とにかく暑い。
もう夏の盛りは過ぎたとはいえ、暑いモンは暑い。
しかも門番と言う立場上、影に入ったままで居る訳にはいかない。
「あっついなぁ…」
今日何度目ともつかない愚痴を吐き出す。
「美鈴~?」
後ろから声を掛けられる、咲夜さんだ。
「あ、おはようございます」
ウチの主は吸血鬼、しかも我侭ときています。
それに同居人は昼夜の感覚が薄い魔法使い。
故に従者は朝でも夜でも「おはようございます」で通している。
どっかの業界人のようだ。
「そろそろ疲れたでしょ?はい水」
そう言って咲夜さんは私に竹の水筒を投げる。
あ、よく冷えてる。
何か嬉しい。
「今の時間ここに来たってことはそろそろ上がりですか?」
「ん、そうよ、今日は妹様も大人しかったからいつもより多めに眠れそう」
お嬢様達がお休みになられてから、咲夜さんは残った家事をささっと終わらせる。
それからお嬢様らが起きる少し前まで寝るのだ。
何だかんだいっても彼女は人間、休むトコはきっちり休んどかないと。
「でね、ちょっとアレ頼めないかしら?」
「はいはい、おーいそこの妖精?ちょっと門お願い~」
私は門を預けて、咲夜さんと屋敷の中へと向かった。
今の咲夜さんの状態を何かに例えるとすれば、まさにまな板の上の鯉。
その美しい肢体に、私はゆっくりと手を伸ばした。
「…んっ!ハァ…!」
咲夜さんの身体が一瞬びくっと跳ねる。
「め、美鈴…痛い……」
悩ましい声を上げる咲夜さん。
私はそれを遮るように声をかける。
「我慢我慢ですよ…」
「ちょ…そこは……ひぅっ!」
触れられたいのか触れられたくないのか、とても微妙な反応。
しかし、そんなものは無視して作業を続ける。
「あ~あ…こんなに固くなっちゃって…」
服の上からでもしこりがあるのが分かる。
相当溜っているのだろう。
久しぶりだからたっぷり時間をかけて可愛がってあげよう。
「は…はぅ…だ…っって……しょ…うが…んんっ!」
「はいはい…」
「もっとや、優しくおね…痛っ!」
「いや、だから咲夜さん…もっと定期的に来て下さいって言ったじゃないですか」
「わ、分かっては…!いるんだけ…!っど!」
うつ伏せになりながら咲夜さんはそう応える。
私は気功マッサージというものが出来る。
麻痺した身体をほぐし、賞金首を撃破した後の勝利の余韻を与える程度の腕です。
前にお嬢様に披露したら大好評でして
「他に門番が居るなら、あなたを内勤させるのに…」
と言わしめる程でした。
その後これで商売をするかと言う検討があったのですが、小悪魔から
「それじゃ私はマスターですか?おだいじんがなきゃヤですよ」
と言うのと、パチュリー様の
「じゃあ私はおつまみ女か!なにさ!」
という突っ込みが入ったので、現在この案は凍結となっています。
二人とも何のことを言ってるんだろう。
まぁ私も仕事が増えるのは正直困りますからね。
「死んでいるのに揉めと仰る?」
ん?何でこんなフレーズが?
幽々子さんでも来たっけか。
ちなみに、仰向けになっている咲夜さんの姿を幻視した奴は後で崩山彩極砲だからね。
何を言ってるんだ私は。
さてさて、マッサージをしてると分かるのですが、咲夜さんは首周りはどうも弱いようです。
お嬢様も昔噛み付こうとしてその反応に当てられたとか何とか。
「もう肩から背中からガッチガチですよ…」
「何かね、最近ナイフのコントロールが悪いなぁって思ってたんだけど…」
そりゃそうだろうな。
そんなことを思いながらゆっくりと背中を揉む私。
「咲夜さんに倒れられたら、紅魔館はとんでもないことになるんですよ
それに、そんなことになったら皆悲しみますから無茶しないで下さい」
そう言いながら手に力を込める。
「大丈夫だ…って…んん…!」
「だーかーらー無理をしてたら大丈夫じゃなくなりますって」
ぶつぶつ言いながら背中周りを重点的に攻める。(責めるに非ず)
ぎゅっぎゅっぎゅっ…
「あ~そこそこ…でもさ、最近忙しいんだから仕方ないじゃない」
気持ちよさそうな声を出しながらそう応える咲夜さん。
背中を揉んでてもさっきの様な反応は返ってこない。残念?
「忙しいねぇ…まぁ分かりますけど」
「今日は妹様も大人しかったからいいけど…もう何て言うか孫の手も借りたい?って感じ」
まただよ…
私は心の中で大きな溜息を吐くと共に選択肢を思い浮かべる。
この人は完璧で瀟洒なメイドと呼ばれるのは、飽くまでもメイドとしての話。
それこそメイドとしては出来ないことは何もない。
炊事、掃除、育児の3時は任せとけ。
えっ育児は無いじゃないかって?
そりゃもう手のかかる娘達ばっかじゃないですか。紅魔館って。
最近は外からも遊びに来る奴が居る始末。
人のモン返さない魔法使いや収入が賽銭だって言う遊び人。(ほぼ零)
ちょっと湖にでりゃプータローの宵闇妖怪にバカ氷精…
数え上げたらキリが無い。
侵入者として来たのなら、私も追っ払うなりするけども「ごめん下さい」と来られたら中に入れざるを得ないのだ。
そして始まる万聖節の前夜祭。
こんなの相手にしてたらそりゃ忙しいや。
参った参った。
―閑話休題―
さて、素の部分は天然で可愛らしい女性である咲夜さん。
パチュリー様は主人のご友人であられるし、魔理沙や霊夢らは一応客人。
彼女らには瀟洒なメイドとして対応する。
一方私なんかは立場的には咲夜さんと同じ従者。
なので、他に誰も居ない時なんかは素の部分がけっこう強く出てしまう。
そんな時、この「天然」と言うのがものっっすごいクセモノなんです。
加えて本人に全く自覚がない。
この前だってそうだ。
「咲夜さんは本当に働き者ですね」
「ありがと、でも褒めても何も出ないわよ」
「いやいや腰が軽いから助かってますよ、旦那になる人がうらy」
カカカッ
自分の頬ギリギリを掠めてナイフが壁に突き刺さる。
「ひぃっ!な、何するんですか!」
「…冗談でも言って良い事と悪い事ってあるわよね」
えっ!えぇっ!?私なんかまずいこと言った?
旦那発言?これがいけなかったの!?
でもこれってよく言うことじゃん!他の人にも言われてたじゃん!
それに言い切って無い!最後まで言い切ってないよ!!
えーっとえーっと…い、今の発言のまずかったトコ…
あ、ひょっとして…
「さ、咲夜さん」
「何?」
満面の営業スマイルを浮かべる咲夜さん。
マジコワイデス…
「あ、あの…腰軽いと尻軽いを間違ってませんか…?」
「…えっ?」
カカカッ カッ
再びナイフが顔の横を抜けていく。
「ひぇ~…な、何するんですかぁ…」
間抜けな声を上げる私。
当の咲夜さんは時間を止めてさっさとどっかへ行ってしまった様だ。
「はぁ…びっくりした…」
でも今の反応を見ると正解だったんだ。
誰も居ないのを確認してから胸をなでおろす。
あ、咲夜さんナイフ刺しっ放しだ。
後で持って行って上げないと…
そう思って私はナイフを壁から抜いていった。
「…ん?」
ふと気付くと、一本のナイフの先に一枚の手紙が一緒に添えつけられていた。
「私…宛だよね?」
恐らくそうだろう。
とりあえず壁から手紙を取って、手に持ったナイフで封を切った。
ガサガサ…
「え~っと…ごめんね…?」
………
間違ったことには気付いたようで、どうにも恥ずかしかったらしい。
私にナイフを投げつけている内に時間を止めて逃げてしまったようだ。
「…口で言って下さいよ」
思わずぼそりと呟いてしまった。
確かにそういう仕草は可愛らしい。
普段キリッとした人が魅せるそういう抜けた一面は「萌え」ポイントの一つや二つにもなるんだろう。
でも当事者にとっては突っ込み一つ、コメント一つ間違ったが為に命を脅かされるのは堪ったもんじゃない。
特にこういう気を抜いてる時は、慎重に言葉を選ばなければいけない。
さぁどうしよう、この『孫の手』発言。
1.冷静に突っ込む。大丈夫ここまでリラックスしてるんだから
2.流そうか。うん、これが一番無難。
3.これはギャグだ。笑ってあげないと。
4.ちょっと話の方向を探ってみようかな。
「そうですよね、今度マヨヒガ辺りにでも声かけてみますか」
「あーそうねぇ…それもアリかな」
私が選んだのは4番、どうも正解の選択だったみたいだ。
うんうん、ここで話の流れをぶち切るのも悪いもんね。
「そう言えばさ」
「はい?」
「あの…えっと…アレ?」
どうしたんだろう。
「ど忘れした…えっと、あの猫の娘が橙だったっけ?」
「そうですよ」
「そうだったそうだった、時々どっちがどっちが区別つかないようになるのよ」
そういうのって時々あるよね。
そんなことを思いながら私は咲夜さんの腰の辺りに手を伸ばす。
「えっと、式が橙で式の式が藍だったよね」
何だその、箱状の物がエスカレータ…的な発想は。
またここで私は選択を迫られる。
1.さあ今度こそ突っ込もう。じゃないと紫さんに怒られる。
2.さーっと流せって。揉むのに集中しよう。
3.笑ってあげよう。うんそれがいい。
4.聞こえなかった振りして聞きなおそう。
よし…
「咲夜さーん…藍さんは紫さんの式で橙ちゃん(←言い難い)は藍さんの式ですよ~」
「あら、そうだった?間違えちゃった、ふふ」
1番。
まぁコレ位は突っ込んでも怒らないだろう。この程度なら大丈夫。
「でもこの際、どっちが来てくれてもありがたいわよね~」
「そうですよね~、ウチの妖精メイドらは遊びと仕事の区別付いてませんもんね」
ぎゅっぎゅっぎゅっ
「全くよ…あぁ~そこ効くぅ~」
受け答えをしながら腰を揉む私。
「あ、あ、あ…声が抑えられない~」
「咲夜さーん、それは体から悲鳴ですよ」
「そ、う、か、も、ねっ…」
ぎゅっぎゅっぎゅーっ
「そう、いや、さ」
「はい?」
「今日の、夕飯な、んだ、けど」
「はいはい」
ぎゅうぎゅうぎゅっ
「ナーボマス、の予定だか、ら手伝、っても、らっ、ていい?」
ナーボ…?私が手伝う…?
ひょっとして麻婆茄子のことか?
またここで選択肢か!
1.麻婆茄子ですって言おう。
2.意味が分かったんだからそれでいいじゃん。
3.笑って…いいのかな?
4.念のため聞き直した方がいいな。こりゃ。
「わかりました、麻婆茄子ですね」
「うん、中華絡、みなら貴、方の方がお、いしい、からね」
「いやいや、そんなことありませんよ」
「謙、遜、しなく、ていいのよ、ああ~キモチいい~」
1と4の複合でいってみた。
選択肢は広く持たないと。
「ホント疲れてますね…」
仕上げとして手に念を込めながら咲夜さんの体に気を送る。
「疲れてる疲らてるって…そう言う貴方もそうじゃない」
1.ここで選択肢は要らないって!
咬んだだけだって!
こんなの突っ込んでも空気悪くするだけだって!
「そうですか?」
「魔理沙とかはともかく、たまにちょっかい掛けに来るお子様達にまで手加減しなくていいのよ」
「そんなことありませんよ、ああ見えてあの娘らけっこう強いんですよ?」
「岡目八目、周りから見てると貴方が相手に怪我とかさせないよう気を遣ってるのはよくわかるわ」
こんなに忙しいのに私の普段の仕事も見てるんだ。
この辺は流石だなと思う。
「たまには思いっきりやっつけてやりなさい、一回痛い目に遭わせないと分からないわよ、馬鹿ばっかなんだから」
「そうですね…」
「まああなたは優しいからね、何て言うか…」
私は手に力を込めながら次の言葉を待った。
「五寸の虫にも一瞬の魂とか言うけどもさ、あんまり優しくしてたら調子に乗るわよ?」
1.いいまつがい?いいまつがいだな!?突っ込んでいいんだな!?
2.もうすーっといけって!ここで無理すんな!!
3.笑え!ギャグだよ、これは!!
4.曖昧に終わらせるんだ!もうマッサージも終わりだから!
「はは…そうですね」
「…」
私の選択は4番!
九回2アウト満塁ツースリー一点リードの場面から捕手のサインに首振った私は、
気持ちを込めたストレートを相手のインコースに思いっきり投げこんだ!
「めーりんー…」
「は、はい?」
上ずった声で返事する私。
えっ?私間違った!?
ここでやっちゃったの!?
ここまで満身創痍だけど一所懸命に完投目指してきたのに!
あと一人だってのに!!
「今のは突っ込んで欲しかったな~」
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!」
思わず謝る私、しまったここで3番だったか!
ってかギャグだったのかよ、今の!?
「いやね、『何ですかそれは~』とか『ボムかっ』とか突っ込まれるかな~って思ったんだけど…」
難しいッス、咲夜さんここでその突っ込みは難しすぎるッス。
「やっぱり私って面白いことを言うセンスが無いのよね、残念」
いやあんた面白いよ。
傍から見てたらものすごい面白いよ。
絶対笑いの神がついてるよ。
笑いのEXボスだよ。
「…はい!おしまいですよ」
何とか気持ちを整えて、私はマッサージを終えた。
最後の判定は何とかストライクだったらしい。
「ふぅなんかゆっくり眠れそう」
「ええ、ぐっすり眠って疲れを落としてくださいね」
「うん、そうするわ…んっん~」
ベットから降りて背伸びする咲夜さん。
「大分楽になったわ、ありがとう美鈴」
「いえいえ、私に出来ることと言ったらコレ位ですから」
咲夜さんは伸びをしてから深呼吸をした。
「ふぅ…あ、そうだ」
「何ですか?」
「最近聞いた豆知識なんだけど」
「はい?」
私は片付けの手を止めた。
「タマゴの殻っていい肥料になるらしいわよ」
「ほう、そうですか」
「また今度持っていくわ」
「それはありがとうございます」
花壇の管理は私の仕事。
とてもいいことを教えてもらえた。
何か嬉しい。
また何か新しいギャグが生まれるのかと思った。
「ほら、こういうのってよく言うじゃない」
そうそう、おばあちゃんの…
「おじいちゃんの玉袋って」
…知恵ぶく
1.
了
もう夏の盛りは過ぎたとはいえ、暑いモンは暑い。
しかも門番と言う立場上、影に入ったままで居る訳にはいかない。
「あっついなぁ…」
今日何度目ともつかない愚痴を吐き出す。
「美鈴~?」
後ろから声を掛けられる、咲夜さんだ。
「あ、おはようございます」
ウチの主は吸血鬼、しかも我侭ときています。
それに同居人は昼夜の感覚が薄い魔法使い。
故に従者は朝でも夜でも「おはようございます」で通している。
どっかの業界人のようだ。
「そろそろ疲れたでしょ?はい水」
そう言って咲夜さんは私に竹の水筒を投げる。
あ、よく冷えてる。
何か嬉しい。
「今の時間ここに来たってことはそろそろ上がりですか?」
「ん、そうよ、今日は妹様も大人しかったからいつもより多めに眠れそう」
お嬢様達がお休みになられてから、咲夜さんは残った家事をささっと終わらせる。
それからお嬢様らが起きる少し前まで寝るのだ。
何だかんだいっても彼女は人間、休むトコはきっちり休んどかないと。
「でね、ちょっとアレ頼めないかしら?」
「はいはい、おーいそこの妖精?ちょっと門お願い~」
私は門を預けて、咲夜さんと屋敷の中へと向かった。
今の咲夜さんの状態を何かに例えるとすれば、まさにまな板の上の鯉。
その美しい肢体に、私はゆっくりと手を伸ばした。
「…んっ!ハァ…!」
咲夜さんの身体が一瞬びくっと跳ねる。
「め、美鈴…痛い……」
悩ましい声を上げる咲夜さん。
私はそれを遮るように声をかける。
「我慢我慢ですよ…」
「ちょ…そこは……ひぅっ!」
触れられたいのか触れられたくないのか、とても微妙な反応。
しかし、そんなものは無視して作業を続ける。
「あ~あ…こんなに固くなっちゃって…」
服の上からでもしこりがあるのが分かる。
相当溜っているのだろう。
久しぶりだからたっぷり時間をかけて可愛がってあげよう。
「は…はぅ…だ…っって……しょ…うが…んんっ!」
「はいはい…」
「もっとや、優しくおね…痛っ!」
「いや、だから咲夜さん…もっと定期的に来て下さいって言ったじゃないですか」
「わ、分かっては…!いるんだけ…!っど!」
うつ伏せになりながら咲夜さんはそう応える。
私は気功マッサージというものが出来る。
麻痺した身体をほぐし、賞金首を撃破した後の勝利の余韻を与える程度の腕です。
前にお嬢様に披露したら大好評でして
「他に門番が居るなら、あなたを内勤させるのに…」
と言わしめる程でした。
その後これで商売をするかと言う検討があったのですが、小悪魔から
「それじゃ私はマスターですか?おだいじんがなきゃヤですよ」
と言うのと、パチュリー様の
「じゃあ私はおつまみ女か!なにさ!」
という突っ込みが入ったので、現在この案は凍結となっています。
二人とも何のことを言ってるんだろう。
まぁ私も仕事が増えるのは正直困りますからね。
「死んでいるのに揉めと仰る?」
ん?何でこんなフレーズが?
幽々子さんでも来たっけか。
ちなみに、仰向けになっている咲夜さんの姿を幻視した奴は後で崩山彩極砲だからね。
何を言ってるんだ私は。
さてさて、マッサージをしてると分かるのですが、咲夜さんは首周りはどうも弱いようです。
お嬢様も昔噛み付こうとしてその反応に当てられたとか何とか。
「もう肩から背中からガッチガチですよ…」
「何かね、最近ナイフのコントロールが悪いなぁって思ってたんだけど…」
そりゃそうだろうな。
そんなことを思いながらゆっくりと背中を揉む私。
「咲夜さんに倒れられたら、紅魔館はとんでもないことになるんですよ
それに、そんなことになったら皆悲しみますから無茶しないで下さい」
そう言いながら手に力を込める。
「大丈夫だ…って…んん…!」
「だーかーらー無理をしてたら大丈夫じゃなくなりますって」
ぶつぶつ言いながら背中周りを重点的に攻める。(責めるに非ず)
ぎゅっぎゅっぎゅっ…
「あ~そこそこ…でもさ、最近忙しいんだから仕方ないじゃない」
気持ちよさそうな声を出しながらそう応える咲夜さん。
背中を揉んでてもさっきの様な反応は返ってこない。残念?
「忙しいねぇ…まぁ分かりますけど」
「今日は妹様も大人しかったからいいけど…もう何て言うか孫の手も借りたい?って感じ」
まただよ…
私は心の中で大きな溜息を吐くと共に選択肢を思い浮かべる。
この人は完璧で瀟洒なメイドと呼ばれるのは、飽くまでもメイドとしての話。
それこそメイドとしては出来ないことは何もない。
炊事、掃除、育児の3時は任せとけ。
えっ育児は無いじゃないかって?
そりゃもう手のかかる娘達ばっかじゃないですか。紅魔館って。
最近は外からも遊びに来る奴が居る始末。
人のモン返さない魔法使いや収入が賽銭だって言う遊び人。(ほぼ零)
ちょっと湖にでりゃプータローの宵闇妖怪にバカ氷精…
数え上げたらキリが無い。
侵入者として来たのなら、私も追っ払うなりするけども「ごめん下さい」と来られたら中に入れざるを得ないのだ。
そして始まる万聖節の前夜祭。
こんなの相手にしてたらそりゃ忙しいや。
参った参った。
―閑話休題―
さて、素の部分は天然で可愛らしい女性である咲夜さん。
パチュリー様は主人のご友人であられるし、魔理沙や霊夢らは一応客人。
彼女らには瀟洒なメイドとして対応する。
一方私なんかは立場的には咲夜さんと同じ従者。
なので、他に誰も居ない時なんかは素の部分がけっこう強く出てしまう。
そんな時、この「天然」と言うのがものっっすごいクセモノなんです。
加えて本人に全く自覚がない。
この前だってそうだ。
「咲夜さんは本当に働き者ですね」
「ありがと、でも褒めても何も出ないわよ」
「いやいや腰が軽いから助かってますよ、旦那になる人がうらy」
カカカッ
自分の頬ギリギリを掠めてナイフが壁に突き刺さる。
「ひぃっ!な、何するんですか!」
「…冗談でも言って良い事と悪い事ってあるわよね」
えっ!えぇっ!?私なんかまずいこと言った?
旦那発言?これがいけなかったの!?
でもこれってよく言うことじゃん!他の人にも言われてたじゃん!
それに言い切って無い!最後まで言い切ってないよ!!
えーっとえーっと…い、今の発言のまずかったトコ…
あ、ひょっとして…
「さ、咲夜さん」
「何?」
満面の営業スマイルを浮かべる咲夜さん。
マジコワイデス…
「あ、あの…腰軽いと尻軽いを間違ってませんか…?」
「…えっ?」
カカカッ カッ
再びナイフが顔の横を抜けていく。
「ひぇ~…な、何するんですかぁ…」
間抜けな声を上げる私。
当の咲夜さんは時間を止めてさっさとどっかへ行ってしまった様だ。
「はぁ…びっくりした…」
でも今の反応を見ると正解だったんだ。
誰も居ないのを確認してから胸をなでおろす。
あ、咲夜さんナイフ刺しっ放しだ。
後で持って行って上げないと…
そう思って私はナイフを壁から抜いていった。
「…ん?」
ふと気付くと、一本のナイフの先に一枚の手紙が一緒に添えつけられていた。
「私…宛だよね?」
恐らくそうだろう。
とりあえず壁から手紙を取って、手に持ったナイフで封を切った。
ガサガサ…
「え~っと…ごめんね…?」
………
間違ったことには気付いたようで、どうにも恥ずかしかったらしい。
私にナイフを投げつけている内に時間を止めて逃げてしまったようだ。
「…口で言って下さいよ」
思わずぼそりと呟いてしまった。
確かにそういう仕草は可愛らしい。
普段キリッとした人が魅せるそういう抜けた一面は「萌え」ポイントの一つや二つにもなるんだろう。
でも当事者にとっては突っ込み一つ、コメント一つ間違ったが為に命を脅かされるのは堪ったもんじゃない。
特にこういう気を抜いてる時は、慎重に言葉を選ばなければいけない。
さぁどうしよう、この『孫の手』発言。
1.冷静に突っ込む。大丈夫ここまでリラックスしてるんだから
2.流そうか。うん、これが一番無難。
3.これはギャグだ。笑ってあげないと。
4.ちょっと話の方向を探ってみようかな。
「そうですよね、今度マヨヒガ辺りにでも声かけてみますか」
「あーそうねぇ…それもアリかな」
私が選んだのは4番、どうも正解の選択だったみたいだ。
うんうん、ここで話の流れをぶち切るのも悪いもんね。
「そう言えばさ」
「はい?」
「あの…えっと…アレ?」
どうしたんだろう。
「ど忘れした…えっと、あの猫の娘が橙だったっけ?」
「そうですよ」
「そうだったそうだった、時々どっちがどっちが区別つかないようになるのよ」
そういうのって時々あるよね。
そんなことを思いながら私は咲夜さんの腰の辺りに手を伸ばす。
「えっと、式が橙で式の式が藍だったよね」
何だその、箱状の物がエスカレータ…的な発想は。
またここで私は選択を迫られる。
1.さあ今度こそ突っ込もう。じゃないと紫さんに怒られる。
2.さーっと流せって。揉むのに集中しよう。
3.笑ってあげよう。うんそれがいい。
4.聞こえなかった振りして聞きなおそう。
よし…
「咲夜さーん…藍さんは紫さんの式で橙ちゃん(←言い難い)は藍さんの式ですよ~」
「あら、そうだった?間違えちゃった、ふふ」
1番。
まぁコレ位は突っ込んでも怒らないだろう。この程度なら大丈夫。
「でもこの際、どっちが来てくれてもありがたいわよね~」
「そうですよね~、ウチの妖精メイドらは遊びと仕事の区別付いてませんもんね」
ぎゅっぎゅっぎゅっ
「全くよ…あぁ~そこ効くぅ~」
受け答えをしながら腰を揉む私。
「あ、あ、あ…声が抑えられない~」
「咲夜さーん、それは体から悲鳴ですよ」
「そ、う、か、も、ねっ…」
ぎゅっぎゅっぎゅーっ
「そう、いや、さ」
「はい?」
「今日の、夕飯な、んだ、けど」
「はいはい」
ぎゅうぎゅうぎゅっ
「ナーボマス、の予定だか、ら手伝、っても、らっ、ていい?」
ナーボ…?私が手伝う…?
ひょっとして麻婆茄子のことか?
またここで選択肢か!
1.麻婆茄子ですって言おう。
2.意味が分かったんだからそれでいいじゃん。
3.笑って…いいのかな?
4.念のため聞き直した方がいいな。こりゃ。
「わかりました、麻婆茄子ですね」
「うん、中華絡、みなら貴、方の方がお、いしい、からね」
「いやいや、そんなことありませんよ」
「謙、遜、しなく、ていいのよ、ああ~キモチいい~」
1と4の複合でいってみた。
選択肢は広く持たないと。
「ホント疲れてますね…」
仕上げとして手に念を込めながら咲夜さんの体に気を送る。
「疲れてる疲らてるって…そう言う貴方もそうじゃない」
1.ここで選択肢は要らないって!
咬んだだけだって!
こんなの突っ込んでも空気悪くするだけだって!
「そうですか?」
「魔理沙とかはともかく、たまにちょっかい掛けに来るお子様達にまで手加減しなくていいのよ」
「そんなことありませんよ、ああ見えてあの娘らけっこう強いんですよ?」
「岡目八目、周りから見てると貴方が相手に怪我とかさせないよう気を遣ってるのはよくわかるわ」
こんなに忙しいのに私の普段の仕事も見てるんだ。
この辺は流石だなと思う。
「たまには思いっきりやっつけてやりなさい、一回痛い目に遭わせないと分からないわよ、馬鹿ばっかなんだから」
「そうですね…」
「まああなたは優しいからね、何て言うか…」
私は手に力を込めながら次の言葉を待った。
「五寸の虫にも一瞬の魂とか言うけどもさ、あんまり優しくしてたら調子に乗るわよ?」
1.いいまつがい?いいまつがいだな!?突っ込んでいいんだな!?
2.もうすーっといけって!ここで無理すんな!!
3.笑え!ギャグだよ、これは!!
4.曖昧に終わらせるんだ!もうマッサージも終わりだから!
「はは…そうですね」
「…」
私の選択は4番!
九回2アウト満塁ツースリー一点リードの場面から捕手のサインに首振った私は、
気持ちを込めたストレートを相手のインコースに思いっきり投げこんだ!
「めーりんー…」
「は、はい?」
上ずった声で返事する私。
えっ?私間違った!?
ここでやっちゃったの!?
ここまで満身創痍だけど一所懸命に完投目指してきたのに!
あと一人だってのに!!
「今のは突っ込んで欲しかったな~」
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!」
思わず謝る私、しまったここで3番だったか!
ってかギャグだったのかよ、今の!?
「いやね、『何ですかそれは~』とか『ボムかっ』とか突っ込まれるかな~って思ったんだけど…」
難しいッス、咲夜さんここでその突っ込みは難しすぎるッス。
「やっぱり私って面白いことを言うセンスが無いのよね、残念」
いやあんた面白いよ。
傍から見てたらものすごい面白いよ。
絶対笑いの神がついてるよ。
笑いのEXボスだよ。
「…はい!おしまいですよ」
何とか気持ちを整えて、私はマッサージを終えた。
最後の判定は何とかストライクだったらしい。
「ふぅなんかゆっくり眠れそう」
「ええ、ぐっすり眠って疲れを落としてくださいね」
「うん、そうするわ…んっん~」
ベットから降りて背伸びする咲夜さん。
「大分楽になったわ、ありがとう美鈴」
「いえいえ、私に出来ることと言ったらコレ位ですから」
咲夜さんは伸びをしてから深呼吸をした。
「ふぅ…あ、そうだ」
「何ですか?」
「最近聞いた豆知識なんだけど」
「はい?」
私は片付けの手を止めた。
「タマゴの殻っていい肥料になるらしいわよ」
「ほう、そうですか」
「また今度持っていくわ」
「それはありがとうございます」
花壇の管理は私の仕事。
とてもいいことを教えてもらえた。
何か嬉しい。
また何か新しいギャグが生まれるのかと思った。
「ほら、こういうのってよく言うじゃない」
そうそう、おばあちゃんの…
「おじいちゃんの玉袋って」
…知恵ぶく
1.
了