姫海棠はたてが見た乙女
「解決方法は一つね」
「ふむ。解決方法は一つ。して、その方法とは?」
「告っちゃいなよ」
「ここここここ、告るっ? 何言ってるんですか。この引きこもりで陰気臭い根暗天狗はっ!」
「ちょっと! 言いすぎでしょ!? って、あんた自分でも気づいてないと思うけどそれは恋よ」
「滝を登ると龍に進化するというあれですか?」
「それは鯉」
「では偶然を装ってわざとやるあれですね?」
「それは故意」
「分量を間違えてお酒を割った時に言われる文句のあれですね?」
「それは濃いっ! いい加減認めなさいよ」
「認めるもなにも、誇り高き天狗がたかだか人間相手にそんな事あるのでしょうか?」
「あるからあんたは今私に相談に来てるんでしょうが」
「私がはたてに相談に来ているのは取材相手のことを想像すると胸が苦しくなる。何か呪いでも駆けられたのでしょうかという内容で、恋の事などこれっぽっちも相談していませんよ?」
珍しく文が私の家に遊びに来たと思ったら恋愛相談をされた。当人は気付いていないけど恋愛相談をされた。
何日か前にある人間に取材をしに出かけたそうだ。
口が達者な文を黙らせる程取材相手の人間は勉強熱心、研究熱心で天狗や山の妖怪についての質問をいくつも投げかけられたそうだ。
文は変な対抗意識を燃やして、新聞への熱意やジャーナリズムのあり方を取材相手の人間に語ったそうだ。
気付けば意気投合し、幻想郷においての人間と妖怪の関係や仕事への取り組み方など色んな話をしていたそうだ。
「一旦、話を整理するわよ」
「はい」
「文は人間の里に取材に出かけた」
「はい」
「一人の人間に取材を始めた」
「はい」
「幻想郷や妖怪の事を熱心に勉強しているその人間に心惹かれた」
「その言い方は語弊がありますね」
「じゃあ何て言えば良いのよ?」
「強い興味を持ったとでも言えば良いでしょうか?」
「まー面倒だからそれでいいわ」
「面倒とはなんですか!?」
「あーごめんごめん。とにかくあんたはその人間に強い興味を持った」
「はい」
「その人間と話すのが楽しかった」
「うーん、まぁそうですね」
「取材を終え、家に帰ってからその人間の事が頭から離れなかった」
「はい。毎日のようにその人間との会話を思い出してしまいます。更に思い出すたびに胸が苦しくなります。きっと呪いです」
「だから何で呪いって事になるのよ?あんたが強い興味を持った人間に呪いをかけられていたら嫌でしょ?」
「確かに嫌ですね……」
急に泣きそうな表情になる文を見て慌てて話を変える。
「じゃ、じゃあ、その人間のことを聞かせてよ? どんな顔? かっこいい系? さわやか系?」
「目がくりっとしていてとても可愛らしい顔立ちでした。その反面、知的な話し方や仕草が印象的でした」
「他には? 話をした印象とかさ」
「寝ても覚めても幻想郷や妖怪の事を考えてしまうほど勉強熱心な方で、幼い容姿からは想像できない程の知識を持っていて、少し病弱そうな感じが私の心を鷲掴みでした」
「鷲掴みってあんた、完全に恋に落ちてるじゃない?」
「……」
文は急に黙り込み俯く。
「おーい、文。大丈夫?」
「……ふふふ、まさかとは思っていましたが。幻想郷最速の天狗、妖怪の山屈指の実力を誇る烏天狗、射命丸文が人間に恋をしてしまいました。さあ、人間に恋した哀れな天狗を記事にでもすればいいじゃないですか?」
「ちょっとなに自暴自棄になってるのよ?」
「だってー」
半泣きで私の前に座り込む。
「あんたねぇ、私は友人の恋路を記事になんてしないから、安心しなさいって」
「はたてぇ、私は貴女のような友人を持てて嬉しく思います」
大げさに泣く素振りをして私に抱き着く。
「さぁ、ジャーナリストは真実をありのまま伝えるのが仕事でしょ?その人間に真実を伝えてきなよ」
「えっいや、でも、ほら、いきなり妖怪に告白されたら彼女だってびっくりしちゃうし……」
「……」
ちょっと待て。彼女? 女なのか。文が恋した相手は。
いや、ここでそれを指摘してもまたうだうだ煩いだろうからスルーしよう。
「だ、大丈夫だって」
「本当ですか?」
「うん。さ、行ってきな」
「上手く行ったら、一杯奢ります!それじゃ、射命丸文、突貫します」
びしっと敬礼をすると文は風の如くいなくなった。
「やれやれ」
それから数週間の間、私は文の惚気話を散々聞かされる羽目になった。
爆発しちまえ。とは言え、数少ない友人が幸せそうで良かった。
八雲紫が見た乙女
いつものように昼過ぎに目を覚まし、いつものようにスキマを開け、いつものように幻想郷の様子を見守っていた。
藍に覗きはどうかと思います。と言われることもあるが、幻想郷の為と答え、暇つぶしの幻想郷観察に没頭していた。
スキマを開けた先は博麗神社母屋の縁側。
珍しく客人が来ているようだった。
この後ろ姿は稗田阿求ね。背筋を伸ばし行儀良く正座をしている後姿は滅多に博麗神社では見かけない。
「あら、珍しいわねぇ」
二人は麦茶を飲みながら、話に花を咲かせているようだった。
ふむ、いわゆるガールズトークという奴ね。
私と幽々子が定期的に行っているあれね。
阿求が顔を真っ赤にしながら秘密を打ち明ける。
「あらぁ、阿求も思い切った恋をしたものねぇ」
盗み聞きをするつもりはなかった。
でもまぁ、聞いてしまった以上、貴女の恋路の邪魔をするようなことはしないわ。
頑張りなさい、阿求。
「おっと、これ以上聞くのは野暮ね」
私は気にはなったが阿求の言葉の途中でスキマを閉じた。
阿求といえば、完成した幻想郷縁起を読ませてもらった時に、ある事ない事吹き込んでしまった気がする。
今度会ったら嘘だったと教えてあげないと。変な誤解をされたままになってしまうわね。
そういえば今日は夕方から霊夢とお酒を飲む約束があったわね。
先日はつい飲み過ぎて迷惑かけてしまったので今日はいつもより上等な酒を用意しましょう。
とは言え、霊夢にお酒の味何てわからないだろうけど。
それから約束の時刻になるまで私は幻想郷観察を続けた。
ティータイムの吸血鬼姉妹。
弟子の妖怪達に何やらお説教をしている命蓮寺の住職。
白と黒の服を着せた人形にいやらしい笑顔を浮かべる人形使い。
拘束椅子に座らされた月の兎と不気味な色の液体が入った試験管を小刻みに振る竹林の薬剤師。
喧嘩をしている二柱の神。
主の膝の上でじゃれ合う黒猫と烏。
猿の置物を人間に売り付けようとしている聖人。
……今日も幻想郷は平和ね。
「さて、次は――」
「紫様、そろそろお出かけのお時間ですよ」
もう少し幻想郷の様子を見ていたかったけど、約束の時間を過ぎると霊夢がうるさいから身支度を始めることにした。
「はいはい、今行くわ。お願いしていたお酒は用意してくれた?」
「はい。ご用意できています。ついでに肴も作っておきましたよ」
「嬉しいわねぇ」
「良いですか、紫様。余り飲み過ぎないようにして下さいよ」
「わかってるわよ」
心配そうな藍の視線を無視し博麗神社へ続くスキマを開ける。
突然背後に現れると文句を言われるので今日は玄関にスキマを繋げる。
引き戸を軽く叩き霊夢を呼ぶ。
「ごめんくださいな」
「はーい」
霊夢の間抜けな返事が返ってきた。
「どちら様?」
声と同時に引き戸が開く。
「うわっ! ゆ、紫っ!」
「何よ、そんなに慌てて? 二人酒の約束をしていたでしょ?」
「いや、まさか普通に玄関から入って来るだなんて思ってなかったから」
「だってスキマから突然現れると怒るじゃない」
「ま、まぁ良いわ。上がって」
視線を合わせてくれない霊夢が余所余所しく答える。
何か変な事でもしたかしら?
「なんだか顔が赤いようだけど?」
「いつも通りよっ!」
今度は急に怒り出した。やっぱり何か変ね。
「それなら良いんだけど。熱でもあるんじゃないの?」
霊夢の様子が心配でそっとおでこに手を当てる。
「ひゃっ」
ぶんぶんと手を振り回す霊夢を無視して掌に神経を集中させる。
「うーん。確かに熱はなさそうね……」
「だからいつも通りだって言ってるでしょ!?」
「はいはい、わかったわ。それより今日は上物のお酒を用意したわ」
「上物? お酒の味が分からないだとかいつも私のこと馬鹿にしてるくせに」
拗ねた様子の霊夢に続いて母屋の廊下を歩きながら会話を続ける。
「その通りなんだけど。この前酔い潰れて迷惑かけたお詫びよ。ごめんなさい」
「……別に」
やっぱり様子がおかしいわ。とは言えこれ以上突っつくと何をされるかわからない。そっとしておこう。
酔いが回れば色々と白状してくれるだろうし。
縁側に並ぶように座り二人酒を始める。
「それじゃ乾杯しましょうか?」
「うん」
猪口を合わせそのまま口へ運ぶ。
「……」
「……」
「どうしたの? 今日はやけに静かね?」
「うるさい!」
やっぱり変ね。
暑さでイライラしているのかしら。
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「暑いわね」
「そんなこと私に言わないでよ」
「……」
持って来たお酒が気に入らなかったのかしら?
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「お酒美味しい?」
「いつもと変わんない」
「……」
まさかとは思うけど……
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「そんなに私のこと嫌い?」
「好きに決まってるじゃない」
予想外すぎる答えが返ってきて、耳を疑ってしまった。
「えっ?」
「ち、違う! 好きって変な意味じゃなくて、お姉ちゃんみたいで、一緒にいて楽しいとかそういう意味だからっ! 変な誤解するんじゃないわよ」
真っ赤な顔をして腕をばたばたさせる霊夢はいつもより可愛らしく見えた。
「そう」
「……うん」
霊夢が私の肩に寄りかかり恥ずかしそうに頷いた。
二人酒を終え、家に帰った私は霊夢を思い出し悶え死にそうになった。
あぁ霊夢可愛い。
しかし危なかったわ。もう少し酔っていたら霊夢の前で萌え死ぬか襲い掛かっていたに違いない。
やっぱりお酒は程々にしないと駄目ね。
にやけ顔が収まりそうにないので、私は藍と橙を呼びつけて二次会を始めることにした。
阿礼乙女の相談
人里を抜け、博麗神社へ続く長い階段の前に差し掛かると私は大きく深呼吸をする。
「さぁ、もう少し」
自分に言い聞かせるように呟き、手拭いで汗を拭く。
お年寄りや子供に優しくない角度で造られた長い階段を一歩ずつ踏みしめ先を急ぐ。
「この神社に人間が寄り付かない理由の一つに急すぎる階段のことを幻想郷縁起に追加しないと……」
自分の運動不足を棚に上げ好き勝手に文句を言いながら歩みを進める。
「あーでも、小さい頃はこんなにきつく感じなかったのになぁ」
私の寿命が他の人間より短いからと言って、もう老化が始まった訳じゃない。断じて。
連日、書斎にこもり幻想郷縁起の執筆に明け暮れていたせいで運動不足なのだ。
最後の一段に足をかけ、階段を登り終えた私は両膝に手を突き呼吸を整える。
吹き出る汗は手拭いでは事足りない程だ。
滝のような汗を拭きながら境内を見渡す。
勿論人の姿は無い。勿論だなんて言ったら霊夢さんに怒られてしまうだろうが。
汗が収まるのを待ってから私は参道の石畳を進んだ。
赤い大きな鳥居の前で一揖。手水舎で両手と口を清める。
お賽銭箱の前に立ち、懐から小銭を一枚取り出しそっと落とす。お賽銭を投げ入れる人がいるが、お賽銭は投げてはいけない。
お賽銭箱の中に落ちた小銭が底板に当たり乾いた音を響かせる。
命蓮寺でお賽銭を入れた時はもっと高い音を聞いた気がするが、そのことは霊夢さんには黙っていよう。人間、知らない方が幸せということもあるのだ。
二拝二拍手一拝の最中にそんなことを思いながらも、神様に一つお願いをした。
そもそも博麗神社に祀られている神様がどんな御神徳を持っているかは知らないが、私の読みが正しければ私の願いに一番協力的な神様だろう。
私の願い、それは――
「あれ、阿求じゃない」
「……こんにちわ。霊夢さん」
参拝殿の脇から現れた霊夢さんに突然声をかけられる。
前回の新勢力の対談の時と言い、この人はタイミングが悪い。せっかく誰に読まれるでもない私の秘密の日記に書き溜める用の私の内なる心を解説しているというのに。
「久々の参拝客かと思ったのに。あんたの書いた本ならいらないわよ?」
「残念ながら私は久々の参拝客で、自分の書いた本を押し売りに来た訳じゃないですよ。ちゃんとお賽銭も入れましたし」
「ようこそ博麗神社へ。本日の記念にお守りは如何ですか?運気向上、家内安泰、五穀豊穣、商売繁盛、恋愛成就、無病息災と何にでもご利益のあるお守りです」
変わり身早いなぁ。
「いえ、間に合っています」
「ちっ。やっぱ駄目か」
参拝客相手に舌打ちする巫女がいていいのだろうか?
「そんなに沢山のご利益があると逆に怪しいと疑われますよ。ご利益を一つか二つ位に絞らないと」
「じゃあ、このお守りは運気向上のご利益があるから買いなさい」
「買いなさいって、今度は恐喝ですか……」
「冗談はここまでにして、久しぶりね、阿求が神社に来るだなんて。取材?」
冗談には聞こえなかったのだが……
私の怪しむ視線を無視するかのように、にこっと笑顔を浮かべる霊夢さん。
「いえ、本当に参拝に来ただけです」
「なーんだ。てっきり幻想郷英雄特集の取材かと思ったのに……」
そういうと本当に残念そうな顔をする。変なところで純粋なのは今も昔も変わらないなぁ。
「すいません」
「まぁ、いいわ。せっかくだし上がっていきなさいよ」
「お構いなく。参拝も済んだのでお暇します」
「良いじゃない。久々に来たんだから。母屋の縁側で涼んでいったら?これだけ暑いんだから無理しない方が良いわよ?」
「あまり親切すぎる霊夢さんって裏がありそうで気持ち悪いです」
「あんたねぇ……」
「ふふふ、冗談ですよ。せっかくなので甘えさせて頂きます」
「で、何しに来た訳?」
案内された茶の間で霊夢さんが麦茶を注ぎながら訪ねてくる。
「本当に参拝です」
私がそう答えると急に黙り込む霊夢さん。
「どうしたんですか?」
「いや、最後に参拝客が来てからどれ位たったかなーって。一ヶ月振り位かな」
「そうなんですか?魔理沙さんは頻繁に足を運んでいる印象があるんですけど」
「いや、だから参拝客よ。あいつは酒飲みに来たり、ぐーたらしに来てるだけで参拝なんて一回もしてないわ」
「そうですか……」
何だか私が悪い事を聞いてしまったような空気が流れてしまった。
流れを変えないと。
「ところで霊夢さん、博麗神社に祀られている神様って何の神様だかご存知ですか?」
「そんなこと考えたことも無いからわからないわよ」
そんなことって……
自分の神社に祀っている神様のことを考えた事もない巫女が居ていいのだろうか?
「で、あんたは何の神様だと思うの?」
「さぁ? わからないです」
「何の神様かわからないのに参拝に来る参拝客がいる訳ないでしょ。あんたなりに考えがあって参拝に来た訳でしょ?」
自分のことを棚に上げて何てことを言ってるんだこの巫女は……
とは言え、相変わらず感が鋭いなぁ。霊夢さん相手に隠し事は昔から通用しないから正直に言ってしまおう。
「笑わないで下さいね?」
「笑わないわよ」
「絶対に?」
「絶対に」
「誰にも言わないで下さいよ?」
「誰にも言わないわよ」
「絶対に内緒ですからね?」
「あーもう! 早く言いなさいよ」
一度咳払いをし、麦茶を飲み干すと私は意を決して口を開く。
「縁結びの神様」
「……ぷっ、あはははは」
「ちょっと笑わないって約束したじゃないですかっ!」
「あー、ごめんなさい。だって予想外すぎる答えなんだもん。くっくっ」
「正直に話して損した気分です」
ぷいっと口を尖らせてはみたものの、ここまで笑われると顔から火が出そうだ。
「ごめんごめん、まさかうちの神様が縁結びの神様だなんて、考えたこともないわ」
「そんなんだから参拝客が来ないんですよ」
「約束を破って笑った事は謝るわ。それよりあんたがそう考えた理由を教えて欲しいわね」
呼吸を整えると霊夢さんは真剣な表情を私に向ける。
「霊夢さんは妖怪達と仲が良いじゃないですか。退治した妖怪はことごとく仲良くなり一緒に宴会をしていると聞いています」
「まぁ、あいつらが勝手に騒ぎに来るだけなんだけど……それだけ?」
「いえ、先代の巫女は退治した悪霊と仲良くなったそうです。その悪霊は先代が引退するまで博麗神社に居座ったそうです。つまり、妖怪や悪霊と仲良くなったのは霊夢さんや先代の人柄だけではなく、博麗神社の祭神のご利益のお陰ということです」
「先代ねぇ、小さい頃に一度会ったきりだから何とも言えないけど。って、もしかして」
「何か思い当たる節が?」
「いや、阿求。好きな人でも出来たの?」
自慢げに説明をする私は霊夢さんからの一言で混乱してしまう。
「ななななな、何を言ってるんでしゅかっ」
「動揺しすぎ。しかも、でしゅかって」
「ち、違います。断じて違います!」
「あーそう。じゃあうちの神様に何をお願いしてたのよ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女が悪魔に見えた。
不味い。とても不味い。なんとか誤魔化さないと。
「それは、ほら、あれですよ」
「何よ?」
「ご、五穀豊穣」
私の馬鹿。もう少し適切な答えを考えなさい。と後になって思う。
「縁結びはどこ行ったのよ。良いじゃない、教えなさいよー」
「教えませんっ」
「教えないって事は好きな人がいるってことだ」
「うっ」
「誰よー?霧島くん?吉助くん?金次郎くん?」
人里にいる殿方の名前だ。しかもみんな焼酎の銘柄のような名前の……
しかし、こういう流れになってしまった以上、もう正直に答えるまで解放してくれないだろう。
私は諦めて意中の相手のことを教える事にした。
「……絶対、言っちゃ駄目ですからね。言ったらもう二度と霊夢さんとは口を聞きませんからね」
「良いわ」
「約束ですよ?」
「約束するわ」
「し、射命丸文さん」
「文かぁ」
「笑わないんですか?」
「笑う訳ないでしょ?」
「だって相手は妖怪ですよ?」
「良いじゃない、妖怪だって」
「そもそも女ですよ?」
「幻想郷じゃそんなに珍しくも無いでしょ」
霊夢さんから非難、中傷を受ける覚悟が出来ていたので拍子抜けしてしまう。
やはり、先日妖怪賢者様が仰っていたことが事実だということだったのか。
「さすが霊夢さん。妖怪賢者様と一線を越えた関係」
「越えてないわよ!」
「え、そうなんですか?紫様がそんな事言っていたような?」
「あいつ、今度会ったら夢想封印決定ね。それより文のどこに惚れたの?」
顔を真っ赤にしながら答える様子からは怒ってる感じが伝わって来なかった。ということは黙っていよう。
私も負け劣らない程顔を赤く染め答える。
「何度か私に新聞の取材をしに来てくれた事があるんです」
「うん、それで?」
「文さんの新聞への熱意というのでしょか。いえ、真実への強い興味と言うべきですかね。飽くなき探求心を持つ彼女に心惹かれました。それに彼女ってとっても可愛らしい顔立ちじゃないですか。スタイルも良くて、同じ女性としても憧れてしまいます。すらっと伸びた脚とか自己主張が過ぎない胸だとか本当に理想的ですよね。あと、たまに見せる知的な表情も堪らないです。取材中の腕章で仕事なのかプライベートなのかをはっきりさせるという、公私を別けるスタイルにも憧れてしまいますよね。私なんか年がら年中幻想郷縁起の事しか考えていないっていうのに。」
「……そう」
「他には――」
「あんたが文のこと好きなのは良くわかったからもう良いわ」
「そうですか?まだ好きな理由の半分も説明してないんですが?」
「大丈夫、大丈夫よ。十分伝わったわ」
「そうですか。それは良かったです」
にこりと笑顔を浮かべ、霊夢さんに本題を切り出す。
「私は文さんと恋仲になることができますか? いえ、どうすれば恋仲になれますか?」
「そんなこと聞かれてもねぇ」
片手を机に突きだらしない姿勢になりながらも霊夢さんは何かを考えているようだった。
「じゃあ霊夢さんはどうやって紫様と恋仲になったのですか?」
「なってない!」
「照れないで教えてくださいよ。幻想郷縁起には書かないようにしますから。ね?」
「ね? じゃないわよ。そもそもあいつのことは、だらしないお姉ちゃん位にしか思ってないわ」
「だらしないお姉ちゃんですか」
予想外の答えだった。
「そうよ。勝手に現れて酒盛りを始めて迷惑してるんだから」
「と言いつつ一緒に飲んでるんですよね?」
「そりゃまぁ一緒に飲むわよ。こないだなんて酔い潰れて縁側で猫みたいに丸まって寝てるのよ。起こしたら、もう飲めにゃい。とか言い出すし」
「……紫様って意外と可愛い所があるんですね」
「そうなのよ。ほっとけないって感じかしら?」
徐々に霊夢さんの頬が赤く染まっていく。
あぁやっぱり。
「……やっぱり霊夢さんは紫様の事が好きなんじゃないですか」
「あぁ、もう。それで良いわよ。良い?幻想郷縁起に書くんじゃないわよ」
顔を真っ赤にして私を指差す霊夢さんは少し可愛らしかった。
「書きませんよ」
「絶対によっ?」
「絶対です」
「とりあえず書いたら私と弾幕ごっこ決定だからね」
ただでさえ寿命が短いのだ。命は大切にしないと。
「それで、文さんの事なんですけど……」
私は身を乗り出し霊夢さんに恋愛相談を続けたのだった。
「解決方法は一つね」
「ふむ。解決方法は一つ。して、その方法とは?」
「告っちゃいなよ」
「ここここここ、告るっ? 何言ってるんですか。この引きこもりで陰気臭い根暗天狗はっ!」
「ちょっと! 言いすぎでしょ!? って、あんた自分でも気づいてないと思うけどそれは恋よ」
「滝を登ると龍に進化するというあれですか?」
「それは鯉」
「では偶然を装ってわざとやるあれですね?」
「それは故意」
「分量を間違えてお酒を割った時に言われる文句のあれですね?」
「それは濃いっ! いい加減認めなさいよ」
「認めるもなにも、誇り高き天狗がたかだか人間相手にそんな事あるのでしょうか?」
「あるからあんたは今私に相談に来てるんでしょうが」
「私がはたてに相談に来ているのは取材相手のことを想像すると胸が苦しくなる。何か呪いでも駆けられたのでしょうかという内容で、恋の事などこれっぽっちも相談していませんよ?」
珍しく文が私の家に遊びに来たと思ったら恋愛相談をされた。当人は気付いていないけど恋愛相談をされた。
何日か前にある人間に取材をしに出かけたそうだ。
口が達者な文を黙らせる程取材相手の人間は勉強熱心、研究熱心で天狗や山の妖怪についての質問をいくつも投げかけられたそうだ。
文は変な対抗意識を燃やして、新聞への熱意やジャーナリズムのあり方を取材相手の人間に語ったそうだ。
気付けば意気投合し、幻想郷においての人間と妖怪の関係や仕事への取り組み方など色んな話をしていたそうだ。
「一旦、話を整理するわよ」
「はい」
「文は人間の里に取材に出かけた」
「はい」
「一人の人間に取材を始めた」
「はい」
「幻想郷や妖怪の事を熱心に勉強しているその人間に心惹かれた」
「その言い方は語弊がありますね」
「じゃあ何て言えば良いのよ?」
「強い興味を持ったとでも言えば良いでしょうか?」
「まー面倒だからそれでいいわ」
「面倒とはなんですか!?」
「あーごめんごめん。とにかくあんたはその人間に強い興味を持った」
「はい」
「その人間と話すのが楽しかった」
「うーん、まぁそうですね」
「取材を終え、家に帰ってからその人間の事が頭から離れなかった」
「はい。毎日のようにその人間との会話を思い出してしまいます。更に思い出すたびに胸が苦しくなります。きっと呪いです」
「だから何で呪いって事になるのよ?あんたが強い興味を持った人間に呪いをかけられていたら嫌でしょ?」
「確かに嫌ですね……」
急に泣きそうな表情になる文を見て慌てて話を変える。
「じゃ、じゃあ、その人間のことを聞かせてよ? どんな顔? かっこいい系? さわやか系?」
「目がくりっとしていてとても可愛らしい顔立ちでした。その反面、知的な話し方や仕草が印象的でした」
「他には? 話をした印象とかさ」
「寝ても覚めても幻想郷や妖怪の事を考えてしまうほど勉強熱心な方で、幼い容姿からは想像できない程の知識を持っていて、少し病弱そうな感じが私の心を鷲掴みでした」
「鷲掴みってあんた、完全に恋に落ちてるじゃない?」
「……」
文は急に黙り込み俯く。
「おーい、文。大丈夫?」
「……ふふふ、まさかとは思っていましたが。幻想郷最速の天狗、妖怪の山屈指の実力を誇る烏天狗、射命丸文が人間に恋をしてしまいました。さあ、人間に恋した哀れな天狗を記事にでもすればいいじゃないですか?」
「ちょっとなに自暴自棄になってるのよ?」
「だってー」
半泣きで私の前に座り込む。
「あんたねぇ、私は友人の恋路を記事になんてしないから、安心しなさいって」
「はたてぇ、私は貴女のような友人を持てて嬉しく思います」
大げさに泣く素振りをして私に抱き着く。
「さぁ、ジャーナリストは真実をありのまま伝えるのが仕事でしょ?その人間に真実を伝えてきなよ」
「えっいや、でも、ほら、いきなり妖怪に告白されたら彼女だってびっくりしちゃうし……」
「……」
ちょっと待て。彼女? 女なのか。文が恋した相手は。
いや、ここでそれを指摘してもまたうだうだ煩いだろうからスルーしよう。
「だ、大丈夫だって」
「本当ですか?」
「うん。さ、行ってきな」
「上手く行ったら、一杯奢ります!それじゃ、射命丸文、突貫します」
びしっと敬礼をすると文は風の如くいなくなった。
「やれやれ」
それから数週間の間、私は文の惚気話を散々聞かされる羽目になった。
爆発しちまえ。とは言え、数少ない友人が幸せそうで良かった。
八雲紫が見た乙女
いつものように昼過ぎに目を覚まし、いつものようにスキマを開け、いつものように幻想郷の様子を見守っていた。
藍に覗きはどうかと思います。と言われることもあるが、幻想郷の為と答え、暇つぶしの幻想郷観察に没頭していた。
スキマを開けた先は博麗神社母屋の縁側。
珍しく客人が来ているようだった。
この後ろ姿は稗田阿求ね。背筋を伸ばし行儀良く正座をしている後姿は滅多に博麗神社では見かけない。
「あら、珍しいわねぇ」
二人は麦茶を飲みながら、話に花を咲かせているようだった。
ふむ、いわゆるガールズトークという奴ね。
私と幽々子が定期的に行っているあれね。
阿求が顔を真っ赤にしながら秘密を打ち明ける。
「あらぁ、阿求も思い切った恋をしたものねぇ」
盗み聞きをするつもりはなかった。
でもまぁ、聞いてしまった以上、貴女の恋路の邪魔をするようなことはしないわ。
頑張りなさい、阿求。
「おっと、これ以上聞くのは野暮ね」
私は気にはなったが阿求の言葉の途中でスキマを閉じた。
阿求といえば、完成した幻想郷縁起を読ませてもらった時に、ある事ない事吹き込んでしまった気がする。
今度会ったら嘘だったと教えてあげないと。変な誤解をされたままになってしまうわね。
そういえば今日は夕方から霊夢とお酒を飲む約束があったわね。
先日はつい飲み過ぎて迷惑かけてしまったので今日はいつもより上等な酒を用意しましょう。
とは言え、霊夢にお酒の味何てわからないだろうけど。
それから約束の時刻になるまで私は幻想郷観察を続けた。
ティータイムの吸血鬼姉妹。
弟子の妖怪達に何やらお説教をしている命蓮寺の住職。
白と黒の服を着せた人形にいやらしい笑顔を浮かべる人形使い。
拘束椅子に座らされた月の兎と不気味な色の液体が入った試験管を小刻みに振る竹林の薬剤師。
喧嘩をしている二柱の神。
主の膝の上でじゃれ合う黒猫と烏。
猿の置物を人間に売り付けようとしている聖人。
……今日も幻想郷は平和ね。
「さて、次は――」
「紫様、そろそろお出かけのお時間ですよ」
もう少し幻想郷の様子を見ていたかったけど、約束の時間を過ぎると霊夢がうるさいから身支度を始めることにした。
「はいはい、今行くわ。お願いしていたお酒は用意してくれた?」
「はい。ご用意できています。ついでに肴も作っておきましたよ」
「嬉しいわねぇ」
「良いですか、紫様。余り飲み過ぎないようにして下さいよ」
「わかってるわよ」
心配そうな藍の視線を無視し博麗神社へ続くスキマを開ける。
突然背後に現れると文句を言われるので今日は玄関にスキマを繋げる。
引き戸を軽く叩き霊夢を呼ぶ。
「ごめんくださいな」
「はーい」
霊夢の間抜けな返事が返ってきた。
「どちら様?」
声と同時に引き戸が開く。
「うわっ! ゆ、紫っ!」
「何よ、そんなに慌てて? 二人酒の約束をしていたでしょ?」
「いや、まさか普通に玄関から入って来るだなんて思ってなかったから」
「だってスキマから突然現れると怒るじゃない」
「ま、まぁ良いわ。上がって」
視線を合わせてくれない霊夢が余所余所しく答える。
何か変な事でもしたかしら?
「なんだか顔が赤いようだけど?」
「いつも通りよっ!」
今度は急に怒り出した。やっぱり何か変ね。
「それなら良いんだけど。熱でもあるんじゃないの?」
霊夢の様子が心配でそっとおでこに手を当てる。
「ひゃっ」
ぶんぶんと手を振り回す霊夢を無視して掌に神経を集中させる。
「うーん。確かに熱はなさそうね……」
「だからいつも通りだって言ってるでしょ!?」
「はいはい、わかったわ。それより今日は上物のお酒を用意したわ」
「上物? お酒の味が分からないだとかいつも私のこと馬鹿にしてるくせに」
拗ねた様子の霊夢に続いて母屋の廊下を歩きながら会話を続ける。
「その通りなんだけど。この前酔い潰れて迷惑かけたお詫びよ。ごめんなさい」
「……別に」
やっぱり様子がおかしいわ。とは言えこれ以上突っつくと何をされるかわからない。そっとしておこう。
酔いが回れば色々と白状してくれるだろうし。
縁側に並ぶように座り二人酒を始める。
「それじゃ乾杯しましょうか?」
「うん」
猪口を合わせそのまま口へ運ぶ。
「……」
「……」
「どうしたの? 今日はやけに静かね?」
「うるさい!」
やっぱり変ね。
暑さでイライラしているのかしら。
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「暑いわね」
「そんなこと私に言わないでよ」
「……」
持って来たお酒が気に入らなかったのかしら?
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「お酒美味しい?」
「いつもと変わんない」
「……」
まさかとは思うけど……
「ねぇ霊夢」
「なによ?」
「そんなに私のこと嫌い?」
「好きに決まってるじゃない」
予想外すぎる答えが返ってきて、耳を疑ってしまった。
「えっ?」
「ち、違う! 好きって変な意味じゃなくて、お姉ちゃんみたいで、一緒にいて楽しいとかそういう意味だからっ! 変な誤解するんじゃないわよ」
真っ赤な顔をして腕をばたばたさせる霊夢はいつもより可愛らしく見えた。
「そう」
「……うん」
霊夢が私の肩に寄りかかり恥ずかしそうに頷いた。
二人酒を終え、家に帰った私は霊夢を思い出し悶え死にそうになった。
あぁ霊夢可愛い。
しかし危なかったわ。もう少し酔っていたら霊夢の前で萌え死ぬか襲い掛かっていたに違いない。
やっぱりお酒は程々にしないと駄目ね。
にやけ顔が収まりそうにないので、私は藍と橙を呼びつけて二次会を始めることにした。
阿礼乙女の相談
人里を抜け、博麗神社へ続く長い階段の前に差し掛かると私は大きく深呼吸をする。
「さぁ、もう少し」
自分に言い聞かせるように呟き、手拭いで汗を拭く。
お年寄りや子供に優しくない角度で造られた長い階段を一歩ずつ踏みしめ先を急ぐ。
「この神社に人間が寄り付かない理由の一つに急すぎる階段のことを幻想郷縁起に追加しないと……」
自分の運動不足を棚に上げ好き勝手に文句を言いながら歩みを進める。
「あーでも、小さい頃はこんなにきつく感じなかったのになぁ」
私の寿命が他の人間より短いからと言って、もう老化が始まった訳じゃない。断じて。
連日、書斎にこもり幻想郷縁起の執筆に明け暮れていたせいで運動不足なのだ。
最後の一段に足をかけ、階段を登り終えた私は両膝に手を突き呼吸を整える。
吹き出る汗は手拭いでは事足りない程だ。
滝のような汗を拭きながら境内を見渡す。
勿論人の姿は無い。勿論だなんて言ったら霊夢さんに怒られてしまうだろうが。
汗が収まるのを待ってから私は参道の石畳を進んだ。
赤い大きな鳥居の前で一揖。手水舎で両手と口を清める。
お賽銭箱の前に立ち、懐から小銭を一枚取り出しそっと落とす。お賽銭を投げ入れる人がいるが、お賽銭は投げてはいけない。
お賽銭箱の中に落ちた小銭が底板に当たり乾いた音を響かせる。
命蓮寺でお賽銭を入れた時はもっと高い音を聞いた気がするが、そのことは霊夢さんには黙っていよう。人間、知らない方が幸せということもあるのだ。
二拝二拍手一拝の最中にそんなことを思いながらも、神様に一つお願いをした。
そもそも博麗神社に祀られている神様がどんな御神徳を持っているかは知らないが、私の読みが正しければ私の願いに一番協力的な神様だろう。
私の願い、それは――
「あれ、阿求じゃない」
「……こんにちわ。霊夢さん」
参拝殿の脇から現れた霊夢さんに突然声をかけられる。
前回の新勢力の対談の時と言い、この人はタイミングが悪い。せっかく誰に読まれるでもない私の秘密の日記に書き溜める用の私の内なる心を解説しているというのに。
「久々の参拝客かと思ったのに。あんたの書いた本ならいらないわよ?」
「残念ながら私は久々の参拝客で、自分の書いた本を押し売りに来た訳じゃないですよ。ちゃんとお賽銭も入れましたし」
「ようこそ博麗神社へ。本日の記念にお守りは如何ですか?運気向上、家内安泰、五穀豊穣、商売繁盛、恋愛成就、無病息災と何にでもご利益のあるお守りです」
変わり身早いなぁ。
「いえ、間に合っています」
「ちっ。やっぱ駄目か」
参拝客相手に舌打ちする巫女がいていいのだろうか?
「そんなに沢山のご利益があると逆に怪しいと疑われますよ。ご利益を一つか二つ位に絞らないと」
「じゃあ、このお守りは運気向上のご利益があるから買いなさい」
「買いなさいって、今度は恐喝ですか……」
「冗談はここまでにして、久しぶりね、阿求が神社に来るだなんて。取材?」
冗談には聞こえなかったのだが……
私の怪しむ視線を無視するかのように、にこっと笑顔を浮かべる霊夢さん。
「いえ、本当に参拝に来ただけです」
「なーんだ。てっきり幻想郷英雄特集の取材かと思ったのに……」
そういうと本当に残念そうな顔をする。変なところで純粋なのは今も昔も変わらないなぁ。
「すいません」
「まぁ、いいわ。せっかくだし上がっていきなさいよ」
「お構いなく。参拝も済んだのでお暇します」
「良いじゃない。久々に来たんだから。母屋の縁側で涼んでいったら?これだけ暑いんだから無理しない方が良いわよ?」
「あまり親切すぎる霊夢さんって裏がありそうで気持ち悪いです」
「あんたねぇ……」
「ふふふ、冗談ですよ。せっかくなので甘えさせて頂きます」
「で、何しに来た訳?」
案内された茶の間で霊夢さんが麦茶を注ぎながら訪ねてくる。
「本当に参拝です」
私がそう答えると急に黙り込む霊夢さん。
「どうしたんですか?」
「いや、最後に参拝客が来てからどれ位たったかなーって。一ヶ月振り位かな」
「そうなんですか?魔理沙さんは頻繁に足を運んでいる印象があるんですけど」
「いや、だから参拝客よ。あいつは酒飲みに来たり、ぐーたらしに来てるだけで参拝なんて一回もしてないわ」
「そうですか……」
何だか私が悪い事を聞いてしまったような空気が流れてしまった。
流れを変えないと。
「ところで霊夢さん、博麗神社に祀られている神様って何の神様だかご存知ですか?」
「そんなこと考えたことも無いからわからないわよ」
そんなことって……
自分の神社に祀っている神様のことを考えた事もない巫女が居ていいのだろうか?
「で、あんたは何の神様だと思うの?」
「さぁ? わからないです」
「何の神様かわからないのに参拝に来る参拝客がいる訳ないでしょ。あんたなりに考えがあって参拝に来た訳でしょ?」
自分のことを棚に上げて何てことを言ってるんだこの巫女は……
とは言え、相変わらず感が鋭いなぁ。霊夢さん相手に隠し事は昔から通用しないから正直に言ってしまおう。
「笑わないで下さいね?」
「笑わないわよ」
「絶対に?」
「絶対に」
「誰にも言わないで下さいよ?」
「誰にも言わないわよ」
「絶対に内緒ですからね?」
「あーもう! 早く言いなさいよ」
一度咳払いをし、麦茶を飲み干すと私は意を決して口を開く。
「縁結びの神様」
「……ぷっ、あはははは」
「ちょっと笑わないって約束したじゃないですかっ!」
「あー、ごめんなさい。だって予想外すぎる答えなんだもん。くっくっ」
「正直に話して損した気分です」
ぷいっと口を尖らせてはみたものの、ここまで笑われると顔から火が出そうだ。
「ごめんごめん、まさかうちの神様が縁結びの神様だなんて、考えたこともないわ」
「そんなんだから参拝客が来ないんですよ」
「約束を破って笑った事は謝るわ。それよりあんたがそう考えた理由を教えて欲しいわね」
呼吸を整えると霊夢さんは真剣な表情を私に向ける。
「霊夢さんは妖怪達と仲が良いじゃないですか。退治した妖怪はことごとく仲良くなり一緒に宴会をしていると聞いています」
「まぁ、あいつらが勝手に騒ぎに来るだけなんだけど……それだけ?」
「いえ、先代の巫女は退治した悪霊と仲良くなったそうです。その悪霊は先代が引退するまで博麗神社に居座ったそうです。つまり、妖怪や悪霊と仲良くなったのは霊夢さんや先代の人柄だけではなく、博麗神社の祭神のご利益のお陰ということです」
「先代ねぇ、小さい頃に一度会ったきりだから何とも言えないけど。って、もしかして」
「何か思い当たる節が?」
「いや、阿求。好きな人でも出来たの?」
自慢げに説明をする私は霊夢さんからの一言で混乱してしまう。
「ななななな、何を言ってるんでしゅかっ」
「動揺しすぎ。しかも、でしゅかって」
「ち、違います。断じて違います!」
「あーそう。じゃあうちの神様に何をお願いしてたのよ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女が悪魔に見えた。
不味い。とても不味い。なんとか誤魔化さないと。
「それは、ほら、あれですよ」
「何よ?」
「ご、五穀豊穣」
私の馬鹿。もう少し適切な答えを考えなさい。と後になって思う。
「縁結びはどこ行ったのよ。良いじゃない、教えなさいよー」
「教えませんっ」
「教えないって事は好きな人がいるってことだ」
「うっ」
「誰よー?霧島くん?吉助くん?金次郎くん?」
人里にいる殿方の名前だ。しかもみんな焼酎の銘柄のような名前の……
しかし、こういう流れになってしまった以上、もう正直に答えるまで解放してくれないだろう。
私は諦めて意中の相手のことを教える事にした。
「……絶対、言っちゃ駄目ですからね。言ったらもう二度と霊夢さんとは口を聞きませんからね」
「良いわ」
「約束ですよ?」
「約束するわ」
「し、射命丸文さん」
「文かぁ」
「笑わないんですか?」
「笑う訳ないでしょ?」
「だって相手は妖怪ですよ?」
「良いじゃない、妖怪だって」
「そもそも女ですよ?」
「幻想郷じゃそんなに珍しくも無いでしょ」
霊夢さんから非難、中傷を受ける覚悟が出来ていたので拍子抜けしてしまう。
やはり、先日妖怪賢者様が仰っていたことが事実だということだったのか。
「さすが霊夢さん。妖怪賢者様と一線を越えた関係」
「越えてないわよ!」
「え、そうなんですか?紫様がそんな事言っていたような?」
「あいつ、今度会ったら夢想封印決定ね。それより文のどこに惚れたの?」
顔を真っ赤にしながら答える様子からは怒ってる感じが伝わって来なかった。ということは黙っていよう。
私も負け劣らない程顔を赤く染め答える。
「何度か私に新聞の取材をしに来てくれた事があるんです」
「うん、それで?」
「文さんの新聞への熱意というのでしょか。いえ、真実への強い興味と言うべきですかね。飽くなき探求心を持つ彼女に心惹かれました。それに彼女ってとっても可愛らしい顔立ちじゃないですか。スタイルも良くて、同じ女性としても憧れてしまいます。すらっと伸びた脚とか自己主張が過ぎない胸だとか本当に理想的ですよね。あと、たまに見せる知的な表情も堪らないです。取材中の腕章で仕事なのかプライベートなのかをはっきりさせるという、公私を別けるスタイルにも憧れてしまいますよね。私なんか年がら年中幻想郷縁起の事しか考えていないっていうのに。」
「……そう」
「他には――」
「あんたが文のこと好きなのは良くわかったからもう良いわ」
「そうですか?まだ好きな理由の半分も説明してないんですが?」
「大丈夫、大丈夫よ。十分伝わったわ」
「そうですか。それは良かったです」
にこりと笑顔を浮かべ、霊夢さんに本題を切り出す。
「私は文さんと恋仲になることができますか? いえ、どうすれば恋仲になれますか?」
「そんなこと聞かれてもねぇ」
片手を机に突きだらしない姿勢になりながらも霊夢さんは何かを考えているようだった。
「じゃあ霊夢さんはどうやって紫様と恋仲になったのですか?」
「なってない!」
「照れないで教えてくださいよ。幻想郷縁起には書かないようにしますから。ね?」
「ね? じゃないわよ。そもそもあいつのことは、だらしないお姉ちゃん位にしか思ってないわ」
「だらしないお姉ちゃんですか」
予想外の答えだった。
「そうよ。勝手に現れて酒盛りを始めて迷惑してるんだから」
「と言いつつ一緒に飲んでるんですよね?」
「そりゃまぁ一緒に飲むわよ。こないだなんて酔い潰れて縁側で猫みたいに丸まって寝てるのよ。起こしたら、もう飲めにゃい。とか言い出すし」
「……紫様って意外と可愛い所があるんですね」
「そうなのよ。ほっとけないって感じかしら?」
徐々に霊夢さんの頬が赤く染まっていく。
あぁやっぱり。
「……やっぱり霊夢さんは紫様の事が好きなんじゃないですか」
「あぁ、もう。それで良いわよ。良い?幻想郷縁起に書くんじゃないわよ」
顔を真っ赤にして私を指差す霊夢さんは少し可愛らしかった。
「書きませんよ」
「絶対によっ?」
「絶対です」
「とりあえず書いたら私と弾幕ごっこ決定だからね」
ただでさえ寿命が短いのだ。命は大切にしないと。
「それで、文さんの事なんですけど……」
私は身を乗り出し霊夢さんに恋愛相談を続けたのだった。
大変甘面白かったです。
序盤で「文×オリキャラかよ」とか思ってしまってすみませんでした。
>私と幽々子が定期的に行っているあれね。
ガールズと申したか
最後に文視点がくると期待してたからちょっぴり残念
甘さしかないよwwwwwww
そしてちょっと切ないお話。
というわけで早く続きを書けいや書いてくださいおねがいします
この後どうなるんでしょうねぇ
もう少しだけ続けて頂けると大満足でした。
文と阿求の話はもっと増えて欲しいですね~
続きを書くんだ!