「あれー?ここどこだろ」
古明地こいしは迷える子羊でした。
こひつじこいし
古明地こいしは迷子になってしまいました。
こいしは周囲を見まわす。
左を見ても竹。右を見ても竹。見知らぬ場所。
どうやらいつものように迷ってしまったらしい。
いつものことだから、気にしないけどね。
ただ、ここがどこなのか、それだけが気になるだけで――
「一体ここはどこなんだろうねー、うさぎさん」
いつの間にか抱いていた兎の頭を撫でる。可愛いなー。
……可愛いんだろうな。
そう思って、こいしは少し寂しくなってしまう。
本当は自分がこの兎を可愛いと思っているのかさえ分かっていないのだから。
それにしても、本当にここはどこなんだろ。
「ま、そのうち無意識に帰れるよね。いつもみたいに」
お姉ちゃんも私が帰ってこないのは、いつものことだから心配はしていないだろう。
今はこの迷子体験を楽しもっと。
……歩いても歩いても出口は一向に見当たらなかった。
ここはどこなんだろ。どうして帰れないんだろう。
もうどれ程歩いたのかさえ分からない。
うさぎさんもいつの間にかいなくなってしまった。
「寂しい……うさぎさん、どこに行っちゃったんだろ」
ぐぅ~。お腹が鳴る。
「お腹すいた……地霊殿に帰りたい……」
こいしはぺたんと、竹を背に倒れる。そして、膝を抱えて顔を隠すように座った。
「寂しいなあ……」
寂しいという感情は解らないけれど、この感情に名前をつけるのならば人間が言う『寂しい』というものしかなくて、
寂しくて寂しくてたまらなくて、
寂しさを紛らわせるために、姉のことを考える事にした。
お姉ちゃん、今頃どうしてるかなぁ……。
心配してくれてるかな。待っててくれてるかな。
しかし、逆効果だった。
どんどん暗い方向へと感情が移動していってしまう。
……でも、きっと心配してないよね。
わがままばかり言ってるわたしだもん。
いつのまにかいなくなって、いつのまにかいて。
そんな感じだよね、きっと。
わたしのことなんて気にしてないよね。
……このまま一人、ずっと迷い続ける事になるのかな。
お姉ちゃんにも二度と会えぬまま。
ここでたった一人……
一人には慣れていた。
だけど、それは厳密に言えば一人ではなかったから。
相手はわたしに気づかないけれど、わたしは誰かを見ることができる。
どこに行っても知らない誰かがいる。
それに帰れる場所もあった。こんなわたしを迎え入れてくれる場所があった。
だから、わたしは一人じゃなかったんだ。なかったんだ。
例え、自分が誰にも気づかれなくても、誰かが幸せそうにしているのを見るのが楽しかった(はず)。
話す事は出来なくても、その様子を見ることだけで満足していた(はず)。
だけど、もしここから出る事ができなかったら。
これからはもうずっと誰にもすれ違うこともなく、誰にも会えずにいるなんてそんな――
「ッ……!そんなの……やだッ!」
嫌だ、嫌だ、と腕で抱えるようにしていた頭を振りまわす。
そうやってもがき続けても、黒い海へとどんどん心は沈んでいく。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやだぁ……やだよぉおねえちゃん……だれかぁ!」
誰も来ない。
助けなんて来るはずがない。
そう思うと、涙があふれてしまう。
何も感じないはずなのに……!どうして……!……嫌だよ!
泣き震えながら、こいしは必死に孤独を拒絶する。
「誰か来てよ……怖いよ……わたしを見つけてよぉ……おねえちゃぁん……」
来るはずもないのに。あのお姉ちゃんがわざわざこんなところにまで来るはずがないのに。
それでも、それでも望まずにはいられない。
温もりを。孤独を埋めてくれる唯一の繋がりを求めずにはいられないから。
こいしは何度も何度も姉を呼び続ける。
そこに
「迷える子羊はそこですか?」
ビクン、こいしは顔を上げる。
聞き覚えのある声……いや、忘れるはずがない。だって、この声は。
「お……ねえちゃん?」
そこにいたのは紛れもなく姉の古明地さとりだった。
間違えるはずがない。たった一人のわたしのお姉ちゃん……
「嘘……どうしてお姉ちゃんがここに……」
確かに呼んだのは自分だ。だけれど、どうして……?
こいしの二つの瞳からぽろり、ぽろりと涙がもう一つの『瞳』へと落ちていく。
それにさとりはにっこりとほほ笑むだけで。
「わたしの幻覚……じゃないよね?本物のお姉ちゃん……だよね?」
「私以外の私がいるという事実は初耳だわ」
「本当にお姉ちゃん……なんだよね」
「そうよ。あなたの姉の古明地さとり、その人よ」
「本当に『古明地さとり』なんだよね」
「私以外にこの眼を持っている知り合いが他にいたかしら?」
そう言って、さとりは覚の象徴ともいうべき第三の眼をこいしに見せる。
「お姉ちゃん!」
こいしは安心してしまったのか、さとりに近寄って抱きつく。
力いっぱいぎゅっと抱きつく。
「うっ…うっ…すごく怖かったよぉ……お姉ちゃん……!」
(うっ……!絞まる絞まる!首が!苦しい!)
「こ……こいし苦しいわ」
すると、こいしは、今度はさとりの胸の中に顔をうずめながら泣き始める。
自分の胸の中で泣きわめくこいしの頭を撫でながら、さとりはほっと一息つく。
「やれやれ……ようやく見つけましたよ、こいし。見つかってよかった」
「……ねぇ、お姉ちゃん。どうして、わたしの、居場所が、わかったの?」
「あなたがどこにいるかを知ることぐらい、私の手にかかれば簡単なことよ」
そんなはずはない。
(地霊殿のキャラ設定にも書かれているように)さとりはこいしがいつも何処で何をしているのかよくわかっていないのだから。
では、さとりはこいしがここにいることをどうやって知ったのか。
答えは簡単である。
古明地さとりは古明地こいしを『ストーキング』していたのだ。
こいしをストーキングしていたのだが、こいしがここに入っていくのを見て、慌てて自分もあとを追って入って行ったら迷子になってしまった。
涙目になりながら途方もなく彷徨い続けていたところ、運よく泣いているこいしを発見できた。
これが真実である。
この事実を微塵も感じさせないように冷静な声でさとりはそう言ったのであった。
「……じゃあ、どうして、わたしを、探しに、来てくれたの?」
「私があなたを探すという行動をするのにどうして理由をつける必要があるのですか?ないでしょう」
実際のさとりの気持ちで先程の台詞を変換するとこうである。可愛いあなたをつけ回すのに理由なんて必要ないでしょう?
さとりは優しく諭すようにこいしに言葉をかける。
「こんな話を知ってる?羊飼いは、たとえ100匹の羊の群れから1匹が迷いはぐれた時でも、残りの99匹を放っておいて、そのはぐれた一匹を探しに行くそうよ。それと同じこと。私は他の何を捨ててでもあなたを探しに行くわ」
「お姉ちゃん……」
「あなたがいなくなったら何度でも見つかるまで探しに行くわ。大事な妹ですもの」
こいしはその言葉にまた泣いてしまう。
お姉ちゃん、温かいよ……、よくわからないけれど胸の奥が「あったかい」よ……。
「泣かないの、ほら。帰りましょう、私たちの家に」
さとりは持っていた手拭でこいしの顔を拭いてあげる。
「……お姉ちゃん、ありがと」
「ん」
さとりは満足そうに頷いた。
こいしと手を繋いで歩きながらさとりは、何かを思いついたようでくすっと笑う。
「それにしても……あなたが羊だとすると……迷える子羊、古明地こいし……『こひつじこいし』ね」
こいしはそれに顔を膨らませ抗議する。
「なによそれ、顔を膨らまして」
「怒っているのよ」
それにさとりは?という顔をしていたが、やがて納得したような顔になり
「もしかして、『こめいじひつじ』の方が良かった?」
なんて言った。
それにこいしはあっけらかんとしてしまう。
そして、悪戯を思いついた子供のようにさとりに向けてにっこりと笑う。
「こいし?」
「じゃあ、こうすればお姉ちゃんも『こひつじさとり』ね!」
そう言うと、こいしはさとりの視界から消えてしまう。
しかし、さとりは驚きはしない。ただただ冷静に言葉を紡いでいく。
「私は迷っていないし(実際には迷子だったけれど)、むしろ羊飼いの立場よ。見つける側。それに、例え羊だったとしても私は一人じゃないもの」
さとりは深呼吸する。そして
「だってあなたがいるじゃない」
!。こいしは驚いて尻もちをついてしまう。
「迷っている子羊は一匹じゃないわ。二匹よ。一人じゃないから寂しくない。二人なら、私たちは迷ってなどいない。たとえ残りの98匹と別れても、たとえ愛している羊飼いを捨ててでも、二人だけ、二人さえいれば……って大丈夫ですか?」
「いたーい!」
お姉ちゃんったらいきなりそんなこと言わないでよ。驚いて転んじゃったじゃない。
……そんなこと言われたら、また泣いちゃうよ。お姉ちゃんの馬鹿。
「お姉ちゃん、てぇ貸してよ」
「はいはい」
「おんぶして」
「それは私の力では無理だわ」
「……じゃあお姫様だっこ」
「……それはもっと無理ね」
「えーっ」
ぶーぶー言っているこいしをあえて無視しながら、さとりはこいしを立たせるとまた何かを思いついたようでクスクス笑う。
「まったく……、寂しくて泣いてしまうような可愛いこいしは、『こひつじこいし』じゃなくて『こうさぎこいし』かしらね?」
「泣いてなんか!」
「さっきまで人の胸の中でさんざん泣きわめいていたのは一体誰だったかしら?」
「うっ……お姉ちゃんの意地悪!それに、わたしは『古明地こいし』よ!」
「知っていますよ。あなたは、私のかけがいのないたった一人の妹。古明地こいしよ」
こいしはそれに黙り込んでしまう。
お姉ちゃんの気持ちは嬉しい(はずな)のだけれど、何故か悲しく思えて。
数刻が過ぎた。さとりは下を向いたまま黙ってしまったこいしを見て、話を変えることにした。
「……それにしても中々出口が見つからないわね」
「お姉ちゃん、道覚えてないの?」
覚えている筈がない。なぜならさとりも迷子だったのだから。
どうにかしてこいしにそれを覚られないよう、必死に誤魔化そうとする。
「ほ、ほら。これだけ竹があるとどこに道があるか分からなくなるものよ。だから、きっと忘れてしまったのね」
こいしはそれを聞いてもやもやとした違和感を覚えた。
やがてその違和感の正体を思い出して、すっきりした顔になりこう言った。
「あ、思い出した。だって、ここは一度入ったら中々外に出る事ができないと言われている迷いの竹林よ?」
途中まで古明地さとりがとても(バ)かっこよかったです。最後に愛の力で抜け出せれば、とても(バ)かっこよかったのですが、抜け出せなかったので(バ)可愛いになりました。古明地こいしも可愛かったでした。
では、またお会いする時まで。May god bless her and you!
とても可愛いこいしちゃんでした。
ちゅっちゅしているところなどを~…に一票。
≫大笠ゆかり様 お褒め頂きありがとうございます。シリアスの予定が、さとりの行動理由によって笑い話に変わってしまいました。
さとり様は天然ですね。
貴方様にも、いるのかいないのかさえも判らない神の祝福がありますように。
≫4様 甘えこいしです。こいしちゃんはとてもとっても可愛いです!お読みいただきありがとうございました。
≫6様 さとり様はストーキングのプロです。こいし、お許しください!
そしてさとり様wwww涙目可愛いよ!