Coolier - 新生・東方創想話

クリスマス・フール

2014/12/25 19:13:29
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 ふと窓を見やれば、ふわふわの柔らかそうな新雪が、夜の闇に白く舞っていた。
 霖之助はカウンターの椅子にもたれながら、手に持っていた本をぱたんと閉じる。
 時計を見れば、本を読み始める前には午後八時を指していた針は、もう零時に近づいていた。だいたい十一時あたりか。思った以上に読書に熱中してしまっていたらしい。
 もう寝るには良い時間だろう。どうせこんな時間に客など来るはずもない。来たとしても、そういうのは大抵厄介な妖怪に決まっている。たとえば、あの紅魔館のわがまま吸血鬼とか。
 仮に彼女らがやってきたら面倒だ。さっさと店を閉めて、温かい布団に潜り込むとしよう。最近は肌寒いし、布団がとても恋しくなるのだ。たしか、今日は十二月二十五日だったか——そこまで考えて、霖之助はふと思い出した。そういえば、今日はクリスマスだ。
 だからどうした、というわけでもないのだが、今頃人里ではそれを記念してお祭りムードにでもなっているのだろうか。もともとクリスマスはとある偉大な古い聖人の誕生日であり、それを祝う日であるらしいのだが、なにをどう捻じ曲げられて幻想郷へ伝わったのか、子ども達は『サンタさん』なる謎の人物からのプレゼントを待ち侘び、恋人がいる大人たちはそのパートナーと素敵な聖夜を過ごし、そしてそんな恋人などというものがいない独り身の人間はあの地底の橋姫に劣らぬほどの嫉妬の念を人々に送りながら人々の爆発を願うという、もはやなにがなんだかわからない日になってしまっている。死後の世にいる聖人はいったいこれをどんな気持ちで見ているのだろうか。少なくとも霖之助だったら間違いなく「どうしてこうなった」と呟く自信がある。
 だが、どの道霖之助には関係のないことだろう。『サンタさん』なる謎の人物は普段から良い行いをしている『子ども』のもとにしか訪れないらしいし、霖之助に恋人などというものがいるわけもなく。そもそも、霖之助は恋愛ごとにあまり興味がない。枯れた、と言われてしまえばそれまでなのだろうけれど、これでも半妖である霖之助は何百何千という時を生きてきたのだ。枯れた老人のようになってしまっていても、仕方が無いことなのだろう。
 結論。クリスマスは、霖之助にとって特に関係のない日である。名も知らぬ聖人を祝うほど、霖之助は宗教に熱心なわけではない。
 一通り思考を巡らせた霖之助は、今度こそ眠りに付こうと思い立ち上がる。
 店の扉の前まで行き、『開店中』の掛札を『準備中』へと変更するために、扉を開こうとして、そのドアノブに手を伸ばした瞬間のことだった。

「霖之助さーん、いるー?」

 扉の向こうから、まるで空に散る新雪のようにふわふわぽやぽやと間延びた声が聞こえて、霖之助は思わず手を止める。この声には、聞き覚えがあった。
 そして最悪なことに、その声は霖之助が関わっている人妖たちの間で一、二を争うほど会いたくない少女の声だった。
 霖之助はほとんど無意識で口を開く。

「今日はもう閉店だよ」

 扉の向こうから聞こえる声は、聞くだけで様子がなんとなく思い浮かびそうな不満そうな音色となった。

「むー、タイミング悪いわねぇ。でも、掛札は開店中ってなってるわよ?」
「今準備中に変える所だったんだ」
「そんなの知らなーい。私は勝手にあがらせてもらうわよ」

 すう、っと音がして、半透明になった少女が香霖堂の扉をまるで存在していないかのように通り抜けると、霖之助の目の前で再び色を持ち始める。
 少女——冥界の亡霊姫、西行寺幽々子は、くすくすと笑うと、霖之助に向けてこてんと首を傾げてみせた。

「亡霊に、扉なんて意味ないのよ?」
「……」

 心底から愉快そうに笑う幽々子に向けて、霖之助は露骨に嫌な顔を浮かべる。
 目の前の少女、西行寺幽々子は、霖之助がもっとも苦手とする人物のうち一人である。あの妖怪の賢者八雲紫とならんで、絶対に霖之助が出くわしたくない相手でもあった。
 嫌い、なわけではないのだろうなあとは思う。嫌いならば、霖之助はこうやって彼女と話をしていない。霖之助はこれでも物怖じせずに物事をはっきりと言うタイプだ。嫌いならば、さっさと幽々子を追い返しているだろう。
 だが苦手ではある。なんというか、話していてなんとなくペースを握られている感覚がして、めんどうなのだ。まして紫のように巧みな口でペースを握られのではなく、気づけばいつのまにかペースを握られている、というタイプだから、余計にタチが悪い。
 と、霖之助は改めて幽々子の服装を見て、驚いた。幽々子がいま着ていた服は、普段の幽かな青色の着物とは違い、しっかりとその存在を主張する赤色と、もこもことした暖かそうな白色の毛皮が好対照を成す服装であったためだ。
 そして、その頭に乗っているのは、あの幼馴染の白黒魔法使いのものとはまた違った小さな三角帽子。いつもの変な帽子はどこへやら、であった。
 幽々子は霖之助が自分の服装をまじまじと見つめているのに気づいたのか、わざとらしく微笑む。

「もうっ、霖之助さんったら。あんまり女の子の体をまじまじと見るのはやめた方が良いんじゃない?」

 幽々子は艶っぽくそう言うけれど、霖之助が慌てるのを期待しているのだろうか。残念ながら、霖之助はそういった揺さぶりで動揺するほどやわではない。
 霖之助は至極冷静な顔と声で、幽々子の目を見つめる。

「いや……君らしくない服装だと思ってね」

 その赤い服は、普段の幽々子からは想像もできないくらいに露出多めの服だった。
 本来幽々子は、水色の着物に身を包んだ和風の装いを好む亡霊であり、今幽々子が着ているような露出が多く西洋風な服を纏っている姿など、少なくとも霖之助は見たことがない。
 幽々子はそれを言われて、ほんの少しだけ不安そうに眉を曲げながら、問う。

「似合わないかしら?」
「まさか。君は自分の容姿を自覚したらどうだい」

 幽々子の容姿は、それはそれは凄まじく整っている。絶世、という言葉がよく似合うほどに、幽々子は美少女だ。幻想郷には見目麗しき少女たちがたくさんいるけれど、幽々子も決して彼女らに負けてはいない。
 ただ、すこし意外であったというだけの話。似合わないなどということは決してなく、むしろ逆にその新鮮さが彼女の可憐さを引き立てている。
 美人はなにを着ても似合う、ということなのだろうか。霖之助がそんなことを頭の片隅で考えながら幽々子に答えを返すと、幽々子は一転、かわいらしい笑みを浮かべながら、くすくすと笑い始める。

「お上手なこと」
「お世辞は言わない主義だよ」

 霖之助がそう言うと、幽々子はほんのちょっとだけ俯きながら、吐息を吐いてぼそぼそと呟く。

「……こういうことを平気で言えるっていうのも、朴念仁だからこそなのかしら……」
「なにか言ったかい?」
「なんでもないわよ」

 幽々子は小さなその声をかき消すかのように声をちょっとだけ大きくすると、赤い服の短いスカートをつまんで見せた。

「それよりも。霖之助さん、私のこの格好みて、なにか思うことない?」

 そういう幽々子の顔には、どこかほんのすこし期待の色があった。
 霖之助ははて、と内心で首を傾げながら、幽々子の服装を改めて見る。先ほどあまり見るな、と言われたばかりだけど、この場合幽々子から見せているのだから、問題はないだろう。
 食い入るように幽々子の服を見つめる。本当に露出の多い服だ。肩から脇にかけての部分は完全に露出してしまっているし、見るからに寒そうである。下のスカートは短すぎこそしないものの、それでも着物の裾のように長いわけではなく、そのぶんの寒さを防ぐように履かれたニーソックスも、それを履くくらいなら最初から厚着にしたらどうだ、と突っ込みたくなる。
 冬にはどうみても似つかわしくない、むしろ夏にこそふさわしい服装であるように感じた。
 霖之助はそこまで考えたところで、思ったままの率直な感想を述べる。

「……寒そうな服だね。この雪の中、その格好で歩いてきたのかい?」
「あ、やっぱり霖之助さんもそう思う? そうなのよー、この服寒くてここまでに来る間も……ってそうじゃなくて」

 幽々子は、「ほらほら」と言いながら、自らの服装を見せつけるようにして手を広げる。

「この格好、あれに似てるでしょ?」
「……あれ、って言われてもね」
 
 はてさて、目の前の少女が着ている赤と白が交わった服装は、はたしてなにに似ているのだろうか。
 霖之助はしばらく思案する。幽々子はキラキラした目でこちらを見ていた。どうやら期待しているらしい。しかし、霖之助としては、その期待に応えられるような回答は、いまだ出てきていないのだけれど。
 霖之助はしばらく考えたあと、一応ダメ元で幽々子に答えてみる。

「……霊夢の巫女服?」

 ずるっ、と幽々子が膝からコケた。呆れ笑い、とでも表すべきか、そんな苦い笑みを浮かべながら幽々子は霖之助を見る。ダメ元とはいえ、一応根拠はあったのだが、どうやら彼女の反応を見るかぎり霖之助の答えは幽々子にとってまったくの的外れなものだったらしい。

「なんでそうなるのかしらね……」
「ほら、赤と白だろう? それに脇も開いてるし、寒そうなのも同じだ」
「それしかあってないじゃないの。しかもどうして私が霊夢の真似なんかしなくちゃならないのかしら」
「ふむ、なるほど。たしかに一理ある」

 幽々子はぷんすかと頬を膨らませて、霖之助を見る。一方の霖之助といえば、納得したように顎を撫でていた。たしかに彼女には霊夢の真似をする理由がひとつもない。
 幽々子は霖之助からまともな答えは期待できないと悟ったのか、ため息を吐きながらやれやれと言わんばかりに口を開く。

「もう、まさかわからないなんて……サンタクロースよ、サンタクロース」
「さんたくろーす?」

 聞き馴染みのない言葉に、霖之助は思わずオウム返しをして、それと同時に脳内の言葉の海の中でサンタクロースなる単語がヒットする。

「……ああ、あの高速で世界中の家と家の間を移動するだけの機動力と良い子の家のみを選別する観察眼に加えもはや無茶ぶりとも呼べるような子どもたちの願いすらも完全に叶える神にも等しい能力を持った謎の老人のことか」
「……まあ、間違ってはいないけれど」

 幽々子は霖之助の言葉を聞いて、愉快そうに笑いながら言った。なんというか、その反応が予想と違っていたので、霖之助は思わず頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。

「そうじゃないのかい?」
「ええ、間違ってはないわね。間違っては」

 その言い方だと、まるで『合っているわけでもない』と言われている気がして、なんとももやもやするものだが、幽々子はそんなことはお構いなしと言わんばかりに幽々子は笑うと、笑いすぎたのか、目尻に浮かんだ涙を拭い話を続ける。

「今私が着ているのはね——なんと、サンタクロースを模したものなのよ」
「ふうん」

 ばばーん、という効果音が付きそうなくらいに豊満な胸を張って自らの服装を主張する幽々子に、霖之助はとりあえずそれだけを返した。

「……」
「……」

 沈黙。

「……え、それだけ?」
「……いや、それ以外になにを返せば良いんだい?」

 拍子抜けしたような表情をする幽々子に、霖之助は思わず困惑した顔で返す。
 幽々子がサンタクロースを模した格好で香霖堂にやってきたといえど、霖之助からすれば本当に「ふうん」で終わってしまうようなことなのだ。むしろ、それ以外にどう反応すれば良いのだ。「な、なんだってー」っていう感じで驚けば良いのか。それがお望みなら驚いたフリくらいはしてみるけど、きっととんでもない棒読みになっていることだろう。
 幽々子は予想外、といった様子でわたわたと慌ててみせる。こんな彼女を見るのはなかなか新鮮なので、見ていてなかなか楽しい。

「ほ、ほら。サンタさんなんだから、『プレゼントください』とか、『聖なる夜だから祝福してください』とか」
「両方いらない」
「……」

 バッサリとした一刀両断に、幽々子は石化してしまったかのように固まり、黙ってしまった。
 しかしそのあとおもむろに石化を解くと、彼女はニコニコとした笑みを浮かべながら頬の横で手を叩いてかわいらしく首をこてんとかたむける。

「——まあ、霖之助さんったら、プレゼントが欲しいのね?」
「おいちょっと待っ」
「プレゼントが欲しいのね?」
「いや別に僕は」
「プレゼントが欲しいのね?」
「いやいr」
「プレゼントが欲しいのね?」
「い」
「プレゼントが欲しいのね?」
「……」

 なにか言い返すたびに、彼女の背後に黒いオーラというか、無言の圧力というか、擬音で表すなら『ゴゴゴゴゴ』みたいな重厚かつ地の底から響くようなとんでもない威圧感が霖之助を襲ってくるので、霖之助は黙ることしかできなくなった。呆れて黙ってしまった、というのも少なからずあるけれど。
 幽々子は沈黙した霖之助に、しっかりと一音一音に強いアクセントを込めながら、確認した。

「——プレゼントが、欲しいのよね?」
「……わかったよ。僕だってプレゼントは欲しいさ」

 根負けしたようにつぶやく霖之助の姿を見て、幽々子はようやく話を進めてくれた。「あらあら、仕方ないわねー霖之助さんったら」と嬉しそうに微笑む彼女に、霖之助はいったいどういう反応をすれば良いのだろう。
 しかしなにかもらえるというのならば、よほどのものでないかぎり、霖之助の損にはならないだろうから、別に特段必死になって断る理由もない。まあ、せいぜい得にも損にもならない微妙な品物しかもらえないだろうが、『よほど』ひどいものでないかぎりは大丈夫だろう。——無論、幽々子がその『よほど』を渡してくる可能性な十分に考慮できるから、警戒は怠らないが。
 
「ふふふ——じゃあ、そんな正直な霖之助さんには私からとっておきのプレゼントをあげちゃう!」
「……」

 悪いけど、眠いから早くしてほしい——そんなことを言ったら、また彼女が機嫌を悪くしてしまい面倒なことになるのは目に見えていたので、口には出さずに黙っておく。
 が、その眠気までは隠せなかったらしく、口が勝手に開いてしまって、霖之助は大きなあくびをひとつ。それを見た幽々子が、霖之助の顔を見た。その顔は、まるで絶好のチャンス、と言わんばかりの表情であった。

「あら、霖之助さん眠いの?」
「ん、まあね。ちょうど寝るところだったし」
「それは悪いことしたわ……ごめんなさい、お詫びと言ってはなんだけれど、私のプレゼントで快適に眠ってちょうだいねっ」

 まったく悪いと思ってなさそうな顔で彼女は言うと、一歩前へ踏み出し、霖之助に近づいた。もはや、密着と言っても過言ではないくらいに二人の距離は縮まっている。
 霖之助はこれでもある程度身長が高く、幽々子は発育の良い体をしているもののそれでも身長は一般的な少女のそれと変わりない。幽々子は霖之助を見上げ、霖之助は幽々子を見下ろす形となった。
 幽々子は、その透けたような白さと美しさを併せ持つ雪のような頬を、ほんのりと赤く熱く染めると、恥ずかしそうにもじもじしながら、一言。


「——プレゼントは、わ、た、し」

「……」

 ——言葉を失う、というのは、こういうことなんだろうなと霖之助はどこか冷静に考える。
 どうリアクションして良いのかわからない。これが霖之助以外の男であったならば、まず幽々子と同じように頬を赤くして慌てたりするのかもしれないけれど、いまさら霖之助がそんな反応をするはずもなく。
 そのかわり、霖之助の脳裏に浮かぶのは、呆れやら驚愕やらなんやらそれらがすべていろいろとごちゃ混ぜになって、霖之助の豊富な語彙ですら言い表せないような、なんとなく悟ってしまったような、そんな感情のみ。
 どことなく遠い目をしているであろう霖之助を見て、幽々子がまくし立てるような早口で追撃する。

「ほら霖之助さん、遠慮なんかしなくて良いのよ? ぎゅーって抱きしめても良いし、腕枕だってしてあげるわよ? それとも、もっと大人な——ああん、霖之助さんケダモノねー」
「…………」

 なんだろう、割と真剣に頭が痛い。
 ツッコミどころはこれでもかと言うくらいにたくさんあった。冥界のお姫様がなんてことを言うんだ、とも、冗談にしては笑えない、とも、いろいろ言いたいこともあった。けれど、それらを口に出そうといくら努力しても、霖之助の口はまるで動いてくれない。
 なんだか、一周回って「ああ、これが絶句っていうことなんだな」なんて、冷静に考えることができた。
 そして、一人で赤らんだ頬を押さえながらくねくねとうねる幽々子に向けて、霖之助は盛大にため息を吐く。

「はあ……」
「あら、どうしたのかしら? 私みたいなプレゼントもらえて嬉しかった?」
「冗談はそこまでにしておいた方が良いよ」

 幽々子はとても不服そうに未だに赤い頬を膨らませながら、ぶーと唸る。

「冗談じゃないのに……」

 小声のそれは、霖之助の耳にはよく聞こえなかったけれど、しかしどうせロクでもないことを呟いているのは確かなので、特に気にせず流す。
 
「やっぱり正攻法じゃ無理があるわね……っていうか正攻法で攻略できたら誰も苦労してないわよね……。よし、こうなったら多少強引でも……」

 そのあとも、幽々子はとんでもなく小さくその上早口で何事かを呟いていたが、あいにく霖之助の耳はそこまで良いわけでもないので、すべてはっきりとは聞き取れなかった。
 さすがにそこまで聞き取れないとすこしもやもやするものがあるので、霖之助は眉をひそめながら聞き返す。

「なにか言ったかい?」
「いいえ、なんでも」

 なんでも、と言う割りに、彼女がちょっとだけ不機嫌そうなのはなぜなのだろうか。しかしかといってしつこく問い続ければ怒られてしまうのはなんとなく察せていたので、強く尋ねることとできず、結局霖之助はもやもやした晴れない気分を抱いたまま黙ることしかできなかった。どこか理不尽なものを感じる。
 幽々子はしばらく不機嫌そうに目を細めながら霖之助を見ていたが、やがてようやく霖之助にも聞こえるくらいの音量で呟いた。

「……じゃあ、霖之助さんがサンタになって?」
「……は?」

 先ほどではないしにしろ、霖之助は驚いて間抜けな声をもらした。
 幽々子はわからないのか、とでも言うように、拗ねながら言葉を重ねる。

「だって、霖之助さんは幽々子サンタがお気に召さないわけでしょう?」
「うん」
「じゃあ霖之助さんがサンタになってよ」
「いや、そのりくつはおかしい」

 今のご時世、サンタさんに文句を言ったら自分がサンタさんにならなければならないのか。なんという暴論だ。「この料理はまずい」と言ったら「じゃあお前が作れ」って言われるのと同じ感じがする。
 そりゃあ、人に文句を言うというのは決して褒められた行為ではないけれど、それでもその反論は論点が大幅にズレてるわけで。
 しかし、幽々子はそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりにつーんとした顔をすると、霖之助の体から離れて唇を尖らせた。

「あんなひどいケチの付け方したんだもの。さぞ自分は完璧なサンタさんになれるんでしょうね?」

 いや、別にそこまでケチなんか付けてないだろう——その言葉を、霖之助はぐっと飲み込んだ。これ以上なにか言っても無駄だと悟ったのだ。今でこそ、霖之助は自分の方が正論だと思っているが、こう見えて幽々子は頭の回転がずば抜けて早い。あっという間に覆されてしまうだろう。
 霖之助がここから舌戦に持ち込んでも勝ち目がないことは火を見るよりも明らかだった。かたやただのしがない半妖、かたやあの妖怪の賢者の親友である永年を存在し続けた亡霊。どちらが勝つかは、明白であった。
 完膚なきまでに口で叩きのめされるよりかは、適当な品物をひとつ献上して丁重にお帰り願う方が有意義で時間の無駄もないだろう。背に腹は変えられない。彼女が香霖堂にやってきてしまったのが運の尽きだと思って、霖之助はおとなしく幽々子の願いを聞くことにした。まったく、聖なる夜だというのに、この亡霊はなんでわざわざ自分の所にやってくるのだろう。

「……わかったよ。で、なにが欲しいんだい?」

 盛大な盛大な、この一年間でもっとも大きいとすら思えるほど大きなため息を吐いて、霖之助は幽々子に尋ねた。
 幽々子は不機嫌な様子から一転、楽しそうな表情を浮かべながら、顎に人差し指をつきながら考え始める。

「うーん、そうねえ……。あ、霖之助さんの部屋見せてもらって良い?」
「部屋?」

 幽々子の言葉に、霖之助は思わずオウム返しをする。ふむ、部屋か。
 まあ、別に部屋を見せる程度問題はない。見られて困るようなものが置いてあるわけでも、触られて困るようなものがあるわけでもない。ただ、基本客(幽々子は客と言って良いのかわからないけれど)には見せない部屋だから、興味があるのだろうか。

「まあ、そのくらいなら良いよ。ちなみに……」
「ああ、それでサンタさんのお仕事完遂ってわけじゃないわよ? ちゃんとなにかもらっていくから」
「……だよね」

 期待していたわけではないが、霖之助はため息を吐きながら頭を掻いた。そのままカウンターの後ろにある暖簾へと体を向けると、幽々子へ言った。
 
「……じゃあ、まあとりあえずついてきて。案内するから」
「はーい」

 いったいなにが楽しいのやら、幽々子はご機嫌な様子で返事をすると、霖之助についてくる。こちとらまったく楽しくないのだけれど。
 


 霖之助の部屋、というのは、香霖堂のカウンターからさらに後ろ、青色の暖簾をくぐって出た廊下の突き当たりを曲がってすぐのところにある。
 香霖堂の暖簾は仕切りとなっていて、その後ろには普通の住居となんら変わらない生活スペースが広がっているのだ。
 霖之助はまるで子どものようにきょろきょろと左右を見回す幽々子を連れて、自室の部屋を開ける。

「ほら、ここが僕の部屋だよ」
「へえ〜……って、お布団出したままなの?」

 幽々子が霖之助の部屋の隅の方にある布団を指差した。
 霖之助の部屋は、ひどく散らかっている商品スペースとは違って意外とすっきりしている。しかし、これは別に霖之助が整理整頓に長けているというわけではなくて(そもそも本当に長けていたら商品スペースはあんなことになっていない)実は香霖堂には倉庫があり、散らかったら片っ端からそこに放り投げているからである。別に香霖堂の商品スペースがいくら散らかろうとどうということもないが、さすがに自室が散らかるのは嫌だ。
 部屋の内装は一般的で、特にこれと言って特筆するようなことはないのだけれど、しかしなぜか布団だけは出しっぱなしで放置されていた。

「あー、あれね。単に朝出したあと片付けるの忘れてただけだよ。まあ、どうせここに戻ってくるのは寝る時くらいだし、特に気にしちゃいないんだけど」
「ふーん……」

 幽々子はなぜかその布団に視線を釘付けにしながら、ゆっくりと布団に近づいていく。
 その背中を見つめながら、霖之助は言った。

「先に言っておくけど、その布団は非売品だからあげないよ?」
「と、当然じゃない。私だって貰おうなんて思ってないわよ〜」

 その割りには、まるで図星だったような反応をしていたけれど、気のせいだろうか。

「……それで? 僕ももう寝たいから、なるべく早く欲しいものを選んでほしいんだけど」

 幽々子に近づきながら、つぶやく。幽々子は霖之助に背を向けていた。

「あら、選んだら貰えるの?」
「場合によってはね」
「むう、けちね」
「商売人だからね」
「商売なんかほとんどしてないくせに」

 そこを言われると弱い。というか、そもそも香霖堂に客自体があまり来ないのだから、しょうがない。こればっかりは霖之助ではどうにもならないのだから、霖之助は悪くない。

「んー、そうね……じゃあ、」

 しばらく霖之助に背を向けていた幽々子だったが、考え終わったのか、霖之助の方へ振り返ると同時——。

「——あなたを、貰おうかしら。霖之助さん?」

 手を引っ張られ、霖之助は投げられるようにして布団に倒れこむ。見た目は若い少女のそれであり、なおかつ実体のない亡霊であるというにも関わらず、その力は霖之助をはるかに凌駕するほどに強くて、霖之助は抵抗すらできなかった。
 揺れる視界で床と天井がぐるりと回って、背中に布団の柔らかい感触とともに、目の前に影が差す。
 ようやく安定してきた視界の中に霖之助が見たのは、仰向けになった霖之助の上に馬乗りになって微笑む、幽々子の姿だった。その表情は部屋の明かりが逆光となってはっきりとは見えないが、その顔がなんだか赤く見えるのは、気のせいだろうか。

「……なんのつもりだい、幽々子」

 努めて冷静に問うと、幽々子は妖しく艶やかに微笑みながら、答える。

「なんのって、文字通りの意味よ。あなたを貰うわ、霖之助さん」

 少女と女性の中間——と言えば、やや陳腐な表現になってしまうのかもしれないが、しかし幽々子の体はちょうどその辺りで成長が止まっている。少女の可憐さと、女性の妖艶さを併せ持ったこの世の物ならぬ美しさを持つ幽々子は、極めて魅力的な笑みを霖之助に投げかけた。

「……拒否権は?」
「あると思うのかしら?」

 幽々子は、とんと霖之助の胸に人差し指を乗せた。
 幽々子の能力は、『死を操る程度の能力』。なんの力も持たない霖之助に、彼女が与える死から逃れる術はない。そして、幽々子の能力によって殺された魂は、永遠に幽々子の支配下に置かれると、他でもない本人から聞いたことがあった。——つまりは、そういうことなのだろう。
 霖之助は、しかし自らの命の危機に対して、驚くほど冷静にやれやれとため息を吐くことができた。

「……強引だね」

 しかし幽々子は、ふふっと嬉しそうに笑う。

「私みたいな美少女にここまで迫られて、悪い気はしないんじゃない?」
「自分で言うか……」
「でも、否定はしないでしょ? それに、霖之助さんが褒めてくれたんだもの。ちょっとくらい調子に乗っちゃうのもしょうがないじゃない」
「……」

 確かに、霖之助は自分で幽々子の容姿が整っていると彼女に言ってしまっている。無論、今になってその発言を取り消したり撤回することはない。幽々子の器量がかなりのものであるのは、紛れもない事実なのだから。
 ただ、自分のその言動が今の事態を招いているのならば、『口は災いの元』という古人の言葉はとてつもなく的を射たものなのだろうな、となんとなく思った。
 幽々子は黙りこくった霖之助を見て、安心させるように優しく甘い声でつぶやく。

「大丈夫よ。ちゃあんと私がお婿さんにもらってあげるから、ね?」
「御免被りたいね」

 霖之助は、しかしそれを一閃。幽々子の顔がすこしだけ興味深そうな表情に変わった。

「理由を聞いても良い?」
「いや、理由なんてないよ? ただ、誰だって死ぬのは嫌だろう」
「こんな美少女と結婚できるのに?」
「あいにくと、興味ないんだ」

 『興味ないんだ』——それを言った瞬間、ほんの刹那の時間だけれど、幽々子があからさまにショックを受けた顔をしたような気がするけど、多分『それも』演技なのだろうから、霖之助はスルーした。
 霖之助は、この状況が幽々子の『悪ふざけ』だと思っていた。さっきの『プレゼントは私』発言も含め、幽々子は自分をからかって遊んでいるのだと、霖之助は予想していた。
 仮にもしこれで自分が本気になってみろ——あとで死ぬほどネタにされるのは、間違いないだろう。
 第一、冥界のお嬢様たる幽々子が霖之助にそういった類の想いを抱くはずもない。霖之助は、そう考えていた。
 幽々子は霖之助の答えを聞いてしばらく沈黙したあと、おもむろに嘆息する。

「……むう、ホントに手強いわねえ、霖之助さん」
「……そろそろ冗談はやめにしないか?」

 もうそろそろ、悪ふざけもいい加減にしていただかねばならない。まさかここまで強引なやり口で仕掛けてくるとは思わなかったけれど、もう良い頃合いだろう。
 しかし幽々子は、悲しそうに目を伏せながら、よよよ、とわざとらしくしおれる。

「ひどいわ、冗談なんかじゃないのに……」

 霖之助はスルーした。

「……亡霊の姫君たるきみが、少々軽率すぎるよ。勘違いされやすい言動は避けることだね」

 これが霖之助だから良かったものの、あまりこういうことは意中でもなんでもない男にやらない方が良い。もし仕掛けられた方が本気にしてしまったら、きっと残酷な結果を生み出すことになるだろうし。
 だが幽々子は、わざとらしい泣き真似をやめて、また、あの艶やかな微笑みを浮かべた。

「ふふふ、霖之助さんわかってないのね」
「……なにがだい?」

 その時、霖之助のうなじがチクリとした痛みを訴えた。嫌な予感がする——。
 幽々子は霖之助の言葉を聞いて、さっきのわざとらしい演技ではなく、霖之助の体の上でもじもじとしながら、視線をあっちこっちに向けて、しかしようやく勇気を出したかのように霖之助の目を正面に見据えると、その頬を桃よりも桜よりもピンク色に染めて、口を開く。
 ——いや、いやいや。待て待て待て。まさか——。

「……私は、勘違いされても一向に構わないって言ってるの」
「——」

 いや、しかしこの反応は。
 たかが演技でここまで恥ずかしそうな反応をするか? そして、「勘違いされても構わない」という言動。そして、さっきからやたら積極的な幽々子。
 さっきはなんで自分の部屋を覗こうとしていたのか疑問だったが、しかしこの状況を生み出すためだったと思えば一応の説明がつく。いや、でもさすがにこれはにないだろう。こちとらただのしがない半妖、商売人。幽々子がそんな想いを自分に抱く要素なんて——。
 霖之助が高速で思考を巡らせているのにも気づかずに、幽々子は頬をピンクに染めたまま、しかし柔らかく年頃の少女らしく頬笑んで、霖之助の唇に人差し指を優しく当てた。

「ねえ、霖之助さん。私、あなたのことが——」
「……!」

 そのまま、二人の影が重なり、唇同士が近づいて——。



「……なんて、嘘よ」

 幽々子は、可愛らしく、しかしイタズラっぽい笑みを浮かべると、霖之助に近づけていた顔をそっと遠ざける。
 彼は、離れていく幽々子の顔を見て、やがて一言呟いた。

「……知ってたよ」

 その反応に、幽々子は思わずくすりと笑ってしまった。彼は澄ました顔でこう言っているけれど、幽々子は知っていた。体越しで、彼の心臓がバクバクと激しく脈動していたことを。幽々子にはない生の鼓動を奏でていたことを。
 もし今の自分に心臓があったのだとしたら、きっと霖之助のそれと同じ、あるいはそれ以上に激しく動いているのだろう。もしかしたら、爆発してしまっていたかもしれない。
 幽々子は、血の通っていない冷たい自分の体を幸いに思った。もし、幽々子が生身の肉体を持っていたのであれば、体はまるで炎のように熱くなって、頬もりんごのようになってしまっていただろうから。
 幽々子だって、内心はとても穏やかなものではないけれど、しかしいつものように笑いながら、霖之助をからかう。

「うふふ、霖之助さんったら。ちょっとくらいドキドキしてたんじゃない?」
「……そろそろ怒るよ?」
「あら怖い」

 あんまりからかうと、今度は逆に怒られてしまうので、幽々子は素直に身を引いた。
 
「うふふ、しかし残念ね〜。霖之助さんが慌てふためく姿、見たかったのに」
「……それだけのために、ここへ来たのかい?」
「そうよ?」

 彼は、大きく大きく、本当に呆れ果てたようにため息を吐いて頭を押さえた。
 ……本当は、違うのだけれど。でも、『聖夜なんだから好きな人と一緒にいたい』なんて乙女チックな理由を霖之助に打ち明ける勇気など、幽々子にはなかった。

「……とりあえず、降りてくれるかい」
「いーや♪」
「……」

 幽々子は、とても楽しげに笑うと、そのままごろんと霖之助に抱きつくようにして倒れ込む。
 とても恥ずかしかったけれど、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしかったけれど、これだけは伝えておきたかった。小声で言っても、彼には伝わらないだろうから。
 鈍感な彼には、もっとバシッと言ってやらねば、この想いは伝わらないだろうから。実際に、その鈍感さの前に自分の庭師と親友が玉砕したのを幽々子は知っていた。
 ——ライバルは、多いけれど。それでも、絶対に、譲る気はなかった。
 幽々子は倒れ込む勢いのまま、霖之助の耳に口を寄せると、囁いた。

「——いつか必ず、能力なんかに頼らずに、あなたを手に入れて見せるから」
「……」

 返答は、なにか意味のある言葉ではなくて、ただ憂鬱げで困ったようなため息のみ。
 けれど、今はこれで良いのだ。まだまだチャンスはある。幽々子は、そう考えていた。だから、今はとりあえず、このままで。
 幽々子は、霖之助に抱きつくような姿勢のまま、眠った。



 幽々子は、朝日がやってくるすこし前に眠りから覚めると、現状を確認した。
 どうやら、霖之助はさすがにあのまま寝るというのに我慢がならなかったらしく、幽々子を自分の布団にいれて寝かせたようだった。
 その彼といえば、箪笥の前で適当に寝っ転がっているのだから笑ってしまう。
 別に、自分は亡霊だから、そんなことを気にしなくても良かったのに。けれど、たとえ幽々子がそれを霖之助に訴えたところで、『亡霊』の部分を『半妖』に変えただけの同じような言葉が返ってくるのは目に見えていたので、幽々子はありがたくその優しさを受け取ることにした。
 彼の布団に入っている自分の体を、上半身だけ起こして、布団をじっと見つめる。彼の、布団。なんだかそれだけで、どんな暖かい毛布よりも、この布団こそが、世界で一番暖かい寝具なのだと思えた。
 幽々子は名残惜しく思いながらその布団から出ると、霖之助を起こさないように静かに動きながら、霖之助の部屋から出るべく障子を開く。
 その途中、こっそりと霖之助の方を見やる。どうやら、起きてはいないようだった。——起きてないなら、いっか。
 幽々子は、彼が起きていては絶対に言えないであろうセリフを、寝ている彼に投げかける。きっと伝わらないだろうが、それでも良い。うかうかしていると取られてしまうから、あまり悠長にはしていられないのだけれど、それでも、今の幽々子にはこれが精一杯だから。
 彼は眠っているというのに、なんだか無性に恥ずかしくて、言おうか言うまいか迷ったけれど、しかし自分の覚悟と意志の再確認を兼ねて、勇気を出して——。

「霖之助さん、私は本当にあなたのことが——」
ひゃっはー!メリークリスマス!みなさまどのような聖夜をお過ごしでしょうか!私はこんな感じのSS書いてなんやかんや幸せに過ごしてます!
このクリスマスSS思いついたの12/15辺りだったんですけど、あれやこれやと後回しにしているうちに気づけばイヴ…。昨日死ぬ気で書いてなんとか間に合いましたぜ。
次回は紫霖でも書きましょうかねー。もともとこれ紫霖のつもりだったんですけど気づいたら幽々霖に…。ごめんねゆかりん!

さてさて、ではここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました!良い聖夜を!
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コメント



0.720簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
幽々子さま可愛すぎて鼻血出そう
6.100名前が無い程度の能力削除
幽々子様はかわいいなぁ
8.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
12.無評価灰皿削除
>>4.名前が無い程度の能力さま
コメントありがとうございますっ!幻想郷の女の子はみんなかわいい(鼻血の海)

>>6.名前が無い程度の能力さま
コメントありがとうございますぜ!乙女でかわいい幽々子さまも良いと思うんですね私!

>>8.名前が無い程度の能力さま
コメントありがとうございまっす!そういっていただけたならなによりですぜ!