「『人間は考える足である』ってーのは誰の言葉だったかな。」
霊夢が境内の掃除を終えて神社の裏手に戻ると、魔理沙が縁側に腰掛けていた。
「多分その『アシ』は間違ってるわよ?」
当然のように勝手にお茶を入れて、勝手に茶菓子を出してくつろいでいる。
そもそも何故神社にこいつのマイ湯のみがあるのだろうか。
「おおなんだ、来てたのか霊夢。まあ座れ、今茶を入れてやる。」
「それは元からウチのものよ…。」
相変わらず凄まじい図々しさである。
「まあそう堅いことを言うな、煎餅もあるぞ。」
「それもウチのよ…。」
あきれ果てる。が、既に日常なので考えても無駄な事を霊夢は分かっている。
とりあえず、その辺のツケは香霖堂に回している。
(霖之助さん、恨むのなら魔理沙を恨むのよ…)
それも酷い話だが。
地震騒ぎも落ち着いてきた頃。
神社は無事に再々建され、あの天人による気質の変化も落ち着いてきた。
そろそろ一人では日照り続きの毎日からも抜け出せそうだ。
「それでな、アリスの奴が…」
とりとめの無い会話。いつも通りの風景である。ただ一点を除けば。
その一点こそが、日常である風景を異質な物にしていた。
普段のこの庭の光景を知るものであれば、異常は一目瞭然である。
それは既に、異変と呼ぶに相応しい光景であった。
しかし、霊夢は気づいていない。彼女ならではとも言えよう。
一方、魔理沙は気づいていたが、タイミングを計っていたらしい。
話に区切りを付け、何気なく視線を庭先に向けたまま訊ねた。
「ところで霊夢、今日はどうして―」
そのとき、一陣の風が吹き抜けた。
霊夢にとって馴染み深いそれは、だからこそ彼女をひどく驚かせた。
その風を起こせる人間は、今隣に座って一緒にお茶を飲んでいたからである。
「ようやく見つけたぜ、私。」
そして、庭先からは聞こえるはずのない声がした。
「え?魔理沙が二人?
どういう事なのよ?」
ありきたりなリアクションになってしまったが、それも仕方あるまい。
彼女はそれほど驚いていた。
「落ち着け霊夢、そこの私をよく見てみろ。」
庭先の魔理沙が言うとおりに隣に座る魔理沙を注視する。
「照れるぜ」
顔を赤らめる魔理沙(隣)を暫く眺め、ようやく霊夢は気付く。
「…!
この魔理沙、白い…!」
そう、今まで隣に座ってくつろいでいた魔理沙は、帽子から靴先に至るまで服装の全てが白かった。
「気付くのが遅いぜ…。」
彼女が気付かなかったのも無理は無い。
博麗霊夢は器を見ずに本質を見るのだ。
その眼の前に外見を似せただけの紛い物などはさほど意味をなさない。
しかしそれは逆に、二人の魔理沙が本質的に殆どイコールであることを示していた。
(どういう事なの…?色が違うだけでこの二人は全く同じ…。)
霊夢が考え込んでいる間に、縁側から降りた白魔理沙と箒から降り立った黒魔理沙が対峙していた。
「偽者め、私を騙って随分と好き勝手やってくれたみたいじゃないか。
図書館から本を盗んだりアリスから本を盗んだりあと賽銭を盗んだり。」
「それはいつもやってるじゃない。ていうか賽銭もアンタか。」
針を構える。が、白魔理沙が喋ったのでとりあえず中断した。
「ふん、騙ってなどいないぜ。」
「白々しい。ならその格好は何なんだ?」
誰が上手いことを言えと。
「白々しいだろう。白々しいがこれは霧雨魔理沙の格好だ。
私は霧雨魔理沙だからな。」
「…ハッ!私が偽者だとでも言い出すつもりか?
その手には乗らないぜ!」
霊夢には分かる。黒い魔理沙は既に臨戦態勢ぎりぎりだ。
そして白い魔理沙も、弾幕ごっこ前の言葉遊びの緊張感を漂わせながら言葉を続ける。
「誰も偽者とは言っていない。私もお前も霧雨魔理沙なんだからな。」
「どういうことだ…?」
「どうもこうも無いさ。つまりは…」
「ああ、その先はいい。何となくわかった。」
そして。宣戦布告。
「「お前を倒して私が霧雨魔理沙だ!」」
置いてけぼりにされた霊夢によって、そのままの開戦は防がれた。
とりあえずルール的には、まだ気質が生きているため第二次弾幕格闘方式を採用。
開始の合図は霊夢が行うことになった。
「双方、良いわね…?
始め!」
「「突恋『おはようマスタースパーク』!!」」
ぶっ放しだった。
残念なことに双方のマスタースパークはスペル中の無敵判定により無効化されている。
システムは完全に無視されていたが、二人とも同じ行動を取ったので放置した。
霊夢はむしろ、魔理沙らしいと思ったが、いよいよ判別が付かなくなってきた。
(全く同じ行動を取るなんて…。)
一方、魔理沙は魔理沙で驚いていた。黒い方である。
(…!馬鹿な!私以外にこんなセコい手を思いつく奴がいるなんて…!)
その上、一つしかないはずの八卦炉が二つ。出力的にも完全に同一の物だ。
あり得ないことが起こっている、その実感が魔理沙の焦りを増長した。
それ以降、あらゆる攻撃が、相殺され、回避され、たまに当たったりしながらも、
互いに有効打が無いまま時間が過ぎていった。
黒い魔理沙も白い魔理沙もダメージは同等。一撃が勝負を分ける頃合いだろう。
そのころには黒い魔理沙もなんとなく理解してきた。
今戦っているこれは間違いなく自分自身である、と。
互角ですらない勝負。
同等の実力、装備に同等の行動原理。
しかし、その理由を考えている暇はありそうになかった。
「流石だな、私。」
白い魔理沙が言う。
「お前もなかなかやるじゃないか。いや、私か?」
黒い魔理沙が返す。
「名残惜しいがそろそろ決着を付けようじゃないか。」
「ああ、私もちょうどそう思ったところだ。」
とうに二人にとってはどちらがどちらでも良くなっている。
ただひたすらに、自分との戦いを楽しんでいた。
が、それも次で終わる。
「「星符『ドラゴンメテオ』!!」」
宣言は同時。
次の瞬間には、二人は黒と白、二色の流星となって空高くへ昇っていった。
(もっと高く!もっと高くだ!)
空中では下方以外にマスタースパークを放つことは出来ない。
横や上に撃つことは、反動を考えれば自殺行為だ。
かといって、今通常の射撃をしたところでグレイズされるのがオチである。
よって、この勝負は相手より少しでも高く飛んだ方の勝ちになる。
(もっと!もっと!もっとだ!)
しかし、箒の推力で真上に飛ぶには限度がある。
次第に落ちてきた速度に魔理沙は歯噛みした。
(もう終わりなのか!?)
見れば白い魔理沙も勢いが落ちてきている。
(決着は付かないのか…!)
この後地上に降りて戦闘を継続する気力は既に残っていない。
相手も霧雨魔理沙ならば同じだろう。
このまま引き分けることは負けるよりも辛かった。
いっそ速度を落として負けようかと思ったその時、黒い魔理沙の体が軽くなった。
山の上の神社。
その地形が起こした弱い上昇気流は、彼女の味方としてはこの上なく強力だった。
遂にその勢いを止めた白い流星は、それより高みに到達した黒い流星を見上げ、
「ちぇ。」
と、諦めたように笑ったのだった。
「さあ、答えてもらおうか。何故私が二人いるんだ?」
落ちてきた一人を降りてきた一人が問いつめる。
負けた白い魔理沙はボロボロだが、エロくない程度に服を破るのは既に職人技と言っていい。
「知らないな。
…なんて言えれば楽だったんだが。」
そして敗者は真実を語り出す。
「お前は自分と戦ってみたいと思ったことはないか?
いや、自分同士の戦いを誰かに望まれる事を考えたことは。」
「哲学的な問いだな。どういう事だ?」
「私は俗に「外の世界」と呼ばれる世界で2Pカラーと呼ばれる存在だ。」
「2Pカラー…?」
聞き慣れない言葉に魔理沙は眉をひそめた。
「「外の世界」には沢山の世界が繋がっている。
人々が路上で戦いに明け暮れる世界。
様々な世界の住人を模した人形が大乱闘する世界。
世紀末な漢達が拳で愛を語る世界。」
「最後のそれはどうなんだ実際。」
思わず突っ込む。
しかし、それを無視して白魔理沙は続ける。
「幻想郷もそんな世界達の一つに過ぎない。」
「!…なんだって!」
「「外の世界」の住人達が、それらの世界で同一人物の戦いを望んだ時。
私達2Pカラーは生まれるんだ。」
「…私達の戦いは、他人に望まれたこととでも言うのか…!?」
「そう言うことだ。顔も知らない誰かに、な。」
そう言って白い魔理沙は、自嘲とも取れる笑みを作った。
「だがちょっと待て。長いこと幻想郷で暮らしているが、お前に会ったのは初めてだぞ?」
「幻想郷で同一人物の戦いというのは望まれにくいんだ。特に普通の弾幕ごっこではな。」
そう言われて魔理沙は、いつぞやの花の異変の時の氷精の言葉を思い出す。
『あたいに勝つなんて、やっぱりあたいったら最強ね!』
アレが馬鹿なのは日常なので気にしなかったが、事実そのままを語っていたとしたら。
目の前にいる自分自身は、その可能性を充分に証明していた。
「色の違いなどは所詮観測しやすくするためだけの符号に過ぎない。
私もお前も全く同じ霧雨魔理沙だ。もっとも、私は私と戦うためだけの私だが。」
「…しかし、もしも私同士の戦いが望まれなくなったら?」
「消える。」
その一言は、予想していたにせよ残酷な響きを持っていた。
消えるのか。目の前の自分が。
やっと分かってきた、最高の宿敵に相応しい存在が。
「…残る方法は無いのか?」
「ある。…が、既に失敗した。」
「何故。」
「負けたからな。」
そう言って白い魔理沙はへへへ、と笑う。
それで完全に理解できた。
自分自身との戦いが望まれない世界では、自分が二人存在することは許されないのだ。
もし先の戦いで自分が敗れていたらと思うとぞっとした。
だが、この強敵<とも>を失うことはとても辛い。
「…まだだ!まだ私はお前と戦いたい!」
必死で声を絞り出す。
望むなら。誰かが望み続けるのなら。
しかし、時間がそれを許さない。
「…駄目だ。もうじきこの異変は終わりを告げる。
天気は元に戻り、普通の弾幕ごっこが始まる。
そして…私は、消える。」
「そんな…。」
気が付けば、白い魔理沙の体はだんだんと薄れている。
天は緋く染まり、雲がめまぐるしく流れている。
あの方角は、山の方か。
「どうやら天人が最後の詰めに移ったようだな。」
「頼む!消えないでくれ!こんな別れ方なんて嫌だ!」
「しっかりしろよ。私のくせにみっともない。
別れはスマイルだ、スマイル。」
あくまで笑う白い魔理沙の言葉に、黒い魔理沙は涙を拭い、無理矢理笑みを作る。
が、強がってみせる声は鼻声のままである。
「チクショウ、分かったよ。
さっさと消えちまえ偽者め!顔も見たくないぜ!」
「ああ、そりゃ無理だ。二度と鏡が見れなくなるぜ?」
「…はは、それもそうだ!」
そして魔理沙は消え、魔理沙は残り。
泣き笑いの表情のまま、一人になった魔理沙は霊夢の元へと向かった。
「お帰り。だいぶ苦戦したようね。」
「まあな。流石は私だ。」
既に涙は止まっている。
眼が赤いのを指摘されたら夕焼け空を見てたからとでも答えよう。
「いつになく沈んでるわね?」
「気のせいだろう?」
表情を作って、強がってみたところで霊夢の目は誤魔化せまい。
それでも強がってみせるのが、今しがた別れを済ませた自分自身へのけじめに思えた。
「まあ、どうせまた会えるでしょう?
似たような異変がこれっきりとは思えないもの。」
心中を見透かしたかのように霊夢が言う。
まったく、敵わない。
苦笑しながら魔理沙は、それでも気になっている疑問を口にした。
「ところで霊夢。」
奇しくも先の彼女が問おうとした疑問を。
「今日はどうして―黒いんだ?」
そして次は霊夢がwww
秀逸です
「おはようマスタースパーク」に吹きましたw
そして1P霊夢さんは消えてしまったのか・・・
もし次回作があれば復活するのかな?w
ついでに緋想天やって確認してきました。白魔理沙に黒霊夢。