輝夜と永琳が月の使者から逃れ、二人暮らし始めた頃のこと。
二人暮しの寂しさと、月での思い出を偲び、二人は兎を捕らえて飼うことにした。
輝夜はみつけるたびに飼いたがって捕らえさせたので、いつしか永遠亭は兎でいっぱいになってしまい、
その世話に月の頭脳は悩まされることになった。
さて、飼い主の思惑も困惑も省みず永遠亭を好き勝手に跳ね回る兎達の中に、一羽の妖怪兎がいた。
永琳はそれを聞きつけると、早速その兎を奥の間に呼び付けた。
「妖怪兎、お前の名前は何という?」
「私はてゐと申します」
妖怪兎はこの屋敷の主とその従者の二人の前でかしこまっていた。
この二人が只者ではないということは、屋敷内で知らない兎はいない。
「ではてゐ、お前は何ができる?」
「私は人間に幸運を与えることができます」
輝夜は面白がり手を叩いて喜んだ。
「このイナバをイナバどもの頭領にしましょう」
永琳もその案に特に異存はなかったので、てゐはその場で永遠亭兎の頭の地位を与えられることとなった。
兎達を統率する任務を受け、下がろうとするてゐに永琳はこう頼んだ。
「以後、私たちが追っ手にみつからないようにその力を使って頂戴ね」
永琳にしてみればてゐの力を完全に信じていたわけでもなく、単に軽い気持ちでそう言ったに過ぎない。
が、てゐにとってはそれは厄介な頼みだった。
そもそもてゐの「人間を幸運にする程度の能力」は、てゐがえいやっとまじないをかけるようなものではない。
与えられた幸運をどう使うかはてゐに出会った人間次第であるし、
どのような効果があるのかはてゐにもさっぱりわからないのだ。
「おまかせください。私にかかればそのようなこと造作もありません」
だがてゐは、胸を張って答えた。
希代の詐欺師であるてゐにとって、顔色一つ変えず嘘を吐く事など造作もないことだった。
運の良いことにその後は長く平和な日々が続いた。
てゐは兎を適当に指揮して仕事をさせながら、自分の能力もなかなかのものであると自惚れた。
だが、屋敷の主はそれに満足せず、暇を持て余していたのだった。
「誰か訪ねて来ないかしらね。永琳とイナバの顔は見飽きたわ」
人間とは勝手なものである。
そんなある日、永遠亭に初めての来訪者があった。
その兎はレイセンと名乗り、自分は月からやってきた月兎であると告げた。
レイセンの語る月の一大事に輝夜と永琳は聞き入った。だが月を捨てた人間である自分達には関わりのないことだ。
とにかくレイセンを永遠亭に置く事にして、二人はその話を忘れることにした。
レイセンの名が鈴仙・優曇華院・イナバという大仰なものに変えられた以外にさしたる変わりもなく、
永遠亭の面々はまた数十年ほど平和な日々を送った。
鈴仙の耳に月の兎からの通信が届いたという。
「月での最終戦争を前に、月の民は私を迎えに来ると言っています。
長くお世話になりましたが、私は月に帰らねばなりません」
部屋の隅で聞いていたてゐは、人が訪ねて来るなら良いことではないかと勝手に考えていた。
だが、それを聞いた輝夜も永琳も、顔色をさっと変えた。そして二人はイナバたちを無視して相談を始めた。
「まずいことになった!この兎さえ来なければ、私たちはいつまでも見つかることなく過ごせたものを!」
それを聞いたてゐも内心顔色を変えた。
「私の能力が姫の願いを叶えてしまったために、厄介なことになったらしい。
勿論わざとにしたことではないが、私の仕業と知れたら酷い目に遭わされるかも知れない」
広い地上で、いくら月からやってきた月兎とはいえ、この永遠亭に辿り付けることなど通常では考えられない。
この普通ではない巡り合わせを、自分の能力のせいだと思いつき、てゐは焦った。
二人の相談はすぐにまとまった。永琳は立ち上がってこう宣言した。
「ウドンゲは月に帰さない。我々は永遠に月よりの使者を辿りつけない様にする」
それから、永琳は屋敷中のイナバたちを指揮して準備を始めた。
本物の月を隠す術、そして欠けさせる術、偽の月を用意する術。
それらの術には大変な準備と人手が必要であった。大勢のイナバは絶え間なく屋敷中を走り回った。
騒動の中、てゐの内心に気付く者はいなかった。
さて、術がすっかり完成して数日。
主たちは月からの使者に警戒を続けていたが、術は完成していたので、てゐは屋敷の警邏を兎に任せてサボっていた。
「屋敷の敷地に侵入者有り!」
表を見張っていた兎たちが異常を知らせた。屋敷に緊張が走る。寝転んでいたてゐも流石に身を起こした。
だが警護にはこの日のために訓練をしてきた精鋭部隊が投入されている。
侵入者どもも間もなく取り押さえられるのではないか。
「侵入者、屋敷に到達」
「部隊、5つまで破られました!このままでは持ちません!」
そんなてゐを嘲笑うかのように、次々と悲鳴のような被害の報告が挙がる。
てゐは立ち上がるや否や飛び出した。こんなところに居られない。
廊下を入り口へ向かって駆けると、そう行かぬうちに侵入者と鉢合わせた。
精鋭兎軍団を打ち破った侵入者はふざけたことにたった二人で、見たところ月人ではないようだ。
兎たちを前進させながら、弾幕を展開。長いけれどそう広くもない廊下は使い魔と弾に覆われた。
しかし侵入者の動きが素晴らしいのか、それとも彼女らが並外れた幸運に恵まれているのか、
弾も使い魔も足を止めることすらできない。
「まあ、数だけで勝てると思わないことね」
鮮やかな紅白の衣装を身にまとった少女は次々と札を展開し、使い間を撃破しながら更に身をかわす。
その姿はぱっと見巫女に見えた。…人間?
なんてこった!
気付いた瞬間てゐは一目散に戦線を離脱した。人間を相手にするのは分が悪過ぎる。
なにせ、自分の能力が相手を助けてしまうのだから。
結局、苦労して完成させた術が破られるのと引き換えに、永遠亭に平和が戻った。
あの後何が起こったのか、下々のイナバどもには知りようもなかったけれど、大体気にも留めていなかった
てゐは逃げ出したことを咎められずに済んだ。自分もなかなか幸運であるとてゐは呑気に思った。
侵入者が来た日から、永遠亭には大きな変化があった。
ここ幻想郷では結界によって外からの人間を遮断していることがわかり、
輝夜たちは隠れることをやめて堂々と暮らし始めた。
永遠亭には客人が訪れるようになり、月からの使者は永遠にやってくることはない。
紆余曲折と長い時間はかかったものの、輝夜の願いも永琳の願いもすっかり叶ったのだ。
「ちょっと!勝手に入って来ないでちょうだい」
「いいじゃないの、イナバ。お客様にお茶をお出しなさい」
あの日以来、傍若無人な侵入者達、またの名を姫の客人と言う―に、文句を言うのが鈴仙の仕事に加わっていた。
客が来るたびに鈴仙はその無礼を咎め、そこを通りがかった輝夜に次々と用を言いつけられてひどく忙しそうだ。
ぶつぶつと文句を言いながらも茶の支度をする鈴仙を、てゐはのんびりと眺める。
てゐの能力は人間は幸運にするけれど、兎は対象外なのだ。
二人暮しの寂しさと、月での思い出を偲び、二人は兎を捕らえて飼うことにした。
輝夜はみつけるたびに飼いたがって捕らえさせたので、いつしか永遠亭は兎でいっぱいになってしまい、
その世話に月の頭脳は悩まされることになった。
さて、飼い主の思惑も困惑も省みず永遠亭を好き勝手に跳ね回る兎達の中に、一羽の妖怪兎がいた。
永琳はそれを聞きつけると、早速その兎を奥の間に呼び付けた。
「妖怪兎、お前の名前は何という?」
「私はてゐと申します」
妖怪兎はこの屋敷の主とその従者の二人の前でかしこまっていた。
この二人が只者ではないということは、屋敷内で知らない兎はいない。
「ではてゐ、お前は何ができる?」
「私は人間に幸運を与えることができます」
輝夜は面白がり手を叩いて喜んだ。
「このイナバをイナバどもの頭領にしましょう」
永琳もその案に特に異存はなかったので、てゐはその場で永遠亭兎の頭の地位を与えられることとなった。
兎達を統率する任務を受け、下がろうとするてゐに永琳はこう頼んだ。
「以後、私たちが追っ手にみつからないようにその力を使って頂戴ね」
永琳にしてみればてゐの力を完全に信じていたわけでもなく、単に軽い気持ちでそう言ったに過ぎない。
が、てゐにとってはそれは厄介な頼みだった。
そもそもてゐの「人間を幸運にする程度の能力」は、てゐがえいやっとまじないをかけるようなものではない。
与えられた幸運をどう使うかはてゐに出会った人間次第であるし、
どのような効果があるのかはてゐにもさっぱりわからないのだ。
「おまかせください。私にかかればそのようなこと造作もありません」
だがてゐは、胸を張って答えた。
希代の詐欺師であるてゐにとって、顔色一つ変えず嘘を吐く事など造作もないことだった。
運の良いことにその後は長く平和な日々が続いた。
てゐは兎を適当に指揮して仕事をさせながら、自分の能力もなかなかのものであると自惚れた。
だが、屋敷の主はそれに満足せず、暇を持て余していたのだった。
「誰か訪ねて来ないかしらね。永琳とイナバの顔は見飽きたわ」
人間とは勝手なものである。
そんなある日、永遠亭に初めての来訪者があった。
その兎はレイセンと名乗り、自分は月からやってきた月兎であると告げた。
レイセンの語る月の一大事に輝夜と永琳は聞き入った。だが月を捨てた人間である自分達には関わりのないことだ。
とにかくレイセンを永遠亭に置く事にして、二人はその話を忘れることにした。
レイセンの名が鈴仙・優曇華院・イナバという大仰なものに変えられた以外にさしたる変わりもなく、
永遠亭の面々はまた数十年ほど平和な日々を送った。
鈴仙の耳に月の兎からの通信が届いたという。
「月での最終戦争を前に、月の民は私を迎えに来ると言っています。
長くお世話になりましたが、私は月に帰らねばなりません」
部屋の隅で聞いていたてゐは、人が訪ねて来るなら良いことではないかと勝手に考えていた。
だが、それを聞いた輝夜も永琳も、顔色をさっと変えた。そして二人はイナバたちを無視して相談を始めた。
「まずいことになった!この兎さえ来なければ、私たちはいつまでも見つかることなく過ごせたものを!」
それを聞いたてゐも内心顔色を変えた。
「私の能力が姫の願いを叶えてしまったために、厄介なことになったらしい。
勿論わざとにしたことではないが、私の仕業と知れたら酷い目に遭わされるかも知れない」
広い地上で、いくら月からやってきた月兎とはいえ、この永遠亭に辿り付けることなど通常では考えられない。
この普通ではない巡り合わせを、自分の能力のせいだと思いつき、てゐは焦った。
二人の相談はすぐにまとまった。永琳は立ち上がってこう宣言した。
「ウドンゲは月に帰さない。我々は永遠に月よりの使者を辿りつけない様にする」
それから、永琳は屋敷中のイナバたちを指揮して準備を始めた。
本物の月を隠す術、そして欠けさせる術、偽の月を用意する術。
それらの術には大変な準備と人手が必要であった。大勢のイナバは絶え間なく屋敷中を走り回った。
騒動の中、てゐの内心に気付く者はいなかった。
さて、術がすっかり完成して数日。
主たちは月からの使者に警戒を続けていたが、術は完成していたので、てゐは屋敷の警邏を兎に任せてサボっていた。
「屋敷の敷地に侵入者有り!」
表を見張っていた兎たちが異常を知らせた。屋敷に緊張が走る。寝転んでいたてゐも流石に身を起こした。
だが警護にはこの日のために訓練をしてきた精鋭部隊が投入されている。
侵入者どもも間もなく取り押さえられるのではないか。
「侵入者、屋敷に到達」
「部隊、5つまで破られました!このままでは持ちません!」
そんなてゐを嘲笑うかのように、次々と悲鳴のような被害の報告が挙がる。
てゐは立ち上がるや否や飛び出した。こんなところに居られない。
廊下を入り口へ向かって駆けると、そう行かぬうちに侵入者と鉢合わせた。
精鋭兎軍団を打ち破った侵入者はふざけたことにたった二人で、見たところ月人ではないようだ。
兎たちを前進させながら、弾幕を展開。長いけれどそう広くもない廊下は使い魔と弾に覆われた。
しかし侵入者の動きが素晴らしいのか、それとも彼女らが並外れた幸運に恵まれているのか、
弾も使い魔も足を止めることすらできない。
「まあ、数だけで勝てると思わないことね」
鮮やかな紅白の衣装を身にまとった少女は次々と札を展開し、使い間を撃破しながら更に身をかわす。
その姿はぱっと見巫女に見えた。…人間?
なんてこった!
気付いた瞬間てゐは一目散に戦線を離脱した。人間を相手にするのは分が悪過ぎる。
なにせ、自分の能力が相手を助けてしまうのだから。
結局、苦労して完成させた術が破られるのと引き換えに、永遠亭に平和が戻った。
あの後何が起こったのか、下々のイナバどもには知りようもなかったけれど、大体気にも留めていなかった
てゐは逃げ出したことを咎められずに済んだ。自分もなかなか幸運であるとてゐは呑気に思った。
侵入者が来た日から、永遠亭には大きな変化があった。
ここ幻想郷では結界によって外からの人間を遮断していることがわかり、
輝夜たちは隠れることをやめて堂々と暮らし始めた。
永遠亭には客人が訪れるようになり、月からの使者は永遠にやってくることはない。
紆余曲折と長い時間はかかったものの、輝夜の願いも永琳の願いもすっかり叶ったのだ。
「ちょっと!勝手に入って来ないでちょうだい」
「いいじゃないの、イナバ。お客様にお茶をお出しなさい」
あの日以来、傍若無人な侵入者達、またの名を姫の客人と言う―に、文句を言うのが鈴仙の仕事に加わっていた。
客が来るたびに鈴仙はその無礼を咎め、そこを通りがかった輝夜に次々と用を言いつけられてひどく忙しそうだ。
ぶつぶつと文句を言いながらも茶の支度をする鈴仙を、てゐはのんびりと眺める。
てゐの能力は人間は幸運にするけれど、兎は対象外なのだ。
てゐ視点でのこういう永夜抄解釈は新鮮でしたw