幻想郷にも冬が訪れ、住人達の服装も衣更えを経て様変わりする季節。
そんな冬のある日、紅魔館の門はいつもどおり紅い髪の門番によって守られていた。
しかし門を守ると言っても、こんな寒い中来る客は殆ど居らず、美鈴はただ時間を持て余していた。
「寒くなったなぁ……」
自分の吐く息が白いのを見て改めて冬の訪れを感じる。
そういう美鈴もいつもの服ではなく、長袖の男性用チャイナドレスにズボンだった。
とりあえず半袖よりかは寒くないだろうと考えて着た物だったが、あまり効果は無かったようで美鈴は肩を抱いて身を震わせる。
そんな寒空の下、時々やってくる氷の妖精はどうしているのだろうなどと考えつつ、美鈴は紅魔館の前に広がる湖のほうを見る。
何気なく見たその方向に何やら黒い点が見えた。速い。点は見る見るうちに大きくなっていく。
「あ、来た」
美鈴がその黒い点を見て呟く。紅魔館に向かって飛んでくる黒い奴など十中八九、白黒の魔法使いである。
その白黒の魔法使い、霧雨 魔理沙が箒に乗って東の空から紅魔館へやって来る。
普段ならそのまま紅魔館の領空を侵犯する魔理沙だったが、何故か今日は通過せずに門の前に降り立った。
「よう、中国。今日は寒いな」
「こんにちは、魔理沙さん。寒くなりましたね。それと私の名前は紅 美鈴です」
過去の経験から無駄だと分かっていても自分の名前を訂正する美鈴。それに対して魔理沙はニヒヒと笑う。
「しかし、中国は衣更えしても中国なんだな」
「そりゃあ衣更えしたって私の本質は変わりません。名前は紅 美鈴ですが」
「そんなだから中国と呼ばれるんだぜ」
「あう…………」
眼を細めてうなだれる美鈴。やはり紅 美鈴はどうしようもなく自他共に認めてしまう中国であった。
「あー、パチェから聞いてると思うんだが」
うなだれていた美鈴が顔を上げて、姿勢を正した。
「はい、今日は正式なお客様としてお迎えしなさいと承ってます」
腕を組んでうんうんと一人納得する魔理沙。
「んじゃ、遠慮なく通らせてもらうぜ」
そう言って門を通ろうとする魔理沙を美鈴の腕が遮った。あははーと美鈴が笑う。
「すみません。いらっしゃったら直ぐに呼ぶようにと咲夜さんに言われてますのでしばらくお待ちください」
「何だ面倒だな。それならいつもみたく突っ切れば良かったぜ」
「私はそうなるんじゃないかと思ってたんですけどねー」
そう言いながら美鈴は懐から赤い色の鈴を取り出した。それは主が従者を呼ぶのに使われる鈴と同じものだった。
美鈴はそれを振る。リーンリーンと綺麗な鐘の音が響いた。
「そんなので聞こえるのか?」
「これパチュリー様が作ったマジックアイテムなんです。ここで鳴らすと館に取り付けられた同じ鈴が共振するらしいんですけど」
原理はさっぱり分かりません、と付け加えて美鈴は鈴を鳴らすのをやめる。
「私が言うのも何だが、門番ってのも大変なんだな。こんな寒い中、こんなところに突っ立ってなきゃならんとは」
「まあ、これが仕事ですからね。でも食事も出るし、お給金も貰えるし、結構いい仕事ですよ。侵入者がいなければ尚良いですけど」
「それはきっと無理な願いだぜ」
そう言いながら魔理沙が笑う。この紅魔館の門を破って入ろうとする侵入者はごく稀に現れるが、その殆どがこの霧雨 魔理沙である。
ちなみに見事侵入を果たしているのは魔理沙だけであるが、その点に関しては殆ど通過儀礼のような撃退しかされていない為である。
美鈴は真に招かざる客以外を本気で撃退しない。それでメイド長に叱られる事もしばしばあるが、それでも美鈴は撃退の手を緩めてしまう。
それが故意なのか本能なのかは本人にも分からない事だったが、とりあえずそれでも紅魔館は正常に機能していた。
他愛も無い世間話が二、三繰り返されたところで、美鈴の持つ鈴が独りでになった。
「どうやら入っても良いという事らしいです」
「まったくこんな寒い中で客人を待たせるとは。この館はどうなってるんだか」
「ははは。とりあえず文句は咲夜さんに言ってみてください。一蹴されると思いますが」
「あいつに口で勝てるとは思わないぜ……。まあ良いや。んじゃ仕事頑張れな、美鈴」
そう言って魔理沙は美鈴に背を向け、本邸へと歩き始める。
「うーん、どうせ名前を呼ぶなら最初から呼んでくれれば良いのに」
館の中に魔理沙が姿を消すのを見送ってから、美鈴はそうぼやく。しかしそんな美鈴の表情は笑顔だった。
霧雨 魔理沙が館の中に入って数時間。それ以降、来客もなく紅 美鈴はやはり時間を持て余していた。
手に竹箒を持っているものの、小さく動かすだけでまったく掃けていない。ようするにサボタージュだった。
「暇だなぁ……」
空を見上げる。一面雲で覆われてしまっており、太陽は見えず、その光もあまり入って来ない。
ぼーっと空を見上げていた美鈴だったが、誰かが近づいている来る気配を感じて視線を落とした。
ただ誰かがやって来たのは外からではなく、紅魔館の中からだった。
「あ、咲夜さん」
紅魔館の方から歩いてきたのは咲夜だった。皿と魔法瓶の乗ったトレイを持っている。
「暇そうね、美鈴」
「えーっと、これでも一応仕事してたんですよ?」
頭を掻きながら答える美鈴。そんな美鈴に咲夜が微笑を返す。
「まあ、平和なのは何よりだわ。これ差し入れ」
そういって咲夜がトレイの上に乗った更に被せられた布を取る。布の下から現れたのはホカホカと湯気の立つ包子だった。
その湯気と匂いに眼を輝かせる美鈴。よくよく考えてみれば朝方この門に立ってからの数時間何も口にしていなかった。
「ありがとうございますー!」
箒を置き、包子を手に取る美鈴。だがそれを食べようとしたところで、美鈴はその手を止めた。燦々とした光を放っていた顔が一転して曇る。
そんな美鈴を咲夜は不思議そうに見る。
「どうしたの?」
「えっと、その……ですね……」
包子を持ったまま、困ったような表情をする美鈴。その瞳はチラチラと紅魔館の門の外を見ていた。
それを見て咲夜は少し考え、「あぁ」と納得したような表情をして、笑みをもらした。
「安心なさい。ちゃんと貴女の部下の所にも他のメイドに持って行かせたわ」
それを聞いて美鈴の表情が元に戻る。
「ありがとうございます。これで心置きなくいただけます」
そう言いながら包子を食べる美鈴。その間咲夜は花壇の傍にトレイを置いてカップに紅茶を注いでいた。
「はい、お茶。少し冷めちゃったかもしれないけど」
「どうも。あ、十分温かいです」
紅茶を飲みつつ、包子を頬張る美鈴。その表情はまさに至福と言った感じだった。
「それにしても寒くなったわね」
「ええ、手も悴んじゃって大変です。カップのお陰で少し温まりましたけど」
早々と包子を食べ終えて、カップを両手で持つ美鈴。カップの熱が少しずつ手に移っていく。
それを聞いた咲夜は美鈴の両手を包むようにして手を添えた。美鈴の身体がビクッと振るえ、硬直する。もちろん寒さの為ではない。
「本当に冷たいわね」
「はぅあ!?」
美鈴の手を握って温める咲夜。
当の美鈴は嬉しいような恥ずかしいような困ったような、微妙な表情をしていた。もちろん大半は嬉しさだったが。
あうあう言いながら動けない美鈴。それを笑いを押し堪えながら見る咲夜。
咲夜は「さて」と一言呟いて美鈴の手を離す。そして美鈴の手からカップを取る。そしてカップにもう一杯紅茶を注いだ。
「これ飲んで体温めなさい」
「あ、はい……」
顔を赤くしながらカップを受け取り、紅茶を飲む。それを一気に飲み干してカップを咲夜に返す。
「ご馳走様でした」
「お粗末さま。それじゃ残りの時間も頑張りなさい」
「はい、咲夜さんも」
咲夜は笑みを残して美鈴に瀬を向ける。その後ろ姿を見送りながら、美鈴は身体を動かす。
「よし、頑張ろう!」
そう呟いて美鈴は再び紅魔館の前に立つのだった。
~後日~
東から日が昇ったのを窓から確認して紅 美鈴は椅子から立ち上がる。
美鈴の一日は、基本的に日が昇る前から始まる。
彼女の勤める紅魔館の主レミリア・スカーレッドが吸血鬼であるがためである。
日が沈むと共に行動し、日が昇ると共に眠りに付くのが吸血鬼。そのため美鈴は日中の紅魔館の門番を務めることになる。
と言っても日中の門番だけではない場合も多い。真夜中、主が留守の間の門番を任せられることもある。
しかし、そんな不規則な生活であっても美鈴は自分に割り当てられた時間になれば目を覚ます。
それが主に対する忠誠なのか、生真面目な性格なのかは分からないが。
襟元を正し、帽子を被ると美鈴は自室を出る。扉を開けたところで、扉の横の壁に何かが立てかけられているのに気付いた。
それは無地の紙袋だった。何が入っているのかは外からでは分からないが、何か詰まっている様な大きさだった。
「…………?」
持ち上げてみると、大きさのわりにあまり重くは無い。美鈴は訝しみながらも、その紙袋を開いた。
「わぁ……」
紙袋の中に収められていたのは、紅い毛糸で編まれたマフラーと手袋だった。紙袋からマフラーと手袋を出すと、一枚の紙切れが床に落ちた。
美鈴がそれを拾い上げると、そこには手書きのメッセージが書かれていた。
『いつもご苦労様。風邪ひいて寝込むなんて事のないように』
メモを読んで美鈴はマフラーを胸に抱く。名前は書かれていなかったものの、これを誰が置いていったのかは美鈴には分かる。
紅魔館のメイド長は淡々としているが、気が利いていて、何より優しい。即ち瀟洒な従者なのだ。
心の中で礼を言いつつ、美鈴はマフラーと手袋を装着して門へ向かう。きっと今の彼女は如何なる侵入も許さない鉄壁の門番だろう。
「良し、今日も一日頑張ろう!」
その日の紅魔館の門番はいつにも増して、紅かった。
END
~後日の後日談~
「パチュリー様、この本ありがとうございました」
「ああ、そこに置いておいて良いわ。…………しかしまあ」
「なんですか?」
「『中華料理大全~点心編~』、『編み物の基礎』とは。尽くすわね……」
「従者ですから」
「瀟洒ねぇ……って、別に門番にまでそうすることもないでしょうに」
「そうでしょうか?」
やはり十六夜 咲夜は瀟洒な従者だったそうな。
美鈴&魔理沙&咲夜さんの組み合わせになると大体が
魔理沙が美鈴を撃退→咲夜が美鈴にお仕置き(&数日間ご飯抜き&名前で呼ばない)→美鈴泣く(特に名前で呼ばれない事で)
というパターンが多かったりするんで、こういった暖かい話はホロリと来ます。
特に美鈴に優しくしてくれる咲夜さんは滅多に無いですから、逆に新鮮な感じがしますね。
>創想話に投稿するには少し短いかなとも思ったんですが…
確かに長くは無いという感じはしましたが、良いと思いますよ?
これからも頑張って下さい。
短さは気にならないのですが、個人的にはもう少し山になる部分、盛り上がりになる部分をつけるといいのでは、などと。
>ヴワル魔法図書館には本当にあんな本もあるんだろうか……
『ヴワル魔法図書館』は曲名なので、紅魔館の図書館でOKですよ。ヴワルという名詞は特に意味が無いと神主さんが言ってました。
とりあえず置くとして、外の世界の本も多いようなのできっとあると思いますよ。
咲夜さんも美鈴を怒りナイフを投げる比率が高いので、優しさを持った瀟洒さはレアかと。
次回作も期待しています。
力まず最後まで読めました
いや、普通にいいと思いますよ。特に、咲夜さんがベタベタじゃなくて自然体なのがポイント高いです。
やっぱりこの時期には暖かい話が読みたいもんだね。
こういった雰囲気の作品は好きだ。
ただまあ何故この冬だけ咲夜は美鈴に差し入れや贈り物をしたのか、との疑問は残ったけど。
ありがとうございます。
細かい指摘なのですが、
> 独りでになった。
この部分は「鳴った」を漢字にした方がスムーズに読めていいと思いました。
次回作も楽しみにしています。