「たのもう。店主はいるか」
と言って香霖堂に入ると、霧雨魔理沙が店主の席に腰を落ち着け、机に両足を放り出してくつろいでいた。
「香霖ならいないぜ。いや、あいつはわたしたちの心の中で永遠に生き続けるんだ」
なるほど死んだのか。
「謹んでお悔やみを申し上げよう。なむなむーっ。で、お前は何をしているんだ。結婚したのか。未亡人か。その年で後家さんとか、ほんとあらゆる方面からエロいなお前」
「慧音先生はいつもフルスイングで何を言っているのかわからないぜ……」
顔にかぶせたとんがり帽子の下で、魔理沙がぼやく。
わたしは店内をあちこち探しはじめた。主人不在で申し訳ないなとは思ったが、必要なものがあったのだ。いつも店主が無駄な蘊蓄を傾けながらも手早く取り出してくれるものだから、気がつかなかったが、この店はほんとうに物が多い。
これは仕事だぞ、と思い始めていたところ、店主がのっそり出てきた。
「やあ、先生。お代は見てのお帰りだよ。見たまえこれが驚邏大四凶殺で伊達臣人が使っていた自在槍」
「えっうそすごい」
マジすごかった。
「店主、死んだんじゃなかったのか」
「勝手に人を殺さないでくれ。倉庫の片付けをしていただけだよ。他にもいろいろ出てきたけど、見るかい? 歴史を糧とする君には宝石よりも貴重なもののはずだが」
「う……ご相伴にあずかりたいところだが、やめておこう。今日は欲しいものがあってきたんだ。いつもみたいに盛り上がって、忘れてしまってはつまらないからな。白墨を20ケース」
「ふむ。じゃ、ちょっと時間をもらうよ」
あっさり身を翻して、店主は倉庫に戻っていった。多少、服に埃がついている。商売っ気がないといわれる彼だが、なかなかどうして熱心なところもある。
「なんだ、お前ら仲いいな」
帽子を顔から上げ、じろりとこちらを見て魔理沙は言った。なんだ嫉妬か。
「ぬかせ。わたしの方の用事が遅くなっては困ると思っただけだぜ」
「用事?」
「ああ。これを見ろ」
といって、魔理沙はスカートのポケットからミニ八卦炉を取り出した。
「毎度おなじみわたしのBest Friendだ。愛用のスペカから、寒い時の暖、料理に衣類乾燥までなんでもござれの超絶実用・生活密着型決戦兵器。フォルムも美しい。まるでキノコの魂が形になったような」
「で、どうした」
ほっておくといつまでもしゃべり続けるので水をかける。
「ああ。それがな。たとえば、洗濯物をかわかすときに、マスパは撃たないだろう?」
「うむ」
「寒いときに懐に入れて懐炉がわりにしようと思って、いきなりマスパ撃たれたら、おっぱい火傷しちゃうよな」
「おっぱい痛いな。もげるな」
「焼き肉やってて、そろそろお腹も落ち着いてきたな、焼くスピードを抑えようかな、と思ったら、火を弱めるだろう?」
「お父さんが焼けたのから勝手に皿に入れたりな」
「うん。一家団欒でさ、スペカいらないだろ?」
「いらないな」
「でもこいつマスパ撃っちゃう」
「つまり」
腕を組んで重々しくうなずく。
「火力調整が効かなくなった、ということか」
「すごいぜ。最小出力でも軽く家の一軒が吹き飛ぶ。つねづね弾幕はパワーと言い続けているわたしだが、加減が効かなければそりゃ単なる暴力装置なんだなーって反省することしきりで」
「学んだのはいいことだ。得たものを活かして今後精進するといい」
そういえば、と、機会を見つけたので、ちょっと説教してみる。たまには実家に帰ったらどうだ。
数々の異変を解決し、里では英雄の一人に数えられる魔理沙だが、親からすれば年端も行かぬただの娘。人間の寿命は短い。会えるうちに会っておくべきだ、と言うと、面倒くさそうな顔をして帽子を振られた。
「お前はどうなんだぜ」
「わたし?」
「お前にも親はいるだろう。もう死んだのか。紫やら幽香やらはなんとなく自然発生的に出てきたバケモノなんだろって気がするが……お前は半獣なんだろ。どっちかが人間で、どっちかがハクタクの。妖怪の方はまだ生きてるんじゃないのか」
「半獣にもいろいろある」
わたしは満月の夜だけ獣の姿になるから半獣と呼ばれるわけで、妖怪と人間のハーフというわけじゃない。両親とも普通の人間だった。
「妖怪になったのは生まれてしばらく経ってからだ」
「ほうほう」
魔理沙が身を乗り出してきた。あぁ、魔法使いは好奇心が強いものだったな……面倒だなぁ……。
とそのとき、白墨を持って店主が戻ってきた。苦労したが、なんとか話をそらせて八卦炉の調査にもっていった。(店主は「なんで僕がそんな危険物を見なければいけないんだ」と嫌がったが、魔理沙がほうきで尻を叩いて言う事をきかせた)。
察しがついていた通り、原因は変なキノコの使いすぎらしい。故障というよりは、暴走したエネルギーが溜まっているので、自然になくなるのを待つしかないとのこと。
「仕方ない。しばらくはこいつともお別れか……どのくらいでなくなるんだ、それ」
「一週間ほどで落ち着くだろう。それから自然にここにおいていくみたいな話をするな。うちの店に爆発物をおける余裕はない」
「つれないなあ。わたしと香霖の仲じゃないか。今ならけーね先生のおっぱいさわらせてやるぞ」
「あとが怖いな……」
「最低でも千年は歴史の転換点として語り継ぐぞ」
「どんな黒船だ」
明治おっぱい維新。龍馬涙目。
「では、またな。長居をしてしまったが、家で答案の採点をしなければいけないんだ。ざっと目を通したかぎり五人に三人がトヨトミヒデキチと書いてた。自分の教師としての適性に疑問が出てきたところだ。実はへこんでる。そんなわけでお前らの漫才に付き合ってるひまはない。おさらばさらば」
といってさっそうと身を翻し、間口から出て行く。後ろを魔理沙がひょこひょこついてきた。
「お前も帰るのか」
「ああ、うん」
空を飛んだ。寺子屋の方に向かう。魔理沙がまだついてくる。
「どうした」
「けーね先生のお尻はかっこいいな」
「さっきからセクハラチックなのが気にかかるが……お前は巫女かアリスか、紅魔館の魔女か、うわさの妹様か、河童なんてのも……いろいろあってよくわからないが、少なくともわたしではなかったはずだ。安易な全方位型は人気の凋落につながるぞ。おすすめしない」
「うん、例によってフルスイングだな。で、さっきミニ八卦炉を見せたよな」
「ああ。殲滅用の」
「うん。で、言ったよな。最小出力でも」
「家が吹き飛ぶと」
「うん」
「吹き飛んだのか」
「事故」
「で」
「泊めて」
わたしは頭を抱えた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
里のはずれ、人間も妖怪もおよそ通りがからないようなところに、わたしの家はある。ちょっとした丘になっているので、この時間になると、里に灯りがつくのがちらほらとみえてくる。宵闇というのは日が沈んでから月が出るまでの間のこと。夜は暗くて、前が見えなくなってしまう。魔理沙はおおむね黒かったのでさらに見にくかった。
「風呂使うだろ? 水汲みでもするか?」
「意外と働き者だな……」
一人暮らしが長いからな、と、魔理沙。
先だって言ったように、他の奴のところに行ったらどうだ、とかなり根を詰めて話したが、「今日はお前のところがいい」と押し切られた。強引すぎて最後はちょっとカッコイイ、と思ってしまったので、素直に負けをみとめて泊めてやることにした。一晩くらいならまあいいか。
むろん、警戒は欠かさない。妹紅の家と違って我が家には貴重なものが山ほどあるのだ。いわゆるハクタク文書ことわたし編纂の幻想郷の歴史書に、つけかけの寺子屋の答案用紙。季節のお野菜に、保存用の猪肉、料理にこった時期に集めた各種貴重な調味料。酒だって、好きなやつなら涎を流してうらやましがるようなものをいくつかもっている。文化的なものでは、えーりん画伯入魂の油絵。その名も『姫と月のもの』(タイトルのわりにふつうの肖像画だったのでがっかり。が、画伯いわく「行間を楽しむのよウフフ」だとか)。それから香霖堂からついつい購入してしまう、ガラクタ寸前の趣味的アイテムに、それになんといってもわたしの貞操。
「貞操はいらん」
あ、そう?
「そんなことよりさ」
ちゃぶ台をはさんで、魔理沙が身を前に乗り出す。おゆはんに肉じゃが食わせてやったら死ぬほどうまいうまい言っていた。
「昼間ちょっといいかけただろ、お前が妖怪になった話だよ」
……ああ。
「それが目当てだったのか。ご苦労な、というか、おめでたいことだな」
「ケチケチすんな、教えろ。聞いておきたいんだ」
「察しはついているんだろう」
魔理沙は魔法使いだ。魔法使いが問を発するときは、同時にある程度の答えを頭の中に描いている。場合によっては魔法は答え合わせの手段に過ぎない。
「そしてわたしが決して教えないということも」
つとめて冷たく言う。魔理沙はちぇ、とつぶやくと、ごろりとふて寝した。表情を見るかぎりあきらめてはいなさそうだ。
「食ってすぐ寝ると太るぞ」
「食いすぎて腹が重たい。お前の肉じゃがは掛け値なしに絶品だな」
あまりにもうれしくて、正座のままぴょい、とジャンプするとちゃぶ台を飛び越えて魔理沙の隣に着地。
「な、なんだ?」
「そうだろう! うまいだろう! 必死で覚えたんだぞ、もこたんの嫁にしてもらおうと思ってな」
でももこたんマヨネーズかけようとするんだよバカ舌だから、と言い募る。魔理沙は迷惑そうな顔をしながらも聞いてくれた。やべえ惚れそう。モテるのもわかるなあ。
「モテるのもわかるなあ」
「普通だぜ。というか、わたしがモテるのはほかにわけがある。これさえおさえればお前の妹紅ももうカーパカパのヌーレヌレだ」
「ほうほう」
「まずはとりいだしたるこのキノコ」
「あ、もういいです」
なんでだよよく見ろよこの毒々しさと忌まわしさと現世的な鮮やかさを一心に体現した魅惑の原色菌類をよ、と言いながら暴れる魔理沙を取り押さえるのにけっこう時間がかかった。通常モードでは難しかったので、気合を入れたらちょっとツノが出てしまったかもしれない。ふと気づくと、屋外から扉ががしゃがしゃ叩かれているのが聞こえた。
「たのもー。たのもー。開けてくださーい。夜分すいませーん。開けないと斬りますよ」
「妖夢か」
けっこう長い間呼んでいたのかもしれない。扉を開けてやると、妖夢はほっとしたようだった。斬れなくて残念、という感情もちょっと見てとれたが。
「おじゃまします」
「何用だ。エロい用事なら悪いことは言わん、やめといたほうがいいぜ。このけーね先生はお前のレベルでは手に負えない」
「じゃかましい」
魔理沙に頭突きを食らわす。
「で、どうした。エロいことか?」
「エロいことでは一切ないです……」
多少引き気味の妖夢。むう、まだまだちんまいのう。
座布団に正座をする妖夢は背筋もぴしりとしており、ちんまいながらも凛々しさをそなえている。言えば怒るだろうが、可愛い容姿とあいまって、侍のお人形さんのようだ。額をおさえてごろごろ転げまわっている魔理沙とは雲泥の差である。
きっちり取り繕われた口元から少女らしい声が進み出てきた。
「いただきたいものがあるのです」
「ほう。何を」
「清酒『天狗殺し』か、どぶろく『マスク・ド・ハクタク』のいずれかを。この家にあると伺いました」
「ほほう……」
にやり、と目を細める。
「耳がさといな。西行寺の幽霊嬢がご所望か」
「花見の席にどうしても要ると」
「そうか。では、その席にわたしも呼んでくれ。二本ぶら下げて行くとしよう。里の守護者たるわたしが幽界に出向くのは、本来はよくないことだが。なに花見の席だ、閻魔とてむつかしいことは言うまいよ」
「いえ」
妖夢の膝にわずかに力がこもるのが感じられた。
「わたしは、いずれかをもらいうけてくるように、と言付かっています」
「出向くと言っている」
「それではいけません。持ち帰らねば、わたしは主命を果たせない」
「冥界の従者はほんとうに頭が固い……」
幽々子は別にそういう意味でいったんじゃねえからコレ、と説得に説得を重ねても「だめです」の一点張り。主の命に忠実なのは良いことだが、度を過ぎると困った村の村長さんだな。
どうしたものか考えあぐねていると、魔理沙が口を挟んできた。やっとこさ額の痛みがおさまったようだ。
「よし みんなきけ」
「何で日系ブラジル人みたいなしゃべりなんだお前は。あと何で寝っ転がってわたしの膝に頭をのせているんだ。こらなでるな」
「落ち着け。頭の固さじゃ妖夢も先生も同類だ。幽々子のオーダーはなんだったか、もう一度確認してみろ」
頭にはてなをうかべながら、妖夢が繰り返す。
「清酒『天狗殺し』か、どぶろく『マスク・ド・ハクタク』のいずれかを持ち帰るようにと」
「そうだ。いずれかだ。つまりな」
と、ばねのように立ち上がり、すたこら酒の置き場所に向かうと、正確にその二本を持って帰ってきた。
「どっちか一本はいま飲んじまおうぜ! いえーい!」
「何がいえーいだ! 離さないと斬りますよ」
呆れたような表情をしながら、刀に手をかける妖夢。いつものことながら切った張ったになるととたんに、目が据わるのが怖い。
怖いので魔理沙の味方をすることにした。
「ええっ、そんなぁ~」
「こっちもただじゃあ渡したくないからな。妖夢が今晩いいところを見せてくれたら、ご褒美に一本くれてやろう」
「湯のみ三つ持ってきたぜ。つまみは適当に作っていいか?」
「お前はほんと人生楽しそうだな……」
おう、と笑いながらこたえる魔理沙。黒白の服に金髪がぱたぱたひらめくのを見ると、こちらも元気になるようだった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「だからねー、幽々子様はほんっとうにわがままなんですよー」
「おう」
「そのうえ大喰らいで、お弁当なんか作ったはしからなくなっちゃうし。昼食用なんですよ。台所で作って詰めた瞬間に食べてちゃ、意味が無いじゃないですか。それでにっこり笑うんです。『妖夢のお料理はほんとうにおいしいわね』って」
「おう」
「超可愛いんです。千年も生きてるなんて思えないくらい。胸がどきどきして涙目になっちゃうくらい可愛いです」
「おう。いや死んでるだろ」
「あんな可愛い人、この世にいていいんでしょうか? 毎日見てても見る度にはっとするんです。声もきれいです」
「おう。あの世に行ってるだろ」
「スタイルも抜群で、着物の上からでも目立っちゃいますよね。お肌もつるつるで、一緒にお風呂に入ったりすると、わたしおっぱい小さいから恥ずかしくなっちゃって」
「詳しく聞かせろ」
酒をぐびぐび飲みながら魔理沙が相手をしていた。他人の惚気話に付き合えるのも、心の余裕ってやつだよなあ。
わたしは妹紅のことを考えながらゆっくり湯のみを傾けた。けっきょく、『天狗殺し』は妖怪の山でも手に入るかもしれない、ということで、よりレア度の高い『マスク・ド・ハクタク』を妖夢は持ち帰ることになった。なので飲んでるのは清酒のほうなのだが、名から察するべし、はんぱなく美味いかわりにはんぱなく強い。魔理沙と妖夢はすでにへべれけだ。わたしは大人の女なのでそれを見て楽しむ。
「ごめんねーすなーおじゃなくって♪」
妖夢が歌いはじめた。魔理沙が帽子の中からマイクとアンプを取り出して渡している。人里離れてて良かった。手に負えないなあ。
「たしかこのへんにけーね先生のエロ本が」
「あさるなあ!」
驚きのあまり変身するのも忘れて魔理沙にアックスボンバーをかましてしまう。なんで正確に位置を知ってるんだ。
「思春期の少女のエロ本発見能力を甘く見るなよ」
「そうです、あまくみないでください」
「薄い胸をはるな。いじましい」
両者の目に殺気が宿った。何だ、うらやましいのか。ほれ、ほうれ。
「妖夢!」
「ええ、魔理沙!」
人を超え獣を超えいでよ神の戦士ー、と叫びながら二人が襲いかかってきた。ブッチギレてるのが怖いがしょせんへべれけーズ、適当にあしらう。そのうちほんとうに酔いが回ったのか、妖夢はおねむになってしまった。
「むにゃむにゃ」
「なんだ、だらしないな。慧音、布団出してやっていいか?」
「ああ、そっちの押し入れだ」
かいがいしく世話をやく魔理沙。こいつ、モテそうだなあ。
「と、その前に」
布団をしいて、妖夢を連れて行こうとしたところで、魔理沙が真面目な顔になって妖夢に向き合った。
「妖夢。お前のことを教えてくれ」
「むにゃ?」
きょとん、とする妖夢。上気した顔にうるんだ瞳が色っぽい。
すぐそばには布団。
「おい、人ん家でなにする気だ、おい!」
「すぐ済むから黙ってろ。大事なことなんだ、わたしにとっては」
こちらも顔を赤くしながら、真剣味を増していく。せ、先生ちょっと夜風に当たってこようかなあ、と思いはじめたところで
「妖夢。お前の種族のことを教えてくれ」
と魔理沙が言葉をつないだ。
「お前は人間と幽霊のハーフだろ。ちょっと体温も低いよな。どれどれ、うん、低いな。ちょっと汗かいてるな。あとで一緒に風呂入ろうか。それでな、どうなんだ、お前は生まれつきそうなんだろ。半人半霊の一族なのか、それとも、両親のどちらかが人間で、どちらかが幽霊だったのか。その組み合わせで、子を宿すことができるのか」
妖夢はむにゃむにゃ言いながら目を閉じてしまった。けれど聞いてはいるようだった。
「祖父はわたしと同じ半人半霊でした」
「ああ」
「両親のことは、憶えていないのです」
そうか、と魔理沙が言った。
「幼いうちに死んだのか、出て行ってしまったのか……何もわかりません。祖父は教えてくれませんでした。いいえ、わたしのほうが訊かなかったのです。祖父と幽々子様がいればほかに要るものなんてなかったし、剣術の修行で忙しかったし、なにより両親なんて存在があることを、かなり大きくなるまで知らなかったのです。
教えてくれたのは遊びに来ていた紫様でした。いえ、藍さんだったかもしれません。どっちでもいいですね。それでそういうものがあることは知ったんですけど、とくに訊く気にもなれませんでした。祖父は怖かったので、訊いたら怒られるかもしれない、と思ったし。
祖父の修行方針は、とにかく言葉では教えない。見て覚えろ、斬ればわかる、と言うんです。
だから両親のことについても、技を一つ一つものにしていくように、そのうちわかる、と思っていました。
そして」
と、妖夢は目を開け、魔理沙を見つめて笑顔をつくった。
「いまもって何一つわからないです」
「なんだそりゃ」
つまらなそうに魔理沙が言う。
「いつわかるんだよ、それ」
「さあ、わたしが祖父より強くなったときか、それとも……。最近ではさすがに、斬ればわかるーっ、では世の中押し通せないなーと思ってきたから、普通に思い出すようにも努力してるんですけど」
えっそうなの。
「馬鹿らしい。意味が無いとは言わんが、合理的・効率的な方法があるならそっちが経済だ。ストレスに浸ってもいいことないぜ」
と言って、ぐるりと首を曲げてこちらを見る。
「慧音ならお前の両親についてもよく知ってるだろう」
「ええ……」
言葉に詰まってしまった。
なんと返事しようか、と考えていると、
「とんでもない!」
と妖夢が声を上げた。
「そんなの、ずるですよ!」
「ずるか。ずるじゃないぞ。悪いことなんかひとつもない。創意工夫って奴だ。適材適所ともいう」
「なんと言われても、だめです! 自分で思い出すのがいいんです」
「ロマンチックな奴だな。つまらん」
「魔理沙は両親がちゃんといるから」
「何だと」
「魔理沙は里に行けばちゃんと両親がいるんだから、甘えてくればいいじゃないですか。人の両親まで取らないでください!」
「おい勘違いするなよ。わたしは自分のためにお前の種族の情報が欲しかったんであって、父ちゃん母ちゃんがどうしたなんて話をするつもりはないんだぜ」
「だーめ! 魔理沙にも、慧音にも、あげないんだから!」
というと、妖夢は寝床に入り、布団をひっかぶってしまった。すぐに寝息が聞こえてきた。
「これだぜ」
魔理沙がぼやく。手の届くところにあれば、とんがり帽子を顔にかぶせていただろう。
* * * * * * * * * * * * * * * *
二日酔いでふらふらになりながらも、妖夢は次の日の早朝に帰っていった。外泊してしまったことや、昨夜の発言についてよりも、「幽々子様は餓死していないだろうか」と気にかけていた。幽々子嬢はあれで考えのあるお人だから大丈夫だろう、とわたしはこたえておいた。昨日のことだって、どっちかの酒のいずれか、なんて条件をつけてくるあたり、どうにかして妖夢をいじって遊びたいんだろう、と察していた。
「では失礼します。お花見の席ではよろしく」
じゃあな、と手を振ると青い顔をして飛んでいった。
「最悪の気分だぜ」
つらそうな顔で魔理沙が出てきた。
「だから、あの酒は強いといったろう」
「言われたな。だから何だってんだ」
水をもらうぜ、と言って井戸の方へ向かう。その背中に声をかけた。
「魔理沙」
「何だ。朝飯は味噌汁一択だ」
「具は豆腐とわかめがある。それでな。わたしの両親のことだが。
わたしは昔は人間だったから、普通に両親に育てられたんだ。大好きだったし、感謝してる。
でも妖怪になってしばらくすると、記憶が薄れていっているのに気づいた。
しばらくといってもそうとうの間だ。里の赤子が長老になるのを、何度もみるくらいの間のことだ。
それでな、何度か、まずいな、とはっとするのを繰り返しているうちに、いつしかほんとうに忘れてしまったよ。思い出せなくなってた。
で、いろいろ考えたんだが。百年くらい葛藤したと思うが、とどのつまり、わたしはワーハクタクだから」
「歴史を統べる能力で、自分の両親のことを閲覧したってのか」
「ああ」
そうか、とだけ魔理沙は言った。魔理沙の問いの答えにはきっとなっていないんだろう。彼女は考えているのだ。人とそうでないものとの関わりについて。やりたい研究が山ほどあることと、自分が年をとることについて。いつかそのうち、魔理沙は決断するだろう。わたしにとってはそう長くはない時間の先に。
魔法使いだからな、とわたしは思う。けれど。
「魔法使いとはいえ、お前ははまだエロ本好きな思春期の少女だ。今のうちは両親に会ったりしたほうがいいと思う。
な、わたしがみるところ、お前はどんどん、どんどんまっすぐに、どこまでも進むよ。どこまでも。そのうちエロ本も卒業するだろう。誰も追いつけないくらいエロくなる」
「例によって話がフルスイングで飛ぶのとものすごく生きてるわりにはぜんぜんエロ本卒業できてないお前に言われても、と思うが……」
とんがり帽子のつばをあげると、照っていた太陽が魔理沙の顔に当たった。にやり、と笑う。
「どんどんまっすぐっていうのはいいな。わたしのLastWordを知ってるだろ。彗星『ブレイジングスター』。マスパの出力を推進力に変えて、ほうきで突撃するんだ。すごいスピードが出るんだぜ。あの一瞬だけは、天狗にも負けない。それでどこまでも遠くまで行ける。どこまでもだ。こうやってだな」
と言って、魔理沙はほうきにまたがり、ミニ八卦炉をお尻のところにかまえようとした。
かちり。
スイッチが入った。
「あ」
キュイキュキュイキュイン……と、ミニ八卦炉が異音を発しはじめた。
一週間分の暴走魔力をたくわえたミニ八卦炉が。
「止めろー!」
「先生、ごめん。アタシわからない……」
「キャラ変えんな!」
飛びかかって何とかしようとした刹那、発射口からエネルギーの奔流がほとばしり、直線上にあるもの全てをなぎ倒し飲み込んでいった。
具体的にはわたしと、わたしの家だった。
「おーい、先生、大丈夫かー」
「……」
ぱくぱく。
「せめて発射口を空に向ければ良かったな」
「…………」
ぱくぱくぱく。
* * * * * * * * * * * * * * * *
その後、家をなくしたわたしはもこたんハウスに転がり込んだが、妹紅が長く家を空けるときや、寺子屋が休みの時なんかは、ときどき冥界の白玉楼にも逗留するようになった。
幽々子嬢は妖夢が言っていたとおりすごく可愛いし、大食いだ。妖夢もちんまくてお侍さんのようで可愛い。
基本的にふたりきりなので、行くとけっこうよろこんでくれる。
風呂で幽々子嬢とおっぱい対決なんかしてると妖夢が自殺しそうな顔つきになるが、それ以外はいたって平和だ。
魔理沙はけっきょく家が新しく建つまで(萃香と勇儀に頼んだ。わたしの家もだ)いろんな友人の家をてんてんとし、悲喜こもごも、多くのStoryを生み出した。
具体的に事例をひとつあげれば藁人形の需要が例年の4倍に増えた。
一度だけ、里にある霧雨道具店の近くで魔理沙を見かけた、と聞いたが、詳しくはわからない。
もし、もしもずっと先に……ずっと先に、そのことについて魔理沙がたずねてきたら、その時には歴史の能力を使ってやろうと思う。
(おしまい)
次回も期待してます
何故か分らないが、このケーネ先生は大好きだ。
大笑いはなかったけど、要所要所でくすりとさせられるネタ、エロがあり、三人のやりとりもよかったので飽きることなく最後まで楽しんで読めました。
とまあ大笑いなかったとか書いたけど、なんかじわじわくるw
しかし何かが間違ってるような気がするしこれで合ってるような気もする。
頭空っぽにして楽しめました。「面白え!」て言うよりとにかく読んでて楽しいwwww
脳細胞がいくつか壊れてるけーねせんせーが素敵杉
地の文も過不足無く滑らかでとても読みやすかったです。
次回作も楽しみにしています。
>「おっぱい痛いな。もげるな」
とか
>「でもこいつマスパ撃っちゃう」
とか、テンポのよさが妙にツボ。
八卦炉の暴走で魔理沙の家や慧音の家が吹き飛んだり、酒の席での会話なども面白かったです。
>教師としての適正
→『適性』
この二人の掛け合いって何だか珍しくて、自分のなかで新たな扉がこじ開けられてゆくのを感じましたww
けーねがいい感じにこわれてるとこが好きだ
メタの使い方が実に好み。
会話の内容や諸々も面白かった
テンポよく楽しく読めました
鼻の下が伸びたり我に帰ってしみじみしたり。
とても、よかったです。
もっとやれ。いやお願いします
先生と魔理沙のボケツッコミがころころ変わるのも好き。
爆笑しましたwww
>里にある霧雨魔法店
→求聞史紀によると霧雨魔法店は魔法の森にあり、里にあるのは大手道具屋らしいです
こうゆうの嫌いじゃないよ
ほんとにマジすげえw いったいどこでこんなものを手に入れられるんだ。
あと魔理沙がやけに半人にこだわってるのは、もしかして。
変態にシュールにシリアスに、いろいろ混ざってるのにケンカしてないのが、すごい。
ごめん、上手くはいえないが色々と、すごい。参りました。
内容が分かりやすかったらもっと良かったかも
キャラがよかったです。
個人的に妖夢がなんかすごい可愛くてツボでした。
会話のリズムが非常に楽しかった
ミス報告
>お前ははまだエロ本好きな思春期の少女だ。
お前はまだ、ですね
なんだもう終わったのかっていうくらいの体感。
楽しませていただきました。
そんな葛藤を抱きつつも、なんだか安心する話でした。まるで屋台SSのような雰囲気に満足です。
うーん、すごいな
いいなあこういうの。
いつの間にか読み終わっていました。面白かったです。