Coolier - 新生・東方創想話

東方詠華抄

2009/09/16 17:35:48
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※本作品には、オリキャラが登場します。
苦手な方はブラウザの戻るry


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「この飴、とっても美味しいのよ、舐めて御覧なさい。」
寺子屋から帰って来ると、遠い親戚に当たるという年配の女性が家を訪ねて来ており、
私はやたら大きな飴玉を勧められた。
普段からちゃんとした菓子など食べられる筈もなかったので、幼かった私は喜んでソレを頬張った。
「あら、詠ちゃん、よかったわね。」母親が微笑みながら言う言葉を聞いているうちから、
胸が苦しくなって、やがてうずくまってしまった。
間もなく意識を失い、数日目が覚めなかったという。
後から聞くと、その日その時、両親は家にはおらず、遠い親戚に当たる女性などいないということだった。

だったら、アレは何だったのだろう?
あの夏の夕暮れに、誰が私にあの飴をくれたのだろう?

空恐ろしくはあるが、何かあるごとにあの日の出来事については考えずにはいられなかった。
ある日、妖怪に詳しいという老人に話を聞きに行ったことがある。
老人は、決してその事を他人に話してはいけない。と前置きしながら、わざとらしく話し始めた。
「詠嘉、それは幻想郷の住人じゃよ。幻想郷というのは妖怪が住む、この世ではない場所じゃ。
住人は、決して、人間の味方ではない。稀にこの世に現われると、人間を食う為に攫っていってしまう。
お前、その飴玉とやらを食って良く生きておるの。」
何だかその老人まで恐ろしく見えて、話が終わっていない内から家を飛び出してしまった。
あの人は子供を怖がらせるのが得意なんだ、と後に聞いたが、嫌な不安は消えることはなかった。
単に考えすぎだったのだろうけど。
幻想郷など、伝承に過ぎないのだ。信じるものにとっては存在する、その程度のものの筈である。

だが、その奇怪な体験の後、私は一種の異常な能力を得る。
一言でいうと、全てのものが止まっているかの如く見えるようになった。
普段はそうでもないのだが、集中すると、動体視力が極端に跳ね上がるのだ。

私の村は元々は戦で落ち延びた者達がその一帯を治める豪族の下に集まってできたそうで、その縁からか、貧しい山奥であったのに、剣術道場があった。
私は、女ながらに剣というものが嫌いではなかった。
勿論道場に通わせてはもらえなかったが、しばしば覗きには行っていた。
その日は道場主は不在で、弟子達が好き放題に打ち合っていた。
その中の一人が私に言ったのである。
「いつも覗いているけど、剣を握りたいならちょっと体験してみる?」と。
私は固辞したが、そのほかの弟子達にも勧められたのもあって、やがて、やってみる気になった。
やたらと身体に触れられたのは気に食わなかったが、剣自体は驚くほど楽しかった。
こうして時々、私はこっそり道場で剣を習うことになった。
もっとも、弟子達が遊び半分で付き合ってくれているのは明らかだったし、習うと云える程度のものだったかは曖昧ではあるが。


私が、自身の能力に気付いた切っ掛けは詰らない喧嘩だった。
私は、本来あまり人と交わることをしなかった。
道場でも自分から誰かに話し掛けることはなかったし、同年代の遊び友達もいなかった。
それで寂しく思ったことなどなかった筈だし、むしろ、他の子供達が輪になって遊んでいるのを遠くから見るのが好きだった。
だが、村の餓鬼大将にとって、いつも自分達を遠巻きにしている私は気に入らない存在らしかった。
そんなつもりはなかったのだが、どこか馬鹿にされていると勘違いしたのだろう。
ある日近寄ってきたかと思うと突然胸倉を掴みながら難癖をつけてきたのである。
私はというと、完全に気圧されて、殴られたくない、どうすればいいのかとかいうことばかり
考えていた。当然、滑舌の悪い彼の言葉など耳には入らなかった。
彼は、私に自分の言葉を無視されたと感じたのだろう、何やらわめいたかと思うと、いきなり殴ろうとしたのである。
しかし、振り上げた彼の拳が当たることはなかった。相手がふざけてわざと遅く殴りかかってきているのかと思ったが
、様子を見て取るに、そういう状況ではないようだ。
それなのに、拳が、遅い。

彼はそのうち癇癪を起こして体当たりしてきたが、それを避けると壁に頭から
突っ込んで、目を回してしまった。
私はその時、自分が怖くなってしまっていた。
どうして自分にこんなことができるのかまるでわからなかった。
近所の子供の恐怖の対象を、喧嘩もしたことのないのに軽くいなしてしまっている。〕
突然得た力にどうすればいいかわからず、奇声を上げながらそこら中を走り回ったのがその日の私だった。
そして、力を得たという恐怖は、すぐさま優越感に変わった。
だが、私という性格の子供は、お気に入りのおもちゃを隠すように、それを表に出すことはなかった。


それから間もなくして前触れもなく、母が死に、半年もおかずに父もこの世を去った。
母は突然倒れたかと思うと目を覚ますことなく息を引き取った。
医者によると、心臓の病であった可能性が高いとのことだった。
父は、町に行ったときに武士というのは名ばかりのごろつきのような男に斬られた。
母がいなくなった私にとって、父に先立たれることは、現実的な絶望を指していた。
それで周りの人間は私を可愛そうだと言ったが、私は自分の置かれている状況よりも両親が可愛そうだった。
両親は黙って剣を習っていた私の罪を代わりに受けたのではないか。
もしくは、突然得た自分の力の代償にされたのではないか。
まだ幼かった私は、行き場のない悲しみをそういった方向で紛らわせていた。


村は貧しく、身寄りがなくなったからといって長い間は特別扱いしてもらえなかった。
私の家は村の中では資産があり、私を引き取ったのはその資産が欲しいだけの人だった。
初めは人の良さそうな顔を信じていたが、些細な事でそれは仮面だと知ってしまった。

ある日、村の担当の役人に取引を持ちかけた。
それは貯蔵してあった全ての米を与える代わりに、私の戸籍を消してもらうというものだった。
役人はコネを利用して上手くやってくれたようだった。


これは村の誰にも迷惑をかけることなく父の仇をとりに行けるようになったということだ。

顔を焼くか、と思った。
それなら万が一にも私が誰であるかはわかるまい。
しかし、いざ顔を火に近づけると、あまりに熱いので、断念してしまった。

私の覚悟はこの程度か。

そんな自分を情けなく思い、別の日に熱した鏝を顔に押し付けることにしたが、家の者に発見され大目玉を食らい、追い出されて
しまった。資産を勝手に処分し、何に使ったのかも言わない私が何処で野垂れ死のうが、どうでもよいことに違いなかった。
だが、それは私にとってやはり悲しいことだった。それは絶望の中にも誰かに甘えたかった心が残っていたからだと思う。
今からすればそれは愚かしいと言えるが、その時私はまだ十四だった。
もし迷惑がかかったとしても、もうどうでもよいことだと思った。
私の中が少し狂い始めた夏だった。


この世に生まれた以上、自分が存在した証が欲しかった。
居場所を失った山村ではそれはもはや得られるべくもなかった。
その日私は、旧家の古蔵にあった刀を持ち出すと目を爛々とさせて闇の山道を下って行った。



城下町は、見たこともないほど賑やかだった。
村の祭りの時だって、これほど人はいないだろう。
むせ返るような街道ですれ違ったのは商人風の男、飛脚、艶やかな着物を着た娘などだった。
―――この者達は浮かれている
その場の雰囲気が気に食わなくてそう思ったのかもしれない。
私は人を斬る為にここに来た。
おそらく、そういった後めたさも居心地を悪くさせていた。
態度にも出ていたのだろう

「もし、大丈夫ですか?」
と一人の娘がそう尋ねてくる。

「あぁ、平気。」と返す。

娘は、民宿の者だと名乗った後
「田舎から出てこられたんですか?泊る場所はお決めになってらっしゃいますか?」
と続けた。
この、如何にもとろくさそうな娘から見ても自分は田舎者に見えるのかと内心悔しく思いつつ
、人との交わりを絶つことを決めていた私は、別れすら告げず、その場を去った。

人は絶えず選択を迫られる。
若し此処で、民宿に泊ったなら、後に下働きを申し出て、奉公する未来もあったかもしれない。
しかし、そんな生活は望んでいなかった。
雌伏して時を待ち、散る。
そういう選択をしたのだ。
私の人生はそういう作風にしようと思った。


仇となる男は、よく出歩くようだった。
遊郭によく顔を出し、酒を飲み、機嫌が悪いと何かと難癖をつけて、身分の低い者を斬るとのことだった。
親父が斬られたのも、たまたま、虫の居所が悪かったからだろう。

さて、町に入って数日後の夜である。
その男がよく来るという遊郭にて待ち伏せしていたのだが、さすがに連日通うわけではないのか、ずっと徒労に終わっていた。

最早、日銭も尽きており、その日現われなかったら、どうしようかと思っていたところだ。
だが、狙い通り、男は姿を見せた。一人ではなかった。
女を抱くのに、連れ立って来るとは何事かと眩暈がする気分がした。



―――選択を誤ったのだ、その遊郭くらいしか仇の現れるめぼしい場所を知らなかったし
後、数日の間、姿を見せなければよかったのだ――
そう反芻しながら男に近づいていく。


目が合うやいなや、男は私を睨み付けた。
「こんな時間に汚ねえ格好してうろついてる奴がいるってこたぁ、お前か、いろいろ嗅ぎまわってる奴は。」
私が答えずにいると、さらに続けた。
「全く、お前のせいで、護衛までつけなきゃならんかったではないか。
それが、こんなガキだったとはな。元はきっちりとらせてもらうからな、楽に死なさんぞ。
おい、あまり傷つけるんじゃないぞ、こいつ、まだガキだが上玉だ。」
そういって、下卑た笑いを浮かべ周りの男に目配せをする。
どうやら、私のことは噂になっていたらしい。
よくよく見れば、周りの男達は体つきがよい。

相手は、全部で4人。
それぞれが刀を抜くと、その場が一気に殺気立った。


正面の男が始めに斬りかかって来る。
――――荒い剣だと思った。
用心棒で生計を立てている割には、如何、というほどでもないではないか。
これでは、村の道場の門下生にすら劣る。
私は瞬時に軌道を判断すると、低く構えた刀でその首筋をこする。
数秒で肉の塊になったソレを見て、男達の顔つきが変わったが、それで何か変わるというものでもなかった。
一人、また一人。こする、こする、こすっていく。
そうしているうちに、刀が折れてしまったので、柔らかそうな所を狙って力任せに叩きつけているとその内
誰も動かなくなった。



数分後、返り血で全身を染めた私は、唇を月の形にして、薄く笑っていた。
何だ、こんなに簡単なことだったのだ。全てをかけた筈の復讐劇は、いとも容易く達成できたのである。
刀の切っ先とは、弧を描くように動く生き物だ。初動さえ見切れば、かわすのは難しいことではない。
そして、それは私にとって難しいことである筈がなかった。
このまま捕まるのは勿体無い。
急にそんな心持がして、顔がひきつった野次馬達の輪をくぐると、人通りの少ない小道に駆け抜けていった。


仇をとり終え、もう何もする理由もないではないか。
すぐさま、そう、思いなおす。
元々これで終わりにするつもりだったのだ。
今更何を生き長らえようとしているのか。
現場を離れ、少し時間を置くだけで興奮していた頭が冴え、先ほど、逃げようとしていた自分をひどくなじった。
追手が来るまで、月でも眺めていようと草葉に寝転ぶ。
ふと力を抜いた刹那に、何処から現われたのか、形容し難い程美しい女性が話し掛けてきた。
ただ、私が最初にその女性に感じたのは、その美しさよりも「不気味さ」だった。
彼女はあの夏、飴を私にくれた、あの日の雰囲気を漂わせていた。



 面白い子がいるわね。
そう呟いたのは、軒端の影から始終を見ていた、八雲紫である。
彼女は本来幻想郷の住人である。
その中でも特に強い力と自由を持つ彼女は、こうして現世を垣間見ていることがある。
いたずらに現世の人間を攫ってきては、食らってしまう妖怪を始末するというのが主な目的である。
現世の人間が攫われると、神隠しとされ、それがあまりに多いと人々の目が幻想郷に向くようになる。
彼女としてはそれは避けたい事態だった。(といっても、以前は彼女自身も人を攫っていたが。)

さて、幻想郷という世界に住む紫から見ても、詠嘉は特殊と云わざるを得なかった。
まるで、相手が動く前から、自分がどこに動かなくてはならないかを知っているような挙動をする。
だが、そんな常人離れした動きより彼女の興味を引いたのは、その狂気だった。
常人なら吐き気を催す光景の中で、静かに笑っていた彼女は最早、人ではなかった。
彼女がやったのは、むしろ妖怪の業なのである。


彼女には人の世は相応しくないと判断すると、彼女が落ち着くのを待って話し掛けることにしたのだ。
「随分、派手にやったわね。」
詠嘉は虚を突かれたような表情で紫を見る。
「こんばんは、周りに人の気配はなかったんだけどな。」
言葉や表情は冷静なのに、どこか正常でないと感じさせる、相対しているものを不安にさせる。
それが狂人、玖珂詠嘉の立ち振る舞いとなっていた。
「うふふ、私を斬るつもりかしら?」
「まさか、何もしていない人を斬るなんてしないですよ。」
「あなた、これからどうするつもりなの?」
「それを考える必要もないと思いまして。楽なことだと思いませんか、未来の事を考えなくて良いと
いうのは。今は只、月を見ているだけでいいんです。」
「本当にそれでいいのかしら?」
「さぁ?実のところはよくわかっていないんです。ただ、これが私の選択の結果だと思っています。
あの、それより聞きたいことがあるのですが。」
「何かしら?」
「自分でも変な事を聞くものだな、と思うのですが、貴女は妖怪なのですか?」
「・・・・妖怪なんて信じてるの?変な人ね。私は八雲紫っていうのよ。」
「いえ、すみません。知っている雰囲気がしたので。」
「と、いうと?」
「昔、誰かが私に妙な飴玉をくれましてね、その人と同じような感じがするんですよね、貴女。否、失礼。」
「飴玉、ねぇ。」
その後の詠嘉の話を聞くに、どうやらそれはまともな菓子ではないらしかった。
そして、それをくれた女性というのも、恐らくは人ではないだろう。と、なると幻想郷の住人の仕業である可能性が高い。
紫は自分が完全に預かり知らぬところで現世と交わっている妖怪がいたことに、内心驚いていた。
幻想郷と現世とを結ぶ境界は、彼女が設置したものである。
通常の手段で行き来するには、どうしてもそこを通らなければならないはずであって、詠嘉の言う人物が
幻想郷から来た妖怪であったとするなら、紫に心当たりがない、というのも変な話なのである。
「もし、私が妖怪だと言ったらどうするの?」
「いや、どうもしませんよ、ただ、あの時飴をくれたのは何だったのかなって、それはいつも気になって
いましたから。貴女なら知っている、そんな気がしただけですよ。今会ったばかりの人に、何を言ってるん
でしょうかね、私は。」
「それがあながち外れていないのよね、やっぱりいい勘してるわ、アナタ。」
「知っている、と?」
「ごめんなさい、それが何か、まではわからないわ。この事は私にとっても意外なのだけれどね。」
「貴女は幻想郷から来たのですか?」
「よくその場所を知っているわね。そうよ。それで、アナタをそこに連れて行こうと思って話掛けたの
よ。」
「私を、食らうのですか?」
そういうと詠嘉から妙な気が漂い始める。
先まで全てを捨てていた者が、只ではやられないぞ、という気迫を見せる。
人間とは何と理解に苦しむものか。だが、こういう風に態度をころころ変える者はあまり好かない。
「ふふふ、食べないわよ。本当に連れて行くだけよ。昔中国人で食当たりしてから人間は食べていないのよ。」
そして、人間如きに気をあてられたというのが気に食わない。
そんなことをしていいのは、巫女や、魔法使いだけなのである。紫が本気を出せば、巫女はともかく魔法使い
など、すぐに絶命せしめられるのだが、あれでなかなか気に入っている人間なので、そんなことはしないのだが。
「ただし、アナタの実力を見てからにするわ。半端な人間じゃどうせすぐにも妖怪に食べられてしまうから
、連れていく意味がないもの。」
そう続けて言ったものの、紫は詠嘉を生かしておくつもりなどなかった。
「これを使っていいわよ、得意なのでしょう?」
そう言って、次元の狭間から適当な刀を掴んで詠嘉の足元に投げる。
詠嘉は、何もないはずの空間に紫が穴を開けるのを見てとると、やおら表情を変え、途端に身構えた。
もう遅い、私をその気にさせたのだから。と内心独りごちる。
「妙なことが出来るんですね、さすが妖怪だ。」
「あら、褒めても、もう何も出してあげないわよ。」
一気に殺すのは趣味ではない。
誰に牙を向こうとしたのか、はっきり理解させることが肝要である。
「じゃあ、いくわね。」
そう言うと紫は愛用の傘を振りかざした。


 いきなり話掛けてきて、恩着せがましく幻想郷とやらに招待してくれると云い、
挙句、半径数百町にも及ぶのではないかという殺気を滲ませているこの女の、なんと勝手なことか。
丸腰で敵う相手でないことは明白とはいえ、与えられた刀を使っている自分にも腹が立つ。
八雲紫というのは、変幻自在を地で行くらしかった。
何もないところからいきなり加速度がついた凶器が飛んできたり、当人も物理法則をいろいろ無視した
挙動を次々と見せる。正常に動いているならば、私なら目で追えないはずはない。
アレは、なんというか、転移しているのだ。もはや常識外の生物だということを今更ながらに見せつけ
てくる。
「遊ばれているな。」と思った。
その気になれば死角から凶器を飛ばすことで私など簡単に殺せるはずなのに、わざとギリギリで視界に
入るところから攻撃してくる。
実力を試す、などと言っていたが、この場所というのは命のやり取りを仕合う空気だった。
恐らく私を幻想郷に連れて行くつもりなどあるまい。
どうすれば勝てるのか、頭を使って動かないと、相手が飽きると同時に私の命はなくなるだろう。
紫がいくら変幻自在とはいえ、視界に入る攻撃ならば見てから全て対処できる。
やはり、気をつけなければいけないのは死角。
障害物を背にするという一般法では効果がないのは薄々感じ取れる。
彼女は、どうやらプライドの高い生き物のようだ。とも考える。
少し睨み付けただけで機嫌を悪くしたかと思うと、もうこんな状況に突入しているからだ。
とすると、止めは飛び道具ではなく、自ら差すだろうし、死角を突くとして、どこを狙ってくるか。

胸部、若しくは頚部。
十中八九、心臓だろうと勝手に決めつける。もはや、仮定に仮定を重ねないと、彼女の裏をかくことなどできる筈もなかった。
あとはもう賭けだ。
――――人は絶えず選択を迫られる
私は、紫の姿が消えたのを確認した瞬間、全力で身体を回転させつつ、薙ぎ払った。
刀は、しかし途中で止まっていた。
狙い自体は正しかった。
人間の、運動能力の限界が、憮然とそこに居座っていただけだ。
紫が私の胸を貫くほうが、只単に早かったのだ。
「本当に驚いたわ。まさかあれにまで反応してくるなんて・・・・。さしずめ、予知をする程度の能力、といったところかしら。」
そう言いながらも、紫は手のひらで私の胸肉の感触を楽しんでいる。
「うふふ、綺麗な胸ね、貴女は大人しく花でも売っておくべきなのではなかったかしら?
まぁ、あなたみたいに愛想のない子じゃ、それも難しいかしら?」
これまで味わったことのない激痛で、体中から嫌な汗が噴出していた。
「そう・・・・ですか。私、ふ、・・ふ、不合格・・・・で、でした・・・かね」
なんとかそう言葉を出して、無理に笑う。あぁ、なんだか口の中にまで血の味がする。
視界が暗くなるのを感じながら、私の意識は途絶えた。


 生意気な人間だった。最期まで飄々とした態度を崩さなかった。
泣いて命乞いでもすれば、胸のスキマを塞いでやってもよかったのに。

「まぁ、幻想郷でも普通に暮らしていけるくらいの実力はあったわよ。というか私の能力と相性が悪い
だけで、殆どの妖怪には勝てるんじゃないかしら。うふふ。」
紫は動かなくなった詠嘉の身体から腕を引き抜こうとした。
しかし、抜けない。
周りの筋肉が万力のような力で紫の腕を締め付けてくる。
「ちょっとやだ、痣になっちゃうじゃない。」
筋肉ごと抉り取るように力任せに引き抜いた。
すると、どうだ、詠嘉の胸の傷が明らかに塞がっていくのがわかる。
どうやら、筋肉が締め付けてきていたのは、奇怪としか云えない速度で復元しようとしていたからのようだ。
「うげ・・・・こいつ、まさか不死なんじゃないでしょうね!?」
不死だとしたら、相当ややこしい相手に関わったことになる。
こういった手合いに恨まれれば、文字通り永遠の気がかり、因縁となるからだ。
「そういえば飴玉がどうとか言ってたけど、犯人はたぶんあの医者ね。そんな怪しいもの持ってるなんて
、よく考えたらあいつだけだわ。」
こうなってしまっては詠嘉の機嫌をとるしかない。不死の連中とまともにやりあうなんてナンセンスもいいところである。
何度叩き潰そうが向かってくることが確定している輩ほど面倒くさいものはない。
このまま放置して幻想郷に帰ってしまうことも考えたが、彼女が永遠者である以上、いつかは幻想郷にやって来るかも
しれず、その時はほぼ間違いなく自分に敵対するだろう。
そうなっては、いつもの楽しく優雅な毎日に波がたってしまうではないか。
「困ったわ、とにかく幻想郷に連れて行きましょう。」
そう言うと紫は詠介を抱えて、闇に有って、更に深い黒を創り出し、その中へと消えていった。

「不死になる飴玉なんて作ってないわよ?」
あの八雲紫が人間を永遠亭に連れてくるとは珍しいこともあるものだと、八意永琳は思う。
かつて幻想郷を騒がせた事件以来、永遠亭の人員も少しずつ周囲に溶け込んでいる。
特に、診療所として患者を受け付けるようになってからはさまざまな妖怪や人間が訪れるようになった。
しかし、まさか紫が巫女以外の人間を連れてくるなど、夢にも思わなかった。
「作ったけど忘れたんじゃないの?人間なのに、その傷の塞がり方はおかしいじゃない。」
「あのね、不死の薬というのは禁忌中の禁忌なの。今まで作ったのは3つだけよ。これは確実だから。
だいたい、その飴玉とやらを舐めたのが、もっとうんと小さい頃でしょ?不死の薬ならそもそも年をとらないわよ。」
しかし、紫が言うことももっともなのである。目の前の患者は様々な要素から確実に人間であるといえる。
それなのに、人間としてはありえない回復力を示している。
「永く生きてきたけど、こんなやつ初めてね。」
研究対象として色々実験したいのだが、何せ紫の客人だ。ここは大げさなことは出来ない。
だが、しかし、好奇心というのはいつ何時も抑えがたい衝動だ。
せめて検査にかこつけて出来る範囲のことだけでもしておくことにした。
差し当たっては血液を少々採取しておいた。
「師匠~、’れんとげん’の準備が出来ました。」
「あら、ご苦労だったわね、それじゃあ早速。」

その後暫くして後、詠嘉の目蓋が開いた。
「あれ・・・・?死後の世界が本当にあったなんて。」
第一声からしてこれである。当人も胸を貫かれて生きていられるとは思っていなかったようである。
永琳は、詠嘉が目覚めたのを見て、急に紫の態度が変わったのを感じた。
「うふふ、アナタ、死んでなんかいないわよ。ここは病院よ、気分はどう?」
と猫でも撫でるような声で話しかけている。目が笑っていないので、正直かなり不気味である。
「あれ?紫さん?病院に連れてきてくれたんですか?」
「そうよぅ、あれくらいの傷なら簡単に治してしまうのよ、ここの医者は。それであそこまでやったのよ。」
「なんだぁ、私、紫さんに殺されちゃったのかと思いましたよ。」
「もう、連れていくと言ってる内から殺すわけないじゃない。」
「そ、そうですよね、すみません、あはははは。」
「そ、そうよ、おほほほほほ。」
詠嘉が連れて来られたときには、まだ小さいとは云えない穴が胸に開いていた。
永琳としては、あの傷を跡すら残さず塞げて当然なように話され、不満を唱えたい気分であったが、
一応話を合わせることにした。
「傷は、もう塞がっているけど、まだ無理はしないでね。」
「あ、はい、先生。」
「傷は痛む?」と永琳が尋ねる。永琳としては、この奇妙な身体に興味があって仕方がないのだった。
「いえ、全く痛くないです、先生ってすごいですね・・・・。常識じゃ考えられませんよ。」
――――常識外なのはお前の身体だ、とその場に居た誰もが思ったことは言うまでもない。


 終わるしかなかった筈の人生が、まだ続いている。
しかもこの幻想郷では私を知るものは殆どおらず、全てのこれからが、自分次第で変わることが強く感じられた。

思えば、私はいつも人の輪に入りたがっていたのかもしれない。
村社会の輪。童の遊びの輪。家族の輪。離れていても繋がっているような、そんな関係。
誰もが皆、日々の中で小さな選択を重ねていくしかないのだ。
自分自身で選択することと、人の選択によって影響を受けること。
その全てが生きた証だ。
選ばれなかった枝葉の先にあったものを体験することは決してない。
後戻りは出来ないのだ。
そして、そんな世界の中で誰もが何かを後悔する。
私は、後悔をなるべくしないように生きることが如何に難しいことかと思った。
自分を主張するのは苦手なのだ。それなのに、他人が何かをしているのを見ているだけの私を世界は許してくれなかった。
それは不運というものだったのだろうか。
それとも、やろうと思えば出来ることがあるのに、しようとしてこなかった罰なのか。   





 永遠亭で数日を過ごしているうちに、そこで飼われている兎や、お姫様と話す機会があった。
兎は優曇華院・鈴仙・イナバというらしい。長ったらしいので、うどんげと呼べば良いと先生が言っていたが、当人はあまり気に入って
いないようだ。しかし、呼びやすいからという理由で「うどんげ」と呼び続けていると、観念したようで、やがてジト目で見られなくなった。
なかなかに愛嬌のある兎で、よく気が付く。あと、どうみても兎ではない。と思ったが、あえて口に出さないことにしておいた。
姫様は、どうやら昔話に出てくるかぐや姫その人であるらしい。始めはとても信じられなかったが、この幻想郷という場所の空気に
触れていると、どんな突飛押しもないことでも受け入れられるようになる気がした。
姫様は滅多に外に出歩かないので、伝え聞く高貴な方の振る舞いらしいと思っていたのだが、先生の話によると、単なる出不精らしい。
しかし、それでいて深夜に出歩かれることがある。行き先は教えてもらえないのだが、いつも服をぼろぼろにして帰ってくるので
何か運動をなさっていることは間違いなかった。
あと、もう一匹力のある兎がいるそうだが、まだ見かけたことはない。


幻想郷で暮らすにあたっては、まず博霊神社の巫女に挨拶に行ったほうがいい、というのは優曇華の言葉である。
身体のほうはもう完全に良いらしかったので早速、参拝してみることにした。
博霊神社は、幻想郷で一番高所にあるらしい。
やたらに長い石段を登りきると、神聖な雰囲気をした社が見えてくる。
神社の軒下で、茶を啜っている巫女が、恐らく博霊霊夢その人なのだろう。

「こんにちは。今度幻想郷に引っ越すことになった、玖珂詠嘉です。」なるべく友好的に話し掛けたつもりだが、
巫女は短く「あっそ。」
と言ったきりである。
暫く、無言の時間が過ぎる。本来私はあまりしゃべる人間ではない。特に、自分から何か話題を振るなど、最も苦手とするところだ。
続ける言葉に窮していると
「参拝に来たなら、お賽銭入れていってくれないかしら。」
とこちらを見もせずに言う。
本来なら腹が立ってもおかしくないような言動であるのに、この巫女からだと、何故か逆に清々しい気分になる。
とりあえず、懐に入っていた小銭を入れると、営業用の笑みなのだろうが、微笑んでくれた。
それを見ると此方まで嬉しくなる気分だった。
不思議な魅力を持った人だな。と思った。

無事に参拝も済んで、永遠亭に帰ってきたわけだが
一つ気になることがある。
「あの、先生?」と尋ねて見る。
「なぁに?今少し忙しいのだけど。」
永琳は、何やら専門書を読みながら、気だるそうに返事をした。
「治療費とか入院費って、どうなるんでしょうか?私無一文なんですけど・・・・。」
恐る恐るそう声に出すと、彼女は読んでいたいた本をパタンと閉じた。
「身体で払って頂戴。」

どういう意味かと一瞬戸惑いがあったが、どうやら怪しい意味ではなかったようだ。
私は今、蚊に食われながら竹を切っている。
治療費飯台等を返却するまでは永遠亭で住み込みのバイトをすることになった。
医療の知識等はないので、もっぱら肉体労働である。
「詠嘉さんがしてくれるようになって、本当に助かります。今まで私一人の仕事だったんですよ。」
と優曇華が心底幸せそうな顔で言っていたのを思い出す。

「痒いし暑いし重いし、最悪だこれ!」
一人ぼっちで作業していると、変に無言になるか、今の私のようにいろんなことに突っ込みを入れるようになるものだと私は思っている。
文句を言いながらも続けていると、人影を見た。
「あれ?お客さんですか?」
と尋ねてみると
「アナタ、誰?」と逆に聞き返されてしまった。どうやら、永遠亭の人々のことは知っている素振りである。
竹を切るのもいい加減うんざりだったので、この女性としばらく話をすることにした。
名前は藤原妹紅というらしい。
あまり多く話すことはなかったが、とても同年代?(外見からして恐らくそうだと思う)とは思えない程深い考え方をしていることが感じ取れた。
「今日は帰ることにするわ。」
「そうですか、貴女がいらっしゃったことをお伝えしておきましょうか?」
「アハハ、藤原妹紅が訪ねて来ていましたよ、か。それは面白い。ぷくく」
何が面白いのかさっぱりである。
「きっと怒られるだろうから伝えなくていいよ。」
「はぁ、そうですか。」
妹紅は、急に真面目な顔をして私を見た。
「あのさ、永遠亭にあまり関わらないほうがいいよ。」
「そうしてそんな事言うんですか?みなさん良い人ですよ。」
「良い人なもんか!!!」
突然大きな声を出すので、私は面食らってしまった。
「・・・・ごめん。じゃあもう行くから。」
と言い、立ち去ろうとする時
「あ、まだ名前を聞いてなかったわね?」と振り返る。
「私、玖珂詠嘉っていいます。」
「玖珂・・・・?いや、まさか。」
「あのー?どうかしましたか?」
「あー、何でもない。じゃあね。」
そういうと彼女の姿は竹薮の奥に消えた。
さて、休憩はこのくらいにして、仕事の続きをせねばなるまい。
既に日が翳り始めている。竹林の中は最早真っ暗だと言ってもいい。
生暖かい風が、私を通り抜けていった。
風の音が、どことなく不気味に感じるのは、こういう場所が持つ魔力だと思った。

竹を担げるだけ担いで永遠亭との間を往復する。
纏っている布が汗で体中に纏わりついて、とても気持ちが悪かった。

「お疲れさまでしたー、お風呂は私が沸かしますので、少し休んでいてください。」
と優曇華が竹を持って風呂釜に向かう。
私は疲れ切っていて、そのまま縁側で眠ってしまった。

明け方、朧気な意識でいると、姫様と先生との会話が聞こえてきた。
「月に行こうとしている輩がいますわ、姫様。」
「月に・・・・。愚かね、どういうつもりなのかしら。身の程も知らないのね。」
「どう致しましょう。」
「決まってるじゃない、そんな気が二度と起きないようにさせるのよ。」
「具体的にお考えはありますか?」
「そんなの貴女が考えて頂戴。」
「了解しました。では、策が出来次第ご報告致します。それと、詠嘉のことなのですが。」
「あの子がどうかしたの?」
「はい、ここでは何ですので、奥に行きましょう。」

話の続きが気になったが、盗み聞きをしているという罪悪感もあって、諦めるしかなかった。
ただ、その時の二人は、いつもと違った雰囲気をしていた。
そういった冷たさに触れているうちに、私の脳裏には昼間妹紅に言われた言葉が蘇っていた。


数日後、私は紅魔館と呼ばれるお屋敷へ試供品を届けるように命じられた。
何でも、胸が大きくなる薬だそうで、館の主が欲しがるに違いないのだそうだ。
割と距離が離れていて、朝方出発したのだが、目的地に着く頃には昼前になっていた。
勿論、そこまで時間がかかったのは優曇華に書いてもらった地図が意味不明すぎて、余計に時間を食ったせいというのが大きいが。
お屋敷は見たこともないような外観をしていた。
立派だということはわかるのだが、どうやらこれは異人の住むお屋敷のようだ。
門の前には、一人の女性が気だるそうに立っている。
その傍を通り過ぎようとすると、その女性はやや険しい表情で私の服を掴んだ。
「ここは立ち入り禁止です。大人しく帰ってくれないと、痛い目を見ますよ?」
「あの、私は永遠亭の使いの者です。今日は、試供薬をお届けにあがりました。」
「永遠亭の?試供薬って・・・・。怪しいですね、そんなものお嬢様にはお見せする必要もありません。お引取り下さい。」
「しかし、それでは私も困るのです。先生の頼みですから、ちゃんとお届けするまでは帰ることが出来ません。」
「それは貴女の都合でしょう?私もお嬢様にそんなものを渡すわけにはいかないのです。」
などと口論している内に、中から使用人と思われる少女が顔を見せた。
「美鈴、何をしているの?」
「あ、咲夜さん。この人が永遠亭の試供薬を届けたいって言って聞かないんですよ、こんな怪しいもの、お嬢様に渡すわけには
いかないっていうのに。」
「そう・・・・。貴女、悪いけど帰ってくれないかしら。あいにく、永遠亭にお世話になるつもりはないのよ。」
「で、でも・・・・。」
「やれやれ、聞かない人ですねー。これ以上留まるなら、実力で帰ってもらいますよ?」
「先生が、この館の主人なら欲しがるはずだって。胸が大きくなるから・・・・!」
「失礼なっ!!お嬢様がそんなことをお悩みだなんて、下衆の勘繰りも良いところだわ!!」
と後から来た方の少女が言う。

――――下衆?先生が?
私の中で、ごとり、と音がした。

「ちょっと、咲夜さん、流石に言い過ぎですよ!?」
「まぁでも、一応お気持ちは頂くのが礼儀ね、お嬢様に渡すかどうかはともかく、受け取ることはしましょう。」
と、大陸風の門番が言った言葉を聞いてか否か、そう続けた。
「嗚呼、受け取って頂けますか、それなら私の用が済みますね。有難うございます。」
少女に試供薬を届けると、私は何事もなかったようにその場を立ち去った。

「あの子、表情こそ変えていなかったけど、一瞬物凄い殺気をしていたわ。」
「そうですね、ああやって変ににこにこしてる人が一番厄介なんですよね・・・・。」
「あんな頭のおかしい子、相手したくないわ。」
「そうですね、ちょっと怖いですね。ところで、その薬、本当にお嬢様に渡すんですか?」
「まさか。私が処分しておきます。」

私は帰りに、頼まれていた買い物を済ませる為に、人里に立ち寄った。
「ええと、これだったかしら。」と言付けられた銘柄の香料を手に取る。
この程度のもの、先生だったら調合で作れそうだが、とも思うが、先生とて忙しいのだからと思い直す。
店を出ると、元気に駆け回る童達の姿が目に入る。

少しの昔を思い出して、私は優しい瞳で、しばらくそれを見つめていた。
「すいませんー、とってもらえますかー?」
玉が私の足元に転がってきたかと思うと、子供達がそう声を飛ばしてくる。
私は、玉を手渡しに、ゆっくり近づいていった。
「はい、どうぞ。」と微笑む。
「ありがとー。」それだけ言うと、また元の遊びに夢中になる。

――――幻想郷は妖怪が住む場所だから、人間など喰われてしまう

この子供達も、いつか妖怪たちに喰らわれてしまうのだろうか。
それは、許してはいけないことだ。
そんなことを何気なく考えていると、突然声を掛けられた。
「やぁ。君かい、妹紅が言っていた永遠亭に新しく入ったっていう人は。」
「あ・・・・、そうです。あの?どなたですか?」
「あぁ、済まない。私は上白沢慧音という。君のことは妹紅に聞いた。話したいことがあるから、少し来てもらっていいだろうか?」
丁寧な物腰に良い印象を感じた私は、その女性に着いて行くことにした。

「では、お茶を淹れてくるから少し待っていてくれ。」そういうと慧音は、奥の部屋に行ってしまった。
慧音の家は、寺子屋をやっているそうで私が通っていた所にも通じるものがあったのも後押しして、
少しの間故郷を思い出していた。
幻想郷は都というより、私の住んでいた山村に似て、落ち着いた雰囲気がある。
人々もどこかゆったりしていて、日々の仕事に追われる風な慌しさがない。
まず、人と妖怪の共存するこの世界には、基本的に人間の間での縦列関係がないように思う。
皆自給自足の生活を送っており、それが可能なだけに人間の数も少なかった。
私は、戸の隙間から、子供達が遊んでいるのを垣間見ていた。
さっきもそうだったが、こういう風にしているのは楽しいものだ。
もし、私があそこにいたらどうなんだろう、どんな気持ちになれるのだろう。
「待たせたな。・・・・ん?君は子供が好きなのか?」
「いえ、昔からの癖のようなものですので。」
「えっと、よくわからないが・・・。まぁ、いい。用件を話そう。、まず、君は永遠亭の連中がどのようなものなのか知っているかい?」
「みなさん優しい方だと思います。」
「君がそういうなら一人一人はきっとそうなんだろう。しかし、私が聞きたいのは、彼女らが異変を起こした
ということを、君は知っているのかということだ。まぁ、それだけではないのだが。」
「異変、ですか。あと、それだけではないというのは?」
「やはり知らなかったようだな。彼女たちは少し前に、月からの追手を避ける為に、幻想郷から満月をなくしてしまったのだ。
それは、幻想郷の妖怪たちにとっては死活問題だった。何故なら妖怪たちの力というのは、月の光によって得られるところが大きい
からだ。今の幻想郷の状態というのは非常に不安定だ。妖怪は人間から畏れられなくてはならないのに、ただでさえ最近は妖怪に
対する畏怖が薄れてきている。これ以上に人間と妖怪の力関係が崩れてしまっては、拙いのだ。
故に、彼女らの行為は幻想郷をおびやかした、といえる。」
「しかし、月から追手が来て、幻想郷を荒らされてしまうのも困るのでは?」
「それは確かにそうなのだが、かといって、異変を起こしたという事実が変わるものでもあるまい。」
「私には、そのことについてはよくわかりかねます。それより、異変を起こしただけではない、というのは?」
「それは私の口からは言えない。気になるなら妹紅の機嫌が良い時に尋ねてみるといい。」
気がつけば、随分長い間話し込んでいたようで、外には子供達の姿も消えている。
「あら、もうこんな時間だわ。早く帰らないと、優曇華に仕事を押し付けることになってしまいます。」
「そうか、私としては君のことをもう少し聞きたかったのだが、残念だ。もしよければまた訪ねてくれ。」
「ありがとうございます、では失礼します。」
玄関まで見送ってくれた慧音の姿が家の奥に消えると、私は永遠亭に急いだ。
「只今戻りました。」
「あら・・・・?」と、先生は私の顔を見て驚いた様子だった。
「あの?どうかしましたか?」
「いえ、何でもないのよ、お帰りなさい。」
「すぐに夕飯の支度をしますので。」
「それはもう優曇華がやってくれているわ。」
本来なら当番は私の筈で、少し遅れたとはいえ、優曇華がやる必要はまだなかったのに。
と私は心の中で、優曇華に負担をかけてしまった自分と先生も少しだけ責めた。
「ごめんなさい、優曇華、私の当番だったのに。」
「いえいえ、気にしないでください。いつもやっていたことですから。」
「今度埋め合わせするわね。」
「忘れないでくださいね♪」
事は、その日の夜の内に起こった。
例の紅魔館の主と門番が、物凄い剣幕で押しかけてきたのである。
「あんなものを届けるなんてどういうつもり?あの薬のせいで咲夜は・・・・!」
その悪魔の目を見た時に、私の胸がどことなく疼き始めた。
「どういうつもりって?そもそも薬ってなぁに?」
「しらばっくれないで!!胸が大きくなる薬だなんて、嘘を吐いて・・・・!貴様、計ったな!」
「うふふ、何をそんなに怒っているのかわからないけど、貴女、何か誤解していない?
そんな薬届けていないわよ。」
私は、自分の顔が紅潮していくのを感じていた。
先生が一体何を言っているのかよくわからない。
「あ、お嬢様、あいつです。あいつが薬を!」
私は門番に不躾に鋭い視線で指を指されたかと思うと、途端に悪寒が走るほどの妖気を当てられた。
「貴様、よくも!!!!」
「少し、待って・・・・ください。私には、よく・・・、わかりません。」
「詠嘉、貴女、まさかあの毒薬を持っていったの?しかもわざわざそんな嘘まで吐いて、信じられないわ。」
「っ、あれは・・・・、先生が。」
「そんなことを聞きにきたのではない。咲夜はあの薬を使って、意識を失ってしまった。
胸が大きくなる効果だなんて聞いていたから、恥ずかしくて、苦しくても言い出せなかったのだろう。可哀想に。」
そう悲しげに言うと、烈火の瞳で私を睨み付ける。
「なんであれ、貴様が咲夜に薬を渡したんだ。許さない。楽には殺さないから・・・・。」
私はさっきから頭が破裂しそうだった。
何が起こっているのかよくわからない。
さっきまで、優曇華と楽しく会話して、明日の献立や、今度里に降りたらどんなものが欲しいだとか、あの慧音とかいう女性に
また会いに行ってみようかだとか、そんなことしか考えていなかったのだ。
でも、此処にあるのは最早殺意だけだ。
相手は人外の存在で、そんな強力を持った者が私に本気で怒り狂っている。
「ッ!!」
私は、逃げ出そうと、寝巻きのままで外へ走った。
「愚かな、逃げられるとでも思ったか!!」
そう吸血鬼が言うと、私は、背中が熱いなと思った。
途端に大量の、綺麗な血が噴出していた。
とても痛かった。
「どうした!!!!泣き叫んでみせなさいよ。」
「どうして?ワタシ・・・が?」
これからだと思ったのに。
ここで、私は全てをやり直す途中だったのに。
せっかく仲の良い友達も出来て、気軽に話しかけてくれる人も何人か現われて
上手くいっているところだったのに。


悲しい、痛い。痛い。悲しい痛い痛い痛い痛い。



「お嬢様、気をつけて下さい、そいつ何か変です。」
「理解ってる!!だいたい、背中を引き裂かれて立ってる時点でまともな人間じゃないわよ。貴女は援護しなさい。」



そこからの私の世界には音は存在しなかった。
あったのは空気が擦れる音と、たくさんの血。私の血。
「こいつ、組織ごと圧死させてるのに、潰した傍から治ってるなんて・・・。」
「これじゃ、きりがありませんよ。」
「人間の癖にすばしっこいのよ!本気でやらないと当たらないなんて、おかしいじゃない!!」
そういうと悪魔の爪で私の足は四分割されてしまった。
気が狂っていく。あまりに痛くて失神したいのに、あまりに悲しくて意識が消えてくれない。
「凄いわね。この間はここまでの回復力じゃなかったのに・・・。それに、まだ意識があるなんて、何か特殊な術式でも
かけているのかしら。」
と何やら小言で呟く生き物がいる。私の目にはもうソレしか映らないようになって、それに向かって這っていった。
「ちょ、相手を間違えるんじゃないわよ、恩を仇で返す気?使えない子ね!」
どうして、こんな捨て駒に使うような真似をしたのか、聞きたいだけだった。
何か事情があったとでも言ってもらいたかった。
「あの、お嬢様。もしかして、本当に知らなかったんじゃ?」
「五月蝿いわね、今更そんなこと言ったってしょうがないじゃない。こんなに殺したのに!!」
「で、でも、あいつ、泣いていますよ?それに、私達にはもう構っていないようですし・・・・。
何より、丸腰の相手をこれ以上痛めつけても・・・・。」
「何が言いたいのよ?」
「あの・・・・可哀想かなって。」
「・・・・・・。永琳、その子、なんなのよ?」
「さぁ、わからないですわ。スキマ妖怪が連れてきたのだけど、いつの間にか居着いちゃって。」
異を唱えたくて声を出そうとするのに、こんな時はどうしてか声が喉の奥で震えて出てくれない。
永琳は、とうとう私を残して戸を閉めてしまった。

「・・・・そんな風には見えないじゃない。もうやめにするわ、殺しても死なないなんて、面白くもないし。
それに、何だか気分が悪いわ。」
そういうと吸血鬼は闇へ飛び立っていった。
「あの、痛い?痛いわよねぇ。」
門番は苦痛で歪んだような顔をして私を見た。
彼女はどこも傷ついていないのに、どうしてそんな顔をするのか私にはよくわからなかった。
「貴女、どうやら嵌められたようね。でも、謝らないわよ、貴女の持ってきた薬で咲夜さんがひどい目にあったんだから。」
「うぅぅ・・・。」
「あら、しゃべれるようになったのね。今頃声を出して泣くなんて、貴女少しおかしいわよ。」
「だって・・・・、だってぇ。」
罪悪感を感じているのか、門番は私の話を聞こうと、地面に這っている私にかがんでくれた。
「だって?」
「うらやましいんです。私、羨ましい。」
「何が羨ましいっていうの?」
「私達は何も持っていない。私達がこんなに痛いのに、代わりに怒ってくれる人もいない。
今まで一人もそんな人はいなかった。だから、先生の為になら何でもするつもりで。
そうしたら、先生が私の大切な人になってくれるって、そう思っていたのに・・・・。」
「それで、咲夜さんが羨ましいの?」
「・・・・そうです。」
「永琳に復讐したいって思う?」
「そんなこと考えられません、だって、そうしたら先生に嫌われてしまう・・・・。」
「嫌われてしまうって、あのね、はっきり言わせてもらうけど、あいつ、アンタのことなんて何も考えていないわよ。」
「うぅぅぅ。じゃ、じゃあどうすればいいんですか?どうすれば・・・・。」
門番は、はぁっとため息をつくと、手拭で私の涙を拭ってくれた。
「表情も変えないで、そんな小さい声でぼそぼそ言われても、何言ってるかわかんないわよ。
とにかく、大分混乱してるみたいね、私達なんて言ってるし。まぁ無理もないけど。じゃあ、もう行くからね。それはあげるわ。」
彼女が去った後の一人の夜は、今までで一番寂しかった夜と同じくらい寂しい闇の中だった。
光と闇の狭間で、私の心を繋いでくれたのは、皮肉なことに、第一印象は最悪といってよかった門番がくれた、
彼女の匂いがする布きれ一枚だった。
緊張の糸が切れると、やがて激痛で私は意識を失った。

 






――――詠嘉さまー、あそびましょー
 ごめんね、お母さんが、もうだれともあそんじゃいけないっていうんだ。
えー、そうなのー?なんでー?
 わたしも知らないよー。うぅーあそびたいなぁー。
こないんならもういくよー。はやくあそびたい。
 うん、ごめんね、わたしは、あそんじゃだめみたいだから。
じゃあさー、こんどからもうさそわなくていいー?先生がさぁ、さそってあげてっていうからせっかくきたのに
、おばさんがだめっていうなら、こんどからも、きてもムダだってことだよねー?
 そうなる、かなー。ほんとうにごめん。
いいよいいよ、じゃあねー。


 おかあさん、わ、わたしもね、お、お外で遊びたい。
何言ってるの!貴女は忌み子なのよ、他所様の子供と遊ぶなんて、考えてはいけない。
 何のことかよくわからないよー。
とにかく駄目なものは駄目です。そんなに遊びたいなら、家を出て行きなさい。
 ご、ごめんなさいー。もう言わないから、ゆるしてー。


おぅ、今帰ったよ、詠嘉、元気にしていたか?
 あ、おとうさん、お帰りなさい。
ん?詠嘉、なんで泣いているんだい?どこか痛いのかい?
 胸のここがきゅうっとする。
・・・・そうか。他の子に何か言われたのかい?
 んーん。わたし、他の子とはあそんでないよ。話もほとんどしてない。褒めて。
何言ってるんだ、お前くらいの年から他の子と交わらないでどうする。
 でも、おかあさんがあそんじゃだめだって。
お母さんにはお父さんから言っておくから。ほら、家の用事なんてもういいから遊んでおいで。
 ほんとうにいいの?
いいとも、さぁ、行っておいで。
 うん!!!!




お前、いい加減にしないか。どうしてあの子を苦しめるようなことをするんだ。
あなたまでそんなことをおっしゃるの?あの子は忌み子ですよ、他の人間と交わって上手く行く道理がない。
またそんなことを言って。お前のよくわからない趣味をあの子に押し付けるのはやめろ。あの子を不幸にする気か。
まぁ!なんていうことを。あの子を遠ざけなければ不幸になるのは周りにいる人間達なのですよ。
貴様、俺の子に向かって!!
・・・・殴りましたね。よくも、この私を!!!
いつも言おう言おうとしていたが、あの西洋かぶれの魔術だかなんだかしらんが、あんな不気味な本、捨ててしまえ。
貴様のくだらん趣味でこれ以上俺の子を汚されて堪るか。
そこまでおっしゃるのですか。あなた、この家が誰のものかわかっていらっしゃるんですか?
それは・・・・。
この土地も、この服も、裏の畑も蔵も。すべて私の実家のものではないですか。
それは、そんなことは、詠嘉には関係ない。
私に口出しするな、と言っています。文句があるなら出て行って頂戴。また宿無しの浪人に戻るのがいいわ。




はぁ、はぁ、はぁ
あそべるんだ。どんな風なきもちがするんだろう。みんなみたいにわらえるかな。
みんなをわらわすのがとくいな丞太郎くんの変なこえをもっと近くで聞いてみたいな。
はぁ、はぁ、はぁ

あれ?
なーんだ、もうみんな、かえっちゃったのか。
 




詠嘉、おかえり、どうだ?楽しかったかい?
 うん、すっごくたのしかったよ、丞太郎くんなんて、ずっとおらおらおらおら言ってるんだよ、いみわからないよー。
そうかそうか、良かったな。
良いものですか。詠嘉、早く家の手伝いをしなさい。
 あ・・・・、ごめんなさい。
詠嘉・・・・済まない。
 おとうさん、どうして謝るの?
いいから、早く用事をしなさい。
 うん、わかった。
詠嘉、楽しかったんだろう?
 そうだよ、どうして?
なのに、なんで泣いているんだい?
 泣いてなんかいないよ。
じゃあ、どこか痛いのかい?
 あ、うん。胸のここが、きゅうっとする。



あ、それからね、詠嘉は詠嘉じゃなくて、雪華だよ。
また、この子はそんなことを言う!!!
折檻よ、来なさい
やめてー、ぶたないでー



 




つまらない夢を見てしまった。
意識が覚醒してくるのにあわせて、くだらないしこりを吐き出すように、私はわざとらしく両手を掲げて欠伸をした。
驚いたことに、もう何処も痛くはない。
あれだけ滅茶苦茶に押しつぶされていた足も、右腕も元通りである。
自分のことながらこれはいくらなんでもおかしい。
私は、死ねないのだろうか。
永遠亭の内で、輝夜と永琳は蓬莱人と呼ばれていて、不死の体を持つと言われているそうだ。
私がもし不死なのだとしたら、彼女らとは永い付き合いになれたのかもしれないのに。

私は、幼い時分から、私のようなくだらない者を愛してくれる者が、もし、いるのなら、私の全てをその者に捧げたいと
願うようになっていた。
初めは無意識だったが、願いが強くなるのに合わせて、時折は意識的にそう考えるようになった。
そして、八意永琳がそんな存在であると、いや、そうであって欲しいと、考えた。
だが、それは間違った選択だと知った。
初めは、命の恩人だと思っていた。
ところが、それがそうではないようで、私は、こうなっては自分の愚かさを悔いるしかないようだった。
これも選択の結果だと素直に受け入れることしか、心を紛らわす方法などない。

「驚いた、まさかあの状態から生き返るなんて。」
「あの、どなた?」
私は、ぼろぼろに引き裂かれた上に、血で真っ赤な寝巻きをかろうじて身に纏っている状態だったので、誰かに話しかけられ
ることに焦っていた。幸い、女性のようなので、少しはマシだったのだが、恥ずかしいことには代わりはない。
「いやぁ、仕事が増えなくて良かった。」そう残すと、彼女はその場を去っていった。

とにかく、このまま此処にいるわけにもいかなかったので、私は、里の慧音を訪ねることにした。
一度話をした程度の仲で、本来ならば筋違いなのだろうが、今の私には彼女くらいしか頼れる人がいなかったのだ。

布の切れ端を結んだだけの格好で里を歩き回るのは、とても耐えられなかった。
しかし止むを得ない、とはこの事である。
私はすがるような思いで彼女の家の戸を叩いた。
彼女はしかし、そこにいてくれた。
留守でなくて良かった、とその時の私は心底そう思った。

「君は・・・・、どうしたんだ、その格好は、何があった。」
「えぇ、実は・・・・。」
「いや、いい、とにかく中に入りなさい。」彼女は私を優しく招き入れ、暖かいお茶と、清潔な着物を用意してくれた。
「その着物は君にあげよう。私の趣味ではないのだが、村の者がたまに寄越してくれるんだ。
他にもあるから、それも使うといい。」
「それじゃあ、風呂を沸かしてこよう。君はとても疲れているようだから、少し横になるといい。」
さっきまで寝ていたというのに、確かに体全体がだるくて仕方がない。
それにしても、自宅に風呂があるなんて、慧音は相当な資産家なのだろうか・・・・。
そんなどうでもよいことを考えながら目を瞑ると、私の意識は陽炎のようにぼやけていった。


風呂には、私の血でそこを汚さないように、特に気をつけて入ったので、思ったより時間がかかってしまった。
風呂場から出てくると、見知った顔が一人。


「よう。なんか事情があるそうじゃないか。まぁ大方想像はつくけどね。」
あの竹薮の住人、藤原妹紅その人だった。
二人は知り合いだと以前に聞いていたので意外ではなかったが、私が今ここにいる経緯を考えると、少し気恥ずかしい。
「こら、妹紅、少しは遠慮しろ。」
「いえ、いいんです、実は・・・・・。」



「まさか、そこまでするとは。信じられん。」
あぁ、この人は誠実な人なんだ。
私の為だとか、自分の中の信念を裏切らない為だとか、兎に角、いろいろなものの為に怒っている。
この人を頼ったのはやはり正解だった――――。


妹紅はというと、先ほどから仏頂面をしている。
「・・・・相変わらず、なんて卑怯な奴らなんだ。」
「妹紅さんは、それで、注意してくれたのですね。」
「まさか、そこまで腐っているとは思っていなかったけどね。」
そこでふぅ、っとため息を吐くと、彼女はさらに続けた。
「慧音から聞いているかも知れないが、私と永遠亭の連中、特に、輝夜とは浅からぬ因縁がある。
あいつは事あるごとに私を始末しようと、腕の立つ者をよこすんだ。まぁ、自分から来ることもあるけどね。
今まで何度殺されたかわからない、まぁその分殺してやったが。
・・・・私もね、彼奴らと一緒さ、死ねないんだよ。蓬莱の薬を飲んだせいでね。」

「そう・・・・、だったんですか。」
「君の服についていた血の量を考えると、君も普通の人間ではないようだ。説明できるか?」
と慧音が会話の流れを崩さないように尋ねてくる。
「詳しいことはわからないんです。私にこんな力があるなんて、つい最近まで知らなかったことでしたから。
ただ、薄々思うところはあります。」
「ん、詳しく聞かせてくれるか?」
これは幻想郷の内外を合わせて八雲紫にしか話していないことだ。
私は、あの夏の体験について、人に話すことを拒んでいた。本心ではそうでなかったのにも関わらず、だ。
それは、あれは母の傾倒していた黒魔術の呪いのようなものではないか、と漠然と考えていたからである。
だとすると、それは忌み嫌われるべく事情であり、言葉というものに魔力が多少なりとも宿るものであるとするならば
決して他言してはいけないという結論に至る。
あの時紫に話をしたのは、まず彼女の前では、その程度の不吉は何の意味も成さないということ、そして、私自身が
自分の人生が完成したと考えていたからである。
「ごめんなさい、詳しく話すことは出来ないんです。」
「そうか、まぁ、事情もあるのだろう。こちらから尋ねることではなかったな、済まない。」
それに対し私は、とんでもないです。と言ったが、それ以上深く詮索されなかったことに、彼女への感謝と少しの安堵を
覚えていた。
「しかし暑いな、もう日も沈んだというのに。そろそろ夕飯にしようか。」
「あの、私、失礼しますね。」
「何を言っているんだ。何処か他に行くところがあるというのか?」
「それは・・・・、でも、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
「今更野暮なことを。君、礼儀正しいのも結構だが、場の空気というものを読みたまえ。
今晩だけでも泊っていきなさい。」



「どうだ、美味いだろう。これは、村の者が届けてくれた野菜でね。良い育ち方をしている。」と慧音が優しく微笑んでくれる。
「ところで、お前、玖珂っていったな?」
「あ、はい、そうですよ、妹紅様。」
「玖珂なんて珍しい苗字だと思うが、私の記憶の中にもその苗字を持つ者がいる。」
「へえぇ、そうなんですか。妹紅様は長く生きていらっしゃるので、そのような者もいたのでしょうね。」
「もしや、お前の先祖は豪族ではなかったか?」
「どうしてご存知なのですか?私の村は没落した武家が集まって出来た集落なのです。」
「やはり、そうか。その顔つき、何処となく見覚えがあると思っていたのだ。」
そういうと妹紅は大層驚いたような、嬉しくて悲しいような、複雑な表情をしながら私の顔に手を当てて、まじまじと覗き込んだ。
「見覚え、といいますと?」
「私の家はな、当時最高といって良い程の権力を誇っていた。まぁ、この辺は昔のことだしいいだろう。
それより私が言いたいのは、家臣の一つに玖珂家があったということだ。つまり、お前はその子孫の生き残りである可能性が
高いんだ。
そんな子と、こんなところで会えるとは。これも縁なのかしらね。」
「成る程、それであの時。」
「あぁ、あの時は聞き覚えがあるなと思っただけで、すぐに思い出せなかったのよ。」
「まぁ待て、本当に詠嘉がお前の知っている玖珂家の子孫なのかはわからないではないか。
さぁ、詠嘉の顔色も良くないようだし、今日はもう寝かせてやろう。あれだけ出血していたんだ。
何かの能力で傷は塞がっていても、身体に負担があるのだろう。
奥の座敷に布団を引いている、ゆっくり休んでくれ。」
「慧音さん、本当にありがとうございます。本来私など見ず知らず」
「それはもういいって。私はな、君のように自分が悪いわけではないのに苦労している人間を見捨てておけないんだ。」

その夜の布団はとても柔らかかった。
残暑が残る里で、季節の声を出し始めた虫達に誘われて、私の心地は夢のようだった。
こんな人もいる。
目先の利益ではなくて、他人を思いやり、自分の心が訴えかけるままに、誰かの為に何かができる人種。
そう、そんな人もいるものだ。
そういう人種は、誰に頼まれるわけでもなく、感謝されようがされまいが、己を貫くことが出来る。
それは、高潔だということだ。
よく、そういった行為は自己を満足させる為のものだ、という者がいるが、それは言い得て妙だ。
確かに、心がむず痒いからといった理由で誰かを助けるのだから、言い方によっては自己満足といえるのだから。
しかし、それの何が悪いというのか。


そういう者がいるからこそ、私は人を嫌いになれないというのに。
どれだけ人の醜さを見せ付けられても、それで傷ついても。
それだけではない。
人とは、それだけの生き物ではない。





「お早う御座います。早いんですね。」
「ああ、私はいつもこの時間だ。昨夜は妹紅がなかなか離してくれなかったから、少し眠いがね、ふふ。」
「あの、妹紅様は?」
「あいつなら、居間で酔い潰れて寝ているよ。
昨日ははしゃいでいたからな。
アレも、寂しい時間を送ってきた人間なんだ。
長い時の中でもう知り合いも私くらいしかいないようだしね。
彼女は永遠を生きる者だから、誰かと仲良くなっても必ず別れが来る。
それは、いつまでも姿の変わらない彼女を訝しむ心だったり、文字通りの死別だったりするのさ。
そんなことがずっと続く内に、わかるだろ。誰とも交わる気が失せるというのが。
唯一永遠を共有できる連中は、彼女の宿敵であるし。」
「そんな時に、懐かしい匂いのする君に出会えたんだ、私には彼女の気持ちがわかる気がする。」
「私がそんな役割を果たせるなんて光栄です。」
「ふむ、初めて会ったときから思っていたが、どうして君はそんな済まなさそうな顔をするんだ。
君が私に何か害を与えたわけではあるまい。」
「そんな顔、していましたか?すいません、私、あまり人と話をして来ずに生きてきたものですから、よくわからないのです。」
「そうか。それなら気にしなくていい。だが、少しずつでもいいから君が変わって行くのを私は楽しみにしているぞ。
さて、私は朝御飯の支度をしてくるから、君は顔でも洗ってきなさい。」


幻想郷の朝はその名に恥じない、素晴らしいものだ。
澄み切った空気、それを通って差す、紫色の朝焼け、里を流れる美しい水。その水面の反射。
鳥達の声。表情だらけの風の音。近くと遠くの霞がかった山々。
それら全てが調律されて存在している。
ここは、そんな土地だった。
私は、表の井戸で水を汲んで顔を洗うと、しかし、そのままそこを去った。
跡には静寂だけが残っていた。




――――昨夜の妹紅の話を聞いて、どうしても気になることがある。
殆ど直感のようなものだった。

私の家は資産家だったが、どうやってその財を築いたか、については家の者にすらわからなかった。
冗談のような話だが、気がついた時には資産があった、としか言いようがない。
先祖についての歴史は遠い昔に封殺され、もはや与り知る所ではなかったのだ。
だが、もし、妹紅の言うように、私があの車持皇子の家臣の子孫であったなら――――

車持皇子とは、その昔輝夜に求婚を迫り、無理難題を吹っかけられていいようにあしらわれてしまった
男の一人であるが。
さて、彼に与えられた難題とは何だったか。
私の記憶が正しければ、それは蓬莱の玉の枝。
車持皇子程の人物なら、家臣にその探索を任せる筈。
謎の没落を遂げた玖珂家。
彼らは、蓬莱、神仙のみが住むことを許されたあの伝説の地に、辿り着いていたのではないか。
そして、あの夏の飴。




現世にある私の家の古蔵は一つではない。
屋敷の離れの森の奥に、もう一つの蔵がある。
そしてその奥に、地下へと続いている開かずの扉がある・・・・と聞いている。
そこに封じられているモノ、それが何なのか確かめる必要がある。


ソレハ口ニ出シテハイケナイ
祟リ様ガ現レル
クチニ、ダシテハイケナイ
八百年間ノロワレル
触レテハイケナイ手ガ腐ル
見テハイケナイ目ガ腐ル






幼い頃から、母だけではなく、父にも厳しく言い聞かされていた。
怖い歌だった。
今でも私の脳裏に焼き付いている。
蔵には頑丈に鍵がかけられていたが、私はそこへ近づくことすら許されていなかったし、そうしようとも思わなかった。
だが、もし、幼き日に母から聞かされた話が、狂った女の妄言でなかったとするなら。
全てはそこに帰結する。
そんな気がしてならない。

私は、幻想郷と現世の狭間を操るあの妖怪に会いに、道無き道を掻き分けていった。


紫さん、いらっしゃいますか~、紫さんー
どれ程の距離を歩き回っただろう。既に辺りは薄暗くなっていた。
かつて永琳に聞かされていた、マヨヒガという八雲紫の棲家。
その名前は聞いたことがあった。
東北地方に伝わる怪談で、山奥深くに迷い込んだ者が辿り着くとされている場所。
そこを訪れた者は、一つだけ家にあるものを持ち帰ってよいとされていて、椀などの什器を持ち帰ればそこから米が尽きること
なく湧き、その者の家は栄えるとされている。
しかし、もしかしたらマヨヒガとは異次元にあって、彼女が誘い込まなければ、辿り着けないものなのかもしれない。
あの八雲紫のことだからその程度の芸当はやってのけるだろうし。

私にとって別れとは、いつも突然訪れるものだった。
運命に弄ばれるように、私の心に別れに対する準備期間が与えられることはなかった。
だから今朝も何も言わずに家を出た。
それは、どういう風に言えば良いのかわからなかったからだ。
もしまた会えることがあるのなら、その時に自分の不器用さを詫びようと思った。

私は、八雲紫を直接訪ねることをやめ、博霊の巫女を頼ることにした。
夕闇がさらに濃くなる山道をくぐりぬけて、あの長い石段を麓から見上げると、やはりそこは特殊な場所だということがわかった。
静か、である。そしてその静けさが自然を畏れ敬うべきものへと変貌させる。
早くあの巫女に会わねばなるまい。
そうでないと、私の中に迷いが出来てしまう。

「あら、あんた、久しぶりね。」
「こんな時間に突然訪ねてしまってすみません。」
「そんなこと言ってくれるのあんただけよ。他の連中ときたら・・・、お茶でも飲む?ってそんな雰囲気じゃなさそうね。」
「はい、実は私、八雲紫さんを探してるんです。なんだか避けられてるみたいなんですけど、会いたいんです。」
「紫?あいつまた何か企んでるのかしら・・・。でも、あいつがそのつもりなら会うのは難しいかもね。ほんと神出鬼没だから・・・・。
とりあえず用件があるなら伝えてあげるわよ。」
「はい・・・・。私、幻想郷から出たい、いや、出なくちゃいけないんです。外の世界で、どうしても確認しなきゃいけないことが
できてしまったんです。」
「なんだ、そんなこと?それなら私でも出来るわよ?」
「え・・・・?本当ですか?」
「ええ、外の世界とここを隔てる為の結界は、私と紫が共同で管理しているの。」
「すみません、知らなくて・・・・。では、私をすぐにでも外の世界にお願いします。」
「本当にいいの?噂に聞いたけどあなた、外の世界じゃ罪を犯して居場所がないんじゃなかったっけ。
ここは気に入らなかった?」
「そんなことはないです、出来ればここから離れたくはありません。
だけど、それでも私行かなければ・・・・。」
「何があったのかは聞かないから、気にせず戻ってくればいい。」
「え?」
「実は、慧音からあんたが来てないかって聞かれてるのよ。そのときにもしあんたがここに来たら
伝えて欲しいと言われたことよ。」
「そう・・・・ですか。」
「幻想郷から出たら、もう二度と戻ってこられないと思っておいてね。本来はそう何度も出入りできるものじゃないのよ。」
「それでも、いいの?あなたのその選択は、本当に後悔しない?」
「・・・・はい。」
「わかったわ。じゃあ、着いてきて。」
巫女は私を連れて、神社の森の奥に進んでいく。
「博霊神社は、この幻想郷の要なのよ。ここが、始発点であり、終着点でもある。
まぁ、意味はわからなくてもいいわ。」
「いえ、なんとなくですけど、わかるような気がします。」
「そう・・・・鋭いわね。じゃあ、この奥に何があるかも予想出来るんじゃないかしら?」
「・・・・結界。」
「ご名答、ほら、着いたわよ。じゃあ結界を開くわ。
すぐに閉じるから後を見ずにまっすぐ走り抜けるのよ。
迷いがあると他の次元に引きずりこまれて、抜け出せなくなる。
そうなると、紫でも助けられるかどうか・・・・。」
「いろいろとありがとうございます。あの、慧音さん達に伝えておいてくれませんか?
私は、あなた達に会えたことが今までで最高の幸せでした、と。」
「・・・・辛気臭いわね。まぁ、紫が私の仕事を増やす為にいたずらで結界に穴を開けるなんてこともあるし。」
「空間の歪みに気がつける嗅覚があるなら、戻ってこられないこともないかもしれないわね。」
「気休めでも、嬉しいです。それじゃあ、さようなら。」
閃光の中へ駆け出していった詠嘉を見送って、博霊霊夢は呟いた。
「馬鹿な子ね。また会う気があるなら、さようならじゃなくて、またね、でしょ・・・・。」
「見てたんでしょ紫、どうして出て来なかったのよ。」
霊夢がそういうと、彼女にとっては見慣れたスキマから八雲紫が顔を覗かせる。
「霊夢、永琳からあの子のことを聞いたほうがいいわ。
あの子はここから出てはいけなかった。だけど外に出てもいけなかった。だから私は傍観することにしただけよ。」
「ちょっと、わかりにくい言い方はやめてくれるかしら。」
「あら?あなたって馬鹿ね。」
「ちょ・・・・何よいきなり。」
「うふふ、かわいいわ、とにかく輝夜か永琳にあの子のことを尋ねてみなさい。私も聞いたときは、驚いたわ。」





――――目が眩む程の眩しさを駆け抜けると、そこは見慣れた風景だった。
古い道場、寺子屋、そしてもう誰も住んでいない私の家。
あの奇怪な場所から、私は、帰って来たのだ。
そして、不思議なことに、幻想郷で過ごした時間は、この世界でほんの数十秒のことらしかった。
とはいえ、もう此処には私の居場所はない。
闇に紛れて屋敷へ入り、支度を整えると、焦る気持ちで歩を早めた。
私は、――――こうなってはいつものことなのかもしれないが――――最早後先のこと等考えていなかった。
とにかく、あの蔵へ行かなければ、という衝動にただ、突き動かされていた。

さて、博霊の森にも劣らない程不気味な森の奥深くにそれはあった。
大げさなほど幾重にも錠がかけられている。
私は、予め母親の部屋から持ち出していた鍵束を使って、一つ一つ外していく。
漸く扉を開けると、生ぬるい風が身体を通り抜けていった感じがした。
蝋燭を手に持ち、蔵の中を進んでいく。
そこには、異国の言葉で書かれている本が大量に保管されていたり、何に使うのかよくわからない
器具などが納められていた。母親もそうだったが、どうやら玖珂家には時折、このような異国の魔術に傾倒する者が現われるようだ。
そして、そんな物の中にあってなお、異物と呼ばざるを得ないもの、それが地下へと続く扉だった。
伝え聞いた通りの物の登場に、私の心が恐怖と躍動感で、どんどん緊張していくのを感じていた。
地下へと続く扉が異常だったのは、そこに呪印が山ほど施されていたからだけではない。
文字通り、血塗られていた。
年月を経て、変色しているものの、その雰囲気はかえって生々しい。
ところで、これは人間の血か?何かが、おかしい。
しかし、もう引き返すわけにはいかない。
あの夏、私に何があったか、何故母親は死んだのか、何故永遠亭の人々にあのような仕打ちを受けたのか。

確かめる為だけに私は今、生きている

意を消して扉に手をかける。
手に噴出す汗で滑りながらも、力を込めると、あっさり、と地下は口をあけた。
そして、もうそこから異変が始まっていた。

八雲紫や吸血鬼と対峙した時と同じ空気だ。
予想していた通り、ここには、妖怪が住んでいる。
確信があった。それがあの夏の女性であると。
私の身体は恐怖で足が震えて、地下へ向かうのを拒んでいる。
それほどまでに、妖気が強かった。
吸血鬼はともかく、八雲紫が私に本気を出していなかったのは明白ではあったが、もしかしたら彼女以上の力を持っているのではないか
と、私は本能的に感じていた。

心が身体に負けないように、覚悟を決めて足を叩きながら下っていく。
果て、彼女はそこにいた。
「あらぁ?誰かと思えば、詠ちゃんじゃない。」
「・・・・。は、八年前の夏に、飴をくれましたね。」
「うふふふふふふふふふ。」
「ど、どうして、私に、あ、、あめを」
「どうしたの、足が震えてるわよ?」
「・・・・・。」
「あれをまだ飴だと思ってるのぅ?」
「どういう・・・・ことですか?」
「あれは、龍眼よ。」
「りゅう・・・がん?」
「そうよー、本物の龍の目玉よー。だんな様が蓬莱から持ち帰ったものよ。」
「旦那・・・様?」
「そう、玖珂家に栄光と破滅をもたらしめたお方、玖珂定時様。私の愛憎しいお方、うふふふふふふふふふ。」
「あなたは、何者なのですか?」
「私は、大陸で旦那様と出会った。目元が涼しいお方だったわ、あなたにも面影があるわね。」
「あなたは・・・・大陸からやってきたのですか!?」
「本来龍眼は蓬莱の秘宝なのよ、それを勝手に持ち帰っちゃったんだもの。
呪わずにはいられないわぁ・・・・全てを破滅し尽すまで。
旦那様は私を退治しようとなさったわ、何人も陰陽師を雇ったりしてねぇ。」
「でも、出来なかった。うふふふふふ、それはそうよ、人間などには土台無理な話だもの。」
「ところが、異国の魔術だけには私も手を焼いた。だってそうでしょ、本来相容れるはずのない力なのだから。」


「だけどね、あなたのお母さんが私に自由をくれたのよぅ。
長い間封じ込められて可愛そうだからって、封印をといてくれたのよぅ。
私は早速あなたに龍眼を飲ませに行ったわ。だって、私は玖珂家を滅ぼしに大陸から来たのだから、
いくら封印を解いてくれた人の娘でも、こんな機会を逃すわけにはいかないものね。」
「私、いてもたってもいられなくって、あなたのお母さんに詠ちゃんに龍眼を飲ませたことを教えてあげたのよぅ。」
「見ものだったわー、取り返しのつかないことをしてしまったときのあの時の顔。今でも思い出す度に、胸がどきどきするわぁ。」
「まぁ、そのせいでまた封印されちゃったんだけどね、そりゃあ、二人分の魂を遣って霊縛されたらいくら私でも出られないわよ。」
「・・・・・え?」
「あなたのお母さんね、魔術に凝ってたでしょう?私を再び封印する為に、邪法ってやつに手を出しちゃったのよぅ?」
「まぁ、その時に召還されたモノは私が殺しちゃったケド、うふふふ。」
「あの、いま、ふたりって。」
「鈍いわねー、あなたのお父さんとお母さんの命を遣って、私を封印したの!」
「そ、そんな・・・・。」
「だけどぉ、あなたがまた私をじゆうにしてくれたぁ、ありがとうねぇー。」
「どう?どんな気分かしら?うふふふふ。」
「・・・・、龍眼とはどのようなものなのですか、私はあれを飲み込んで以来、死ななくなったり、物が遅く見えるようになりました。」
「それだけじゃないわよぅ、傷を負う度に、どこまでも速く、どこまでも強く動けるようになるわぁ。」
「寿命も伸びるわぁ、十七の時から八百年間年をとらなくなるのよ。素敵でしょう?」
「それで苦しんでいる人もいます。」
「あら?そうなの?残念ね。まぁ、そんなことはどうだっていいの。じゃあ、悪い話をするわね。」
「龍眼を飲み込むと、周りの弱い人間から嫌われるって知ってたぁ?」
「・・・・・。」
「龍眼の魔力なのかしらね、体内に龍眼があると、そういった物に耐性のない者にいい様のない不安を与えるようなのよ。」
「だから、あなたの傍では安らげない。あなたから離れていく。」
「そしてそしてー、龍眼を飲み込んだら、子供が産めなくなるわ。」
「うふふ、龍眼はね、あなたの子宮にあるの。あなたの子供の為の場所じゃなくなったのよ、あの夏の日にね。」
「だからこれにて、玖珂家は全滅よー、あははははっはは。」
「何?あなたさっきから。もっと悔しそうな顔しなさいよ。どうしてそう無表情なのよ。」
「私は、もう」
「はぁ?」
「心を、置いてきました。遠い日の向こうに。」
「なんだぁ、つまり詠ちゃんさぁ、とっくに壊れちゃってるってことじゃない。うふふふ、辛かったのよね、よしよし。」
「触るな。」
「そんな顔で言われても困るわぁー。あんた、本当はどうだっていいんでしょう?そう言わなきゃいけない気がするから
言ってるだけよねぇ。」
「もう、いいわ、あなたの心が壊れていくのが楽しみであなたに龍眼を植えたというのに、これじゃ面白くもなんともないわ。」
「と・こ・ろ・で、さっきから懐かしい匂いがしてるのよ。
あなた、藤原不比等と会ってるでしょう?どうやってあの男が生きているのかは知らないが、蓬莱を荒らした償いは、アレにもしてもらわないとねぇ。
うふふふ、おほほほほほほ。」

――――妹紅のことだ。
この妖怪は勘違いしているが、何れにせよ、このままでは彼女に辿り着くだろう。
それだけは・・・・!!

「容易く、好きに出来ると思うな。」
「ふふふふ、誰を相手にしているのか、わかっているのかしら?」




「玖珂詠嘉について、話してもらおうかしら、輝夜。」
博霊霊夢は、永遠亭を訪れていた。
どうにも紫の言い草が気にかかる。
「何も話すことはないわ。そういうことなら、帰って頂戴。」
「あの子は現世に帰っていったわ。確かめなきゃいけないことがあるって。
あなたなら何か知ってるんじゃない?」
いや、知っていてもらわなければ困る。
紫から、詠嘉については永遠亭の連中に聞けと言われていたので、強気にカマをかけた。
「現世に帰したですって?呆れた、貴女、それでも幻想郷の巫女なの?」
「む、失礼ね。何が悪いってのよ。」
「玖珂はね、呪われた家なのよ。今から八百年前、私が地上の貴族に求婚されたとき、難題を与えやり過ごそうとしたことが
あったわ。
彼らは難題を達することが出来なかった。
だけど、車持皇子の部下の玖珂定時だけは違った。
彼は、蓬莱に辿り着いていたのよ。
だけど、彼は車持皇子に、秘宝を渡すことはなかった。
簡単に言うならネコババをしたわけよ。
馬鹿な男。蓬莱から、忌むべき者が着いてきているとも知らずに。」
「忌むべき者?」
「そう、決して関わってはいけない種類の妖怪よ。」
「ふむ、じゃあその妖怪を退治しちゃえばいいじゃない。」
「ええ、後に、その存在に気づいてからはそうしようとしたわ、でも、出来なかった。奴は強力だったの。」
「結局、車持皇子は玖珂を見捨てたわ。横領されたこともその理由だけど、実のところは、その妖怪の矛先が玖珂家から藤原家に
向くことを恐れたが為だと私は思っているわ。その程度の男の求婚なんて、受け入れられるわけもないのに。」
「話が少し反れたわ、で、滅亡したと思っていた玖珂家に未だ生き残りがいた。それが玖珂詠嘉よ。」
「初めは気がつかなかった、私も永琳もね。だけど、彼女の身体の異常性や、雰囲気から、ふと思い出したのよ。まぁ、永琳がだけど。」
「もし、秘宝が彼女の体内にあるのなら、彼女と親しいものは全て件の妖怪に獲り付かれてしまうわ。
彼女とは、関わっちゃいけないのよ。たとえ、彼女がどれだけ良い子でも、どれだけの寂しさを隠していても。」
「なんか、すっきりしない話ね。」
「そうね、私や永琳が彼女を追い出したのだってやりたくてやったわけじゃないわ。表情をほとんど変えないあの子が、やっと笑い始めた
ところだったもの。知ってる?あの子、笑うと可愛いのよ。だけど私達は自分達を、やっと辿り着いた安息の場所を、守る為にあの子を見捨てたわ。
・・・・悪いと思ってるけど。」

「ところで霊夢、貴女、あの子を外の世界に出したって言ったわね。」
「そうだけど?」
「・・・・大陸の妖怪が入り込んでくるかもしれない。」
「考えすぎじゃない?」
「いや、奴は執着心が強いわ。龍になれなかった蛇が変化したものだと聞いている。
警戒を怠らないで。弾幕なんてルール、向こうは守るつもりはない。多勢に無勢だろうが、全力で叩き潰さないと、こっちが
やられるわ。」
「詠嘉は・・・・?」
「さぁ、簡単には死なない筈だけど―――」



その時、幻想郷が一瞬揺らいだような感覚に包まれた。

――――結界が――

「どうしたの、霊夢?」
「どうしたもなにも、さっそくおいでなすったようなんだけど。」
「マジで?」
「マジで。」

「少しは準備する時間というものを与えて欲しいわね。とにかく、鬼でも連れて、迎撃に向かって頂戴。」

「あのー、そこまでしないとダメ?それに、何でアンタに命令されなくちゃ・・・ぶつぶつ」
「霊夢。奴は妖怪の本質そのものよ。人を不幸にするためだけに存在している。
妖力だけなら紫とその式の狐、吸血鬼や天狗、それにあなたの神社に入り浸ってる鬼も負けないとは思う。
だけど、彼女達は人と共存する道を選び、その本分を見失ってしまった。
平和ボケしてるってとこかしらね。でも皆今の幻想郷が好きなのよ、奴に此処は相応しくない。」
「――そんなこと、言われなくてもわかってるわよ!!!」



―――数刻前

「威勢はよかったけど、所詮人の身体よねぇ、龍眼を使ったところで、大したことないわぁ。」
「本当はゆっくり苛めてあげたいんだけど、先に龍眼を返してね。」



蛇は、詠嘉の下腹部を切り裂いて、龍眼を取り出した。
全てはこの時の為だった。
他者を利用し、十分に育ったところで自身の眼と入れ替えて、龍となる宿願を遂げる。
その為に、今まで数知れぬ女に龍眼を植え付けて来た。

永い歳月を経て、女達の悲しみを栄養に、龍眼は蒼く育っていた。
それは、人間の昏い感情を吸って成長する。
その為に、周りの人間から疎まれるように作用する。
人を超えた力を与える代わりに、心を壊していく。
まるで、乱暴に雑巾を絞るように、締め付けていく。
心が壊れると、龍眼は成長出来なくなる。
その点では詠嘉は至高の母体だった。
心が壊れそうになる度に、心の痛覚を麻痺させた。
それでも辛い時は、もう一人の自分に、絶望を身代わりさせた。
彼女のことを、詠嘉自身は、「雪華」と呼んでいた。

「せ、・・・せ」
「あらぁ?なぁに?まぁもうどうでもいいわ。詠ちゃん、もう死ぬんだし。」
「とりあえず、藤原のいるところに行こうかしら。あの男にも、きちんと後悔させてやらないと。
私、執念深いのよー、蛇だし。うふふふふっふふ。」
「・・・・せ」


あら?どうやらこの次元にはいないようねぇ。
まぁいいわ、龍眼をはめれば、どこに隠れても、簡単にたどり着いちゃうんだから。
お・・・・、おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお、この力!!!
素晴らしい、凄すぎるぅぅぅううう。
これが、龍が神と呼ばれる所以か!!
私は今、神となった。
凄い、凄い凄い凄い凄いすごいすごいすごいすごい

ハァー、ハァー、それから、ほら、やっぱり見つけられた。別次元にいようが、関係ないわね。
んん?どうやら、藤原の娘の方らしいわね。
まぁ、構わないわ、親のしでかしたことは、ちゃぁんと責任をとってもらわないとね。


蛇が消えた後の蔵には、血生臭い匂いだけが漂っていた。
詠嘉は、滅び行く意識の中で、初めて雪華に身体を委ねた。
「く・・・・、くぅうぅぅぅ。」
雪華は歯を食いしばって立ち上がる。



ここで、まだ果てるわけにはいかない。
そんなことを望んで此処まで詠嘉は来たわけじゃない。
全てのわだかまりを払拭して、もう一度あの場所に帰る為。
ましてや、あの妖怪を幻想郷に送り込む為などではない。
大丈夫、私は、痛みに強いから。
詠嘉だったら耐えられないことでも、背かずに向かっていける。
そういう風に、出来ているから。

――――詠嘉、少し休んでな。このままじゃ終われないことだらけだ。
あたしは、あんたを卑怯者にはしたくないよ・・・・・・。





「うふふふふうふふ、無駄無駄ァ、私を倒そうなんて無理なのよぉー。」
「ッ、ダメージを与えた傍から回復するなんて。」
「霊夢、一旦引くわよ、なんだか、段々強くなってる気がするわ。」
「逃がさないわよぉー。せっかく藤原に会いに来たのに、いきなり攻撃されたんですもの、許さなぁい。
だいたい、鬼が豆以外で逃げるなんて、恥じゃないの?」
「黙れ、恥知らずは貴様だろう。たかが蛇の分際で、身の程を弁えよ。」
「言ったわねぇ、殺してあげるから、精々後悔なさい。」
「翠香、危ない。」
霊夢は翠香に巻きつこうとした腕を狙って、霊撃を放つ。
「痛ったいわねぇー。人間なのに何なの、その力は。」
腕は瞬時に再生され、そして前のものより明らかに強力に見えた。
「・・・・霊夢、こいつは正攻法で勝てる相手じゃなさそうだ、ここは私が抑えるから、吸血鬼の妹を呼んできてくれ。」
「げ、あいつ?」
「いいから!!」
「もうー、どうなっても知らないわよ。」




「霊夢、遊びに来てくれたの?」
「レミリア、あんたの妹ちょっと借りるわよ。」
「ちょ、何言ってるのよ、あの子は屋敷から出さないことにしてるの。自分を制することが出来ないんだから!」
「それが、そうでもしないと倒せない奴が現われたのよ、仕方ないじゃない。」
「面白いこと言うわね。」
「本当だってば、急いでるんだから、どいてよ。」
「・・・・行っちゃった。遊んでくれたって良いじゃない。
まぁ、フランもそろそろ外に出してやろうと思ってたところだし、いい機会かな。
霊夢と一緒だったらなんとでもなるだろうし。」


「フランドール、黙って私についてきて。」
「んー?霊夢ー?まだ昼だよー、眠いー。」
「あぁもう、あんたが必要なのよ!!」
「え・・・・?」
「言っとくけど、変な意味じゃないからね。とにかく、着いてきて。」
「でも、外に出ちゃダメだって・・・・。」
「いいのよ。」
「だって、お姉さまに怒られる・・・・。」
「じゃあレミリアと一緒にならいいのよね!」
「お姉さまがいいなら。」
「レミリア、そういうことよ、悪いけどアンタも来て。」
「もう、勝手ねぇー。」
「いつも勝手なのはあんたのほうなんだから、偶にはいいでしょうが。」
「それにしても、どんな相手なのか、ちょっと気になるわね。咲夜、あんたも来る?霊夢が面白いもの見せてくれるって。」
「お祭りじゃないのよ!!!」


「さすが鬼ね、この私とここまで戦えるなんて。」
「お前は勘違いしている。いくら龍の力を借りたところで、所詮龍になれる筈などないのだよ。」
「そういうことは私を倒してから言ってよぅ。私、まだ全然本気じゃないのよ?」
「確かに力でお前を殺すのは難しいようだ。だが、もうすぐ貴様の天敵が来るさ。そうすれば、終わりだよ。」
「生意気な!まずは、痛めつけないとダメなようねぇ。」
蛇は尾で翠香の首を締め付けていく。
翠香は、それを解こうとするが、彼女の力をもってしてもそれは不可能だった。
「どう?この力。山を動かすアナタでも、抗し得ない。ゆっくり後悔するといいわ。」
「む・・・、ぐぎぎぎ。」


――アレを壊せばいいの?
そう、わかった。
あ、これが終わったら、神社に行ってみたいな、いつも話で聞くだけだったし。
うん、今やるよ。


ぐしゃ、ぐしゃ


「ぎ・・・・ぎぃやぁあああああああ。」
「なんだー、弱いじゃない。」
「何言ってるのよ、レミリア、あんたの妹の能力がおかしいだけよ。」
「あ、なんか治っていってる。」
「眼だ、早く左眼を狙え。」
翠香が潰れた喉で叫ぶ。
「なに?聞こえないよー。」

「ねー、霊夢、早く神社に行こうよー。」
「待ってフランドール、まだ気を抜いちゃ駄目。」

「この、小娘がぁああああああ。」
蛇の肩から無数に伸びた細い腕が、フランドールに噛み付いた。
「痛い。よくもやってくれたわね。」
再び、蛇の腕を壊そうとする。
だが、壊れない。
「あ・・・・、あれ?」
「このッ、フランを離しなさい。」
レミリアが爪で腕を切り離す。
「ぎいいいいいいいぃぃぃぃいいいいい。」
「フラン、どうしたの?」
「おかしいよ、壊そうとしたのに、出来なかった。さっきは、出来たのに。」
「残念ねぇ、もう、無理よ。もうあなたの力なんて効かなぁああい。ついでにそこのお嬢さんの爪ももう通じないわよ。」
「どういう・・・・こと?」
「さぁ?まぁ、兎に角、死んでね。」
「あっ。」

――――夢想封印!!
確殺の意思を持って放った。
やがて無数の光の珠が蛇を襲ったが、それのどれもが虚しく虚空を描いた。


「そんなのに当たると、本気で思ってるの?今までのはサービスよ。身体を強くする為にわざと受けたのよ。
あなたたちの動きは遅い、遅すぎるのよー。」
「さぁ、もう手詰まり?どうやって殺そう。毒で殺すのがいいかしらね。」
「霊夢、これ、さすがに拙いんじゃないの?」
「拙いわね。」
「どうするのよ。」
「わからないから拙いんじゃない。」
「まぁ、いいか、とりあえずそこの金髪の子、殺しちゃおうっと。」





「死ぬのは、お前だよ。」
「え・・・・?あら!!詠ちゃん、生きてたの?というか、どうやってここまで来たの?」
「もういい、喋るな。耳障りなんだ。」
「冗談はやめてよ、あんたがどうやって私を殺すのよ。ていうか、顔色悪いわよ?ほっといても死んじゃいそう、うふふふふふ。」
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「なに・・・・それ。どうしてアンタがそれを!!!」
「返して、貰うぞ。」
そう微かに呟いて、蛇の左目に手を伸ばす。
雪華の右手は、青白い光を放っていた。
「死ぬ気か?それは邪法だろうがぁあああああ。親子揃って、魂を使うなんて・・・・。
そんなことをすれば、無限地獄を彷徨うぞおおぉぉぉぉぉお。
させるものかぁ。う、ぎぎぎぎぎぎぎぎ。なんだ、これは、結界・・・・か?」

「邪魔しちゃ駄目よ。アナタはそこで固まってなさい。」
「紫!!」
「全く、闇雲に攻撃しちゃ相手の思う壺でしょ。時機が来るまで待つのが正しいのよ。こういう手合いは。」

「ギイイイイィ、龍眼をとらないでぇー、大人しく封印されるからぁー。」
「消えろ。」

雪華が蛇から龍眼をもぎ取ると、フランドールがすぐさま蛇の全てを壊し尽くした。
跡には、ソレが存在した欠片も残ってはいなかった。





はぁ・・・・はぁ・・・・、これで、終わったのか。
思えば、私に代わったときは、いつも辛いことが待っていたけど、
それ以上に詠嘉が苦しんでたのを知ってる。
私はあなた、あなたは私。
本当はそうなのに、あなたと私はいつからか別のもののようになっていた。
あなたは私を悲しみの身代わりにしていたと思っているかも知れないけれど
私からすれば、あなたが私の身代わりだった。
だって、日常はとても過酷だったもの。
楽しいことなんて何にもなかったわ。
二人で話したこともほとんどなかったね。
だけど、いつも二人は一緒だった。
だから、話さなくても、お互いがお互いを一番分かり合えていた。
それが私達だった。
それじゃあ、そろそろ行くわ、今までありがとう。さようなら。
ねえ、さん。




「詠嘉、詠嘉、よかった。」
薄く目を開けると、泣き腫らした慧音が私を見下ろしている。
私は、永遠亭のベッドに横たわっていた。
「全く、無茶をして。どうして言ってくれなかったんだ。不器用なやつめ。」
そういって、優しく抱きしめてくれる。
この暖かさが今までずっと、欲しかった。

「詠嘉、あの時は御免なさい。」
「いいえ、無理もないことです、先生。私、恨んでいませんよ。」
「気休めでもそういってくれると嬉しいわ。」
「気休めなんかじゃありません、今度、またここに遊びに来てもいいですか?」
「詠嘉・・・・あなた。」
「師匠、私、うれしいです。詠嘉さんとまた仲良くできるなんて。」
「私も、嬉しいです。」
「そのわりにはあまり嬉しくなさそうね。どうして、さっきから泣いているの?」
「そう・・・・ですね、変、ですよね。でも、今は・・・・・今は、これでいいんです。
あの子の為にこうしてあげられるのは、私しかいないのだから。」

そういって俯く詠嘉に声を掛けられるものはいなかった。
触れてはいけない、そんな気がしたからだ。

「ちょっと詠嘉と二人にしてくれるかしら。」
八雲紫がそういうと、他の者は席を外した。
「あの子、雪華といったわね。えぇ、知っているわ。
あなたの身体には、詠嘉と雪華、二人分の魂が宿っていた。
それは、二重人格なんかじゃないのよね。
あの子に聞いたけど、本当はあなた達、双子だったそうじゃない。
だけど、生まれてきたのはあなた一人だけだった。
もう一人居たはずのお腹の子供は、どこかに消えてしまっていた。不思議なこともあるものね。
黒魔術に凝っていたあなたの母親は、それであなたが呪われた悪魔の子だと思ってしまったみたいだけど。」

「そうです。雪華ったら、そんなことまで話したんですね。」
「私が聞きだしたのよ、代わりに幻想郷に連れて行く約束でね。」
「これから、どうするの?」
「さぁ、とりあえず、今まで出来なかったこと、失ってきたものを取り戻していけたらなって思っています。それが、私達の一番の望みだったから。」

「そうね、では、改めて。ようこそ、幻想郷へ―――
・・・・今度マヨヒガにもいらっしゃい。」



私は、先日の言葉通り永遠亭に遊びに来ていた。
今は、慧音と共に寺子屋で住み込みで働いている。
「そういえば、詠嘉さんってどういう字なんですか?」
と優曇華が尋ねてくる。
私は、差し出された紙に、「詠嘉」ではなく「詠華」と書いた。
「へぇー、綺麗な字ですねー。」
「そうね。自慢の名前よ。」
「あれー、自分でそんなこと言っていいんですかぁー?くすくす。
あ、でも、詠華さん、今とってもいい顔してますよ。」




人は一度選択したものから逃れることは出来ない。
私も、そしてあなたも。
誰もが後悔を繰り返し、それでも生きている。
しかし、だからこそ、楽しいと。
それだから人を好きになれるのだと。
今、ここにいる私は、確信を持って言えるのだ。
初めて書いたSSです。厨二設定万歳です。
自分で見ても未熟な点ばかりで・・・・。これから精進していきたいですm(__)m
追記 コメ欄にて指摘がありました、一人称が曖昧な点ですが、投稿する前に修正し切れておらず、大変ご迷惑をおかけしました。
異邦人
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コメント



0.140簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
やたらと壮大に見せかけて中身が無い。ストーリーの目先しか見えてない感じ。
3.20名前が無い程度の能力削除
なんだかもったいないなあ。
オリジナルの登場人物、大容量、詰め込みすぎて早足になってしまった展開、といった要素が敷居をおそろしく高くしてしまっている。
これなら話をもう少しひねって前後編に分ける、とかアイディアの魅せ方を工夫してみるといいかと。
8.60名前が無い程度の能力削除
こっこっこっこれは名作の気配!!
オリキャラ主体のわりに本編のキャラがちゃんと立ってて生き生きしてますし、
地の文の描写も実に丁寧ですらすらとして、情景が浮かんでくるようで良い。
ただ、蛇妖怪による幻想郷襲来の場面以降、息切れしてしまったんでしょうか、
台詞だけになったりして、描写が極端に薄くなってしまっているように感じます。
切羽詰った場面なだけにテンポの良さを出したかったのかはわかりませんが、描写不足という印象の方が強いかと。
ここはクライマックスと言っても良い場面なのですから、もっと練り込んでじっくり描写してほしかったです。
前の人もおっしゃってますが、ここまでの長さなら、前後編に分けるなりしても良い気がします。
そうして蛇女戦からラストにかけてみっちり描ききれれば良作に仕上がったのではないかと。

オリキャラ登場作は比較的、あまり良い評価を受けているのを見たことがありませんが、
この作品はオリキャラメインにも関わらず、かなり良い線をいけていると思いました。
私がオリキャラに対してそこまでの拒絶意識(へんけん)を持たないからかもしれませんが、少なくとも途中までは好感が持てましたよ。
幻想郷の風景も鮮明にそして魅力的に浮かんできて、ちゃんと東方してましたし。
それだけにもったいない。処女作にしてはなかなかの出来栄えだと思いますが、
終盤の尻切れとんぼ具合が非常にもったいない。
9.無評価名前が無い程度の能力削除
補足。

初盤あたり、主人公の名前が詠嘉になったり詠介になったり、
それと一人称が私になったり俺になったり、わかりにくい部分があります。
性別、女でいいんですよね?一応。
11.50名前が無い程度の能力削除
今のとこ評価はあれですが、そこまで悪くはないような。別に駄作とは思いませんでした。
ただ、最後までしっかり書ききれなかった印象はやはり。
15.30名前が無い程度の能力削除
序盤はよかった、序盤は・・・
16.60名前が無い程度の能力削除
うん、設定とかは別に自分としては悪くは無い。
他の人たちがすでにコメントしてるけど、序盤は良かったのに終盤が何かいろいろ展開が急だった気がする。
8番の人が言うようにもっとその辺りの描写が詳しく書けてれば良かったかも。

誤字
>「翠香、危ない。」
×翠香
○萃香です。
萃香