Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館の春はまずここに来る

2008/03/31 05:34:38
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*タイトルに『春』とありますがリリーは一瞬しか出てきませんので悪しからず。







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―― これは冬が終わり、春が始まる頃の物語。


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①紅魔館の春は、まずここに来る


紅美鈴は紅魔館の門番である。
この門は紅魔館をぐるり囲む塀が唯一開いている場所である。他に門はない。
すなわち紅魔館の玄関口であり、顔であり、ここを守る門番とは非常に重要な役職である。
美鈴は己の職務を誇りに思っていた。


とはいえ。
門番といえど四六時中ずっと門の前にいるわけではない。
たまには休憩だって必要だ。
そのために、紅魔館の門脇には門番専用の詰め所があった。


詰め所といっても、まあ掘っ立て小屋に近い。
立て付けの悪い引き戸をガタガタいわせて中に入ると、まず土間である。
右手には小さな水がめ。水道は引いていないので最低限な分だけここに汲み置いてある。
土間を上がれば六畳一間。紅魔館の施設で唯一の畳敷きだ。
押入れが一つあり、寝具一式が仕舞ってある。
食事や入浴には紅魔館の本館に戻るが、夜は詰め所で眠るようにしている。


竃はない。火の気は、暖房を兼ねた七輪が一個あるだけである。
土間が狭く水も心許ないので、詰め所内ではせいぜい茶を沸かすくらいしかできない。
だが美鈴は色々と工夫して、詰め所でも簡単な飲茶を楽しめるようにしていた。
今も、詰め所の外に簡易の調理台を引っ張り出して肉饅を作っていた。
材料は厨房から余り物を、仲良しの妖精メイドに届けてもらった。
門番にだって息抜きは必要なのである。


中国特製……いやいや美鈴特製のアツアツ肉饅。
割れば湯気が立ち肉汁が垂れ、某幽霊嬢のほっぺもこぼれ落ちる美味しさ、になるはずである。
(上手くできたら咲夜さんにも持ってってあげよう)
喜んでもらえるかなぁ、とウキウキ顔で肉の餡を生地で包み、ひょいひょいとセイロに並べていく。
その作業の一つ一つがよどみなく、慣れた手つきである。
「よしっ。完成っ」
セイロに蓋をして火に乗せ、後は待つばかりである。
美鈴は七輪の傍にしゃがんで火加減を調節したり、残り時間を数えながら鼻歌を歌ったりしていた。


ピュウと風が吹く。北風だ。
美鈴は寒そうに、むき出しの二の腕をさすった。
春の口というのは服の調節が難しい。
冬が戻ってきたかと思った次の日に、前の日と同じように着込むと暑かったりする。
今日の美鈴はいつものチャイナ服だがマフラーを首に巻いていた。門番装備、準冬仕様。
一昨日、今年一番のリリーがやって来て春ですよーと弾幕をばら撒いていった。その日は確かにポカポカと暖かかったのだが、今日はちょっとばかり薄ら寒い。
春は三寒四温というからこの寒さでも春なのかもしれないが、外で働く事が多い美鈴にとっては寒さがあるうちはまだまだ冬だった。
(本格的に春が来たらホカホカ肉饅ともしばらくお別れですかねー)
蒸したての肉饅は吐く息の白い冬に食べてこそ美味しい。
暖かくなってきたら、次は杏仁豆腐の季節だ。
今日がこの冬の、肉饅の食べ納めかもしれない。。
だからというわけでもないが、美鈴はホカホカの肉饅が出来上がるのをとても楽しみにしていた。


人生とは……特に紅美鈴の人生とはままならないもので、順風満帆である時には必ず邪魔が入る。
というわけで魔理沙、アリス、霊夢のいつもの面子がやって来た。歩いて。
空飛んで入らないでください、って言うか私を無視しないでくださいっと口をすっぱくして言っていたら、最近は歩いて門から入って来てくれるようになったのだ。いやー良かった良かった。
いや結局侵入されているからあんまり良くないのだが。咲夜さんのお仕置きは怖い。
ちょうど肉饅も蒸ける頃合。なのにやってきた邪魔者に、美鈴はしゃがんだまま思いっきり嫌な顔をして見せた。
「なんですか、皆さん揃って」
だが相手もさるもの。
図々しくなければこんなに何度も紅魔館を訪れないのだ。
ぞろぞろやって来て七輪と美鈴の周りを囲む。
「何ですかとは失礼だな。そんな顔すんなよ中国」
「魔理沙さん、私は美鈴ですと何度いったら」
「あら美味しそうな匂いね」
「霊夢、ヨダレ垂れてるわよ」
「美味しそうなのかー」
「アレ?」


そこで美鈴は、いつもの面子に一人だけ違う人物が混ざっている事に気づいた。
霊夢の陰に隠れるようにして、アリスと同じ髪の、魔理沙と似たような色合いの服を着た少女。
頭の、大きな赤いリボンが特徴的だった。
人見知りなのか、霊夢の後ろから出てこないでじーっとこちらを見ている。
……心なしか、こちらというより肉饅を蒸しているセイロに視線が来ているような。
「ああ。この子はルーミアよ。宵闇の妖怪ルーミア。うちの神社に良く遊びに来る子なんだけど。今日はさっきそこで偶然会ってね」
ポンポン、とルーミアの頭を叩きながら霊夢が紹介する。
「ホラ、挨拶しなさい」
「こんにちわー」
「ああはい、こんにちわ」
霊夢の腋の下からルーミアが挨拶してきた。
美鈴も慌てて立ち上がり挨拶を返す。意外と人懐こいようだ。
おっといけない。初対面は印象が大事。美鈴はルーミアに笑顔で話しかける。
「この館の門番やってます、紅美鈴です。紅美鈴、紅美鈴、ホン、メイリン。名前だけは覚えて帰ってね」
レッツ営業スマイル。美鈴としては会心の自己紹介だったと思うのだが、しかし依然として視線はセイロに固定されているような。……まあ気にしない。
それよりも美鈴は門番として、あらかじめ注意しておく。
「えーとルーミアちゃん? この館には勝手に入っちゃ駄目ですからね」
「? そうなの?」
「そうなんです。霊夢さんとかはズカズカ入って来ちゃうんですけどホントはいけないんですからね。真似しないでくださいね」
「うん。わかったー」
素直に頷くルーミア。
でもやっぱり視線はセイロに固定されたまま……。


セイロからはぷしゅーぷしゅーと湯気が吹き出ている。
合わせて、蒸しあがった肉饅の美味しそうな匂いがこぼれてきていた。
「美味しそうー」
「ああ、確かに旨そうだな」
「美鈴が作ったの?」とアリス。
「そうですけど……て霊夢さんなんですかその飢えた目は」
「いや最近ちょっと動物性蛋白とはご無沙汰しててね……」
「また白米と具なし味噌汁の日々なのかよ。身体がもたねぇぞ」
「お豆腐が入ってるわよ味噌汁に。植物性蛋白ナメんじゃないわよ」
「それはそれで侘しいわね……」
哀れっぽく霊夢を見るアリスの視線が、ツイと逸れて七輪の上のセイロで止まった。
気づけば、というか気づくまでもなく、他の三人の視線もセイロに固定されている。
「……」「……」「……」「……」
無言の圧力×4。
美鈴はあっさり屈した。
「……えーと………………良かったら皆さんもお一ついかがですか」
「悪いわね」「ありがたく頂くぜ」「お金は払わないわよ」「そーなのかー」
四人の顔が、それぞれ四者四様に綻んだ。


椅子代わりに詰め所から木箱を持ってきた。
七輪を囲むように配置されたそれに腰掛けて、それぞれの手にはできたての肉饅。
いただきますと合わせた声が蒼穹に響いて、みんなで一斉にがぶりついた。
「うをっ、旨いなコレ」と右から魔理沙。
「本当。美味しいわ」と左からアリス。
「褒めたってここは通しませんよ」
そうは言いつつ、左右から口々に言われた美鈴は嬉しそうだった。
「本当にもぐもぐもぐもぐ」
「美味しいねーがつがつがつ」
霊夢とルーミアは感想もそこそこに、口いっぱいに頬張っている。
「まだまだいっぱいありますからねー」
なんだかんだでお代わりを勧める美鈴。
咲夜さんや館の妖精メイド達にも配るつもりで作っていたから量はあるのだ。
いやー良かった良かった。


自分でも肉饅を食べながら、ふと美鈴は不思議な気持ちになった。
そもそもいつもなら美鈴を空気のように無視して門を突破して行く三人が、今日に限ってここで足を止めている。
争いのない平和な光景、というと言い過ぎだろうか。
無遠慮な侵入者にどっかんどっかん吹き飛ばされる日常の中に、ふと訪れた穏やかなひと時。
(毎日がこんな感じだったらいいんですけどねぇ……)
美鈴は知らず、笑みをこぼす。
冬の香りが残る冷たい空気も、今だけはとても暖かく感じられたから。
ついでに言うと……もしかしたらこれが初防衛かもしれなかったり。
肉饅は弾幕より強し。
おっ、わたし今上手いこと言った?
しかしうっかり弾幕を自分に置き換えてしまい、美鈴はちょっと憂鬱になった。


「いやーマジで旨いなコレ。ちょっとフランにも分けてくるぜ」
さり気なく言い置いて魔理沙は門をくぐっていった。
「あ、お願いしますぅ……ってちょっと待てこらぁぁぁっ」
うっかり見逃してしまい、すぐに気づいて慌てる美鈴。
その様子を見て苦笑するアリス。
「もう魔理沙ってばしょうがないわねぇ……呼び戻してくるわ。ついでにパチュリーにもこの肉饅おすそ分けしてくるわね」
「あ、お願いします……ってだからちょっと待ってくださいぃぃぃぃっ」
次いでアリスも通過。美鈴は青ざめた。
「や、やばい……」
弾幕勝負すらなくあっさりと二人も侵入を許してしまった。これは確実に咲夜さんに怒られる。
せめてこれ以降、残る霊夢とルーミアだけは何としても通してはならない。たとえ弾幕勝負になってもだ。
二対一ではかなり不利かもしれないが、美鈴は決死の覚悟を決めた。
しかし……、
「もぐもぐもぐもぐ」
「がつがつがつがつ」
「は~い、お代わりですよぉ。食べたら帰ってくださいねぇ……」
一心不乱に肉饅をがっついている二人を見ると、満腹したらあっさり帰ってくれるかもしれないとも思えるのだ。そんな一縷の望みに賭けて、美鈴はお代わりを差し出す美鈴。
なんかもう、色々な意味で駄目駄目だった。


「うー。ごちそっさん」
行儀悪く、満たされた小腹をさすりながら霊夢が言う。
隣ではルーミアがまだがつがつやっていた。
帰ってくれないかなーと淡い期待を抱きつつ茶を出す美鈴に、ふと霊夢が言った。
「すっごく、美味しかったわ。あんたの肉饅」
「ほ、誉められてもここは通しませんからねっ」
いやいやそんなケチな事は言わないわよ、と首を振る霊夢。
その唇が肉饅についてとつとつと語りだす。
「程よい大きさ。柔らかな生地。齧れば噴出す肉汁。肉の旨味が十二分に染み込んだ玉葱のシャキシャキと椎茸のぷにぷに。どこをとっても完璧ね。メイド長だって文句は言えないわ」
「そ、そうですか」
自分でもなかなかの出来だと思っていたが。
後で持って行こうとさり気なく咲夜さんの分を確保する。
一方、霊夢は大仰に頷き、
「ええ。博麗の巫女が太鼓判を押すわよ。こんなに美味しい肉饅はかつて食べた事なかったわ」
そう言ったきり、黙ってこちらを凝視してくる。
主に胸の辺りを。
「……なんですか」
「いや。そんなムッチリなお胸をしてるからこんな美味しい肉饅ができるのかなぁ、と」
ぶち壊しである。
「な、ななななナニ言ってるんですかいやらしい。胸は関係ないですよ霊夢さんのスケベっ」
「またまた~。実はその胸も肉饅でできてるとかじゃないでしょうね。ちょっと揉ませなさいよ」
「きゃーきゃー」
ワキワキと卑猥に五指を動かす霊夢に、美鈴は悲鳴をあげ胸を隠しつつ逃げ惑う。
ちょっとオーバーリアクション気味であった。
そして気づけば、いつの間にかその霊夢も門を通過し館に向かっていった。
「ああっ」
「レミリアの分、もらってくわよ~」
「ままま、待ってくださいっ」
慌てて追いかけようとする美鈴。しかしその腰をガシリと掴まれた。
見るとルーミアががっちり捕まえてこちらを見上げてきている。
見た目は幼い少女でもそこは妖怪、ちょっと力を入れただけでは振りほどけない。
「えっ? ちょ、ちょっと離してくださいルーミアちゃんっっ」
しまったこの子は足止め要員か、と気づいた美鈴は何とか脱しようとする。
しかしルーミアは答えず……そのまま美鈴の胸にがぶりと噛み付いた。
「ぎゃー!?」
さっきとは別の意味で切羽詰った悲鳴が上がった。
だがルーミアは我関せずに美鈴の胸をまふまふと食んでいる。
甘噛みだからかそれほど痛くはないが、他人に胸を食べられるというのはちょっとそのなんだ、気持ち悪いというか居心地悪いというか。
美鈴は必死にルーミアを引き離そうとする。
「ちょっ、じゃっ、とっ、る、るるるルーミアちゃんっっ」
「んー?」
「ななな何するんですかっ!?」
「んー。肉饅詰まってるのかなぁって」
「詰まってませんっ。私の胸は天然100%です!!」
「そーなのかー」
残念そうに口を離すルーミア。
「…………もぅ」
その無邪気な仕草に、一気に脱力してしまった美鈴。
腋巫女の姿もとうに館の中へと消えている。
結局三人とも通してしまった。怒られる。咲夜さんに怒られる。後で確実に怒られる。
そう悟ると、もういっそ清々しい気分になってくるのはなぜだろう?


美鈴は疲れた笑顔でルーミアに言う。
「ルーミアちゃん。お代わり……最後ですけど、いります?」
「うんっ」
元気に頷いたルーミアに最後のセイロを差し出す。ルーミアは笑顔でそれを受け取る。
自分でも一つ取り木箱の上に並んで座った。すこし冷めてしまったそれを頬張りながら、美鈴は溜息をついて空を見上げた。
天は広がる蒼穹には、小さな雲が幾つか。
その下で並んで座り、肉饅を食べているルーミアと自分。
いったい自分の役目は何であったのだろうと思わず涙が。
「肉饅、美味しいねっ」
「……そうだね」
その笑顔に少しだけ救われた気分になる。
(肉饅をあげたら、咲夜さんも許してくれるかなぁ)
そんな益体もない事を考えて、ともかくも現実を忘れようとする美鈴であった。


風が吹いた。南風。
かすかに甘い花の香りがした。
どこかで桜が咲いたらしい。
ポツポツと空を流れていく雲に、美鈴は春の足音を聞いた気がした。




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②紅魔館の春は、次にここに来る


紅魔館の地下。
悪魔の妹、フランドール・スカーレットの居室……居室という名の牢獄。
窓はなく、扉も外部を繋ぐ一枚だけ。
澄み切ったランプの光は逆によそよそしく。清々しいまでに調整された空気は逆に味気なく。
寝食に最低限必要なもの以外、埃一つない部屋。
普段は部屋の主であるフラン以外誰もおらず、誰も喋らないこの部屋で、しかし今日は談笑の花が咲いていた。
霧雨魔理沙が訪れているのだ。


魔理沙はフランを膝に乗せ、あれやこれやと話している。
姉の言いつけでこの部屋から外に出れないフランのために、魔理沙は時たまこの部屋を訪れ外の世界の話をしてやっているのだ。
話の合間合間に笑い合う声。
こぼれるフランの自然な笑顔。それを見て魔理沙は思う。
(この様子なら、レミリアがフランが外に出るのを許してくれるのも、そう遠くないかもな)
唐突にフランが魔理沙に抱きついてきた。
「ん? おいおい今日はやけに甘えん坊さんだな」
「だって今日の魔理沙はすっごくいい匂いがするんだもん」
頬擦りしながらフランは更に魔理沙をぎゅぅっと抱きしめる。
魔理沙も「そうかそうか」と抱きしめ返す。
「そりゃあ、アレだな。きっと春だからだ」
「春?」
「そう春。春の匂いが移ってるんだなきっと。外は桜が咲いてすごい感じだぜ。今度みんなで宴会しような」
「うんっ……でもお姉様が許してくれるかな」
「だいじょうぶだって! なんだったら一緒にレミリアにお願いしてあげるから」
「! ありがとっ、魔理沙!」
そしてフランはずっと離したくないというように、もう一度ギュっと抱きつくのだった。


ベットに入ったフランにおやすみのキスを一つおでこにして、魔理沙は帰っていった。
彼女のいなくなっただけで、部屋がとても広く感じられた。
いつもなら少し寂しいが、今日はそうでもない。
そこにある事を確認するように、フランは枕もとの机の上に飾ってあるものを見る。
おみやげだぜと言って、肉饅と一緒に魔理沙が置いていったものだ。
それは蕾の付いた桜の枝。
咲夜に用意してもらった花瓶に生けて飾ってある。
この蕾が開く頃にみんなで宴会をしようと、魔理沙と指切りしたのだ。
(明日目が覚めたら、開いているといいな……)
ほんの少しの淡い願いをかけて、フランは目を閉じたのだった。




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③紅魔館の春は、更にここに来る


薄暗い寝室にスっと人影が入ってきた。
人影は完璧で瀟洒な従者、十六夜咲夜。
ここは彼女の主人にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットの寝室。
咲夜はベッドの中、まだ夢の波間を漂っている己の主人に声をかけた。
「お早うございます、お嬢様。朝ですよ」
「ん……」
日光を遮る厚いカーテンが幾重にも引かれているため分かりづらいが外はもうすっかり日が昇っていた。
レミリアがむずがるように動いたのを確認して、咲夜は窓へ向かい重たいカーテンを次々と開け放った。最後に薄い一枚だけを残す。それは吸血鬼に有毒な成分をカットする魔法陣が織り込まれた特殊なカーテンだ。魔法のカーテンによって幾分か薄められた朝の光が部屋の中に溢れかえった。
レミリアはベッドの中で眩しそうにしながら目を開けた。
「……おはよう咲夜。今日も最低に晴れ渡った朝ね」
「はい。残念ながら快晴でございます。でも空気は気持ちいいものですよ。外の桜が満開で香っています」
続けて咲夜は窓をゆっくり開けた。

ざぁっ

薄く開いた窓の隙間から強い風が流れ込んできた。大きくカーテンが翻る。
夜の間に澱んだ空気をかき回し、部屋の真ん中で渦を巻いた。
「ああ、申し訳ございませんっ」
咲夜が慌てて窓を閉める。
「……」
窓が閉まる直前、一枚の桜の花びらが飛びこんできて、ひらひらとレミリアの枕元に落ちる。
枕に突っ伏したままで、レミリアはそれを見ていた。
「…………咲夜」
「はい?」
「桜餅が、食べたいわ……」
「はい。では午後の紅茶の時にご用意致します」
てきぱきとモーニングティーの用意をしながら咲夜が言う。
「…………紅茶に和菓子は合わないわ……」
「……神社にお出かけになりますか?」手を止めて、咲夜。
「……そうね」
「お茶だけは豊富にありますからね、あの巫女のところには」
「……そうね」
「先日来た時にも散々食卓の赤貧を嘆いていましたから、茶菓子など持参すれば喜ばれるでしょう」
「……そうね」
まるで気のない風に答えたレミリアはゆっくりと身を起こす。
ふわわと欠伸を噛み殺しながら。その動作一つとっても億劫だと言うようにのろのろと。
その肩に、後ろに回った咲夜がそっとガウンを羽織らせた。レミリアは当然のようにそれを受け取る。
前髪をかき上げ外の眩しさに目を細めた。次いで自分の枕元に目を移し。
「…………」
気だるげな指先が動いて、落ちていた花びらを拾い上げた。
そしてそれをそっと己の唇に押し付ける。
「……そうね」
ふとレミリアが言った。
「暢気な巫女が縁側で船を漕いでそうな最悪の天気ね……」
咲夜は何も言わず、ただ微笑んで傍に控えている。
「散歩には……丁度良いかしらね」
そうして、桜の花びらの下の唇がにっこりと笑った。




#########################




④紅魔館の春は、最後にここに来る


「っぐし」
小悪魔は何も言わずにティッシュの箱を差し出した。
同じく何も言わずに、いや何か言おうとすると鼻水が垂れそうになるからなのだが、パチュリーは黙ってティッシュを摘んで取り、ぶしぃぃっと鼻をかんだ。
「…………」
「今年もまた、花粉症の季節ですね」
「……」
「春ですねぇ……」
「……」
……人の苦しみで季節を計らないでほしい。
パチュリーの苦しみ。花粉症。
ここ数年、パチュリーは花粉症を病んでいる。
それまでは一度もかかった事がなかったのに、なぜだかここ数年、春になると目が痛い、喉が痛い、鼻水が出る。マスク必須。ゴーグル必須。こんな顔誰にも見せられない。だから引きこもれ人生。
こうしてパチュリーは館にこもっているしかない冬が過ぎ去って春になっても外に出ることはなく、いやむしろますます引きこもるのだった。だが紅魔館でもいっとう奥にあるこの大図書館にも、次第に春の空気が流れ込んでくる。ついでに花粉はやってくる。
今年も苦しみの季節がやってきた。
「空気清浄化の魔法陣もそろそろまた張り換えないとですね」
「……」
「アリスさんに来ていただきましょうか」
「な゛んであ゛の゛こを゛呼ばな゛きゃい゛けないの゛よ」
「だってパチュリー様、そんなにお鼻ぐしょぐしょで目も真っ赤ですのに、ご自分で魔法を組めますか?」
「……薬飲む゛からい゛いもん」
「またそんな強がりを言って……この間喧嘩しちゃった事、まだ気にしてるんですか」
「…………む゛きゅー」
「……もう」
いやいやと首を振って本の後ろに隠れてしまったパチュリーに、小悪魔はハァと溜息をつく。
結局その日の午後にまた、アリスが紅魔館の門を訪れることになったのだった。



END.
まずはここまでお読み頂きありがとうございました。
紅魔館のいろんな場所にに春が来たというお話、いかがだったでしょうか。
短編集っぽく仕上がってしまいますが、一応個々の話同士で繋がりはあるので一つにまとめてあります。
ちなみに構成の元ネタは童謡『小さな秋』。春ですが。

ストーリー自体は3月の頭頃に思いついたので、各地で桜が満開となっている今ではちょっと遅きに逸している感がありますね。
でも幻想郷は現代日本よりちょっと寒冷っぽいらしいのでいいのかなー。

このお話から、皆様の近くを訪れている春の気配を感じていただければ幸いです。


※以下独り言。
肉饅食べたいよ肉饅。辛子醤油ウマー
ルーミアって意外に動かしにくい。なぜか言動が幼児っぽくなってしまうorz
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コメント



0.690簡易評価
2.80じう削除
読みました。中ごk…いやいや美鈴の作った肉まん食いたくなってきました。ついでに美鈴の肉まんもくいっ・・・(ピチューン

テンポよく読めました。面白かったです。
オアチュリーさん、花粉症は突然なるけど、突然直るものだってけーねが言ってた。
3.80名前が無い程度の能力削除
春ですねー。のんびりした気持ちになるいいお話でした。
4.80名前が無い程度の能力削除
花粉の進入力は凄い
7.80名前が無い程度の能力削除
もう春なんですね。
とても面白かったです。こういうの好きです。
9.80名前ガの兎削除
引きこもれ人生。
1.2.3は普通に楽しんで、4だけは別のベクトルで楽しませてもらいました。
これは面白い。
10.80時空や空間を翔る程度の能力削除
外に滅多に出ないパチュリーが
花粉症に悩まされているのにワロタwwww
コレからの季節は大変ですね~。
13.90名前が無い程度の能力削除
私の胸は天然100%です!!が某メイド長の嫌味にしか聞こえないんですが。
14.80てるる削除
今日の昼飯は肉まんだな・・・・
18.80名前が無い程度の能力削除
私にはパチュリーの苦しみがよくわかる
フランと魔理沙が可愛かったです
21.70名前が無い程度の能力削除
桜の樹の枝は折っちゃだめだぜ!
そこから枯れてしまうからな。
27.80冬に咲く雪だるま削除
なんだかポカポカする話ですね。
30.90名前が無い程度の能力削除
パチュリーなみだ目wwwwww