幻想郷の外れには、大きな森がある。
幻想郷中の魔が、自ずから集まって出来た広大で暗い森。魔法の森。
何も知らずに入り込めば出る事は叶わず飛んで入れば目的地にはつかない。何処から見ても厄介で危険な森でしかないのだが、隠れたキノコの特産地でもある。よく黒白衣装の人物がキノコ狩りをしているという噂もあるが、本当だ。
また、厄介な森である事は間違いないのだが、明確な目的地を頭に浮かべながら入ればどんな方向音痴でもその目的地に着く、というみょうちくりんな特性も持っている。
タネが分かれば厄介なだけの森。広くて暗い魔法の森。その実一見さんお断りの森。
そんな魔法の森には、二人の魔法使いが住んでいる。
魔法の森の霧雨魔法店
「ふふん♪」
自宅前に掲げられた立派な木彫りの表札を見上げてその家の持ち主、霧雨魔理沙はご機嫌な声を上げた。
『霧雨魔法店』
表札にはそう書かれている。魔理沙渾身の、手作りの一作だったりする。
魔理沙は日々の糧を、近隣の里へと薬の棚卸しをする事によって得ている。また、魔理沙の性格はともかく魔法薬の薬剤師としての腕は確かなので、近場の妖怪も良く魔理沙の薬を頼っていた。
最近、永遠亭に置いて八意永琳なる人物の方が腕が確かとして顧客を取られている現状があるが、それでも未だに全ての得意先を失った訳ではない。別に『薬剤師』として何か不出来な事をやったわけではないのだ。腕さえ上げれば失った顧客だって取り戻せると魔理沙は思っている。
が、魔理沙の仕事は何も魔法薬を作る事だけではない。
実際は魔法を使う何でも屋だ。幻想郷でも抜きん出た加速力と持久力、そして火力を誇る魔理沙は、他にも宅配便や用心棒など様々な事をやって来た。好き勝手やるためには日々の糧を得ていないといけないのだ。ご飯が食べれなければ暴れる事も魔砲を撃つ事もできやしない。
しかし最近困った出来事が起きていた。
魔法の森に住む魔法使いは二人である。言うまでもなく魔理沙とアリスのことなのだが、実は魔理沙の所に仕事を頼もうとしてアリスの方へとついてしまうという事態が起こっていた。というのも、魔理沙もアリスも魔法使いで尚かつ洋館住まい。度々魔理沙の家に行く人物ならばともかく、初見の者はたとえ妖怪だろうと半々の確率でアリスの所に行ってしまうのだ。
それ自体は別段魔理沙が困る訳ではないのでどうでも良いのだが、アリスの方から苦情が来た。魔理沙と違い結構なインドア派である彼女にしてみれば、しょっちゅう訪れる訪問に辟易していたのだ。かといって頼まれたからと言ってそれに応じる魔理沙ではない。まぁ対策を講じるまで紆余曲折と多彩な弾幕があったとだけ記しておこう。結局、些か不憫に思ってしまった魔理沙が看板を作る事で妥協したのだが。
「ついでにポストでも作っておこうかな?」
看板が出来たので気をよくしていた魔理沙は、ついでにもう一つこさえてしまおうかと真剣に検討を始めていた。その時、後ろからがさがさと音がした。
迷いの森には道がない。というのも住んでる魔理沙も訪れる人物も低空飛行で侵入してくるからなのだがそれでは草が動く音など聞こえない。だが、草が動いたと言う事は誰かが来たと言う事だ。
はて? と思いながら魔理沙は後ろに顔を向ける。
果たして、そこには赤い翼を持った夜雀がいた。
「ミスティアじゃないか。どうしたんだ? 私が言うのも何だがこんな所に?」
身体中に葉っぱを着けて疲れ切った様相を呈するミスティアに、魔理沙は少々目を丸くしながら尋ねた。
弾幕ごっこならば空でやる。わざわざ相手の自宅に乗り込んでまでするような事ではない(例外あり)ので、魔理沙にはミスティアが何故ここに来たのかわからなかった。
幻想郷は空こそ無法地帯だが、地上にはそれなりのルールがある。
「うううぅ……ホントなんだってこんな所に住んでるのよ……」
それに対してミスティアはまず涙ながらにそう訴える。確かに夜雀のミスティアは大きな翼が邪魔して低空飛行できないし、かといって歩くのは鳥という種族である以上勘弁願いたいモノだ。しかしソレをおして歩いてココに辿り着いたのだ。
ぐったりと伸びてしまったミスティアに対してぽりぽりと魔理沙は頬を掻く。
「あ~……立地ってのはよく考えてなかったな。今度神社あたりで出張してみるか」
神社の方の住人の意見を聞くまでもなく、魔理沙は自分で述べた意見を検討し始める。まぁ大がかりに神社を散らかす事にならなければ霊夢は何も言わないだろうと魔理沙は踏んでいた。
「そうしてくれるなら助かるわ……。んでさ、今回の私の用事なんだけど」
ぼやきながらミスティアは包帯の巻かれた右手を魔理沙の目の前にかざして見せた。……いや、よく見ると指の数がおかしい。五本有るはずの指が、一本しか存在していないのだ。
「……幽々子か?」
それだけで事態が察知できた魔理沙は、そうとだけ述べた。
白玉楼にお住まいの西行寺幽々子様は、大食らいであるというのは常識である以前にこの世の理である。それだけならばまだ何とかなったのだが、幽々子は時々味見と称して幻想郷の妖怪にそのまま噛みつく事がある。
その最たる被害者が今魔理沙の目の前にいるミスティアであり、彼女は初見で手羽先を持っていかれその後も常々捕食の危険性と戦っている。
「別にこんなの二、三日ほっとけば生えてくるから良いんだけど……、でもその間屋台が出来ないのよ。最近ようやく経営が軌道に乗りだしたのに」
いつも歌を歌いたい時歌って喧しい夜雀の顔が曇る。焼き鳥撲滅の道は遠く険しいのだ。
「なるほど。それで私の所に来た、と。しかしそれなら永琳を訪ねればいいじゃないか。竹林ならお前だって飛べるだろう?」
弾幕ごっこが出来るような竹林だ。迷いこそすれ、低空飛行が出来ない事はない。
それに対して、ミスティアの答えは明瞭だった。
「あそこは駄目よ。鳥鍋を宴会の主品目に掲げるような奴等の世話になりたくないの」
そういえば前の宴会の時鈴仙がそんな事を言ってたな、と魔理沙は記憶をほじくり返す。確か伝統の兎鍋に対してどうこうとか言う話だったような気がした。あの時は遠くから眺めていただけだったが、ミスティアにとっては当然のように我が事だったようだ。というか焼き鳥撲滅を掲げる彼女や同じ鳥仲間の射命丸文にとっては宣戦布告に等しい。
「ふーん。理由は分かったぜ。でもお前、ちゃんとお代は払えるのか? こちとら慈善事業じゃないんだ。薬を作るのにも手間がかかるし」
「それに関しては大丈夫よ。私の屋台って人間も来るから結構儲かってるし」
妖怪の溜まり場になりつつある某神社の巫女が聞いたらぶち切れそうな台詞を吐くミスティア。どうやら彼女の職場は妖怪も人間も分け隔てなく迎え入れているようだ。
「よし。それなら薬づくりを始めるとするぜ」
しっかりお代が貰えるのなら話が早い。そう判断した魔理沙は、愛用の箒を取りに家の中に入っていった。
言うまでもない事であるが、人間用と妖怪用とでは使う薬草の種類が違う。また妖怪はその強靱な肉体でもって致死以外の傷ならば自力で治してしまうほどだ。そんな理由もあって、霧雨邸には妖怪用の薬草の備蓄がなかった。
「今の時期なら紅魔湖周辺に薬草が生えてるからな。ついでにそこで傷薬を作ってやるよ」
そういう魔理沙の箒には、一つの鞄が括り付けられている。鞄には霧雨鞄と書かれており、『むやみに開けたらどうなっても知らないぜ?』などとも書かれている。因みにミスティアは、その鞄が空っぽの状態で薬精製に必要な小物を魔理沙が入れているの目撃しているので怖くはないし、開けるつもりもない。
「紅魔湖周辺か~。チルノは今日も元気かなぁ~」
スピード抑えめの魔理沙に併走するように飛ぶミスティアが、友達の顔を思い浮かべる。行動範囲の余り広くないミスティアだが、その交友範囲は驚くほど広い。なかでもチルノ、リグル、ルーミアと含めて仲良し四人組と呼ばれている。
「あの馬鹿妖精が元気じゃない日はないだろう。なにせ風邪の菌が避けて通るほど冷たいんだ」
馬鹿は風邪をひかんってのを地でいってるぜ、と魔理沙はにししと笑う。
「えー? でも前チルノは山の方の沼でしょげてたけど?」
ちょっと失礼な魔理沙の物言いに、少しばかりむっとなってミスティアは友達を擁護する。因みに言ってる事は本当だ。
もっとも、その後文が何事かを言って元気出したチルノがまたしても大ガマに食われて大騒ぎ、という何とも締まらない一文がつくのだが、友の名誉のためにミスティアは何も言わない。
「ホントか? まぁあいつも妖精にしちゃ変な奴だからな、たまには落ち込むさ」
「……なんかさっきと言ってる事が違うような」
「私は風邪をひかないと言ったんだ。落ち込まないなんて一言も言ってないぜ」
釈然としないミスティアの横で、箒を軸にくるくる回転しながら魔理沙が笑う。おおう目が回るぜ、などといいながらしっかりと真っ直ぐ飛んでいるのだからこの魔法使いの底が知れない。
ちなみに魔理沙は回っているのに箒は回転しておらず、提げられた鞄は全くもって動いている様子がない。コレも魔法なのかと考えると、まったくなんとも役に立たない魔法の使い方である。
そんな感じで飛ぶ二人の前に、大きな湖が姿を現してきた。と同時にひんやりとした冷気も漂ってくる。
紅魔館のすぐ近くに有るが故に紅魔湖と名付けられているが、実際問題この湖の主は氷精であるチルノである。例え夏でも、この湖の近くは涼しく冷気が漂ってくる。が、今は初春だ。まだあちこちで冬の冷気が漂う中でこのような場所に来ると流石に寒い。更に言うならば、日も段々と落ちてきて若干ではあるが辺りは暗くなり始めていた。
「あ~、寒いぜ寒いぜ寒くて死ぬぜっと」
投げやりな感じでぼやきながら、魔理沙は湖が一望できる一歩手前で地面に降りる。それに続いてミスティアが魔理沙の近くまで高度を下げてくる。
地面を見ると、青々とした薬草が辺り一面に広がっており、なにかむせぶような匂いが立ち上っていた。
「むぇ、なによこれ~」
「薬草は基本的にハーブみたいなモンだぜ? 少しは匂うさ」
顔をしかめるミスティアを余所に、魔理沙は鼻歌交じりに足下の薬草を選定し始める。無造作にやってるように見えて、その実本当に良い薬草しか採っていない。何かにつけてよく間違った方向に全力投球する魔理沙ではあるが、それは『よく向く方向』が間違っているだけであり、どんな事にも基本的には全力投球する。
程なくして、魔理沙の手元には幾つかの薬草が握られていた。
「あとはこれを絞って抽出して、私が魔法を使うだけでいいんだ。が……」
そこで言葉を切って、魔理沙は近くの木の方へと視線を転ずる。
「いい加減隠れてないで出てきたらどうだ?」
やぶにらみと称してもいいような目つきの悪さでそこを睨み、呆れたような声を上げた。
「ふふふ……流石は魔法の森の一流薬師、霧雨魔理沙ね」
疑問符を浮かべるミスティアを無視し、その木の幹から人影が姿を現した。
黒と赤の看護服、左手には弦の張ってない弓、左手にはその矢。言うまでもなく、永遠に姫に付き従う従者にして永遠亭の影の黒幕、八意永琳。
「なんのようだ。私はお前のテリトリーを犯した覚えはないぜ」
いつもよりも低い声で、吐き捨てるような声音を出す魔理沙。普段から人を寄せ付けないような言動をする事はあれど、ココまで嫌悪感をむき出しにした魔理沙も珍しい。
「そうね、貴女はしっかりと自分のテリトリーの仕事をしているわ。それは間違いない」
そんな魔理沙の雰囲気を意に介さない永琳も永琳だ。しかし、にこにこ微笑むエガオからは何かしら薄ら寒いものを感じる。現にミスティアが魔理沙の陰に隠れた。
「じゃあ何のようだ? 私はお前さんに用はないぜ」
言外に邪魔だ、といいつつ魔理沙は永琳から視線を離さない。齢千を越えた目の前の人物は、ある意味スキマ妖怪や亡霊姫なんぞよりも危険だ。何せ後者二人は絶対的にヤバイ事態には大人しくなると言う分別がある。……正確には従者に分別があるのだが、そこはそれだ。
「そう。でも私は貴女に用事があるの」
終始笑顔を絶やさず、しかし声色は平坦に喋る永琳。魔理沙は背後でミスティアが震えだしているのを感じた。
「単刀直入に言うわ。その患者、私に渡しなさい」
すっぱり、と言う擬音がつきそうなぐらいの勢いで永琳は魔理沙を指さした。一方指を差された魔理沙の方はいよいよ嫌悪感を顔にまで表しはじめていた。率直に言うと怒り始めていた。
「堂々と顧客泥棒か。人助けの薬師が聞いて呆れるぜ」
「何を勘違いしているのか知らないけど、私は人助けなんかしてはいないわ。人体実験をしているの。人が助かるのはその副産物ね」
ひゅるり、と一筋の風が吹いた。それはまるで二人を断絶するように、その真ん中を通り過ぎていった。
「前々からお前の事は気に入らなかったが、今のは本格的だな。それはあれか? 私に対する宣戦布告ととっても良いのか?」
にやり、と壮絶な笑みを浮かべ魔理沙は呟くように言う。ミスティアは魔理沙の雰囲気にも怯えはじめ、隅っこでガタガタ震えはじめる。何せ魔理沙が本気で怒っているのだ。か弱い夜雀ではこんな反応も当然だ。
「そうとって貰えるのならそれで構わないわ。でもこっちもなりふり構っていられないの。永遠亭の財政は火の車、ウドンゲ達にもこれ以上苦労はかけられないし。なにより姫様主催の宴会で永遠亭は破産してしまう!」
「トップにもの申せ! 妖夢だって咲夜だって無理な時は無理って言うぞ!!」
あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず素でつっこむ魔理沙。後ろでは器用にミスティアが空中で転んでいた。
その台詞に、永琳はふっ……と儚げな笑みを浮かべた。
「姫様には絶対逆らわない。それが私のたてた永遠の誓い……」
「いやいやいや、そんな良い台詞をこんな場面で言われても……」
見かねたミスティアが端っこからつっこむ。端っこで小さい声だったから二人には届かなかったが。
そこでふ、と永琳の表情が引き締まる。
「何と言われても、その患者を渡す気はないようね?」
「今の会話の何処にそんな要素があったんだ………?」
こいつと輝夜との会話は疲れる、と本気で魔理沙はそう思った。その瞬間だった。
「黒白!」
「!」
唐突にミスティアが叫び、その意味を間髪で理解した魔理沙は箒を掴んだ体勢で急上昇する。それに数瞬遅れて、魔理沙のいた位置にレーザーが叩き込まれる。
刹那のタイミングでミスティアの方に霧雨鞄が投げつけられる。自分の薬のためのものが入っているために、慌ててミスティアはそれをキャッチする。
一方魔理沙はその一瞬の間に雲とほぼ同じ高度まで上昇していた。
「いつの間にか使い魔を配置していたって訳か。今回は随分とえげつないな」
「あら、貴女相手だもの。これぐらいは当然でしょう?」
にやり、と笑いながら非難する魔理沙に、にっこりと笑いながら応対する永琳。いつの間に浮いたのやら、緊急回避をした魔理沙と同じ高度にいる。
「ほう……。つまりそれは私に対する挑戦状と受け取って良いんだな?」
「元よりそのつもりよ」
永琳のその言葉が合図だった。即座に魔理沙は自分の両翼にオーレリーズサンのうち二つを展開。即座に懐からスペルカードを取り出し発動。光となったスペルカードはオーレリーズサンに吸い込まれていく。挿入《インストール》完了。
「いけ! マジックナパーム!」
号令一過、オーレリーズサンが射撃を開始する。それに併せて箒の先端からスターダストミサイルを展開する。マジックミサイルに比べて射拡は狭いが突破能力は高い。
魔理沙から放たれた緑青ごたまぜの魔弾が永琳に殺到し、あわや着弾するかと思われたその一瞬、
「天丸、『壺中の天地』」
その一言と共に全てが消え失せた。スペルカード発動に対する魔力の余波で掻き消されてしまったのだ。
「いきなりスペルカードを切るか。随分と大盤振る舞いじゃないか」
「時間もあんまり無いからねぇ。今回は速攻なの」
言うが早いか魔理沙の周辺に永琳の使い魔が殺到する。ぐるぐると回るように魔理沙を取り囲み、逃がさぬとばかりに三百六十度全天を覆ってしまう。
「相変わらず凄いな。だが……」
そういいながら、魔理沙は挿入《インストール》したスペルカードを手元に戻す。そのまま流れるような動作でもう一枚を取り出し再度挿入《インストール》。
「私だってレーザーは撃てるぜ? 撃ち落とせ! ストリームレーザー!」
伝達を受けたオーレリーズサンが今度はレーザーを吐き出す。それは使い魔を破壊するほどの威力はないが、その射線上にある障害物の全てを貫通して術者本人へ到達する!
「………」
それを笑ったまま回避する永琳。だが、その笑顔に先程までの余裕はない。一つ二つと傍を掠めるレーザーを、紙一重で回避していく。
一方魔理沙の方も、射撃と同時に動き回り四方八方からの魔弾を回避する。箒の先からもスターダストミサイルを発射していくが、三百六十度をからの射撃の所為で狙いを一つに定める事が出来ず、一向に破壊する事が叶わない。しかも………
「くっ!」
魔弾が魔理沙の袖を掠る。いつもの弾幕ごっこならば若干袖が焦げてしまう程度なのだが、何故かそれは服を容易く破り、皮膚に裂傷を作るほどの威力である。
「随分と! 大人げないぜ!」
「今回はなりふり構っていられないからね。暫く再起不能になって貰うわよ」
その言葉に魔理沙は歯がみする。殺傷能力を持つほどのスペルカードを常に持ち歩く事など無い。いや、それ以前にそんなスペルカードは持っていても意味がないのだ。
幻想郷の大原則の一つ、弾幕ごっこ。その根底のルールの一つに、弾に当たった場合は速やかに敗北とする、というものがある。これは此処に生きる者であるならば常識以前に息をする事と同義であり、破る事の許されない絶対不変のルールなのだ。だからこそ、スペルカードは威力よりも吹き飛ばす事を前提に作られている。
相手に相応の傷を負わせるというのは、それ相応の力を必要とする。しかし弾幕ごっこは何かが一発当たれば負けであり、傷つける必要など無い。故に力を持つ者達は、例外なく『避けにくい』弾幕を展開する事が常だ。
そしてその例外のない筈の超例外が今、魔理沙の前にいた。
段々と逃げ場が狭まってくる。いつもならば逃げられないと悟れば覚悟を決めて被弾する事もあるが、今回は文字通り被弾する事は出来ない。
しかし、使い魔は壊せなくとも与えられるダメージは術者へと伝わる。スペル開放も止むなしか、と思った瞬間に、魔理沙を取り囲んでいた使い魔は姿を消した。
「どうやら私の粘り勝ちだな」
そういってにやりと笑う魔理沙だが全身に擦過傷をこさえており、お世辞にも無事とは言い難い。血さえでてはいないモノの、その傷は集中力を乱すには充分だ。それを見て永琳はクスリと笑う。
「粘り勝ち? 違うわよ。私の作戦勝ち」
そういって再びスペルカードを構え発動させる。
「神脳『オモイカネブレイン』」
次の瞬間、凄まじい数の魔弾とレーザーが魔理沙へと殺到する!
「くっ」
その戦術の組み立てに、魔理沙は唇を噛む。箒に活を入れて高速で飛び回るが掠る事も許されない弾幕の中では永琳の方を向く事も叶わない。自分はホーミング弾のような威力を捨てた命中重視の弾は撃てない。ジリ貧だ。
「ふふふ……、どうしたのかしら? さっきから私の方に全く弾幕が来ないようだけど」
その様に思わず永琳の顔が綻ぶ。気分は既に、鼠をいたぶる猫だ。が、
「じゃあこれからそっちも大変にしてやるぜ」
複雑な軌道を描き回避する魔理沙の口からそんな声が聞こえる。よく見れば、その右手には一枚のカードが握られている。
「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!」
それが魔理沙の声と共に弾けて消え、それと同時に恋色のレーザーが魔理沙を中心に展開される。魔理沙に追いすがろうとしていた魔弾を根こそぎ落としていきながら、レーザーは正直な軌道を描きながら永琳へと迫る!
太く遅いレーザを回避する事は永琳にも容易い。が、
「オマケだ! 魔符『スターダストレヴァリエ』!」
魔理沙の声と共に、星空が昼の空に展開される。壱符同士とは言え、スペルカードの二重発動にさしもの永琳も回避軌道に専念する。しかし、その二重発動は魔理沙自身をも追い込んでいた。
(くぅ、流石にきついな……。速度の、維持が、難しく、なって、きたぜ)
思考すらも断片となり、じりじりと魔理沙は自らの身体を磨り減らしていく。何しろオモイカネブレインからの射撃は収まってはいない。速度の低下は即撃墜に繋がるのだ。
夕闇が迫る中、レーザーが、魔弾が、星屑が舞う。力の限りぶつかり合う、弾幕の饗宴。
二者がスペルカードの効果を失ったのは、ほぼ同時であった。
全身傷だらけとなり肩で息をする魔理沙と、まだまだ余裕をたたえる永琳が中空に残される。二重発動という無茶が祟ったのか、魔理沙は擦過傷から血を流しはじめていた。
「あらあら、傷だらけじゃないの。そろそろ諦めたらどうかしら?」
「へ。これぐらい紅魔館に殴り込みをかけた時や冥界に行った時に比べたら大したことはないぜ」
無論虚勢だ。無茶苦茶な魔力を振り回すフランドールとの戦いはこれ以上に肝が冷えたが、あの時だって近くには霊夢がいた。腐れ縁が腐れきって、切る事すら叶わない友人だが、あの時は純粋に互いが互いを頼っていた。
永遠亭に初めて乗り込んだ時もこんなキツイ弾丸が多かったが、あの時はアリスがいた。交代で治癒魔法をかけながら進んだから、あんな滅茶苦茶な連中からも勝ちを拾えたのだ。
しかし、今魔理沙の隣には誰もいない。
(確実に決めるにはマスタースパークだ。それなら永琳の使い魔だって簡単に貫ける。けど……撃つ余裕がないぜ)
先程ノンディレクショナルレーザーとして使った恋符を右手に感じながら、これからの戦術を考える。しかし、後先考えないスペルカードの二重発動は、魔理沙の体にかなりの負担を与えていた。
(一発。それが限度だぜ)
不利は承知。いつもなら高鳴る胸も、絶対に負けられないと思えばそれは気負いでしかない。負けた責任は自分で取る。しかし、今回は負けてしまえばミスティアにまでそれが波及する。他人をまったく気にしていない様に見える魔理沙ではあるが、それならば何故彼女は友人とも呼べる者達を何人も持っているのであろうか。それは、魔理沙本人も気付いていない自らの筋の通し方だ。
日はいつの間にか西の空に落ち、あたりには闇が立ちこめはじめていた。
「どうしたの? こないのなら私から行くわよ?」
(一か八か……賭けてみるか)
二人の思考が重なり、動き始めた瞬間―――。
「夜盲『夜雀の歌』!」
第三者のスペルカードが発動した!
急激に狭まる視界。それを見据えて両者の考えた事は全くの逆であった。
「勝機だぜ!」
「くっ!」
スペルカードを握りながら全速力で突っ込む魔理沙に、初めて焦燥の声を出す永琳。魔理沙も既に鳥目状態になってはいるが、永琳の戦闘機動は速くはない。それでも、永琳は正面に立つ事だけは避けようとし―――
「恋心『ダブルスパーク』!」
永琳の元いた位置を挟んで発射された二条の恋色の魔法は、魔理沙の狙い通りに確かな手応えを返して永琳を紅魔湖の方へと吹っ飛ばした。手加減無しにぶっ放したので、その反動をもろに受けた魔理沙も大きく後ろに吹っ飛び……、
「大丈夫!? 黒白!?」
いつの間にか後ろに回り込んでいたミスティアに抱き留められた。
歌は既に終わっており、満面の星空がよく見える。
そんな空の下、魔砲使いと夜雀は抱き合って中空に浮いていた。
「へ……こんくらいどうってこと……ないぜ」
両手両足をだらんと垂れさせ、完全に脱力した状態でなお、魔理沙はそう言ってのけた。しかし、台詞とは裏腹に表情はいつもの人を食ったような笑顔ではなく、純粋な笑みを浮かべていた。
「しかし、今回は助かったぜ……。ありがとな、ミスティア……」
その証拠に、魔理沙は素直に礼を言ったのだから。
「来たぜ」
「あ、いらっしゃーい。……でもちょっと早くない?」
並木の獣道に一人の魔法使いが現れた。それに笑顔で応対するミスティア。
日は先程沈んだばかりであり、まだまだ夕日の色が西の空に若干残っている。言うなれば、まだまだ屋台に顔を出すには早い時間。証拠にミスティアはまだ店のシンボルとも言うべき赤提灯を出していない。
「いやいや、善は急げっていうだろ? お前さんを見てて気がついたんだが、夜はココで出張しようと思ってな」
その旨を伝えると、ミスティアは顎に手を当てて考える素振りを見せる。背中の羽根がぱたぱたと、軽く上下に揺れている。
「うーん、まぁ確かにあの森にはいるってのは若干勇気が要るからね。そしてアンタを頼ってきてくれた人がココで飲み食いしていってくれればウチも儲る、か。悪くないかも」
だろ? と笑いながら魔理沙は八目鰻と熱燗を頼む。屋台という背景に、何処から見ても西洋の魔女と言った風の魔理沙の格好は浮いているとしか言えない。が、例え『魔理沙』は何処にいようとも違和感を感じさせない。それは魔理沙の一番の特徴なのかもしれない。
「そんならこっちにも看板作っておくか。霧雨魔法店ミスティア出張所、とか」
「なんだって私の名前なの……」
苦笑しながらミスティアは焼き上がったばかりの八目鰻を魔理沙の前に出す。おおう、美味そうだぜ、といいながら、魔理沙は熱燗を片手に食事をはじめる。
今回の魔理沙の報酬はこれだった。永琳との滅茶苦茶な戦いを的確に支援したミスティアへの、ちょっとした恩返しのつもりである。詰まるところ、熱燗一杯と八目鰻一つをただ、といったところであるが。
夜はまだ、始まったばかり。だからこそ、この屋台には人も妖怪も集まってくる。
以下、蛇足。
「なんだって私の神社には妖怪だけが~!!」
「ここは人里から遠いしな。あとあっちは一応ミスティアが安全を保証してるし」
「なんだって小鳥なんかに守れるのよ!?」
「だって人妖怪関わらず鳥目に出来るからな。鳥目になった相手を倒すならともかく、そいつから逃げるのは簡単だぜ。遠くは見えないし。あと今は私もいるし」
「むきー!」
次の作品も期待しています。
永琳に限らず、東方の悪役は動機が理不尽すぎるぐらいで丁度良いくr(オモイカネブレイン)
みすちーも良いキャラ分出していて良い話でした~
薬草関係の薀蓄を含めたシリーズ化を希望です。
>凪さん
最初はこんな風に扱うつもりはなかったんですけどね。でも、自分の中の永琳ってこんなイメージなんですよ。こう、にっこり笑って劇薬を撃つ、っていう。
>粋な黒白
いやぁ書いてるうちに魔理沙がこういうイメージで定着してしまって……。何とか違和感を出さないように書くのが大変でした。……あんまり違和感ないですよね?
>みすちー
書いてて普通に絡んできたんですよね。個人的には一番動かし易いキャラでした。
>とらねこさん
このコンビはこのシリーズの主人公的役割になります。……まぁみすちーはどっちかってーとあんまり動きませんがね。
>変身Dさん
いつでも何処でもどんな事でも全力投球。それが自分の考えている魔理沙像。無論それは人をからかう時だってw
>noさん
最初永琳は出てこなかったんですよ。こう、ミスティアと一緒に薬草集め、つくって渡してハイお終い、みたいな話だったんですよね。でもそれじゃあなんか味気ないから、ってんで幻想郷の弾幕ごっこが付随したんです。しかし……薬草の蘊蓄ですかぁ。人間に効く薬草はともかく、妖怪や妖精に効く薬草ってかなり調べるのが難しそうですなぁ(汗
というかそこの所は創作しちゃって良いんでしょうか?
どうもありがとうでした