Coolier - 新生・東方創想話

思い出、そして3

2006/12/03 03:34:28
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 あれから半日が経過していた。
 目を覚ました霖之助は魔理沙が完治するまで住み込みで看病するなどという、兄馬鹿っぷりを遺憾なく発揮した言葉を告げると、準備のために一度香霖堂へと帰っていった。

「そんなわけで一人になったわけだが……暇だ」

 眠気など当然のように皆無な魔理沙はそんな風に独り言を呟いてみるが、特に時間が過ぎる訳でもない。

「あー、ひまー」

 とはいえ起きて何かしたとして、霖之助にもしも気付かれようものなら怒られるのは必至である。それに体調を悪化させて再び心配させるのも忍びない。

「むむー」

 仕方が無いのでなんとなく魔理沙はベットの上をごろごろと転がってみる。
 そこへ、

「なにやってるのよあんた」

 呆れ果てたような声が掛けられた。

「んあ? ってアリスじゃないか」

 転がっていてノックの音に気が付かなかったのだろう。部屋の入り口には何時の間にかアリスが佇んでいた。

「返事が無いからまた調子が悪くなったのかと思って入ってみれば……まったく」
「あー、そりゃすまん……いや、暇でしかたなくてな」

 乱れたベッドを整えながら、魔理沙は恥ずかしそうに言い訳をする。アリスは溜め息をひとつ吐くと、そんな彼女の横にあるイスに座った。

「まあいいけどね……それで、調子はどうなの? なんて聞くまでもなく元気そうね」
「何だ、えらく残念そうじゃないか」
「あんたが弱ってる所なんて滅多に見れないもの」
「そうかい、まあおかげさまでこの通り……えほっ」
「ってちょっと、無理するんじゃないわよ」

 起き上がっていた魔理沙の肩を掴み、アリスは強制的に寝かしつける。やはり完治したとまでは行かないらしい

「おいおい、流石にもう寝てられないぜ」
「それでも横になってなさい。無理して悪化するのも馬鹿らしいでしょ」
「ったく、仕方ないな」

 魔理沙としては拒否したい所なのだが、アリスが本気で心配してくれるのに気が付き、文句を言いつつも素直にそのままでいることにする。

「あのねえ、あんたの体の事でしょうが」

 そういえば、と昔は体が弱かったらしい事をアリスは思い出す。

(なんというか……こんな事してれば治りにくかったり悪化したりなんて日常茶飯事だったんじゃないかしら)

 とはいえ忠告して聞くような魔理沙でもない。

(そうなるとなるべく病気にかからないようにすればいいのよね……なるほど。それじゃまあ、悪意のあるものを退ける人形でも作ってみようかしら……いやでもこれは決して魔理沙のためなんてわけじゃなくて、これは今までと違う物を作ろうって試みであって、前から考えてたことを実行するのにたまたま丁度いい相手がいるからって事な訳で…………って何を言い訳しようとしてるのかしら)

「どうかしたか?」
「え、あ、なんでもないわよ」

 じっと固まったまま考え事をしていたアリスを不思議に思ったのか、魔理沙が聞いてくる。

「なんだ、まさかお前も調子が悪いなんて言うつもりじゃないだろうな」
「んなわけないでしょ」
「まあ、その時は私が看病してやるから安心して良いぜ」
「魔理沙が? ……遠慮しとくわ」
「そりゃ残念」
「はいはい……ってそういえば看病で思い出したけど」
「どうかしたか?」

 何かに気が付いたらしいアリスは部屋の中をきょろきょろと見回す。

「あんたの愛しのお兄様はどこに行ったのかしら?」
「ぶっ! おま……げほっげほっ!」

 彼女の思わぬ発言に噴出す魔理沙。弾みが付いてしまったらしく咳き込み始める。

「ってちょっと、そんなに驚かなくても」
「えほっ……ふう……あのなあ、お前がいきなり変なこと言うからだろ」
「あら、変な事なのかしら?」

 視線を泳がせながら恥ずかしそうに言う魔理沙に対して、アリスは随分と楽しそうな顔をしている。

「はいはいはい……ったく、何でそれを?」
「そりゃあ……あれだけ大きな声で口論してれば嫌でも聞こえるわよ」
「……なるほどな、確かにそうだ……はぁ、失敗した」

 片手で顔を覆い、魔理沙は溜め息をつく。彼女の羞恥も当然だろう、あれだけ感情を剥き出しにしたやり取りを聞かれていたのだから。

「その前にもちょっとした昔話を聞いたりしたわよ」
「あー? ……ったく、アイツも余計なことを……」

 どこか得意げに語るアリスとは対照的に、彼女の気分は更に落ち込む。

「ちょっと、そんなに知られたくなかったの?」

 その姿を見て流石に悪い気がしてきたのか、アリスはそんな言葉をぶつける。

「んー、なんと言うか……失望したかな、と」
「……はぁ?」

 返ってきた思わぬ答えに彼女は疑問の声を上げる。

「……」

 無言の魔理沙は手で覆った隙間から、ちらちらとアリスのほうを覗っていた。

「……ふぅ……そりゃ多少は驚いたけど」

 実際は多少どころではなかったのだが、そんなことを表に出したりはしない。

「別に……大した事じゃないんじゃない……それにむしろ親近感が湧いたくらいよ」

 弱気な魔理沙の挙動に反応してしまったのか、アリスはつい本音を漏らしてしまう。

「……そうか?」
「……そうよ」

 その言葉を聞いて魔理沙は嬉しそうな笑みを浮かべるが、頬を染めるアリスと視線が絡むと自身の頬も熱くなってきてしまったようである。やはり恥ずかしことは恥ずかしいらしい。

「……あー」
「……んー」

 予想外に微妙な雰囲気になってしまい、お互いに目をそらしつつの会話になってしまう。

「……まあ、いいじゃない」
「……それもそうか」

 アリスのそんな言葉に知られてしまった事は仕方がないと納得し、魔理沙は気持ちを切り替えた。

(考えてみれば気兼ねなくあいつのことを話せるって事だしな)

 前向きな考えになった魔理沙は、これ幸いとばかりに昔の話を始めた。




(ああもう、いい加減にして欲しいわ)

 身振り手振りを交えながら、喜々として語る魔理沙に相槌を打つアリスはそんな事を考えていた。寝たきりで暇だというのもあっただろうが、それより何より自分の兄の事を語るのが楽しいのだろうが、聞かされるほうの彼女としてはそろそろ勘弁願いたいらしい。

(やれ香霖がどうしたこうしたって言うけど……はぁ)

 内容は違えど魔理沙の会話の主軸は同じである。本人にとっては兄自慢のつもりなのだろうが、正直に言ってしまえば、

「ノロケ……よねえ」
「それでそのときな……って何か言ったか?」
「はぁ……なんでもないわ」
「そうか? って私が一方的に喋ってばっかりだな」
「私は別に構わないんだけど」

 これは建前などではなく本音だった。アリスとしても昔の魔理沙の記憶を共有できるのは悪い気がしないらしい。しかし同じような話ばかりというのも流石に飽きてくる

「んー、そっちは何か面白い話とかないのか?」
「……そうね……それじゃあ話って訳じゃないけど、ちょっと聞いて良い?」

 少し考えたような素振りを見せると、アリスは切り出してきた。

「なんだ?」
「結局、貴方たちが喧嘩した原因ってなんだったの?」

 あまり深く踏み入るのも悪いとは思ったのだが、アリスも気になって仕方がなかったらしく、ついついそんな言葉が口から飛び出した。とはいえ今の魔理沙なら答えてくれるのではないか、という期待が無かったといえば嘘になるだろうが。

「……あー……」
「あ、話したくないんだったら勿論構わないんだけど」
「いや……よし」

 掛け声を一つ。起き上がりアリスへと身体を向ける。

「まあいいさ。今更だし、知らないままってのもなんだろ」
「そう?」
「ああ……でもあれだ、先に言っておくが……笑うなよ」
「前向きに検討しておくわ」

 やれやれと肩をすくめると、魔理沙は昨日のやり取り、そしてきっかけとなった昔の話を始めた。




「なんというか……ねえ」 
「別に、笑いたきゃ笑えよ」

 話を終えた魔理沙は、アリスのそんな言葉にそっぽを向く。

「さっきと言ってる事が逆じゃないの……まあ笑いはしないけどね」

 呆れはしたが笑えるような話でもない。

(あんまり遠慮しすぎる……というよりは臆病なのも考えものって事かしら)

 それに霖之助に諭されたことも関係しているのだろうが、彼女にとってもあまり他人事とは思えなかったらしい。

「あんたも大変ね」
「そりゃどうも」

 そう言った理由からか、アリスは曖昧な言葉しか返す事の出来なかった。

「あれだな、どうも最近は真面目な話ばっかりしてる気がするぜ」
「そうね、私たちと出会ってからとなると初めてなんじゃない?」
「かもしれないな。さて、話も一段落したことだし、一つお茶でも頼もうか」
「何よ唐突に」
「長々と話して喉が渇いたんだよ。こちとら病人なんだしそのくらいして貰ってもバチは当たらないぜ?」
「もう、仕方ないわね」

 ここで断るほどアリスも冷たくはない。それに彼女自身も喉が乾いていたところだ。茶器の場所を魔理沙に教えて貰うと、数分後にはお盆の上にポットを載せて戻ってきた。

「悪いな」
「ほんとにね」

 お互い紅茶のカップを手元に取ると、アリスがふと疑問を口にした。

「そういえば、さっきの話じゃ言ってなかったけど……実家を出てからここに来るまでって何してたのよ」
「ん、そうだな……まあ、簡単に言うと修行だな」
「修行って……何の?」
「あー、強いて言えば……人生ってところだ」

 そう言うと魔理沙は話を再開した。




 一人で生きることを決めたとはいえ、そう簡単にそれが出来るほど里の外は人間に優しくは無かった。
 まず第一に、住む場所が無い。食料は事前に得た知識のおかげでそれほど困ることは無かったが、今まで何不自由なく暮らしていた年頃の少女が、連日に渡り野宿をするというのはかなり過酷である。
 そして第二に……襲ってくる妖怪達への対処法である。これは住居の問題とは違って一刻を争うほどの事態だった。
 年頃の少女がその辺の森を歩いていれば、人を食べる妖怪にとっては格好のご馳走でしかない。いくら知識を頭に詰め込んだとはいえ、まともな攻撃魔法など殆ど覚えていなかった魔理沙にとって、その存在はまさしく脅威であった。

 自分を餌と判断して襲ってくる妖怪から、逃げることしか出来ない毎日が続いた。

 しかし逃げ続けているだけでは埒が開かないと考えた彼女は、どうにかして反撃の手段を得ようと必死になってさらに飛び回った。
 その間には様々な困難があったがそれらを住めて乗り越えて、ようやくまともに自分の身を自分で守りきれるまで成長したのである。

 そして十分な力をつけた頃、自分に襲い掛かって来たことのある妖怪と再会した。
 以前の仕返しとばかりに退治してやろうと攻撃魔法を撃ったのだが、何故か批難の目で見られて魔理沙は焦ってしまった。

 その妖怪の話では、本気で襲い掛かっていた妖怪など殆ど居なかったということだった。それを聞いた魔理沙は羞恥の気持ちで一杯になった。
 いくら自分が幼かったとはいえ、あんな姿を見られていたなど思い出すだけで赤面してしまう。
 まあ常識で考ると妖怪に襲われた時にああいった反応を返すのは当たり前だろう。そして妖怪たちもそんな反応を求めて悪戯しているのだ。

 理解してしまえば気の抜けた話である。結局の所、妖怪にしても色々な価値観を持った者が居るということだろう。
 半分妖怪だと知って畏怖する者も居れば、自分のように気にしない者も居るというのと同じ事なのだ。
 その妖怪と仲良く話しているうちに、襲われる一方だった時に抱いていた恐怖感はなりを潜めてしまっていた。そのため彼女は他の妖怪とも訳隔てなく話し合うことが出来るようになったのである。

 この頃から、魔理沙は人間と妖怪を区別する必要性を感じなくなっていた。
 妖怪は人を襲うものである。しかし襲わない妖怪も居る。
 そして逆に人間を害する人間だっているのだ。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。しかし全てが全てそうではない。
 というよりむしろ現在の幻想郷で、その理に律儀に縛られている者など少ないのではないだろうか。

 妖怪は人間を襲う――悪戯程度の力で。
 人間は妖怪を退治する――追い払う程度の力で。

 殺し殺される必要など無いのだ。
 例外として昔ながらの生活――人間を食べること――をしている者も居るだろうが、それにしたって生きるためなのだし、止める権利は誰にも存在しないだろう。

 人間でも鶏肉が好きな者が居れば兎肉が好きなものも居る。
 それと同じで妖怪にも人肉が好きなものが居るというだけの事なのだ。

 鳥の妖怪だって人間が鶏肉を食べることを良くは思わないだろう。
 兎の妖怪だって人間が兎肉を食べることを良くは思わないだろう。

 結局の所、この世の中は弱肉強食なのである。
 そして人間だけがその中から逃れられる道理は存在しない。

 まあ襲われる側が抵抗するのは当然だし、流石に目の前で襲っているのを見かければ、彼女としてもそれを邪魔するぐらいのことはしてしまうだろうが。

 魔理沙がそこまで深く考えて決めたのかどうかは判らないが、ともかく彼女はそんな考えのもとに行動するようになったのである。




 それから様々な妖怪たちと友好を深めた彼女は、魔法の森の存在を耳にした。
 話によるとそこは殆ど人気が無く、森の中には魔法の材料になる茸等が生えているという事で、基本的に努力を外面に出したくない彼女にとっては絶好の場所だった。
 森に着いた彼女は元々の条件以外にも、どこか自分的に気に入る雰囲気があり、ここに住むことに決めたのである。

 そうして居を構えて暫く経ったある日、周囲の散策に出た彼女は森の外周の部分にある建物を発見した。
 こんな所に住んでいるなんて変わった奴もいるもんだ、と自分のことは棚に上げてそんなことを考えながら、彼女はその家の入り口へと降り立つ。
 中を眺めてみると道具屋か何かのようだった。

 そして、どこか居心地が良さそうな雰囲気に誘われ、中へと足を踏み入れた彼女に――――声が、掛けられた。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


「――――え?」


 懐かしいその声に、勢いよく振り返ると、

「……あ」

 そこには最後に会ったときと変わらない兄の姿があったのだった。




 彼と再会した魔理沙は、驚愕と歓喜を隠しつつ話を始めた。
 久しぶりだな、と挨拶をして、自分が家を出てきたことやそれから今まであったことを身振り手振りまで交えて兄に伝えた。
 もちろんその際に、自分が家を出た本当の目的や、彼に対する想い等を隠すのは忘れなかったのであるが。
 話を聞く彼も驚きを隠せずに居た。それはそうだろう、再会した魔理沙は聞いたこともないような乱暴な口調になっていたし、何より霧雨の実家を飛び出して、今はこの店の隣に広がる魔法の森の中に住んでいるというのだ。
 まあ彼としては驚きよりも心配の方が強かったのだが、話を聞くうちに立派に自立して生活できているらしいことを知り、内心ほっと胸を撫で下ろしたのである。

 そんな再会をしてから暫くの間、魔理沙は彼の店へと毎日のように来訪した。
 そして彼も彼女と話をするそんな時間が楽しみになっていた。

 何時も特にどうということもない話を繰り返していたが、魔理沙はその内に自分が嫌われては居ないと気が付いた。
 ならば昔のように接しても大丈夫かもしれない、と考えた魔理沙は徐々にその距離を縮めていった。
 そして当然のように彼もそれを拒むことは無く、昔のように後ろから抱きついたり膝の上に乗ったりしても何か言うことも無く、優しい瞳で見つめてきたのだ。
 年頃の娘のすることではないだろうが、魔理沙にとって相手は大切な兄であり、特に異性に対するような感情は持ち合わせていなかったのである。
 ……まあ、距離を縮める度が過ぎて、店の物を勝手に持っていくようになったのは彼も少々予想外だったのかもしれないが。


 それから数年が経ち、その間には様々な出会いがあった。
 そして魔理沙は出会った相手に、ほぼ必ず香霖堂の存在を教えるようにしていた。
 一応、建前としては客足が皆無な店を不憫に思って、などと言っていたのだが、本当の所は家族自慢の要素が強かったのだろう。


 ――――そんな紆余曲折を経て、ようやく今に至る。
 



「なるほど……そういうわけね」
「あん?」
「魔理沙って随分と垣根を作らない変わった人間だとは思ってたけど……きちんと理由があったのね」

 アリスとて一人の妖怪である。人間に好ましくない視線を向けられた事が無い訳ではない。だからこそ、そんな目で見ずに一個人として付き合ってくれる魔理沙の性格を不思議に思ったこともあったのだろう。

「まあな」
「実は単に兄の存在だけが原因かと思ってたんだけど、色々と考えてたのね」
「あのなぁ……」
「ふふ、冗談よ」

 魔理沙はぽりぽりと頬を掻く。ことあるごとに霖之助を持ち出されるのもそろそろきついらしい。
 そんな事を話していると、

「おや、お客さんみたいだね」

 霖之助が姿を現した。

「おう、お帰り香霖」
「噂をすれば影ってところかしら」

 彼は一抱えほどの荷物を置くと魔理沙の具合を見るべく頬に手を当てる。

「悪くはなってないようだね」
「あのなぁ、半日かそこらで悪化するか」
「ほんと、心配性ね」

 それぞれ呆れとからかいの混じった声を霖之助に向ける。

「そうは言うがね、心配させるだけの原因は君にあると思うよ?」
「……う」

 つい先ほど布団から起き上がろうとした前科がある彼女としては唸るしかない。

「一本取られたわね」
「……へっ」

 苦し紛れにそっぽを向く魔理沙だったが、誰が見ても不貞腐れた子供にしか見えないだろう事実を、彼女本人は気付いているのだろうか。

「ふふ……さて、保護者も帰って来たみたいだし、私はそろそろ帰るわね」

 邪魔するのもなんだろうと考えたのか、アリスは帰ることに決めたらしい。

「ん、そうか」
「すまないね、代わりに診ててもらったみたいで」
「気にしないでいいわよ、なんとなく様子見に来ただけだから……それじゃ」

 そう言うとアリスは帰路へと着くのだった。




 魔理沙の病気が完治するまでには数日間掛かった。普通ならそんなに早く治るような病気でもないのだが、さすがは永琳の薬と言う所だろうか。
 その間にどこから聞きつけたのか、人間や妖怪が何人も彼女の元を訪れては、勝手に騒いで勝手に帰っていった。
 そして来る客の大半は相手が病人だというのに持ってきた酒を飲ませようとするので、霖之助は毎回それを止めるのに必死になっていた。それに対して客だけではなく魔理沙本人も不満そうな顔をして抗議をしてきたため、彼も途中で折れてしまったようである。まあ酒は百薬の長とも言う事だし、酔わない程度ならいいだろうとの判断だったのだが……彼女達が普通に飲んで酔うはずも無く、霧雨邸はいつものような宴会の場となってしまったのだった。
 普段は宴会に顔を出すことがあまり無いため、物珍しかったのか霖之助に対しても頻繁に酒が勧められ、なし崩し的に静止役が居なくなってしまった。そして結局は朝まで夜通し飲み続ける事になってしまったようである。
 まあ病気になってから暫くの間、まともに酒を飲んでいなかった魔理沙もその宴会のおかげですっきりしたのか、翌日には実に清々しい表情で完治していたのだから何とも言えない。
 ちなみに永琳も一度、その後の経過を見に来たのだが、心配する必要など皆無な様子を見て苦笑していたようである。




 もう大丈夫だろうと判断した霖之助は、久々に自宅へ戻り店を開いていた。
 どうせ客も来ないのだからうちに居ても同じ、などと図星な事を魔理沙に言われたがそれを押し切って帰ってきたのだ。
 そんなわけで看板を上げ、店内の所定位置に腰を落ち着けていたのだが……

「…………」

 当然の如く、客など誰一人として現れない。まあ霖之助自身もそれ自体は予想していた事なので、軽く店内の掃除をしながら魔理沙の誕生日プレゼントの準備をしていた。実の所もう翌日にまで迫っており、余り時間の猶予は無いのだ。

「……よし」

 そうして長々とした吟味を終え、ようやく物を決めた霖之助。
 するとその時、

「ちょっと、店主はいるかしら?」

 入り口の方からそんな声と共にアリスが姿を現した。

「おや、いらっしゃい。珍しいね……なにかお探しの物でも?」

 店内をきょろきょろと見回して、彼女は軽くため息を吐く。

「ええ、ちょっとこれを探してるんだけど……無理そうかしら」

 ポケットから紙を取り出し、霖之助へと手渡してくる。

「ふむ、これは」
「ちょっとした人形の材料よ。特殊なものが多いからあちこち探してるんだけど……見つからないのよね」

 紙片に書かれた材料に目を通す霖之助。

「随分と珍しい物ばかりだね。いつもこんなのを使っているのかい」
「いえ、いつもはもっと手に入りやすい物を使ってるわ……今回は少し変わった事をしようかと思ったのよ」
「なるほど、通りで話に聞く君の人形とは正反対の材料ばかりなわけか」

 アリスが作る人形は、基本的に呪術方面の要素が強いものが多い。しかしこの紙に書かれている材料は、大半が神聖な物だった。

「う、うるさいわね、貴方には関係ないでしょ! ……それで、それに書いてる物はあるのかしら?」

 ふむ、と霖之助は思案げな表情をする。

「あるにはあるね」
「え、本当に?」
「ああ、一応これに書いてあるものは全てこの店で取り扱っているよ」
「それじゃ――」
「しかしだ」
「……む」

 霖之助に言葉を遮られ、彼女は不機嫌な表情を顔に浮かべる。

「残念ながら手放したくない物ばかりなんだ」
「なによそれ、店に置いて有るんなら売り物なんじゃないの?」
「まあそうなんだけどね……だから売るとしたら多少値が張るが」
「仕方ないわね……いくらよ?」

 苦々しげな表情で霖之助を睨むアリス。

「そうだな……これくらいでどうだろう」

 算盤をパチパチ弾いて値段を示す。

「……ちょっと、馬鹿にしてんの? なのこの詐欺みたいな額」

 先ほどよりも強い視線で睨む。

「そう言われてもね、その材料全てを揃えようと思ったらこれくらいするさ」

 当然のように答える彼の態度に、アリスは悩み始める。

(……正直、ここ以外は殆ど回り尽くしたようなものだし、例え他に可能性があったとしても時間も残ってない……かといって諦めるわけには……)

 そんな事を考え唸っている彼女に、霖之助が声をかける。

「ふむ、無理なら他に条件を出してもいいが」
「……なによ、条件って」

 胡散臭げな提案をしてくる彼に不審感を募らせる。

「いやなに、大した事じゃないさ……ただその材料を何に使うのか教えてくれればいいだけさ」
「んなっ!」

 その言葉にあからさまな動揺を見せるアリス。

「どうかしたかい、別に難しい話でもないだろう?」
「む、ぐ」

 複雑な表情になり言葉に詰まる。額に軽く汗まで滲み始めるアリスを尻目に、霖之助は何やら薄っすらと笑みを浮かべていた。
 それに気がついた彼女は、一転して顔を赤く染める。

「…………あんたねえ、全部わかって言ってるんじゃないの?」
「さて、何のことだろうね」

 怒りと羞恥を浮かべ、アリスは言葉を搾り出す。 

「くっ……だから、人形を作ろうとしてるのよ」
「僕が聞きたいのはそれがどういった人形で、何のために作ろうとしてるかと言う事なんだけれどね」 

 見透かすような視線を向けらるアリス。

(む……う……ここで観念するのはもの凄い癪だけど……ああもう!)

「わかったわよ、言えば良いんでしょ! …………プレゼントよ」

 前半の勢いとは対照的に、ぼそりとした小さな声で呟くように彼女は言う。

「ふむ、プレゼントか……誰にだい?」
「このっ! ……ほんとムカつくわねえあんた……はぁ……あーもう、魔理沙の誕生日プレゼントよ。あいつの為に厄除けの人形でも作ってあげようと思ったの……これで良いでしょ」
「なるほど、そうだったのか」
「っ! ……はぁ、なんか怒るのも馬鹿らしいわ……この詐欺師」
「おや、心外な事を言うね」
「うっさいわね、もう良いでしょ。教えたんだからさっさと寄越しなさいよ」
「はは……では、お買い上げ有り難うございます。少々お待ちを」




 商品一式を渡すとアリスは悪態を吐きながら香霖堂を出て行った。

「少しからかいが過ぎたかな」

 魔理沙の事を大事に思ってくれている様子が見て取れた物だから、少々浮かれてしまったらしい。そんな事をされる側の彼女からしてみれば良い迷惑でしかないだろうが、やはり兄としては嬉しかったのだろう。

「さて、と。僕も終わらせないとな」

 アリスがやって来た事で多少時間が掛かってしまったが、気をとりなおして自分のプレゼントの準備を終える霖之助。

「ふむう……」

 一応は終えたのだが、どうにも物足りない。魔理沙の記念すべき日なのだし、普通の物だけでは少々……という気がするらしかった
 そんな風に悩んでいるうちに更に随分と時間が過ぎてしまったらしく、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

「む、拙いな」

 明日の昼には宴会を始めるというのにこのままでは間に合わなくなってしまう。
 ……まあ、誕生日祝いだと言うのに宴会と称するのもなかなか微妙な所かもしれないが、彼女達が集まれば酒盛りが始まるのは必然なので決して間違いではないだろう。
 ともあれ、霖之助は少々焦り始めていた。

「記念日に相応しい品、か。ん、記念日……? ……ああ、そういえば」

 その時、ふと彼の脳裏に昔の記憶が過ぎった。

「確か……そうだ、あの時だ」




 それは魔理沙が霧雨の実家に居た時の話である。

 ある日、霖之助が霧雨家を訪れると、魔理沙が父親と真剣な表情で会話しているのが見て取れた。そして会話を終えた彼女が彼のものとへと歩み寄って来る。
 彼女の話によると霧雨家の仕来たりについての事を聞いたようだった。
 いつかは家を出ないと行けないという事に、悲しそうな表情を浮かべた魔理沙だったが、ふと思案するような顔をすると、何かを思いついたのか一転して明るい笑みを浮かべた。

「どうかしたのかい?」
「うん、良い事を思いついたの」
「良い事?」
「そう、良い事」

 聞いてみると彼女は、家を出るその時の為に記念として何かを埋めようと考えたようだった。
 子供らしい笑みが込み上げてくるような内容だったが、そういった自主性を上から押さえつける気など無い――どころかむしろ喜ばしく思っていた――霖之助は、魔理沙の父に意見を聞きに行った。
 当然と言うか、彼女の父親も霖之助と同様の考えだったらしく、あっさりと快諾してくれたようである。
 そのうえ普通の入れ物では長期間に渡って土の中に埋めては置けないだろうと言う事で、わざわざ魔法の掛かったものまで用意してくれたのだ。

「魔理沙は何を入れるんだい?」
「えへ、ひみつ。兄様は?」
「それじゃあ僕も秘密かな」
「ちぇー、けち」
「僕だけが教えるのは不公平だろう?」
「それもそうだよね。うん、それじゃあ開ける時になってからのお楽しみだね」
「そうだね」
「へへ、楽しみだね」
「ああ、楽しみだ」

 そんな会話をしながら穴を掘り、その中へと大事に大事に埋めたのだった。




「すっかり忘れていたな……ふむ、今から探しに行って間に合うだろうか」

 そろそろ日付も変わろうかと言う時間に差し掛かっている。大体の場所しか覚えていないうえにこの暗さでは見つける事が出来るかどうか。

「いや、間に合わせないとな」

 せっかくこれ以上は無いと思える最良の物を思い出したのだ。これを諦めるわけにはいかない。

「よし」

 そうと決まれば善は急げである。霖之助はいつも売り物を探しに行く時に使う道具一式を手にとり、新円の月が照らす夜の空へと飛び出した。




 埋めた場所は人里から少し離れた森の中だったので、あまり人間の住む場所へ近づく事をしないようにしていた彼にとっても都合が良かった。
 と思っていたのだが、

「……これは……参ったな」

 霖之助が記憶を頼りに埋めた場所へといってみると、そこは一面が田畑へと変わっていた。どうやら彼が暫く来ない間に、この辺りの森は開墾されてしまっていたようだった。
 その光景を目にし、立ち尽くしてしまう霖之助。

「おっと」

 しかし呆けているわけにもいかないので、一応それらしき場所を見てみるもやはり完全に畑である
 人様の畑を無断で掘り返すわけにも行かないし、もしそうするとしてもこの暗さである。いくら今日が満月で明るいとはいえ、穴を掘り返して物を探すなどと言う作業はかなり骨が折れるだろう。霖之助は途方に暮れる。

「畑の持ち主の家に行ってみるか……?」

 そう考えるも、流石にこんな夜も更けた時間に訪問するのも気が引ける。仕方が無いと踵を返す。

「まあ畑仕事をするなら朝早くから起きてくるだろうから……その頃にもう一度、来て見るしかないか」

 たとえ話が聞けたとしても目的の物が見つかるかどうかは判らないが、現在の状況では手の打ち様が無い。
 霖之助は肩を落として来た道を戻ろうとして、

「いや待てよ」

 ふと思い至る。

「こういうときは彼女に聞くのが良いかもしれないな」

 そういうと彼は目的地へ向けて歩き出した。




 暗い森の中を進み、霖之助が到着したのは一件の家だった。

「さて」

 時間が時間なだけに少々気が引けるが、ここで躊躇っていても仕方が無いと考えた彼は、控えめに目の前の扉を叩いた。そうすると中で人が動く気配がする。どうやら家主は起きていたようである。
 気配が扉の前まで来るとがらりとそれが開かれた。

「……こんな夜更けに何の用だ……ってなんだ霖之助か、どうしたんだ」

 出て来たのは奇妙な形状の帽子をかぶった少女……人間の里の守護者、上白沢慧音だった。不審気な声をしていた彼女は彼の姿を認めると、気を抜いたような顔になる。

「すまないな、夜分遅くに女性の家を訪ねるのも良くないとは思ったんだが」
「それは気にしないが……まあいい、入れ」

 挨拶もそこそこに慧音は家の中に戻る。それに続いて霖之助も中へ入っていった。

「ほら、座れ」
「ああ」

 ちゃぶ台の横に座った彼女に促され、彼はその対面の位置に腰を落ち着ける。

「それで、一体何の用だ?」

 特に遠慮するでもなく慧音は切り出してくる。

「こんな時間に私の家を訪ねてくるんなんて……まさか夜這いに来た訳でもあるまい」
「はは、いくらなんでもそれは無いね」

 彼女にしては珍しく口にした冗談を、笑いと共に一蹴され微妙に不機嫌そうな顔になる。

「むう……いくら冗談だからといっても、そこまであっさり返されるとさすがに傷つくな」
「そうかい? それはすまないことをしたかな」

 いつに無く軽口を叩き合う霖之助と慧音。普段の二人を知っているものが見たのならば、少しばかり……いや、かなり驚くだろう。
 なぜ普段接点の見られない彼らがこんなに親しげに会話をしているかというと、理由としては至って簡単。二人は霖之助が里にいたことからの旧知の中なのである。そして更に言えばお互いが半人半妖と言うこともあって、間に壁をほとんど作らないでいられるらしかった。

「それはともかく、だ」
「ああそうだね……今日ここに来たのは君に探し物を頼もうかと思ったんだ」
「探し物?」

 こくりと頷くと、霖之助は先ほどまでの経緯を話しはじめた。




「……ふむ、やはりか。まあ大体予想はついていたが」

 ひとしきり話を聞き終えると、彼女は唐突に立ち上がる。

「……どういうことだ?」
「少し待て」

 頭に疑問符を浮かべる霖之助に一言だけ告げると、奥の部屋へと向かう。

「……なんなんだ一体」

 いまいち状況の掴めない霖之助をよそに、奥の部屋からはごそごそという物音が聞こえてくる。どうやら慧音が押入れの中を探っているらしい。

「……む、これか」

 くぐもった声が霖之助の耳に届くと、慧音が両手の平に乗る程度の大きさの桐の箱を持ってこちらへと戻ってくる。

「ほら、これじゃないのか」
「それはっ」

 驚きを抑えつつ、霖之助はそれを受け取る。

「……間違いない、これだ」
「そうか、それは良かったな」
「一体どこで?」
「ん、いやなに、お前が見てきたあそこの畑を開墾する時、私も手伝ったんだ……耕している時に変なのもが出て来て驚いたさ」

 話によると出てきた当初は畑の持ち主に渡そうとしたらしかった。しかし箱の裏面に霧雨家の印が書かれている事に気がつき、わざわざ頭を下げて譲って貰ったと言う事らしかった。

「ほら、昔お前に話だけは聞いていたじゃないか。だからもしかしたら、と思ってな……記念の品と言うのは、やはり大切な物だろう? その日になる前に私の手から渡されるのも良くないだろうから、いつか掘り返しに来る時のために取って置いたんだ。どうせすぐに私の手元に来ていると知るだろうしな……まあお前が来なかったら私が明日の祝いの席に持っていくつもりだったが」

 まるで当たり前の事のように言う彼女に対し、頭を下げて礼を言う霖之助。

「その心遣いに感謝する」
「よせ、お前にそんな事をされるとむず痒い」
「親しき仲にも礼儀は必要さ。素直に受け取っておいてくれ」
「そうしておくか……ああ、それでその箱のことなんだが」

 気を取り直して慧音は話を切り替える。

「それをそのまま渡すのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「ふむ、プレゼントと言うには何か味気ない気がするな……可愛らしく飾り付けてみるとか手紙でも付けるとかしたらどうだ? 仮にも女の子の誕生日なんだしな」

 そう言うと慧音は側の戸棚から様々な紙の束を取り出す。

「ほら」

 霖之助へと手渡してくる。

「良いのかい?」

 いくら最近では幻想郷にも紙が増えてきたとはいえ、色紙はそこまで安いといえる物ではない。

「気にするな。天狗の新聞を購読したり取材を受けたりしているから偶に貰えるんだ」
「そうなのか……しかし僕も同じような事はしているけど、貰ったことが無いな」
「ためにならないような話ばかり提供しているからじゃないのか? あの新聞のお前の記事を読んでいる限りじゃ、ただの趣味自慢にしか見えないしな」
「趣味というのは往々にして他者には理解され難いものなんだよ」
「お前の場合は特にな。それでどうする?」
「ふむ」

 紙の束を前にして思い悩む霖之助。

「……いや、遠慮しておくよ。やはり自分の言葉で伝えたいし、元より手紙は中に入っている。それに下手に飾り付けるのも何だ」
「なるほどな、その箱はそれだけで充分に思い出が詰まっていると言う事か……まあ、お前がそれで良いと言うならそれが正しいんだろう。でもせめて包むくらいはしないとな」
「まあそのくらいは礼儀だろうね」

 紙を仕舞うついでに、今度は綺麗な布を取り出してきた慧音。こちらも少しばかり値が張りそうな物である。
 霖之助は口を開こうとするが、

「気にするな。私は取って置きの酒でも持って行こうかと思っていたんだが……プレゼントが別にもう一つ増えたとしても構わないだろ」
「そうかい……ありがとう」
「だから一々礼を言うな。むず痒くなる」
「はは、それは悪かったね」

 そんな軽口を言いながら、彼は桐の箱を包み終える。
 その後しばらくの間、軽く雑談などをすると霖之助は席を立った。

「さて、それじゃあ僕はそろそろ」
「ん、そうか……ではまた明日」

 軽く挨拶しあうと、霖之助は箱の包みを大事そうに抱えながら慧音の家を後にするのだった。

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灰次郎
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コメント



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4.無評価名前が無い程度の能力削除
代わった人間←これもおそらく