Coolier - 新生・東方創想話

異動3

2008/06/20 03:13:28
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朝日が昇り、清々しい空気が肺を満たす。
紅魔館では、朝から妖精たちが元気に動き回っていた。

「ふぁ~あ、おはよう紫」
「おはよう、洩矢の神」

諏訪子が大欠伸をしながら紫の部屋へと訪れる。

「八坂の神様は?」
「メイドのところ」
「余計な事をしないように言ったはずだけど」
「監査としての仕事をしに行っただけだよ」
「そう、なら仕方ないわね」

紫がそれだけ言って、カーテンを閉める。

「なんでカーテン閉めてんの?」
「明るいとよく眠れないじゃない」
「は?寝るって、今朝だよ」
「朝だからこそ、寝るのよ」
「いやいやいや、不健康だよ。それ」
「妖怪の正しい活動時間は夜。朝から夕方にかけて眠るのは、妖怪として規則正しい健康生活よ」
「ふーん」
「人間と長く居過ぎた神様には、理解できないかしら」
「いんや、できるよ。って言うか、ここの異形達が余りにも人間味が強いから忘れがちだけど」
「困ったものよね」

紫がベッドに入り込み、苦笑する。

「寝るならわたしは、陽の出ている間は適当に過ごさせてもらうよ。隙間使っていいから、起きたら呼んで」
「分かったわ、監査も大変ね」
「あんたの監査じゃなければ、楽だったと思うよ。一週間御馳走食い放題じゃ安いくらい」
「ふふふ、いいじゃない。ついでに信仰も集まるのだから。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」

諏訪子が言い終わる頃には、ベッドから寝息が聞こえていた。


★★★★★★★★

竹林には、長い列が続いている。

「えんえいてー、ファイ」
「「「ゴー」」」
「ファイ」
「「「ゴー」」」
「ファイ」
「「「ゴー」」」

兎の集団が走っていた。
その最後尾には、兎以外の姿が数名混じっている。

「なあ、いつもこんな事してんのかい?」
「はい」

小町が横にいる鈴仙に話しかける。

「有事の際に何時でも動けるように、訓練は欠かせません」
「有事って?」
「もちろん、戦争です」
「この幻想郷で戦争なんて起こそうものなら、博麗の巫女が黙ってないと思うけどね」
「そうですね、黙ってはいないでしょうね」
「なら、必要ないんじゃないか?」
「必要ですよ、私達には」

小町の言葉に鈴仙が強く言い返す。その顔には何らかの決意が見え隠れする。

「そうかい?ならこれ以上は、あたいは口出さないよ」
「小町さんにも、何れ分かりますよ」

鈴仙の何か諦め悟った表情が、小町の頭に焼きついて離れなかった。


★★★★★★★★

白玉楼では何故か陽も昇らぬうちから、皆で準備体操を始めていた。

「イチ、ニー、サン、シー」

妖夢の元気な声が、白玉楼の庭に響き渡る。

「ねぇ、なんで私達が朝からこんなことしているの?」
「私はこんな朝もいいと思うけど、こんなのは嫌いかしら?」
「嫌いではないけど、ただ疑問に思っただけ」

アリスは疑問に思いながらも体操に取り組む。輝夜は気持ちよさそうに体操に励み、その隣で映姫は真面目な顔で黙々とストレッチをする。
三者三様に体操に取り組む姿を、妖夢はチェックしていく。

「きちんと準備運動しないと、足が攣ったり肉離れの原因となりますので、しっかりとお願いします」
「因幡達が訓練する姿をいつも見ていたから大丈夫よ」
「そうですか?それじゃあそろそろ、竹刀で素振りを始めましょう」

三人に竹刀を握らせ見本を見せる。

「いいですか?まずは竹刀の握り方からです。右手が体の前方、左手が手目になるように握ります。この時力を右手3分、左手7分で配分してください。両手とも、小指、薬指、親指で握ってくださいね」
「こうかしら?」
「これでいいの、妖夢?」
「握りましたが・・・これで合っているのですか?」
「はい、皆さん大丈夫ですよ。では次は素振りの仕方についてです」

三人とも首を傾げる。

「素振りって、単純に振ればいいんじゃないの?」

アリスが三人を代表して言うが、それは

「何を言っているんですか!?ただ振って強くなるなら、誰も苦労しないんですよ!!!」

妖夢の逆鱗に触れた。
普段の妖夢からは考えられないほどの怒声。

「いいですか!?剣の世界は途轍もなく厳しいのです!素振りの種類だけでも何種類もあるのです!!剣の歴史はそれこそ古く日本の刀剣の歴史は古事記に記されているのが最も古く~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~なんですよ!!!聞いているんですか!!?」

長々と剣の説明をされ、三人は正直かなり引いていた。しかもいつもの妖夢じゃなく、何かが乗り移ったとしか考えられない。

「大丈夫よ、妖夢。ちゃんと聞いていたわ。貴方の刀への思いはよく分かったから」

輝夜がとりあえず妖夢を宥めようと、優しく話し掛ける。

「輝夜様!嬉しいです!幽々子様何か、歴史なんてどうでもいいじゃない、それよりご飯まだ~、なんて言っていつも聞いて下さらなくて!!」

輝夜の優しさが妖夢の中の我慢の決壊を起こしたらしく、大粒の涙を流す。

「それだけじゃないんです!私は剣士じゃなくてただの亡霊だから、剣の練習は必要ないわって言って、一度も練習してくれた事がないんです!!私は先代から幽々子を任されたのに、まったくお役目を果たせないんです!!それは仕方がないんです!だって私は半人前なんですから!幽々子様から見れば、役に立たない家政婦でしかないんですよ~!!」

幽々子への不満から始まり、遂には自分を卑下しだす妖夢。大声で泣く姿は年相応のもので、しかしその理由は何とも言えない内容だった。
そんな妖夢を輝夜はそっと抱き締め、涙を指で掬う。

「泣かないで妖夢、貴方の気持ちは分かったわ」
「輝夜様」

優しく抱きしめられ、慰めてくれる輝夜。その輝夜に心を許すのは当然の流れで。

「輝夜様、わたしっ、私、魂魄妖夢は蓬莱山輝夜様にこの身を生涯掛けてお仕えする事を──っ」

妖夢が人生最大の選択を言い終える前に、輝夜にそっと唇に指を押し当てられる。

「だめよ」

その表情は優しさの中に厳しさを秘めている。

「西行寺家に仕える魂魄家。貴方に流れる血が魂魄の血なら、それは生涯西行寺の性を持つ者だけに仕えなくてはならない。これは貴方が生まれる前から決まっている、宿命。それを覆すと言うのなら、私の難題を解いて御覧なさい。もっとも、貴方にその覚悟があるのなら」
「覚悟?」
「そう、覚悟。かつて私を求めた五人の殿方も、難題に挑みました。しかし彼らは誰一人解く事は叶いませんでした。その私が出す難題を解く事が出来たのなら、魂魄妖夢」

妖夢から体を離し、見下ろす。
その姿は嘗て誰もが求めたのも頷ける程の妖艶さと神秘さが合わさり、何時もの輝夜とは全く違う。その姿に妖夢はおろか、アリスや映姫までもが息を呑む。

「貴方の欲するものを与えましょう」
「私の望むもの?」
「貴方は私に仕えたいのでしょう?その覚悟を、難題を解く事で示してください」
「・・・・・・」
「私が貴方に出す難題は、────です」

出された難題に妖夢は目を見開く。

「それが難題ですか?」
「魂魄妖夢、貴方にこの難題が解けますか?」

輝夜の問いに妖夢は須臾の時迷うが、真っ直ぐ輝夜の目を見据え

「魂魄妖夢、その難題、見事に解いて御覧にいれましょう」

宣言した。
アリスと映姫はその瞬間を、ただ黙って見ていた。


★★★★★★★★★

「うわっ、何だこの匂いは?」

朝の清々しい空気を一瞬で台無しにするほど、迷い家の居間は酒の匂いが充満していた。

「しかも足の踏み場がないどころか、中が見えない」

居間は酒の瓶が文字通り山と積まれ、中に入ることすら出来ない。

「らんしゃま~、おはようございましゅ~」
「ああ、橙。おはよう、大丈夫か?」

あまりの酒臭さに橙は鼻を摘まんでいる始末。
藍も橙も元が獣なので鼻が効く。下手をしたらこの匂いだけで酔えそうな程、酒の匂いは強烈だった。

「おはようございます、凄いお酒の匂いですね」
「ああ、妖怪の山の巫女。見ての通り朝食は待ってくれ、片づけないと満足に食事も出来ない」
「手伝いますよ、何をしたらいいですか?」
「すまない、瓶をとりあえず外に出してしまおう」
「わかりました」
「藍様、わたしは?」
「橙は外で瓶を洗ってくれ」
「わかりました!」

藍の言葉に喜んで外に行く橙。

「それにしても、何処にこんなにお酒がしまってあったんですか?」

早苗の疑問は当然である。
そんなに狭くはないと言っても、迷い家は一般の家と変わらない位だろう。
その居間に、完全に瓶で埋まるほどの酒を何処に置くスペースがあるのか。
迷い家には母屋意外は見当たらなかった。
藍は遠い目をして早苗に教える。

「妖怪の山の巫女も、紫様の能力は知っているな?」
「はい、八坂様達から聞いています。確か境界を操る能力だって」
「そうだな、境界を操る能力だ。でも一般的には隙間を操ると考えて貰った方が助かるな」
「隙間ですか?」
「境界とは物と物を隔てる物だ。その物と物との間の線を境界だと言う事が分かるか?」
「はい、何となく」
「何となくか、まあそれでもいい。簡単に言うとそれを隙間と私達は呼んでいる。そして、その隙間を有とあらゆる場所に作る事が出来る。つまり空間と空間を繋ぐ事も出来る」
「それって、何処でもドアみたいなのですか?」
「どこでもドア?私はそんな物は知らないが、簡単に言うなら何処にでも直に行けるな」
「凄く便利な能力ですね~」
「ああ、便利だ。先ほどの質問の答えなんだが、酒を置く戸棚はその隙間の能力を使って別の空間に繋いである」
「なるほど、見た目が小さくても中は大きいって事ですね」
「そうだ、理解が早くて助かる」

早苗に隙間講座をしながら、居間を片づけていく。
頑張ったかいあって、居間は元の姿へと戻った。


★★★★★★★★

「いやー、永遠亭の飯は最高だね~」

上機嫌にお米を頬張る小町を横目に、上白沢慧音は呆れていた。

「朝はきちんと食べなくてはいけないと言っても、限度というものがあるぞ」

小町の隣には空の御櫃が二つ。
そして慧音は視線を上座に向け、溜息を吐く。

「まあ、あれに比べればマシか」

上座で美味しそうに漬物を齧りながら、おかわりを要求する幽々子。
その隣には御櫃がパッと見でも、十は空になっていた。

「あらあら、貴方は食べないのかしら?もしかして二日酔い?それなら薬を調合するわよ」

幽々子達から距離を置いて朝餉を取っていた永琳が、慧音に笑顔で話しかける。

「大丈夫だ。ただ二人を見ていたら、それだけで満腹感を感じる」
「確かに・・・でも、きちんと食べないと持たないわよ?今日は色々動き回るから」

幽々子を見て苦笑を浮かべる永琳は慧音に忠告する。

「何処かに行くのか?」
「何処にも行かないわ」

動き回ると言うなら、外出が思い浮かぶ慧音。

「なら一体」
「今日あたり、そろそろ来ても良い頃合いだから」
「何がだ?」
「何かしら」

永琳は笑い、それ以上何も言わなかった。


★★★★★★★★

洋風の外観には不似合いな和室が、紅魔館には存在する。その広さはレミリアの部屋以上の広さかも知れない。
その真中で、正座で目を瞑ったまま動かないメイドが一人。その後ろ姿を黙って見守る神様が一人。

(まー、あれの後じゃ無理ないか)

咲夜の背中を見ながら、昨夜の事を思い出す神奈子。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

紫の傘が振り下ろされた瞬間、咲夜は思わず目を閉じ、痛みを覚悟した。
だけど何時まで経っても、予想された痛みも衝撃もない。
咲夜が目を開けると、傘は目の前で止まっている。

「ふふふ、私が貴方を叩くと思った?」

紫の勝ち誇った顔。
咲夜はその顔に怒りを感じ、思わず睨んでしまう。

「叩いて分かる程、貴方は優秀ではないでしょう?」

傘を引き、隙間に戻す。

「ねぇ、十六夜咲夜。貴方は一体何なのかしら?悪魔の犬?メイド?奇術師?人間?それとも、それ以外の何かかしら?」

愛用の扇子を口元に当て、咲夜を見下ろし問う。
質問の意図が分からず、咲夜は沈黙で答えてしまう。

「己を理解出来な者や、忘れてしまった者を、あまり好ましく思わないわ。ましてや無意識なんて、見逃すわけにはいかない」

紫の妖気が一段と増し、咲夜の額に薄らと汗が滲む。だが、その顔には、プレッシャー以外は感じられない。

「十六夜咲夜、貴方にチャンスをあげる。自分で決める、チャンスをね」
「話の意図が分からないのに?」

咲夜が皮肉を込めて言う。

「私が言葉にするのは容易いわ。だけど、それでは何の意味もない。私は妖怪。そしてこの幻想郷の最古参の一人。だからこそ色々見てきているの。今の貴方の様になってしまった者もね」
「私の様に?」
「そう・・・でも、彼女の方がマシでしょうね。彼女は誰に言われるでもなく、自分で気づいたのだから」
「・・・・・・」

紫の言う彼女は、誰かは咲夜には分からない。だけど、仮にも賢者と言われる程の妖怪の言葉。容易く聞き流してしまうほど、咲夜は愚かではなかった。

「今日はもういいわ、下がりなさい」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

紫の言葉に従い昨夜は部屋へと戻った。
そして次の日には、神奈子が現在目にした光景。

(声を掛けるべきか)

咲夜の集中する姿に、声を掛けて良いものか迷う神奈子。
しばらく迷っていると、咲夜が先に行動を起こした。
立ち上がり、くるりと後ろを向く。

「あら?どうかしたのかしら?」

神奈子の存在に全く気づいていなかったらしく、不思議そうに尋ねてくる。

「ああ、朝食は何かなと思ってさ」

咲夜の様子が余りにも平然としていたので、神奈子は咄嗟に誤魔化してしまった。

「何か食べたい物の希望があるの?」
「ああ、できれば朝はご飯に味噌汁、焼き魚に漬物って言う純和風な朝食を希望する」
「分かったわ、ちょうど新鮮な魚があるから」

咲夜は少し思案して、神奈子の要求を了承した。
神奈子は咲夜の様子を見て大丈夫だと判断し、諏訪子の居るであろう部屋へと戻った。


★★★★★★★

「ちょっとお姫様、何考えてんのよ!?」

朝の運動も終わり、とりあえず朝食を食べようと言う事になって、席についたアリスと映姫、輝夜の三人。

「何って、朝食が美味しそうって思っているけれど」

アリスの質問にとぼけた返答をする輝夜。
映姫はその光景を黙って見ている。

「そうじゃなくて、妖夢を従者にって話よ!」
「ああ、その事。難題が解ければの話でしょう」

興奮気味のアリスに対し、何処までも醒めた感じの輝夜。

「解けたら本気で従者として迎え入れる気?」
「もちろん、それが難題を解いた時の褒美だもの」
「冥界の姫と戦争でもする気なの?」
「まさか、私にその気はないわ。冥界のお嬢様は分からないけど」
「だったら」
「ねぇ、アリス。容易く解けないから難題ではないのかしら?確かに私が妖夢に出した難題は過去に出した難題に比べれば優しいかも知れないわ。だって命がけで探しに行く必要も、この世の何処かに存在しているかも分からない代物でもない。解かれる可能性は今まで一番高い。それでも私は、魂魄妖夢にはこの難題は解く事は難しいと考えている」
「つまり、最初から妖夢を従者にする気はないって事ね」

アリスが溜息を吐きながら、輝夜の言葉を要約する。

「それはどうかしら?妖夢って可愛いし、傍にいてくれたら毎日楽しく過ごせそう」
「はぁ」

鈴を転がすような声に無邪気な子供の様な笑顔。アリスには輝夜の本心を探る事は出来ない。ただ映姫だけが眉を顰め、何かを考えていた。

★★★★★★★★★

「・・・・・・これが夜の王か」

大方の片付けが終わり、居間が元の姿を取り戻す頃、その床には大の字で寝ている鬼が二匹。

「でも、寝顔はやっぱり可愛いですね」

呆れる藍とは違い、何処か嬉しそうに眠る二人を見つめる早苗。

「見た目に騙されるな。どんなに幼い姿をしていても、中身はお前の何十倍と生きてきているんだ」
「はい、それは分かっているんですが・・・でも、子供の寝顔はどんな子でも天使だって言うじゃないですか」

早苗の言葉に溜息を吐き、醒めた視線を向ける藍。

「綺麗な薔薇には棘がある。神妖の大半は美しかったり、幼い子供の姿だったりする」

藍の急に変った態度に早苗は訝しがる。

「何故だか分かるか?その方が色々と都合が良いからだ。どんな強力な妖怪だって、醜い姿で人間の前に現れたら逃げられる。それは人間がある意味では、どんな獣よりも本能に従う生き物だからだ」

ゴクッ、と早苗の喉が鳴る。早苗の額には汗が滲み、顔は青ざめていた。

「自分の常識に当て嵌まらないものには本能が恐怖を感じる。あれは自分の知らないものだと、自分には理解できない、分からない生き物だと。だが、人間はまた不思議な生き物でな。これが自分たちと同じ姿をしたものには警戒こそすれ、恐怖を感じたりはしない。自分と同じ姿であるというだけで、安心してしまう。そして、それが自分よりも幼い姿をしていると、自分よりも弱い存在だと認識する。ちょうど今の山の巫女の様にな」
「別に私は、そんな事は」

早苗は小さい声ながらも、藍の指摘を否定する。

「そうか?本当にそうか?寝ているから安心だと?自分よりも小さいから大丈夫だと、心のどこかで思っているんじゃないのか?」
「・・・それは」

藍の指摘は早苗の言葉を封じる。
藍の言う事は何一つ外れていない。早苗はそう思っている。もちろん諏訪子がいるのだから、どんなに小さくたって、強力な力を持っている者もいる事は知っている。
だが残念ながら、早苗は小さい頃から現人神だと奇跡を起こすと言われ、人々に崇め恐れられてきた。そして幻想郷に来てからも強力な妖怪にも会った事はあるし、戦った事もある。
幻想郷では人を襲う事を極力禁止されている。その上にどんな強力な妖怪であろうと、倒すチャンスが与えられる弾幕ごっこ。
故に早苗は絶対的力の差から訪れる、死の恐怖と言うものを知らない。弾幕ごっこのルールーが自分の安全を保障してくれるものだと思い込んでしまっている。
今藍が言う事も理解できるが、同時に納得出来ない自分も居る。その事が早苗を沈黙させてしまう。何時ものように聞き分けの良い顔を作れずに、俯く。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙が部屋を支配する。
だがその沈黙を一匹の猫が破る。

「藍様、全部洗い終わりましたー!次は何をしたらいいですか!?」

元気一杯で居間に飛び込んでくる橙。
橙が居間に戻ってきた事で話を続ける雰囲気ではなくなり、藍は溜息を吐く。

「そうだな、片付いたし朝食の準備をしようか?橙は水を汲んできてくれ。水を汲んできたら野菜の皮をむいてくれ」
「はい!すぐに汲んできますね!!」

元気一杯に、再び外へと出て行く橙。
その後ろ姿を見守る様に優しく見送る。

「山の巫女」
「はい」

藍は橙が完全に外に言ったのを確認してから、早苗に向きなおった。

「片付いたし、朝食を早く作ってしまおう」
「あ、はい」

早苗は藍の態度が戻った事で戸惑うが、片づけで朝食の時間がだいぶ遅くなってしまっている。藍の言うとおり、早く朝食を作り食べてしまうべきだろう。

「先ほどの話をもうする気はないが、覚えておく事だ。幻想郷は、確かに今は人間と妖怪が共存しているが、それも何時まで続くか分からない。そうなった時、真っ先に襲われるのは、人里の人間よりも、妖怪たちにとって脅威になるかも知れない人間たちだという事を」
「はい」

早苗は藍の話を重く受け止め、朝食の準備を手伝った。

★★★★★★★★★★★

「お待たせしました、朝食にしましょう」

妖夢が居間に顔を出すと、アリスも流石に本人の目の前で輝夜が従者にする気がないとは言いだせずに、大人しく自分の場所に座りなおした。

「そう言えば妖夢、迷い家までの道を知っているかしら?」
「迷い家ですか?何度か行った事はりますが・・・何か用があるのですか?輝夜様」
「用と言うほどの事ではないけれど。貴方が作ってくれたおやつが美味しかったから、お裾分けに行こうかと思って」

あくまで妖夢に気づかれない様に話をしていく輝夜。

「そうですか、そんな風に言っていただけると私も嬉しいです!そうだ、今日は昨日よりもはりきって作くらさせて頂きますね!!」
「はりきらないで妖夢!!!」
「ア、アリスさん?」

妖夢のはりきる宣言に、思わず怒鳴ってしまうアリス。
アリスの言葉に妖夢は困惑する。

「あ、えとっ、ほら、なんて言うか・・・」

怒鳴ってしまった事と、妖夢が少し泣きだしそうな雰囲気の為に頭が回らず、いい言葉が出てこない。
そんなアリスを見兼ねて、助け船を出す映姫と輝夜。

「今日は迷い家でおやつを頂きますから、準備は不要です」
「昨日作ってくれたおやつを持って行くから大丈夫よ。帰りは早くても夕方の予定だから」
「そっ、そうなのよ、妖夢!はりきるなら夕飯でお願い!!」
「「アリス!!」」

折角の助け船を、魔法使いらしく一瞬で泥船に変えるアリスを、溜息を吐いて見る二人。
この時の映姫と輝夜は同じ事を考えていた。

(今日の夕飯は妖夢が六割、アリスが三割、私達で残り一割を食すので決定ね)

「ちょっ、二人とも」

聞こえない筈の二人心の声がアリスにも届き、涙目で許しを乞おうとする。だが、そんなアリスに、二人は冷笑を返すだけだった。
★★★★★

「本当にアッと言う間に白くなっちゃった」

美鈴が口をポカンと開け、紅から白に変わった館を見ている。
その館の前では、咲夜が精根尽き果てていた。

「お疲れ様です、咲夜さん」
「ええ、本当に」

美鈴が咲夜に労いの言葉を掛け、水筒を渡す。

「ありがとう」

美鈴から水筒を受け取り一気に飲む咲夜。

「それで咲夜さん、その状態じゃしばらく仕事は無理でしょう?後は私に任せて夕方まで休んでいて下さい」

咲夜の疲労度を察して、美鈴が休息を諭すが

「何を言っているの!?貴方には門番の仕事があるでしょう!私の事よりも自分の仕事をこなす事に専念しなさい!!」

咲夜のメイド長としてのプライドがそれを許さない。

「でも、侵入者なんて白黒の魔法使い位ですし」

普段から門番として立っているが、侵入者なんて魔理沙以外ここ最近は記憶にない。

「例え今まで侵入者がなかったとしても、今日来ない保証はどこにもない以上、門番を配置しない訳にはいかないわ」

咲夜の言う事はもっともである。
だが、それでも、昨日からの咲夜の様子から心配の美鈴もそう簡単には引けない。

「でも、そんなふらふらの状態じゃ大きな失態をしかねませんよ?夕方までが嫌なら、せめてお昼過ぎまで休息を取ってください」
「その間の仕事はどうするの?やる事は山ほどあるのよ?それこそ時間を止めでもしない限り、時間がいくらあっても足りないわ」

美鈴と咲夜の間に赤い火花が飛ぶ。
その光景を見ていた門番隊の一人が、呆れ顔で二人を止める。

「メイド長も門番長も少し落ち着いてください」
「貴方は確か副長をしている」
「あっ、覚えていてくれましたか?副長をさせてもらっている妖花です」

妖花は覚えていてもらった事に安堵し、咲夜に笑顔を向ける。

「メイド長には失礼かも知れませんが、私の目から見ても疲れているのが分かります。夕方まで門番長にお仕事を任されて、休息を取る事を私からも進言します」
「だから」
「門番は門番長がいなくても私達で務まります。そもそも門番長が居た所であの白黒魔法使いを止める事は出来ないんですから、居てもいなくても一緒です」

咲夜の反論を予測して先に封じる妖花。

「確かにそれはそうだけど・・・でも妖怪の侵入者とか」
「メイド長お忘れですか?私も妖怪ですよ。その辺の雑魚妖怪程度なら私でも倒せます。それに妖怪なら基本的には夕方からが活動時間ですから、そこまで強力な妖怪が来る事もないでしょう」
「う~ん、でも」
「咲夜さんの負けですね。妖花の言う事は何一つ間違っていません。それに紫様も昼間は寝ておられるようですから、咲夜さんじゃなくちゃいけない仕事もありません。夕方まで大人しく休んでいてください。それにきちんと休息を取って英気を養っておかないと、紫様にまた言われてしまいますよ?使えないわ、って」

使えない、の部分は紫の口調を真似て言う美鈴。そのセリフに昨日の事を思い出したのか、咲夜から殺気が痛いほど放出される。

「そうね、そうよね。ふふふ、そうだったわ。これで終わりじゃないのよね、ありがとう美鈴」
「い、いえ」

笑顔でお礼を言う咲夜に怯えながら、美鈴は笑顔を返す。

「そじゃあ、夕方まで休ませてもらうわ。何かあったら部屋にいるから」
「分かりました。ゆっくり休んで下さい」

笑顔で見送られ、咲夜は自室へと戻って行った。
咲夜が館の中に入ったのを確認してから、妖花に敬礼する。

「それじゃあ妖花、門の方はお願いしますね」
「はい、お任せください。門番長も、メイド長代理頑張ってください」

妖花も美鈴に倣い、敬礼して返事をする。
紅魔館の一日がこうして始まろうとしていた。

★★★★★★★★★★★

「ふぁぁ~あふぅ」

永遠亭の幽々子の部屋には、品に欠けた欠伸が聞こえてくる。

「眠いなら、お布団しいてもらいましょうか?」
「いえいえ、おかまいなく」

幽々子の気づかいに、眠そうに返事する小町。
現在時刻は九時を少し過ぎたくらい。いくら小町でも、布団に入って眠るのは憚られる時刻。と言うか、この事が映姫に知られると、後でお説教のフルコースを味わわなくてはいけないので、あまりない忍耐力で眠りの淵へと堕ちる意識を必死に繋ぎ止めている。布団になど入った日には、三秒と持たずに堕ちるだろう。

「そう言えば、永遠亭でのお姫様の仕事は何もしなくていいんですか?」

小町が眠気覚ましを兼ねた雑談をしようと疑問を振る。

「そう言えばそうね。う~んでも、何かをして欲しいとは特に言われなかったし、いいんじゃないかしら?」

永琳も鈴仙も特に何も言わなかった。と言うよりも、二人とも朝食が終わるとすぐに薬剤室に籠ってしまった。てゐも慧音も何処かに行ってしまい、今いるのは小町と幽々子だけである。

「それにしても、本当に何もない部屋だな。あたいも部屋にはあんまり物置かないけど、ここまでくると、生活感一つない感じがしませんかね」

改めて幽々子があてがわれた部屋を見渡し、感想を述べる。

「ここ本当に、お姫様の部屋なんですかね?」
「それは間違いないと思うわよ。ほら、感じるでしょう?」
「?」

幽々子が天井に向けて片手を伸ばす。

「ここにはお姫様の精気が充満している。常に居る所だから、居間よりもはっきりと感じられるわ」
「・・・ああ、確かに。幽々子さんとは違う気配が」

小町が目を瞑り、集中してようやく感じる程度の物を幽々子は簡単に感じ取る。幽霊と言うのも関係しているだろうが、やはり幻想郷のバランサーの一人として言われるだけの実力があるからこそだろう。小町は改めて目の前の人物の実力に恐れをなす。

「そう言えば、あたいはまだお姫様見たことないんですけど、どんな感じの人です?」
「そうね~、私もよく分からないわ。ただ、そうね、まるで矛盾した存在かしら」
「矛盾ですか?」

幽々子が顎に手を当て出した答えは、小町には理解できない。

「ええ、矛盾ね。そうね、分かりやすく言うなら、まるで幼い子供の様な時もあれば、全てを達観した老人の様に感じる時もある」
「それって、誰にもそんな感じの時ってありませんかね?性格的な物も関係はするでしょうけど、子供が大人になる時とか」
「確かにそうだけど、彼女の能力からして矛盾を持っているわ。永遠と須臾。永遠は歴史のないもの、一方で須臾は異なった歴史を持つ事の出来るもの。歴史のない能力に複数の歴史を持つ事の出来る能力。私の知る限りで能力を二つ持つこと自体初めてのケース」
「そうですか?あたいもその気になれば仙術の一つや二つ使えるし、あの里の白沢だって歴史を作る能力と歴史を食べる能力で二つじゃないですか」
「でも白沢の能力は単純に言えば歴史を操る能力と一言で言い表す事が出来る。だけどお姫様の能力は一言で表す事が出来ない。いえ、出来ない訳ではないわ。だけどそれらの言葉で表すと、まるで違った意味になってしまう」
「表すなら、あの悪魔のメイドみたいに時間を操る能力って事ですかね?それとも歴史を操る能力。う~んでもそれだと確かに違う意味になるような」
「ええ、それから貴方が仙術を使ったからと言って、それを能力と呼ぶ事は間違っているわ。私達が能力と呼んでいるのは生まれつきの力。誰でも出来ないものを能力と呼ぶの。貴方なら距離、閻魔様なら白黒はっきりつける、私なら死、紫なら境界と言う風にね。そして彼女達の話を信じるなら・・・月の民」

幽々子は一度言葉を切り、扇子で口元を隠す。

「月の民は果たして、人間と呼んでいいのかしら?それだけじゃないわ。不老不死を得た者を人間という枠に括っていいのかしら?彼女はそれらの意味から全てが矛盾に在る」

幽々子の言葉の意味を必死に小町は考え、自分の答えを導き出す。

「でも、それってあたい達がそう思っているだけで、実際には括れるんじゃないですかね」
「ええ、そうね。結局は私達が知らないと言うだけの可能性は高いわ。でなければ単純に月の民と言う部類に入ると言うだけの話。もっとも、それも彼女たちの話が真実ならの話だもの」

にっこりと小町に微笑む幽々子。

「真相が分からなければ、全ては憶測の域を出ないって事でいいんですか?」
「ええ、全ては闇のなか」
「何となく分かりました。外見とかはどうなんですかね?やっぱり話の通りに息をのむほどの美人なんですか?」
「う~ん、美人と言えば美人かも知れないけれど・・・私としては可愛いの方が形容として合っている気がするわ」
「へー、それは今度会う時が楽しみだ」

この後小町と幽々子は昼食が出来るまで、日向ぼっこをしながら雑談を続けた。

★★★★★★★★

朝食の準備が整い、藍は腕を組んで考えていた。

(やはり一度は二人を起こして確認を取るべきだろな)

朝食の準備が終わったが、二匹の鬼は起きる気配がない。
萃香は放っておいても問題はないのだが、レミリアは今迷い家の主として滞在している以上伺いを立てるのが筋。だが、起こせば返って機嫌を損ねてしまう恐れもある。
藍はどうするべきか悩み、かれこれ十分以上経っている。

「藍様、お腹が空きました~」

美味しそうな朝食が目の前にあるにも拘らず、お預けをくらい悲しそうな瞳で藍に訴える橙。
橙をこれ以上空腹で辛い思いをさせる訳にもいかず、藍は起こす決心を固める。

「レミリア様、起きて下さい。朝食の準備ができました」

とりあえずと声を掛けてみるが、起きる気配は微塵もない。

「レミリア様!朝食ですよ!!」

今度は大きな声で起こしてみる。
だが返ってきたのは

「うるさいっ!!」
「うわっ」

吸血鬼の拳。
何とか避けたものの、当たればタダでは済まないだろう。
拳を放った本人は、寝返りをうって眠り続ける。

「まったく、何処が優美なんだ!?紫様だってこんな事はしないぞ!?」

正確にはうるさいと言って隙間に落とされるので、ある意味ではレミリアの様に拳で殴り掛かってくる方がマシかもしれない。隙間に落とされて、迷い家がに帰ってくるのに半日掛けてくる事も珍しくないのである。だから紫に言われている時以外は、ほとんど起こさない。

「藍さん、私に任せてもらえませんか?」
「どうする気だ?山の巫女」

早苗が起こすのを買って出たので、藍はとりあえず任せる事にした。

「はい、外ではこんな風に起きない鬼を起こす時に、伝統的に伝わったやり方があるんです!」
「ほう?そんな方法があるのか?だが本当に起きるのか?」
「大丈夫です。以前諏訪子様から教わって、百パーセントの確率で目覚めると言っていましたから」
「ほう、神が教えた方法か。ふむ、じゃあ頼む」

どの道自分で起こすのには命の危険性も伴うので、神の教えともあり藍は一歩引いて早苗の行動を見ていた。
早苗はまず萃香を抱え、外に出て行く。そしてまた居間に戻ってきた時には萃香はおらず、今度はレミリアを抱えて出て行く。吸血気は日に当てると大変な事になるのだが、幸い今は、外は分厚い雲で太陽が丁度隠れている。
藍は念の為と思い、一応物陰に隠れてその動向を見張る。この時点で藍には嫌な予感がしていた。

「橙ちゃん、ちょっとだけお手伝いしてくれる?」
「はい、どうするんですか?」

橙に指示を出し、バケツを手渡す早苗。

「それではいきます」

そう宣言する早苗の手には大きなバケツ。バケツの中には水が零れんばかりに入っている。
橙のバケツの中にはどうやら水以外の物が入っているらしく、少し重そうにバケツの中身を勢いよくレミリアと萃香にぶつける。そして橙が中身をレミリア達に向けて放ったのを見届けてすぐ、早苗のバケツも勢いよく中身をぶちまけた。

バラバラバラ

「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

バッシャァン

「あぁぁぁぁぁぁぁ」

一度目は二匹の鬼の叫び。二度目は一匹の鬼の叫び。

一度目に投げつけられたのは言うまでもなく、鬼が最も苦手とする炒り豆。
そして二度目には水。
そして

「あちゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

三度目の鬼の悲鳴が、迷い家が周辺に木霊した。



「とりあえず、何か言う事はあるかしら?」

腕を組み、仁王立ちで怒りを隠そうともしないレミリア。とりあえず濡れた服は着替え、居間で手当てを受けている萃香。

「いくらなんでも炒り豆はないよ~。痛てて」
「すいません」

とりあえず謝る早苗。

「すいませんで済むか!!もう少しで全身灰になるとこだったんだぞ!?」
「本当にすみません!まさかあの程度の事が命に関わる事だとは知らなかったんです!」

レミリアは兎に角怒りのままに早苗に怒鳴り散らす。

「本当に太陽が駄目だったんですね。霊夢さんから、レミリアちゃんは昼間から出歩いているって聞いたから、てっきり平気なんだと思ってしまって」
「霊夢め~余計な事を~」

何故か怒りを霊夢にまで向けるレミリア。

「とりあえず、落ち着きなレミリア」

手当ての終わった萃香がレミリアを宥める。

「起きなかった私たちも悪いんだし、それに山の巫女も知らなかったんだから」
「いえ、萃香ちゃんは・・・」

実際萃香に関しては苦情どころか、怒っても早苗は反論できない。確かに藍とレミリアを起こそうとしたが、萃香は一度だって起こしてない。その事を言ったらかなりマズイ状況になりそうで二の句が継げない早苗。

「それに昨日言ってなかったけ?優美な振舞いを見習えとかって。見本になる貴族様が、この程度の事でガタガタ言うなんて器が知れるよ?」

萃香が挑発すようにレミリアに話しかける。

「ふん、まあいい。気様の言うとおり無知を責めるのは間違っているからな。だが今度こんな事をしてみろ、ただで済むと思うなよ!」

全然怒りは収まっていないが、今回の大会で紫に言われた言葉を思い出し、頬を引きつらせながらも許すレミリア。

「そーそー、主様は寛大でないとね」

萃香が茶化す様に食卓に着く。

「とりあえず、朝ごはんにしよう。せっかく美味しそうなんだし」
「ふん、貴方に言われるまでもないわ。何してるの?さっさと座りなさい」

レミリア用に作られたイスに座り、藍たちに座る様に命令する。
眠さも相まってレミリアの怒りは何処かへと消えていく。
朝食を食べ終わる頃には眠さの限界で、怒りは完全に消えていた。


★★★★★★★★

お昼も過ぎ白玉楼の面々は、迷い家に向かっていた。

「ねぇ、妖夢」
「何ですか?アリスさん」
「本当にこの道であっているの?かれこれ二時間は飛びっぱなしだけど」

白玉楼を出てから二時間ほど、飛んでも飛んでも迷い家は見えてこない。

「一応この道で合っているはずなんですけど、辿り着けるかは五分五分と言ったところですね」
「それってつまり」
「分からないですね」
「やっぱり」

妖夢の言葉にアリスは頭を抱えた。

「後辿り着きたいなら、迷子になるしかないですね」
「それならもう迷っているんじゃないの」

辺りを見渡しアリスはぼそりと呟く。

「いえ、残念ながら、帰ろうと思えば白玉楼にすぐにでも帰れます」
「はぁー」

アリスは深い溜息を吐き、黙々と飛んでいる二人を見る。

「どうかしましたか?アリス」

アリスの視線に気がついた映姫が首を傾げる。

「閻魔様の能力で、迷い家まで辿り着けないかと思って」
「それは・・・難しいですね。貴方も気が付いていると思いますが、空間が今も変化しています。全く同じ状態にない以上、私にもどうする事も出来ません」
「それじゃあ、お姫様は?」

映姫が駄目な以上、消去法で輝夜に視線が行く。

「残念だけど私にも無理ね。だって迷い家が分からないもの。それじゃあ辿り着きたくてもつけないわ」
「つまり」
「一度でも行けば、次からは辿り着けるわ」

笑顔の輝夜に、ますます頭を抱えるアリス。
結局一行は、そのまま辿り着くまでひたすら飛び続けた。

★★★★★★★★★

本来の主が迷子になっているその頃の永遠亭では、皆で仲よく昼食を食べていた。

「う~ん、また汁の出しがきいてるね~。しかも麺も細めんときてる」

これ以上ないほどに、美味しそうに素麺を口に運ぶ小町。

「まぁ、量産するならこれはある意味ではベストな選択かしら」

永琳が素麺を箸で掴みながら、鈴仙を見る。

「本当はチャーハンにしようかと思ったのですが」
「だから、ごめんって謝ったでしょう」

鈴仙が横目でチラリとてゐを見ると、悪びれる様子もなく謝罪を口にする。

「気持ちがこもってないのよ、てゐは」
「大体文句があるなら、自分ですればいいじゃない」
「だーかーらー、私には御師匠様の手伝いがあるって言っているでしょう!?」
「別に鈴仙がいなくても御師匠様は困らないと思うけど」

ぎゃんぎゃんと騒ぐ二人を、笑顔で見守る現在の永遠亭の主。

「ケンカするほど仲がいいと言うけれど、本当ね」
「あれはあれで問題だと思うけどね」
「あら?小町ちゃんはケンカしないの?」
「誰とですか?幽々子さん」
「ん~、閻魔様とか?」
「そん時は、問答無用で一方的にやられると思うんですけど」
「確かに」

小町達が会話する隣で、永琳は急に箸を置く。

「どうしたんだい?永琳さん」
「総員衝撃に備えなさい!!」

小町が聞くと永琳は叫び、兎達はその指示に従い床に這いつくばったり、手近な柱にしがみつく。

「おい」

ドオォォォォォォォォォォォン

小町が永琳の指示の意図を聞こうとすると、激しい爆音と揺れに襲われる。

「うぉ!?なんだい!?」

揺れは幸いすぐに収まったが、爆音だけは鳴りやまない。

「まったく、頃合いだとは思っていたけど、まさか昼にしかけてくるとはね」

夜襲は飽きたのかしら、なんて言いながら永琳は幽々子の下に駆け寄る。

「お嬢様は危険だから、隠れ部屋にいて頂戴。因幡」
「はい!こちらです、幽々子様」
「ええ」

因幡の一匹が幽々子の手を引いて、何処へと連れ出す。

「ちょっ、あたいは?」

連れて行かれる幽々子を見て、小町はどうするべきか考える。

「お嬢様には一応隠れてもらっただけよ。心配なら一緒に隠れてる?」

少し混乱気味の小町に比べて、冷静すぎる永琳が聞く。

「危険はないのかい?」
「あると言えばあるけど、日常茶飯事のことよ」
「なら、ここにいるよ。あたいに出来る事があるなら言ってくれ」
「あら?ありがとう。それじゃあ、援護をお願い」
「任しときな!」
「鈴仙!」

小町に援護を頼むと、鈴仙を呼びつけ指示を出す。

「鈴仙、何時も通りに対応しなさい。特に今回は屋敷への侵入を阻止する事に専念しなさい」
「はい!承知しました!小町さんは私の援護をお願いします!」
「おう、とりあえず現場に急ごうか」

小町と鈴仙は爆音の轟く方へと走って向い、その後ろ姿を永琳は笑顔で見送った。

★★★★★★★★

「まったく、来るなら紅魔館にいる紫様にお願いすれば良かっただろうに」

藍は呆れながらお茶を差し出す。

「すみません。そこまで頭が回らなくて」

妖夢が恐縮してお茶を受け取るその横で

「一生懸命だったのよね?」

輝夜が笑顔でフォローをして

「それで三時間も飛び続けさせられたのだから、堪ったものではないけどね」

アリスが文句を言う隣で

「妖夢にも落ち度はありましたが、それを責めるのは間違いです」

映姫が注意する。

「とりあえず、御持たせで悪いがどうぞ」

輝夜達が持ってきたお菓子をお茶受けとして出す藍の隣で、顔を赤くして来客を見る早苗。

「ねぇ、さっきからずっとこっち見てるけど、なんだと思う?」
「さぁ?私達が珍しいのではないかしら?」
「それもあるかも知れませんが、何故顔を赤くする必要がるのです?」

ひそひそと早苗の視線について話す三人。
その事に気がついた藍が

「ああ、紹介がまだだったな。こっちは妖怪の山で巫女をしている東風谷早苗」

早苗を紹介し

「それで金髪が人形遣いの魔女、アリス・マーガトロイド。そちらの緑の髪が地獄最高裁判長閻魔の四季映姫・ヤマナザドゥ。そして黒髪がかの有名な伝承のかぐや姫事、蓬莱山輝夜だ」

早苗に紹介した。

「はっ、はじめまして。東風谷早苗です。妖怪の山で巫女をさせて頂いております。もしよかったら、お宅に分社を建てませんか?」

何故か顔を真っ赤にさせながら挨拶をする早苗。慌てている為何故か調子の良いセールスみたいな事を口走ってしまっている。

「折角のお申し出ですけど、神様は食傷気味なの。ごめんなさい」

輝夜が早苗に明らかな作り笑顔で返事をする。
作り笑顔でも、やはり元々造形がいいのでそれだけでも美しい。

「あっ、いえ、すみません。いきなり変な事を言ってしまって。あの昔話のかぐや姫見たいにあんまり綺麗だったものですから、つい興奮してしまって」
「ふふふ、御世辞を言っても何も出ないわよ?でも、綺麗と言われるのは嬉しいわ。ありがとう」

綺麗と言われた事に気分を良くし、お茶受けを美味しそうに口にする。

「私も分社は遠慮するわ。洋館だから和風のものはちょっと」
「そうですか。気にしないでください。っていうか、さっき言った事は忘れて下さい。ちょっと、こんな綺麗な人たちを一度に見たので頭が働かなくて」
「えっ?」

アリスが顔を赤くして、早苗を見る。

「あの輝夜さんも和美人って感じで綺麗ですけど、アリスさんもアンティークドールみたいで綺麗だと思います」
「あ、ありがとう」

まっすぐな視線を向けられ、更に綺麗とまで二回も言われ流石に照れてしまい、そっぽを向くアリス。

「残念ながら私も分社は遠慮させて頂きましょう。ですが、貴方のその一生懸命は良い事です。これからも励みなさい」
「あ、ありがとうございます。これからも信仰を集める為に精一杯させて頂きますから」
「ええ、貴方の行いはそのまま自分に返ってきます」


最後に映姫が早苗に善行を諭し、自己紹介代わりの会話は終わる。

「それにしても助かりました、藍さん。本当にどうしようかと困っていたので」

妖夢が再び藍に感謝を述べる。

「いや、気にするな。私もちょうど帰宅していたところだしな」
「そう言えば、随分沢山買ってきていたみたいですけど、何をあんなに」

妖夢たちが藍と接触したとき、両手一杯に荷物を抱えていた。

「ああ、吸血鬼のお嬢様の買い出しにな」
「そうなんですか?そういえば、その吸血鬼のお嬢様は?」
「寝ている」
「そうですか」
「ああ、まあ、その辺は紫様も同様だから助かるがな」
「ははは、良かったですね」

何がいいのかは妖夢には分からなかったが、無意識にその言葉がでてしまった。

「そうだ、よかったら夕飯を食べていくか?今日は鍋にしようかと思っていたんだ」
「えっ、私は構いませんが、輝夜様次第ですね」

妖夢がチラリと輝夜の顔を窺う。

「私は構わないわよ。ちょうど吸血鬼のお嬢様と、お話したいと思っていたの」

笑顔で了承する輝夜に藍は頷く。

「それじゃあ、準備を手伝ってくれ妖夢。悪いが妖夢を借りるぞ」
「ええ、どうぞ」

藍と妖夢は台所に行き、残された者達は雑談で夕食までの時間を潰した。


★★★★★

爆音の許へとつくと、兎達が応戦しているのが小町の目に映った。

「これは一体?」

小町は辺りを見渡し、鈴仙を見る。

「だから言ったでしょう。有事の際に備えて鍛えていると」

鈴仙が状況を確認してから、兎達に指示を出す。

「比較的軽症の者は重傷者を連れて下がりなさい!まだ動ける者は右翼と左翼に別れ、援護を!敵を何としても通すな!!」
「「「了解」」」

鈴仙の指示のもと、兎達は迅速に行動に移す。
兎達の動きを確認して敵を視界に捕捉する。

「相変わらず懲りないですね?妹紅さん!」
「ははははははは、お前たちも懲りないな!結局私に突破されるんだから大人しく道を譲った方が賢いんじゃないか!?」

爆音を鳴らす張本人は高らかに笑い、スペルカードを取り出す。

「行くぞ!藤原「滅罪寺院傷」」

妹紅の攻撃を避けつつ、兎達や屋敷への被害を減らす為に少しずつ撃ち落としていく。

「くぅ、せめてここが永遠亭でなければ」

言っても仕方のない事だが、鈴仙は言わずにはいられない。

「どうした!?月兎、避けて守るだけで手一杯か!?次行くぞ!!」

二枚目のスペルカードを取り出し
「「蓬莱人形」」

先ほどよりも容赦のない弾幕の数。

「懶符「生神停止(アイドリングウェーブ)」」

多くの弾幕の処理と被害を最小限に抑える為に選択したスペルカード。
だが、もしこれ以上妹紅がスペルカードを使ってくれば、これ以上は鈴仙には荷が重い。
兎達も援護をしてくれているが、所詮は三下程度の実力。屋敷への被害をこれ以上出さないだけで精一杯だ。

(これ以上は私の攻撃で屋敷に被害を出してしまう)

妹紅の攻撃だけでも手一杯の兎達に、自身の攻撃の尻拭いまでさせるには数が足りない。だが妹紅の進行を許せば、これ以上の被害は確定となる。
なら選ぶ道は一つ。

「藤原妹紅!!これ以上の侵入は御師匠様から許しがない限り認める訳にはいかない!!」

鈴仙は妹紅に強気な態度で宣言したが、その心中はとてもビビっていた。

「幻波「赤眼催眠(マインドブローイング)」」

現在鈴仙が持っているスペルカードの中でも強力な一枚。これで駄目なら鈴仙は、肉弾戦に持ち込んででも妹紅を止めなくてはいけない。

「ははは、甘いな!滅罪「正直者の死」」

妹紅も輝夜との殺し合いで伊達に経験は積んでいない。容易く鈴仙の攻撃を無効化してしまう。

「もう来ないのか?次行くぞ!!」

(くっ、ここまでか!?)

鈴仙は覚悟を決め、目をつぶる。
だが何時まで経っても攻撃がこない。
恐る恐る目を開けると

「大丈夫か?鈴仙」
「小町さん!?」

小町の鎌の先が妹紅の首に押し付けられていた。

「貴様、何のつもりだ?」

妹紅がドスの利いた声で小町に話しかける。

「いや、あたいもこれが弾幕ごっこだって言うなら、こんな真似しないんだけどね。だけどこの現状を見る限り、弾幕ごっこと言うには些か酷過ぎる」

小町の視線の先には負傷した兎達と、壊れた建物が無残な姿を晒している。

「もしこれ以上やるというなら、あたいも相応な対応しないといけなくなるね」

何時もの小町からは想像も出来ないほど、冷たい視線と声。

「ふん、やりあうって言うなら私はかまわない。私とあいつの邪魔をする奴は誰だろうと許さない!!」

小町の鎌に自ら首を刺し、怯んだ小町の腕から抜け出し零距離から

「不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」」

自らも炎を纏い、小町に文字通り死に物狂いの攻撃を仕掛ける。
零距離からの攻撃で完全に避ける事が出来ず、小町は地面へと墜ちる。
墜ちてくる小町を何とか受け止め、戦闘態勢に再び戻る鈴仙。

「小町さん!大丈夫ですか!?」
「まぁ、なんとか。後で治療を頼むよ」

辛うじて距離を操る能力で零距離からの攻撃の直撃を避けたとはいえ、威力の凄まじい攻撃を受けた小町の傷は相当なものだ。

「ええ、それは任せて下さい!それよりまだ戦えますか?」

小町の怪我の具合は心配だが、今は目の前の敵をどうにかしなくてはならない。

「あたいを誰だと思っているんだい?伊達に毎日映姫様から叩かれてないよ!」

小町は笑顔でスペルカードを構え、鈴仙に応える。

「ああ、私を止めたかったら二人で来るんだな!それでも止められる保証はないが!!」

妹紅が勢いに任せ、鈴仙達にスペルカード宣言ともに突っ込もうと体制をとった時

「何の騒ぎだこれは!?」

上白沢慧音の声が永遠亭に響いた。

★★★★★★

陽が沈み、辺りが茜色に染まり出した頃、咲夜が目を覚ます。

「何時?」

時計を見ると時刻は五時をまわり、予定よりもだいぶ遅れての起床となった。

トントン

扉がノックされ開く。

「あっ、良かった。起きましたか。そろそろ紫様も起きると思うので、これ夕飯じゃないですけど、よかったら食べて下さい」

美鈴が部屋にサンドイッチを置いて出て行こうとする。

「待って、美鈴」
「はい?」
「何か変わった事とか、異常はなかったかしら?」

起きたばかりとは言え、頭はすでに仕事の事を考えてしまう。立派な仕事中毒の咲夜。

「何もありませんでしたよ。妖精たちも思ったより働いてくれましたし」
「そう、サンドイッチありがとう。三十分で仕事に戻るわ」
「分かりました。私も三十分経ったら門番に戻りますね」

美鈴は今度こそ部屋を出て行った。

「あっ、美味しい」

美鈴が出て行くと早速サンドイッチに手を伸ばし、食べる咲夜。

(今日はあの隙間妖怪に使えないだなんて言わせないわよ)

サンドイッチを頬張りながら、紫への炎を灯らせた。

★★★★★★

「げっ、慧音!?」

竹林に響いた声の主を見た途端、妹紅の頬は引きつった。

「げっ、とはなんだ!妹紅!!」

慧音の怒声が妹紅の耳に痛い。

「おい!今のところは引き上げるけど、またすぐに来るからな!!お姫様にも伝えておけ!!!」

まるで負け犬の遠吠えみたいに吠えて去っていく。

「こら!妹紅!!」

慧音が追いかけるが、妹紅の姿はすでにない。
見失った事を確認すると、鈴仙たちの下へと戻り、慧音は頭を手で押さえた。

「大丈夫か?妹紅も今回は加減を全くしてないみたいだが」
「一応大丈夫だと思いますよ。被害状況を報告して!!」

鈴仙の声に兎が一匹駆けて、報告をする。

「今回前線に出動した兎は五十三羽。そのうち軽傷者三十二羽、比較的軽傷者十七羽、重傷者が四羽です。四羽は今治療室で応急処置を受けて、永琳様の治療を待っています」
「それ以外の被害は?」
「この裏口から西側に掛けて壁などが破壊され、備蓄の蔵が二つ炎上して現在鎮火作業に四隊の部隊があたっています」

淡々と被害状況を述べていく兎を、感心して見ている小町。

(兎はあまり知能が高くないって言っていたけど、下手したら並の人間よりあるんじゃないのか?)

「御苦労さま。軽傷の兎は治療が済み次第、復旧作業にあたって。比較的軽傷の兎は御師匠様から指示を仰いで。それから東から玄関を警備していた隊は、持ち場に一隊ずつ残して復旧作業にあたらせて」
「はい。リーダーは?」
「てゐと私達は、重傷の兎の治療に当たるから」

兎にテキパキと指示を出すと、治療室へと急ぐ。

「鈴仙、あたい治療って言っても大したことはできないよ」

小町は自分が治療に関しては素人で、特に役に立たないと思い鈴仙に告げたのだが

「そんな事はないです。四羽も重傷ですから、私たちだけでは手が足りません。少なくとも重症の兎のうち二匹は火傷によるものですから、冷やしたりなどしてくれるだけでありがたいです」
「分かったよ。ところで慧音は置いてきて良かったかい?」

鈴仙の言葉に納得し、先ほどの現場に置いてきた半獣を思い出す。

「慧音さんには、復旧作業と妹紅の襲撃に備えてもらっています。万が一もう一度来ても、慧音さんが居れば手を出してこないでしょう」
「オッケイ、じゃあさくさく治療しましょうかね」

スピードを上げて治療室へと急いだ。

★★★★★★★★

「何で貴方達が居る訳?」

起きて開口一番、レミリア口にした言葉はそれだった。

「あら、おはよう、レミリア」

笑顔の輝夜に睨むレミリア。

「お邪魔しています、レミリア・スカーレット」
「閻魔まで一体こんな所に何の用なのかしら」
「妖夢が美味しいおやつを作ってくれたのでお裾分けに来たのですが、夕飯に御呼ばれしたので食べていく事になった次第です」
「ふーん」

映姫の言葉に、まだ働ききってない頭がとりあえず返事をする。

「いくら吸血鬼だからって、もう少し規則正しい生活をした方がいいんじゃない?」
「それはうちの同居人に言ってあげるのね、アリス。パチェなんか全然寝ないから、規則も何もあったものではないわ」
「まぁ、魔女は寝る必要ないもの」

(私は寝るけどね)

アリスは七曜の魔女を思い出し苦笑する。

「ところでレミリア」

唐突に輝夜がレミリアに話しかける。

「何かしら?」
「それは?」

レミリアの足元を指さし、皆も視線を向ける。

「靴よ。見て分からないかしら?」

自信満々に言い放つレミリア。

「室内で?」
「紅魔館では家の中でも靴を履いているわ。どこもおかしくないと思うけど」
「ここって洋館でなく日本家屋だから、脱がないと逆に可笑しい事になるわね」

輝夜が言い含めるような言い方でレミリアに話すが

「この家の主は私なのだから、私のする事が正しいに決まっているでしょう」

聞く耳を持つ気はないらしい。

「それはそうね。ごめんなさい」

輝夜も特に拘る必要がないので、あっさりと引いてしまう。
それを台所で聞いていた藍は

(もう少し粘ってくれてもいいのにな)

輝夜にちょっとがっくりしていた。

「どうかしたんですか?」
「いや、何でもないんだ。すまないがそこの白菜を切ってくれ」
「はい」

妖夢と一緒に残念そうにしながら、鍋の準備を進めていく藍だった。

★★★★★★

夕日は完全に沈み辺りは真っ暗になっても、紅魔館の主は眠っていた。

「うんんっ、んん」

コロンと寝がえりを打つ姿は艶めかしく、実際格好もかなりエロかった。

「諏訪子、この女は何時になったら起きるんだと思う?」
「さぁ?当分起きないと思うよ、神奈子」

監査の二人が呆れながら、紫の寝姿を椅子から眺める。

「しかも狙っているのか?ワイシャツ一枚でボタン一つ留めないで」
「別に誰がどんな格好して寝ようと勝手だし、いいんじゃない。それに早苗だって夏は暑いからって、ワイシャツ一枚で寝てるじゃん」
「早苗はいいのよ!早苗は!だって可愛いんだから!!」

親バカにも程がある。

「それにしても、これじゃあメイドが精根尽き果ててまで館を塗り替えた意味がないね」
「そう言えば、やたら頑張ったみたいだね。帰ってきて真っ白だったから、ちょっとビックリした」

諏訪子が帰ってきたのは夕方近かったのだが、それでもこの館を一人で塗り替えたのは称賛に値するものである。

「ところでさ、諏訪子にちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何?」

急に真剣な態度に面倒だなと思いながら諏訪子は聞く。

「あんたさ、幻想郷に来る前から八雲紫と仲良かったの?」
「何、急に」
「昨日あんたが、八雲紫と二人で話していたのを知っているんだけど」
「話したけど、そんな事一々神奈子に言わないといけない訳?」
「そう言う事はないわ。だけど昨日の八雲紫の口ぶりからして、お互いをよく知っているような口ぶりだったから」
「特に仲がいいとは思わないけど。神奈子がそう思うなら、そうなんじゃない?」

面倒臭そうに紅茶を啜る。

「諏訪子、私は真面目に話してるんだけど」

諏訪子の態度に、イライラを募らせていく神奈子。

「だから、答えているでしょ」
「諏訪子!!」

神奈子は思わず怒鳴ってしまい、慌てて口を紡ぐ。

「今日はお互いもう話すには向かないし、部屋に戻るわ。紫も起きないだろうし、神奈子も部屋に戻ったら?」

溜息を吐き、さっさと部屋を出て行ってしまう諏訪子。

「はぁ、またやっちゃった」

神奈子も後悔しながら自室へと戻った。

★★★★★★★★

「鈴仙、後は包帯を巻いておいて」

永遠亭では兎達の治療が終了して、永琳はやっと一息ついていた。

「お疲れ、永琳さん」
「貴方もお疲れ様。ごめんなさい、治療まで手伝わせてしまって」
「いやいや、気にしないでもらいたい。あたいが勝手に手伝っただけだから」

小町に礼を言いながら、椅子をすすめる。

「それにしても、あれは一体」

小町が疑問を、隠す事なくぶつける。

「彼女は藤原妹紅。まぁ、我が姫を仇として狙っている、没落貴族と言ったところかしら」
「仇とはまた穏やかじゃないね」
「ええ、昔、姫に求婚した者の娘らしいのだけど、姫の顔を見るたびに殺し合いが始まって毎回大変なのよ」
「殺し合いって」
「姫は死なない、彼女も死なない。だからそれこそ永遠に続くわ。まったく、姫も相手をしないでくれたら一番早かったんだけど」
「だからあの厳重な警備に訓練だったわけか」

小町が納得と手を叩く。

「ああ、あれはどちらかと言うと、屋敷の為の警備ね。訓練は兎達が自身の安全の為にしていることよ」
「それじゃあ、お姫様の警護は永琳さんがしてるのかい?」
「一応私がしている事になるけど、あまり意味をなさないわね」
「はい?」

警備に意味をなさないとは同意味か。

「姫って我儘だから」
「まぁ、お姫さまだし我儘なのは仕方ないんじゃ」
「そうね、だからこれは姫の口癖。自分の物に手を出されて黙って居られるほど、私は御淑やかじゃないって」
「へぇ、それはある意味理想的な主だね」

自分の上司を思い出し、小町は思わず笑みがこぼれる。

「違うわ」
「へ?」
「確かにそれだけ聞けば理想的だけど、単純に自分本位なのよ。面倒だったら人任せにするし」
「それは」
「だから私は姫と居るんだけどね」

永琳はとても愛おしいそうに空間を眺める。

「心配って意味かい?」
「そんな単純な気持ちだったら、こんなに苦労してないんでしょうね」
「?」
「ごめんなさい、おしゃべりが過ぎたわね。私は夕飯の支度をするから、貴方はそれまで休んでいて」

小町には理解できない。分かっていても、永琳と輝夜の関係を自分なりに考えながら、夕飯まで疲れた体を横たえながら過ごした。


★★★★★★★★

「「「いただきまーす」」」

鍋の湯気と出汁の香りが居間を包んだ迷い家。

「はい、レミリアちゃん。熱いから気をつけて」

早苗が取り皿に、次々と具を入れていく。

「誰がちゃんづけで呼んでいいって言ったのかしら?」

レミリアが早苗を睨みながら、皿を受け取る。

「あら、いいじゃない。私も今度からちゃん付けで呼ぼうかしら?」

輝夜が面白がって、会話に参加する。

「そう呼んだ日には、命がない事を覚悟しろ」

レミリアが視線を輝夜に移し、殺気を込める。

「あら、怖い」

笑いながら流すのだが。

「ちょっと食事中に弾幕ごっことか止めてよ?」

アリスが念の為注意をするが

「言って聞くようなタイプではないだろう」

藍が悟ったようにアリスに言う。

「安心しなさい、アリス。もしそのような事になったら、私が黙っていませんから」

映姫が二人に釘を刺す意味で警告をする。

「おー怖い。まぁ、閻魔如きに私を止められるとは思わないけど」

閻魔など吸血鬼にとって恐れるに足らずと、レミリアは映姫に宣戦布告する。

「聞いていませんでしたか?私は食事の最中に争う気などありません。どうしてもと言うのなら、夕食の後にお相手いたしましょう」
「はん、そうやって延ばした所で、貴様の敗北は決定しているのにか?」
「何とでも言いなさい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「もういい、気分を削がれた。まぁ、何れ、証明するだけよ」

映姫の煮え切らない態度に興味をなくしたレミリアは、さっきから黙々と鍋を食べている妖夢と萃香に視線を向ける。

「ねぇ、さっきから黙って食べているけど、熱くないのかしら?」

冷ます事もせず、一心で食べいく姿はちょっと怖い。

「心頭滅却です」
「それなんか使いどころも意味も違う」

妖夢の言葉に萃香がつっこむ。

「熱いぐらいの方が酒にはちょうどいい」

萃香が瓢箪を見せ、また食べていく。

「私は単純に慣れの問題です」
「慣れ?」

妖夢の返答にアリスが代表して聞き返す。

「ええ、幽々子様と鍋など元々決まった量を取り分けない時とか、急いで食べないと無くなってしまいますから」

種を明かせば、単純に弱肉強食で培ったものである。
そんな妖夢に優しく話し掛ける輝夜。

「そうなの。でも、妖夢」
「はい」
「私達とならそんな心配はいらないわ。せっかく美味しいお鍋何だから、味と会話を楽しみましょう」
「あっ、すみません」
「いいのよ、謝らなくて」

まるで親の様に全てを包み込むかのように、妖夢に接する輝夜を

「早苗も気をつけなさい。あれがあのお姫様の手口よ」

アリスは危険人物だと早苗に教え込んでいた。

★★★★★★★★★

「ふぅ、まったく、主の癖に何時まで寝ている気かしら?」

咲夜が給湯室で美鈴相手に口をこぼしていた。

「まぁまぁ、いいじゃないですか。諏訪子さん達の話によると、多分今日は起きないだろうって言ってましたよ」
「私の朝の苦労は何だったのかしら」

溜息を吐きながら、コーヒーを飲む。

「でも、私も気分転換できましたし、咲夜さんも今日はお休みだったと考えて過ごしたらいいじゃないですか」
「おやすみって言っても、絶対起きない保証がある訳じゃないし、控えてない訳にはいかないでしょう」
「まぁ、それはそうですが。だったら門番隊の子を一人紫様の部屋につけておきますから、起きたら知らせてもらえばいいじゃないですか」
「ふぅ、まぁ、それもいいかもね」

今日は文句ひとつ言わせない覚悟で挑む気だった咲夜は、紫が起きない所為で大幅にやる気が削がれていた。

「じゃあ、そうしましょう。実は今日門番隊の朝番の子達でパジャマパーティをする事になっているんですよ。咲夜さんもぜひ参加して下さい」
「パジャマパーティーなんて、また随分と」

懐かしいと言おうとして止めた。それではまるで自分が随分年をとったみたいではないか。少なくとも、自分は目の前にいる相手より何倍も若い。そう思い、参加する事を決める咲夜。

「いいわ、たまには門番隊の子達とも コミュニケーションをとらないとね。じゃあ、美鈴、私はシャワー浴びて着替えてくるから、手配お願い」
「任せて下さい」

美鈴の返事を聞きシャワー室へと向かう。

「こんばんは、咲夜」

シャワー室には先客がいた。

「こんばんは、パチュリー様。珍しいですね」
「いくら私が普段埃っぽい図書館にいると言っても、結構綺麗好きなんだけど」
「いえ、けしてそのような意味で言った訳では」

咲夜はパチュリーがこの時間にシャワー室にいる事が珍しいと言っただけで、シャワーを浴びに来た事が珍しいと言った訳ではない。

「冗談よ、それより咲夜」
「はい」
「レミィに用があって部屋に行ったのだけど、隙間妖怪が寝ていたのは何故?」
「パチュリー様、何も聞いておられないんですか?」
「少なくとも、聞いていたら聞かないと思うけど」

パチュリーのもっともな言葉に、今までの経緯を説明する咲夜。

「ふーん、つまり、レミィはまた暇潰しに大会に参加したと」

パチュリーが呆れを通り越して、無表情で確認する。

「いえ、決して暇潰しには見受けられませんでしたけど」

パチュリーの中にあるレミリアのイメージを壊さない為にフォローするが

「暇潰し以外は考えられないわ」

既にイメージは咲夜が想像する以上に、ガタガタになっていた。

「それで、貴方は何か考えているみたいだけど」

パチュリーの目が咲夜の目を捉える。

「いえ、特には」

だが、咲夜はその視線を反らす事で回避する。

「言いたくないなら別にいいけど、ただ・・・考えるべき事ならしっかり考えるのね」

年上からのアドバイスと付け加えて、パチュリーはシャワー室を出て行く。
一人になった咲夜はお湯ではなく、水をかぶる事で頭を冷やし、何かを考え込んでいた。

★★★★★★

「さて、それじゃあ皆、夕飯にするわよ」

永遠亭では永琳の指示の下、夕飯が出来上がっていた。

「すみません、御師匠様。私が本来なら準備しなくてはいけないのに」

鈴仙が申し訳なそうに頭を下げる。

「別にいいのよ。今回は何時もよりちょっと被害が大きかったし、仕方がないわ」
「師匠」

鈴仙が寛大な言葉に胸を熱くしていたが、その隣でてゐは苦笑いを浮かべていた。

(単純に復旧作業より、夕飯作りを指示している方が楽なだけなのに)

もちろんてゐも、その楽に逃げた共犯者なのだが。

「ふぅ、それにしても今回の妹紅は一体何なんだ?いつもはここまでしないというのに」

慧音が分からないと、永琳に話しを振る。

「そうね、単純に憎悪がます時期なんじゃない?満月だって近いし」

永琳は適当に返事を返す。

「それにしても今回はやり過ぎだろう!?もう少し死者が出るかもしれなかったんだぞ!」
「私にそんなに熱くなられてもねぇ」
「ああ、すまない。永琳殿を責めても仕方がないのに、本当にすまない」
「まぁ、別に構わないけど。ただ、貴方が現れた事によって退いたという事は、理性はあるという事ね」

兎達からの報告を照らし合わせて、現在の妹紅を分析していく。

「そんな獣みたいに言わないでくれるか?」
「ああ、ごめんなさい。でも逆にいえば貴方が永遠亭に居れば襲って来ないという事よね」
「まぁ、それはそうだが・・・私にも寺小屋があるしな・・・ずっと居る事は出来ない」

慧音は非常に申し訳なさそうな顔で告げる。

「そうよね」
「と言うか、お姫様が居ない事を妹紅に教えれば、少なくとも大会の間は襲われないんじゃないのか?」

輝夜が居ないと分かれば、永遠亭を襲う理由がない。そう思い提案するが

「却下ね」
「何故だ?」
「姫が永遠亭に居ない事を教えれば、間違いなく白玉楼に行って殺し合いをするわ。事が永遠亭だけで済まなくなる。それは私たちにとって望ましい事ではないわ」
「だが、それでは・・・」

永遠亭の被害は拡大する。そう思うのだが

「だから姫は永遠亭にいる。妹紅にはそう思い込ませるわ。だから貴方も妹紅にくれぐれも言わない様に」
「・・・分かった」

慧音は納得いかないが、永遠亭の主がそう言う以上、これ以上は口出しが出来ない。
緊張が辺りを包み、その中で皆食事をとった。
もうじき皆が食べ終わる頃、緊張感が流れる空気を壊したのは、

「あの~、ちょっといいかい?」

小町の間の抜けた声だった。

「何かしら?」

永琳が首を傾げる。
この状況で小町に特に質問される覚えはない。

「幽々子さんは何処に行ったか知らないか?」
「「「あっ」」」

小町の言葉に皆で一斉に声を出すだった。


★★★★★★★★★★★★

迷い家では、結局白玉楼の面々は夜も遅いという事で泊まる事になった。
現在は宴会の真最中である。

「だから私は言ったんだ、吸血鬼よりも鬼の方が酒に強いって」
「何を言っているのかしら?あれは引き分けでしょう!」

昨日の飲みくべは、結局萃香の勝ちか、引き分けで終わったらしい。

「どっちでもいいじゃない。って言うか、あんた達、こんないい酒を飲み比べに使ったの?」

アリスが酒の銘柄を見て、驚く。

「良かったら一本持って帰るか?まだ沢山あるから構わないぞ」

藍がアリスにお土産として、一本渡す。

「いいの?これ里でも結構な値段よ?」

どれくらいかと言うと、五人家族の三か月分の食費を賄っても余るほどである。

「ああ、構わんよ。紫様が大量に持って帰られて、処分に少し困っていた位だからな」

宴会などに持っていけばいいのだろうが、神社まで持って行くのは藍である。その労度と置くスペースでは、スペースの方がマシだと考えた。

「ありがとう、大切に飲ませてもらうわ」

アリスは上機嫌になり、御猪口の中身を一気に飲み干す。

「おお、いい飲みっぷりだね!?ささ、どうぞ」

アリスの飲みっぷりに、萃香は機嫌を更に良くし、御酌をする。
上機嫌なアリスも調子に乗ってどんどん飲んでいく。

「あれ?妖夢?」

藍がふと気がつくと、妖夢の姿がない。
宴会に発展した頃には間違いなくいたのだが、先に眠ってしまったのだろうか?そう思い寝室にあてがった部屋を覗くが、橙が寝ているだけだった。

「妖夢だったら、外よ」
「うわっ!?」

いきなり背後から話しかけられ、思わず声を出す藍。

「永遠亭の姫君か。どうして私が妖夢を探していると?」

(気配が全然なかった。流石は月の姫というところか)

平静を装いながら、輝夜に尋ねるが

「さっき自分で妖夢は?って、言っていたでしょう」

さも当然と言われる。

「そうか、外か。ありがとう、私は妖夢を見てくる」
「ええ、お願いね」
「ときに」

笑顔で送り出そうとする輝夜に

「妖夢の様子が少しおかしかったみたいだが、貴方が原因か?」

藍は確信を持って問いただす。

「ええ、間違いなく私が原因だと思うわ。それで?貴方はどうするのかしら?」
「別にどうする事も出来ないな。今の妖夢の主は貴方だから」

藍は目を細め

「だが、あまり酷いようなら、私も黙って見ている気はない」
「承知したわ。そんなに大事な妹分なのね」

輝夜は全てを悟った顔で藍を見る。

「私は居間に戻るわ、それじゃあ頑張って」
「言われるまでもない」

互いに逆方向へと向かい歩き、藍は妖夢の後ろ姿を発見する。

「妖夢」
「藍さん」

とりあえず、さっきの自分の様に驚かせないようにする為に距離取って話しかける。

「夜だし冷えるぞ」
「大丈夫ですよ、それよりどうかしましたか?」

藍が悲しそうに妖夢に視線を向ける。

「どうかしたのは妖夢だろう。今日ずっと、私に何か聞きたい事があったんじゃないのか?」
「えっと、それは」
「私には言えない事か?」
「怒らないですか?」
「怒らないよ。と言いたいところだが、聞いてみないと分からないな」

妖夢は少し考え藍に話す決意を固める。

「・・・ですよね。実は」


★★★★★★★★

「うっうっうっ、恨めしや~」

幽霊お決まりのポーズで居間に顔を出した幽々子。

「本当にごめんなさいね。立て込んでいてすっかり忘れていたわ」

永琳が隠し部屋に幽々子を迎えに行ったとき、今にも死にそうな顔で横たわっていた。
既に死んでいるから死ぬ事はないのだが。

「しかも皆既に夕飯を食べてしまうなんて~」

目元を袖で覆い、泣きだす幽々子。
御飯の事だけに、本気か嘘か判別が付けられない。

「すみません、幽々子さん。すぐに作りますから!」

鈴仙が慌てて台所へと向かう。

「あらあら、別にあんなに急がなくてもいいのに」

幽々子が顔をあげると、涙の後は何処にもない。嘘泣きであった。

「それで、何があったのか話してもらってもいいかしら?」
「それは主としての命令?」

永琳に向きなおり、説明を要求する

「命令よ。いきなり爆音や揺れが起きたかと思ったら、隠し部屋に連れて行かれて、戻ってきたら兎達が怪我をしているんですもの。主として問いたださない訳にはいかないわね」

毅然とした態度に、永琳はお手上げというように状況を話す。

「まず、襲撃者は貴方達が依然肝試しで戦った藤原妹紅。襲撃理由は姫との殺し合いの為。被害は重傷の兎が四羽、軽傷の兎が四十九羽。建物の被害は裏口から西に掛けて壁などが損壊。また、備蓄の蔵が二つ炎上したわ」

被害状況を聞き、それからたっぷり三分ほどの沈黙の後

「分かったわ~」

と、一言。

「それにしても、鈴仙ちゃんは遅いわね~。ご飯はまだかしら?」

次にはご飯の話題になっていた。


★★★★★★

「おや?こんばんは」

紅魔館の廊下では、丁度会場に行こうとしていた咲夜が、諏訪子と対面していた。

「こんばんは、何かお探しですか?」
「ううん、ちょっと寝付けないだけ。それよりメイド長は枕何か持って夜這いにでも行くの?」
「主のお望みとあらば」

ふざけたつもりが真面目返され、諏訪子が言葉に詰まる。

「えーと、紫でも?」
「私の主はお嬢様だけですもの」
「だよね」

ちょっと安堵する諏訪子。

「ところでさ、いろいろ大丈夫?」
「何を持っていろいろなのか分かりませんが、大丈夫だと思います」
「それならいいんだけどね」
「それではおやすみなさいませ」
「おやすみ~」

諏訪子は去っていく咲夜を見つめて思いを巡らす。

(紫の心配は分からないでもないけど)

「なるようにしか、ならないしね」

誰もいない紅魔館の廊下に、諏訪子の声が木霊した。
深夜に突入する時間、紅魔館は一部を除いて静寂が朝まで続いた。

★★★★★★★★

迷い家の外では、藍が言葉を失っていた。
藍に今日あった事を全て話、助言がもらえたらいいと思って話したのだが、返答はない。

「あの、藍さん?」

もしかして怒るのを通り越して、飽きられてしまったかと心配になり藍を呼んでみる。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「妖夢」

長い沈黙の後ようやく藍は考えがまとまったのか、口を開いた。

「お前がそれでいいと思うなら、私はいいと思う。確かに幽々子様は良い方だと思うが、あの方でなければいけないという訳でもないと私は思うしな。ある意味ではお姫様の方がよほど妖夢にはあった主かも知れない」
「藍さん」
「だが、お姫様の出した難題に対しては、私の答えが合っている自信はない。普段は薬師が目立って分からないが、あのお姫様も相当な切れ者だからな」

(下手をすれば、普段見せている態度も、追い詰められた時に見せた態度も、全部演技かも知れん)

「それでも聞かせて下さい、藍さんは難題の解には何を?」
「私なら私をそのまま差し出すな。それが私の答えだ。私は自分の力にも頭脳にも自信があるからな。だが、妖夢は違うだろう?」
「はい。悔しいですが私は本当に半人前です。藍さんの様に自分だと答えられません」
「それは仕方がない。妖夢と私とでは生きてきた年月が違う。もちろん踏んできた場数だって、立場だって違う」
「・・・・・・」
「なぜあの姫君がそんな難題を出したのかは私には分りかねるが」

藍はここで一旦言葉を区切り

「あの姫君にとっては、とても大事な事なのだろう」

妖夢に聞かせた。

「戻ろう。本格的に冷えてきた」

藍は妖夢の方を抱き、迷い家と戻った。


★★★★★★

「悪いね~」

永遠亭の縁側では、小町と鈴仙が酒を酌み交わしていた。

「いえ、今日は本当に助かりました」
「いや、あたいは結局役に立たなかった。本当に面目ない」
「頭をあげて下さい。あの時妹紅の背後に回って動きを止めてくれたおかげで、私もこの程度の怪我で済んでいるんです。それに私が不甲斐ない所為で、小町さんに怪我をさせてしまいましたし」
「いや、この程度の怪我一週間もすれば治るよ。名医と名高い永遠亭の薬師に治療してもらったんだから」
「あら?ありがとう」
「「うわっ!?」」

永琳が小町達の背後に立ち、笑顔を見せている。

「私も参加させてもらってもいいかしら?」
「大歓迎。一人で飲む酒も旨いけど、大人数で飲む酒も旨いからね」

小町が永琳が座りやすいようにと横にずれる。

「じゃあ鈴仙、私の御猪口を持ってきてくれるかしら?」
「はい、すぐ持ってきます」

師匠の為にと、走って御猪口を取りに行く鈴仙。
その後ろ姿が完全に見えない事を確認してから、

「それであたいと二人きりになってまで何の話で?」

小町が切り出した。

「あら?どうしてそう思うの?」

永琳はポーカーフェイスを崩す事無く、聞き返す。

「その手には、既に御猪口と酒があるからかな」

永琳の手から御猪口と一升瓶を取り上げる。

「鈴仙は気がつかなかったけど、貴方はそれほど鈍くはないみたいね」
「まぁ、鈴仙に比べれば長く生きているし、閻魔様の下で働くにはそれなりの観察眼が要求されるんでね」
「そう、なら私が聞きたい事も分かるでしょう?」

ポーカーフェイスは冷笑へと変わり、小町に向けられる。

「幽々子さんの事だろう?残念だけど、あたいも何を考えているかは分からないよ。ただあたいが言える事は」

その程度は慣れているとでも言いたげに、マイペースで話し続ける。

「言える事は?」
「あの人はあの糞真面目な妖夢が主だと認めて仕えているって事位かね」

永琳は小町の返答に一度瞬きをして、微笑を浮かべる。

「ありがとう」
「参考になったかい?」
「ええ、十分すぎるほど」
「そいつぁ良かった」

丁度話が終わった頃、鈴仙が戻って来たのだが

「お待たせしました、師匠!!って、あれ?」

師匠の手に在る御猪口を見て、?を浮かべる。

「まだまだ観察が足りないわよ、鈴仙」
「師匠、持っていたならそう言って下さいよ~」

永琳に言われて、反省とともに涙を流す。

「鈴仙は私の命令を聞くのが嫌なのかしら?」
「そんな事はないですけど」
「じゃあ、いいじゃない」
「気がつかなかった鈴仙も悪いな」
「小町さんまで~」

情けない声が永遠亭の夜を締めくくった。


★★★★★★

迷い家では夜が更けると同時に宴会はお開きになり、みな布団に入り就寝していた。

「蓬莱山輝夜、起きていますか?」

普段なら聞こえないほどの声も、静寂の中でははっきりと聞き取れる。

「起きていますけど、まさか閻魔様が夜這いかしら?」
「裁きましょうか?」

輝夜の戯言に、映姫は本気で返す。

「冗談です。何か?」

やれやれと言葉にこそ出さなかった輝夜の態度に、怒りを露にする映姫。

「私は貴方に出来る善行をするように言ったはずですが」
「言っていましたね」

淡々と返す。

「分かっていてしない事は悪行です」
「閻魔様には閻魔様の正義があるでしょう?私には私の正義がある。それだけの事では?」

何を今さらと、輝夜は面倒くさそうに会話を続ける。

「私の正義は世界の正義の前には何の意味もありません。私は貴方に世界の善行をするように言ったのです」
「そうは言われても」
「貴方の悪行で誰かが傷ついてもいいと?」
「自分の正義を貫く以上、犠牲は出るのは承知の上の事」

布団の中で拳を握り、我慢強く輝夜に言い聞かせようとするが

「改める気はないのですか?」
「私が考える善行は、貫く事ですもの」

まるで意味がない。

「・・・・・・」
「だけど、その意志も何者かによって折れる事もある。その可能性は否定しない」
「蓬莱山輝夜、それで貴方が傷つく事になっても」
「構わない。元より傷つく覚悟ないのなら、不老不死になどなったりはしない。いくら私でもそこまで愚かではないと自分では思っているわ」
「・・・・・・」
「もう寝ましょうか。明日も早いし」
「そうですね」

輝夜の覚悟に映姫もこれ以上何も言えず、布団を被り直し眠りについた。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

(完全に出るタイミングを逸してしまったわ。あ~も~、トイレに行きたいのに)

輝夜達の真剣な会話に水を差す事が出来ず、寝たふりを続けていたのだが、後悔するアリス。
結局アリスは、二人が眠るのを待ってトイレに行けたのは、それから二時間後の事だった。
だけどこの時アリスは知らなかった。
この後に訪れる悲劇と喜劇を。
迷い家の夜はそれぞれの思惑の中、幕を引いた。
どうも実に三か月ぶりの投稿です。
待っていて下さった皆様、遅くなって申し訳ございません。
友人に「時間を掛けて書いて、誤字脱字がない方が読者としても嬉しい」と言われたからゆっくり書いてると言ったら叩かれました。「だからって三カ月は時間かけすぎだろう!」って。
でも、言い訳をするなら仕方がなかったんです。
だって、バイトが忙しかったんだもん。
これから更にバイトを増やすので、ますます更新は遅くなると思いますが、それでも時間が許す限りは書いていこうと思います。
それから話が進むのが遅いのは申し訳ないです。
当初の予定では四話か五話くらいで終わる予定だったのですが、もしかしたらもう少し増えるかも。
一応前作までの誤字脱字を修正しましたが、まだでききってないところがあると思います。時間をかけて修正していく予定です。
それからまた、誤字脱字、日本語として文法が成り立っていない個所がありましたらご指摘いただけると幸いです。
それでは本日は皆様おやすみなさいませ。
秘月
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コメント



0.1880簡易評価
8.10名前が無い程度の能力削除
相変わらず腹の立つゆかりんとれみりゃですね
最終的には主が正しかったって流れになりそうだから余計に。
仮にゆかりんが咲夜さんにどんな素晴らしい真意を持っていたとしても評価が覆ることはないでしょう。
あとレミリア、お前は素晴らしい演説をしろとは言わん、とにかくお前は靴 を ぬ げ ! ! !
9.80慶賀削除
 これだけ多くの人物を登場させて、しっかりと作り込んで
いくなんてとても真似できません。素直に羨ましいです。
 現実がお忙しいとは思いますが、ゆっくりと作品を練って
いって下さい。
12.50名前が無い程度の能力削除
一部のキャラが嫌いなんだろうなと思いましたが作品としては面白いと思います
この後の悲劇と喜劇が何なのか、続きに期待しています
バイト大変みたいですが、無理せず頑張ってください
13.90名前が無い程度の能力削除
随分待ちました。3ヶ月ですか……お疲れさまです。
次回作も期待してます。
14.50名前が無い程度の能力削除
やはり場面がころころころころころんころんと変わると読者はついていきにくい。
構成から考えてほしい。区切る必要の無いところで区切ってるところも多々あるもの。
話を膨らませすぎて収拾つかなくなるのだけは勘弁してね。これでも楽しみにしてるんだから。
19.50こー削除
>紫の言葉に従い昨夜は部屋へと戻った
咲夜

おもしろいんだけどキャラの扱いの差が気になったよ
21.90名前が無い程度の能力削除
もう三か月たってなのか…続編は早くくることを期待

一部のキャラ嫌い?な印象もあるけど、好き嫌いあって当然だし、とりあえず結末の期待。中途半端な妥協するよりこのままの姿勢を期待しています
22.80名前が無い程度の能力削除
各々まだまだ真意は見せないままですし(レミリア除く)
不快に思うキャラが居るのも仕方なし、恐らく次あたりから意図が見えてくるのではと期待

花はそれが咲くべき本来の時と場所に咲いてこそ真の華
今は本人や周囲がその価値や意味に気付いてなかったり勘違いしてる、ってトコなんでしょうかねぇ。。。?
27.90名前が無い程度の能力削除
焦らされて…焦らされて…それでも待ち続けます。

でも間が空きすぎるとこれまでの話を思い出しながら読むのが大変になってしまいます。程よく焦らしてほしいですね。
期待して待ってます。
32.80名前が無い程度の能力削除
流石に3ヶ月開くと細かい内容を忘れてしまいますね
でも焦らずゆっくり書いてください
次の話、楽しみに待ってます
36.無評価名前ガの兎削除
焦って書いて駄作、123と良い感じなだけに急かせないなぁ。
続き楽しみにしてるぜ。
点数は全部読んだあとに。
42.100名前が無い程度の能力削除
意外と考えさせられる作品だった。話の持っていき方が上手い。
後、書いている人も多いですが、今までの作家さんたちとは東方のとらえ方が大分違うところもおもしろい。
44.無評価名前が無い程度の能力削除
キャラが多すぎてまとめきれてない感じがします。
もう少し不必要なところは削るべきかと。

あとは、他の方々も言ってるとおりキャラの扱いの差がかなり目立ちますね

続き待っています
46.60名前が無い程度の能力削除
扱いの差って・・・(苦笑
ちょっと浅慮な人ちらほらいらっしゃるみたいですね

続き楽しみに待ってます
49.100名前が無い程度の能力削除
さて、続きはあるのか?
53.100名前が無い程度の能力削除
続きを待ってます!!!
55.80名前が無い程度の能力削除
なんという生殺し
58.80名前が無い程度の能力削除
生殺しってレベルじゃねーぞ
59.90名前が無い程度の能力削除
続きが投稿されることを期待してます!