私はあの花火の光が好きだ。なぜなら、人間の命のように、あっけなく儚く散るからだ。
老いる事も死ぬ事も無い私にとって、あれは憧れの存在だ。あんな風に簡単かつ華麗に、あっけなく死ねたら、どれだけ素晴らしいだろう。
でも私は死ねない。どれだけ足掻いたとしても壊れることはあっても死ぬことは許されない。ならばせめて生も死も無い状態を楽しめるだけ楽しむ。輝夜が居る分それは満たされている。
ではこの想いは何だろう。何故まだ、花火を見るとあの儚さに憧れる。
沢で行われている花火大会で、私は複雑な気持ちになっていた。交わされる弾幕はどれも綺麗なのだが、自分は隠れて見ているだけで、どうも実際に弾幕を披露しようという気にはなれなかった。
私はそんな大会を、弾幕を眺めたり、来ている人間を観察したりして私なりに楽しんでいた。そうした折に、弾幕コンテストを眺めている人混みの中に、私は小さくうずくまる少女を発見する。
「何をしているんだ?」
私は少女と目線ができるだけ近くなるようにしゃがんで、少女と向きあいながら、声をかける。最近は、ぽつんと一人でいる人間がいると声をかけてしまう。というのも、竹林にいた妖怪ハンターが居なくなって以来、迷い込んだ人間を救うというのがここ数十年の日課だからだ。
その少女に対し、竹林に迷い込んだ人間と似たような孤独感を感じた。
暗くて正確な見た目はわからないが、少女はブロンド髪に紅白の服を着ているようだ。それに、よく見たら背中に羽が生えているじゃないか。妖怪か?
「お姉様と、はぐれちゃったの」
「はぐれた? こんな人混みの中だから?」
「うん。待ってた」
「待つ、って……人が多いから、その、お姉様は見つけられないかもしれないよ?」
私は少し試すように少女に聞いた。
「いや、見つけてくれる。きっと、探してくれてる」
少女は何かを確かめるように断言した。
「そうか。信頼してるんだな、お姉さんのこと」
「もちろん。あんな姉だけど、私を見捨てたりはしない」
「お前のお姉さんってのは、どんな人なんだ? その口ぶりだと、尊敬しているのかけなしているのかわからない」
「うーん、私もわからないわ。ごちゃごちゃ言うけど、自分で生活のことできないし、突然の思い付きや興味で周りを振り回すし……」
「そう言われると、ただ馬鹿な奴にしか思えないな」
「おまけに、あいつ、いつも何でもかんでも最初からわかったふりをするのよ。付き合ってると嫌になる」
「……本当にお姉さんを信頼しているのか?」
「だから、わからないわ。ただ一つ言えるのは……それでもお姉様が私を想ってくれている、ってことなのかもしれないわ。普段は態度にも出さないけれど」
「そうか。ははは」
私は何かおかしくなって、笑ってしまった。
「どうしたの? この話に面白いとこでもあった?」
「いやあ、似ていると思ってな。私とあいつの関係にさ」
「あいつ、って?」
「一言で言えば、腐れ縁だな。友人とも違う。どちらかと言えば、宿敵だ。今は落ち着いたが、それでも今だってあいつが憎い。顔を合わせれば殺し合うし、父親の敵だし、私をこんな目に合わせた張本人だ」
「どこが似ているの? 私とお姉様とは違うように思うわ」
「それが驚くほど似ているのさ。私はあいつをある意味で、信頼しているからな」
「やっぱり、違うと思うわ。私とお姉様にあるのは、そんな信頼感じゃない」
「じゃあ聞くが、お姉さんと殺し合うことはあるか?」
「殺し合い、って言えるかどうかはわからないけど、喧嘩はよくする」
「お姉さんのことが憎いか?」
「憎いって言葉が強すぎて、わからないわ」
「じゃあ質問を変えよう。お姉さんを邪魔に思ったことがあるか?」
「あるわ。さっきもそうだったかも」
「お姉さんを殺したいと思ったことはあるか?」
「多分、あるわ。あいつはそう簡単に死なないけど」
答えを聞きながら、私は急に趣向を変えた質問をする。
「お姉さんにどこかへ行ってほしくないと、願ったことはあるか?」
「ある。いつもそう思ってる」
「お姉さんに救われたことはあるか?」
少女は少しの間押し黙って、やがて答えた。
「……あるわ」
「ほら、やっぱり似てるじゃないか」
少女は少し泣きそうになって答える。
「腑に落ちないわ。だって私とお姉様、貴女とその宿敵とでは、別の関係なんだもの」
私はバツが悪くなって、軽い弁明のようにそれに応える。
「ああ、少しからかって悪かった。そういう物だよな。人から話を聞いたときに、頭の中に生じるものってのは、得てしてその人の体験とは全く異なるものだ」
同じことは、書物を読んだ時も起こる。書物を読んだ時に私の中に創られる物は、模型みたいな物だ。外にある物が、私というフィルターを通じて、人によっては奇怪で、それでも自分にとっては美しい幻想へと変化する。絶えず人の世は、そうやって動いている。
「いいえ。私も少し、ムキになっていたかもしれないわ。そうよね。人から人へと物語が繋がって、それが絶えず変化しながら続いていく。そこに、同じ瞬間が起こることはまずありえないわ」
「そうだな。だからこそきっと、一見同じことの繰り返しでも、面白いんだな」
私は立ち上がって、ふと目を少女の背後に向ける。しゃがむ姿勢を長く続けていたせいで、少し腰が痛い。
目を向けた先には、青髪の少女の姿があった。
「あれは、レミリアか?」
名前を呟いた私に対し、金髪の少女が驚いた様子で話してきた。
「あれ、お姉様を知っていたの?」
「お姉さんってのは、レミリアのことか。羽とか、似てないんだな」
「ええそうね。でも、お姉様はお姉様よ」
青髪の吸血鬼は、こちらに向かって手を振っている。妹に来いと合図しているらしい。
「お姉様が呼んでるから、私はいかなきゃ」
「そうか。お姉さんにもよろしくな」
「ありがと。名も知らない人間さん」
「じゃあ、な」
「やっぱり、貴女も行かない? お姉様は多分、花火大会の余韻を楽しむつもりだわ。何だかんだ言って、お姉様の遊びに付き合うのは楽しいから」
そう言って少女は振り返り私を誘う。
ちょうどその時。私の後ろから、パッ、と大きな弾幕の光が差し込んで、少女の背中を明るく照らした。
どうやら、花火大会の〆のようだ。会場全体が最後だというムードに包まれている。
その刹那、少女の背中の羽は色を取り戻した。
さっきまでは暗くてよくわからなかったが、ぴかぴか輝くその羽は、その羽の色は……。
「夢色だ……」
「どうしたの?」
私の頬に、熱い何かが伝わった。
「ダメだ。私は花火を魅せる側にはなれないんだ……」
私は、夢色の故郷を思い出していた。いや、思い出してしまったのだ。少女の背中の羽の色は、あの、故郷の父が遺した難題に対する一つの答え、つまり……。
蓬莱の玉の枝の偽物に、そっくりだったからだ。
老いる事も死ぬ事も無い私にとって、あれは憧れの存在だ。あんな風に簡単かつ華麗に、あっけなく死ねたら、どれだけ素晴らしいだろう。
でも私は死ねない。どれだけ足掻いたとしても壊れることはあっても死ぬことは許されない。ならばせめて生も死も無い状態を楽しめるだけ楽しむ。輝夜が居る分それは満たされている。
ではこの想いは何だろう。何故まだ、花火を見るとあの儚さに憧れる。
沢で行われている花火大会で、私は複雑な気持ちになっていた。交わされる弾幕はどれも綺麗なのだが、自分は隠れて見ているだけで、どうも実際に弾幕を披露しようという気にはなれなかった。
私はそんな大会を、弾幕を眺めたり、来ている人間を観察したりして私なりに楽しんでいた。そうした折に、弾幕コンテストを眺めている人混みの中に、私は小さくうずくまる少女を発見する。
「何をしているんだ?」
私は少女と目線ができるだけ近くなるようにしゃがんで、少女と向きあいながら、声をかける。最近は、ぽつんと一人でいる人間がいると声をかけてしまう。というのも、竹林にいた妖怪ハンターが居なくなって以来、迷い込んだ人間を救うというのがここ数十年の日課だからだ。
その少女に対し、竹林に迷い込んだ人間と似たような孤独感を感じた。
暗くて正確な見た目はわからないが、少女はブロンド髪に紅白の服を着ているようだ。それに、よく見たら背中に羽が生えているじゃないか。妖怪か?
「お姉様と、はぐれちゃったの」
「はぐれた? こんな人混みの中だから?」
「うん。待ってた」
「待つ、って……人が多いから、その、お姉様は見つけられないかもしれないよ?」
私は少し試すように少女に聞いた。
「いや、見つけてくれる。きっと、探してくれてる」
少女は何かを確かめるように断言した。
「そうか。信頼してるんだな、お姉さんのこと」
「もちろん。あんな姉だけど、私を見捨てたりはしない」
「お前のお姉さんってのは、どんな人なんだ? その口ぶりだと、尊敬しているのかけなしているのかわからない」
「うーん、私もわからないわ。ごちゃごちゃ言うけど、自分で生活のことできないし、突然の思い付きや興味で周りを振り回すし……」
「そう言われると、ただ馬鹿な奴にしか思えないな」
「おまけに、あいつ、いつも何でもかんでも最初からわかったふりをするのよ。付き合ってると嫌になる」
「……本当にお姉さんを信頼しているのか?」
「だから、わからないわ。ただ一つ言えるのは……それでもお姉様が私を想ってくれている、ってことなのかもしれないわ。普段は態度にも出さないけれど」
「そうか。ははは」
私は何かおかしくなって、笑ってしまった。
「どうしたの? この話に面白いとこでもあった?」
「いやあ、似ていると思ってな。私とあいつの関係にさ」
「あいつ、って?」
「一言で言えば、腐れ縁だな。友人とも違う。どちらかと言えば、宿敵だ。今は落ち着いたが、それでも今だってあいつが憎い。顔を合わせれば殺し合うし、父親の敵だし、私をこんな目に合わせた張本人だ」
「どこが似ているの? 私とお姉様とは違うように思うわ」
「それが驚くほど似ているのさ。私はあいつをある意味で、信頼しているからな」
「やっぱり、違うと思うわ。私とお姉様にあるのは、そんな信頼感じゃない」
「じゃあ聞くが、お姉さんと殺し合うことはあるか?」
「殺し合い、って言えるかどうかはわからないけど、喧嘩はよくする」
「お姉さんのことが憎いか?」
「憎いって言葉が強すぎて、わからないわ」
「じゃあ質問を変えよう。お姉さんを邪魔に思ったことがあるか?」
「あるわ。さっきもそうだったかも」
「お姉さんを殺したいと思ったことはあるか?」
「多分、あるわ。あいつはそう簡単に死なないけど」
答えを聞きながら、私は急に趣向を変えた質問をする。
「お姉さんにどこかへ行ってほしくないと、願ったことはあるか?」
「ある。いつもそう思ってる」
「お姉さんに救われたことはあるか?」
少女は少しの間押し黙って、やがて答えた。
「……あるわ」
「ほら、やっぱり似てるじゃないか」
少女は少し泣きそうになって答える。
「腑に落ちないわ。だって私とお姉様、貴女とその宿敵とでは、別の関係なんだもの」
私はバツが悪くなって、軽い弁明のようにそれに応える。
「ああ、少しからかって悪かった。そういう物だよな。人から話を聞いたときに、頭の中に生じるものってのは、得てしてその人の体験とは全く異なるものだ」
同じことは、書物を読んだ時も起こる。書物を読んだ時に私の中に創られる物は、模型みたいな物だ。外にある物が、私というフィルターを通じて、人によっては奇怪で、それでも自分にとっては美しい幻想へと変化する。絶えず人の世は、そうやって動いている。
「いいえ。私も少し、ムキになっていたかもしれないわ。そうよね。人から人へと物語が繋がって、それが絶えず変化しながら続いていく。そこに、同じ瞬間が起こることはまずありえないわ」
「そうだな。だからこそきっと、一見同じことの繰り返しでも、面白いんだな」
私は立ち上がって、ふと目を少女の背後に向ける。しゃがむ姿勢を長く続けていたせいで、少し腰が痛い。
目を向けた先には、青髪の少女の姿があった。
「あれは、レミリアか?」
名前を呟いた私に対し、金髪の少女が驚いた様子で話してきた。
「あれ、お姉様を知っていたの?」
「お姉さんってのは、レミリアのことか。羽とか、似てないんだな」
「ええそうね。でも、お姉様はお姉様よ」
青髪の吸血鬼は、こちらに向かって手を振っている。妹に来いと合図しているらしい。
「お姉様が呼んでるから、私はいかなきゃ」
「そうか。お姉さんにもよろしくな」
「ありがと。名も知らない人間さん」
「じゃあ、な」
「やっぱり、貴女も行かない? お姉様は多分、花火大会の余韻を楽しむつもりだわ。何だかんだ言って、お姉様の遊びに付き合うのは楽しいから」
そう言って少女は振り返り私を誘う。
ちょうどその時。私の後ろから、パッ、と大きな弾幕の光が差し込んで、少女の背中を明るく照らした。
どうやら、花火大会の〆のようだ。会場全体が最後だというムードに包まれている。
その刹那、少女の背中の羽は色を取り戻した。
さっきまでは暗くてよくわからなかったが、ぴかぴか輝くその羽は、その羽の色は……。
「夢色だ……」
「どうしたの?」
私の頬に、熱い何かが伝わった。
「ダメだ。私は花火を魅せる側にはなれないんだ……」
私は、夢色の故郷を思い出していた。いや、思い出してしまったのだ。少女の背中の羽の色は、あの、故郷の父が遺した難題に対する一つの答え、つまり……。
蓬莱の玉の枝の偽物に、そっくりだったからだ。
最後がとても好きです……
好きです
キャラの関係性がすごくよかったです