・0・
「幻想の形を骸に仕立て上げ」
・1・
瞳に捉えれぬ空気は深々としており、瞳に映る灰塗りつぶしの一枚絵空からは津々と、
白
が 降
っ
て い
た
暦の上ではもう春になっていてもおかしくないのだが。
一向にその気配は見えず、いまだに冬は去っていない。
はあっ、と吐く息はどこまでも暗い寒さに解けて儚く。
一拍。
こひゅうっと、氷水のような外気を肺に入れると、掌の上に、
氷晶が
絡み合って
一つになり
飛んで
いたもの――天から贈られてきた手紙が、落ちて解けていく。
その様を見て、一人の少女はチョコレートシフォンのマフラーを少し強く巻き直し。
一拍。
くるりと背後へ振り返り、鮮やかで瀟洒なルベランスを贈って。
そうしてまた彼方へと振り返り、あたかも宙にある階段を昇るかのように。
始まりの一歩を、踊るような軽やかな一歩を優雅に踏み出した。
少女は灰と白のあやふやな世界を切り裂くように、天を駆ける。
その背中を主人たる少女は見つめ、それを肴にグラスを傾けた。
・2・
弱い黒幕、極楽浄土へ送った猫、悩みのない七色、騒霊の楽団、ナイフで切れる幽霊。
およそ障害と呼べぬものを退け、幻想郷中から掻き集めて作られた春の夢を一人行く。
この先にいる者、それを速やかに倒して終り。
幕引きはそこだ、宵越しの夢はもうすぐ終る。
邪魔さえ、入らなければ。
・3・
これ以上踏み込んで
お嬢様に殺されても知らないわよ!
死人のくせに五月蝿いな
一度負けて折れず、二度来るとは諦めが悪い。
まあ良いさ。言って聞きゃしないだろうから。
正しい従者とはそういう者であるべきだから。
主人の元へ行かせないように、足掻く健気さ。
さあさ、とっておきのスペルカードを出せ。
それさえもタネ無しで切って見せましょう。
奇術と剣術、どちらが魅せられるか確かめてみるかい?
・4・
スペルカード発動、と呼ばれるその行為。
ほぼ同時に光華が咲いて咲いて狂い咲き。
刀よ閃け、一念不乱に!
全力、ただ一切の全力!
魂はこれを 揮う、だけ
さあさあ さあああ!
逝くぞ 我が刀
振り 下す
斬 「一念無量劫」 光
唸り 飛ぶ
目前の 難敵を
退ける為 全身全霊
走れ斬線! 一切、合財
全てという、全てを――
――――斬り捨て、御免
「放たれた」
貴方の時間も、私のもの
刀で止めるなんて不可能
さあ止まれ 止まれ時よ
私以外の 全て、を
カチッ カチッ
カチ カチ
停 「プライベートスクウェア」止
カチ カチ
カチッ カチッ
歯車の音 懐中時計
途切れれば 時間、再生
既に仕掛けたナイフの罠
貴方は避けられるかしら
使い手の生き様や信念、あるいはそれに良く似た何か。
極限まで煮詰めた末の、唯一無二の煌きのような何か。
・5・
春風の花を散らすと見る夢は
さめても胸のさわぐなりけり
・6・
桜雲の中へと、潜るように飛んで。
咲き乱れる桜の色彩にあてられる。
一つの色が一面を埋め尽くすという狂気の風景。
ああしかしだ、これでこそ冥界だよなと思った。
馬鹿馬鹿しいほどに愚かな華やかさ。
死者を騙すのにはうってつけだろう。
悪趣味だが、豪華絢爛たる桜の群を見れば、死んだ愚痴も紡げない。
出るは感嘆の溜息。そうして怨み辛みも忘れてしまうのだ。きっと。
咲き散る桜花は、生と死のメタファー。
正しい姿、なのかもしれない。多分に。
・7・
亡骸は一箇所に集めるから
美しいのよ
春も桜も同じ・・・
春と桜は良いけれどね
そもそも亡骸は美しくないし
集まっても辛気臭い花見になりそうよ
だから、と互いの声が重なった。
必ず地上で花見を行うわ、姫の亡骸!
必ず封印を解いてみせる、悪魔の犬!
・8・
身のうさを思ひしらでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば
・9・
ゆらり
揺れて揺れる扇
一振りから一匹の蝶
千の振りからは千の蝶が
無限の振りから
夢 幻 蝶
が出で
る
その舞は幽玄の極み。
扇が揺れ、その軌跡から蝶が生ずる。
幾度も、くるくると少女は舞う。
扇は揺れ、また軌跡から蝶が生ずる。
くるりくるり。くるくるくるり。
扇と揺れ、ああ軌跡から蝶が生ずる。
桜散り、蝶へと変る。
・10・
はっ、まるで手妻の見本だわ。
胡蝶の舞という奴だろうかね。
では、こちらも趣向を凝らした手品を。
無論、一切のタネ無しの正真正銘のを。
これにて最後だ、見逃しなく。
いつも終りは儚いものだから。
静かに目を伏せ、芯にある感覚だけを開いた。
そうすれば、いつもどおりの世界が広がっていた。
あとはナイフを投げて、幕を引かせてもらう。
――空間が止まっていて尚、風切り音が響く。
呼吸の音とそれ以外、その世界には響かない。
停止
ただ一つの、生まれ与えられた能力をフル稼働させて
呼吸一つを置いて、世界、全てを支配下において
ありったけのナイフを眼前に投擲する――!
再生
停止
狂うほどに投げる、花の全てを流すような怒涛の射
銀の一閃 花流れが如くに投げる、投げる、投げる投げる
爆ぜて 千の蝶の隙間を縫うように、正確に正鵠を
! 再生
停止
作られた春の夢、散る花びら、揺らめく蝶、全停止
――チェックメイトだ。隙間が空いているぞ?
ああ、もう玉切れか……停止も限界だわ
再生
・11・
そして、時は動き出す――
・12・
先程までの宴会の喧騒も、夢だったようだわ。
宴の片付けをようやく終えた私はそう思った。
寝息を立てている愛しき主人を抱きかかえる。
その顔には、一片の桜の花びらがついていた。
とるのもどうかと思い、見なかった事にした。
それでは、そろそろお暇しますねと巫女に告げる。
巫女はただ一言。ああそう。さようならと告げた。
実に巫女らしい、さらりとした返しだなと思った。
さて、では館へ帰ろう。
ああ、ちょっと待ってよ。一言あったわ。
今度からは私の仕事を取らないで欲しい。
背にそんな言葉を受けながら、
花の嵐の中を飛んで帰り行く。
春の暖かさを、眠る主人と感じて。
夜の中を、灯す詩をくちずさんで。
文章の長さは問題ないと思いますが、実験作という点においてプチのほうがよかったかも知れません。
格好いい咲夜が見られて満足です。
雪の結晶やカード、蝶の形を模した文章は見た目が美しいですね。
雰囲気を重視しているのであれば、十分に成功していると思います。
ただ下の方が指摘しているように、読ませるには少々つらいかな、と感じます。
以前、貴方のこんぺ作品「逆さマトリョーシカ」を読んだ時は絶賛されるべき作品だと感じたのですが、今回はどうも片手落ちのように思います。「逆さ」のときはそのフォルマリズム的な手法が、小説のプロットや内部構造と深く絡み合って効果を生み出していたのに対し、今回のものは手法のために文章があるという本末転倒(と言って悪ければ倒錯)が起こっています。手法のために文章がある、というのは、執筆の動機としてはあっていいと思いますが、完成した作品までそれを引きずっているようでは読者に優しくありません。読書体験に視覚を導入するという試みは面白いと思いますがこれはちょっと安易かも。そういう試みなら、清涼院流水などの先人がすでにやってますし。
拙い意見にて御免下さい。
コメントを下さった皆様本当にありがとうございます。
>赤灯篭様
過分なお褒めの言葉ありがとうございます。
そして、読みにくい表現を入れて大変申し訳ない。
形状の変化で視覚表現をしようと思いついて書いたので、きっちりそこまで配慮した文章が出来ませんでした。完全に自分の技量不足です。今後はそこもきちんと練って、またお見せ出来るよう精進します。
>名前が無い程度の能力様
こちらも過分なお褒めの言葉ありがとうございます。
そしてやっぱり読みづらくて申し訳ない限り。
次回もお読みいただけるよう、一層の精進をします。
>つくし様
批評ありがとうございます。そして指摘は全て仰るとおりです。
視覚表現を思いついてそれを書きたいが為に書いたという安易な理由でした。まさに本末転倒です。その上、自虐的にタイトルに形骸という逃げを入れる始末。
読者に優しくないというのは書き手として致命的ですし、さらに先人が既にやっているというのを知らないという無知ぶりを晒して本当に申し訳ない。
技量の向上と知識を増やして、またお読みいただけるよう精進します。
二度目ですが、コメントをくれた皆様には心よりの感謝を。