Coolier - 新生・東方創想話

水底に眠るお宝には形に出来ない物が多い

2011/07/27 21:14:24
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 よく海の底には宝が眠っていると言うね。ってことは湖の下にも当然宝があるわけだ。じゃなきゃ、湖があんなに綺麗なものか。そう言って勢い良く飛び出ていったぬえは今、びしょ濡れの状態で息も絶え絶え私の部屋で寝転がっている。

「ほんっとに死ぬかと思った。まさか私が水中でエラ呼吸出来ないなんて」
「そりゃそうでしょうに」

 色々と言いたいことはあったが、なんだか本気で死にそうだったみたいなので、今はそっとしておいてあげよう。

「船長はさ、どうやって水中で息してるの?」
「どうって、普通に」
「やっぱエラ?」
「あるように見える?」
「ありえる」

 ぬえにタオルを思い切り投げてやった。タオルは空中でふわりと広がり、びしょ濡れで寝転がるぬえの上に見事かぶさった。

「本当苦しい。今ぬえちゃん呼吸困難。ね、村紗、人口呼吸してよ」

 ひらひらとぬえが手を振って、そんなことを言ってくる。

「何馬鹿なこと言って……」

 待てよ、ぬえも冗談のつもりでそんなこと言ったんだろう。本当にやって慌てふためくぬえも見てみたいかも。ふとそんなことを思いついてしまった。

 今ぬえは仰向けで寝転がっている。ちょうどいい。

 私は勢いよくぬえの上に覆いかぶさると、抵抗されないよう両手首を抑えつけて、桜色の唇にキスをした。

 文字通り、息を飲む。ぬえの。

 顔を離すと、ぬえの何が起こったのか分かっていないようなぽかんとした表情が見えた。顔を赤くして、まつ毛の長い大きな目をぱちくりさせている。

「ちょ、ちょちょちょ、な、何、あんた何してんの……!」
「人口呼吸。してって言ったじゃん」

 ぬえが緊張しているのが分かる。振動が、胸から私の乗っかったお腹まで伝わってきている。汗もかいているみたいだ。

「そりゃ。いやでもそういう……ことじゃ」

 あんまりつついても可哀相だから、お腹からどいてやることにした。

「んまぁどうでもいいけど、その辺拭いといてよ」

 ぬえが体を起こして渋々と水滴を拭きだす。


 それにしても、湖か。最後に泳いでからどのくらいだろう。もう随分、長いこと。

 自分が海の底を泳いで船を沈め、沢山の人を殺しているときを思い出して、ぞっとする。しかしそれと同時に、どこか懐かしい気分にも浸った。

 静かな水底では、視覚、触覚による情報が全てだ。臭いもあるわけないし、海の塩の味すら、目と肌で感じる情報量が多すぎて頭に入ってこない。

 そんな中で上も下も忘れて水をかくのは最高なんだよね。

「うーし、湖行くか。ぬえ、動ける?」

 ぬえが目をぱちくりしてこちらをみている。

「行ってどうするのよ。別に眺めたいわけじゃないんだけど。中が見たいの。そりゃ村紗は入れるかもしれないけど、ぬえちゃん肺呼吸系女子だからちょっときちぃよ」
「そこは私がなんとかする。水中でも息出来ればいいんでしょ。多分二人くらいなら私がちょちょいと力使ってどうにでもなる」

 そう聞いたぬえは立ち上がると、軽く自分と自分のいた場所を拭いて、外に飛び出す。どうやら相当湖の底が見てみたかったらしい。

「んじゃ決まり、行こう、早く行こう。聖とかに見つかってもかったるい」

 さっきのぐったりしたぬえはどこへやら。手をぐるぐる回して、出発を催促してくる。

「なんで手回してんのよ」
「間違えた!」
「横に振るか手招きするかでしょう」
「うっわ、盲点だったわ」

 私が空へ飛び立つと、その周りをくるくると回りながらついてくるぬえ。幻想郷は広いと言っても、私達飛べる人妖にとってみれば紅魔の湖なんてすぐそこだ。ほら、数分で湖のほとりに降りることが出来る。

 じゃぼじゃぼと湖の中に足を突っ込ませた。水温を確かめながら、足首、膝、腰と次第に浸かっていく。

 とんでもない真夏日が続いていたから、気持ちがいい。

 ぬえはと言えば、ひゃほいとかはしゃいで先にざぶんざぶんやっている。

「うはー超気持ちいい! てゆーか息できる、村紗いつの間にやってたんだね!」

 ぬえに続いて、私も顔を浸けてみる。

 湖は予想以上に深い様で、先を見れば真っ暗で何も見えない程だ。

 まだ水面は見えるけれど、体はどんどん底の見えない闇に呑まれていく。


 私が一度水面に顔を出そうとしたとき、ぐいと手が引っ張られた。

「それじゃ水底目指して、ゴー!」

 大きな水しぶきを立てて水の中へ消えたぬえに無理矢理引っ張られるようにして、私の視界は、また一瞬で水の中になった。

 暗い中をぬえはどんどん進む。私も、ぬえに引っ張られてどんどん進んでいった。

 ときどきぬえはこっちを振り返って、にっと悪戯小僧みたいに笑う。

 なんとなく、上を見た。水面が太陽に照らされて、太陽が雲に隠れた月のようになっていた。

 懐かしい感じがする。水底で死んで、船を沈めていたあの日見た風景。水の暗さは海と変わらない。私の乗っていた船は沈んで、人の乗っていた船を沈めていた日々。

 元人間の私としては、決して忘れることなんて許されないくらいひどいことをした。一人殺せば殺人、百人殺せば英雄なんて謳い文句をたまに見るけれど、そんなことは有り得ない。事実私は、あの時していたことを悔やんでいる。

 聖は、その心構えが大事です。しっかりと償いましょうなんて言うけれど、償えることでは無いと思う。

 急にぬえが止まったので、考え事をしていた私はぬえにぶつかってしまった。

「どうしたの?」
「見て、あれ」

 水中でよく聞こえないけれど、口の動きと微妙に伝わってくる音で大体何を言っているのか分かる。

 ぬえの指の延長線上を追っていくと、そこにはぼろぼろになった建造物があった。

「うそ、本当に!?」

 思わず声を上げてしまった私を、ぬえはまた引っ張って先に進む。まさか本当に湖の底に何かあるなんて。

 茶色い石で作られた大きな建造物の壁には苔や海藻がこびりついていて、ほとんど緑に近い色になっていた。周囲には見たことも無いような魚が泳いでいる。水面を照らす太陽の光はもうほとんど届いていない。

 でも、まさか、こんなことって。

 暇つぶしのつもりで来た湖の底に、こんな物があるなんて。

 建造物の上に降り立った私とぬえは、ぬるぬるしていて滑る床に気をつけながら先へ進む。

「キャプテン、これは本当にお宝あるかもよ」
「まさか。いやでも、あったらいいね」

 この建物は何だったのだろうか。村か、遺跡か、何かの施設か。どの道、過去にここへ人が入り込んだことは確かであり、何かしらの目的をもってこの建物が建てられたことは確かだ。大昔はここに水は無かったのだろうか。

「村紗、あれ」
「うん」

 私達の正面には、一際大きな建物があった。今までの建物とは明らかに違う。窓は一切見当たらず、扉には厳重に鍵までかけられていた。それに、建物全体から弱い霊力を感じとることが出来る。そしてその霊力と同じ性質の霊力が、この建物から未だに漏れ続けていることが分かった。

 ぬえが鍵に手をかける。

「せっかくだから、行ってみよう。気づいてるかもだけど、ここには何かある、もしくはいるみたいだから、くれぐれも互いに無理は無しで」
「もちろん」

 鍵は強い霊力で守られており、結局私とぬえの二人がかりで壊すはめになった。時間が大分経過しているようで、多少脆くなっていたのが幸いか。

「あけるよ」

 ぬえの声に頷いて、二人でその大きな扉を押した。

 すると中は空洞になっており、水が入ってこないよう、防壁の札が入口部分に陣を組んで貼ってあった。

 私とぬえが中に入ると、私達が入ったために一瞬空けた防壁の口から、少しの水が流れてくる。すぐに口は閉じて、また水が中に入らないようになっていた。自然に扉も閉じる。

「すごい、すごいよこれ!」

 ぬえがはしゃぐように入口に貼られた防壁の札を見ている。

「本当ね。ここまで精密で複雑な術式、あの博麗でも、聖でも八雲ですら扱えないんじゃないかしら」

 見たことの無い文字で描かれた札は、紙の劣化が進んでいるばかりで、式の質自体は非常に高いレベルで保たれていた。

 ぐるりと中を見回してみる。広い空洞には何もなく、高い天井は私とぬえの発する音を何度も何度も反射させている。

 私とぬえで壁際をゆっくり歩いていると、一カ所だけすきま風のように霊力の流れを感じる場所があった。

 私がためしにその辺りの壁を叩いてみると、明らかな空洞があることが分かった。

「ねえ、ぬえ。この先に空洞が」
「行ってみる?」

 ぬえにしては珍しく、行こうとは言わない。理由は分かる。この先に霊力の発生源があることは間違いないのだ。そしてそれは恐らく入口の札を作成した人物。もしそれが生きていて襲われれば、私とぬえではどうしようも無いだろう。

 恐らく、生きてはいないのだろうけれど。

「行こう。ロマン溢れるでしょ、こういうの」
「さすがキャプテン。今の気分は海賊だね」
「クルーは一人だけどね」

 碇を出して壁に向かって振るう。壁は簡単に壊れて、下に向かう細い階段が現れた。

 私とぬえは緊張からか、何も言わずに頷くことだけをして、階段を下り始める。

 一段一段下がっていく度に、感じる霊力が強くなっていくのが分かる。

 静かで、夏ということをすっかり忘れてしまうほど肌寒い。真っ暗な視界の中、何が待ち構えているのかびくびくしながら一歩ずつ進んでいく。


 どのくらい降りてきただろうか。一番下にたどり着いたときには、上へ続く階段の先が見えなくなっていた。

「ぬえ、また扉が」
「うん、ここまで来たんだし、開けよう」

 不気味なまでに綺麗な扉の前で、二人立ち尽くす。

 この中だ。この中から霊力が漏れている。強大な力の、主がいる。そう思うと、中々手を伸ばせなかった。

 ぬえが急に手を握ってくる。

「私も、ちょー怖いけどさ、なんか最近平和ボケ気味だったし、こういうのすっげ楽しいと思うんだよね」

 なんとなく頷いた。

「行こうよ。いざとなったら、ぬえちゃんの猫騙しテクで逃げればいいしさ」

 歯を見せてにししと笑うぬえが心強くて、重かった体が急に軽くなる。

「私さ、優等生だったから、こういう、海賊的なこと無縁だったんだよね」
「どこが優等生……いででででごめん、ごめんて!」

 ぬえが何を言おうとしていたのかはよく分からないが、何となく指の付け根を強く握って黙らせる。

「でもぬえとだったら、こういうタブーなことも気分でできてさ、わくわくして、すごく充実するのよ。一人だったらこんな立入禁止のような場所、近づきすらしなかったと思う。ありがとう、ぬえ」
「何それ、死亡フラグ? 後で恥ずかしくなっても知らないからね」
「はいはい」
「まあ何がこようとぬえちゃん村紗を守るよ」
「それじゃあ、互いにグッドラック」

 二人で頷いて、同時に扉を開ける。



 風が吹いていた。扉の先には小さな部屋があり、部屋の中央には大きな氷がある。氷には、美しい女性が入っており、ここが海底のぼろ建造物だということを忘れてしまうくらい美しかった。皮膚も腐敗していない様に見える。霊力は氷に入った女性から溢れている物だった。

 その氷の柩の前に、刀を脇に置いた一体の骸骨が正座していた。

「もしかして、この二体を持って帰れば私たち……」

 ぬえが一歩前に歩みだしたそのとき、部屋が震えるほど強い殺気が私を貫いた。

 殺気は骸骨から放たれたものである。気がついたときには、骸骨が、刀を持って物凄い速度でぬえに迫っていた。

「え、骸骨、生きて……」

 一瞬でぬえの首が飛ぶ。

「ぬえ、嘘、嘘でっ……」

 骸骨はそのまま流れるように私の目の前まで来た。そう思ったときには刀が腹に……。


 気がつくと私は骸骨の前にぺたんと座り込んでいた。髪の毛が顔に張り付く程全身汗びっしょりにして、すっかり腰が抜けてしまって中々立ち上がれない。

 がんがんと痛む頭を振って、何が起きたのかを理解しようとする。深呼吸を何度かする内に、ようやく思考がクリアになってきた。部屋に入ってそれから。そうだ、骸骨。骸骨の方を見ると、最初に鎮座していた場所に、同じように座っている。動いた形跡は無い。どうやら、骸骨の生前から出していた殺気にあてられて、幻覚を見せられていたらしい。

「む、むら、村、紗ぁ。村紗ぁ……」

 ぬえの声がした。安心してそっちを見ると、同じく座り込んで、放心状態になっているぬえがいた。何も無いところに向かって、ひたすら私の名前を呼んでいる。

 笑ってしまっている膝を引きずって、ぬえの真横まで来た。

「ぬえ、大丈夫だから。私はちゃんとここにいるってば」

 手を握って私の存在を知らせる。それでもぬえはこちらを向かない。

 思い切ってぬえの唇にキスをした。キスには色々な神経を麻痺させて、さらに脳の働きを活発にする働きもあると聞いたことがある。

 自分からキスをしたというのに、ぬえとのキスも別に珍しいわけでは無いのに、何も考えられない。

 今自分達がどういう状況にあるのかすっかり忘れてキスに集中していると、ばんばんとぬえが背中を叩いてくる。顔を離すと、ぬえが目頭に涙を浮かべていた。

「む、村紗ぁ……」
「なあに、ぬえ」
「いき、生きてる?」
「私ゾンビだし。むかーしに死んでる」

 もう一度ぬえが抱き着いてきた。ぐずぐずと鼻水を啜っているようだ。

「村紗がね、私のせいでね、村紗が、目の前でね……」

 最初にいた場所へ、何事も無かったかのように鎮座している骸骨の剣士を指していた。恐らく同じような幻覚を見ていたのだろう。

「はいはいよしよし、怖かったね」
「子ども扱いすんなあ……」
「はいはい」

 しばらくそうしていると、急にぬえが顔全体を私の服で拭き始めた。こら、と怒ろうとしたとき、とどめに鼻水をかまれてしまう。

「きったない!」
「ごめん」
「謝るなら最初からやるな!」
「だからごめんて」

 何か言おうとして、結局言葉が出てこなく、静かにぬえと向かい合う。

 幻想郷だとは思えないほど、静かで、冷たい。何もない空間に、大きな氷に入った女性と、喋らない剣士の骨。そして私とぬえ。

 やっぱり神秘的で不思議なぬえとのデートは、こういう場所に限るだろう。

 ぬえが立ち上がる。

「さて、と」

 私もぬえに従って立ち上がった。

 二人して若干慎重に、氷柱と剣士に近づいていく。

 よくみると、剣士は氷柱、というよりは氷の中に入った女性を守るように正座して、扉からの侵入者を見張っているのがわかる。

 ぬえが横に置いてある刀に手を伸ばした。鞘から少し抜くと、この暗い空間の中では不気味なほど光り輝く綺麗な刃が現れる。

「いい刀ね。きっと優れた剣士だったのよ、この人」

 私は骸骨剣士の後ろにそびえ立つ、女性の入った氷の前まで来た。

 氷に入った女性は微笑んでいる。綺麗だ。氷に触れてみる。ひんやりと冷たい表面には水気が無い。この氷が全く溶けていないことを証明していた。しかし、氷の中の眠り姫の力は確実に衰えている。今にも氷ごと壊れてしまいそうだった。

「この剣士は、その女の人を守るためにここで死んだんだろうね」

 ぬえの方を見ると、骸骨に向かって合掌していた。

「多分ね。それにしても、この人達は何だったんだろう。この建物がこの人のお墓だとすると、相当な権力者だったんだろうけど」

 こうして口を聞けなくなってしまった後では、彼女達のことを理解するなんて到底不可能だ。

「ねえ、ぬえ」
「ほいさ」
「水の底にあったのはお宝じゃなくて、そこにいたのは綺麗な女の人だったね」
「それとこわい骸骨」

 まあようは、人。

「湖の下には、こんなにも綺麗な人が居るから、湖は綺麗なんだよ」
「なにそれ、海の底には可愛い女の子の死体があるから可愛いってか。女の子ってところだけはそっくりかも……いてっ」

 ぬえの言いたいことが大体読めて腹立ったので、小さい弾幕をぶつける。

「乱暴なところも」

 まだ続ける様子だったぬえを睨むと、ぬえは両手を広げて肩を竦めた。

「ジョークだってば」
「はいはい」

 沈黙。湖の下の、人知れず在りつづけた建造物の中はとても静かで冷たい。しかしそこには確実に感じる生気がある。殺気だけで相手を殺してみせた剣士の強い想いと、綺麗なまま氷で眠っている女の人。どちらもおそらくは死んでいるだろうけれど、魂だけは、或はここが幻想郷なだけに浮遊しているのかもしれない。

 ぬえのさりげない発言から冒険は始まったのだが、予想以上に大きな物を発見してしまった。


 出来ればここを私達の秘密の場所にして、たまに訪れたいものなのだが。

 ぴしぴしと音が鳴った。音の方を見ると、氷に亀裂が入っている。

「すごいタイミングに来ちゃったな」

 今の今まで保たれていた形状が破綻する瞬間。ラッキーと思うべきか、それとも。

「ねえ、船長、氷が……」
「うん」

 ぬえも氷の前までやってきて、女性をまじまじと見る。その間にも、氷に走る亀裂はその長さを伸ばしていく。

「船長、もしかしてなんだけどさ、この女の人は寂しかったんじゃないかな」
「寂しかった?」
「私の勝手な推測だから、本当聞き流して貰って構わないんだけど」

 氷はとうとう全体をヒビに包まれてしまう。

「この女の人を守るために、剣士さんは侵入者を斬ってきたわけでしょう。この女の人は誰かに発見して欲しくて、ずっとここを保ってきた。そして今日、私と村紗が来たことで目的が達成されたから、保つことをやめた。……言いづらいんだけど、剣士さんは余計なことをしていたんじゃないかな」
「そうだとしたら、ちょっと残念ね」

 しばらく静かに氷を見ていると、ぽろぽろと氷が剥がれてきた。そろそろ限界だろう。

 そのとき、女の人の口元が僅かに動いたのだった。

 ダレカ、アノヒト二、オハカヲ。


 高い通った声が、脳に直接語りかけてくる。誰の声かなんて、考えるまでも無かった。

「残念、違ったね、ぬえ」
「うん、そうみたい」
「女の人は、剣士の墓を誰かに作って欲しかったんだよ」

 私とぬえはしばらく目を合わせたあと、ため息をついた。

「仕方がない、やるか、船長!」
「そうね、やりますか」


 それから二人は、体中を泥だらけにして夢中に穴を掘った。場所は氷の目の前。骸骨の身長を考えながら、穴を掘っていく。地面は石だったけれど、風化によって随分柔らかくなっていた。

 このくらいでいいだろう、私達は骸骨を慎重に掘った穴へと運び入れる。

 刀は、すっぽりと収まった骸骨の横に置いてやった。

「船長、出来たね」
「うん」

 埋めてやろうとしたそのとき、目の前の氷が一気に砕け散って、女性が倒れてくる。

 がしゃんと音を立てながら骸骨の上に落ちた女性。骸骨が大丈夫かと心配したが、丁度よく骸骨と向き合うように眠っていた。

 私が手を伸ばして骸骨の位置を修正しようとしたとき、女性から一気に大量の力が放出される。

「船長危ない!」

 ぬえに抱えられるように突き飛ばされた私は、地面に体を強く打ち付けてしまう。

 見ると女の人と骸骨を中心に大きな氷の固まりが出来ていて、さっき立っていた場所まで氷で覆われていた。あのままあそこにいたら、氷の中であの二人と一緒に一生を迎えていたのかもしれない。

「ありがとう、ぬえ」
「礼には及ばぬ!」

 氷の中の女の人は穏やかな表情をしており、骸骨もどことなく笑っているように見える。氷の中の女性は、最初からこうしたかったんだろう。この二人は恋人だろうか。羨ましいな。


「やることは全部終わったのかな、これで」
「いやいや何を言っているんだい船長。家に帰るまでが遠足だよ」

 ぬえが口元に人差し指を当てる。私は首を傾げつつも、耳を澄ました。

「ってこれってまさか!」
「そのまさか! 冒険活劇に命からがらの脱出はつきものでしょう!」

 天井の方から、ごうごうと水が流れている音がする。

 なんで気がつかなかったのか。目の前の光景があまりにも凄すぎて、気にできなかった。

 恐らく氷が一度砕けたときに、一緒に入口の水の侵入を塞いでいた結界のような物が無くなったのだろう。

 音を聞く限り、水の勢いは止まっていない。

「やばい、やばいやばいって船長これやばいって」

 この部屋の入口から水がもれだす。水が地下へと入ってきたのだろう。どーん、どーんと扉を叩いているのが分かった。

 次の瞬間、扉が勢いよく弾け跳んできて、大量の水が私とぬえを襲う。

 二人とも瞬時に防壁を張って直撃は避けたものの、ぬえは、水に流されそうになってしまっている。

「捕まって、早く!」

 必死にお互い手を伸ばし合う。強い流れに阻まれて、中々届かない。

 ぬえの防壁に限界がきているのが分かる。持っている力こそぬえの方が強いのだろうが、水を扱いなれているわけではないぬえに、この大量の水は受けきれる量ではなかった。

「む、らさ……ちと、やばめ」
「ぬ、ぬえ!?」

 私が叫ぶのと、ぬえの防壁が割れるのが同時だった。今まで張っていた防壁のおかげで勢いこそ弱かったものの、ぬえの足は簡単に浮き上がり、流れに呑まれてしまう。

 私の手は、届かない。

 もし私の能力が、水難事故に遭うとかじゃなくて、例えば水を操るとかだったら、ぬえを助けられただろうか。いや、そんなことを考えている場合ではない。

「ぬえちゃん式、スーパースネイクショーオオオ!」

 水の中に飛び込もうとしていたとき、ぬえの叫び声がしたと思ったら、蛇が一匹物凄い速度で飛んできて私の腕に巻き付いた。私もその蛇をしっかりと掴む。蛇はとても長いようで、波によって受ける左右の力は恐ろしく強い。

 手がヒリヒリと痛んだが、絶対に放さぬようしっかりと握り、少しずつ蛇を手繰りよせる。

 十分近くなったところで手を伸ばすと、ぬえに届いた。一気に水から引っ張りあげる。

「あ、あぶねえ、ぬえちゃん本当死ぬかと思ったよ」
「よし、脱出するよ」
「おうよ」

 SFのラストシーンは全力での逃走と決まっている。まさか、今日こんな体験を、自分が出来るとは思ってもみなかった。生きて帰ったら、全力で喜ぼう。

 意識を集中させて、防壁を少しずつ弱くしていく。決壊するかしないか微妙なところで留め、少しずつ私とぬえを水に馴染ませることによって、水から受ける力を無くしているのだ。この辺りのコントロールは、私にとっては朝飯前。私やぬえとて、この激流に呑まれてしまってはひとたまりもない。

「いくよ」

 ぬえの手を引っ張りながら、少しずつ水へ入る。体は完全に水の中に入れたのだが、あまりにも強い水の流れによって、中々前へ進めないどころか飛ばされ無いようにするのすら大変だった。

 とめどなく水が入ってくる入口からの脱出は無理。そう思った私は、真っ直ぐに上を目指す。

 天井が近くなってきたところで、私はぬえに合図を送って天井を指した。

「合点しょーち! 正体不明の種!」

 ぬえは水中で正体不明の種を私の腕に植えた。みるみるウチに私の腕はドリルになっていく。そしてそのまま、高速回転する大きなドリルを天井についた。

「いけー村紗ー、お前のドリルは、天井を突く!」

 振動に耐えるよう、必死に手を突き出していると、風化により脆くなっていた天井には簡単に穴が空いた。私達は一階のエントランス部分に出てきたのだ。

 一階も既に水で一杯になってしまっている。

 そのとき、天井が崩れて落ちてき始めた。地下と一階の間に空けた穴が原因で、至るところに無理がかかったのだろう。

 大量の瓦礫が、私達向かって降り注ぐ。

 上は無理だ……。

 私は視界の端っこに写った、大きな口を開ける入口に目をやった。

「ぬえ、向こう!」
「え、でも」
「もうあそこしか無いよ!」

 迷いを見せたぬえを無理矢理引っ張って、入口を目指す。

 ぬえが渋った理由はわかる。入口からはとめどない量の水が入ってきている。私の力では、とても入口は通れないだろう。

 しかし、今とさっきでは条件が違う。

 崩れ落ちてくるこの建造物の瓦礫をかわしながら、入口に近づいていく。こんなもの、弾幕をかわすのと比べるまでもないほど簡単だった。

 入口の少し上に位置をとると、ぬえに変えてもらった腕のドリルを壁に突き立てる。何度も何度も、色々な場所を突いて突いて、突きまくる。

 ぼろぼろと崩れていく瓦礫が、入口をどんどん塞いでいく。どんどん上がっていって、ついに入口のあった壁は瓦礫でうもれてしまった。

「ちょっと村紗、何やってんのよ! そりゃ村紗が私と心中したいって気持ちは分かるけど、これはあんまりにもムリすぎる心中というか!」
「バカなこと言ってないで、時間無いんだから」

 大きな瓦礫が私達の後方で大きな音を立てて落ちた。もう本当に時間が無い。

 私は急いで弾幕を展開する。多過ぎず、少な過ぎず、イメージした量を適当に作り上げていく。よし、準備が出来た。

「上手くいってよね、っと!」

 弾幕を瓦礫の山へ同時に当てる。全ての弾が貫通力を重視した弾で、爆発等は一切しないよう調整した。狙い通り瓦礫の山には無数の穴が空いて、そこからも水が中へと流れ始める。

 ただの瓦礫の山だった壁はその水圧に耐えきれず、小さな穴を起点に、一斉に崩れ始めた。

 そしてそこには、乱れた水の流れが出来る。

 天井からの瓦礫が頬をかすめて、血が海に溶け込んでいく。時間がない。

「ぬえ、あとは運任せになるよ」
「ああ、そういう」
「それじゃ、ナムサーン!」
「ナムサーン!」

 しっかりと手を繋いで、ぐちゃぐちゃな水流の中に突撃する。

 瓦礫の中で何度も何度も体を打たれながら、ぐるぐると回る。このまま外にほうり出されれば見事脱出成功。瓦礫が崩れるまでこの渦にいたり、運悪く中にほうり出されてしまったときには、私達はこの建造物の一部となって、数百、数千年後に死体として発見されるのだろう。一度死んでいる身としては、それだけは御免被りたい。私は目をつむって、必死に耐えた。

 渦の中は痛かった。瓦礫はなんども背中を打つし、よくわからない破片か何かは肌を何度も切り裂いた。途中流れの勢いに負けて、ぬえの手を放しそうになったとき、ひきちぎれそうになる腕を無理矢理動かして、互いに近づいた。その後は、二人で絶対放さないよう、抱き合って小さくなりながら流れに呑まれていたと思う。

 ようは、よく覚えていない。いつの間にか私達は平穏そのものな水中でゆらゆらと揺れていた。

 建造物はというと、あの剣士と氷の女性のいた建物以外も含めた全てが湖の底の、さらに底へと沈んでしまった。もしかしたら大変なことをしてしまったのかもしれない。でもまあ、あの二人は同じ氷の中でこのまま誰にも発見されず、永久に一緒になった手伝いをしたと考えればロマンチックか。

 水の中は静かだ。真夏の太陽は、冬の月に見える。魚達は喋らない。ただこうして、ふわふわと漂っているのが正しいような気すらする。

「ねえ、船長。ありがとうね」
「何が」
「色々と」

 別に何もしていないと言えば、嘘になるか。脱出のときの機転のきかせかたは、私自身でも褒めてやりたいくらい。

「ぬえも、ありがとう」
「何かしたっけ」
「ドリルとか」
「ああ、あれね……」

 本当は、もっと別のありがとう。

 ぬえがいなければ、この先私がゾンビとしてどれだけ長い時間を過ごしていても、一度たりともこういう体験をしなかっただろう。面倒くさがりながら適当に座禅を組んで、面倒くさがりながら申し訳程度の仕事をして、なんとなく聖達と話をして。そういうつまらない人生だったに違いない。

「あはははは!」
「えっ、船長どうしたの、毒でもくらった?」
「いやいや、ぬえがいないとこんなところ来なかったなーと思って」
「おう、巻き込むことは得意だからまかせろ」

 楽しい。ぬえはいつも私に大冒険をさせてくれる。ぬえと一緒にいるのが最高に楽しかった。

 ぬえが視界にいない。ぬえがちょっと視界から外れるだけで、すぐに探してしまう。

「村紗」

 私が漂っている下の方から声がして、体を捩りながらゆっくり振り向く。

 すると、思いの外すぐ目の前にぬえがいた。驚いてつい体をのけ反らせてしまったが、ぐいとぬえに首を捕まれて引き寄せられる。

「本当にありがとう。死ぬかと思った」

 私が何か言う前に口を塞がれる。こっちこそありがとうって、また言おうとした口を、言葉が出るよりも先に塞がれてしまった。

 言いたいことはあったけれど、ぬえからキスしてくれることが珍しくて、それがとても嬉しくて、まあいいかなと思ってしまう。

 大冒険の末、命からがら生還したカップルのキス。水中のキス。邪魔するものなどいない。

 それにしても、長いキスだな。そろそろ息が苦しくなってきて、クラクラしてきた。

 ぬえも苦しかったのだろうか、それとも察してくれたのだろうか、顔を放していつもの悪ガキのような笑顔をむけている。

「……オウ。船長だからな」

 ぬえの顔を直視出来ないのは、初めてだったかもしれない。

 なんだか恥ずかしい。

「よし、船長、帰ろう。もうくたくただよ」

 そういってぬえは水面目指して泳いで行く。私もその後を追った。

 振り返って湖の底を見ると、もう何もない。あの女性と骸骨は大丈夫だろうか。永遠に二人であそこで静かに眠れることを祈って、私は急ぎぬえを追いかけた。



 あの後たまに湖の底へ行ったりするのだけれど、あのときのことが夢だったのではないかと疑ってしまうほど何もない。

 湖の底に金銀財宝はないけれど、確かにぬえの言った通り宝があった。そしてまた私達の思い出も湖の底に残って、一層この湖を美しく見せてくれるのだろう。

 水の底には、こうしてロマンが積もっていくのである。
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コメント



0.880簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
こういうのってロマンがあって良いですよね
4.100名前が無い程度の能力削除
やべぇ、最高だわぁ。
5.90名前が無い程度の能力削除
夏休みの冒険って感じで良かったです!
6.100名無し削除
素晴らしいムラぬえだった
8.100url削除
アバンチュールは少年少女のロマン!
10.100曇空削除
こういうのは夢があっていいですよね
11.100名前が無い程度の能力削除
終始楽しそうでロマンのある冒険、いいですね
15.90ぺ・四潤削除
なんだかインディージョーンズとかの映画を見てたかのような疾走感で気持ちよかったです。
この剣士と女性は何の理由があって湖の底に沈んでいたのか。自らなのか封印されたのか。もしかして紅魔館とは何か因果関係があるのか……その謎が気になります。
しかしちゅっちゅしすぎだこの二人ww
24.無評価鉄梟器師ジュディ♂削除
奇声を発する程度の能力様
こういうの大好きなんですよ。大冒険スペクタクルみたいな。大脱出と恋愛も絡めばまたいいのです。いいですよね、いいですよね!

4様
ありがとうございます! 自分の欲望を詰め込んだのでそう言ってもらえると嬉しいです。

5様
東方の世界も夏休みなんですね。夏休みという単語は、恐らく早苗辺りが持ち込むでしょうし、なんとなくそういうだらだらした空気にもなると思います。夏は、人を大きくする最大の期間です。

6様
ありがとうございます!
若干ぬえがヘタレ気味なのがすきなのです。

url様
アバンチュールはいいですよね。小中学生がちょっと見るのが恥ずかしくなる様な、ドキドキのシーンとかあると、もっといいですね。

曇空様
私の夢と欲望と友情愛情を詰め込みました。ありがとうございます!
いいですよね、いいですよね。水底は最高です。深海魚とかも好きなんですよ。訳分からないのとかいて、未知ですよね。

11様
楽しいですよね。自分もこういう冒険して、思い出が欲しいです。

ぺ・四潤様
インディージョーンズとか、もう大好きです!
実は色々な映画をイメージしながら作りました。もちろんその中にはインディージョーンズも含まれています。
この剣士と女性に関しては、私も分かりません。もしかしたら、分からない方が綺麗な物なのかもしれませんし。。。
この二人はさっぱりちゅっちゅのラブラブカップルですよ!