マヨヒガ近郊―――大結界に近い開けた荒野。
草木もまばら、妖怪も滅多に寄り付かない不毛の地。
今にも泣き出しそうな黒雲の下、対峙する影が二つ。
「あんたが紫の式? ……ま、こんな誰も寄り付かない所に来た時点で、他に居ないだろうけどねぇ」
「珍しいな……鬼か?」
「そうよ、鬼。でもそっちも珍しいね? 私を見て鬼と分かるだけじゃない、今時九尾の狐なんていうのはそうは見ない」
「……そんな角を持ったヤツは他にはおらん。尻尾は私の自慢でね? あんまり見るなよ、金取るぞ」
「あっはっは、強欲だねぇ。それだけ大っぴらに出しておいて金を取ろうなんて。……でも、天狐を式にしたっていう紫の言葉は、与太じゃなかったって訳だ」
「式に……ねぇ。まぁ、死んで目が覚めたら式になってたんだが……」
「経緯はどうだっていいのさ。大事なのは結果。それに、あんたが紫の式だからこそ、紫に言われてここに来たんでしょ? 私が紫に喧嘩を売ったら、面倒だから式を寄越すからっていう話だったもの」
「は? 紫様は小柄で華奢な美少女が、私に思いの丈ををぶちまけたいから……とおっしゃっていたのだが?」
「ああうん、それは間違ってない。何せ小柄で華奢で美少女な私が、紫の代わりに来たあんたに思いの丈をぶちまけるんだから。……この拳でね?」
「っち、ガセかよ……何が美少女だ? 着物の似合いそうなチビが、目を血走らせてるだけじゃないか……紫様のセンスも知れているな……まぁ、いいけど」
「……主が主なら式も式だねぇ。私が鬼と知っていながらそんな口を聞くなんて。日頃鬼の脅威に接する事がないからかな? これは単なる喧嘩じゃなくて、あんたに鬼の怖さを教えなきゃいけないみたいだね」
「人攫いと鬼退治……か、変わらないな鬼は。傲慢で自分勝手……他人を見下し、しかも自分はそれに気づかない……怖さの顕現が『鬼』だけだとでも思っているのか? 小鬼風情が」
「威を借るべき紫も居ないのに、良く吠える狐だ。扶桑の国における自然の暴威、畏怖の頂点である鬼によくもまぁ。その過信を圧し折る為に、紫はあんたを寄越したような気がしてきたよ」
「私は過信しているかも知れんが、頭の固い君が知らぬことも在る。時が移れば世代が変わる。世代が変われば、人も変わる。私は人の中でそれを知ったが、君は未だに解らんらしいな? だから鬼の周りには何も残らなかったというのに」
「……知った風な口を聞く。ならばあんたは、鬼に寛容と許容を持てとでも言うつもりなんだ? 鬼と人との掟を一方的に破られ、卑劣な嘘まで吐かれて、そんな状態でも人と付き合って行けと言うつもり?」
「鬼と人の掟など誰が決めた? 力弱き人が、君達に持ちかけたとでも言うのか? 一方的に押し付けた約束を破棄されたと言って騒ぐか? 餓鬼が。私がこんな口を利くのは、鬼を恐れぬからではない、それ以上に、君達鬼が嫌いなだけだ」
「人に阿り、人に染まり、人の理屈で我等鬼を否定するか、狐め。人為らざる者としての矜持を失ったみたいだね? ……やっぱり、色々叩き直す必要があるみたいだわ」
「別に人に染まったつもりはないよ。ただ、君とは違った目線もあるというだけのこと。それと、矜持など私に求められても困る。そんなものは余裕のある、恵まれた者が持つものだ。それすら、君には解るまいがな」
「自分と違う目線を気に掛けてる時点で、あんたはもう人に染まってるのさ。それに気付けない時点で、確かにあんたに矜持は無い」
「ねぇよそんなもん。だからどうしたよ小娘が? 自分の物差しだけを頼りに狭い世界に固執して、他から取り残された鬼風情が。ヤルならさっさと始めよう? 最早君と同じ空気を吸っているのも嫌になってきた」
「何て事! 妖怪なのに誇りを捨てるなんて! 信じられない、本当に信じられない。良くそれで恥ずかしげも無く外に出れるね? 私だったらとても耐えられない。同じ空気を吸うのが嫌だってのは、全く同意見だわ。さっさとあんたを倒して紫に文句言ってやる」
「ここでくたばる輩が、どう文句を言うというんだか? だが、さっさと終わらせたいのは同意だよ。紫様には趣味嗜好について議論する余地がありそうだからね」
「……絶対に、後で泣かせて這い蹲らせて謝らせてやる。ああ、そういえば名乗ってなかったね? 私の名は伊吹萃香。我等が疎にして密なる百鬼夜行、幻想郷から失われた鬼の力、とくと味わうが良い!」
「あー……それ無理。やりたきゃ私を死体にして、その膝を折るんだね。名乗られたので名乗ろうか? 私は藍……しがない妖怪さんですわ。短いつき合いになるでしょうが、よろしくお願いいたします?」
* * *
「その莫迦にした言い様がいつまで保つか、楽しみね」
苛立ちを隠し切れないながらも言った萃香は、傲慢な相手の腰を抜かさせてやろうと思いついた。
「鬼の萃める力を―――」
充分な言霊の載った言葉と共に、萃香は力を溜めるようにやや身を縮める。
そして、
「とくと、見よ!」
大気が爆発したかのような大音声と共に、萃香は身体を一杯に伸ばした。
周囲の自然が持つ森羅万象の力が彼女に萃められていく。
それこそ、際限など知らぬかのような勢いで。
「おお、立派立派」
目前で巻き起こり出した萃中現象に、藍は小馬鹿にした態度で言う。
それこそ始めの内は軽く拍手してやる余裕もあった。
しかし萃中の時間が増すにつれ、表情に意外さが混じりだす。
「こりゃ凄い。底無しか? ひょっとして」
小鬼の自信に満ちた表情を見る限り、どうもその内冗談じゃ済まなくなりそうだ。
「どうしたもんかねぇ」
このまま進んだところで、鬼には届かない。
そう見切った藍は、踏み込みかけた足を引く。
既に立っていることさえ困難なほどにその力は萃まり、暴風を纏った鬼。
その中心部まで踏み込むのはあまりに危険。
「……そこまでせんでも、私は殺れるぞ? 馬鹿鬼め」
藍は口ではそう言ったものの、内心はそれほど余裕がない。
だが内心の機微を意地でも表に出さないのが『藍』である。
現状では二つの選択肢があった。
自身の妖気を妖力として迎え撃つか、主の力を使用するか。
紫が最初から鬼と戦わせるつもりだったとすれば、藍は紫の主命を持って戦える。
そして藍から見れば、紫の妖気もまた底無し。
現状を力ずくで打破するには、これが正解のように思える。
しかし……
「矜持か……」
そんなもの初めから持っていなかった。
藍は自身が狐だった頃の記憶がある。
正確には狐から妖怪になったときの記憶が。
死なない事を最優先に、いつもギリギリで、泥の中を這いずって生き延びる事で精一杯だった原初の自分。
そんな自分を、藍ははっきりと覚えている。
惨めな記憶の終わりと、他人の道具として生かされている現在の自分。
そこに矜持など持ちえるはずがない。
それでも藍は自身の力のみで戦うことを選択した。
「……付き合ってやるよ、鬼……っ!」
理由は簡単。
紫の力で勝ったところで、この鬼は堪えないだろう。
つまり叩きのめしてやりたいと思う程度には、藍は鬼が嫌いなのだ。
藍は袖から一振りの直刀を取り出し、自身の妖気を解放して力に変えていく。
「短期決戦……いくよ?」
有言実行たらんと、藍は直刀を静かに構える。
対し、萃香は何処までも何処までも己の身に力を萃め続けていた。
彼女は、藍もまた溜めの体勢に入ったのを五感で感じ取る。
腰を抜かすどころか逆に真っ向から迎え撃とうというその意思に、口元に笑みを浮かべ強く感心した。
「なら! これを真っ向から耐えてみろ!」
萃香の身に萃まりに萃まった力とは、森羅万象であり、それは即ち鬼の力だ。
存分に萃めた鬼の力を遺憾無く発揮すべく、萃香は己を縛る重力を疎にしてふわりと浮かび上がった。
萃られた力は周囲にも影響を及ぼし、巻き起こった風は瞬く間に突風へ、そして間を置かず渦を巻いて空の暗雲から雲を引き下し小規模な竜巻となる。
大地に埋もれた岩もまた力の影響を受け、周囲の地表を巻き込みつつ宙へ舞う。
雷鳴が轟き、対峙する二人から近い位置に、膨大なエネルギーが閃光と共に天より叩き付けられる。
終いには、大地そのものが鳴動し始めた。
「これが鬼の力! 自然と共に在る我等が怒りは自然の怒り!」
矜持をよすがに頑ななまでに己を曲げなかった鬼の言葉。
応えるように、自然は荒々しくその姿を変えて行く。
「行くよ?」
確認。
「お優しい事だな。……さっさと来な」
応答。
構えを維持し、周囲の状態を委細気にする事無く集中を続けた藍に、萃香は大きく宣言する。
「百万鬼夜行!!」
そして、恐ろしい密度の弾幕が放射され、それと共に、自然の暴威も藍目掛けて牙を剥いた。
藍の視界を覆うその全てが、自身を襲う力の具現。
凡百の妖怪であれば、迫り来る恐るべき密度を前に戦意を喪失するだろう。
だが藍は並ではない。
果たして、鬼の弾幕の内の何割が、いざ攻めんとする彼女の軌道と交差するというのか?
「行くぞ?」
確認。
「来てみな」
応答。
藍は圧倒的な弾幕に向かい、今度こそ踏み込んだ。
強い踏み込みは彼女に速度を与え、速度を上げつつ身体に当たる弾を時に避け、時に両断する。
しかし鬼力は妖力で落とせても、自然の猛威までは防げようも無い。
暴風が刃となり、藍を切り裂く。
突き出した大地の槍が、藍を地面に縫い付ける。
「……っぐ……この!」
藍の動きが止まった瞬間、無尽蔵の力を萃めた鬼の第二波が押し寄せる。
(今!)
だがこれこそが好機と、藍は萃香が力を放った瞬間、その懐に空間転移。
「あ」
驚き、萃香が身構える間に、藍の直刀はその首目掛けて迸る。
萃香が斬撃に対応しようとした刹那……
「飯綱権現降臨」
ソレは藍の能力を跳ね上げ、増加した筋力はその太刀筋を変え、速度を増す。
藍の直刀は首を狙う斬撃から刺突へ変化し、萃香を襲う。
変幻自在の太刀筋を、萃香は追い切れなかった。
「んぅっ!?」
線から点へと転じた苛烈無比な突きが萃香の首を貫く。
冷たい異物が身体の中を通り抜けて行く、おぞましい感覚。
次いで貫かれた部分が悲鳴を上げ、凄まじい痛みが萃香の表情を歪ませた。
だがそれでも彼女は痛みに意識を奪われる事なく、即座に己の身を疎にして散らし尽くす。
「なにっ?」
刺突の後に斬り上げる事で一撃必殺を期そうとした藍。
彼女は突然手応えが無くなった事と、唐突に萃香に姿が消えた事に驚いた。
しかしいくら姿を消した所で、あれだけの力の塊を察知出来ない筈が無い。
未だ収まらない自然の暴威を躱しつつ、藍は冷静に萃香の出現を待つ。
「…………そこだ!」
その存在を関知し、藍は直刀を振るおうとする。
だが次の瞬間、どこに振れば良いか分からなくなっていた。
萃香の姿はまだ見えない。
だが存在感そのものが、藍の周囲に満ちている。
「……姿は見えねど、周り全体があの鬼だと?」
まるで腹の中だ。
そう思った藍は、先ず存在感の内側から出ようとする。
「っ!」
しかし、藍は瞠目し動きを止めた。
彼女が見たものは、萃香の存在感の更に外側に浮遊する数多の岩。
石や小石も混ざったそれらが、暴風を無視して宙に停滞している。
まるで岩の檻であるかのように。
藍がこの大小様々な岩石に気を取られたその時、背後から伸びた手が藍の襟首を掴んだ。
「後ろかっ」
振り向く事なく、藍は肘を曲げた腕を振り上げ直刀を背後に突き込もうとする。
だが直刀が萃香の腕に触れる前、空間から突如生えたもう一本の手が、細い外見からは想像も付かない万力のような力で藍の肩を締め付けた。
「くっ……」
腕を動かす事すら出来なくなる激痛に、藍は歯を食い縛って耐える。
その後ろにて完全にその身を萃中させた萃香が現れた。
左手は藍の襟首に、右手は同じく藍の肩に載せられている。
己を包んでいた存在感全てが背後に集中するという事実に、藍は怖気を覚えた。
「お返し、行くよっ!」
言の葉と同時に、今まで萃香の存在感の外側に浮遊していた岩石が、一斉に藍目掛けて飛来する。
片腕が抑えられている以上、直刀で防ぐ事は不可能。
藍は撃ち落そうと妖力を煉り―――
「!?」
その矢先、藍の視界が転回する。
萃香が藍を両手で押さえたまま、自身を軸に回転し始めたのだ。
回転は止まらず、瞬く間に高速化。
さらに見切れぬ速度と方向から、藍の身体へ岩石が降り注ぐ。
岩石はまるで意思を持ったように身体に吸い付いて離れない。
岩は藍の関節の稼動範囲を奪い、視界を奪い、瞬く間に自由を奪い尽くす。
豪速の回転の中、藍が充分に岩に塞がれたのを見た萃香は、更に回転に勢いを付けた。
目まぐるしく流転する視界をものともせず、萃香は叫ぶ。
「天手力男投げーっ!!」
存分に力を込めて、手にした岩塊を地面目掛けて投げつけた。
九尾を包んだ大岩が地面に激突して爆ぜ割れる。
勝利を確信し、萃香は悠々と地に降りた。
しかし彼女の表情にすぐに緊張が浮かぶ。
何せ見えるのは岩ばかりで、藍の姿は何処にも無い。
「何処……っつ!?」
誰何の声を上げた萃香は咄嗟にその場にしゃがみこみ、背後から振るわれる直刀を回避する。
そして伸び上がりざま振り向くと、背後の藍目掛けて裏拳を放つ。
「っち」
小さな拳から放たれる凶悪無比の破壊力。
大きく仰け反り回避しつつ、藍はバックステップで距離をとる。
彼女は岩の中から空間を渡り、技の直撃は避けていたのだ。
しかし鬼の膂力で掴まれ、投げられたダメージがないはずはない。
よろめきつつも大地を踏みしめ、何とかその長身を支える。
一方萃香も追撃に走った瞬間に足がふらつき、蹈鞴を踏む。
喉の傷はあまりに深い。
巻き起こっていた自然の暴威も収まり、生まれたのは一瞬の膠着。
両者の視線が交差する。
先に動いたのは九尾の狐。
「……なぁ? 鬼よ」
「なによ狐?」
「そろそろ紫様が起きるので、終わりにするよ」
宣言すると、藍は素手の左手に狐火を乗せる。
同時に藍の身体から陽炎が立ち上り、足元の枯れ草が自然に焼け焦げ、燃え尽きる。
炎は赤から蒼へ、そして蒼から白へ。
やがて炎はその形状を次第に球形へ変化させていく。
「狐の得意技だっけか?」
「そう、基本中の基本だよ」
狐火は狐が変化した妖怪であれば、誰にでも使える妖術である。
しかし使い手が齢数千に達する天狐で在れば、その基本はどうなるか?
藍の掌の白球は、まるで線香花火のように弾けだす。
「鬼相手には役不足かも知れんが、まぁ、受け取れ」
「……させるか」
「遅い」
萃香が阻止すべく藍との距離を詰めに来る。
藍は蝋燭を消すように、白球に息を吹きかけた。
白球は藍の息に乗って形を崩す。
藍の手を離れた狐火は中空にて膨張、爆散し、瞬時に広き荒野を炎の舌で嘗め尽くした。
* * *
荒野一面に広がる白い炎。
見渡す限りが炎であるという事を忘れさせる程美しい情景である。
(ああ……そうか)
どうやら勝ってしまったらしい。
藍は自分の勝利に感慨も無く納得した。
勝利も敗北も、藍にとってはあまり意味は無い。
ただ勝つことよりも負けることの方が嫌いなだけだ。
己に張った結界で身を護りつつ、その手で生み出した幻想的な炎の海に軽く息を吐く。
「……存外、鬼といえど呆気無いもんだな」
微妙に呆れの篭った呟き。
事が済んだ以上長居は無用、と、藍は紫が目を覚ます前に帰ろうと空を仰ぐ。
「……いや……呆気無くは……なさそうだな?」
言葉から呆れが消える。
今の藍の視界に広がる情景。それはただの曇り空だ。
しかし彼女はどこか愉し気に視線を下した。
藍が感じた違和感。
それは、これだけの炎が燃え盛っていれば当然起こるべき現象。
(空気が焦げていない。……どういう事だ?)
疑問を思いつつ、藍は鼻をひくつかせ、物が燃える時特有の臭いがしない事も確認した。
「焦げず臭わず……つまり、この炎は今燃えていない事になる訳か。面妖だな」
少し考えた後、白い炎に対し手を伸ばし、直に触れる。
(……熱く無い。直接の原因はこれか)
大気を焦がさず、物を燃やさず、熱くも無いこの炎は、もはや炎としての機能を失っていた。
考えられる原因は一つだけ。
「お前の仕業だろう、鬼」
白い炎に呑まれた筈の萃香へ向けて、声をかける。
返答は無い。
だが、代わりと言わんばかりに、荒野を包む白い炎全てが瞬く間に霧散した。
炎の消えた後の藍の視線は、仁王立ちする萃香の姿を捉えている。
萃香は口端に笑みを浮べてようやく狐に応えた。
「いかにも」
「中々嫌味な鬼だな。全然効いて無いじゃないか」
「狐火程度で鬼が焼けると勘違いしてもらっちゃ困るよ」
「それは残念」
狐火を無効化したカラクリ。
萃香は白い炎の膨大な熱量を周囲に広く散らし、物を燃やす力を失わせたのだ。
そうすれば、狐火はただの灯りに成り下がる。
「ふむ。……じゃあ、やっぱコイツで斬らなきゃ駄目かねぇ?」
藍は誇示するように直刀を見せびらかし、最後に萃香の方へぴたりと切っ先を向けた。
「ん~、斬れるかな?」
腕を組み、少しおどけた風に萃香は返す。
「斬るさ」
一歩を踏み出し、藍は右手一本で直刀を構える。
左手は突き出して直刀の切っ先を目指し、引かれた右手は傾げられた顔のすぐ側に。
両足を前後に広げ重心を落とし、その姿は必殺の刺突を予見させる。
「そうかい」
応じ、萃香は藍と違って構えも何も無く一歩を踏み込んだ。
交錯する視線。
次の瞬間二人の姿は掻き消え、両者の中間点から硬質物が激突する音が鳴り響いた。
荒野に立つは二人。
彼方、手首の鎖をぴんと張って迫る直刀を受け止めた萃香。
此方、渾身の刺突を相手の喉元まで滑らせながら受け止められた藍。
「止めたか。……これも、矜持ある故、か?」
「当然よ。あんたみたいなのに、遅れを取る訳無いじゃない」
「ふーん」
至近の会話後、藍は突き込んだ直刀を一瞬下げる。
下げるよりも早く改めて突けば、撓んだ鎖を容易く突破できる。
しかし萃香は下げた直刀と同じタイミングで踏み込んできた。
予定外の力を込められ、想定よりも直刀が下がる。
想定外の事態に藍の思考が一瞬止まり、その一瞬で萃香の右手が直刀の鎬を掴んだ。
「この距離でこういう業物は、さぞ邪魔だろうねぇ?」
鬼が笑った。
咄嗟に藍は直刀を取り戻そうとしたが、萃香の膂力がそれを阻む。
「喰らえっ!」
萃香の左手が硬く強く握り込まれ、膨大な鬼力を乗せて撃ち込まれる。
同時に藍も踏み込むと、全身の筋肉を緊張させた。
どれほど膂力があろうとも、打点が狂えばその威力は激減する。
藍は萃香の拳を腹筋で受け、受けたと同時に身を捻り、その破壊力を身体に留めず通過させていく。
最終的に藍が受けたダメージは微々たるもの。
萃香は自らの拳の感触で、ソレを悟った。
「ぬ?」
「っち」
藍はその間に直刀を引き抜こうとするが、その行動はまたも鬼の握力に阻まれる。
(なんて力してやがる!?)
藍に刀を捨てるという選択肢はない。
自分は斬ると言った以上、この鬼は叩っ斬る!
「んのぉ!」
藍が萃香のホールド解除に手間取る間に、再び鬼の腕が振るわれる。
藍は萃香の腕を、自分の左腕で遮った。
ガード越しにも腕が潰され、苦悶を浮かべる藍。
藍の動きが止まった瞬間、再び萃香の拳が打ち込まれる。
今度こそ守れず、藍の身体はくの字に折れた。
「が……っぐ……」
萃香は更に追撃しようと拳を振り上げるが、
「……いい加減に……しろ!」
怒声と共に藍は直刀に紫電を這わす。
「痛ぁ!?」
「……っ」
妖狐の雷は直刀に触れていた両者を、等しく焼いた。
しかしその後の反応は、端から相打ち狙いだった藍の方が早かった。
萃香の手が離れた瞬間、後ろに跳躍して距離を取る。
一瞬の間。
これを逃すまいと藍は直刀を頭上に掲げ、空を仰ぐ。
「オオおおオオおおおおォぁアアあああアアアアアああアアア!!!」
そして、咆哮。
すると曇り空から一条の雷が落ち掛かり、妖狐に……正確には妖狐の掲げた直刀に降り注いだ。
萃香が手をプラプラと振りながら、退いた藍を見やる。
「……あー……そう来たか……」
萃香が頭を掻いて呟く中、藍は雷を纏った直刀をその鞘に収め、腰に差す。
「さっきのが基本ならコレが応用。幕と行こうか? 小娘よ」
藍は不敵に微笑みながら居合いを構えた。
『……』
またしても、場が凍る。
藍は完全に待ちの姿勢。
対する萃香は油断なく相手を睨み、その意図を読む。
「……ふ」
インステップから切り返し、藍の周囲をサークリング。
更に目線と肩で威嚇し、その間合いに踏み込むべく隙を伺う。
右か左か。
やがて萃香が出した結論。
(どっちもマズイ……待たれてる……)
どれほど揺さぶろうとも、藍は常に萃香に対して正面を向けるのみ。
その意図は、間合いの内側の相手を斬り伏せる。
たったそれだけである。
萃香はいつの間にか、首筋に触れていた自分に気づく。
そこには自身の流した血が滴り、衣服を重く湿らせていた。
深紅だった血液は、今や酸化して黒ずんでいる。
(初太刀は完全に見切れなかった……)
中間距離で刀を振るわれれば、まず勝てない。
また百万鬼夜行を避ける相手に、遠距離攻撃も使いづらい。
萃香は自身がもっとも得意とする戦いで勝負したかった。
接近戦。
それもショートレンジより更に近いクロスレンジ。
その間合いでの攻防に分があるのは、先ほど証明されていた。
それになにより……
「絶対ぶん殴って泣かせてやる」
そのためには、直刀を掻い潜って中に入る必要かある。
萃香は片手に妖鬼を萃めて凝縮し、掌大の球状になったそれを藍へ放った。
緩やかな軌道、さして大きくは無い球。
密度こそ恐るべきものだが、どう考えても当たる筈がない。
藍も、そして萃香もそんなことは承知の上。
藍は鬼弾を視界に納めつつ、萃香に意識を注ぎ込む。
萃香はその手に鎖を握り、藍は直刀の柄を握る。
ゆらり……藍は一歩、右に寄る。
それだけで、鬼弾の軌道からは外れてしまう。
藍はあえて視線を萃香から鬼弾に流す。
刹那、萃香の手から凄まじい轟音と共に鎖が伸びる。
これありを予期していた藍は、首を捻って鎖を避けた。
風切り音で耳が潰れたのも構わず、藍は腰を落として溜めを作る。
それは駆ける為の前動作。
相手が崩しに失敗したここが勝機。
藍は萃香に向って、一太刀で切り捨てる為の一歩を踏み出す。
「そこ!」
その瞬間に萃香の手首が翻り、藍の背後で鎖が撓る。
萃香が操る鎖は軌道を変え、その先端は自身が放った鬼弾を射抜く。
「え!?」
その位置は藍の左後背にして、決して遠くない距離。
至近距離とも言える間合いで射抜かれた鬼弾は、轟音と共に爆ぜ割れる。
「っち!」
舌打し、藍は自分が読み合いに遅れを取ったことを悟る。
自身で掛けた前ベクトルは爆発の衝撃に煽られて、既に身体を支え切れない。
藍は中空に身体を投げ出し、そのまま前宙。
僅か一挙動でボディバランスを回復させる。
着地と同時に周囲を索敵。
予想通り、視界の中に鬼はいない。
既に先手を取られっぱなしなのは判っていた。
藍は相手の攻撃に対して居合いを合わせることを選択。
その場に留まり、改めて柄を握る。
「……」
短い静寂。
藍の不幸は、この日の天候。
曇りでは影が濃く移らない。
藍の幸運は、爆発で帽子が飛んでいたこと。
例え耳が潰れていても、敏感な耳先の体毛は、上空の空気の乱れを感知した。
(真上!?)
「坤軸の、大鬼!!」
萃香の大声が響き渡る。
ようやく回復した聴覚が、声と共にその落下音を捉えた。
凄まじい質量の物体が迫っている。
考えるより早く身体だけ反応した。
藍は咄嗟に狐火を真下に叩きつけて大地を深く穿つ。
同時に身体ごと狐火を纏って穴に飛び込む……いや、倒れこむ。
藍の行動は間一髪、萃香の落下直前に成立していた。
ズドン、という音と共に大地に振動が走る。
藍は土中でソレを感じた。
(好機!)
既に居合いなど撃てよう筈もないが、此処から放つ技がそれだけとは限らない。
藍は凄まじい雷氣を纏った直刀を抜き放つ。
そして大地に向かい、突き立てた。
藍の貌に笑みが浮ぶ。
体勢が悪い。
このまま放てば自爆も在りうる。
「矜持なんて持ってないけど……ね」
それでも、藍は躊躇わない。
自身の妖気を力に換えて、直刀が纏った雷に乗せて解き放つ。
「……死ぬより嫌いなんだよ……負けるのはさ……」
土中で暴発したエネルギーは、そのベクトルを上と横へ広げていく。
膨大なエネルギーの奔流に呑まれながらも、藍は頭上の萃香と共に中空へ吹き飛びながら、なお不敵に呟いた……
* * *
一瞬、何で宙に浮いているのか萃香は分からなかった。
藍を踏みに行き、その時の感触から不発に終わった。
それを悟った辺りから、記憶がすっぽりと抜け落ちている。
気付けば身体に萃めた力もすっかり抜け、普段どおりのサイズに戻ってしまっていた。
(……踏んだ後、あいつの起死回生の何らかの一撃を喰らった……?)
それなら合点が行く。
という事は、こうもぼんやりしているのは冗談じゃ済まされない。
そう思い至った瞬間、虚ろに世界を見つめていた両の目に光が戻り、萃香は首を巡らし藍を探す。
「居た」
今度は藍が真上。
頭を下にして滑空しながら直刀を振り被っている。
その口元に、勝利を確信した笑みさえ浮かべていた。
想像を超えて強いあの狐。
既に自由に出来る力は少なく、また他から萃めるだけの時間的余裕は無い。
空に寝そべる格好の萃香に対し、藍は殆ど直滑降だ。
速度差は考えるまでも無く藍の方が速い。
「終わろう!? 萃香!!」
裂帛の気合と共に、藍は間合いに入った萃香目掛けて直刀を振り下ろす。
迫り来る刃。
充分に速度の載った一閃は、今の萃香に捌く事は難しい。
全身を疎にして散らしても、そのまま優位な位置を取れる程の余力は無い。
萃香は接触の瞬間に的を絞る。
そして刀が通過する刹那の分だけ身体を疎に、すぐに萃めて再びその場に現れた。
「っ!?」
「ぁ」
消えて、またその場に現れるという避け方をした結果、瞬く間に萃香と藍の距離が空中で零になる。
藍にとって、また萃香にとっても、考えもしなかった事態である。
だが驚いたままの藍と違い、萃香は笑みを浮かべた。
鬼の頭は玄武の甲羅に迫るほど硬い。
そして速度差もそのままに、二人は額どうしを派手にぶつけ合った。
星が舞う。
「……ぇ?」
ソレを最後に藍の目が見えなくなった。
目を閉じているからだと判断するのにも時間がかかった。
既に藍はぼろぼろであり、最早動く力などまるで残っていない。
(コレが……鬼か……)
薄れ行く意識の中で、此処までの死闘を振り返る。
総じて強い。
しかし……
「負……けたく……ねぇ……」
その執念だけが藍の瞳に光を燈す。
頭が痛い。
最後の光景から、おそらく喰らったのは頭突きのはず。
藍はその推測から現在の状況に当たりをつける。
(斬りつけに行って頭突き……私は仰け反って萃香は多分……)
藍は九尾を勢いよく振り、中空で回転して姿勢を制御。
見れば、萃香もまた身体を丸めて重心を制御していた。
両者はやや離れた位置にて着地する。
喘ぎにも似た呼吸はどちらのものか。
それすら判らぬほどに疲弊した鬼と妖狐
「お前さ」
「あ?」
「何でまだ立てる?」
心底からの疑問なのは間違い無い。
藍は直刀を萃香へ向けはするものの、切っ先が安定しなかった。
「そりゃあ、負ける訳にはいかないからさ」
「……」
「あんたみたいに、矜持も何も無い輩に、この誇り高き鬼が負ける訳にはいかない」
応えながらも、萃香はもう自分が殆ど気力だけで立って居るのを理解している。
三度、場が膠着した。
お互い、後一撃を撃てるかどうかも怪しい有様。
その事は互いに分かっている。
手負いの獣同士の睨み合い。
先に動いたのは萃香だった。
大きく深呼吸した後、全く諦めていない瞳を藍へ向け、ざ、と一歩を踏む。
「……まだそんな目が出来るのか」
自分へ向けて二歩目を踏んだ萃香に、藍は呟く。
藍は既に心身共に限界であり、萃香とて同じだろう。
それでも尚、炯々と光る強い眼光。
藍はそこに自身には無いモノを見た。
「矜持故、か?」
これに、三歩目を踏んだ萃香は応えた。
「当たり前よ」
言葉通り、さも当然といった雰囲気を纏い、萃香は四歩目を踏む。
彼女の目前で、藍の持つ直刀の切っ先が揺れていた。
その切っ先の向こう、萃香は藍の顔を見る。
「なにが可笑しい」
藍の口元や、目が明らかに笑みを形作っていた。
その笑みを崩さずに、彼女は正直に答える。
「いや、馬鹿だなぁコイツ。と思ってさ」
「……馬鹿ぁ?」
思いもしない言葉に、萃香の柳眉が跳ねた。
「訂正しなさいよ」
「断る」
無下に言い、藍は半歩引いて直刀を担ぐ。
表情からは笑みが消える。
その身体には今までどこに眠っていたのか、という程の妖気が溢れていた。
「まぁ良いじゃないか、そろそろ喧嘩も終わりだろう? 紫様の起床にこれ以上遅れるのは、具合が悪い」
対し、萃香は身の内に残る力を全て費やして、気合負けしないよう全身に活を入れる。
「……安心しなさい。這い蹲ってるあんたが此処に居るって、ちゃんと紫に教えてあげるから」
しばし睨み合い、
「っは」
「ふん」
同時に鼻で笑った事を合図に、最後の激突が開始される。
藍は肩に担いだ直刀を神速で萃香目掛けて打ち下ろし、萃香は電光石火の踏み込みから、残りの力を萃中させた拳を藍へと叩き込む。
そして―――
* * *
藍の身体が空に舞う。
大地に佇むのは萃香。
藍の直刀は萃香の角に阻まれ、その半ばまで切り裂くまでが限界だった。
「っぜ……っは……」
荒い息をつき、鬼はその場に座り込む。
遠のく意識を手繰り寄せ、なおも狐を睨む。
萃香の拳で打ち上げられた藍の身体は、受身を取ることもせずに落下し、硬い大地に叩きつけられた。
(あー……まーた負けたのか……)
藍は虚ろな意識の中で考える。
地面に落ちた衝撃すら、今の藍には他人事だった。
(死ぬ……かな……)
それすら、最早どうでも良かった。
勝負の間は負けたくないと強く思い、勝利を得るために最大限の死力を尽くした。
しかし、終わった後には常にこんな感想しか出てこない。
(ああ……そうか)
勝利も敗北も、藍に取ってはそんな諦観めいた納得しかもたらさなかった。
ぼんやりと、藍は思考する。
(私は……何時からこうなった……)
思い当たる節は一つしかない。
それは二人が出会った日まで遡る記憶。
紫の式になったとき。
岩の中で眠りについた一匹の妖狐は、しかしその後に再び生を受けた。
永らえたいとは思っていなかった。
『コレで眠れる』
最後の時もそう考えていた。
しかし、まだ終わりではなかった……
あの時から『藍』となった妖狐は、その内に凄まじい虚無感を抱くこととなったのだ。
―――生き残ればもうけもの、死んでもまた、あるべき姿に還るだけ。
藍の手から直刀が零れ落ちる。
何があっても離さなかった刀。
それが手を離れたとき、藍の敗北は決定した。
(ああ……こんなものか……私も)
傷だらけの精神を、傷だらけの身体が包みこむ。
そんな妖怪に常の諦観がのしかかり、藍は静かに瞳を閉じる。
五感から入ってくる情報が忌々しかった。
全てを閉じたつもりでも、その聴覚は自分に迫る小さな足音をしっかりと捕らえていた。
(五月蠅いよ……)
声を出すことも億劫な藍は、その足音を聞きながらため息を吐いた……
* * *
藍が耳に残る嫌な音を立てて地面に落ちたのを見届けた後、萃香は周囲から力を萃めつつ立ち上がった。
「あいつ……なんで受身すら取らないかな」
不満気に口にし、力が徐々に回復していくのを感じながら藍へと歩く。
取り敢えず、泣いて這い蹲らせて謝らせなければならない。
紫にどうこうはその後で。
うんうんと頷きながら歩き、藍の近くまで来た萃香は足を止めた。
めきった、己に関する何もかもを蔑ろにするような溜息を藍が吐いたからだ。
柳眉が跳ねる。
「…………」
その溜息を自分なりに理解した萃香は、止めた足を再び進めて藍の傍に立ち、
「っざけんなこの馬鹿!!」
思い切り罵声を浴びせた。
当なら蹴りも見舞ってしまいたい所だったが、藍の有様を見るに今蹴ったら死にかねない。
だから声だけに留めたのだが、藍は何の反応も示さなかった。
それが余計に萃香を怒らせる。
(なんなのこの態度!?)
喧嘩の決着後、互いの健闘を称え合えなどと言うつもりはない。
勝者が敗者を徹底的に踏み躙ろうが、敗者が勝者に呪詛の言葉を喚こうが自由である。
だが藍の態度だけはいただけない。
矜持も誇りも持たぬと言い、挙句敗れたらこの態度。
力や技術こそ流石と思わされたが、最後の最後でぶち壊しだ。
罵声一つでは物足りないくらい、言ってやりたい事が沢山ある。
しかし今の藍の状態では、何を言っても、また何をしようともまともな反応は返すまい。
何せ、生死すらどうでも良いという顔をしているのだから。
業腹のままに言葉を連ねたところで、暖簾に腕押しでは腹が煮えるばかりである。
「…………」
萃香は少しの間苛立たし気に藍を見下ろしていたが、一つ息を吐いて踵を返した。
(……ああでも、これだけは言っておこう)
歩み出した辺りで思い、結果一歩で足を止めた。
「あんたさ、喧嘩の間はあんなに一生懸命だったのに、何で今そうやってだらけてるか、分かる?」
背を向けたまま萃香は言う。
当然のように藍からの返事は無く、また元から返事を期待していない萃香は構わず続けた。
「それはね、悔しいと思ってないからさ。負けを簡単に享受して、そうやって諦めていれば楽だからね。もっとも、矜持も誇りも無いあんたにとっては、それが当たり前なんだろうけど」
尚も言う。
「でも、だったら何で喧嘩の最中はああも一生懸命だったのかな?」
「…………他人に何が解る?」
返事があった。
だが、今度は萃香が応えない。
そして、言うだけ言ったとばかりに萃香は自身を疎として散らし、荒野から姿を消した。
一生懸命という事は、譲れない何かがあるという事。
譲れない何かがあるという事は、即ち拘る何かがあるという事。
拘る何かがあるという事は、その何かを侵されるのを厭うという事。
そして、萃香は朧気ながらも藍の言葉を聞いていた。
負けたくない、という言葉を。
口にする程に負けたくないという事は、どうあっても勝ちたいという事だ。
執念と言い換えて良い位の、勝つ事への強い思い。
萃香の感覚では、それは容易に矜持に繋がるのである。
だから、矜持を持たないと言った藍への皮肉として言ったのだ。
いつか彼女がそれに気付き、複雑な顔をするであろうと考えて。
そしてその時は……
(旨い酒交わせないかなぁ)
旨い酒は良い物である。
飲み交わす相手がいれば、なお宜しい。
そんな日が来る事を思いつつ、萃香はのんびりと思考に沈む。
現世に残った唯一の鬼は、次の宴を求めて幻想郷に溶けていった……