Coolier - 新生・東方創想話

東方絵本風~小さな妖怪達の大冒険~

2006/11/08 01:15:02
最終更新
サイズ
21.52KB
ページ数
1
閲覧数
812
評価数
5/35
POINT
1830
Rate
10.31
東方絵本風~小さな妖怪達の大冒険~


【始まり】


紅魔館の近くにある大きな湖。

その湖の畔に、皆から大妖精と呼ばれる優しい妖精の住んでいる家がありました。

今日は、その家に2人のお客さんが居るようです。

「風邪ですね」

ベッドで眠っている大妖精に布団を掛けなおして、赤い髪に黒い翼を持つ図書館の司書さん、通称小悪魔が言いました。

「風邪ぇ?」

それを聞いているのは、いつでも元気一杯な氷の妖精、チルノです。

元気の無い大妖精を心配して、チルノが小悪魔を呼んで来たのでした。

赤い館の主人や白黒の魔法使いが図書館の魔法使いの知識を頼るように、小悪魔は小さな妖精や妖怪に頼られるちょっとした知識人なのです。

「そろそろ秋も終わりで、急に寒くなりましたから」

小悪魔は窓から見事に紅葉した山々を眺めながら言いました。

「あたいは全然元気なのに……」

「それはチルノちゃんがバ……氷精だからですよ。きっと」

「ふん、大ちゃんは鍛え方が足りないのよ」

口ではそんな風に言っていますが、チルノは心配そうな顔をしています。

「ねぇ小悪魔。なんかあたいに出来ることってある?」

「そうですねぇ……」

大妖精の風邪はそんなに酷いものではなかったので、普通に寝ていればすぐに治ります。

でも、何かやりたいと顔に書いてあるチルノの申し出を無下に断る事は出来ません。

小悪魔は、悪魔でもとっても優しい悪魔なのです。

困って部屋を見回した小悪魔の目が、あるもので止まりました。

それは、机の上に置かれていた花瓶です。体調が悪くてお世話が出来なかったのか、花が萎れてしまっていました。

それを見て、小悪魔はいいアイデアを思いつきました。

「お花を取ってきてあげるのはどうですか?」

「花?」

「はい。魔法の森の奥に、今日みたいな満月の日だけ、妖精草って言うとっても綺麗な花が咲いているんですよ」

丁度良いことに、今日は満月なのでした。

関係ないですが、館の主人は吸血鬼なので朝からハイテンションです。

「その花があったら大ちゃんは元気になるの?」

「妖精が集まってくるから妖精草って言うくらいですから、きっと元気が出ますよ」

「わかったわ。このあたいにかかれば、花の1本や2本楽勝よ!」

「あ、チルノちゃん!」

チルノは、勢い良く大妖精の家を飛び出していきました。

家に残された小悪魔は困った顔で呟きます。

「妖精草の花は月の光を浴びる夜にしか咲かないのになぁ」

空を見上げると、まだまだ高いところで太陽が光っているのでした。


【真昼の宵闇】


大妖精の家を飛び出したチルノは一直線に魔法の森へと向かいます。

すると、真昼にも関わらず突然真っ暗になってしまいました。

しかし、チルノは驚きません。適当に氷の弾をばら撒きます。

「わぁっ」

と、驚く声が聞こえて、チルノの周りの闇がゆっくりと晴れていきました。

チルノの前に、金色の髪の女の子が頬を膨らませてふわりと浮いています。

宵闇の妖怪ルーミア、チルノの友達の1人です。

「チルノちゃん、酷いよ~」

「いきなり真っ暗にする方が悪いのよ」

「う~日光は体に悪いのに~」

「真っ暗な方が体に悪い……ってこんなことしてる場合じゃなかった」

いつもの調子で楽しくお喋りをしそうになったチルノは、ぶんぶんと頭を振ります。

「どうかしたの?」

様子のおかしいチルノに、不思議そうにルーミアが聞きました。

「大ちゃんが風邪をひいたから、花を取りに行くのよ」

「えぇ、そ~なの!?」

びっくりするルーミア。すぐに、心配そうな表情を浮かべます。

「ねぇねぇ、私もついて行ってい~い?」

ルーミアはチルノに聞いてみました。一緒に遊んだ事もある大妖精の事が心配なのです。

「ん~、いいわよ。連れてってあげるわ」

チルノは少し考えて、大きく頷きました。

白黒の魔法使いや妖怪が住んでいる魔法の森に、1人で入るのはちょっと心細かったのです。

「わ~い」

無邪気に喜ぶルーミアを仲間に加えて、チルノは再び魔法の森を目指して飛んでいくのでした。


【道中にて】


ふわふわと空を飛びながら、チルノはルーミアに説明をしていました。

説明と言っても、花が魔法の森に咲いているというくらいのことです。

「ね~チルノちゃん」

それを聞いて、ルーミアが不思議そうな顔で言いました。

「何よ」

「そのお花ってどこに咲いてるの?」

「それは……」

答えようとして、チルノは固まってしまいました。

どこに花が咲いているか、ちっとも聞いた覚えがなかったのです。

魔法の森はとっても広いので、どこにあるか分からないときっと見つけられません。

「知らないの?」

「ちょっとどわすれしちゃっただけよっ。すぐに思い出すから」

頭を抱えてう~んと唸りますが、元々知らないことを思い出せるはずもありません。

2人は途方に暮れてしまいました。

「どうするの?」

「い、今考えてるのよっ」

「え~と、困ったときは人に聞くといいんだよ」

名案だ、とばかり目を輝かせてルーミアが言います。

「誰に聞けばいいのよ?」

ちょっぴり不機嫌にチルノが聞き返しました。花のある場所が分からなかったから、八つ当たりをしているみたいです。

「えーと……」

首を捻るルーミアと一緒に、チルノも考えます。

いつも頼りにしている大妖精は居ないので、別の誰かを考えないといけません。

「「あ……」」

森の中に詳しそうな誰かを考えていると、2人の目の前を1匹の虫が横切っていきました。

それを見た瞬間、2人は閃きました。

「「リグル!」」

そう、2人の友達の妖怪、リグルです。

森の中にはたくさんの虫が居ます。

その虫たちのリーダー的存在のリグルなら、きっと花の在り処も知ってるはずなのです。

「ルーミア、リグルがどこに居るのか知ってる?」

「うん。お花畑にいたよ~」

「なんで?」

「冬が来る前に蜜を集めるんだって」

「ふ~ん。ま、いいわ。花畑に行くわよ!」

「お~」

2人は元気良く手を上げると、花畑を目指して飛んで行きました。


【品質は保証しません】


さて、早速花畑に着いたチルノとルーミアは花畑の真ん中にリグルを見つけました。

「リーグルー!」

大きな声で、チルノがリグルに呼びかけます。

「あれ、チルノ? それにルーミアまで。もう蜜はあげないよ」

ルーミアを見て嫌な顔をするリグル。どうやら、蜜をつまみ食いされたみたいです。

「いらないわよ。リグルに聞きたい事があるの」

「え、何?」

チルノはリグルにここまでのいきさつを説明しました。

話を聞き終わったリグルは、うんうんと頷きます。

「知ってるの?」

「知ってるよ。妖精草の蜜はおいしいんだ」

一ヶ月に一度の味を思い出してリグルは笑顔を浮かべます。

「じゃあ、そこに案内しなさいよ」

「それは構わないよ、ちょっと手伝ってもらいたい事があるんだけど」

「何を~?」

しばらく会話に参加していなかったルーミアが尋ねました。

黙っていた間に、何をしていたかは知りませんが、口の周りにたくさんの花びらがくっ付いています。

「これを運ぶの」

これ、と言ってリグルが指差したのは、たくさんの壷でした。中には、甘い香りの蜜がたっぷりと入っています。

「よ~し。そっこーで終わらせるわ!」

「ちょっと、チルノ。こぼれるこぼれる!」

チルノは壷を両手で抱えあげます。一杯に入った蜜が、今にもこぼれそうに揺れました。

これでは、ゆっくりしか運べません。

「めんどくさいわね。こうなったら」

少しでも早く妖精草を取りに行きたいチルノは、懐からスペルカードを取り出しました。

「チルノ!?」

驚くリグルは気にもしないで、スペルカードを発動します。

「パーフェクトフリーズ!」

冷たい風が吹きぬけ、なんと、壷の中の蜜が凍ってしまいました。

これなら、こぼれる心配はありません。

「すご~い」

「あたいにかかればこんなもんよ! ルーミア、さっさと運ぶわよ!」

「お~」

蜜が凍っているおかげで、壷はすぐに運ぶ事が出来ました。

リグルを仲間に加えて、目指すは魔法の森です。

それにしても、蜜は凍らせても品質は変わらないのでしょうか?


【一休み】


太陽が西に傾いて行く頃、チルノ達はようやく魔法の森に入ることが出来ました。

飛んでいると木に引っかかったりするので、今は歩いて移動しています。

しばらく歩いていると、小さな家が見えてきました。おとぎ話に出てくるような洋館です。

「あそこは人形遣いの家だよ」

誰も頼んでいないのにリグルが説明します。すっかりガイドの気分です。

「うわぁ~なんだか良いにおいがするよ~」

家から漂ってくる甘いお菓子の匂いにつられて、ルーミアがふらふらと近づいていきます。

すると、家のドアが開いて、人形を肩に乗せた女の子が出てきました。

魔法の森の人形遣い、アリスです。

「あら、可愛らしいお客さんね」

アリスはルーミア達を見てにっこりと笑いました。

「ケーキを作ってたのだけど、凝りすぎてこんな時間になちゃったの。食べていかない?」

「いいの?」

ルーミアが目を輝かせます。ずっと飛んだり歩いたりで疲れていたのです。

「ええ。あなた達もいらっしゃい」

アリスはチルノとリグルにも声をかけます。

チルノはどうしようかと迷いましたが、夜まで花が咲かないとリグルに教えられていたので、うん、と頷きました。

それに、甘いお菓子の誘惑には勝てなかったみたいです。

………………

「そこで、あたいは言ってやったのよ。大ちゃんはあたいの友達なんだってね」

「あー、あの喧嘩の時の話かぁ。珍しくチルノが格好よかったよね」

「ちょっとリグル、珍しくって何よ!?」

ケーキを刺したフォークを振り回しながら、チルノが自分の武勇伝を話しています。

ルーミアはケーキに夢中で聞いていませんが、時々リグルが絶妙な合いの手を入れます。

机の上では、人形が興味深そう(に見える)な瞳でチルノを見つめています。

アリスは、そんなチルノ達の様子を微笑みながら見守っていました。

「ふふ、みんな仲がいいのね」

「そうよ。ま、一番はあたいなんだけどね」

「そう。でも、その娘が羨ましいわね」

「大ちゃんが? 何で?」

「こんなにいい友達が居るんだもの、羨ましいわ」

アリスはちょっと悲しそうな顔で言いました。

魔法使いのアリスは、たくさん秘密の研究をしているので、1人で居る事が多いのです。

でも、やっぱりアリスは一人ぼっちは寂しいと思っているのでした。

すると、突然チルノが大声で言います。

「それじゃ、あんたもあたいの友達に入れてあげるわ!」

「え?」

アリスがびっくりしてチルノを見つめました。

「何よ。文句でもあるの?」

「……ううん。嬉しいわ」

「そう。この最強のあたいの友達になれたんだから、あんたは最強から2番目よ。感謝しなさい」

「そうね。ありがとう」

アリスはにっこり笑って言いました。

………………

「ごちそうさま」

「美味しかったよ~」

「今度は大ちゃんと来てあげるからね!」

「待ってるわ。気をつけてね」

ケーキを食べ終わった皆を見送った後も、アリスはしばらく嬉しそうに笑っていたのでした。


【銀の悪魔、襲来】


アリスの家で一休みして、すっかり元気を取り戻したチルノ達はどんどんと森の奥に入っていきました。

森の奥の一本の木の下でリグルが止まります。

「ここだよ。それで、これが妖精草」

リグルの足元には、蕾のついた草が1本だけ生えていました。

妖精草という草は、実はとっても珍しいのです。

その時でした。木々の隙間から、優しい月の光が差し込んできたのです。

月の光を浴びたとたん、ゆっくりと妖精草の花が開き始めました。

それは、真っ白な5枚の花びらのとても綺麗な花でした。なんだかとてもいい匂いもします。

「きれ~い」

「これなら大ちゃんも元気になるにきまってるわ」

「じゃあ、早く持って帰ろ」

チルノは妖精草をそっと摘み取り、瓶の中にしまいました。

瓶はアリスの家を出るときにアリスがくれたものです。

「よ~し、それじゃあ帰る――」

「皆さーん! 大変ですー!」

突然、大きな声を出しながら、誰かが飛んできました。

「こ、小悪魔?」

なんと、小悪魔です。よっぽど急いできたのか、髪は乱れ放題で、服もあちこち破れています。

「どうしたのよ?」

「大変なんです! 咲夜さんが」

と、そこまで言った時、小悪魔は糸の切れた操り人形のように地面に倒れてしまいました。

「告げ口しようとするなんて、困ったものね」

冷たい声が響き、木々の間からメイド服の少女が現れました。紅い館のメイド長、十六夜咲夜です。

「な、何をしたのよ!」

「大丈夫。少し眠ってもらっただけよ」

咲夜はどこからともなくナイフを取り出します。

「その花をお嬢様がご所望なの。譲ってもらえるかしら?」

どうやら、館の主人の我が儘が原因のようです。

満月の日にだけ咲く花に興味を持ったのでしょうが、タイミングが悪すぎます。

「渡すわけないでしょ! これは大ちゃんにあげるんだから!」

「そう。では、力ずくで頂きますわ」

「や、やれるもんならやってみなさいよ!」

咲夜はナイフを構えてやる気満々です。

強気で言い返すチルノですが、本当はとても困っていました。

自称最強のチルノですが、咲夜には勝てないのです。

一か八かで弾幕を張ろうとしたその時、誰かがチルノの前に立ちました。

「チルノちゃん。そのお花を持って行って」

ルーミアです。いつに無く真剣な顔をしたルーミアが咲夜の前に立ちはだかります。

「ルーミア……」

「チルノちゃん」

困ったように呟くチルノに、ルーミアが振り返りました。

お馴染みの両手を広げたポーズを取ります。

「なんて見える?」

「聖者は十字架に磔にされました?」

ううん、とルーミアは首を横に振りました。

「ここは絶対に通さないよ~って言ってるの」

「っ……うん、分かったわ」

ルーミアの決意を受け取ったチルノは、ルーミアに背を向けて走り出しました。リグルもその後ろに続きます。

後ろで弾幕ごっこが始まった気配がしましたが、チルノはルーミアを信じて振り返らずに走っていくのでした。


【でぃあ まい ふれんど】


月に照らされた森の中を、チルノとリグルは急いで駆け抜けます。

今にも咲夜が追いついて来そうで、気が気ではありません。

それに、1人で残ったルーミアのことも心配でした。

「ねぇリグル」

「何?」

「ルーミア、大丈夫かな」

「……大丈夫だよ、きっと」

「おっと、人の心配より、自分の心配をしたほうがいいんじゃないか?」

突然、2人の頭の上から声がかかります。

見上げると、月をバックに箒に乗った魔法使いが飛んでいました。

「魔理沙!?」

魔法の森の蒐集家、霧雨魔理沙の登場です。

「妖精草を持ってるんだろ? そいつを渡してもらうぜ」

「な、何でそれを……?」

「この森は私のテリトリーだぜ」

「く……」

「チルノ」

悔しげに呻くチルノに、そっとリグルがささやきました。

「今度は私が残るよ。チルノは逃げて」

「リグルまで……」

「何の相談か知らないが、私の魔砲ならまとめて一撃だぜ?」

魔理沙は愛用のスペルカードをかざして見せます。

絶体絶命のピンチ。

しかし、意外な所から助けはやってきました。

「魔理沙、待ちなさい!」

空から降りて来る少女、傍らには人形が浮かんでいます。

「アリスか……撒いたと思ったんだがな」

魔理沙は苦々しげな表情を浮かべました。

アリスは魔理沙と同格の魔法使いです。アリスが居ては簡単に妖精草を奪う事は出来ません。

「アリス?」

「また会ったわね。さぁ、早く行きなさい」

アリスは森の出口の方を指差しました。

「でも……」

チルノは悩みました。何度も何度も、誰かを犠牲にして逃げるのは嫌だったのです。

アリスはそんなチルノに優しく微笑んで言います。

「大丈夫よ。私は、最強から2番目なんでしょ?」

側に浮いている人形もしきりに頷いています。

「……負けたら、許さないから!」

「任せなさい」

頼もしいアリスの言葉を背中にチルノとリグルは走り出しました。

皆の為に、絶対に妖精草を持って帰ると固く心に決めながら。

「そう言う訳なの。ここは通せないわ」

「アリスがあんなのを庇うとは意外だったな。妖精草が貴重なのを知らないわけじゃないだろ?」

「それはそうだけど……でも、もっと大切なものがあるのよ」

「そうか。なら、無理やり通らせてもらうぜ!」

「来なさい、返り討ちにしてあげる!」

魔理沙はあくまでも妖精草を諦めませんが、アリスも一歩も引く気はありません。

2人の間に激しい弾幕が展開されます。

弾幕の激しい応酬が続きますが、簡単に決着はつきそうにありません。

その時、不意に魔理沙はにやりと笑いました。

スペルカードを取り出し、アリスとは全く別の方向に向けます。

アリスがそっちを向いて見ると、走っているチルノとリグルの後姿が見えます。

「悪いが、これでチェックメイトだぜ! マスタースパーク!」

「やらせない!」

魔理沙の放った必殺の魔砲の射線に、咄嗟にアリスは飛び込みました。

人形に仕込んでおいた結界と自分の結界の2枚の結界でマスタースパークを受け止めます。

しかし、マスタースパークの力は強く、あっという間に結界がひびだらけになってしまいました。

このまま結界が破られてしまえば、マスタースパークはチルノ達を飲み込んでしまうでしょう。

(もう、ダメ……)

アリスが諦めかけた時、人形と目が合いました。

無機質なはずの人形の瞳ですが、アリスには何かを訴えているように見えます。

「ごめんね……後で、ちゃんと直してあげるから」

アリスは、人形をぎゅっと抱きしめて、一枚のスペルカードを取り出しました。

「おい! アリス、それは――」

魔理沙が慌てて何かを言いかけますが、それはアリスの耳には届きません。

(チルノちゃん……友達って言ってくれて、ありがとう)

「魔操、リターンイナニメトネス!」

アリスが高らかにスペルを宣告し、人形がはじけ飛びました。

膨大な魔力が炸裂して、大爆発を起こします。

マスタースパークはその爆発で無理やり軌道を変えられて、空に向かって行きました。

爆風が収まると、そこにはボロボロになったアリスが倒れています。

魔理沙はそれを見て、やれやれと肩をすくめました。

「ギリギリで当たらないように撃ったってのに……馬鹿だなぁ」

一応生きているのを確認して、魔理沙は箒に乗ります。

幻想郷最速の彼女なら、今からでも十分追いつけるはずです。

しかし、魔理沙は箒から降りてアリスの体を抱き上げました。

ばらばらになった人形の破片も、丁寧に拾ってポケットにしまいます。

「やれやれだぜ」

苦労して箒にのせると、自分の家へと向かって飛び立ちます。

貴重な草よりも、アリスの方が心配だったのです。

明日の朝になって、ゆっくりと話をしたら、2人はきっといいお友達になれることでしょう。


【季節は秋、所により冬】


夜空に、光が駆け抜けて行きました。

「マスタースパークだ……」

リグルが呟き、思わず2人は足を止めました。

「大丈夫よ。約束、したんだから」

自分に言い聞かせるように、チルノが言いました。

「行くわよ」

「うん」

2人がもう一度走り出そうとした時、目の前に何かが落ちてきました。

「「あっ」」

2人は目を一杯に見開き、慌てて駆け寄ります。

それは、泥だらけになって気を失っているルーミアでした。

「ルーミア!」

「ルーミア、しっかり!」

口々に呼びかけますが、ルーミアは目を覚ましません。

「意外に粘ったわ。まぁ、結果に変わりはないのだけれどね」

小悪魔を背負った咲夜が現れて、小悪魔を近くの木の下に降ろしました。

それから、チルノ達に近づいていきます。

「今度こそ、その花を渡してもらうわ」

「渡さないよ!」

チルノより先にリグルが応えて、立ち上がりました。

「チルノ、今度は私の番だよ」

先に行け、と促すリグルにチルノは首を横に振りました。

「あたいは、もう誰かを置いて逃げるのなんて嫌」

「チルノ……」

「みんな一緒に、大ちゃんに花を届けに行くのよ!」

力強く宣言して、チルノは立ち上がりました。

「あたいは最強なのよ、ちがう!?」

「そうだね。チルノは最強だったよね」

「行くわよ、リグル!」

「任せて、チルノ!」

「2人まとめて、相手をしてあげますわ!」

「アイシクルフォール!」

先手を取って、チルノがスペルカードを発動します。

しかし、咲夜は怯まずにチルノへと突っ込んでいきました。

アイシクルフォールは正面の弾幕が薄い事を見抜いているのです。

ですが、チルノは不敵な笑みを浮かべました。これも作戦の内だったのです。

「ファイヤフライフェノメノン!」

チルノが攻撃をしている間に、上空に移動していたリグルの攻撃が咲夜に襲い掛かります。

アイシクルフォールは側面が濃い弾幕なので、咲夜に逃げ場はありません。

しかし、何と言う事でしょう。弾幕が迫った時、いつの間にか咲夜の姿がなくなっています。

実は、咲夜は時を止めて脱出していたのです。時を操るメイドさんには2人の作戦も通用しません。

「お返しよ。殺人ドール!」

ばらばらと雨のようにナイフがチルノ達を襲います。

あっという間に咲夜にペースを握られ、チルノは逃げる事しかできません。

「もう逃げ場はないわよ」

とうとう、木の根元に追い詰められてしまいました。

俯いてしまってもう反撃する素振りもないチルノに咲夜がゆっくりと近づいていきます。

「……あら」

花を取ろうと伸ばした咲夜の手に、冷たいものが落ちます。それは、氷精の涙でした。

「この花は……絶対に、持って行くのよぉっ」

顔を上げたチルノの頬を涙が伝って行きます。

しかし、咲夜は手を止めません。

罪悪感を感じないわけではありませんが、そこで止めるようでは悪魔の館のメイドは務まらないのです。

そんな悪魔のようなメイドをきっと睨んで、チルノは最後の力を振り絞りました。

「ダイアモンド、ブリザード!」

パキパキと、手に落ちていた涙が凍り付いていくのを見て、慌てて咲夜はチルノから離れます。

雪と氷が乱舞し、辺り一面を覆っていきます。

チルノの想いが込められたそれは、いつものスペルのレベルではなく、吹雪のように吹き荒れました。

これには、流石の咲夜も近づくことができません。時間を止めても、相手が吹雪ではどうしようもないのです。

しかし、咲夜を退けるほどの吹雪は、チルノの力をどんどんと奪っていきます。

段々と力が抜けていって、ふらふらと足元が揺れます。

「あ――」

ふらりと、よろめいたチルノを2本の腕が支えます。

リグルと、いつの間にか目を覚ましていたルーミアです。

「私の力も、分けてあげる」

「頑張って」

3人で力を合わせて、吹雪の弾幕を支え続けます。しかし、主人を大切に想う咲夜も退く事は出来ません。

壮絶な我慢比べ。それに勝ったのは――咲夜でした。

力を使い果たしたチルノ達は気を失って地面に倒れてしまいました。

咲夜はほっと息をつきます。

でも、不思議な事が起こりました。吹雪が消えないのです。

冷気を操るチルノが倒れた時点で吹雪は収まるはずなのですが、吹雪は少しも衰えません。

おかしいと思った咲夜は、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませます。

「そこっ!」

咲夜の手から、雪の中にいる何かにナイフが飛びます。

そのナイフは、澄んだ音を立てて、氷の壁に阻まれてしまいます。

「そう、貴方だったのね。少しフライングじゃないの」

「ここがあんまり寒かったから、もう冬かと思ったの」

吹雪の中から、彼女が現れました。

レティ・ホワイトロック、チルノと似て異なる、寒気を操る冬の妖怪です。

吹雪の中に佇んで、レティと咲夜は見つめあいます。

「それで、あなたはどうするの?」

まだやるならもっと寒くする、と目が語っていました。

これ以上寒くされたら堪りません。人間の咲夜は凍ってしまいます。

「……退いてあげるわよ。寒いし、ここまで頑張られて持っていったらどうしようもない悪人じゃない」

「ありがとう」

「あーお嬢様に怒られるー」

咲夜は気を失っている小悪魔をひょいっと担ぎ上げ、夜空に飛んで行きました。

その後姿を見送って、レティはチルノの側に屈み込みます。

「全く、あなたってほんとにお転婆なんだから」

お姉さんかお母さんのような事を呟いて、チルノの顔についた土や泥をぬぐってあげます。

どれくらいそうしていたでしょうか。ふと気がつくと、レティの手は薄く透けてしまっています。

いくら寒くなったといっても、まだ冬には少し早すぎたのです。

「もう少しして、冬が来たらまた会いましょう」

最後に、チルノのリボンを整えて、レティの姿は消えてしまいました。

でも、心配は要りません。

彼女と会える冬は、もうすぐそこまで来ているのですから。


【おしまいに】


「ん~」

窓から心地よい朝の日差しが差し込んできます。

小さく声を上げて、大妖精はベッドから起き上がりました。

風邪の具合はすっかり良くなったようです。

「わぁっ」

部屋を見た大妖精は驚きの声を上げました。

床の上に、どろどろでボロボロのチルノ、ルーミア、リグルが寝ていたのです。

チルノの手元には花瓶があって、そこにとても綺麗な花が生けられていました。

付き合いの長い大妖精には、この花は、風邪を引いた自分の為に苦労して取ってきてくれたのだとすぐに分かりました。

「チルノちゃん……みんなも……ぐす」

嬉しいやら申し訳ないやらで、思わず涙ぐんでしまいます。

そして、ありったけの気持ちを込めて言いました。

「ありがとう、みんな。大好きだよ」


終わり
知っている人にはお久しぶり、な語り手です。
この作品は、
「構想はあるのに書けないんだよ」
友人「じゃあ気分転換に別の話を書け」
「どんな?」
友人「1,2ボスが格好良くてそれでいて和む話を絵本風に」
「……難しすぎるだろう」
と言う会話から生まれました。絵本風って何だよと突っ込みたい気分です。

真ん中を過ぎるとちっとも和みません。
しかも、魔理沙とか咲夜さんが随分と悪人になってしまいました。
多数あるだろう突っ込み所は暖かく見逃してくれると助かります(主にレティとか)。

誤字等の指摘は容赦なくお願いします。
語り手
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1360簡易評価
14.100名前が無い程度の能力削除
黒幕カッコイイ
19.100名前が無い程度の能力削除
>咲夜には勝てないのです
チルノひとりでも十分に咲夜をたおせるはずですが、あえてチルノを弱くするというテクニックにナイス賞を送りたいです。(某戦国史シナリオはちょっとどころではなくけなされていたけれど 〔おかしいよといってくれた数人に感謝する〕)
咲夜を悪人設定にしたのは凄く良かったと思います。レミリアのためなら何でもするというメイドという設定からここまで持ってきたのはなかなか凄いと思います。
次回作に期待します。
21.100名前が無い程度の能力削除
とてもわかりやすいお話ではあるんですけど、こういうの素敵ですね。
咲夜さんの悪役成分高めなのが苦笑もんではありましたがw
26.80名前が無い程度の能力削除
小悪魔カワイソスw
27.90削除
(くわっと目を見開いて)良し、とにかく良し!

…いや、実際基本をきちんと押えた良い王道だと思いますよ?
「ここは私に任せてあなたは…!」ってのは、誰だってやっぱり憧れるものです。それに、友達のために立ち上がるのも。