Coolier - 新生・東方創想話

霧雨 魔理沙

2006/10/12 13:13:13
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 ――霧雨 魔理沙は努力しない。

 常に我が道を全力全開で突っ走る魔理沙が努力している姿を見たものは誰もいない。見ようともしない。何故なら霧雨 魔理沙は持ち前の気質と元来備わった才能で生きていると、誰もが思っているからだ。在りもしない努力の姿を見ようとする者など居はしない。疑いようの無いものを疑う者など居はしない。八雲 紫が胡散臭いのを誰も否定しないように、博麗 霊夢がものぐさであるのを誰も異常と思わないように、『霧雨 魔理沙が努力しない』事を疑うものは誰もいない。

 ――霧雨 魔理沙は屈しない。

 明朗という言葉をそのまま具現したかのような霧雨 魔理沙に、挫折という言葉が存在するなどとは誰も思っていない。思おうともしない。何故なら、霧雨 魔理沙はどんな妖怪が立ちはだかろうとも決して逃げる事無く、己の道を突き進み続けてきたからだ。例え相手が幻想郷で最強の部類に入る八雲 紫であろうとも、風見幽香であろうとも、霧雨 魔理沙は全力で闘い続けた。何よりも、ある意味において最強の存在である博麗 霊夢に、いつもぶつかっていた。

 ――霧雨 魔理沙は涙しない。

 もう、こんな事は説明するまでもないだろう。霧雨 魔理沙という少女には、そんなものは在り得ない。





 ――そんな妄言を吐く愚者は、閻魔の大王に無限地獄へ落とされろ。





 ――霧雨 魔理沙は努力家だ。

 自身の魔法をより強く、速く、そして何よりも華麗にしようと毎日毎晩読書と研究を重ねていた。彼女には師が居た。その師が彼女に何を教えたか等は知る由も無い。だが、霧雨 魔理沙に師が居たと、博麗 霊夢を除く幻想郷の住人が知ったならばおそらく驚愕し瞠目することは間違いないだろう。
 あの、霧雨 魔理沙に、師と仰ぐ存在が居た。
 それがどれほどの事か。おそらくかのパチュリー・ノーレッジが、己の持つ書の全てを誰かに譲ると言い出すくらいに、それは在り得ないことと認識されることだろう。
 自身を成長させる為には頭も下げる。そう、霧雨 魔理沙は根っからの努力家だった。



 ――霧雨 魔理沙は挫折する。

 本当の化物と出会ったとき、いざ弾幕をしてみたとき、いつも心の中ではその相手に屈していた。勝てるわけが無い。こんな嘘みたいな化物に、勝てる道理なんて在るはずが無い。そんな情けない自分をいつもひた隠してきた。それでも霧雨 魔理沙は勝ってきた。どんな強敵が相手だろうと、弾幕の最中に己の心へ喝を入れ、勝利してきた。時には勝利と言えない勝負もあった。だがそれでも、霧雨 魔理沙は負けることだけは無かった。きっと、自分が負けたと認めずに進み続ける限り、そこに敗北は付いてくることはできないから。
 ――けれども、霧雨 魔理沙でも、確かに挫折はするのだ。



 ――霧雨 魔理沙は涙する。

 彼女は少女だった。今も昔も、きっとこれからも、一直線に猛速で空を駆け巡る流星であり続けるに違いない。そう、霧雨 魔理沙は少女だ。少女だからこそ、涙する時も、ある。
 だって、まだまだ彼女は少女なのだから。



 これは、そんな霧雨 魔理沙が涙した日の事。






                               Ж  Ж  Ж






 それは唐突だった。端的に言うならば、霧雨 魔理沙は悪夢を見た。いつものように湯浴みをし、一冊の魔術書を読破してから心地よいベッドへとその未発達な身体を投げ出し、後は自然と沈んでいく己の意識を感じながらまどろむだけであった。
 そして、意識は沈んだ。沈んで、沈んで――霧雨 魔理沙自身が沈めていた悪夢までたどり着いてしまった。誰にだって、決して触れたくない過去というものが存在する。未熟ゆえに感じた、思った事。心的外傷【トラウマ】はいつまでも人の心に膿を作り続けてしまう。
 だが人というものは巧くできているもので。心の傷がこれ以上広がることの無いよう、忘れることができる。正確に言うならば、記憶を意識の奥底へと沈めてしまうことができる。その記憶は決して無くなったわけではないが、永遠に出てくることの無いよう、意識の奥底へと深く深く沈めてしまえる。ソレは普通であれば浮かんでくることはない。何せ本人が自ら重りをつけて沈めるのだ。そう簡単に浮かび上がってくるはずがない。
 だが、突然浮上してくることがある。何がきっかけになるかなんて人それぞれではあるが、ふとした事でソレを思い出してしまう事が、ある。霧雨 魔理沙にとって、きっかけが何だったのかは知れない。
 ただ、霧雨 魔理沙の意識は沈んだソレを見つけてしまった。見つけた瞬間に、ソレは急激な勢いでもって霧雨 魔理沙の脳へと、確かにあった過去の事実として、映し出された。そう、ただそれだけの事なのだ。





 掛けていた布団を弾き飛ばしながら、飛び上がらんばかりの勢いで魔理沙は身体を起こした。耳にはっきりと聞こえるほどの激しすぎる動悸。荒く乱れた呼吸。全身を震わせる寒気。
 それら全てが襲い掛かってくる。背後に悪夢という過去を引き連れ、恐怖という幻影が魔理沙の意識に襲い掛かってくる。
 ――寒い。
 魔理沙は己の身体をかき抱いた。両の二の腕を爪が食い込むほどに強く握り締める。ギュウと、強く強く、これ以上ないという力で握り締める。だけど、震えは止まらなかった。
 寒かった。びっしょりと身体中に纏わり付いた汗が体温を奪っているのかもしれない。いや、本当は分かっている。寒いのは身体だけではなく、心もなのだと。夢の中で見た、見てしまった悪夢に、魔理沙は慄いているのだと。
 あれは、アレだけは駄目だ。益々大きくなる震えに身体を縮こまらせながら、魔理沙は瞳に溜まった熱が頬を伝って自分の手に落ちるのを感じた。
 どんなに強固で頑丈な砦を気づこうとも、一寸後には何も残らず、魔理沙の心は丸裸にされてしまう。最悪にして最強の悪夢には、どんな攻撃も防御も通用しない。
 はぁ、と熱を帯びた息を吐いた。吐息する唇も小刻みに震え、呼吸する瞬間以外は歯の根がカチカチと音を鳴らす。もう悪夢が何だったかなんて魔理沙は覚えていなかった。既にそんなことは関係ない。重要なのは、この身を包み込む怖気と寒さを、いかにして耐え続けることができるかどうかだけなのだから。
 いつも耐えてきた。悪夢という最悪を相手に、この真っ暗な森の中、たった独りで耐え続けてきた。今更この程度の寒さなんぞには負けるはずもない。
 だけれども、辛い事には変わりはなかった。一秒が一分に、一分が一時間にも何万時間にも感じる。いや、既に時が過ぎることを感じてはいなかった。ただ、ひたすらに、寒かった。心が軋んで叫びを上げている。時間を過ぎるごとに心が磨り減っていくのをひしひしと感じることが出来る。


 ああ、今夜も長くなりそうだ。





 そうして、夜が明けた。黎明はいつも通り訪れ、朝日が魔法の森を、そしてカーテンが開かれた窓から、魔理沙の部屋の中を照らした。いつもならば爽快な目覚めと共にベッドから降りた魔理沙がカーテンを勢い良く開き、太陽の光に目を細め、笑う姿がそこにはある。しかし、今はそんな快活な魔理沙の姿は欠片も存在していなかった。
 結局、一晩中ベッドに身を起こしたままで、身体を書き抱いたままで、歯を食いしばったままで、魔理沙は夜を明かした。今はもう震えの収まっている身体からは、普段迸るほどに満ちている生気が微塵も感じることはできない。部屋中に満ちる空気も、どこか虚無感が漂っている。果たしてこの部屋は生者の住まう部屋だっただろうか。
「……はぁ」
 一度大きく息を吸い、搾り出すようにして吐いた。磨り減った心と半比例して溜まった澱を吐き出すように、ゆっくりと重い重い息を吐いた。
 死人のように、緩慢な動きで、魔理沙はベッドから足を下ろした。両足を床につけると、弱々しく立ち上がって、洗面所へと向かう。歩を進めるその姿にもやはり、生気は微塵も見当たらない。床に散乱したモノを引きずる足で押し退けながら、のそり、のそりと歩く。
 そして洗面所に着くと、蛇口を捻り、服に散ることも省みず、豪快に水を出した。
「……」
 しばらくの間、魔理沙はそのまま流れる水を眺めていた。別に、排水溝に吸い込まれていく水を見ているわけではない。恐らく、魔理沙はただ水を出しただけ。ただそれだけだ。
 ゆっくりと、放出されるような勢いの水に片手を伸ばした。指先だけを僅かに水に触れさせ、水の冷たさを感じる。思い出したようにもう片方の手も伸ばし、両手を合わせて水の中に手を差し出した。一瞬で溜まりあふれていく水をゆっくりと顔に近づけていく。
 そして、まるで平手を食らったかのような音を立てながら、魔理沙は両手の水を顔に叩き付けた。
 水が流れる音だけが室内に響く。もう一度魔理沙は水を両手に溜め、今度は普通に顔をすすいだ。更に顔をすすぎ、最後にもう一度とばかりに水を顔に押し当てると、そのまま片手をすぐ傍に摘んであるタオルへと伸ばした。
「よしっ!」
 そして、顔を上げた。そこにはいつも通りの、幻想郷の住人が知っている霧雨 魔理沙の姿があった。重苦しい空気など微塵も感じさせない、快活明朗な笑顔が、太陽のように花咲いた。
 魔理沙は手に持っていたタオルを脱衣用かごに放ると、力強いというよりはやんちゃな足取りで部屋へと戻っていった。もうこの家のどこを探しても空虚さは存在しない。霧雨 魔理沙という少女が、負の要素を払拭してしまった。そう、これでこそ霧雨 魔理沙という存在である。



 さて、一晩を通してすり減らされ続けた魔理沙の精神は、果たして健全な状態に戻ったのだろうか?
 一晩中痛め嬲られ切り裂かれ続けた魔理沙の心は、顔を洗っただけで元に戻ったのだろうか?



 違う部屋から、魔理沙が荒々しく着替える音がする。きっと、どこかへ出かけるのだろう。
 どこへ行くかなど、考えるまでもないのだが。






                               Ж  Ж  Ж






 どこまでも続くかのような広大な空を箒に乗って飛んでいく。空というのは不思議なもんだなと、こんな青空を見せられるたびに魔理沙は思う。地上から見たときはどこまでも続き果てがなく見え、けれどもし自分が空を飛べたらすぐそばで空が見えるのではないかと夢想してしまう。では実際に空を飛んでみると、どこまで高く飛ぼうともやはり空はどこまでいっても果てがないのである。不思議だ。すぐそこにあるというのに、決して手が届くことはないのだから。
 ふと地上へと視線を落とした。そこには繁々と緑に覆われた森があった。かなり高い位置を飛んでいる為に、普段は身近に感じる森も、今はただの景色としてしか認識できない。遠く離れたところにある景色、だがしかし、景色というものは必ずそこに在る。
 魔理沙は落としていた視線を上げ、空を仰いだ。空も景色には違いない。だというのに森との間にあるこの差は一体何なのだろう。その気になればミニ八卦路を使ってこの森を全て吹き飛ばす事はできる。では空に向かって魔砲を撃ってみて、果たして森と同様のことができるだろうか。きっと、答えは今現在魔理沙が向かっている場所と同じくらいに明白だ。
 さて、もう少し速度を上げるとしようか。魔理沙はそう笑い、この空と同じ感覚を持った人間の元へと飛んでいった。


 往く先に見えるは幻想郷の果て、博麗神社。



 そうしてたどり着いた場所で、いつもの姿で、いつものように箒を持って、いつものように気だるそうにしている博麗 霊夢の姿を見た。いつからだろうか、魔理沙が霊夢に対して不思議な念を抱くようになったのは。幻想郷で異変が起きればさも楽しそうにして飛んでいき、そして何事もなかったかのように解決するようなとんでもない奴なのに、普段は空気のような希薄さを感じさせる。弾幕勝負を挑んでみれば、全力を出しているのは分かるのだが、どうにも本気で相手をされている気が毛ほども感じられない。不思議という言葉はこいつの為に存在しているのかもしれない。幻想郷には不思議という単語では事足らない化物がそれこそ嫌になるほど跳梁跋扈しているが、霊夢はそれらの存在の追随を許さぬ不思議っぷりだ。
 そう、一言で表すならば、博麗 霊夢は空のような存在だ。いつもそこに在って、いつも見えるのに、いつまで経ってもたどり着けない。不変の存在である空。ならば博麗 霊夢も変わらないのだろうか。
 今は昔、まだ魔理沙の傍に師が居た頃、幾度か博麗 霊夢と弾幕をしたことがある。あの頃と今とでは、実力も性格も変わったように思える。いや、実際に変わっている。服装だけではない、確かに霊夢は成長している筈だ。昔のような幼い雰囲気はもう影を潜めているし、あの反則級な陰陽玉の扱いだって、桁違いに巧くなっている。
 それなのに、何故霧雨 魔理沙は霊夢が変わっていないと感じるのだろうか。髪型も服装も性格も何もかもが昔と違う。なのに、昔から変わらず、博麗 霊夢はそこに在る。何百年の時を経ようともこいつだけは変わらないと妄信してしまうほどに確信させられるのは、何故だろう。
「よう、霊夢。今日も元気にだるそうだな」
 神社の鳥居をくぐり、箒から境内へ軽やかに着地すると、魔理沙は帽子のつばを指先で上げて言った。
「だるいのはいつもの事だけど、とりあえず魔理沙は正しい日本語を使うべきね」
「だるいのは否定しないのかよ」
 本当にだるいんだなと思ってしまうようなため息を吐きながら、振り返った霊夢の言葉に軽く突っ込みを入れる。こんな会話も二人にとっては挨拶代わりでしかない。
「で、今日は何の用?」
「おいおい、折角のお客にお茶も出してくれないのか?」
「招いてもない客にわざわざ出さないといけないお茶はないわ。今までお客を招いた記憶なんてないけど」
「じゃあ霊夢が飲むお茶を入れればいい。私はそれを勝手に飲むからさ」
 そう言うと、魔理沙は霊夢の言葉を待つ事無く、いつもの縁側へと足を進めた。ここで霊夢と問答を続けていても一向にお茶が出てくることがないのは、もう経験から理解している。こういうときは少しばかり無遠慮でも、強引に行くのが正しいのだ。
「……はぁ」
 霊夢がため息を吐く音が耳に届いた。呆れているのだろう。だというのに魔理沙は内心軽く拳を握った。こうしてため息を吐く霊夢ということは、諦めて流れるままにすると決めたということなのだ。
 ほら、その証拠に、後ろから霊夢の足音が聞こえる。
「後で掃除、手伝いなさいよね」
「了解だぜ」
 足を止めないまま、魔理沙は返事を返した。



 縁側に腰掛けて、魔理沙は静かに空を眺めていた。両手を後ろについて、足をぶらぶらと揺らしながら、何を考えるでもなしに、ただただのんびりと空を眺めていた。
 さぁ……と、瑞々しい青葉が、風に揺られた。穏やかな風だった。流石、幻想郷の果てなだけはある。ここには、この世のものとは思えぬほどの静けさがある。無音だとか、静謐だとか、そんな静けさではない。この境内で弾幕が行われることは日常茶飯事であるし、頻繁に宴会が開かれることもある。はっきり言えば、幻想郷でここほど賑やかな場所もないに違いない。だけど、だからこそ、ここは幻想郷でもっとも静けさを保った場所でもあるのだ。それはここは山の上という異界にあるからだろうか。違う。異界であるならば、魔理沙が住んでいる魔女の森も、入った者を迷わせる異界だ。ではこの神社がこんなにも穏やかなのは、やはり住んでいるものが原因なのだろう。
「ほら、お茶が入ったわよ」
 後ろの部屋から、盆に二つの茶のみと急須を載せた霊夢が出てきた。
「お、ご苦労様」
 魔理沙が顔だけを振り向けて手を差し出す。
「ほんとに後で掃除、手伝いなさいよね」
 霊夢は盆から一つ茶のみを取ると、差し出された魔理沙の手に渡した。
「分かってるって」
「ほんとかしら」
 ため息交じりに盆を床に置いてから、霊夢も縁側に腰掛けた。魔理沙は霊夢の言葉に、へへと微笑すると、受け取ったばかりのお茶を啜った。やはり、淹れたてなだけあって熱かった。
「うまいぜ」
 味なんて感じれなかったし、茶葉もそんなに香るわけではなかったが、どうしてか心が落ち着く付く。熱いのを分かっていながら、魔理沙はもう一度茶を啜った。
「でもちょっと熱いな」
「文句言わない」
 横から霊夢の突込みが入る。魔理沙は手に持った茶のみを盆に置くと、顔を霊夢へと向けた。
 霊夢はのんびりと空を見ていた。時折思い出したように両手で持った茶を口に運ぶ以外は、ただ惰性でしているかのように、空を眺めている。その姿を見ているだけで、先ほど茶を含んだとき以上の落ち着きを感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
 この神社がこんなにも穏やかで静かに感じるのは、博麗 霊夢がここに居るからだ。
 霊夢は全てを受け入れる。そして全てを受け入れない。ようは成るがまま、在るがままなのだ。そんないい加減で矛盾した無茶苦茶な霊夢だからこそ、この神社はこんなにも平穏に包まれているのだろう。いつもいつも、うるさい連中が集まってくるのだろう。
 自分の事などお空の彼方へと忘れた魔理沙はそんな事を思い、そして笑った。
「何よいきなり笑い出して」
「何でもない」
「そう?」
「そう」
 のんびりと、時が流れていく。癒されている、と実感できる瞬間。安心して気が抜けたからか、魔理沙は何気なく口を開いた。


「なあ霊夢、悪夢って、見たことあるか?」


 霊夢が怪訝な視線を送ってきたのがわかった。自分でも何を言い出してるのかと思ってるくらいだから、当たり前かもしれない。でも折角だから、このまま話を続けるのもいいかと、魔理沙は続きを喋りだした。
「別に具体的な何かじゃなくていいんだ。ただ、見てるだけで怖くなったり、苦しくなったりする悪夢」
 そう、例えば黄昏時の夕焼け。静かにゆっくり沈んで往くあの太陽を見ていると、不意にこの世の終わりを感じることがある。夜は魔女の時間だ。魔女にとって夜が訪れることは決して終焉が来訪することと同義ではない。しかし思うのだ。魔女の世界とは即ち異界だ。異界で世界が満ちたとき、果たしてそれは終わっていないと言えるのだろうか。
 そう、例えば冬季の静謐さ。降る雪と降り積もった雪が全ての音を吸い込んで、世界には静けさが満ちる。その時世界には誰も居ない。妄想に過ぎない想像だが、きっとその時、その場所には、自分すらもいないのだろう。声を出してみても、一寸後には余韻すらなく消えてしまう。自分がそこにいるという実感かまるで湧いてこない。自分という存在が世界には残らない。ほら、これでは世界に自分がいるとは言えないではないか。
 ――そんな、在り得もしない夢想を抱かせてしまう、悪夢。
 口にしてから、魔理沙は内心で苦笑した。この天衣無縫で風であり空のような少女には、そも悪夢という概念すら存在しないだろう。
 本当は聞きたかっただけなのかも知れない。この博麗 霊夢という少女の口から、「あるわよ」と、私でも悪夢を見て苦しむときがあるのよと、聞かせて欲しかっただけなのかもしれない。聞いたからどうなるというわけでもない。ただ安心したかった。世界中で弱いのは私だけではないと、意味も無く湧いてくる不安から開放してほしかった。
 幻想郷で最強の存在は誰か。魔理沙ははっきりとこう答えるだろう。――霊夢以外に誰が居る、と。確かに化物は居る。この幻想郷を、まるで呼吸をするかのように消滅させることができる奴だっている。魔理沙の師だって、やはり化物の部類に入る存在だった。だけれども、やはり博麗 霊夢には化物たちにはない、なにかがある。きっとそれこそが魔理沙にとって博麗 霊夢を最強にしているものであり、また空と形容させるものなのだろう。
 そんな霊夢の口から、聞きたかった。あるわよ、と。たった一言だけでもいいから、聞きたかった。
 だから、


「あるわよ、悪夢くらい毎日のように」


 さも当然とばかりに口にした霊夢の言葉に、魔理沙は瞠目し顔を向けた。
「……なによ、その顔は」
 余程驚いた顔をしてしまったのだろう。霊夢は細めた横目でじろりと魔理沙を見ると、ずずとお茶をすすった。
「……あるのか?」
 もう一度、聞いてしまう。
「あるわよ」
 返答は、同じものだった。
「……」
 魔理沙は情けないことに、しばらくの間呆けて(ほうけて)いた。
「ははっ……」
 そして、不意に笑い出した。それは憂いの微塵も見当たらない、心の底から噴き出した笑いだった。
「何よ。いきなり変な質問してきたかと思えば驚いて笑うとか。ついに頭が逝った?」
 霊夢の毒舌交じりの言葉にも、魔理沙はずっと笑いっぱなしだった。そうか、そうだったのかと。考えれば考えるほどに笑いが収まらない。だって、考えても見ろ。絶対に、絶対にないと信仰に近い確信をしていたことが、まるで世界の常識であるかのように、否定されたのだ。馬鹿馬鹿しくて笑うしかない。滑稽だった自分を、笑うしかないじゃないか。
「そうか、そうかぁっ! はは、霊夢もそうかぁっ!」
「……本当に永琳あたりに見せたほうがいいかしら」
 霊夢は全く聞いてなさそうな魔理沙を睥睨し、ため息をついてからお茶を飲んだ。



 ああ、そうだ。きっと魔理沙はいつもこうして笑うのだろう。誰にも心の闇を見せずに、だけど、その闇を払拭してくれる博麗 霊夢という存在に助けられながら、笑っているのだろう。人の闇に気づかずに、人の闇を取り除いてしまう、博麗 霊夢。きっと彼女は本当に何もしていないのかもしれない。でも、彼女の存在に助けられている人間が居ることもまた事実なのだ。



「よっしゃ霊夢っ、弾幕するか!」
 魔理沙は縁側から元気よく飛び降りて振り返ると、快活な声で言った。
「なによ……笑った後は弾幕? ほんとに頭が変になっちゃったのね」
 やれやれと言いながらも縁側から腰を上げる霊夢。そんな霊夢に、魔理沙はにかっと太陽のような笑みを浮かべて、この美しき空に、幻想郷に、宣言した。



「私は、普通だぜっ」




 どうもこちらでは初めまして、炎氷刺丸といいます<(_ _)>

 ふっと魔理沙の普段の顔の裏側ってどんなかなーと想像したモノを文章にしてみました。
 普通の魔法使いであり人間である魔理沙も、やっぱり裏では何かしらの苦悩があるんじゃないかと。
 今回はたまたまそれが悪夢であった。
 だから魔理沙は霊夢のところへいった。
 魔理沙と霊夢って、どこかで二人だけの絆みたいなものがあるんじゃないかと、一人で妄想してたりします。
 もちろん魔理沙が博麗神社に行く理由は単純に遊びに来るほうが多いと思います。
 まあ、今回書かせていただいた文章の場面がこうであったというだけです。

 雑文で大変恐縮ですが、この辺で。

 最後に、読んでくださった方々ありがとうございました。
 ご指摘ご感想、遠慮なくどうぞ。
炎氷刺丸
http://www.geocities.jp/enju1162/
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コメント



0.690簡易評価
10.30名前が無い程度の能力削除
文章作法は及第点、言い回しや表現力はもう三歩、しかし語彙力にあってはやや高い部類に入ると思います。

この物語を読むにあたって、さしあたり感じる問題点を申せば、魔理沙が悪夢にうなされると言う、魔理沙の心の弱さを描く場面。
ソレとか、アレ、などの抽象的な言葉によって逃げてしまっているので、読者としてはまったくキャラクターの心理に共感できない所にあると思います。

例えば新魔法の実験中の失敗、身の程知らずに挑んだ敵から受けた手痛いしっぺ返し、家族との確執による幼年期の孤独感、愛しい師との別れ、そして霊夢に感じているコンプレックス。
これらのように、例え解りやすくとも魔理沙を知る人間が、ああなるほど、と思えるような具体例が、最低でもまず描写されているべきであったと思います。

それに、霧雨魔理沙が泣いた日、と文中にありますが、魔理沙というキャラを
知っている人間なら、余程の事が無い限り魔理沙が泣かないだろうと思って読む訳ですから、当然その事に対して納得の行く理由を物語の中に求めます。
しかし、最後まで読んでもどうにもその理由が解らない。

霊夢と魔理沙なら、これくらい曖昧な会話でもお互いの本心を理解しあえる筈。
霊夢と魔理沙なら、そんな本心に触れるような具体的な会話はしない筈。
と言う感じで、物語で語られるべき最も重要な事を、普段の二人なら、こうあるべきだ、と言うイメージにそれを丸投げしてしまってるように感じられます。
だから、作者様がこの物語を通じて語りたかった事があまり伝わってこないのが残念な点です。

この物語では、魔理沙をいつものように「普通だぜっ」と笑わせる前に、もっといつもではない彼女が無理をしていつものようにしている描写がなければならなかったと思いますし、そしてそれからいつもに戻すための転機も、もっとはっきりとしたものにすべきだったと思います。

作者様には、今後さまざまな物語を読む事によって、キャラクターの心理をどのような描写や理由によって動かし、表現していくのが良いのか、その演出法と、物語のテーマの魅せ方を、とくに学んで頂きたく思います。

長々と申し訳ありませんでしたが、しかし作者様の文章に、何か匂いのようなモノを感じました。
不愉快な思いをされたかも知れませんし、名も出せぬ臆病者の戯言ですが、それでも私の意見がもし作者様の今後の為になれば幸せ、そう思って書かせて頂いた所存です。

次回作を期待しております。
11.無評価炎氷刺丸削除
具体的且つ参考になるご指摘ありがとうございます。

いや、一つ一つのご指摘は僕にとって物凄く痛いものでしたが、それ以上に、、この上なく為になるものでした。本当に、本当にありがとうございます。

もっと読み手の方々に見ていて納得してもらえるような文章を書けるよう努力させていただきますので、次回も何卒よろしくおねがいします。


追伸

不快には全く思ってませんので、お気になさらないでくださいねっ(汗)。
むしろ遠慮の欠片もなく言っていただいて感謝<(_ _)>
14.60NICKEL削除
>雑文で大変恐縮ですが、この辺で。
だからこそ味が出るはずなのです。
魔理沙はチルノとかを平気で侮辱したりするような輩ではあっても、実際は仲良くなりたいんだという印象ですが、これはちょっと・・・
魔理沙のイメージをことごとく破壊する絵とは違ってこの作品は元々のイメージが残っているのでそれはそれでいいと思います。
次回作に期待します。