石油ランタンの淡い灯りに照らされた店内の人目につかない一番奥のテーブルに二人はいた。二人はずいぶん前に入店して、もうかなりの時間そこに陣取っていたのだが、二人のテーブルにはまだ一皿の料理も運ばれていなかった。と言うのも、二人はここで、人と合う約束をしていたので、しきりに戸口の方ばかり気にしては、約束の刻限が過ぎても一向に姿を見せない待ち人に腹を立て、互いに不満を述べ合っては、すぐまた戸口の方に視線を向ける、――という行動をのべつ繰り返していたからなのだが、そうこうしているうちに、二人のうちどちらからともなく「もう始めてしまおう」ということになって、テーブルから別のテーブルへと忙しく動き回る割烹着姿の女中の一人をつかまえて、酒と料理を注文した。やがて最初の料理を盛った皿と、酒の入った銚子と、二つの猪口が運ばれてきて、テーブルの上に手際よく並べられると、温かい料理から立ち昇る香りが二人の空腹感に拍車をかけた。二人が互いの猪口に酒を注ぎ終えたところで今泉影狼が言った。「さて、何に乾杯しようか?」
ようやく食事にありつけると思った矢先に、思わぬ《おあずけ》を食らったわかさぎ姫がぞんざいに答えた。「いいよ、そんなの」
「せっかくなんだし、乾杯しようじゃないか。何がいいかな、……きみが考えておくれよ」
わかさぎ姫はしばらく考えてから「じゃあこういうのはどうだい?」と言って猪口を持ち上げ、おもむろに声を上げた。「革命に!」
影狼は思わず吹き出しそうになるのをこらえながら言った。「きみ、それは真面目に言っているのかい?……いや、いいよ。きみのそのセンスには脱帽だね、どうかしてるよ!(もちろん、これは褒めているんだぜ?)いいよ、それでいこう……革命に!」
「そして、永遠の勝利に!」
「勝利に!」
二人は猪口を一度高く掲げてから一息にそれを飲み干した。酒が入ると体がほっこりと温まって、二人は待ち人のことなどすぐに忘れてすっかり上機嫌になった。
店内は盛況で、ほぼすべてのテーブルが客で埋まっているらしかった。いかにも農夫然とした色黒で痩せた男たち。しきりに笑い声を上げる十人程の若い男女のグループ。瞑想に沈むように一人カウンター席で静かにグラスを傾ける禿頭の老人。どこかのテーブルから聞こえてくる酔った男の陽気な歌声――
「カリンカ カリンカ カリンカマヤ
庭には苺 私のマリンカ エイ!
朝早く とび起きて 顔をきれいに洗う、
朝露踏んで 牛追っていたら 森の中から熊が出たァ、
熊さん 熊さん お願いだから 私の牛に触れないでェ……」
「下手っぴ!」と女の声。周囲にどッと笑いが起きた。
「
「酒だけは常に最安値だからね。仕方ないよ」とわかさぎ姫。
外来品――つまり外の世界からもたらされる物の多くは、流通量の増減によってその価格も変動するのが常なのだが、そんな中にあって、不思議と酒類だけは、いつも需要を満たすだけの十分な供給量があり、(一部の希少な銘柄を除けば)いたずらに価格が高騰するようなこともなかった。
「つまり、それが賢者達のやり方って訳だ。善良なる庶民は、日々の生活の鬱憤や、政治に対する不満によって貯えた、いわば《革命の原動力》とでも言うべき抑圧されたエネルギーを、コップ一杯の安酒と、罪のないおしゃべりに、そのことごとくを費やして、すぐに発散させてしまう!」影狼はそう言って手にした猪口を一息で飲み干すと、それを友人の前にぶっきらぼうに突き出した。
「今のきみのようにね」意地の悪い笑みを浮かべながら、わかさぎ姫は空になった友人の猪口に酒を注いだ。
「賢者達の策略と知りながら、それでも飲まずにはいられない。おお、愛すべき酔っ払いたち!――それが、いわば幻想郷の模範的な市民的態度ってやつさ」そう言うと自称模範的幻想郷市民はいくぶん誇らしげに胸を張り、得意げな表情でまた酒をあおった。
◇
まるい大皿の円周に沿ってきれいに盛り付けられた刺身の一切れを箸でつまみながら影狼が言った。「さっきから箸が止まっているじゃないか。遠慮するなよ。それとも、生魚は苦手だっけ?」
わかさぎ姫はため息まじりに答えた。「どうやら僕の半分が魚だってことを、きみは完全に失念してるらしいね。……一度なぞは、きみ、きみはこの僕のことを本気で食おうとさえしたんだぜ? どうせ酔っていて、覚えちゃいないだろ?」彼女は眉根をよせて、酔った友人の赤ら顔に抗議の視線を浴びせた。
影狼はしかし悪びれる様子もなく答えた。「きみは細かいことをいちいちよく覚えているね。あれは事故……いや、冗談と言った方がいいかな。まてよ、《スキンシップ》これが一番しっくりとくるね! よく獣の赤ん坊同士がじゃれあって遊ぶときに、相手を傷つけない程度にやさしく噛みついたりするでしょう? しますね? ところで、僕も気に入った相手がいたら噛みつきたくなる
「それは、今きみが食べている刺身のような匂いで?」
「本能を呼び覚ます匂いだね!」影狼は鋭い犬歯の生えた口を大きく開けて、刺身を一切れその中に放り込むと、さも美味そうに顔をほころばせた。「その匂いを嗅いだ途端、突然体中が雷にでも打たれたみたいになって、頭の中もなんだか火花が散ったような感じになってね。そうなるともうだめで、俗に言う『きみのこと以外何も考えられない』ってやつさ! きっと頭がどうにかなってしまったんだね。気が付くときみのことを押し倒していたって訳さ。……そう、あのときは確か湖の畔で、とても静かな夜だったね。大きなまるい月が湖面に反射して、とても印象的だったのを覚えているよ。きみは湖畔の岩の上に一人腰掛けて、物憂げな表情で湖面に映る月を見つめながら、かすかに、今にも消えてしまいそうなほど小さく弱々しい声で歌を口ずさんでいたっけ。背後から息を殺して近づいて、きみのうなじにそっと手を伸ばした瞬間、ふいにきみは歌うのをやめ、顔を上げて、湖面の月から天空の月へと視線を移す。その刹那、蒼白い月光に照らし出されたきみの横顔の美しさときたら……。白状するとね、あの瞬間、僕は心の中でこう叫んでいたんだ。『時よ止まれ、お前は美しい!』ってね。分かるかい? あのとき、あの場所で、何か一つでも欠けていたり、あるいは何か一つでも余計に付け足そうものなら、たちどころに、あの美しさは、消滅して、無に帰してしまっただろう。あれは、そういう美しさだったんだ。(キミナラ、ワカッテ クレマスネ?)――すべてが調和する《完全な世界》――完全という概念はね、それ自体とても美しいものなのさ。(――シテミルト、ボクノ アタマガ イカレタ ゲンインハ、ニオイノ セイ ダケデハ ナカッタノカモ シレナイネ!)……僕はきみを押し倒して、夢中できみの首筋に貪りつく。湿った土の感触。むせかえるような草の匂い。流れる雲が月を覆い隠し、まるで調和を失った世界が少しずつ壊れていくように、周囲が闇に包まれていく。僕は恍惚のうちに、《完全な世界》を破壊するつかの間の甘美な喜びに打ち震える。そう、あれは歓喜だ! きみの口から声にならない吐息が漏れて、きみの小さな体が小刻みに痙攣し始める。焦点を失ったうつろな瞳から、涙がひと筋はらりとこぼれて、血の気をなくした唇を微かに動かしてきみはこう言うんだ――
『どうして……』
これだよ! どうだい、ひどく文学的じゃないか。この場面で他にいったいどんな台詞が思いつくって言うんだい、え?『助けて』? ありきたりだね。『ありがとう』? 思わせぶりすぎて意味が分からんね。『さようなら』? これはなかなかいい線だけど、あと一歩というところだね!」
「神よ、この憐れな友人を赦したまえ!」煙草のヤニで薄汚れた天井を見上げながらわかさぎ姫は叫んだ。「きみは一度竹林のドクターに見てもらった方がいい。知っているかい? 最近じゃ薬物投与とカウンセリングで心の病も治せるらしいぜ」
影狼はこらえきれずに吹き出した。「きみってやつは、やっぱり最高だよ! 僕はね、今最高に愉快な気分なんだ。なあ、きみ、接吻させておくれよ」
「よしてくれ、酒くさい」
◇
店の戸口から新たに二人連れの客が入ってきた。客の一人は鬼人正邪、もう一人はくすんだ赤い外套に身を包んだ見知らぬ人物だった。女中の案内を無視して真っ直ぐに影狼とわかさぎ姫のいるテーブルの前まで大股でずかずかと歩みを進めた正邪は、テーブルに並ぶ空になった銚子の本数を横目でちらと確認してから慇懃な口調で話し始めた。「ずいぶんお待たせしたみたいで、申し訳ないですね。この子を連れてくるのに少々手間取ってしまったものですから……。ああ、この子が先日話していた赤蛮奇君です。赤君、前に話した『草の根ネットワーク』のわかさぎ君と今泉君だよ。赤君、きみもむっつり黙り込んでないで、あいさつくらいしたらどうです。……普段はもっと普通にしゃべるんですがね。人見知りなんです。さあ、赤君、そんなところにぼうっと突っ立ってないで、きみも座りたまえよ」
赤蛮奇は外套の襟を立て、その中に深く顔をうずめるようにしてうつむいていたため、彼女の顔の下半分はすっぽりと襟の陰に隠れて、その表情をうかがい知ることはできなかった。まるで熱に浮かされたようにぎらぎらと異様な光を放つ双眸が、どこか病的な印象を彼女に与えていた。彼女は言われるままに無言で席についた。
わかさぎ姫はあからさまに敵意のこもった視線で赤蛮奇をにらみつけた。彼女は赤蛮奇に聞こえるようにわざと大声で話した。「ここに連れて来るなんて一言も聞いてなかったんですがね」
「事前審査が必要とでも?」正邪がすかさず問い返した。「遅かれ早かれ紹介することになるんです。それがたまたま今日だったとして、どんな不都合が?」
「我々はまだその子を信用すると決めた訳ではないんだよ」
この手のサークルなり結社なりに所属する人の多くが、信用だの、手続きだのと言って、やたらともったいぶってみせるのだが、それは単に自分のことを《秘密めいた重要人物》と思わせておきたいがためにそうするのであって、そのじつ、秘密らしい秘密など、ほとんどありはしないことを正邪はよく知っていた。しかし、そのことは黙っておいて、代わりにこう答えた。「その点ならご心配なく。もし密告を懸念されているのだとしたら……。見てのとおり、赤君はそんな器用に立ち回れるキャラじゃないですから。僕が保証します」
「で、この坊やは何を見せてくれるのかしらん? 見たところずっとだんまりだし、さして役に立ちそうもないのだけれど」空になった猪口をもてあそんでいた影狼が言った。彼女は頬杖をついた姿勢で、酔った赤ら顔にどことなく淫らな微笑を浮かべながら、赤蛮奇を無遠慮にしげしげと眺め回した。彼女はぺろりと舌なめずりをしてみせた。
赤蛮奇の頬にさっと赤みがさした。
「赤君は――これは前にも一度話しましたが――火薬の扱いに長けているんです。彼女は里の花火職人から火薬の知識を仕入れたんです。……そうだね、赤君?」
赤蛮奇はしかし何も答えなかった。
「じゃあ年末の宴会のときにでも仕事を依頼させてもらうことにするよ。花火の打ち上げをね。それで満足かね、小さな花火職人君!」わかさぎ姫が嘲るように言った。
手酌で酒を注ぎながら影狼が苦笑した。「そいつはいい! ひとつ盛大なやつを頼むぜ、へ、へ!」
耳まで真っ赤にして赤蛮奇が突然立ち上がった。その拍子に、座っていた椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。
瞬間、客たちの会話が止まり、皆の好奇の視線が《何事か?》と一斉に赤蛮奇に集中したのだが、すかさず、愛想の良い作り笑いで《何でもない》と正邪が会釈してみせると、客たちはすぐに興味を失い、またもとの会話が再開され、店内に喧騒が戻った。
「おい待てよ!」その場から立ち去ろうとする赤蛮奇の腕をつかんで正邪がたしなめた。
「聞いたでしょう!」病的な目をぎらつかせながら神経質な早口で赤蛮奇はまくし立てた。「この人たちはたった今この僕を侮辱しました。この人たちに協力するなんて僕にはできませんね。大体この人たちは何なんです。『ネットワーク』なんてたいそうな名前を付けて、じつのところ、単なる酔っ払いの集まりじゃありませんか。こんな人たちと話していても得るものは何もありませんね。僕は帰ります。ええ、帰りますとも。今すぐに!」
意地悪な笑みを浮かべる二人を横目に、正邪は落ち着いた口調で赤蛮奇に語りかけた。「きみの名誉を傷つけたことについては僕から謝るよ。でも僕に言わせれば、きみの方も、もう少し我慢することを覚えなくてはいけないぜ。……まあ聞きなよ。僕はきみの技術を高く評価しているけれど、きみはまだ若い。もし若さと情熱だけで、ことが成就できると考えているのなら、それは驕りというものだよ。いいかい、この人たちはきみの持っていない情報と人脈を持ってる。そして、きみのような若者がどうあがいても持ち得ない《老練さ》もね。きみはこの人たちを『酔っ払いの集まり』と言うけれど、ことによっては《酔ったふり》をしているだけかも知れないぜ。そうとも知らず、きみはこの賢い人たちにまんまとやりこめられて、ていよく追い返されるという訳だ。何の情報も引き出せないままにね」
正邪の言う《賢い人たち》に赤蛮奇は素早く視線を走らせた。
わかさぎ姫はいくぶん芝居がかった調子で「はッ!」と短く鼻で笑って視線をそらした。
影狼は目の端に涙を滲ませながら、さも退屈そうに大きなあくびをしてみせた。
赤蛮奇はもう一度正邪に視線を戻したが、正邪は肩をすくめただけで、もう何も言わなかった。彼女は逡巡したのち、無言で自分の席に戻った。
「さて、我らが花火職人君も納得してくれたところで、そろそろ本題に入りたいのですが」とわかさぎ姫。「思うに、花火を打ち上げるにしても、重要なのはその場所とタイミングです。たくさんの人に見てもらわなければ、せっかくの花火も盛り上がらない……」彼女は片方の眉をつり上げて、いわくありげな笑みを口元に浮かべながら正邪に尋ねた。「ずばり、
「実際のところ」正邪はちらと赤蛮奇の様子を気にしながら答えた。「赤君の花火で巫女を排除するのは難しいでしょうね。(……今度はもう帰るなんて言い出しませんね。なるほど、きみにも学習能力があるって訳だ!)これは何も赤君の花火の威力云々を言っている訳ではなくて、僕が問題にしているのは、巫女にはいくらでも代わりがいるってことです。巫女は公人であって個人じゃない。よしんば巫女を首尾よく始末できたとしても、消えるのは今代の巫女――博麗霊夢その人であって、《博麗の巫女》そのものが消えて無くなる訳じゃない。巫女を始末した翌日には、もう次代の巫女が、あの紅白の装束を着て、神社の居間で、何食わぬ顔をしてお茶をすすっている……と、こうなる訳です」
「テロルで巫女は排除できない?」
「物理的手段に限定するなら、そうなりますね」正邪はもったいぶった口調で言った。
「よく分からんね。結局、できるのか、できないのか?」わかさぎ姫がいらついた口調で尋ねた。
「僕が言いたいのは、巫女がいても、いなくても、どちらにしろ何も変わらないという状況を作り出せばよい、ということなんです。例えば、巫女に対する信仰が人々からすっかり失われて、巫女の言うことに誰一人耳を貸さなくなったら、……どうです、巫女がいても、いなくても、どちらにしろ同じじゃありませんか?」
「巫女に対する信仰なんて、とうに廃れているでしょうに!」
「ところが、そうでもないのです。宗教的な事柄に限って言えば、確かに今代の巫女は信仰を失い、廃れきっていますがね。しかし、彼女は宗教家であると同時に調停者でもある。調停者としての彼女にはそれなりの実績があり、根強い支持も持っています」
「なるほど、調停者としての巫女を権威の座から引きずり下ろそうという訳だ」わかさぎ姫はそう言うと、影狼と何やら素早く目配せを交わし、すぐにまた正邪に視線を戻した。「ところで、聡明なあなたのことです、それを実現するための方策も当然考えてらっしゃる」
わかさぎ姫の口調の変化を敏感に感じ取った正邪は、内心で〈そら来たぞ〉と思いつつ、しかし口では「ええ、まあ」と曖昧な返事をした。
「是非ともご教示賜りたい」
「僕の考えでは」わかさぎ姫の慇懃な態度を警戒しつつ正邪は自分の考えを述べ始めた。「まず巫女を決闘で破る必要があるでしょうね。なぜって、巫女の提示する紛争解決の手段がこの決闘だからです。巫女のルールに従うなら、決闘の勝者是即ち正義ですから、僕らの主張を通すためには、まず決闘に勝って、僕らの側に正義があるということを人々に知らしめる必要がありますね。そして、それさえ満足できれば、もうしめたもので、あとは決闘に代わる新たな紛争解決の手段――こんな野蛮な方法ではなく、もっと文明的で理知的な方法――を人々に提案してやればよいのです。決闘で利を得る者なぞ一握りの強者だけですから、大多数の弱者は僕らの提案する新しいルールに諸手を上げて賛同するはずです」
「あなたは正義の定義そのものをひっくりかえしてしまおうと、こうおっしゃる。しかし、そううまく行きますかね。まずもって、決闘で巫女に勝ったという話をとんと聞かないもので……。ひょっとして、あなたは巫女に勝つための秘策を、もう何かしらご用意されているのでは?」
わかさぎ姫はテーブルに両肘をつき、身を乗り出すようにして、顔でこそ笑っていたが、上目遣いの鋭い視線で正邪の顔を正面から見据えた。気のない素振りで、しかし会話の内容にしっかりと聞き耳を立てていた影狼が、猪口を唇に当てたまま動きを止めて、正邪を横目でちらと見ながら目を細めた。そこにとても重要な《何か》が隠されているとでもいうように、無言でテーブルの一点をただじっと見つめていた赤蛮奇の目にきらりと光が走った。
押し黙ったまま三人の顔を順に見回した正邪は、ふいにそれまでとは打って変わった軽々しい口調になって言った。「秘策なんて、とんでもない!」
あと一歩のところで犯人の自供を引き出せなかったベテラン刑事のように、わかさぎ姫はがっくりと椅子の背にもたれ、深く息をついた。「密告の心配は不要だと、先程あなた自身が太鼓判を押したでしょうに……。この際、隠し事は抜きにしましょうや。我々も『ネットワーク』を動かす以上は確実な情報が必要なんでね。《だろう》や《はず》で組織は動かないってことくらい、あなたもよくご存知のはずだ」
「これだけは言っておきますが、この中に密告者がいるなんてことを、僕はこれっぽっちも疑っちゃいませんからね」
「では何をおそれることがあるんです? はっきりおっしゃっいなさい」わかさぎ姫がぴしゃりと言い放った。
沈黙。
「これは仮定の話ですがね」と前置きして正邪は話し始めた。「もし確実に巫女に勝てるだけの《何か》が存在したとして、それを賢者達がみすみす放置しておくと思いますか? 奴らはその存在を見つけ出そうと躍起になるに違いありません。もし仮に、僕らがそれに関わっていると奴らに知れたら、奴らはどうするでしょうね? 僕らを一人ずつ捕らえあげて、おそろしい拷問にかけるかも知れませんよ。……自分は大丈夫、決して自白なんてしないって顔ですね、とんでもない! もし拷問にかけられてご覧なさい、きみらなんてひとたまりもありませんから。すぐに知っていることをすべて白状して、それだけでは飽き足らず、今度は聞かれてもいないようなことまで自分からぺらぺらとしゃべり出し、あげくの果てには、まだ捕まっていない仲間の所在まですっかり教えてしまって、そして決まって最後には泣きながらこう言うんです。『仲間は全員差し出します。だから、どうか僕のことだけは見逃してください!』ってね。きっとそうなりますよ。拷問ってのはそういうものです。きみたちは八雲紫のスキマの中で何が行われているか知っていますか? スキマに囚われた人たちがどんな目に遭わされているか? それは身も凍るような、残酷で、おぞましい……」そこまで話したところで、彼女はふいに顔を真っ蒼にして黙り込んだ。
「おぞましい……何です?」
「何ですって?」
「今あなた自身がおっしゃったでしょう!」わかさぎ姫は不安に駆られ、いくぶん声を荒げた。「スキマに囚われた人たちがどんな目に遭わされているかって……」
「そんなこと、僕が知るはずがないでしょう!」正邪はあきれたような、小馬鹿にしたような口調で突き放した。言うべき言葉が見つからず、ぽかんと口をあけたまま、あっけにとられているわかさぎ姫にさらに追い討ちをかけるように、彼女は突然、高圧的な口調でまくし立てた。「ところで、きみたち『ネットワーク』の構成員は、自分の所属する組織の全体像を知らないのじゃないですか? いや、知らないはずだ! 図星ですね(わかさぎ姫の片方の眉がぴくりと反応するのを彼女は見逃さなかった)。きみたちはごく近しい数人の構成員と、時折どこかから命令書を携えてやってくる連絡員を知っているのが精々で、組織のボスが誰なのか、組織の規模がどの程度なのか、具体的なことについては何も知らされていないはずだ」彼女はそこでまた唐突に、今度は憐れむような口調になって続けた。「……いや、勘違いしないでください。僕は何も、それが悪いと言ってる訳ではないんです。組織を守るためには当然そうすべきですね。たった一人の自白によって、組織全体がお縄になったら元も子もないですから。――と言う訳で、僕らもこれからはもっと慎重に行動すべきなんです。賢者達を敵に回す以上はね。《ごっこ遊び》ではすまなくなる。need to know の原則に従って、共有する情報は必要最小限にとどめるべきだ」最後の方は、また普段の彼女の口調に戻っていた。
わかさぎ姫はしかめ面で正邪をにらみつけたが、結局何も反論できずに黙っていた。
「よろしい。きみたちは僕の指示どおり、派手に暴れてくれさえすれば、それで結構。博麗の巫女はこちらで引き受けますよ。そのために、僕はもう一人協力者を既に見つけているんです。なに、いずれご紹介しますよ、そのときが来ればね」正邪はそう言ってわかさぎ姫のテーブルから酒が注がれたままになっていた猪口をひったくると、一息にそれを飲み干し、勢いよく叩きつけるようにテーブルの上に置いた。彼女はそこでようやく一息ついた。
しかし控えめに見てもキャラクターに距離がありすぎる。
・・・よーやるぜ!(褒め言葉)
それはそうとこの姫、やっぱり下半身魚なのだろうか。いや、きっと魚だ。でも、しかしこの雰囲気で・・・。
クリスマスイブに花火と考えると酔狂ですがねw
面白かったです
正邪君は何か実際に賢者たちのことを知っているんですかねえ