*初投稿で駆け出し文字書きのためお見苦しい点が多々あると思われます。
*メインキャラは妹紅と慧音です。
*百合っぽくなってたらいいなぁ…。
*長くてすみません。それでもいいって人は読んでください。
読んでいただけるなら下へどうぞ~♪
わたしは彼女のことをどうおもってる?
彼女はわたしのことをどうおもってる?
―こんなにも相手の気持ちを知りたいと思ったのは、これが初めてよ―
~気持ちの名前~
中秋の名月の頃も過ぎて、秋が深くなる。
山の木々が色付き、村の畑には作物が実る。
澄んだ空気の向こうにきれいな青空が見える。
太陽がまだ顔を覗かせたばかりで、あたりは薄暗い。
そんな時間に、人里から少し離れた庵の縁側に人影がある。
縁側に腰掛け、湯飲みに手を沿え、外の景色を眺めている。
湯飲みを傾けて茶を飲み、思わずほぅ…っと息を吐いた。
それに合わせるかの様に風が吹き、髪がさらさらと舞う。
腰まで届く髪の色は青の混ざった銀。
身に着ける服は青が基調のワンピース。
ふわりと膨らんだ袖がかわいらしさをアピールしている。
ただし袖は二の腕の中ほどまでしかなかった。
寒さに強い人間なら半袖でも問題ないかもしれない。
だが、秋の空気は時折冷たいものが混じる。
のんびりと過ごす彼女は寒がる様子を見せない。
微々たる気温の変化を気にも留めない。
時折吹く冷たく強い風に反応するのは銀の髪のみ。
誰かがここにいれば、少女だけ違う世界にいるように見えただろう。
それもそのはず。少女の名は上白沢慧音。いわずと知れた半獣なのだから。
半獣の少女はじっと景色を見る。
薄い青と燃えるような赤。空と山。
そのコントラストに目を奪われている…のではない。
ここからは見えない山の中にある竹林に意識を向けている。
しかし、瞳に映るのは紅葉の赤ばかり。
かと思いきや、少女の視線の先で突然爆発が起こった。
煙が空に舞い、爆発音に驚いた生き物たちがざわざわと騒ぎ出す。
その煙が晴れる前に、今度は火の玉が浮かぶ。
まるで意思を持つかのように動き、先ほどの爆心地へ殺到する。
火の玉同士がぶつかり合い、更に大きな爆発が起こる。
そこから煙を引いて影が躍り出る。
くるりと回り、煙を払うと同時に下から猛スピードで飛び掛った何かを叩き落とした。
再び下から何か…火の鳥が影に向かう。
難なく横に飛びのいた影は、別の影によって吹き飛ばされた。
二つの影はお互い間合いを計るように空に浮かぶ。
静寂。そして次の瞬間。
同時に踏み出した影はぶつかり合う。
単純な力の勝負。
一瞬とも永遠とも思える時の後、ついに片方が墜落する。
もう一方は追い討ちをかけるように近づく。
二つの影が再びぶつかる寸前、遠くから見ても分かるほど濃く鮮やかな弾幕が発生した。
それらは全て落ち行く影に向けて放たれる。
次の瞬間、辺り一帯の大地を揺るがす衝撃が駆けた。
人間の視力の限界を超えた場所でのやり取りを見ていた少女の庵にも地響きが伝わった。
その余韻が消えた頃、山の中には平穏な空気が戻っていた。
太陽は今や完全に顔を出し、世界に朝の光をふりまいている。
* * *
早朝から朝になった頃、ようやく山々に静けさが満ちる。
陽光に明るく照らされた風景をひとしきり楽しむと、すっかり冷めた茶を飲み干した。
空になった湯飲みを傍らに置き、ぐっと伸びをする。
ゆっくりと立ち上がり、今度は身体全体を伸ばす。
かたくなった体をほぐした私は湯飲みを手に取り、台所へと向かう。
朝食の用意をするのだ。私とあいつの二人分。
エプロンをつけ、手を洗い、準備をする。
「あの様子だと、今日も負けたか…」
先刻の光景を思い出し、一人つぶやいた。
思わずため息をつく。
あのような事は別段珍しいことなどではなく、むしろ日常茶飯事の出来事。
だからと言って放っておくことは出来ない。
あいつの事が心配だし、何よりも傷ついて欲しくないのだ。
たびたびそう言っているのだが、いつもはぐらかされてしまう。
「親の心子知らず…といった所か。いや、分かっていてもやめられないのだろうな…」
清々しい朝だというのに暗くなってしまった。
これでは帰ってきたあいつに心配されかねない。
ひとつ頭を軽く振って、ひとまず暗い思考を追い出した。
「よし。やるか」
そして私は朝食の支度に取り掛かった。
・・・・・・
・・・
・
「ただいまぁ~…」
食卓に料理が並び、後は食べるだけ…となった時、縁側の方から間延びした声が聞こえた。
全くいいタイミングでやって来るものだ。
私はまっすぐそちらに向かわず、たんすから着物を一枚取り出した。
それを手に縁側に行くと、予想通りの人物がいつものようにへばっていた。
「おかえり、妹紅」
私の髪とはまた違った銀色の髪を持つ少女。
着ている物は質素なブラウスと赤いもんぺ。
奇妙な服装を違和感なく身に着ける少女は、藤原妹紅という。
不老不死であり、どんな傷を負っても決して死なない。
そして今、服はボロボロに破けて、所々焦げてさえいるので服としての機能を一片たりとも果たしていない。
しかし下に見える肌には傷一つない。不死たるゆえんだ。
肌が見えると普通の少女なら恥ずかしがったりするものだが、これもまた日常なので二人とも気にしない。
気にしてはいないが、何となく気まずいので私は視線をそらして言う。
「ほら妹紅、これに着替えろ」
そういって持っていた着物を差し出す。
少女はむくりと起き上がり、へにゃりと笑った。
「えへへ…ありがと、けーね」
着替えた妹紅と向かい合って朝食を食べる。
よほどお腹がすいていたのか、一心不乱にかき込んでいる。
「そんなに急ぐとのどに詰まるぞ」
「んー。わかってるー」
一応注意してみるが生返事。しかも口の中にご飯を入れたまま。
むっとなって小言を言おうと思っても、おいしそうな顔を見ると言えなくなる。
私の料理をそんな風に食べてくれるのは嬉しいから。
温かい気持ちになって、私はマイペースで料理を食べる。
すると、がつがつと食べていた妹紅が箸をおき、茶を一気に飲み干した。
「ぷはぁっ。ごちそうさま! 」
満足そうな顔だ。
「おいしかった~。おいしいけーねのご飯が食べられるわたしは幸せだな~」
そう言いながら、妹紅はぱたりと後ろに倒れこんだ。
そして数瞬もしないうちに寝息が聞こえてきた。
これは少し珍しい。今日はよほど疲れたのだろう。
「そのまま寝ると風邪を引くぞ」
声をかけても返事はない。どうやらもう眠りの底にあるようだ。
私は少しほっとした。
さっきの言葉で赤くなった顔を見られなかったから…。
それから食事が終わった私はさっさと食器を片付けて、妹紅を布団に運んだ。
妹紅のほうが少し背が高いから、少し大変だった。
布団を掛け、あどけない寝顔をしばしの間見つめる。
すぅすぅと安らかな寝息を立てて眠る妹紅。
不意に、いたずら心が芽生えた。
柔らかい頬を指でつつく。
ふにっとした感触が伝わる。
「ぅ…ん……」
もれた声に、思わず体を引く。
もしかして起こしてしまったか。
心臓の音が少し速くなる。
しかし妹紅は目を覚まさず、ころりと寝返りを打って、また寝息を立てる。
「良かった…起こしてしまったかと思ったぞ」
小さな声でつぶやいた。
「それにしても本当に安らかに眠るのだな…」
楽しい夢でも見ているのか、妹紅の表情がゆるむ。
それを見た私の頬も同じようにゆるんだ。
「うにゅ~……けーね…」
寝言で私のことを呼ぶ妹紅。ささいな事が嬉しいと感じた。
もう一度頬をつつく。…やはり起きない。
それどころか、再び幸せそうな笑みを浮かべた。
妹紅の笑顔、安心しきった寝顔を見ていると信頼されていることが分かる。
『何があるか分からないから、慧音以外の前で無防備に眠ったりしない』と本人にも聞いたことがある。
嬉しい気持ちと同時にわき上がる思い。
「誰も知らない妹紅を、私は知っている」
それは誰とでも、何年も付き合っていれば当然の事かも知れない。
これからも「友人」として付き合うならもっと分かるだろう。
でも、それだけでは物足りない。
もっともっと知りたい。
妹紅のことが、誰よりも知りたい。
そんな風に考えるようになったのはいつからだろう。
『蓬莱の薬』を飲んで不死となった彼女。
そのせいで一ヶ所に留まれず、放浪するしかなかった。
不老不死がバレれば「バケモノ」と呼ばれ追い立てられる。
体はいくら回復し生き返ろうとも、心は癒えない。
幻想郷にやってきて宿敵と対峙することで、少しは活力が戻っただろうか。
しかし、心の傷は癒えない。
実際「心の傷」を完璧に癒すことなんて、どんな医者も出来ない。
だけど私は、彼女の傷を癒したい。
そんなことを思うようになったのはいつからだろう。
竹林で出会った。初めはもちろん拒絶された。
根気よく会いに行って話をした。
お互いの秘密を知ったのがきっかけで私への壁がなくなった。
それから日に日に仲良くなった。
千年も生きているのに子供みたいに無邪気で。
私を「慧音様」ではなくただの「慧音」として見てくれて。
それが嬉しかったから。
いつしか友人以上の好意を持つようになった。
そのことを彼女に伝えるかどうかは、まだ分からない。
でも、もし妹紅も同じ気持ちでいてくれたなら……
「………ふぅ」
思考に無理やり区切りをつけて、私は現実に舞い戻る。
相変わらず穏やかな、かわいらしい寝顔を記憶にとどめる。
そろそろ村に行く時間だ。
名残惜しいが、支度をして庵を出る。
今日はやはりいい天気だ。
* * *
真昼の高さになった太陽が庵に差し込む。
皮膚にぬくもりを感じ、わたしは眠りから覚める。
寝起き特有のぼんやりとした視界と思考で自分の状況を確認する。
見渡せばここは慧音の庵だと分かった。
記憶を探れば最後にあるのは居間で食べた朝ごはん。
それ以降の記憶はなく、ふつりと途切れていた。
あいつとの殺し合いで極限まで疲れ果てて、慧音の顔を見てご飯を食べたら安心しちゃって気がゆるんで、そのまま眠っちゃったのかな。
眠りに落ちる直前に、何かを無意識に言った気がするが覚えてない。
それよりも、慧音には後でちゃんとお礼を言わないとね。
居間から布団までわたしを運んでくれたんだから。
「さてと。これからどうしよっかな~」
今日はもうあいつと戦ったから、やることがない。
先生や村の守護をしている慧音とは違って、わたしは無職。
最近は気まぐれにやっている殺し合い以外に用事がない。
それはすごく空しい気がしたけど、とにかく暇だった。
このまま居座り続けるのも悪いからひとまず家に帰ろう。
「よし! 」
そう決めたなら即行動!
わたしは着物一枚のまま空に飛び立った。
…慧音がいれば「はしたない」とか怒られるんだろうな。
・・・・・・
・・・
・
予備の服に着替えて身支度を整えたわたしは特に当てもなく幻想郷を飛んでいた。
冷たさをはらむようになった空気が気持ちいい。
目覚ましには最適だ。
地面に立てば土がついてしまいそうなほど長い髪が風に遊ぶ。
今となっては慣れた感覚だけど、飛べるようになった頃は上手くバランスが取れないで髪の毛に振り回されもした。
あの時は己の髪の長さを恨んだものだ。
まあそれはもはや思い出なのだけれど。
ふと、眠っていたときのことを思い出す。
何だか夢を見ていたような気がした。
内容は覚えてないんだけど、温かかったのは覚えてる。
誰かがわたしのことを必要としてくれる、大切に思ってくれる夢。
夢は所詮夢なのだろうけど、本当になったらいいのに…と思う。
こんなわたしにも想ってくれる人がいたら…なんて、それこそ儚い夢。
柄にもないこと、普段なら絶対考えないようなことを考えたからか、思考は不意に私自身に向いた。
不老不死になったわたし。
それ以前に家にとって不要だったわたし。
居場所がどこにもなくて、あいつへの復讐しか心になかった。
幻想郷に来て、あいつと再会して、殺しあうようになって何年が過ぎた?
一年、十年、百年、千年……。
時が経てば経つほど「復讐」と言う目的も感情も消えていった。
純粋な力比べとなった今でもわたし達が戦うのは、互いに無限の時を生きるから。
日常に刺激がないと、永遠なんて生きられないでしょう?
そう考えてみて、「あれ? 」と思った。
わたしはあいつが嫌いだ。大嫌いだ。お父様に恥をかかせたんだもの。
あいつがいなければ蓬莱の薬も飲まなかった。
嫌い。憎い。殺してやる。それが全てだった。
そんなどす黒い感情が私を生かしていた。
「あいつが憎い」と言う思いがわたしを動かした。生かしていた。あいつを殺し続けた。
でも、千年経った今現在、その感情はもうない。と言うか「悔しい」に変わっている。
「憎悪」がわたしを生かしていたなら、わたしはもう死んでいるはず。
――それじゃあ……今わたしを生かしているもの、感情は何?
真っ先に浮かんだのは一人の少女。
疑いのない綺麗なまなざしでわたしを見る少女。
知性的な目元をゆるませて、わたしに笑いかける少女。
こんな私の正体を知っても変わらず笑いかけてくれた少女。
無意識のうちに思い出して、顔に血が上って熱くなった。
「ええっ?! な、何で?? 」
それは一瞬の出来事で、わたしはうろたえた。
こんなことは初めてだ。何だか心拍数が跳ね上がった気がする。
「どどどどうしよう?! 」
初めての感情。明らかに赤くなっている顔。高速でリズムを刻む心臓。
わたしに笑顔をくれた少女との思い出が流れ出す。
真剣な顔でわたしのことを心配している。悲しげな瞳でわたしを見送る。呆れた顔でぼろぼろなわたしを出迎える。
調理場に立って料理を作る後姿。料理をほめた時の嬉しそうな顔。会話の中で見せる笑顔。
それからそれから……。
いつの間にか頭の中が彼女でいっぱいになっていた。
「この気持ちは何? 何なの? いったいなんだって言うのよ!! 」
がむしゃらに叫んで無理やり思考を切り替える。
思考は中断され、もやもやとしたものが残った。
「はー…」
頭がだるい。普段の何倍ものスピードで動いていたみたい。
柄にもないことを考えるんじゃなかった。そのせいで訳の分からないことになってしまった。
わたしのことを考えていたはずなのに彼女のことを思い出すなんて…。
「…っと危ない危ない」
危うくさっきに逆戻りするところだったわ…。少しだけ顔が熱い。
わたしは首を振って軽く頬をたたいてぐっと体を伸ばした。
「よーし! これでいつものわた…!? 」
最後の一文字を言う前に、体に衝撃を感じた。
全く予想していなかった事態にわたしの思考が一瞬停止した。
その一瞬の間に何度も衝撃を感じて、ついに空から落ちた。遅ればせながら痛みを感じたから攻撃を受けたのだと悟ったが、体勢を立て直す間もなく地面との距離がゼロになった。
無様に「着地」したわたしは普通の人間なら死んでいる状態だった。
だいぶ酷いことになっていたけど、既に治癒が始まっていた。
何とか起き上がれるようになって周りを見渡すと、せっせと薬草を取る影が見えた。
我関せず…といった風にわたしを無視している。しかしこいつ以外にわたしを落とせるやつなんて近くにいないだろう。背中を見ればやはり何本も矢が刺さっていた。
痛みに顔をしかめつつ無造作に矢を抜く。それに気付いたのか、影がこちらを向いた。
「あら。もう起きたの?さすがわたしの薬ね♪ 」
それは薬師であり、あいつの従者であり、永遠亭の策士である八意永琳。
『蓬莱の薬』を作った張本人。得物は弓矢。今は彼女の傍らに置かれている。
「『ね♪』じゃないわよ! どうしてわたしの背中に矢が刺さってるのよ!! 」
何とか全て抜き終わって怒鳴った。いまだ塞がっていない傷口から血が噴き出すが気にしない。
「それは私が矢を射たからに決まってるじゃない」
あっけらかんと答える永琳に頭が痛くなる。
「いやそうじゃなくて、どうしてあんたが今ここに居て何をしていてわたしを射ることに繋がるのか説明して欲しいわけよ。いきなり攻撃されたんじゃ理不尽よ」
「くすくす…そんなこと分かってるわ。質問に答えるとね、わたしは今ここで薬の材料となる薬草を摘んでいたの」
「で? 」
「これって結構集中力が必要なんだけど、上の方でジタバタ動いてるヤツが鬱陶しくて集中できないから静かになってもらった…という訳よ。貴女が私の上空で不穏な空気を振りまいてるのがいけないのよ?」
「不穏って…そんなもの大盤振る舞いした記憶なんてないわよ? 」
「だって言ってたじゃない。『この気持ちは何? 何なの? いったいなんだって言うのよ!! 』とか何とか」
「なっ…!!? 」
独り言のつもりだったのに聞かれていたらしく、完璧に再現されてしまう。
羞恥に頬が染まる。
そして次の瞬間、目の前には絶対何かをたくらんでいる笑顔を浮かべてきちんと正座をした永琳が居た。
「話を聞かせてもらえないかしら?おもしろs…じゃなくて、力になれるかも知れないわ」
何だかとても胡散臭かったけど、再現された言葉によって「あの気持ち」が蘇っていた。
このままじゃ気になってしょうがないからわたしは永琳に話してみることにした。
・・・・・・
・・・
・
永琳から受けた傷が完治するのにそう時間はかからなかった。
地面に座りっぱなしで話すのは気が引けたから、薪になりそうな木を見繕って切り株を作った。まあ範囲を限定して弾幕を張って切り倒したということよ。
それに座り、改めて永琳と向かい合う。
「さて…それじゃあ話して御覧なさい? 」
「何だか偉そうね」
「ふふふ…。だって今私達は『医者と患者』だもの」
「別にわたしは病気じゃないと思うんだけど? 」
「そうかもね。でもある意味病気みたいなものかもしれないわ」
意味ありげな視線を向けてくるが、よく分からない。
もしかしたら永琳は「この気持ち」に心当たりがあるのかもしれない。
だから言った。
「わたしはわたしの生きている理由が分からなくなったの」
「そう…。それは具体的にはどういう感じなのかしら?」
「……話をまとめるのは苦手だから思ってることを思いつくままに話すわよ? 質問の答えになるかどうか分からないけどそれでいいかしら? 」
「ええ、いいわ。貴女のやりやすいようにしなさい」
ふぅ…と一息はいて、自分の心を語り始める。
「わたしは貴女の作った『蓬莱の薬』を飲んで不老不死になった。色々あって、お父様に恥をかかせた、憎くて憎くて仕方がないあいつと再会して、殺しあうようになった。あいつの事が憎かった。ずっとずっとそうだった。お父様を無碍にしたことが許せなかった。そのことを考えるたびに憎悪は蘇った。憎い憎いあいつが憎い。そしてまた殺し合う。そんな日々が今までずーっと続いてきたわよね? 」
話し続けるのも疲れるので、相づちを求める。
「そうね。あなたはその感情に取り憑かれていたわ」
永琳の言葉が遠いところで聞こえた気がした。わたしは既に自分の世界だった。
「でも…ね? 今のわたしの中にその感情はないの。殺し合いだって『わたしが恨みをぶつけてそれをあいつが迎え撃つ』んじゃなくて、『お互いの暇つぶしのための力比べ』になってるみたいなのよ。実際、今朝だって殺されても『憎い憎い憎い次は殺しやる!! 』じゃなくて『畜生負けた悔しい』と思っていたもの。これがいい事か悪い事かと聞かれれば、きっといいことなんだと思う。だけどこれまでわたしはあいつへの『憎悪』に『生きて』いたの。あいつを『憎んで憎んで憎む』ことで『生きて』いた。ずっと永遠にこの気持ちは変わらないと思ってた。『憎悪』がわたしを『生かし』てくれると思ってた!でもそれは無理なのよ……だってもうその感情は磨耗してしまってどこにもないって気付いちゃったもの! 」
段々と拍車がかかって早口になる。歯止めが利かなくなりそう。
目の前にいるはずの永琳は目に入らない。わたしはいつの間にか下を向いて目をぎゅっとつぶっていた。
頭がぐるぐるする。普段あまり使わない頭を一日のうちにこんなにも使っているからオーバーヒートしてしまいそう。
もうどうにもならない。勢いに任せて素直な気持ちを暴露する。
「『憎悪』が消えて残ったのは何? 何なの? 今わたしを『生かし』ているのは何ていう感情? 」
つまるところこれがわたしの戸惑いの正体。
いつの間にかなくなっていた当たり前の感情。
新たに生まれていた未知の感情。
「なるほど、そういうこと…」
永琳の声に顔を上げる。
「自分の心が分からないの。それにさっきからもやもやするのよ」
何かが渦巻いてる。私自身の心なのに見通せない。
「もやもやする…ね。他に気になることはないかしら? 」
「ええ。これくらいだと思うわ。それで…どうなの?」
わたしの言葉に焦りが混じっていたのか、くすりと笑われてしまった。
「やっぱりわたしの思ったとおりかもしれないわ」
「思ったとおりってどういうこと? 」
答えが得られなかったからわたしは少し不満げに言った。
「そうねえ…教えるのは簡単だけど、それだと面白くないわ」
少し考えるそぶりを見せた後、ポンと手を打った。
「あなた、好きな人はいるかしら?」
そう言った永琳はきれいな笑みを浮かべていた。
………え?
トクンと胸が大きな鼓動を打つ。
「好きな人…?」
親しい人なら何人かいる。その人達の事をわたしは好いている。
いや、違う。多分、そういう意味じゃない。じゃあ……?
「そう、好きな人。あなたにとって『特別』な人よ」
「特別……っ?! 」
口に乗せた瞬間浮かび上がったのは彼女。
数刻前と同じように顔に血が上る。
脳が勝手に彼女の記憶を掘りおこす。
「あれ? あれれ? また顔が熱く…」
「いるみたいね、好きな人。かけがえのない人が」
見守るように見つめる永琳の言葉がわたしに染み込んでいく。
好きな人。『特別』な人。かけがえのない人。
いつも当たり前のようにそばにいる。
いつも当たり前のように会いに行く。
そこがわたしの居場所になっている。
顔を見るだけで心が安らぐ。
どうして気付かなかったんだろう。
だってわたしは「この気持ち」を向けられたことがなかったから。
近くにいたから、それが当たり前になっていたから。
漠然と感じていたものが「そう」だなんて分からなかった。
だけど今、わたしは自覚する。
彼女の笑顔が好き。
彼女の声が、瞳が、頬が、口が、髪が、身体が。
彼女の全部が好き。大好き。
胸のもやもやはいつの間にかなくなって、代わりに温かい気持ちがあふれて来る。
そして、会いたくなった。
わたしは未だ熱い顔に笑みを浮かべた。
「…話聞いてくれてありがとね。何もお礼は出来ないんだけど」
「ふふふ…どういたしまして。いいのよ、私は何もしていないわ」
「ううん。助かった。それじゃ」
手短にお礼を言って、人里の方に飛び立った。
気付けばもう太陽が傾いていた。
夕日に照らされた世界を見下ろしながら、猛スピードで空を駆けた。
* * *
村の家々が橙色に染まる頃、私は村を後にした。
太陽は遠くにそびえる山々に向かって高度を落としていく。
名残惜しそうに振りまかれた光を浴びて私は歩く。
黄昏時の風景と雰囲気は悪いものではない。
それを壊したくなくて、空を飛ばずに歩いて帰る。これはもう習慣になっている。
のんびりと歩みを進め、夕飯の献立に思いを巡らせていると、普段は見ない影が一つ。
私の進行方向の少し先に立つのは少女。
銀の髪を紅く染めて背を向けているのは妹紅。
小走りで彼女の横に立つ。
「珍しいな、妹紅。ここに居るなんて」
「ん……」
ここは村へと続く道。人と接したくない妹紅は決して近づかない道。
「人恋しくなったのか? 」
ちょっとおどけた風に言う。いつもならすぐに否定の言葉が返ってくる。なのに…。
「ちょっと、ね…」
あいまいな返事。私と話しているのに妹紅はこっちを向かない。
何だか様子がおかしいと思うのだが、聞くに聞けない。
「そう、か。…それじゃあ一緒に帰るか? 」
無理に聞けば不快に思うかもしれない。だからすぐにいつもどおり振舞った。
本当は気になってしょうがない。必死に顔に出ないようにする。
「うん。帰る」
そう言った妹紅が歩き出す。もんぺのポケットに手を突っ込んで、相変わらず私を見ない。
その後を追う。妹紅のほうが歩幅が広いので自然と少し早歩きになってしまう。
こうなると、少し不安になる。何かあったんじゃないかと。
「妹紅、今日は何かあったのか?」
私の問いに反応してようやく妹紅はこっちを向いた。
「え!? な、何にもないよ? 」
「む…怪しいぞ、妹紅。本当に何もなければ動揺することなどないだろう? 」
「うぅ……」
長い付き合いだ。簡単なうそは通じない。
私はじぃっと妹紅を見つめた。
「…っ!! 」
すると私の顔を見ていた妹紅が慌てて視線をそらした。
見間違い出なければその顔は夕日よりも紅かったはずだ。
「妹紅? 」
不思議に思って名前を呼ぶ。
目をそらすならそらした方に私がまわればいいだけの事。
そう思って妹紅の前に出ようとした瞬間――。
くんっと手を引かれる感覚。
少し冷たい指が絡み、ぎゅっと握られる感触。
そのままぽすっと温かい場所に収まる二人の手。
刹那の事に頭も身体も反応できない。
今や私の手は妹紅のポケットの中。
必然的に距離が縮まって腕がぴたりとくっついた。
数瞬遅れて状況を理解した身体は鼓動を速くする。
血が上って顔が熱くなる。
「も、こう…? 」
「いきなりごめん…ただ、その、ちょっと寒かったのよ! 」
どうやら妹紅もかなり動揺しているらしい。
それに気付いて少し安心する。
「いいさ。私も少し手が冷たいと思っていたところだ」
「そ、そう…」
ちらりと妹紅に視線をやると、夕日のせいだけではない紅い顔には照れたような困ったような表情が浮かんでいた。
それは私が初めて見る表情。
また一つ、知らなかった妹紅を知った。
相変わらず速いままの鼓動と嬉しさを抱いて歩く。
夜の空気を先取りした風が熱を持った顔に心地よい。
つないだ手から伝わるぬくもりに安らぎを覚える。
妹紅の意図は分からないけれど、私のぬくもりを感じてくれているのならそれでいい。
例えこれが気まぐれだとしても構わない。
私にとって、妹紅がいるだけでどんな時でもかけがえのない思い出になるのだから…。
『あなたがいてくれるだけでわたしはしあわせです』
~気持ちの名前・終~
*メインキャラは妹紅と慧音です。
*百合っぽくなってたらいいなぁ…。
*長くてすみません。それでもいいって人は読んでください。
読んでいただけるなら下へどうぞ~♪
わたしは彼女のことをどうおもってる?
彼女はわたしのことをどうおもってる?
―こんなにも相手の気持ちを知りたいと思ったのは、これが初めてよ―
~気持ちの名前~
中秋の名月の頃も過ぎて、秋が深くなる。
山の木々が色付き、村の畑には作物が実る。
澄んだ空気の向こうにきれいな青空が見える。
太陽がまだ顔を覗かせたばかりで、あたりは薄暗い。
そんな時間に、人里から少し離れた庵の縁側に人影がある。
縁側に腰掛け、湯飲みに手を沿え、外の景色を眺めている。
湯飲みを傾けて茶を飲み、思わずほぅ…っと息を吐いた。
それに合わせるかの様に風が吹き、髪がさらさらと舞う。
腰まで届く髪の色は青の混ざった銀。
身に着ける服は青が基調のワンピース。
ふわりと膨らんだ袖がかわいらしさをアピールしている。
ただし袖は二の腕の中ほどまでしかなかった。
寒さに強い人間なら半袖でも問題ないかもしれない。
だが、秋の空気は時折冷たいものが混じる。
のんびりと過ごす彼女は寒がる様子を見せない。
微々たる気温の変化を気にも留めない。
時折吹く冷たく強い風に反応するのは銀の髪のみ。
誰かがここにいれば、少女だけ違う世界にいるように見えただろう。
それもそのはず。少女の名は上白沢慧音。いわずと知れた半獣なのだから。
半獣の少女はじっと景色を見る。
薄い青と燃えるような赤。空と山。
そのコントラストに目を奪われている…のではない。
ここからは見えない山の中にある竹林に意識を向けている。
しかし、瞳に映るのは紅葉の赤ばかり。
かと思いきや、少女の視線の先で突然爆発が起こった。
煙が空に舞い、爆発音に驚いた生き物たちがざわざわと騒ぎ出す。
その煙が晴れる前に、今度は火の玉が浮かぶ。
まるで意思を持つかのように動き、先ほどの爆心地へ殺到する。
火の玉同士がぶつかり合い、更に大きな爆発が起こる。
そこから煙を引いて影が躍り出る。
くるりと回り、煙を払うと同時に下から猛スピードで飛び掛った何かを叩き落とした。
再び下から何か…火の鳥が影に向かう。
難なく横に飛びのいた影は、別の影によって吹き飛ばされた。
二つの影はお互い間合いを計るように空に浮かぶ。
静寂。そして次の瞬間。
同時に踏み出した影はぶつかり合う。
単純な力の勝負。
一瞬とも永遠とも思える時の後、ついに片方が墜落する。
もう一方は追い討ちをかけるように近づく。
二つの影が再びぶつかる寸前、遠くから見ても分かるほど濃く鮮やかな弾幕が発生した。
それらは全て落ち行く影に向けて放たれる。
次の瞬間、辺り一帯の大地を揺るがす衝撃が駆けた。
人間の視力の限界を超えた場所でのやり取りを見ていた少女の庵にも地響きが伝わった。
その余韻が消えた頃、山の中には平穏な空気が戻っていた。
太陽は今や完全に顔を出し、世界に朝の光をふりまいている。
* * *
早朝から朝になった頃、ようやく山々に静けさが満ちる。
陽光に明るく照らされた風景をひとしきり楽しむと、すっかり冷めた茶を飲み干した。
空になった湯飲みを傍らに置き、ぐっと伸びをする。
ゆっくりと立ち上がり、今度は身体全体を伸ばす。
かたくなった体をほぐした私は湯飲みを手に取り、台所へと向かう。
朝食の用意をするのだ。私とあいつの二人分。
エプロンをつけ、手を洗い、準備をする。
「あの様子だと、今日も負けたか…」
先刻の光景を思い出し、一人つぶやいた。
思わずため息をつく。
あのような事は別段珍しいことなどではなく、むしろ日常茶飯事の出来事。
だからと言って放っておくことは出来ない。
あいつの事が心配だし、何よりも傷ついて欲しくないのだ。
たびたびそう言っているのだが、いつもはぐらかされてしまう。
「親の心子知らず…といった所か。いや、分かっていてもやめられないのだろうな…」
清々しい朝だというのに暗くなってしまった。
これでは帰ってきたあいつに心配されかねない。
ひとつ頭を軽く振って、ひとまず暗い思考を追い出した。
「よし。やるか」
そして私は朝食の支度に取り掛かった。
・・・・・・
・・・
・
「ただいまぁ~…」
食卓に料理が並び、後は食べるだけ…となった時、縁側の方から間延びした声が聞こえた。
全くいいタイミングでやって来るものだ。
私はまっすぐそちらに向かわず、たんすから着物を一枚取り出した。
それを手に縁側に行くと、予想通りの人物がいつものようにへばっていた。
「おかえり、妹紅」
私の髪とはまた違った銀色の髪を持つ少女。
着ている物は質素なブラウスと赤いもんぺ。
奇妙な服装を違和感なく身に着ける少女は、藤原妹紅という。
不老不死であり、どんな傷を負っても決して死なない。
そして今、服はボロボロに破けて、所々焦げてさえいるので服としての機能を一片たりとも果たしていない。
しかし下に見える肌には傷一つない。不死たるゆえんだ。
肌が見えると普通の少女なら恥ずかしがったりするものだが、これもまた日常なので二人とも気にしない。
気にしてはいないが、何となく気まずいので私は視線をそらして言う。
「ほら妹紅、これに着替えろ」
そういって持っていた着物を差し出す。
少女はむくりと起き上がり、へにゃりと笑った。
「えへへ…ありがと、けーね」
着替えた妹紅と向かい合って朝食を食べる。
よほどお腹がすいていたのか、一心不乱にかき込んでいる。
「そんなに急ぐとのどに詰まるぞ」
「んー。わかってるー」
一応注意してみるが生返事。しかも口の中にご飯を入れたまま。
むっとなって小言を言おうと思っても、おいしそうな顔を見ると言えなくなる。
私の料理をそんな風に食べてくれるのは嬉しいから。
温かい気持ちになって、私はマイペースで料理を食べる。
すると、がつがつと食べていた妹紅が箸をおき、茶を一気に飲み干した。
「ぷはぁっ。ごちそうさま! 」
満足そうな顔だ。
「おいしかった~。おいしいけーねのご飯が食べられるわたしは幸せだな~」
そう言いながら、妹紅はぱたりと後ろに倒れこんだ。
そして数瞬もしないうちに寝息が聞こえてきた。
これは少し珍しい。今日はよほど疲れたのだろう。
「そのまま寝ると風邪を引くぞ」
声をかけても返事はない。どうやらもう眠りの底にあるようだ。
私は少しほっとした。
さっきの言葉で赤くなった顔を見られなかったから…。
それから食事が終わった私はさっさと食器を片付けて、妹紅を布団に運んだ。
妹紅のほうが少し背が高いから、少し大変だった。
布団を掛け、あどけない寝顔をしばしの間見つめる。
すぅすぅと安らかな寝息を立てて眠る妹紅。
不意に、いたずら心が芽生えた。
柔らかい頬を指でつつく。
ふにっとした感触が伝わる。
「ぅ…ん……」
もれた声に、思わず体を引く。
もしかして起こしてしまったか。
心臓の音が少し速くなる。
しかし妹紅は目を覚まさず、ころりと寝返りを打って、また寝息を立てる。
「良かった…起こしてしまったかと思ったぞ」
小さな声でつぶやいた。
「それにしても本当に安らかに眠るのだな…」
楽しい夢でも見ているのか、妹紅の表情がゆるむ。
それを見た私の頬も同じようにゆるんだ。
「うにゅ~……けーね…」
寝言で私のことを呼ぶ妹紅。ささいな事が嬉しいと感じた。
もう一度頬をつつく。…やはり起きない。
それどころか、再び幸せそうな笑みを浮かべた。
妹紅の笑顔、安心しきった寝顔を見ていると信頼されていることが分かる。
『何があるか分からないから、慧音以外の前で無防備に眠ったりしない』と本人にも聞いたことがある。
嬉しい気持ちと同時にわき上がる思い。
「誰も知らない妹紅を、私は知っている」
それは誰とでも、何年も付き合っていれば当然の事かも知れない。
これからも「友人」として付き合うならもっと分かるだろう。
でも、それだけでは物足りない。
もっともっと知りたい。
妹紅のことが、誰よりも知りたい。
そんな風に考えるようになったのはいつからだろう。
『蓬莱の薬』を飲んで不死となった彼女。
そのせいで一ヶ所に留まれず、放浪するしかなかった。
不老不死がバレれば「バケモノ」と呼ばれ追い立てられる。
体はいくら回復し生き返ろうとも、心は癒えない。
幻想郷にやってきて宿敵と対峙することで、少しは活力が戻っただろうか。
しかし、心の傷は癒えない。
実際「心の傷」を完璧に癒すことなんて、どんな医者も出来ない。
だけど私は、彼女の傷を癒したい。
そんなことを思うようになったのはいつからだろう。
竹林で出会った。初めはもちろん拒絶された。
根気よく会いに行って話をした。
お互いの秘密を知ったのがきっかけで私への壁がなくなった。
それから日に日に仲良くなった。
千年も生きているのに子供みたいに無邪気で。
私を「慧音様」ではなくただの「慧音」として見てくれて。
それが嬉しかったから。
いつしか友人以上の好意を持つようになった。
そのことを彼女に伝えるかどうかは、まだ分からない。
でも、もし妹紅も同じ気持ちでいてくれたなら……
「………ふぅ」
思考に無理やり区切りをつけて、私は現実に舞い戻る。
相変わらず穏やかな、かわいらしい寝顔を記憶にとどめる。
そろそろ村に行く時間だ。
名残惜しいが、支度をして庵を出る。
今日はやはりいい天気だ。
* * *
真昼の高さになった太陽が庵に差し込む。
皮膚にぬくもりを感じ、わたしは眠りから覚める。
寝起き特有のぼんやりとした視界と思考で自分の状況を確認する。
見渡せばここは慧音の庵だと分かった。
記憶を探れば最後にあるのは居間で食べた朝ごはん。
それ以降の記憶はなく、ふつりと途切れていた。
あいつとの殺し合いで極限まで疲れ果てて、慧音の顔を見てご飯を食べたら安心しちゃって気がゆるんで、そのまま眠っちゃったのかな。
眠りに落ちる直前に、何かを無意識に言った気がするが覚えてない。
それよりも、慧音には後でちゃんとお礼を言わないとね。
居間から布団までわたしを運んでくれたんだから。
「さてと。これからどうしよっかな~」
今日はもうあいつと戦ったから、やることがない。
先生や村の守護をしている慧音とは違って、わたしは無職。
最近は気まぐれにやっている殺し合い以外に用事がない。
それはすごく空しい気がしたけど、とにかく暇だった。
このまま居座り続けるのも悪いからひとまず家に帰ろう。
「よし! 」
そう決めたなら即行動!
わたしは着物一枚のまま空に飛び立った。
…慧音がいれば「はしたない」とか怒られるんだろうな。
・・・・・・
・・・
・
予備の服に着替えて身支度を整えたわたしは特に当てもなく幻想郷を飛んでいた。
冷たさをはらむようになった空気が気持ちいい。
目覚ましには最適だ。
地面に立てば土がついてしまいそうなほど長い髪が風に遊ぶ。
今となっては慣れた感覚だけど、飛べるようになった頃は上手くバランスが取れないで髪の毛に振り回されもした。
あの時は己の髪の長さを恨んだものだ。
まあそれはもはや思い出なのだけれど。
ふと、眠っていたときのことを思い出す。
何だか夢を見ていたような気がした。
内容は覚えてないんだけど、温かかったのは覚えてる。
誰かがわたしのことを必要としてくれる、大切に思ってくれる夢。
夢は所詮夢なのだろうけど、本当になったらいいのに…と思う。
こんなわたしにも想ってくれる人がいたら…なんて、それこそ儚い夢。
柄にもないこと、普段なら絶対考えないようなことを考えたからか、思考は不意に私自身に向いた。
不老不死になったわたし。
それ以前に家にとって不要だったわたし。
居場所がどこにもなくて、あいつへの復讐しか心になかった。
幻想郷に来て、あいつと再会して、殺しあうようになって何年が過ぎた?
一年、十年、百年、千年……。
時が経てば経つほど「復讐」と言う目的も感情も消えていった。
純粋な力比べとなった今でもわたし達が戦うのは、互いに無限の時を生きるから。
日常に刺激がないと、永遠なんて生きられないでしょう?
そう考えてみて、「あれ? 」と思った。
わたしはあいつが嫌いだ。大嫌いだ。お父様に恥をかかせたんだもの。
あいつがいなければ蓬莱の薬も飲まなかった。
嫌い。憎い。殺してやる。それが全てだった。
そんなどす黒い感情が私を生かしていた。
「あいつが憎い」と言う思いがわたしを動かした。生かしていた。あいつを殺し続けた。
でも、千年経った今現在、その感情はもうない。と言うか「悔しい」に変わっている。
「憎悪」がわたしを生かしていたなら、わたしはもう死んでいるはず。
――それじゃあ……今わたしを生かしているもの、感情は何?
真っ先に浮かんだのは一人の少女。
疑いのない綺麗なまなざしでわたしを見る少女。
知性的な目元をゆるませて、わたしに笑いかける少女。
こんな私の正体を知っても変わらず笑いかけてくれた少女。
無意識のうちに思い出して、顔に血が上って熱くなった。
「ええっ?! な、何で?? 」
それは一瞬の出来事で、わたしはうろたえた。
こんなことは初めてだ。何だか心拍数が跳ね上がった気がする。
「どどどどうしよう?! 」
初めての感情。明らかに赤くなっている顔。高速でリズムを刻む心臓。
わたしに笑顔をくれた少女との思い出が流れ出す。
真剣な顔でわたしのことを心配している。悲しげな瞳でわたしを見送る。呆れた顔でぼろぼろなわたしを出迎える。
調理場に立って料理を作る後姿。料理をほめた時の嬉しそうな顔。会話の中で見せる笑顔。
それからそれから……。
いつの間にか頭の中が彼女でいっぱいになっていた。
「この気持ちは何? 何なの? いったいなんだって言うのよ!! 」
がむしゃらに叫んで無理やり思考を切り替える。
思考は中断され、もやもやとしたものが残った。
「はー…」
頭がだるい。普段の何倍ものスピードで動いていたみたい。
柄にもないことを考えるんじゃなかった。そのせいで訳の分からないことになってしまった。
わたしのことを考えていたはずなのに彼女のことを思い出すなんて…。
「…っと危ない危ない」
危うくさっきに逆戻りするところだったわ…。少しだけ顔が熱い。
わたしは首を振って軽く頬をたたいてぐっと体を伸ばした。
「よーし! これでいつものわた…!? 」
最後の一文字を言う前に、体に衝撃を感じた。
全く予想していなかった事態にわたしの思考が一瞬停止した。
その一瞬の間に何度も衝撃を感じて、ついに空から落ちた。遅ればせながら痛みを感じたから攻撃を受けたのだと悟ったが、体勢を立て直す間もなく地面との距離がゼロになった。
無様に「着地」したわたしは普通の人間なら死んでいる状態だった。
だいぶ酷いことになっていたけど、既に治癒が始まっていた。
何とか起き上がれるようになって周りを見渡すと、せっせと薬草を取る影が見えた。
我関せず…といった風にわたしを無視している。しかしこいつ以外にわたしを落とせるやつなんて近くにいないだろう。背中を見ればやはり何本も矢が刺さっていた。
痛みに顔をしかめつつ無造作に矢を抜く。それに気付いたのか、影がこちらを向いた。
「あら。もう起きたの?さすがわたしの薬ね♪ 」
それは薬師であり、あいつの従者であり、永遠亭の策士である八意永琳。
『蓬莱の薬』を作った張本人。得物は弓矢。今は彼女の傍らに置かれている。
「『ね♪』じゃないわよ! どうしてわたしの背中に矢が刺さってるのよ!! 」
何とか全て抜き終わって怒鳴った。いまだ塞がっていない傷口から血が噴き出すが気にしない。
「それは私が矢を射たからに決まってるじゃない」
あっけらかんと答える永琳に頭が痛くなる。
「いやそうじゃなくて、どうしてあんたが今ここに居て何をしていてわたしを射ることに繋がるのか説明して欲しいわけよ。いきなり攻撃されたんじゃ理不尽よ」
「くすくす…そんなこと分かってるわ。質問に答えるとね、わたしは今ここで薬の材料となる薬草を摘んでいたの」
「で? 」
「これって結構集中力が必要なんだけど、上の方でジタバタ動いてるヤツが鬱陶しくて集中できないから静かになってもらった…という訳よ。貴女が私の上空で不穏な空気を振りまいてるのがいけないのよ?」
「不穏って…そんなもの大盤振る舞いした記憶なんてないわよ? 」
「だって言ってたじゃない。『この気持ちは何? 何なの? いったいなんだって言うのよ!! 』とか何とか」
「なっ…!!? 」
独り言のつもりだったのに聞かれていたらしく、完璧に再現されてしまう。
羞恥に頬が染まる。
そして次の瞬間、目の前には絶対何かをたくらんでいる笑顔を浮かべてきちんと正座をした永琳が居た。
「話を聞かせてもらえないかしら?おもしろs…じゃなくて、力になれるかも知れないわ」
何だかとても胡散臭かったけど、再現された言葉によって「あの気持ち」が蘇っていた。
このままじゃ気になってしょうがないからわたしは永琳に話してみることにした。
・・・・・・
・・・
・
永琳から受けた傷が完治するのにそう時間はかからなかった。
地面に座りっぱなしで話すのは気が引けたから、薪になりそうな木を見繕って切り株を作った。まあ範囲を限定して弾幕を張って切り倒したということよ。
それに座り、改めて永琳と向かい合う。
「さて…それじゃあ話して御覧なさい? 」
「何だか偉そうね」
「ふふふ…。だって今私達は『医者と患者』だもの」
「別にわたしは病気じゃないと思うんだけど? 」
「そうかもね。でもある意味病気みたいなものかもしれないわ」
意味ありげな視線を向けてくるが、よく分からない。
もしかしたら永琳は「この気持ち」に心当たりがあるのかもしれない。
だから言った。
「わたしはわたしの生きている理由が分からなくなったの」
「そう…。それは具体的にはどういう感じなのかしら?」
「……話をまとめるのは苦手だから思ってることを思いつくままに話すわよ? 質問の答えになるかどうか分からないけどそれでいいかしら? 」
「ええ、いいわ。貴女のやりやすいようにしなさい」
ふぅ…と一息はいて、自分の心を語り始める。
「わたしは貴女の作った『蓬莱の薬』を飲んで不老不死になった。色々あって、お父様に恥をかかせた、憎くて憎くて仕方がないあいつと再会して、殺しあうようになった。あいつの事が憎かった。ずっとずっとそうだった。お父様を無碍にしたことが許せなかった。そのことを考えるたびに憎悪は蘇った。憎い憎いあいつが憎い。そしてまた殺し合う。そんな日々が今までずーっと続いてきたわよね? 」
話し続けるのも疲れるので、相づちを求める。
「そうね。あなたはその感情に取り憑かれていたわ」
永琳の言葉が遠いところで聞こえた気がした。わたしは既に自分の世界だった。
「でも…ね? 今のわたしの中にその感情はないの。殺し合いだって『わたしが恨みをぶつけてそれをあいつが迎え撃つ』んじゃなくて、『お互いの暇つぶしのための力比べ』になってるみたいなのよ。実際、今朝だって殺されても『憎い憎い憎い次は殺しやる!! 』じゃなくて『畜生負けた悔しい』と思っていたもの。これがいい事か悪い事かと聞かれれば、きっといいことなんだと思う。だけどこれまでわたしはあいつへの『憎悪』に『生きて』いたの。あいつを『憎んで憎んで憎む』ことで『生きて』いた。ずっと永遠にこの気持ちは変わらないと思ってた。『憎悪』がわたしを『生かし』てくれると思ってた!でもそれは無理なのよ……だってもうその感情は磨耗してしまってどこにもないって気付いちゃったもの! 」
段々と拍車がかかって早口になる。歯止めが利かなくなりそう。
目の前にいるはずの永琳は目に入らない。わたしはいつの間にか下を向いて目をぎゅっとつぶっていた。
頭がぐるぐるする。普段あまり使わない頭を一日のうちにこんなにも使っているからオーバーヒートしてしまいそう。
もうどうにもならない。勢いに任せて素直な気持ちを暴露する。
「『憎悪』が消えて残ったのは何? 何なの? 今わたしを『生かし』ているのは何ていう感情? 」
つまるところこれがわたしの戸惑いの正体。
いつの間にかなくなっていた当たり前の感情。
新たに生まれていた未知の感情。
「なるほど、そういうこと…」
永琳の声に顔を上げる。
「自分の心が分からないの。それにさっきからもやもやするのよ」
何かが渦巻いてる。私自身の心なのに見通せない。
「もやもやする…ね。他に気になることはないかしら? 」
「ええ。これくらいだと思うわ。それで…どうなの?」
わたしの言葉に焦りが混じっていたのか、くすりと笑われてしまった。
「やっぱりわたしの思ったとおりかもしれないわ」
「思ったとおりってどういうこと? 」
答えが得られなかったからわたしは少し不満げに言った。
「そうねえ…教えるのは簡単だけど、それだと面白くないわ」
少し考えるそぶりを見せた後、ポンと手を打った。
「あなた、好きな人はいるかしら?」
そう言った永琳はきれいな笑みを浮かべていた。
………え?
トクンと胸が大きな鼓動を打つ。
「好きな人…?」
親しい人なら何人かいる。その人達の事をわたしは好いている。
いや、違う。多分、そういう意味じゃない。じゃあ……?
「そう、好きな人。あなたにとって『特別』な人よ」
「特別……っ?! 」
口に乗せた瞬間浮かび上がったのは彼女。
数刻前と同じように顔に血が上る。
脳が勝手に彼女の記憶を掘りおこす。
「あれ? あれれ? また顔が熱く…」
「いるみたいね、好きな人。かけがえのない人が」
見守るように見つめる永琳の言葉がわたしに染み込んでいく。
好きな人。『特別』な人。かけがえのない人。
いつも当たり前のようにそばにいる。
いつも当たり前のように会いに行く。
そこがわたしの居場所になっている。
顔を見るだけで心が安らぐ。
どうして気付かなかったんだろう。
だってわたしは「この気持ち」を向けられたことがなかったから。
近くにいたから、それが当たり前になっていたから。
漠然と感じていたものが「そう」だなんて分からなかった。
だけど今、わたしは自覚する。
彼女の笑顔が好き。
彼女の声が、瞳が、頬が、口が、髪が、身体が。
彼女の全部が好き。大好き。
胸のもやもやはいつの間にかなくなって、代わりに温かい気持ちがあふれて来る。
そして、会いたくなった。
わたしは未だ熱い顔に笑みを浮かべた。
「…話聞いてくれてありがとね。何もお礼は出来ないんだけど」
「ふふふ…どういたしまして。いいのよ、私は何もしていないわ」
「ううん。助かった。それじゃ」
手短にお礼を言って、人里の方に飛び立った。
気付けばもう太陽が傾いていた。
夕日に照らされた世界を見下ろしながら、猛スピードで空を駆けた。
* * *
村の家々が橙色に染まる頃、私は村を後にした。
太陽は遠くにそびえる山々に向かって高度を落としていく。
名残惜しそうに振りまかれた光を浴びて私は歩く。
黄昏時の風景と雰囲気は悪いものではない。
それを壊したくなくて、空を飛ばずに歩いて帰る。これはもう習慣になっている。
のんびりと歩みを進め、夕飯の献立に思いを巡らせていると、普段は見ない影が一つ。
私の進行方向の少し先に立つのは少女。
銀の髪を紅く染めて背を向けているのは妹紅。
小走りで彼女の横に立つ。
「珍しいな、妹紅。ここに居るなんて」
「ん……」
ここは村へと続く道。人と接したくない妹紅は決して近づかない道。
「人恋しくなったのか? 」
ちょっとおどけた風に言う。いつもならすぐに否定の言葉が返ってくる。なのに…。
「ちょっと、ね…」
あいまいな返事。私と話しているのに妹紅はこっちを向かない。
何だか様子がおかしいと思うのだが、聞くに聞けない。
「そう、か。…それじゃあ一緒に帰るか? 」
無理に聞けば不快に思うかもしれない。だからすぐにいつもどおり振舞った。
本当は気になってしょうがない。必死に顔に出ないようにする。
「うん。帰る」
そう言った妹紅が歩き出す。もんぺのポケットに手を突っ込んで、相変わらず私を見ない。
その後を追う。妹紅のほうが歩幅が広いので自然と少し早歩きになってしまう。
こうなると、少し不安になる。何かあったんじゃないかと。
「妹紅、今日は何かあったのか?」
私の問いに反応してようやく妹紅はこっちを向いた。
「え!? な、何にもないよ? 」
「む…怪しいぞ、妹紅。本当に何もなければ動揺することなどないだろう? 」
「うぅ……」
長い付き合いだ。簡単なうそは通じない。
私はじぃっと妹紅を見つめた。
「…っ!! 」
すると私の顔を見ていた妹紅が慌てて視線をそらした。
見間違い出なければその顔は夕日よりも紅かったはずだ。
「妹紅? 」
不思議に思って名前を呼ぶ。
目をそらすならそらした方に私がまわればいいだけの事。
そう思って妹紅の前に出ようとした瞬間――。
くんっと手を引かれる感覚。
少し冷たい指が絡み、ぎゅっと握られる感触。
そのままぽすっと温かい場所に収まる二人の手。
刹那の事に頭も身体も反応できない。
今や私の手は妹紅のポケットの中。
必然的に距離が縮まって腕がぴたりとくっついた。
数瞬遅れて状況を理解した身体は鼓動を速くする。
血が上って顔が熱くなる。
「も、こう…? 」
「いきなりごめん…ただ、その、ちょっと寒かったのよ! 」
どうやら妹紅もかなり動揺しているらしい。
それに気付いて少し安心する。
「いいさ。私も少し手が冷たいと思っていたところだ」
「そ、そう…」
ちらりと妹紅に視線をやると、夕日のせいだけではない紅い顔には照れたような困ったような表情が浮かんでいた。
それは私が初めて見る表情。
また一つ、知らなかった妹紅を知った。
相変わらず速いままの鼓動と嬉しさを抱いて歩く。
夜の空気を先取りした風が熱を持った顔に心地よい。
つないだ手から伝わるぬくもりに安らぎを覚える。
妹紅の意図は分からないけれど、私のぬくもりを感じてくれているのならそれでいい。
例えこれが気まぐれだとしても構わない。
私にとって、妹紅がいるだけでどんな時でもかけがえのない思い出になるのだから…。
『あなたがいてくれるだけでわたしはしあわせです』
~気持ちの名前・終~