―――昔、ある所に一匹の妖怪がいた。
自分が何の妖怪なのかもわからず、ただ、流れ行く時を感じながら生きていた。
妖怪の所には、来る日も来る日も妖怪や人が現れた。
本人に自覚はなかったが、大陸では名の知れた妖怪だったのだ。
その者達を倒しながら妖怪はふと思う。自分の力はどこまで届くのかと。
このままここにいても、答えは出そうにはなかった。
妖怪は旅に出ることにした。自分よりも強い者を探して。
幾年の月日が流れた。
妖怪は山を越え、海を渡った。
毎日毎日、妖怪は強者を探し回った。
しかし、いるのは自分の力の足元にも及ばないような雑魚ばかり。
やはり、自分の力の限界を見ることが出来ないのか。
そう、落胆していた時だ。一匹の吸血鬼に会ったのは。
ビリビリと伝わってくる殺気。
夜空を見上げるとそこには新円を描く月。
相手ほどでもないが、妖怪はその月に魅せられていた。
それに、長年追い求めていた者に漸く出会えたような気がして、歓喜に震えていた。
―――この吸血鬼と戦いたい
本能がそう叫ぶ。久しぶりだ、こんな思いを抱いたのは。
相手もそうだったのか、紅い瞳が一層強く光を放つ。
吸血鬼が妖怪を見据え、口を開く。
「お前、なかなかやりそうじゃないか」
心底楽しそうに、それでいて威圧感たっぷりに言う。
「あなたこそ、楽しませてくれそうね?」
お返しとばかりに殺気を込めた気を放つ。
それを感じた吸血鬼は、更に口元を歪める。
「言うじゃないか。お前こそ、楽しませてくれるんだろうな?」
「ええ。それなりに強いとは思うけど、ね!」
ヒュン
言い終わらないうちに鋭い蹴りを、吸血鬼の顎に目掛けて放つ。
が、吸血鬼は軽々と避けた。
「いい筋だな。だが……遅い!」
「…………っ!?」
何かを感じ、後ろに下がる妖怪。
避けた後には大きなクレーターが出来ていた。
避けてなければ今頃、粉々になっていただろう。
圧倒的なスピードとパワー。妖怪が倒せる相手ではない。
にも関わらず、妖怪は昂揚感に包まれていた。
―――それでこそ、倒しがいがある
自分が求めていた、手の届かないレベルの相手。
妖怪が欲していた物が、そこにはあった。
「へぇ、避けられたのか。やるな」
「これくらい、どうってこと無いわ」
翡翠色の瞳が、歓喜と共に黄金色に染まっていく。
普段は見えない、瞳の奥の線が浮き出る。
「お前の瞳、まるでドラゴンだな?」
「お生憎様。角も翼も無いけどね!」
妖怪が消える。吸血鬼にも追えない速度で。
「…………っ!!」
吸血鬼が妖怪に気付いた瞬間、吸血鬼の首は吹っ飛んでいた。
妖怪はというと、放った足を戻していた。
「……少し、やりすぎたかしら?」
「確かに、少し痛かったかな」
「なっ………!?」
確かに仕留めたとは思っていなかったが、まさか無事だったとは。
後ろから吸血鬼の声が聞こえ、咄嗟に防御しようとしたが間に合わない。
「ぐっ…………」
吸血鬼の放った蹴りを、まともにくらって吹っ飛ぶ。
骨が何本も嫌な音を立てた。呼吸をするのも辛い。
「首を吹っ飛ばしたのはお前が初めてだ。褒めてやろう」
愉快そうに吸血鬼は言う。が、妖怪から返事は聞こえない。
ただ、苦しそうな息が聞こえてくるだけだ。
「……さて。楽しませてくれたお礼に、とっておきの物で殺してやろう」
吸血鬼の手元に膨大な量の魔力が集まる。
やがてそれは形を成し、巨大な真紅の槍になった。
「楽しかったぞ、妖怪」
妖怪に目掛け、思いっ切り投げる。妖怪が動く様子はない。
轟音と共に辺り一面が衝撃に包まれた。
「……ふん。所詮この程度か」
少し不満げに呟く吸血鬼。
心のどこかでは、妖怪が立ち上がると思っていたのだ。
何となく、今日は自分を倒しそうな相手が見つかると思った。
だからわざわざここまで来たし、妖怪相手に本気で挑んだ。それなのに。
「……こんな極東の地では、それも叶わんか」
もう、この場所に用はないとばかりに立ち去ろうとする。
しかし、それは叶わなかった。ふと、何かが両腕に触れる。
次の瞬間、何かが爆ぜる。
「な、に………!?」
「何処……行く…つもり、かしら?」
息も絶え絶えな様子の妖怪が立っていた。
その右肩からは、槍が掠ったのか大量の血が流れている。
しかし妖怪はそんなもの気にしてない風だった。
そして、吸血鬼の両腕。きれいさっぱり無くなっていた。
そこには妖怪の手があった。
「ちょーと、あなたの気、弄らせてもらったわ」
無理矢理に笑いながら妖怪はそう言う。
そんな妖怪を見て、吸血鬼は満面の笑みを浮かべる。
―――やはり、お前が
吸血鬼は妖怪と同じだった。
自分の力がどこまで通じるのか。自分の力の上とは何か。
ただただ、本能のままに強者を求めていた。
そして、その願いが今叶った。ゾクリと背中を歓喜が駆ける。
「……面白い。気に入ったぞ」
「奇遇ね。私もそう思っていた所よ」
似た者同士。そんな言葉が一番似合う。
再び構え、お互い最後の一撃に力を込める。そして、放とうとしたその時、
「………っ」
「………!」
二人とも、その場から離れた。そこには無数の武器が突き刺さっていた。
「どうやら……」
「一時休戦のようね」
木の影や空から無数の妖怪達が現れた。
二人の妖気を感じ、集まって来たらしい。
中でも、リーダー格の二人は人型。
能力なのか何なのか、次々と武器を出してくる。厄介だ。
「さて、どうする?」
「同盟でも結ぼうか?」
楽しそうに言う吸血鬼。妖怪も笑って答える。
「それはいい案ね。私の背中、預けるわよ?」
「ふっ…間違って引き裂かれないように気を付けるんだな」
「あら、怖い」
二人はそのまま妖怪の群れに突っ込んでいく。
「私、今凄くイライラしてるの」
「我々の戦いを邪魔した罪は重いぞ?」
「「消えろ」」
「………また寝てるのね、この子は」
紅魔館の門の前。レミリアは美鈴に会いに来ていた。
「ふぇ……お嬢…様!?」
気配を感じたのか美鈴は目を覚ます。そしてその気配の正体を知る。
美鈴は主の姿を確認すると、急いで身だしなみを整えた。
「まったく……平和だから眠くなるのもわかるけど、寝すぎじゃない?」
「あはは………すみません」
微妙に引き攣った笑みを見せる美鈴。それに対しレミリアは苦笑する。
時刻は真夜中。レミリアが一番活動する時間帯だった。
しかも今日は満月。吸血鬼にとっては最高の日だ。
「お嬢様、何故ここに?」
「美鈴の話を聞きに」
「私の話…ですか?」
「ええ」
そんな日に美鈴の話をわざわざ聞きに来たという。
さて、何を話したものかと思案していた時に、ふと思い出した。
「夢を、見てました」
「夢?」
「ええ。とても昔に会った、好敵手との思い出です」
「へぇ~。好敵手、ね」
ニヤニヤしながらレミリアは美鈴に問う。
「じゃあ、今でも好敵手、なのかしら?」
「もちろん。今はそれに“守るべき大切な人”が加わりましたけどね」
さらりと言う美鈴。レミリアはそれを聞いて満足そうな笑みを浮かべる。
「奇遇ね。私も、遠い日の好敵手との思い出を夢に見たのよ」
「お嬢様の好敵手ですか。それはどういった人で?」
「そうねぇ………」
少し考える素振りをした後、レミリアは言った。
「己の力の限界を知りたかった強者、とでも言っておこうかしらね」
「なんですか、それ」
そう言ってから二人は同時に吹き出す。
「守るべき大切な好敵手、ねぇ……」
「己の力を試したかった、ですか……」
言っててまた笑えてくる。そうだったのか。
その後もお互い笑いあっていた。その時だった。
少し遠くからおびただしい量の妖気を感じた。
「……お嬢様、館に戻られた方が」
「ねぇ、美鈴」
美鈴が言ったことを無視してレミリアが言う。
「同盟でも、結ぼうか?」
「…………!!」
それを聞いた美鈴は、一瞬ひどく驚いた後、満面の笑みを浮かべる。
遠い昔。まだ外の世界にいたころ。どこかで聞いたその言葉。
返す言葉は決まっている。自然と口調が変わってくる。
「それはいい案ね。私の背中、預けるわよ?」
「間違って引き裂かないように、気を付けはするさ」
「相変わらず怖いわね」
「ちっとも思ってないくせに」
「それはどうかしらね?」
極東の地で巡り会い、死闘を繰り広げた二人。
今再び過去のように、“好敵手”となって戦場へと向かう。
あの時と同じく、無数の妖怪が姿を現す。
数分の後、その場にはただ二人しか立っていないだろう。
「………片付いたかな?」
「ええ。そうみたいね」
二人は返り血すら浴びてなかった。傷など一つも見当たらない。
「たまには、こういうのも悪くないかもね」
「あんまりやると、咲夜さんに怒られちゃいますよ?」
笑いながらそう言う美鈴。それに対しレミリアは、
「アイツは過保護なんだよ」
と、呆れながら呟く。あの頃にはいなかった、メイド長のことを想う。
それを見ていた美鈴が、不意にレミリアに向かって拳を伸ばす。
「ん………?……ああ」
一瞬怪訝そうにしたが、すぐに美鈴の意図を読み取り拳を突き出す。
コツンッと小さな音がして、二人の拳がぶつかる。
そして、示し合わせたように二人は言う。
「「ここに紅き絆を示す」」
声を揃えてそう言った後、同時に笑いだす。
笑いながらも美鈴は言う。
「あれから、数百年経ちましたね」
「もうそんなに経つの?」
「ええ。そしてこれからも、ゆっくりと時は流れていくでしょう」
「………忘れたく、ないわ」
そんな主の呟きに、美鈴は笑みを深める。
「大丈夫です。いくら時が流れたとしても」
そこで一端区切り、レミリアを真っ直ぐ見つめる。
「あの時結んだこの絆は、永遠のものですから」
「そう、よね………」
美鈴の言葉に、レミリアは深く頷く。
「絆が、永遠ならさ」
そう言って美鈴の背中に自分の背中を預けるレミリア。
「ずっと、一緒だから」
「はい」
「勝手にいなくなったりしないでね」
「もちろんですとも」
「それから………」
「お嬢様」
「何?」
「死ぬまで…ううん、死んでもずっと一緒でしょ?」
「………ええ!!」
全てが片付いた後。妖怪は大の字に倒れていた。
近くには吸血鬼が座っており、妖怪を見ながら口を開く。
「やっぱり私、貴女のこと気に入ったわ。私の従者にならない?」
砕けた口調で妖怪にそんなことを言った。
「面白そうね。いいわよ」
妖怪はあっさりと承諾した。自分より強い者に会いたかったのだから当然のことだったが。
そんな妖怪の様子に少し驚きながらも笑みを浮かべる。
「決まりね」
「ええ」
「……そういえば、貴女の名前、なんていうの?」
名前を聞いてなかったことに気づき問う。
「私の名前は紅美鈴。貴女は?」
「私はレミリア・スカーレット。奇遇ね…いや、運命かしら?私も貴女と同じ紅」
「私と同じ……」
一瞬黙り込んだ美鈴はすぐに笑顔になり、
「とっても素敵な運命ね」
レミリアも満足そうに笑った。
美鈴はレミリアに向かって手を伸ばす。
「何?」
「誓いを立てましょう。二人の妖怪が出会った証として」
「それはいいわね。どんな誓いにしましょうか」
レミリアも拳を伸ばして言う。
「好きなこと、順番に言えばいいんじゃない?」
「そうね。じゃあ、私から」
「紅の名のもとに、我らこの地に誓いを立てる」
「運命の戦い」
「結んだ契り」
「遥か時が流れても、永遠であることを誓う」
「「ここに紅き絆を示す」」
コツンッと小さく音が鳴った。
遥か昔。ただの妖怪と吸血鬼だった二人は、紅い絆で永遠に結ばれた。
自分が何の妖怪なのかもわからず、ただ、流れ行く時を感じながら生きていた。
妖怪の所には、来る日も来る日も妖怪や人が現れた。
本人に自覚はなかったが、大陸では名の知れた妖怪だったのだ。
その者達を倒しながら妖怪はふと思う。自分の力はどこまで届くのかと。
このままここにいても、答えは出そうにはなかった。
妖怪は旅に出ることにした。自分よりも強い者を探して。
幾年の月日が流れた。
妖怪は山を越え、海を渡った。
毎日毎日、妖怪は強者を探し回った。
しかし、いるのは自分の力の足元にも及ばないような雑魚ばかり。
やはり、自分の力の限界を見ることが出来ないのか。
そう、落胆していた時だ。一匹の吸血鬼に会ったのは。
ビリビリと伝わってくる殺気。
夜空を見上げるとそこには新円を描く月。
相手ほどでもないが、妖怪はその月に魅せられていた。
それに、長年追い求めていた者に漸く出会えたような気がして、歓喜に震えていた。
―――この吸血鬼と戦いたい
本能がそう叫ぶ。久しぶりだ、こんな思いを抱いたのは。
相手もそうだったのか、紅い瞳が一層強く光を放つ。
吸血鬼が妖怪を見据え、口を開く。
「お前、なかなかやりそうじゃないか」
心底楽しそうに、それでいて威圧感たっぷりに言う。
「あなたこそ、楽しませてくれそうね?」
お返しとばかりに殺気を込めた気を放つ。
それを感じた吸血鬼は、更に口元を歪める。
「言うじゃないか。お前こそ、楽しませてくれるんだろうな?」
「ええ。それなりに強いとは思うけど、ね!」
ヒュン
言い終わらないうちに鋭い蹴りを、吸血鬼の顎に目掛けて放つ。
が、吸血鬼は軽々と避けた。
「いい筋だな。だが……遅い!」
「…………っ!?」
何かを感じ、後ろに下がる妖怪。
避けた後には大きなクレーターが出来ていた。
避けてなければ今頃、粉々になっていただろう。
圧倒的なスピードとパワー。妖怪が倒せる相手ではない。
にも関わらず、妖怪は昂揚感に包まれていた。
―――それでこそ、倒しがいがある
自分が求めていた、手の届かないレベルの相手。
妖怪が欲していた物が、そこにはあった。
「へぇ、避けられたのか。やるな」
「これくらい、どうってこと無いわ」
翡翠色の瞳が、歓喜と共に黄金色に染まっていく。
普段は見えない、瞳の奥の線が浮き出る。
「お前の瞳、まるでドラゴンだな?」
「お生憎様。角も翼も無いけどね!」
妖怪が消える。吸血鬼にも追えない速度で。
「…………っ!!」
吸血鬼が妖怪に気付いた瞬間、吸血鬼の首は吹っ飛んでいた。
妖怪はというと、放った足を戻していた。
「……少し、やりすぎたかしら?」
「確かに、少し痛かったかな」
「なっ………!?」
確かに仕留めたとは思っていなかったが、まさか無事だったとは。
後ろから吸血鬼の声が聞こえ、咄嗟に防御しようとしたが間に合わない。
「ぐっ…………」
吸血鬼の放った蹴りを、まともにくらって吹っ飛ぶ。
骨が何本も嫌な音を立てた。呼吸をするのも辛い。
「首を吹っ飛ばしたのはお前が初めてだ。褒めてやろう」
愉快そうに吸血鬼は言う。が、妖怪から返事は聞こえない。
ただ、苦しそうな息が聞こえてくるだけだ。
「……さて。楽しませてくれたお礼に、とっておきの物で殺してやろう」
吸血鬼の手元に膨大な量の魔力が集まる。
やがてそれは形を成し、巨大な真紅の槍になった。
「楽しかったぞ、妖怪」
妖怪に目掛け、思いっ切り投げる。妖怪が動く様子はない。
轟音と共に辺り一面が衝撃に包まれた。
「……ふん。所詮この程度か」
少し不満げに呟く吸血鬼。
心のどこかでは、妖怪が立ち上がると思っていたのだ。
何となく、今日は自分を倒しそうな相手が見つかると思った。
だからわざわざここまで来たし、妖怪相手に本気で挑んだ。それなのに。
「……こんな極東の地では、それも叶わんか」
もう、この場所に用はないとばかりに立ち去ろうとする。
しかし、それは叶わなかった。ふと、何かが両腕に触れる。
次の瞬間、何かが爆ぜる。
「な、に………!?」
「何処……行く…つもり、かしら?」
息も絶え絶えな様子の妖怪が立っていた。
その右肩からは、槍が掠ったのか大量の血が流れている。
しかし妖怪はそんなもの気にしてない風だった。
そして、吸血鬼の両腕。きれいさっぱり無くなっていた。
そこには妖怪の手があった。
「ちょーと、あなたの気、弄らせてもらったわ」
無理矢理に笑いながら妖怪はそう言う。
そんな妖怪を見て、吸血鬼は満面の笑みを浮かべる。
―――やはり、お前が
吸血鬼は妖怪と同じだった。
自分の力がどこまで通じるのか。自分の力の上とは何か。
ただただ、本能のままに強者を求めていた。
そして、その願いが今叶った。ゾクリと背中を歓喜が駆ける。
「……面白い。気に入ったぞ」
「奇遇ね。私もそう思っていた所よ」
似た者同士。そんな言葉が一番似合う。
再び構え、お互い最後の一撃に力を込める。そして、放とうとしたその時、
「………っ」
「………!」
二人とも、その場から離れた。そこには無数の武器が突き刺さっていた。
「どうやら……」
「一時休戦のようね」
木の影や空から無数の妖怪達が現れた。
二人の妖気を感じ、集まって来たらしい。
中でも、リーダー格の二人は人型。
能力なのか何なのか、次々と武器を出してくる。厄介だ。
「さて、どうする?」
「同盟でも結ぼうか?」
楽しそうに言う吸血鬼。妖怪も笑って答える。
「それはいい案ね。私の背中、預けるわよ?」
「ふっ…間違って引き裂かれないように気を付けるんだな」
「あら、怖い」
二人はそのまま妖怪の群れに突っ込んでいく。
「私、今凄くイライラしてるの」
「我々の戦いを邪魔した罪は重いぞ?」
「「消えろ」」
「………また寝てるのね、この子は」
紅魔館の門の前。レミリアは美鈴に会いに来ていた。
「ふぇ……お嬢…様!?」
気配を感じたのか美鈴は目を覚ます。そしてその気配の正体を知る。
美鈴は主の姿を確認すると、急いで身だしなみを整えた。
「まったく……平和だから眠くなるのもわかるけど、寝すぎじゃない?」
「あはは………すみません」
微妙に引き攣った笑みを見せる美鈴。それに対しレミリアは苦笑する。
時刻は真夜中。レミリアが一番活動する時間帯だった。
しかも今日は満月。吸血鬼にとっては最高の日だ。
「お嬢様、何故ここに?」
「美鈴の話を聞きに」
「私の話…ですか?」
「ええ」
そんな日に美鈴の話をわざわざ聞きに来たという。
さて、何を話したものかと思案していた時に、ふと思い出した。
「夢を、見てました」
「夢?」
「ええ。とても昔に会った、好敵手との思い出です」
「へぇ~。好敵手、ね」
ニヤニヤしながらレミリアは美鈴に問う。
「じゃあ、今でも好敵手、なのかしら?」
「もちろん。今はそれに“守るべき大切な人”が加わりましたけどね」
さらりと言う美鈴。レミリアはそれを聞いて満足そうな笑みを浮かべる。
「奇遇ね。私も、遠い日の好敵手との思い出を夢に見たのよ」
「お嬢様の好敵手ですか。それはどういった人で?」
「そうねぇ………」
少し考える素振りをした後、レミリアは言った。
「己の力の限界を知りたかった強者、とでも言っておこうかしらね」
「なんですか、それ」
そう言ってから二人は同時に吹き出す。
「守るべき大切な好敵手、ねぇ……」
「己の力を試したかった、ですか……」
言っててまた笑えてくる。そうだったのか。
その後もお互い笑いあっていた。その時だった。
少し遠くからおびただしい量の妖気を感じた。
「……お嬢様、館に戻られた方が」
「ねぇ、美鈴」
美鈴が言ったことを無視してレミリアが言う。
「同盟でも、結ぼうか?」
「…………!!」
それを聞いた美鈴は、一瞬ひどく驚いた後、満面の笑みを浮かべる。
遠い昔。まだ外の世界にいたころ。どこかで聞いたその言葉。
返す言葉は決まっている。自然と口調が変わってくる。
「それはいい案ね。私の背中、預けるわよ?」
「間違って引き裂かないように、気を付けはするさ」
「相変わらず怖いわね」
「ちっとも思ってないくせに」
「それはどうかしらね?」
極東の地で巡り会い、死闘を繰り広げた二人。
今再び過去のように、“好敵手”となって戦場へと向かう。
あの時と同じく、無数の妖怪が姿を現す。
数分の後、その場にはただ二人しか立っていないだろう。
「………片付いたかな?」
「ええ。そうみたいね」
二人は返り血すら浴びてなかった。傷など一つも見当たらない。
「たまには、こういうのも悪くないかもね」
「あんまりやると、咲夜さんに怒られちゃいますよ?」
笑いながらそう言う美鈴。それに対しレミリアは、
「アイツは過保護なんだよ」
と、呆れながら呟く。あの頃にはいなかった、メイド長のことを想う。
それを見ていた美鈴が、不意にレミリアに向かって拳を伸ばす。
「ん………?……ああ」
一瞬怪訝そうにしたが、すぐに美鈴の意図を読み取り拳を突き出す。
コツンッと小さな音がして、二人の拳がぶつかる。
そして、示し合わせたように二人は言う。
「「ここに紅き絆を示す」」
声を揃えてそう言った後、同時に笑いだす。
笑いながらも美鈴は言う。
「あれから、数百年経ちましたね」
「もうそんなに経つの?」
「ええ。そしてこれからも、ゆっくりと時は流れていくでしょう」
「………忘れたく、ないわ」
そんな主の呟きに、美鈴は笑みを深める。
「大丈夫です。いくら時が流れたとしても」
そこで一端区切り、レミリアを真っ直ぐ見つめる。
「あの時結んだこの絆は、永遠のものですから」
「そう、よね………」
美鈴の言葉に、レミリアは深く頷く。
「絆が、永遠ならさ」
そう言って美鈴の背中に自分の背中を預けるレミリア。
「ずっと、一緒だから」
「はい」
「勝手にいなくなったりしないでね」
「もちろんですとも」
「それから………」
「お嬢様」
「何?」
「死ぬまで…ううん、死んでもずっと一緒でしょ?」
「………ええ!!」
全てが片付いた後。妖怪は大の字に倒れていた。
近くには吸血鬼が座っており、妖怪を見ながら口を開く。
「やっぱり私、貴女のこと気に入ったわ。私の従者にならない?」
砕けた口調で妖怪にそんなことを言った。
「面白そうね。いいわよ」
妖怪はあっさりと承諾した。自分より強い者に会いたかったのだから当然のことだったが。
そんな妖怪の様子に少し驚きながらも笑みを浮かべる。
「決まりね」
「ええ」
「……そういえば、貴女の名前、なんていうの?」
名前を聞いてなかったことに気づき問う。
「私の名前は紅美鈴。貴女は?」
「私はレミリア・スカーレット。奇遇ね…いや、運命かしら?私も貴女と同じ紅」
「私と同じ……」
一瞬黙り込んだ美鈴はすぐに笑顔になり、
「とっても素敵な運命ね」
レミリアも満足そうに笑った。
美鈴はレミリアに向かって手を伸ばす。
「何?」
「誓いを立てましょう。二人の妖怪が出会った証として」
「それはいいわね。どんな誓いにしましょうか」
レミリアも拳を伸ばして言う。
「好きなこと、順番に言えばいいんじゃない?」
「そうね。じゃあ、私から」
「紅の名のもとに、我らこの地に誓いを立てる」
「運命の戦い」
「結んだ契り」
「遥か時が流れても、永遠であることを誓う」
「「ここに紅き絆を示す」」
コツンッと小さく音が鳴った。
遥か昔。ただの妖怪と吸血鬼だった二人は、紅い絆で永遠に結ばれた。
もう少し長くてもよかったかな。 たのしませてもらいました。
しかし良性の厨二。
よかよか
読後感がよければ、それで良いんだよお。
これはなかなかいい厨二。