Coolier - 新生・東方創想話

破産

2014/05/10 03:33:07
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「これはフラン硬貨って言ってね……もちろん紅魔館の地下に住んでいる吸血鬼とは関係ないよ」
 そう言って森近霖之助は、古びた小袋から硬貨を何枚か取り出して博麗霊夢に見せた。
「フランに見せたら喜びそうね」
「フランは漢字で表記すると『法』、由来はフランス語で自由を意味するfrancという単語から……」
 霖之助はそこまでよどみなく言うと、やや真面目な顔になった。こうなると霊夢は嫌な予感しかしない。なにかを語り出す予兆なのだ。
「仕事柄、どうしても座りっぱなしで腰が痛んでね……」
「ほとんど仕事じゃないじゃない」
「まあ聞いてくれよ。それで最近は動くのも億劫でね、ほとんどうちから出てなかったんだが、そうすると少しずつ少しずつ、心に毒気が溜まって来るんだな。人間っていうのは動き続けていないと生きていけないと悟ったね。
 それで、腰痛と戦いながら、また少しの期待と一緒に、散歩がてら無縁塚でも覗いてみようか――と思ったわけだ」
 外の世界との境界になっている無縁塚には、日々外の世界で忘れ去られた様々な道具やガラクタが落ちている。霖之助にとってそれを漁ることは、娯楽の少ない幻想郷での貴重な道楽の一つだった。
「そして、これを拾った――と」
 霊夢は霖之助に手渡された硬貨を矯めつ眇めつし、結局霖之助に、突き付けるようにそれを返した。霖之助は肩をすくめてそれを小袋に片づける。
「思ってもない幸運だった」
「知らないわよ」
 霊夢はなおほくほくした笑顔を浮かべている霖之助に眉をしかめながら、
「それ、幻想郷で使える訳じゃないんでしょう?」
「まあ、そうだね」
「じゃあガラクタじゃない」
 霊夢は吐き捨てるように言った。
「実際フラン硬貨は、外の世界でいう2002年に使えなくなっちゃったし……まあ確かにガラクタだ」
 霊夢の意見に同調したが、霖之助の瞳の輝きは失われなかった。霊夢はいぶかしく思って霖之助に軽蔑の眼を向けると、目の輝きはそのままに、再び真面目な顔になった。
「なんか、硬貨について語りたいような顔してるわね」
「お金っていうものにはロマンを感じるね。人間が道具に対する価値を、具体的に示して見せた貨幣という観念、そしてその実物には興味を覚えるよ。これは凄い『道具』だ。欲しい『道具』が売られていたら、お金という『道具』と引き換えになんでも手に入れる事ができる――当たり前のことだが、素晴らしいことだと思わないかい?」
「お金は道具、ね――」
 霊夢は呟いた。
「無駄なご教授ありがと。楽しかったわ。じゃあね」
 霖之助と霊夢はテーブルごしに向かい合っていて、霊夢に出された湯呑の中身はもう空っぽだった。
「おや、もう帰るのかい?」
「用事がないもの」
「つま楊枝なら、うちの奥の倉庫にいくらでもある――」
「さよなら」
「ちょっと運だめしでも、してみないか?」
 霊夢は運という言葉に少し惹かれて、足を止めた。
「運だめし?」
「そう、僕とどちらが運がいいか、勝負してみないかい」
 霖之助は硬貨の入った小袋をゆさぶった。ちゃりちゃりと音が鳴る。
「へえ、運で私に勝とうって言うのかしら?」
「そうだ」
「やめておきなさい」
 博麗霊夢は運が強い。そのことは広く知れ渡っていたし、幻想郷で起きた数々の異変を直感と運でこれまで解決してきたという事実がそれをなにより雄弁に語っていた。
「やってみなくちゃ分からないぞ」
「で、なにするのよ」
「ちょっとした、ゲームさ」
「それって運だめしじゃないんじゃないのかしら」
「いや、本当にちょっとしたものだから、実力なんて関係ないよ――。ルールを説明しよう」
 霖之助は小袋の中から適当に十数枚の硬貨を取り出し、テーブルにばらまいた。
「先攻後攻を決めて、テーブルの上にある硬貨を、順番に取っていき、最後の一枚をとった方が負けだ――ただし一度に取れるコインの枚数は、1枚から3枚までとする。たったこれだけのゲームだよ」
「ふうん。――でもやっぱり怪しいわ」
「まあまあ、負けてもなにがあるでもなし、勝ったらもうけもの」
 霖之助の言葉に、霊夢は不快感を覚えた。負ける――? この私が負けるっていうの。しかも、こんなちっぽけな運だめしで。
「しかもお金を使ったゲームだ。勝ったらお金の神様が微笑んでくれるかもしれないよ」
「いいわ。やったげる」
「じゃあ君の先攻でいいよ」
 テーブルの上に置かれた硬貨は19枚だった。
(さっさと終わらせたいわね)
 霊夢は自分の席に近いところの3枚をとった。霖之助はうーむと唸ると、同じく3枚とった。
「そう言えば、霊夢」
 霖之助が話しかける間に霊夢は再び3枚の硬貨をとった。
「その服、もう汚くなっているじゃないか」
「え?」
「ほら、その襟のところ、もう少しで破けてしまうよ」
 霖之助は言った。
「よし、少し早いけど新調してあげよう」
「……」
「もちろん、霊夢が勝ったら、の話だけどね」
 霖之助は自分のテーブルに近い1枚をとった。残りの硬貨は9枚。
(そろそろ慎重にいった方がいいかしら)
 霊夢はそっと1枚だけとった。間髪いれず霖之助が3枚とる。
(大胆ね――)
 霊夢はまたも1枚とる。すると――
「君の負けだよ」
 霖之助が3枚とり、霊夢の目の前にはたった1枚の硬貨。
「イカサマね。それか、必勝法があるのかしら」
「必勝法なんてないよ。だってこれは、ただの運だめしだからね」

 翌朝、霊夢は境内を掃き掃除していた。掃除をしているが、心は上の空だった。運がないということだろうか。いや違う。違うはずだ。
 霊夢は昨日、硬貨取りゲームの再戦を申し込んで盛大に負けた。再再戦、負け。再再再戦、負け。再再再再戦――
 霊夢は箒を放棄して縁側に座り込んだ。真っ青な空を見上げると、確かに首の後ろに違和感があった。なにが原因かは分からないが、確かに襟が痛んでいる。普段は意識しないが、一度意識してしまうともやもやとそのざらついた違和感が頭の片隅に残る。
「イカサマに決まってるんだから」
 霊夢は再び箒を手に取り、床に叩きつけた。束ねられた木の枝から、落ち葉が少し落ちた。もう一度、もう一度。そうして霊夢は箒を床にたたきつけた。空を飛んだ。

「……しゃい」
 霖之助は書物に夢中で、おざなりなあいさつをした。もう来る相手は分かっていたので、目視する必要はなかった。あの負けず嫌いだ。しかし、入口の扉から入る日光を遮っている影は二つあった。霖之助は驚いてそちらを見た。
「ああ、これは……失礼」
 霖之助は急いで本をたたみ、背をびしっとのばして立った。
「いらっしゃい、なにか入り用かな?」
「あなたの運だめしとやら、拝見しに参りましたわ」
 なんて奴だ。ただのちょっとした戯れに、幻想郷の大賢者を呼んでくるとは。
「そうかい。どうぞお掛けに」
 霖之助は席を引いて八雲紫に向け、椅子へ手を差し出した。
「これでイカサマってことがバレるわね」
 霊夢はしたり顔でこちらを睨みつけてきた。
「……」
「じゃあ早速、やるわよ」
 霊夢はいそいそとゲームをするべく、テーブルの下の収納棚に入れておいた小袋をとり出している。
「硬貨の魅力が分かったかい?」
「知らないわよ、そんなの。これはゲームの『道具』よ」
「どうだか」
「早く見せて下さらないかしら?」
 霖之助は紫の奇妙な威圧感に圧倒された。
「ただいま」
 霖之助は紫に会釈した。
「ふうん……なかなかいい目をしているわね」
 紫の声が香林堂に響くと、とてつもない違和感を発しているように霖之助は感じた。やはりこの妖怪は、どうも苦手だ。
 霖之助は硬貨を取り出してテーブルに置いた。23枚の硬貨がテーブルに、整然と横二列に並べられた。霊夢はにやりとした。
「イカサマをしくじってくれないかしら」
「さあ、どうかな」
 霖之助は掌に汗がジワリと浮かぶのを感じた。霊夢はなにも言わずに1枚とっている。こちらも1枚とった。3枚。1枚。2枚。2枚。霖之助の手は震えていた。
「そんなに肩肘はらないでいいわよ。もっと楽にして、店主さん」
「これでも楽にしているつもりなんだがね」
 1枚。3枚。2枚。2枚。そこで霊夢は天井を見上げて思案した。
(私の負けだわ――)
 テーブルには5枚の硬貨が残っていた。しかし、もうどうあがいても無駄なのだ。
 1枚とる。すると3枚とられて負けだ。2枚とると同じく2枚。3枚だと1枚で負け。
「これってもしかして……」
 霖之助はその言葉を聞いて少し動揺した。
「早く取らないか」
「う、うん」
 霊夢は首をかしげながら1枚とった。霖之助が3枚とって、霖之助の勝ち。霖之助は硬貨を片づけながら、気が気でなかった。
(まさか霊夢にも気付かれかけているのか……?)
 幻想郷の大賢者が、にやりと笑って、
「なるほど」
 と呟いた。八雲紫が呼ばれた時点で、ゲームのからくりが見抜かれることは分かっていた。諦めていた。彼女にこんな子供だまし、敵うはずがなかった。しかし、霊夢にも悟られるのは少し癪だった。
「霖之助さん、これって――」
「このゲームに必勝法はないよ」
 霖之助は紫のいる前でそう宣言した。
「僕は嘘は言っていない」
「でも、私いつも5枚になって――」
「このゲームに必勝法はないわよ」
 紫が言った。霊夢は紫を信用している。それはよく分かっている。だから、彼女の言葉には説得力があるはずだ。
 霊夢はなおも首をかしげている。
「試しにやってみようかしら」
 紫はそういうと、
「コイントスで、先攻後攻を決めようかしら?」
「あ、ああ」
「表なら私が先攻ね」
 紫はコインを投げた。表が出た。
「じゃあ私が先攻で――このゲーム、私の勝ちね」
 紫は勝利宣言をした。
(え、先攻なら勝ちって、一体……)
「私がコインを出すわよ」
 紫はテーブルの隅に置かれた小袋から、硬貨を取り出した。その枚数、21枚。
 霖之助は驚いた。なぜ――
 なぜ紫は、僕の味方をしてくれるんだろうか。

 納得のいかない様子で霊夢が出て行った後、香霖堂には霖之助と紫の二人が残った。
「本当に簡単な子供だましね」
「子供をだますことにだって、価値はあるはずだ」
「ふふっ、面白いことを言うわね」
 紫は白い歯を見せて笑った。その様子に、少しだけ心臓がはねた。
「つまりこのフラン硬貨にも、ちゃんと価値があるのね」
「そう、子供の相手をする『道具』としてね」
 紫は霖之助との勝負に負けた。紫が先攻で、21枚の硬貨を取り出した時点で勝負は決まっていた。
「相手の番になるとき、4の倍数+1枚のコインが場にあるようにすればいいのよね?」
「その通りだ」
 そうすると、後は作業的になる。相手が1枚とったら3枚とる。2枚なら2枚。3枚なら1枚だ。すると相手の番には、常に4の倍数+1枚のコインとなる。
「するとほとんどの場合、先攻が有利ね。先に4の倍数+1枚のコインになる状況を作り出せるもの」
「でも」
「初めのコインの枚数が、4の倍数+1枚の時は、話が違ってくる」
 霖之助は感心していた。たった一度ゲームを見ただけで、そこまで推測を立てる事ができる頭脳に敬服の感を抱いた。少し恐ろしくもあるが、しかし頼れる、力強い、幻想郷を守る大妖怪という印象が強くなった。
「このゲームに必勝法はないんだ」
「確かに嘘は言ってなかったわね」
「しかし、どうして僕に味方してくれたんだい?」
「あなたのこと、好きになっちゃったからよ」
 真面目な表情で紫はそう言った。
「冗談を」
「そうね、冗談よ。少しぐらい騙されることを覚える方が、人生は魅力的よ」
 そういうと紫はこちらを見つめてきた。霖之助の胸は高鳴った。
 紫は霖之助に顔を近づける。そして――
 紫は立ちあがって香霖堂を後にした。
「さようなら」
 狭苦しい店内に、紫の明瞭な声が反響した。
 霖之助は騙された気分になった。
「さて、霊夢の服の発注をしておくかな」
お久しぶりです。このゲーム知らない人に仕掛けるとものすごいびっくりされますよね。
5月18日 一部描写を修正
治部
http://twitter.com/sskatoh39
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コメント



0.700簡易評価
1.80リペヤー削除
クールな印象の霊夢が手玉に取られているのはなかなか面白かったです。
コインゲーム自体を知っていたのと、お話の長さ的にちょっと物足りなかったところは有りましたが、この点数で。
2.100名前が無い程度の能力削除
凄い!
3.90名前が無い程度の能力削除
某PTゲームを思い出しました。あれは四人で一人1か2しか選択できないので運ゲーでしたね
4.80奇声を発する程度の能力削除
おお、このゲームはw
面白かったです
5.80名前が無い程度の能力削除
算数の初等教育を受けていないとなかなかこの発想には至らないでしょう。あっさり引っ掛けられる霊夢がなんとも。
7.50名前が無い程度の能力削除
この手の小中学生向きの算数ゲームは、基本的に何も考えず直感で動く霊夢ならともかく、紫だと考える時間なんか必要ないと思う。
8.80絶望を司る程度の能力削除
へぇ、こんなゲームがあるのか。おもしろかったです。
14.90名前が無い程度の能力削除
マリオRPGでこんなゲームあったな
16.90名前が無い程度の能力削除
うわあ懐かしい。タネがわかるとえらく悔しい思いをいたものです。
それにしても、ゆかりんマジ大妖怪。
23.80ふわふわおもち削除
有名なゲームを題材に、でも一発モノではない。ストーリーの練り込み方が巧い。