Coolier - 新生・東方創想話

落葉の舞

2004/09/18 09:28:48
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 白玉楼の朝は、静かなものだった。
 主の趣味で夜な夜な宴が催されるここも、この時間だけは喧騒を忘れ、凛とした空気に支配される。
 誇張があるとは言え、二百由旬とも噂される広大な庭の一角に、一人の少女がいた。
 一見白髪のようにも見える銀髪に、黒一色のリボンが映える。
 お揃いの胸元のリボンが少し曲がっているのは意図的なものなのか。
 外見だけで言えば充分に「可愛い」部類に入るであろう。
 しかし、彼女の場合は少し事情が違った。
 彼女の周り、中空に浮かぶ半透明の「何か」が少女の印象を奇異なものに変えている。

 少女の名は魂魄 妖夢。ここ白玉楼の庭師兼護衛の任に就く少女である。
 妖夢は瞑想するかのように目を閉じ、手に持った二振りの剣を構える。
 かたや、一振りで十を超える幽霊を切り伏せると言われる長刀、楼観剣。
 かたや、人の迷いを断ち切ると言われる短刀、白楼剣。
 そのどちらも、少女には似つかわしくないはずであるのに、何故か彼女の手に収まっていることが
自然な事のように感じられる。
 刀が持ち主を選ぶとしたならば、この二刀は間違いなく彼女を主と認めていることになるだろう。
 それほどまでに、妖夢の二刀の構えは堂に入っていた。

 やがて、妖夢はゆっくりと目を開くと、まるで舞うかの如く二刀を虚空に閃かせた。
 刀を振るう度に、空間を切り裂く鋭い音が響く。
 時に稲妻のように激しく早く、時には草木を愛でるかのように優しく優雅に、自在に二刀を操るその姿は、
さながら稀代の剣豪のようであった。
 最後の一撃を振り下ろすと、妖夢はふぅ、と息をついた。
 その瞬間、目の前の植木の葉がはらはらと舞い落ち、見事に剪定された。
「うん、今日も中々の出来ね」
 妖夢は満足げにつぶやいた。実を言えば多少左右のバランスが怪しいのだが、それは二刀の長さが
違うのだから仕方のないこと、と無理やり自分を納得させる。
 ふと東の空に目を向けると、日が先程よりもかなり高くなっていた。
「いけない。そろそろ朝ご飯の支度をしないと…」
 妖夢はそそくさと厨房に向かって行った。その後を、半透明の彼女の「半分」が従順な子犬のように
追いかけて行った。





 妖夢の心配は結局のところ杞憂に終わった。
 慌てて朝食の支度を終えてから、たっぷり一時間は過ぎたころ。
「妖夢~、おふぁよ~」
 すっかりだらけきった様子で朝の挨拶をする主を見て、思わずため息が漏れる。
 彼女の名は西行寺 幽々子。ここ白玉楼の主である。
「おはようございます…と言いたいところですが、もう昼も近いですよ? 幽々子様」
 少しとがめるような口調で妖夢が返す。しかし、当の本人はそんな言葉はどこ吹く風。
「も~、お説教は後で聞くわ。それより、ご飯はまだ?」
 そう言うが否やそそくさと自分の席に座り、餌をねだる子猫のような目つきで妖夢を見る。
 いつもこうなのだ。こちらが真面目に諭しても、のらりくらりとかわされてしまう。
 妖夢としては、白玉楼の主としてもう少し自覚と威厳を持っていてもらいたい、と常々思っているのだが。
「妖夢~、ご飯~」
 幽々子の催促は続く。妖夢は再びため息を漏らすと、諦めて冷めてしまった食事を温めなおした。

「幽々子様~、もうちょっとしゃんとして下さい。白玉楼の主がそんなことでは困ります」
 妖夢の小言は食事の後も続いた。当の幽々子はもううんざりと言った様子で食後のお茶をすすっている。
「そうは言ってもねぇ…」
 自分に非があるとは言え、こう口うるさく言われてはせっかくの美味しいお茶が台無しである。
 妖夢はよく働くし、何事に対しても真剣に取り組むし、よく気も付く。従者としては申し分ないのだが、
真面目過ぎるのが欠点だった。
 幽々子はそういった妖夢の性格を知った上で、彼女をからかうのを楽しみにしている部分も確かにあった。
 何しろ、反応が楽しいのだ。一度など、冗談で夜のお供をおねだりして見た所、耳まで真っ赤にしつつも、
「ゆ、幽々子様がお望みでしたら…、私は…」
 などと言うもので、危うくその気になりかけたことすらあった。
「ここの所、暑さがひと段落しましたからね。いつまでも寝ていたいお気持ちもわかりますけど…」
 妖夢の小言は続く。
 その時、天啓とも取れる言い訳が幽々子の頭に浮かんだ。
「大体、この季節がいけないのよ」
 突然の幽々子の言葉に妖夢は怪訝そうな顔を見せた。
「季節? 秋はお嫌いですか?」
 案の定、素直に食いついて来た。幽々子は思わず漏れそうになる笑みを噛み殺して続ける。
「嫌いって言うかねぇ。なんか中途半端じゃない。暑くもなく、寒くもなく」
「過ごし易くていいじゃないですか」
 妖夢の言葉はもっともである。しかし、その返しも幽々子には予想済みだった。
「そこが問題なのよ」
 妖夢は幽々子の言わんとしている事が理解できないのか、しきりに首を傾げている。
「いい妖夢。確かに秋は気候的には過ごし易いかも知れないわ。でも、それは裏を返せば刺激に
欠けるということなのよ」
「刺激…ですか?」
 少なくとも妖夢には幽々子が常日頃、刺激を求めているとは思えないのだが。
「そう、刺激が足りないのよ。だからね、妖夢」
 とうとう我慢が出来なくなったのか、幽々子は満面の笑みを浮かべつつ命令する。
「あなたが、刺激的な秋を探して来て頂戴」
 その言葉の意味するところを妖夢が理解するのには、たっぷり十秒以上は要しただろうか。
「……え、え、ええええええええええっ!」
 妖夢の絶叫が白玉楼中にこだました。





 それから数刻後―――。
 妖夢は白玉楼の外れを当てもなくとぼとぼと飛んでいた。
 飛んでいたのに「とぼとぼ」というのもおかしな話であるが、その様子を見れば誰もが納得したことであろう。
 幽々子に吹っかけられた無茶な命令を、持ち前の生真面目さから真剣に思い悩み、ああでもないこうでもないと
独り言を呟きながら飛ぶさまはさながら夢遊病者か何かのようだった。
「刺激的な秋、刺激的…、秋…」
 妖夢は途方に暮れていた。大体、何を持ってして「刺激的」と言うのだろうか?
 幽々子はとにかく妖夢の小言から逃れるために提案したのだが、妖夢の困る様を見ていつもの悪い癖が出たのか、
「見つかるまで、何度でも探してもらうからね? その代わり、見つけたらご褒美をあげるわ」
 などと、さらりと酷い条件を追加して来たのだ。

 幽々子のあの態度は本気だ。妖夢は知っている。以前、幻想郷中の春を集めて来いとの命令を受けた時も、
最初は何かの冗談かと思ったものだ。
 とは言え、今回の命令も無理難題という意味ではあの時と大差は無い。
 幸いなことに、今回は巫女や魔女やメイドの邪魔は入らないだろうが。
 それでも、幽々子の求める「秋」がまったく見当が付かないこの現状では、妖夢にとっては大問題だった。
 とりあえず白玉楼の中ではそれらしきものは見つからなかった。
 このまま幻想郷中をうろうろしていても、自分一人ではヒントすら見つからないのではないか。
 そんな不安にかられた。
 かと言って、こんなこと誰に相談すればよいのだろうか?
 妖夢は一人悩み、悩み疲れたのか手近な場所に着陸すると、膝を抱えて座り込んでしまった。





「あれ? 白玉楼の庭師さんじゃない?」
 不意に、頭上から声をかけられた。妖夢は反射的に身構え、素早く視線を上にやる。
 いくら悩んでいたとは言え、気配に気が付かなかったのは失態だ。自分の甘さに妖夢は心の中で舌打ちした。
 しかし、声の主が誰かわかったとたん、妖夢は緊張の糸を解いた。
 そこには、黒、白、赤の三人の少女が漂っていた。
「あ…、騒霊三姉妹の皆さん」
 それは、妖夢もよく知った面々。幽霊楽団として幻想郷でも有名な、プリズムリバー三姉妹だった。
「こんな所で会うなんて奇遇ね~。…って、どうしたの? そんな思いつめた顔して」
 白い衣装にを身に纏った次女、メルランが心配そうに尋ねる。どうやら最初に声をかけたのも彼女だったようだ。
 妖夢は答える代わりにため息を一つ漏らした。
「暗い! 暗いなぁ~。せっかく暑い夏も終わったって言うのに~」
 赤い衣装の三女、リリカの言葉にも妖夢は無反応だった。それどころか、表情は更に暗くなる。
「その夏が終わったのが問題なんですよ…」
 三姉妹は頭の上に疑問符でも乗っけたような表情で、互いに顔を見合わせた。
「何か、悩んでいるようだが…。良かったら、話してみないか?」
 黒い衣装の長女、ルナサが優しく問いかける。
 年長者の強みだろうか。その声には、まるで素直になれる魔法がかかっているかのようだった。
「実は…、うちのお嬢様が…」
 妖夢は事の成り行きをかいつまんで説明した。



「なるほど…、秋ならではの刺激的な何かを探して来い、と」
 ルナサは腕組みをして考え込んだ。元々生真面目な性格ゆえか、まるで我が事のように考えてくれている。
「それってさ~、秋と言えばコレ、みたいな事でいいんじゃない?」
 頭の回転の速さには定評のあるリリカが、何か閃いたように声を上げた。
「な、何かあるんですか?」
 妖夢は今にも飛び掛らんばかりの勢いでリリカの方に向き直る。
「そ、そうね…。例えば、スポーツなんかどうかな? ほら、スポーツの秋ってよく言うし」
 その迫力に多少気圧されながらも、リリカは答えた。
「すぽーつ、ですか…」
「平たく言えば運動ね。気候的にも秋はスポーツ向きってよく言うよ」
 妖夢は想像した。スポーツに興じる幽々子様。ひとしきり運動した後、汗をかくのもたまにはいいわね~
なんて言う幽々子様。
 …あり得ない。それだけはない。どうせそんな面倒くさい事はイヤ、なんてやる前から却下されるに決まってる。
「うちのお嬢様にはちょっと…。向かないと思います」
 沈痛な面持ちでそれだけ言うのがやっとだった。リリカはいい案だと思ったのにな~、と少々仏頂面になった。
「運動がだめなら、食欲の秋って言うのはどう?」
 メルランが妹の助け舟を出した。再び想像する妖夢。
 確かに秋は美味しいものが多い。しかし、ただでさえ食欲旺盛な幽々子様のことだ。それこそ見ている自分が
気分が悪くなるくらいに食べまくることは想像に難くない。
「それもちょっと…、出来れば避けたいです。個人的に」
 妖夢の表情はどんどん暗くなる。
「そうか、ならばアレしかないな」
 確信めいた表情で言うルナサ。
「ルナサ姉さん、何かいい案があるの?」
 リリカの問いにルナサは少々あきれ顔を見せる。
「何を言っている。それこそ私たちの専門分野だろう?」
「専門分野?」
 メルランは姉の意図がつかめていないようだった。もちろん妖夢には想像すらつかない。
「そう、私たちの専門分野…。『芸術』の秋、だ」





 更に数刻後。
 妖夢は幽々子を連れ立って幻想郷の外れの山奥まで来ていた。
「ちょっと妖夢~、どこまで行くのよ~」
 行き先も知らされていない幽々子は頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「もう少しですよ。それより、例のものはちゃんと持って来ましたか?」
 妖夢の問いかけに幽々子は袂から二振りの扇を取り出した。
「ちゃんとあるわよ、ほら」
 それを確認すると妖夢は一人頷き、幽々子の手を取ると更に山奥に向かって行った。
 幽々子もしぶしぶながら付いて行く。もっとも、心の中ではこれでつまらない事だったらどうやって
妖夢をいじめようかなどと考えていたりするのだが。
 そんな幽々子の悪巧みに気づくこともなく、妖夢はどんどん山奥へと向かって行く。
 やがて、山以外は何も見えなくなってからしばしの後。 
「さぁ、着きましたよ幽々子様」
 妖夢は森の中の開けた場所に降り立った。見渡す限り、木々の他には何も無い。
 幽々子はしばし周りを見回し、本当に何もないのを確認すると妖夢に向き直った。
「…妖夢、これのどこが『刺激的な秋』なのかしら?」
 微笑みながらも、そう言う幽々子の目が笑っていないのを妖夢は確かに見た。一瞬、背筋が凍るような
感覚に襲われる。
 しかし、妖夢には勝算があった。幽々子様も納得できるだけのものを用意したつもりだ。
「これからですよ。見ていて下さい」
 妖夢は誰かに合図を送るかのように右手を上げた。
 それに呼応して、森の中から優雅な音楽が流れ始める。
「あら、この音色は…」
 幽々子はこの音色に覚えがあった。曲自体は初めて聞く曲ではあったが、聞きなれたバイオリンの音、
トランペットの音、そしてピアノの音。
 バイオリンが主旋律を奏で、ピアノは伴奏に徹し、その二つをトランペットが調和させる。
 やがて、三色の騒霊姉妹が森の奥から姿を現し、楽しげに演奏しつつ宙を舞った。
 三姉妹の奏でる音色は空に昇り、それからまるで森全体に降り注ぐように降りて来た。
 確かに素晴らしい演奏ではある。幽々子も彼女たちの腕はもちろん認めている。そうでもなければ
わざわざ宴の度に彼女たちを招待したりはしない。
 しかし、自分が求めたものは「刺激的な秋」である。これは確かに刺激的かも知れないが、秋とは
何の関連も無いかのように思えた。
「妖夢、これはどういう事かしら?」
 幽々子はわずかに詰問口調で問いかけた。
 しかし、妖夢は答える代わりに森の奥を指し示した。つられて幽々子もそちらに顔を向ける。
 瞬間、自分の目を疑った。
 山の木々が、先程までの緑一色から徐々に色を変えて行った。
 自分たちのいる場所を中心に、赤や黄色の見事な紅葉が森一面に広がって行った。
「わぁ………」
 思わず感嘆の声が漏れる。それはまるで、暗い大地に朝の光が広がるかの如く。
 緑の森が紅葉に染まって行く。
「綺麗ね…」
 素直に、そう思えた。隣では妖夢が嬉しそうな、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「ルナサ様に助言を頂いたんです。秋と言えば、『芸術の秋』だと」
 三姉妹の演奏は、既に二つ向こうの山々まで紅葉に染め上げていた。演奏は、なおも続く。
「ルナサ様曰く、『芸術は、芸術家だけのものではない。鑑賞も立派な芸術の一部だ』と」
 プリズムリバー楽団の演奏、そしてこの一面の紅葉。その二つが融合して、一つの芸術が完成していた。
 幻想郷の中でも、ここまで幻想的な世界はそうはないだろう。ここの美しさは春の白玉楼に勝るとも劣らぬ
ものに思えた。



 三姉妹の演奏が終わると、先程まで緑一色だった山々は見渡す限り一面の紅葉に囲まれた。
「いかがでしたか、亡霊の姫?」
 ルナサの言葉にも反応を見せずに、幽々子は呆けたように立ち尽くしていた。
「言葉も出ない、ってやつかな?」
 リリカが得意げに鼻の頭を掻いた。しかしやはり幽々子は反応を見せない。
「あのー、ちょっと様子が変なような気がするんだけど?」
 メルランの言う通り、感動のあまり言葉が出ない、という域を既に逸脱しているように感じられる。
 妖夢は慌てて幽々子の肩を掴み、前後に激しくゆすった。
「幽々子様、幽々子様! 戻って来て下さい!」
 しばし妖夢にゆすられるまま首をがくがくさせていた幽々子だったが、妖夢の必死さが通じたのか、
突然憑き物が落ちたかのように目に生気が戻って来た。とは言え、元から生気などないのだが。
「あー、危うく遠くに行っちゃうところだったわ…」
「って、どこに行かれるおつもりだったんですか…」
 妖夢が呆れ顔で突っ込みを入れる。
「あの世」
 しれっと答える幽々子に、妖夢はそれ以上追求するのを諦めた。
「それはともかく。素晴らしい演奏だったわ」
 幽々子は満面の笑みで拍手を送った。ルナサが優雅にお辞儀を返す。他の二人もそれに倣った。
「気に入って頂けて何より。しかし、まだ続きがある」
 ルナサは妖夢に目配せをした。妖夢は頷き返し、幽々子の側へと歩み寄った。
「幽々子様。このような趣向は―――」
 妖夢は白楼剣を一閃した。幽々子がそちらに気を取られている間に、三姉妹はふっと姿を消す。
「いかがでしょうか?」
 続いて妖夢は楼観剣を一閃。すると、三姉妹は和服に変えて姿を現した。
 三人の衣装は、基調となる色は変わっていない。その為か、初めて見る姿ながら妙に似合って見えた。
 それぞれの楽器も変わっていた。
 リリカは鼓を、メルランは横笛を、そしてルナサは琴をそれぞれ携えている。
「それでは、僭越ながらもう一曲…」
 ルナサの口上を皮切りに、演奏が始まった。純和風の音楽。その曲は、幽々子が舞う際に使う曲だった。
「さ、幽々子様。こちらに」
 妖夢が幽々子を森の中の開けた場所の中心に誘う。
 突然の事に驚いていた幽々子だったが、やがてくすりと笑うと、目を閉じ拍子を取り始めた。
 そして、袂から扇を取り出し、目の前に構える。
 幽々子の腕が、音も無く上に上がって行った。



 元々この曲は、幽々子が最も好きな春の到来を祝う舞のものであった。
 しかし、三姉妹はそれを微妙に編曲していた。
 元の曲に比べ、どこか物寂しい切なさが漂ってくるような旋律。
 それは美しくも、どこか哀愁を感じさせる秋の夕暮れのような調べ。
 そして幽々子の舞も、普段とは違っていた。
 全体で春が来た喜びを表現するようないつもの舞ではなく、さながら厳しい季節に挟まれた刹那の美しさを
惜しむかのような、繊細な動作。
 妖夢も元となった春の舞は何度も見たことがあった。
 しかし、振り付け自体はそれほど変化させていないのに、まるで正反対の美しさをその舞に見た。
 鼓の音、笛の音、琴の調べに乗って、幽々子は舞った。
 赤や黄色の落葉が幽々子の周りに降り注ぐ。
 まるで、深紅の紅葉の葉は、舞い散る花弁の如く。
 そして、山吹色の銀杏の葉は、乱れ飛ぶ蝶の如く。
 落ち葉の中を、泳ぐように、漂うように、幽々子は舞った。
 その顔に、今まで妖夢でさえ見たことのないような、最高の笑顔を浮かべて―――。



 舞が終わった。
 幽々子は、静かに動きを止めるとふぅ、と息を吐いた。
 ぱちぱちぱちぱち。
 拍手が聞こえて来た。
 たった一人の、観客の拍手。
 妖夢は泣いていた。
 顔を涙でぐしゃぐしゃにしつつ、それでも流れる涙をぬぐうこともせず、ただ拍手を続けた。
 幽々子はにっこりと微笑むと、妖夢に歩み寄り頭を撫でた。
「変な子ね。何をそんなに泣いているの?」
 妖夢は答える代わりに幽々子に抱き付いた。
「幽々子様…、幽々子様~」
 言葉にならなかった。ただただ、何度も主の名を呼んだ。
 この人に仕えることが出来て、本当に良かった。
 心から、そう思えた。
「やれやれ…」
 言葉とは裏腹に、幽々子の顔は穏やかだった。そして、心からの感謝の言葉を伝えた。
「素敵な秋を教えてくれてありがとう、妖夢。約束通り、ご褒美をあげないとね?」
 しかし妖夢は幽々子に抱き付いたまま、首を横に振った。
「あら、いらないの?」
 幽々子の意外そうな声に、妖夢はようやく少し離れ、はい、と答えた。
「もう、頂きましたから。充分すぎる程に」





 素晴らしい演奏をしてくれたことに感謝の気持ちを込めて、幽々子は三姉妹を白玉楼に招待した。
 そして始まる宴。関係の無い幽霊たちまで、飲めや歌えの大騒ぎ。
 妖夢は明日の片付けのことを考えると、多少頭が痛くなった。
 しかし、今日だけはいいだろう。
 なにものにも代え難いことに、気が付けたのだから。
「やっぱり、幽々子様は幽々子様なのよね」
 その呟きは、誰にも聞かれることなく、秋の夜空へと溶けて行った。
はじめまして。真人(まひと)と申します。
まずはじめに。読んで頂いてありがとうございました。
以前から冥界組が大好きで、二人を主役にした話を書きたいと思ってました。
しかし書いてみたら意外にルナサが大活躍。(w

この作品、人生初の二次創作、初のSS、初の投稿と初尽くしですが、
感想や意見など頂けるともれなく嬉しさに悶えます。
しかし最近ここのレベルが高過ぎて…。
こんな作品を載せてもいいのか悩みましたが、
自分の力を知るいい機会とポジティブに考えまして、投稿するに至った次第です。

最後になりますが、読んで頂いて本当にありがとうございました。
って、繰り返しになってるよ俺…。orz
あとがきで文才の無さがばれてしまう。(w


9/20追記
様々なご感想、ご意見を頂きありがとうございます。
正直これほど反響を頂けるとは予想していなかったので、モニターの前で悶え喜びました。
オラ幸せモンだよママン。(つдT)

>裏鍵氏、とっきー氏へ
自分では、「描写が苦手」だと思っていたので意識して丁寧にやってみたのですが…。
その辺りのバランスは、今後の課題になりますね。
貴重なご意見、ありがとうございました。
真人
簡易評価

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コメント



0.1940簡易評価
1.60MUI削除
文章なのに「絵になる」という言葉が似合いそうです。
特に三人の演奏に幽々子の舞、というのは実に雰囲気がよく出ていて、妖夢の苦労も報われたことでしょう。
冥界の住人たちがなぜか生き生きとしていて、割とさらっと書いたように私には思えるのですが、構成面でもよく”読ませる”話に仕上がっていると思います。

個人的には悩む妖夢がお気に入りです(笑)。ああ、やはり幽々子は”お嬢様”ですよね!
3.80通りすがる程度の能力削除
読み終わって、「はぁ~」と感嘆のため息をついてしまいました。
白玉楼ののほほんとして華やかな雰囲気が伝わってきます。
この感じは……そう、古文の物語などを読んだときに似てますね。

人物描写や台詞も特徴を良く捉えていてしかも実に丁寧ですね。
主役二人はもちろん、騒霊三姉妹もそれぞれに「らしさ」が良く出ていて
その楽しそうな姿が一人一人目に浮かびました。
それにしても死後の世界は本当に楽しそうだなぁw
4.40shinsokku削除
落葉の儚さや落陽の静けさよりも、
涼やかな秋風のさらさらと流れる空気が程よく薫りますね。
三姉妹の演奏がスパイスとなってか、
大変心地良い読後感が素敵に思いました。
色々な意味で、ご活躍を期待いたします。
8.50MSC削除
非常に美しい。
紅葉の雨に咲く一つの舞。
それをさらに引き立てる和楽器の音。
この組み合わせが素晴らしすぎて惚れ惚れしました。
読み手にとっては、非常に魅せられる内容でした。
想像しただけで思わず魂が抜けそうです。
21.50RIM削除
まず、非常に美しいと思いました。
文章から秋の到来をひしひしと感じられ、秋なんだなぁ~、としみじみ思いました。
紅葉する木々を見ながら音楽を聴く。風流ですな。
こんな冥界なら死んでもイイかな(オイ

秋の雅さが伝わる良い作品でした。
23.30裏鍵削除
景色が、美しいですね。丁寧な描写でその場面が目の前に映りそうです。
しかしちょっと丁寧過ぎると感じますが…つまり、読んでいて疲れる文が多いです。もう少し要約して、簡潔な言葉で表現してどうでしょうか?
あとこっちの問題かもしれませんが、改行がちょっと変ですね。ここは自動改行ですから、長すぎる文を自分で改行しなくてもいいですよ?
24.50とっきー削除
レスにレスで恐縮ですが、裏鍵氏の言う簡潔にというのは私は少々疑問です。
丁寧で細かい描写が作風とお見受けしましたので、表現技法の問題と思います。多彩な描写を交え、冗長的・説明的にならないように気を使えばもっと良くなると思いますよ。
初のSSだそうで、このあたりは慣れの問題もあるかと。
私自身は、非常に繊細な描写が季節感を色濃く描き出していて、素直に良い作品だと思いました。
25.無評価裏鍵削除
>とっきーさん
えと、正にそれを言いたかったのですが…言葉が悪かったようです。コメントも思うまま書けないのですね私は(凹
コメントのコメントにコメントしてすみませんでした。
47.100daiLv4削除
とても綺麗だった。