「そりゃあ、いつかは死ぬと思うほどに、儚い存在でしたけれど。それにしても、早すぎる」
古明地さとりは、棺の前で立ち尽くしながら、ひとつ零す。中には妹のこいしが横たわっていた。
顔を見れば、それはまぁなんとも清々しいほどの寝顔で、目を離せばいつか起きてくれそうだと勘違いするほどに、今までと何ら変わりない姿であった。しかし、それでも、こいしはもう起きない。そのことを私は知っている。
私はこいしの手を取って、言葉を紡ぐ。
「貴方は、どこまでも真っ直ぐな子でしたね。自分のやりたいことに、一直線で突き進む。周りのことを気にかける癖に、興味を引かれたものには脇目も振らずに」
酷く冷えた手を、ただ、握りしめながら。
「そうしたら、いつしか貴方は瞳を閉ざしてしまいましたね。あれには、大層驚かされました。もう、私の心が読まれることも、貴方の心を読むことも、ないのですから」
それでも尚、その手が握り返されることはない。
「貴方に何があったのかも、もしかしたらなかったのかも、私は知りません。全くもって、知らないんです。貴方のことが分からない。本当ですよ。瞳を閉ざしてからは、一度たりとも理解できたことはないんです」
私はこいしの心が読めなくなった。それが苦しかった。
頭を撫でる。やはり酷く冷えきっていて、それでいてこいしの頭に直に触れたのはいつぶりかと思う。あの子はいつも、帽子を被っていたから。
「それが、どうしてか、苦しいんですよ。締め付けられるようにね。不思議でしょう?」
胸に手を当てる。強く締め付けられたように、息苦しく感じた。
「そういえば、貴方はいっとう、花が好きでしたね。外から帰ってきた時に、何度か頂いたのを覚えています。枯れてしまうのが勿体なくて、押し花にしています。私は本をよく読みますから、栞にすると丁度いいんです」
どうして貴方は動いてくれないのですか。
「……私はね、貴方のことが、本当は酷く恐ろしいのですよ。何を考えているのか分からなくなって、正直、貴方がこいしでないように思えてしまうんです」
どうして貴方は動かなくなってしまったのですか。
「だから、貴方が死んでしまっても、何ともないと、思った、ん、ですけど、ねぇ」
どうして貴方は。死んでしまったのですか。
涙は流れない。言葉も零れない。ただ、立ち尽くすだけ。それでも、息苦しさは消えなくて、居心地が悪くて、気持ち悪くて、立っていられなくて。つい、棺に手を付いた。
肩で息をする。荒々しい呼吸が、私の心を荒立たせる。
「ねぇ、こいし。貴方は安らかに眠っているけれど。死んでしまって悲しくないのですか」
答えは返ってこない。
「こんな姉に、愛想を尽かしてしまったのですか」
貴方のことを、こんなにも愛していたのに。
「それならきっと、謝りますから」
貴方が居なくなった地霊殿は、酷く静かなんですよ。
「だから、どうか、帰ってきて、くれませんか、ねぇ」
やっぱり、涙は流れなかった。
扉の方へ顔を向ける。
「燐、いるんでしょう?」
部屋の外で聞いているであろう燐に声をかける。
「え、あ、はい。さとり様」
「燃やしてきて」
燐は戸惑う。言葉に詰まっている。何を言うべきか悩んでいる。
「で、ですが」
「いいから」
お願い、もうこの動かない、有象無象とも思えない何かを、私に見せないで。
「もう、見たくないの」
それを言えば、燐は静かに返事をして、棺を持っていった。私の元に帰ってきた頃には、酷く疲れきった顔をしていた。
「よかったのですか?」
「なんのことでしょうか」
燐は、きっとこの気持ちに気がついている。だから今は、話したくなかった。
「さとり様って、不器用ですよね」
「よく言われます」
はぁ、とため息をつかれる。燐はもう何も言わなかった。
燐が部屋から出ていくと、本当に一人でそこにいるのだと感じた。
静かな部屋だ。誰もこの部屋で生きていないかのように。
こいしがいなければ、こんなにも静かで。
こいしがいなければ、こんなにも苦しくて。
こいしがいなければ、こんなにも辛い。
あぁ、この気持ちが、きっと、真実なのだろう。
「私は。私はね、こいし。貴方のことを、愛していたの。えぇ、きっと本当よ」
その言葉を呟いて、初めて私の視界がぼんやりと映った。
頬を流れるそれを、私はどうにも拭いとることができなかった。
古明地さとりは、棺の前で立ち尽くしながら、ひとつ零す。中には妹のこいしが横たわっていた。
顔を見れば、それはまぁなんとも清々しいほどの寝顔で、目を離せばいつか起きてくれそうだと勘違いするほどに、今までと何ら変わりない姿であった。しかし、それでも、こいしはもう起きない。そのことを私は知っている。
私はこいしの手を取って、言葉を紡ぐ。
「貴方は、どこまでも真っ直ぐな子でしたね。自分のやりたいことに、一直線で突き進む。周りのことを気にかける癖に、興味を引かれたものには脇目も振らずに」
酷く冷えた手を、ただ、握りしめながら。
「そうしたら、いつしか貴方は瞳を閉ざしてしまいましたね。あれには、大層驚かされました。もう、私の心が読まれることも、貴方の心を読むことも、ないのですから」
それでも尚、その手が握り返されることはない。
「貴方に何があったのかも、もしかしたらなかったのかも、私は知りません。全くもって、知らないんです。貴方のことが分からない。本当ですよ。瞳を閉ざしてからは、一度たりとも理解できたことはないんです」
私はこいしの心が読めなくなった。それが苦しかった。
頭を撫でる。やはり酷く冷えきっていて、それでいてこいしの頭に直に触れたのはいつぶりかと思う。あの子はいつも、帽子を被っていたから。
「それが、どうしてか、苦しいんですよ。締め付けられるようにね。不思議でしょう?」
胸に手を当てる。強く締め付けられたように、息苦しく感じた。
「そういえば、貴方はいっとう、花が好きでしたね。外から帰ってきた時に、何度か頂いたのを覚えています。枯れてしまうのが勿体なくて、押し花にしています。私は本をよく読みますから、栞にすると丁度いいんです」
どうして貴方は動いてくれないのですか。
「……私はね、貴方のことが、本当は酷く恐ろしいのですよ。何を考えているのか分からなくなって、正直、貴方がこいしでないように思えてしまうんです」
どうして貴方は動かなくなってしまったのですか。
「だから、貴方が死んでしまっても、何ともないと、思った、ん、ですけど、ねぇ」
どうして貴方は。死んでしまったのですか。
涙は流れない。言葉も零れない。ただ、立ち尽くすだけ。それでも、息苦しさは消えなくて、居心地が悪くて、気持ち悪くて、立っていられなくて。つい、棺に手を付いた。
肩で息をする。荒々しい呼吸が、私の心を荒立たせる。
「ねぇ、こいし。貴方は安らかに眠っているけれど。死んでしまって悲しくないのですか」
答えは返ってこない。
「こんな姉に、愛想を尽かしてしまったのですか」
貴方のことを、こんなにも愛していたのに。
「それならきっと、謝りますから」
貴方が居なくなった地霊殿は、酷く静かなんですよ。
「だから、どうか、帰ってきて、くれませんか、ねぇ」
やっぱり、涙は流れなかった。
扉の方へ顔を向ける。
「燐、いるんでしょう?」
部屋の外で聞いているであろう燐に声をかける。
「え、あ、はい。さとり様」
「燃やしてきて」
燐は戸惑う。言葉に詰まっている。何を言うべきか悩んでいる。
「で、ですが」
「いいから」
お願い、もうこの動かない、有象無象とも思えない何かを、私に見せないで。
「もう、見たくないの」
それを言えば、燐は静かに返事をして、棺を持っていった。私の元に帰ってきた頃には、酷く疲れきった顔をしていた。
「よかったのですか?」
「なんのことでしょうか」
燐は、きっとこの気持ちに気がついている。だから今は、話したくなかった。
「さとり様って、不器用ですよね」
「よく言われます」
はぁ、とため息をつかれる。燐はもう何も言わなかった。
燐が部屋から出ていくと、本当に一人でそこにいるのだと感じた。
静かな部屋だ。誰もこの部屋で生きていないかのように。
こいしがいなければ、こんなにも静かで。
こいしがいなければ、こんなにも苦しくて。
こいしがいなければ、こんなにも辛い。
あぁ、この気持ちが、きっと、真実なのだろう。
「私は。私はね、こいし。貴方のことを、愛していたの。えぇ、きっと本当よ」
その言葉を呟いて、初めて私の視界がぼんやりと映った。
頬を流れるそれを、私はどうにも拭いとることができなかった。