころころと移り変わるそれらは滑稽にも見える。
実際それはおかしくて、私は少し冷笑を含ませていたに違いない。
ただ。それは。私には、幻想郷には、とても無為で。
運命は我が手中に在り。
天候などは私でも操る事ができる。運命を手繰る糸は不可能を可能にする意思ではないが、可能性を引き出す事はできる。
パチェなどはその場で一瞬で雨雲を産み出したりできるけど、私の力はそういうものではない。
でも、明日の天気なんて、私がこの指を左右に降るだけで決まってしまう。
幻想郷の人間が不毛の荒地も大洪水も知らずに暮らせるのは、私のお陰なのよ?
適当なときに晴れを。適当なときに雨を。
そうしないと、人間が減ってしまうでしょう? 咲夜の人間狩りに手間が掛かってしまう。
さて。また少ししたら宴会の夜。
その時にはいつものように晴れにして、月もちゃんと顔を見せるようにして、皆の騒ぎの中へ飛び込むの。
その時にだけは、私は、私の力を他の奴らのために使う。
それも滑稽なこと。
それも前述の通り。
運命は我が手中に在り。
そう、なれば日記など。
幾日先の項にでもペンを走らせてみせようか。
この日記は共用とのこと。それが出来なくて残念ね。
わざわざ共用日記などで書く事でもないけど、自分の心の内を思いのまま描き出せる事には、この帳に感謝しましょ。
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「……神にでもなったつもりなのかしら、レミリアってば」
その尊大な語り口を見て、やや呆れ顔の霊夢からそんな言葉が出てきた。
天気の移り変わりに結末を幻視(み)、それを以て滑稽という。
つまり神の位置から世界を見下ろせる位置にいる、あるいはそれに近いのだということ。
人間にも益をもたらす。しかしそれはあくまでも自分たちのためで。
つまりそれは、人間は自分たちの支配下にあるとでも? それも、運命の名の下に。
思わず霊夢から笑みが浮かぶ。
あんたの都合でこの世が動いているわけないじゃない。
そんなだから足元掬われるのよ、と。
確かに人間は臆病で弱いけれど、レミリアの言う可能性の糸を手繰り寄せる強さもあるのだから。
だけれどそんな傲慢な態度も、いつものアイツらしいといえばそう。
それにしても素直じゃない。宴会のたび力を使っていてくれたなんて知らなかったけれど、
その何よりの目的はアイツ自身のため。
素直にみんなと一緒にいられるのが楽しい、って言えばいいのに。
くすっと笑って、いつもありがとう、と小さくお礼を言うと、霊夢はページをめくっていく。
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■三月◇□日――[かか煮] 西行寺 幽々子
まだまだ朝は肌寒くて、どうにも布団から出るのが億劫になるけど、
よく考えたら亡霊って暑さ寒さは感じるのかしら?
まぁ、それも気分の問題よね。
妖夢ったら私が起きた時にはもう庭で素振りなんてしてて、
頑張るのはいいけど私が呼ぶまで気付かないのはどうなのかしら?
そんなだから庭師はうすのろだってぼろくそに言われるのよ。
ともあれ、今日も妖夢のご飯は美味しかったから不問かしらね。
家の中だと分からないけれど、外はすっかり春になったみたいで。
蕾の様子を見る限りだと来週にはもう庭の桜も咲きそう。
今年はどこでお花見をやろうかしら? なんて考えて庭を廻っていたら、
やっぱり西行妖だけは裸のまま。
この下に埋まっているのが誰なのかはまだ少し気になるけれど、
またあんな事をしたら巫女もブン屋も五月蝿そうね。
あ、この日記って霊夢たちも見るのかしら?
まぁ見てたとしても、暫くそんな気はないから安心してちょうだい。
でも時間が経つのは早いものね。
西行妖を咲かせようとしてから数えてみればもうすぐ二年になるのかしら。
小鬼が紛れ込んだり月がすり替えられたり。
そういえば久しぶりにあの閻魔にも会ったりしたわね。
あの時何かを言われた気がするのだけれど、はて、何を言われたんだっけ?
まぁ思い出せないのならさして重要な事でもないわよね、きっと。
そうそう、春ももうすぐってことで今日は紫の所に行ってみたのだけれど、
あの人はやっぱりまだ寝たままだったわ。
毎年思うのだけれど、本当勿体無いわねぇ。
冬は寒いから嫌だなんて言うけれど、冬は冬で色々見るものはあるのに。
全てが白銀に染まって何もかもが覆いつくされた世界。
しんしんと降り続ける雪は一緒に静寂を連れてきて。
灰色の空も大地に降りれば一面の白。
確かに少し寂しいところはあるけれど、そんな寂しさを感じさせない程に強く輝く命もある。
亡霊の私が言うのもなんだけれど。
いつか紫と一緒に雪見酒と洒落込んでみたいものね。
おっと、これは日記だったっけ。
結局その後藍たちに夕食に誘われたけれど、断ったんだっけ。
なんでも妖夢が今日は腕によりをかけて作るから楽しみにしててください、なんて言うものだから。
確かに豪勢でいつもより美味しかったけど。特にあの――あぁ、そうか。
どうりで紫の所に行く途中で白い妖精が飛び回ってた訳だわ。
妖夢に気付かされるなんて、私もまだまだね。
よし、明日は紫を起こしにいきましょうか。
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「なんとも幽々子らしいつかみ所のない日記だわ……」
普段何を考えているかさっぱりわからない幽々子の日記だけに、思わずそんな言葉が零れて
しまうけれど、どうしてか一緒に顔までほころんできて。
それにしても暫くはってことはそのうちやるってことかいアイツは。と半ば呆れ顔になりながら
霊夢はため息をつきつつ、今度やったら半殺しじゃ済まさないわ、などと物騒なことを素で
つぶやいた。もっとも、肝心の幽々子はすでに全死に状態なのだけど。
だけれど、飄々としていてつかみ所がないように見えて、細やかなところまで目が届いている。
巡る季節のひとつひとつにまで趣を感じることのできる人は、そうはいない。
そっか…もうそんな時期かぁ。いつの間にかレティからリリーが飛び回る季節になってたのね、
としみじみと感じてしまう。
それはそうと雪見酒には私も同席したいものだわ、と思いつつ、霊夢の白い手は日記帳の
ページをめくっていく。
・
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■3月◇×日――[離床] 八雲藍
昼飯時を狙ったのか、昨日に続き幽ッ子が来た。
普段はまず持参しない手土産など持って。
珍しい事も在ると思い、中身を見れば日記帳。
何を考えているのかね?
来るなり宿題を押し付ける客と言うのも可笑しいと思う。
奴は多めに用意した昼食をぺろりと平らげてくれた。
此処まではいつもの事。
それでは貴様は何しに来たのかと問えば、なにやら紫様を起こしに来たとの事。
私が是非ともお願いすると、幽ッ子は紫様の寝所へ入っていった。
過ぎること一刻。
食後のお茶に、お茶請けに。
至福の時を過ごしていた私に、半泣きの幽ッ子が戻ってきた。
曰く「起きない」とのこと。
コレだから素人は困る。
仕方なく、私は彼女に少々コツを伝授した。
紫様離床の奥義、ソレすなわち『鳩尾』にあり。
嬉々として実践する、阿呆な子が一人。
いや、本当にやるとは思わなかった。
普段の離床ならともかく、紫様は冬眠明けだぞ?
冬眠明けの動物は気性が荒いなんて常識じゃないか。
質量の無い亡霊のおみ足が、紫様の横隔膜を一寸ばかり凹ませる。
私はそれを見届けた瞬間、白玉楼へ跳んだ。
現在、私は西行寺亭の客間にて、この日記をしたためている。
偶には家事から解放されるのもいいものだ。
怠けてる?
いいじゃないか。
どうせこれから苦労するんだ。
ほぅら、凄まじい妖気が二つ、こちらに向っているじゃないか?
どうやらスキマと亡霊が、八つ当たりの相手を見つけたらしい。
私もこれを書き上げたら、出来るだけ遠くへ逃げるとしよう。
嗚呼、私の背後で何かが音を立てて広がっていく。
急がなくては。
もうすぐだ。
奴らはすぐそこまで来てい
(日記は赤く染まって読むことが出来ない……)
・
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・
「……何やってんのかしらこいつら?」
読みながらジト目がちに怪訝そうな表情をしていた霊夢は思わずそうつぶやいた。
なにやらページの端々が赤いし。それも、レミリアの好きそうな赤。
言うほうも言うほうだけどやるほうもたいしたお馬鹿だわ、と、あきれずには
いられなかった。
とりあえず例のごとく巻き添えを喰らった妖夢には合掌しておいた。
相変わらずおもちゃにされる奴。たまにはウチで厄払いでもすればいいのに、と。
まあでも、と心の中でつぶやくと、霊夢にくすっと小さな笑みが灯る。
なんだかんだでこれがアイツらの日常なんだろう。毎年毎年、いつものこと。
繰り返される、めぐりめぐる穏やかな日々。
八雲式って奴も素直じゃないわね、と思う。どう取り繕ったって、紫が起きて一番
うれしいのはあんたの癖に。そう思いながら、霊夢は日記帳を読み進めていく。
・
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・
■三月○□日――[本日の日記] 魂魄妖夢 雨
今日、座敷を掃除していたらこの日記帳を見つけた。一部のページが血塗られていたりと非常に
怪しい。しかし拾ってしまった以上は仕方ない。
幽々子様にお見せしたところ、どうやら魔理沙を中心にして幻想郷で回っている交換日記らしい。
あなたもやってみなさいな、とおっしゃられたのだけれど、正直困る。そうお答えしても、
いいからいいからといつもの笑顔で押し切られてしまった。
というわけで何故か日記をつけることになってしまいました。
あまり人様に見せるような日常ではないが、引き受けてしまった以上きっちりやろうと思う。
今日はいつも通りの日でした。
朝起きて朝食の用意をし、幽々子様を起こし、それが終われば昼食まで庭の剪定。
午後も庭の剪定です。
剪定時に奥義の練習をしているのですが、動かない草木相手では物足りません。
せめて幽々子様が剣術に興味を示してもらえればいいのですが。
スペルカードをいつもより多用したせいでしょうか。予想よりも早く剪定が終わりました。
とりあえずする事がないので幽々子様に用事はないか聞いてみたところ、こう言われました。
「妖夢。あなたは私から何か言われないと何もできないのかしら?」
ショックでした。庭の剪定も食事の用意も全て自発的にしているというのに。
そう反論すると幽々子様は渋い顔でこう言われました。
「妖夢。もし妖忌が帰ってきて……いえもっと簡単に言うわ。魂魄妖夢から刀と従者を取ったら何が残るのかしら」
例えお爺様が帰ってこようと私は幽々子様の従者です。
「あら私は妖忌が帰ってきたら妖忌を従者にするわ。更にもし妖忌から破門されたら……。妖夢、あなたはどこにいってどうするのかしらね」
反論することができませんでした。
幽々子様がいなくなったら。この刀すら無くなったら私はどうなるのでしょう。
そう思うと悲しくなってしまいました。
「あらあら、ごめんなさいね。少々苛めすぎたわ」
そう言って幽々子様が頭を撫でてくれました。けれども、私の心は乱れたままで。
今日はその後何をしたのか忘れてしまいました。
ああ思い出すだけでなにかこう暗い気分になってきました。
こんな事を日記に書くのもどうかと思わなくも無いですが、愚痴というものなんでしょうか。
明日から私は幽々子様と何時も通り顔をあわせることができるでしょうか。
不安で仕方ありません。
いい加減ここらでやめておきましょう。
私一人ならともかくこれは他の人にも読まれるものです。あまり私の勝手な事情ばかり書いても仕方ありません。
それではおやすみなさい。
・
・
・
「……相ッ変わらず頭固いわねぇ妖夢も」
きちっと清書された文字で綴られた真っ正直な日記を見て、霊夢ははぁとため息をついた。
妖夢のこの性格、いじる分には楽しいだろうが反面変なところで苦労しそうだ。ある意味
幽々子も大変だろう。
別に従者『であること』が、庭師『であること』が、あんたを『魂魄妖夢』にしてるわけじゃ
ないでしょうに。 何事にもガッチガチに考えてるからそうなるのよ。
とは思うものの、たとえ本人を前にしてもそれを口には出さないだろう。
その答えは、いつかは自分で見つけるものなのだから。
とりあえず余計な心配なんてしなくてもちゃんとあんたにも明日は来るわよ、と心の中で
つぶやきながら、霊夢の手はページをめくる。
・
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・
■弥生の○☆――[今日の記し] 名 鈴仙・優曇華院・イナバ
利き手に筆をとってから、既に半刻ほど経った。
正直な話、何を書けばいいのか解らない。解らないので、目に映るものから並べてみる。
腰から下が埋まっている布団は柔らかく、干し立ての暖かさがまだ幾らか残っていた。
日が沈んでから入れ替わりに昇った月は、木枠の向こうの林の隙間、半ば程まで欠けている。
極めて平凡な一日だった。
朝から晴天。今日の仕事は午前、午後を通して布団の日干し。
日が高くなると、そのまま布団を並べた屋根の上で結びを食べた。
日が傾くと、いつも通りに筍尽くし。筍ご飯、筍汁。揚げ筍に筍炒め。
夜半は師匠の立ち会いのもと、金を胡椒に変える実験を試みる。収率は前より幾らか高かった。
もう頭が空になった。なったので、今日一日を適当に纏める。
本日の襲撃、無。因幡同士の内輪揉め、無。自身の失敗、三。猛省。取り立てるべき騒乱、無。
極めて平凡な一日だった。こんなところでいいだろうか。
追記。ついさっき、師匠の手料理をご馳走になった。簡素だったけど、おいしかった。
幸せ。
飛び入り追記。夜、永琳の仕事場で調理の跡を探る。火元の脇には空になった、曇った小瓶が幾つもあった。
しあわせ?
追記の追記。安心すること。ただの栄養剤。ああ、見えるわね貴方の疑る顔が。心配してのことなのよ?
しあわせ? 無論。
私も追記。近頃はお客も無くて退屈そのもの。また一騒ぎ起きると嬉しいけれど。
それと、永琳が何やら飛脚の役をしてくれるとのことなので、この場を借りて。
長らえる 世とみし月ぞ 欠けたれば 明けたる夜こそ 永らえるかな
上の通り、私は幸せ。貴方はどう? お返事希求。欲しがりましょう、得るまでは。
かしこ。
・
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・
「……仲良さそうな連中ね」
ウドンゲをはじめとする永遠亭連中の日記を見、自然霊夢に笑みが浮かんだ。
この年で一人で神社で暮らしている霊夢にとって、あるいは彼女らのことを、どこかあこがれて
見ている部分もあるのかもしれない。
とりあえず筍尽くしの料理はぜひともご馳走になりたいものだわ、と思いつつ。
それにしても金を胡椒に変えるとか何考えてるのかしら。正気かどうか疑いたくなるわ。
と、思わず口に出かけて思いなおす。そういえばあいつら、宇宙人だったっけ。
出かけた口に逆にお煎餅を突っ込みつつ、さらに読み進めていく。
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・
■弥生の○■――[徒然起草] 藤原 妹紅
今日の朝方。なにやら永琳が不可思議なものを持ってきた。
はてと包みを開いてみると、まろび出たのは日記帳。永琳に聞いてみたところ、どうや
らいつぞやの白黒が回しているらしい。
ともあれ、何も書かずに回すのも悪い。徒然にて文綴らんとす。月日だけは百代の過客
と消え年は旅の空と消えているが、三里に灸を据えるような出来事などない。
ないけど、とりあえず書けば新しい発見もあるかもしれない、と思って綴ろうと思う。
竹林に住んでいると気がつかないことも多いが、どうやら風の気からしてすっかり世は
春めいていた。おかげで太陽が随分高くなってから起き出す羽目になった。
とりあえず今日は慧音のところに行く予定があったので、そこで昼は馳走になった。白魚
の煮つけと根深汁。当然美味。
とりあえず慧音と一緒に腹ごなしの散歩に出る。そのとき、庵の近くで梅がすでに蕾を
ほころばせていたところを見た。桜も近い。
……どうでもいい話。いや日記そのものがそういうものかも知れないが。
私は、桜は綺麗だど感じるが、苦手だ。見ていてどうも悲しくなってしまう。すぐ散っ
てしまう花が哀れなのか、散れない私自身が哀れなのかは良く分からないけれども。ただ、
宴会の騒ぎの中では素直に桜吹雪を楽しめるようで、我ながら現金だ。
散歩ついでに、里の見回りにも付き合った。田はすでに植わっていて、青々とした毛並
みをしていた。今年は苗の伸びがいいから豊作だろう、という話もちらほら聞いた。
見回りついでに、多少の手伝いもさせられた。釣りや炭焼きとかはいいとしても、鍬や
斧を持つと少々腰が痛かった。でもそれなりに楽しかったので帳消しだった。
ただ竹を炭にする時、爆発させてしまって笑われたのはちょっと悔しかった。次までに
練習しておこう。
結局、その見回りに夕方まで付き合って、夕飯まで頂いてしまった。豪勢にも岩魚の塩
焼きと川海苔の汁。まあ、岩魚は私が釣ったのだけど。
ちょっと悪いかな、とも思ったけど慧音がなんだか嬉しそうだったので黙っておいた。
月が昇った頃、帰宅。泊まっていけと慧音は勧めてくれたが、自分の家を空けすぎるの
は良くないと思ってのことだった。
……意外と書くことはあったらしい。とりあえず満足。
これなら人に見せても恥ずかしくはないだろう。たぶん。
追伸
永らえる ふしぎの月に 踏み入らば 在りや無しやと 思わざりけり
まあ、そういうことにつき、聞くまでもない。
今度行く。首を洗って待っていろ。
・
・
・
「……あんたは人間よ、きっと誰よりも」
妹紅のしっかりとした、それでいて女性らしい文字で綴られた日記を読み終え、霊夢はぽつりと
つぶやいた。
死ねない蓬莱人になったがゆえか、かえって生と死に敏感になって、その端々にまで
感じ入るのだろう。
それにしても、今年は豊作らしい。秋の初めにはきっと、田んぼ一面に広がる黄金色の海原が
見られそうだ。
なんて詩的な風景よりも、おいしい新米のほうが、霊夢にとっては大事だったりするけれど。
それはさておき、見てくれは風流だけれど実に物騒なこいつらは何とかならないのだろうか?
当人たちは死なないからいいだろうけどあんたたちが喧嘩することで迷惑こうむる連中のことも
少しは考えたらどうなのかしら、と思いはするがすぐやめる。
どうせ言って聞く連中でもないし、むしろ日常茶飯事なのだし。
喧嘩するほど仲が良い、とは良く言ったもの。あいつら案外相性いいんじゃないかしら、とは
本人の前では口が裂けても言えないなぁと思いつつ、霊夢はさらに読み進めていく。
・
・
・
■弥生月の○×日――[幸いな日] 上白沢 慧音 晴天
妙な経緯により受け取った日記帖に、私の名と今日の歴史を記す事にする。普段の物と併せて二
度日記を書く事になるが、些細な事だろう。それに繰り返し回顧する事で、今日という日がより鮮
明に記憶に残る訳だから。
本日は定刻通り暁七つに起床し、近くの沢にて水浴びをした後朝餉を取った。
麦飯と昨晩の残り物、後は沢からの帰りにて見かけた土筆の炒め物。
季節の物は目で見て肌で感じ、そして食べられる物は食べる事により、季節を感じる事が重要であ
る。
その後近くの里に赴き、農耕の進行具合や里の結界の状態等を大人達と相談した。
田植えの終わった田を如何にして妖怪から護るか、等の案件は勿論だが、重要なのは結界の方だ
ろう。張るのが難しければ維持も難しく、修繕もまた難しい。かといって、神経を使う結界の点検
を怠れば、待つのは里の全滅である。
以前のように霊夢が気紛れを起こしてくれれば思い煩う事もないのだが。
大人達と子供の幾人かをつれて里を一回りし、結界の状態に問題が無い事を確かめた後、他の里
へ向かう。
すべき事は殆どの里でそう変わらない。
変わる里といえば、里の中でも都市部とされる、幻想郷での人間文化の発展に貢献している里が
挙げられるだろう。むしろその里以外は、所謂農村である。
都市部は美しい工芸品を作り、それを他の里が作った作物と交換しているので農耕の点はかなり
おろそかになっている。その代わり、他の里と比べ力の鍛錬に時間を割く者が多いため、防衛力の
点ではほぼ私が口を出す事もない。
ただ、都市部はあの危険な結社の息が強くかかっている為、このままでは非常に危険だ。しかし、
私がどれほど今の幻想郷の人と妖の関係がちょうど良いと訴えた所で、都市部の者達は話を半分も
聞こうとしない。
一度他の里の者に説得を頼んでみても、人と妖の事となると私と関わりある者の言葉は信用しな
いようだ。
今後も粘り強く現状の平和を訴えるつもりだが、果たして何年かかるものか……。
閑話休題。
昼九つが過ぎた辺りに訪れた里で、昼餉をご馳走になった。長の家の娘が是非に味を見てくれと
の事だったので頂いたのだが、率直な感想は差し控えた。私が言わずとも、後で彼女の母親がしっ
かり言うだろう。
その後も里を回り、見て回った範囲ではどこも大過は無いようだった。
暮六つに一度家に帰り、簡単に夕餉を済ませ、後に夜五つまで軽く眠る。
夜五つを少し過ぎた辺りで起床。再び家を出で、深い夜闇に呑まれた各里を見回る。
昼はそうでもないのだが、やはり夜は魑魅魍魎が跳梁跋扈する幻想郷。
里の結界を恨めしげに見つめる木っ端妖怪がいれば追い散らし、音で人心を惑わす類の者がいれ
ば黙らせる。酷いようなら打ち滅ぼす。
暁八つ少し前に家に帰り、今に至る。
今日は特に問題も無く、変わらぬ日々の一つとして歴史に刻まれるだろう。
不幸が無いという事は幸いである。
もうすぐ床に就くが、今までのように明日もこうであれば良いと思う。
時過ぎし 数多の日々に 思い馳せ 来る明日への 糧となせ 幸も不幸も 皆等しく
まさに、だ。
さて、暁八つが鳴った。もう寝よう。
追伸
この日記帖に記す上で、一つ良かったと思ったのが既に妹紅が日記を書いていたという事だ。
彼女と共に居る時、私の生活習慣に彼女が酷く心配するので表上合わせているのだが、日記とい
う歴史を綴る嘘を吐けない作業上、後に露見してあれやこれやと心配させるのは忍びない。
……既に慣れている為、私としては時鐘二つ分も眠る事ができれば充分なのだが。
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「……慧音らしいお堅い日記だわ」
清風のように流れる綺麗な文字で綴られた日記を見て、霊夢は言った。
実に規則正しい生活。模範的とはこういうことを言うのだろう。
人間の里のほうは例年のごとく妖怪への対策に苦心しているらしい。
狩るものと狩られるもの。基本的な構図は変わらない。
しかしそれにはバランスというものがあり、それが崩れないようにするのが博麗の巫女の役目。
だからこそ、霊夢は人間でありながら、人間側に一方的に与することもないのだ。
ただ、逆に人間側がそれを崩そうとする気配もあるようだ。
慧音がその結社の動きを非常に憂慮しているが、それは霊夢も同感だった。
彼らは、外界の人間たちと同じ過ちを繰り返すつもりなのだろうか?
そうなれば、博麗の巫女が人間を懲らしめる、ということにもなりかねない。
前代未聞の出来事になるだろうが、やるか否かといわれれば是と答えるだろう。
なぜならそれが、博麗の巫女の存在意義なのだから。
閑話休題、あんたはちょっと肩に力が入りすぎよ、と思った。誰かを、ましてごく身近な人を
心配させてまで無理をするなんて愚かしいこと。
私がいて、あなたがいて成り立つ。それが人間ってもんでしょうに、と思いながら、霊夢は
ページをめくって日記を読み進める。
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■3月○×日――[文々。日記] 射命丸 文
快晴
新聞を渡しに行ったら魔理沙さんから日記帳を渡されました。
交換日記。いやもう即座におっけー、こんなネタの宝庫を逃す私ではありませんとも。
それに普段新聞用に文字を書いてはいるけど、これはまた良い気分転換になるかも
しれない、と。
今日は昨日おとといそのまた前の日と同じ様に、ネタを探して空を飛んでました。
人の身ならまだちょっと寒いかな。でも私にとっては太陽がぽかぽかの方が印象深い。
すると南の方からスクープ的な気配。お供のカラスと共に一飛びです。
ちょっと遠いトコロの人里でした。自慢のスピードでも朝出たのに着いたのはお昼。
これきっと他の人だったら1日かかってると思いますよ。
で、そのスクープというのが。
新しい命の誕生如何にって場面でした。
生まれてくる赤ん坊がどうも双子らしく、難しい出産の最中との事。
私の統計によると、ここ幻想郷で双子の無事出産確立は5割程度。つまり無事でも
無事じゃなくても不思議でない、ちょっとハラハラなバクチです。
家の外では親族の方や近所の人たちが心配そうに集まって、何人かはお祈りを
捧げてました。
う~ん、記事にするには……ちょっと事件性が足りないかな。
だけど、こうしてやって来たのも何かの縁。生まれてくるであろう子供の父親さんに
事情を話し、一緒に待って祈る事を許可してもらいました。
未来のお客さん、もしくは大スクープの為に、全身全霊を込めて祈りましたとも。
ちなみに神とかにじゃないですよ。生憎こうした時に力を貸してくれる神様に知り合いは
居ないので。死んだときにお説教してくれるのなら知ってるけど。
私の様に力を持つ者は、使い方は良く解らなくても、例えばこうなって欲しいと
強く念じれば、微々たるものではあるが結果に影響を及します。これを強力に操れるのが
紅魔の悪魔さん。その足元にすら及ばないけど、まぁ。
その内、家の中から聞こえる産声。調子がずれて二つの産声が聞こえてきました。
やがて父親がまず産婆に呼ばれ家の中に。しばらくして私も含めて待っていた全員が
呼ばれて、生まれたばかりの赤ん坊と対面しました。男の子と女の子です。
正直、物凄い可愛い。抱かせてもらったけど、すっごく小さくて可愛い。
双子って実際に見るのは初めてだけど、もうまったく同じ顔だって言ったら笑われました。
どうも人間の赤ん坊は、生まれた時はどれもみな似たような顔をしているらしいです。
見分けられるのは両親くらいだそうで、初めて知りました。
母親の元に帰って静かに寝息をたてる双子の赤ん坊。一枚だけ写真を撮らせてもらって
里を出ました。
もちろん新聞には載せませんよ。記念写真として家に飾っておきます。
家に帰った時はもう日が落ちていました。これから明日の新聞を作らなきゃいけません。
結局今日はスクープを逃したけど、まぁ、ちょっと幸せな気分になれたから良しとします。
こうして日記も書けましたし、他の人の日記も読めましたし。
さて新聞は……困った時の為にと取っておいた、ちょっと小さい事件でお茶を濁しますか。
さしあたっては―――修行して装備もかためた氷精が大ガマにまたも敗北した話、あたりを。
日記に書いちゃったらマズイ様な気もするけど、大した記事じゃないしいいや。
明日も晴れますように。
ついでに大スクープをゲット出来ますように。
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「むむ……文のヤツまで交換日記やってるのかぁ」
文の日記を読み終えた霊夢の眉が八の字に曲がる。
これはうかつなことを書いたら新聞のネタにされるかもしれない。
それにしても無事子供が産まれてきて良かった、と読んでいた霊夢もほっと胸をなでおろした。
その場に風の神さまである文がいたのも何かの縁なのだろう。きっとその双子は、風の加護に
恵まれるに違いない。
明日も晴れてほしいとは思うけれど、あんたに大スクープをモノにするのは無理があるわね、と
言葉にせずつぶやきながら、霊夢の手はページをめくる。
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■3月○△日――[本日の出来事] 記帳者 四季映姫・ヤマザナドゥ
本日の天気 曇りのち晴れ
今日は朝方は肌寒かったものの、午後からは日が差し暖かい一日となりました。今年は雪も多く
寒い冬でしたから、暖かい春の気配は素直に喜ばしく思います。
本日は三件の裁判を行いました。詳細に関しては守秘義務がある為、日記といえど書くわけには
参りませんが、最近は死というものを軽視したまま此処に来る魂が多くみられ、本当に残念に思い
ます。
死というものは悲しむべき事ではありますが、それが故に限りある生命に輝きを齎す。
逆に死を軽んじてしまえば、生命の輝きを鈍らせる。どちらも大切な表と裏なのです。
命の意味と、死の価値。
最近は、どちらも希薄になっているように感じられてしまうのです。
できれば、全ての人に説教しておきたいとは思っているのですが……
とりあえず、私は私に出来る事をやっていきましょう。
明日にでも時間を作って、近くに住む方々へ説教を行う事にします。
永遠亭と紅魔館……さてどちらにしましょうかね。
それと今日は仕事が終わった後。小町が日本酒を持ってきてくれました。やはり一人で飲むよりは
誰かと飲む方が美味しいですね。小町も楽しそうにしていましたし。
時々、無礼な発言もありましたが、酒の席という事もあり説教は三時間で切り上げました。かなり
飲んでいたようなので、明日遅刻しないように釘は刺しておいたものの……
もうすでにイエローカードは三枚目。明日遅刻したら百叩きですね。
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「苦労してるなぁ……アイツらも」
おそらくこの次の日には百叩きを喰らったであろう死神と、そんな部下を持った閻魔のことを
思うと、同情がこみ上げてきて、だけれど同時におかしくて。霊夢の顔に笑みが灯る。
それにしても映姫の日記を見る限り、外界の人間はどうも命というか、人生を粗末にしている
のではないか。そんな想いが霊夢の胸をよぎる。
おおよそ刹那の出来事にとらわれる人間が多いのではないだろうか、外界は。
今日起こったことに挫折したとて、その後人生なんてどう転ぶかわからないものなのに。
ずずっとお茶をすする。熱いお茶がのどを潤してくれる。
こんな風にのんびりとお茶さえ飲めるように暮らせればいいやと、そう思いつつ霊夢は日記を
読み進めていった……
§ § § §
ぱたん、と日記帳が閉じられる。それとともに零れるため息がひとつ。
どうやらみんな軒並み平穏に過ごせているらしい。
来る日も、来る日も。
日々変わるようでいて、変わらなくて。
昨日と同じような、でも昨日とは違うような、そんな毎日。
でも一つだけ変わらないものがあるから。
それはきっと、何よりも大切なもの。
すっと静かに立ち上がると、霊夢は箪笥の中を調べだした。
「あれ……万年筆どこにやったっけ?」
魔理沙の整理の悪さが移ったかなぁ、とかちょっと思ったりしながら。
§ § § §
「おーい霊夢、いるかー?」
と、そんな声とともに上空から降り立ってくる影。
約束どおり、魔理沙が日記を取りにやってきたのだ。
「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」
「おお。てっきり春眠暁を何とやらだと思ってた」
「あんたが来るってわかってるのに寝てたら何されるかわかったもんじゃないわ……」
何だよそれ、と魔理沙は抗議するが、帰ってくるのは呆れ顔のため息だけ。
「で、日記のほうは?」
「はい、ちゃんと書いといたわよ」
ごそごそと懐から例の日記帳を取り出して差し出した。
ところが意外だったのか、魔理沙は目を丸くしていた。
「ちゃんと書いたんだな……」
「当たり前でしょあんたじゃあるまいし」
「おお、私のまめさを知らないな? 研究日誌は抜かりなくばっちりつけるぜ」
「『研究日誌は』でしょ。興味ないこととかまるでだらしないんだから」
ぐ、と唸る魔理沙。図星を的確に刺されて痛いらしい。
何か言い返そうと口元が動くけれど、事実はどうあっても覆せない。やがてあきらめたのか、
がっくりとうなだれる。
「それじゃ、私は行くぜ。用事があるから後でじっくりと読ませてもらうとするよ」
「そんなたいしたことは書いてないわよ」
「ほぅ……霊夢が日記になんて書いたのか楽しみだぜ」
にやにやと意地悪な笑みをしながら魔理沙は昨日同様飛び去っていく。まるで暴風のように。
そして昨日同様ぽつんと一人残された霊夢は、小さくなっていく姿を見送りながらため息を
ひとつつくと、くるっと背を向けた。
「さて、いつもどおりお茶にしますか……」
そしていつもどおり掃除はほどほどに済ましてしまうのでありました。
§ § § §
「ふぅ~…生き返ったぜ」
タオルで濡れた髪の毛をわしゃわしゃと拭き取りながら魔理沙は言った。
誰かに言うような言葉ではないが、湯上りはそんな独り言さえも心地が良いもの。
石鹸の香りがし、一番上のボタンがはずれたパジャマからは上気した白い素肌に綺麗な鎖骨の
ラインがのぞいていた。
「さ、て。髪の毛を乾かせるまでの間に、霊夢の日記でも読むとするかな」
にんまりと笑いながら、まるで楽しみにしていたおやつを食べるかのように、机の上において
おいた日記帳を手に取る。
そのままぼふっ、という音を立てて勢いよくソファに腰を沈ませると、パラパラとページをめくった。
「どれどれ……」
やがて見つかったのか、ページをめくる手が止まる。
柔らかで流れるような、そんな優しい文字で綴られている霊夢の日記がそこにある。
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■3月○☆日 [明日もきっと晴れ] 博麗 霊夢
いつもどおり日が昇って起きて、ご飯を作って食べた。
おかずはお魚と、それからお漬物を少し。お味噌汁はわかめで。
それからいつもどおり掃除をしていると、魔理沙がやってきて日記を書けと言ってきた。
突然やってきてはなんだかんだと無茶言って、そして去っていく。それももう、いつもどおりのこと。
いつもどおり夕陽が沈むと夕餉の支度。
今日は山菜のおひたしと煮物をおかずに。
それからみんなの日記を読み直して、いつもどおりの時間に休んだ。
みんな平穏に暮らしているんだなぁと思いながら。
いつもどおりお日様が昇って、空からみんなを照らしてくれて、黄昏とともに稜線に沈んでいく。
そうしたら星が夜空に浮かんで子守唄を唄ってくれる。
明日もきっと晴れ。また、いつもどおりの明日がやってくる。
・
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「…………」
妙に感慨深そうにして、魔理沙は日記帳を閉じた。
短い日記。だのに、なぜだか深く心の中に入ってくる。
――いつもどおり、か。
口の中で霊夢の言葉を反芻しながら、魔理沙は窓辺へ歩み寄っていく。
ガラッと窓を開け放つと、まだ冷たい夜の風が入り込んでくる。
その空気が、湯上りの魔理沙の肌をひんやりと心地よく冷やしてくれる。
窓から顔を出し、空を見上げてみた。
そこには満天の星空。
彼女を象徴する、光のつむぎ手たちが、紺碧の空を明るく彩ってくれている。
夜空が晴れ渡っている。どこまでも、曇りなく。
そういえば今日は晴れたっけ。昨日も晴れたんだったかな。
何気なく、当たり前に通り過ぎていた毎日を、急にしんみりと思い返した。
子守唄を唄う星空を見上げて、魔理沙はぽつりとつぶやいた。
「明日も晴れるかなぁ……いつもどおり」
おしまい。
いいですねこういう試み。文体が違うから、本当に交換日記のようで、
雰囲気が出ます。アイディア勝ちですが、よいものを読ませていただきました。
よく晴れた春の早朝が似合う綺麗な文体でした。
てるよともこのやりとりも実に雅・・・なのに物騒。
よいなぁ~~
皆の日記が日記してるのに唯一藍だけがホラーになってますな(w
兎に角、楽しませていただきました(礼
こんな企画的な作品も良いと思いました。
素晴らしい作品でした!!
実際、こういうことがあっても面白いと思いましたし。
全体として、よくまとまっていたように感じます。
まぁ、つまるところ、ぐっじょぶ。
面白かったです
明日もきっと・・・ね?
書いたのかは推理できませんが、合作だからこそ「キャラごとに
違う視点で日常を書くこと」の表現に成功していると思います。
100点中70点ぐらいはアイデアに対する評価です。
もっともそれ以外の部分の評価を足すと150点以上になってしまいますが(笑)。
あぁ、いいですね。とても
良い物を読ませて頂きました。GJ
企画がうまくいってよかった良かった。
さて皆様思った以上に作家予想が困難な様子なのでヒントをおいておこうと思います。もうじき正解を発表しますけども。
その間にもう一度予想しなおしてみるのも一興かと思います。
魔理沙担当:StardustReverie
咲夜担当:創想話のSSで咲夜登場率100%の人
レミリア担当:絵板で活躍している両刀
幽々子担当:SSだけでなくアレンジCD方面でも活躍する音師
藍担当:不良鈴仙の人
妖夢担当:霧雨フランの人
永遠亭担当:絵も描ける人
妹紅担当:楠(植物)
慧音担当:なかなか来ない連作。
文担当:咲夜さんを15歳(もうすぐ16らしい)だと主張した人
映姫担当:タロちゃん
さて、何人わかるかな?
こう言う雰囲気の物も良いですねぇ…。
各作者様GJ!
楽しかったです。
とても素晴らしい合同作品でした
…作家当て参加したかったなぁ…
…もっと早くに知っていれば…
こういう話大好きです。
胸の中にすっと入っていった感じ。
うん、いいなぁ、コレ。
妹紅タンがなんかとってもかぁうぃぃよ!
そんな日々に私も憧れ
幻想卿はほんとにいいなぁ。
合作はなかなか珍しいですね。
それは、置いといて、
ああ、なんて言うのか、私には誰が書いたとかは分からなかったけど、
確かに、幻想郷が幻視できる作品でした。
ただ過ぎ去り往く日々に何かを想うでもなく、在るがままに受け入れ、
明日も同じようにと願い、それに無為さを覚えない・・・
ああ、一言で言うと羨ましい。
合作作品増えると良いな~。
遊び心も大切ですね。
おもしろかったですw。
妹紅の日記をもっと読んでみたいと思いましたねー
霊夢のコメントがまた優しさに満ちてて良かったです。