※この作品は「園芸探偵風見幽香」の続編で。幽香が探偵でリグルが助手をしているという部分以外は、前作を見ていなくても特に問題ないです。
問題編
・その1
「犯人がわかりました?」
「いや、疑問形で言われても・・・・・・」
そもそも来たばかりでまだ何もしてないし、と幽香さんはボソッとつぶやいた。
私、リグル・ナイトバグと幽香さんはアリス・マーガトロイドから植物が病気にかかったから診てくれ、という頼みごとを引き受け、彼女の庭園まで出向いていた。
なんでも、原因不明の理由でバラが枯れたらしい。
幽香さんは件(くだん)の枯れたバラに近づいて、つぶさに観察した。
私といえば、幽香さんの邪魔をしては悪いと思い、回りに生えている他のバラを観賞することにした。赤・黄・白、よりどりみどりのバラ(といっても緑色のバラはなかったが)がこの庭園では咲き乱れている。
どれもきれいだなぁ、などと感慨にふけっていると、幽香さんはこちらに歩を進めてきた。
「原因はわかりました?
探偵としての推理を遺憾なく発揮してください。ただ、残念なことに推理を聞く人は助手の私しかいないのが不満ですが」
「誰が助手よ」
幽香さんは言った。
「この私、リグルです」
「どこが助手だっていうの」
今度は同じニュアンスの言葉を幽香さんは厳しい口調で言いなおした。
「え?」
私は困惑する。なぜだか知らないが、どうやら怒っているみたいだった。
「どうしたんですか、急に怒ったような感じで」
「別に・・・・・・
怒ってないわ」
そう言って幽香さんはひとり早歩きで去っていった。
「え、あ・・・・・・」
私は困惑した。
なぜだか知らないが、いきなり幽香さんの機嫌が悪くなったことに。
・その2
翌日、私は幽香さんに謝るために風見家までの道のりを辿っていた。
あれからどうして幽香さんの機嫌を損ねただろうと、自分なりに考えてみた。
おそらく、幽香さんは探偵扱いされるのが嫌だったのだろう。名探偵として一躍有名になれば、これから依頼がどんどん舞い込むことになるだろう。幽香さんはそれを面倒だと思っているに違いない。
そんな結論を出した私は家を飛び出した。途中で手土産のひとつもあったほうがいだろうと思い、博麗神社に咲いていた桜の枝を折ってお土産にすることにした。
手には5分咲きの桜の枝、何の品種までかはわからない。幽香さんは喜んでくれるだろうな、なんてことを思い、思わず口元がゆるんだ。
幽香さんは家の前の植物に水やりをしていた。こちらに気がつくと、ジョウロを地面に置いた。
「あらリグル、どうしたの?」
「いや、昨日のことを謝ろうとして・・・・・・」
「ああ、それだったらもういいのよ」
どうやら、幽香さんは昨日のことをもう怒っていないようだ。私は胸を撫で下ろした。
「そういえば私、幽香さんにお土産があるんですよ。
わざわざ博麗神社から折ってきたんですよ」
きれいでしょう、と言って桜の枝を差し出す。
その瞬間、幽香さんの顔が引きつったのを私は見逃さなかった。
「あ、なんか悪いことしましたか・・・・・・」
「いえ、あなたに悪気はなかった。しかたないわ」
「どういうことですか?」
不安になり聞き返す。
「植物の枝はね、きれいだからといって折るのは駄目なのよ。折ったその部分から腐ったり病原菌が入ったりして様々な病気を引き起こすことになるの。専門知識もないのに、むやみやたらと枝を折ってはいけないの」
私は激しい後悔に襲われた。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
私は頭を垂れた。
「今度から気をつければいいのよ。それにその程度の切断なら、あまり本体に影響を及ぼすことはないと思う。桜にしてみればちょっと怪我をした程度だから問題はないわ」
「そうですか、よかった~」
「でも、今度からは気をつけてね」
幽香さんはそう言い聞かせる。
「はい!」
元気よく返事をした。
しかし、桜の枝を折ったことが後のトラブルの原因になるとは、この時私は知るよしもなかった・・・
・その3
翌日、私たちは博麗神社に来ていた。
なんとなくイヤな予感がした、もしかしたら枝を折った件で呼ばれたかもしれない・・・・・・
神社の主、博麗霊夢は言った。
「今度宴会をやるんだけどね。うちの桜で1本病気にかかったのがあるから診てもらえるかしら?」
ほら来た! やっぱり桜のことだった。
でも待てよ。病気にかかった桜というのは、私が枝を折った桜とは限らない。
「枝が折れててね、そこから駄目になったみたい・・・・・・」
やっぱり! 私が原因だった。
「一応診てみるけど、治せるとは限らないわよ」
「それでもいいわ、ぜひお願い」
幽香さんは桜に近づいて、枝の折れたところをじっと見つめた。手で枝の部分をなぞったかと思うと、爪で引っかいたり叩いたりと徹底的に調べていた。
やがて満足したのか、こちらに戻ってきた。
どうだった、と声をかける霊夢。
「一通りのことを試してみてわかったことがあるわ」
「さすが植物のこととなると頼りになるわね。それで結果は?」
「この桜、ソメイヨシノという品種だけどね。このソメイヨシノはお察しの通り、枝を折った部分から悪くなってるわ。その部分に害虫が集まり、本体を弱らせていた。その部分を切断して、栄養を与えてあげればよくなるでしょう」
「さすが幽香さんだ。
もう事件を解決しちゃいましたね。助手の出番はなかったですね」
私は幽香さんに尊敬の眼差し(まなざし)を向けた。
私の心境とは別に、幽香さんのみるみるうちに不機嫌になった。
「あれ? また私なんか悪いこと言っちゃいました・・・・・・」
恐る恐る様子を伺う。どうやら、また怒らせてしまったようだ。
「さあ? 自分で考えたらどうかしら」
幽香さんはあきれた顔をして、こちらに背を向けた。
幽香さんは私を無視するかのように、話を続けた。
「枝の切断は素人(しろうと)には難しいから、私がやる。それと、この病気は恐らく他の桜に伝染することはないでしょうから、神社にある他の桜については心配無用よ。」
「ありがとう、助かったわ。今度の花見でお礼をさせてもらうわ」
「ええ、楽しみにしてるわ」
そして1度も振り返ることなく、幽香さんは神社を後にした。
後に残された私だが、正直どうしていいかわからなかった。
呆然と立ち尽くしていると、霊夢が声をかけてきた。
「あんた、なんで幽香が怒ったかわかる?」
「私が幽香さんを探偵になんて言ったから・・・・・・?」
私は自信なさげに意見を述べた。
「なるほど、全然わかってないようね」
「わかってるなら教えてください」
私は懇願した。
しかし霊夢は、そんなの自分で考えないなさいよ、と言って去っていった。
1人取り残された私は、ただ立ち尽くすしかなかった。
そこに春を告げる風が吹く。もう春なのに、まだまだ風は冷たいなぁ、なんてことを考えた。
なぜ、幽香さんは怒ったのだろう。今の私には解けそうにもない難問だった。
・その4
あれから私は幽香さんに会っていない。怒った原因がわからないまま会うのは気が引けたからだ。いったいどの面を下げて行ったらいいのか、そんなことを考えるうちに3日も経ってしまった。この3日間、そのことばかりを考えていた。
私は考えた。最初に機嫌が悪くなったのは、バラが病気だったということでアリスの家の庭園に行った時だった。もしかしたらそこに手がかりがあるかもしれない。
その考えに一縷(いちる)の望みを託し、私は単身アリスの元へ向かった。
「ということがあったんですよ。アリスさんは何か心当たりがありますか?」
私は今までの経緯を話した。
「なるほど、それは怒るかもしれないわね」
アリスは私の話を聞いて、即答した。
「アリスさんも原因がわかったんですか? 教えてください!」
「んー、教えてもいいけど・・・・・」
そう言ってお茶を濁(にご)した、ちなみにアリスが飲んでいるのはコーヒーである。
こういうのは本人が気がつかなきゃダメなのよね、といってため息をつく。
「でも、わからなかったんだし・・・ そうね、ヒントを出すわ」
ヒントですか、と私は問い返した。
「そうあくまでヒント。
ヒント1。私のバラが枯れた理由は虫による被害だった。そして、桜が病気にかかったのは間接的だけど、これも虫の仕業だった。
ヒント2。あなたの能力は『蟲を操る程度の能力』」
「2つの被害は虫の仕業、そして私の能力・・・・・・ もしかして、幽香さんは私が虫を使って植物に被害を与えたと勘違いした!?」
「う~ん、ハズレ。まあ、これだけだとそう捉えても仕方がないわね。
ヒント3。それらの能力を持つあなたの役割」
これだけヒントを出せばさすがにわかるわよね、とアリスは言った。
私は頭をフル回転させる。これらのヒント、そして幽香さんと私の発言及び行動を思い返す。
探偵・庭園・蟲・桜の枝・ソメイヨシノ・助手・・・・・・ それらの単語が頭を駆け巡る。
やがて私は一つの考えに至った。
「もしかして、私が助手を名乗ったからですか?」
「わかったようね」
「私は幽香さんを探偵に、自身を助手に見立てました。本来、助手というのは探偵を補助するものです。しかし、私は幽香さんにまかせっきりで何もしなかった。それだのに、助手なんて言ったから、幽香さんは気分を害した。そういうことですよね?」
「ええ、たぶん幽香はあなたを信頼できる助手だとでも思っていたのでしょうね。
でも、肝心のあなたは見ているだけで行動を起こさなかった。幽香さんはそこに不満を抱いたのでしょうね」
アリスは私の言葉を補足する。
助手として、蟲使いとして、病気の植物を調べるべきだったのだ。虫と植物の関係は切っても切れない。時には両者のバランスが崩れることにより、どちらかに被害を及ぼすことがある。
あの時、虫のエキスパートとしてバラや桜を調べればいとも簡単に原因がわかっただろう。それを怠った結果がこれだ。
助手を名乗った私の怠慢に幽香さんはさぞあきれたことだろう。
「アリスさん、ありがとうございます。おかげで自分の反省すべきところがわかりました」
「それでどうするの?」
「助手としての役割を果たそうと思います。
実はどうしても気になることがあるんです。神社での出来事なんですが、幽香さんは病気になった桜の診断をしました。そこで、この桜の病気は他には伝染しないと言ってました。
しかし、私としては他にも今回の件とは別に、病気になっている桜がこの幻想郷にあると思うんです。だから、幻想郷の桜を一度見て回りたいと思います!」
もうじき花見も近いですし、と付け加える。
「見て回るって・・・・・・ 幻想郷に桜が何本あると思っているの?」
「私の『蟲を操る程度の能力』を使って全部の桜をカバーします」
「なるほど、それなら可能かもね」
こうしちゃいられない、思い立ったら吉日だ。残りコーヒーをぐいっと飲み干す。アリスに礼を言って、家を後にした。
幻想郷中の桜の無事を確認したら、幽香さんに謝りにいこう。
なに、今度はきっと大丈夫さ。同じ過ちは繰り返さない。
幽香さんは許してくれるだろうか・・・・・・
いや、今はそれより『助手』としての役割をきちんと果たさなければ。
私は明日への1歩を踏み出した。
・その5
ここは博麗神社。周りには蟲たちが集まっていた。
今からこの蟲を操って幻想郷中の桜が病気に罹っていないかを調べる。
「蟲たちよ、幻想郷に散らばれ!」
集まった蟲は散らばってそれぞれが行くべき場所を目指す。ある蟲は地を這った、ある蟲は優雅に空を羽ばたいた。
もちろん、仕事はこれで終わりではない。
自身も枝を折ってしまったソメイヨシノを拠点に蟲たちの動向を見守る。
丈夫な太い枝に腰かけ、夜を明かすことにした。
どのぐらい経っただろう、下の方から声がした。
地上に目を向けると、そこには人形使いがいた。
「アリスさん、どうしてこんなところに」
「ほら、桜を見て回るって言ってたじゃない。それで気になって様子を見に来たのよ」
「寒いのにわざわざ来ることないですよ」
「それはこっちのセリフよ。寒いのに夜通し見張っているなんて」
そう言ってアリスは手に持っていた包みを手渡した。中には小さめのかわいらしいポッドが入っていた
「夜は冷えるでしょう。だから、暖かい飲み物を持ってきたわ」
「アリスさん、ありがとうございます。実を言うと少し寒いなぁ、なんて思ってたところなんですよ」
「そうでしょう。だからこれを飲んで少し温まりなさい」
コップに飲み物を注ぐ、湯気が立ち上る。湯気を見て改めて寒さを実感する。
熱さを確認してから一気に飲み干す。
「暖かい・・・・・・」
ほっ、とため息をつく。ほんのりと甘い。そして心と体が徐々に暖まるのを感じた。
「しかし、何でここがわかったんです?」
「ある人から、場所を教えてもらったの」
「いったい誰ですか?」
さぁ、とアリスは首を振った。
こうして、私はアリスと朝がくるまで話をしていた。
朝になった。どうやら眠ってしまったようだ。
辺りを見渡したがアリスはいなかった。どうやら帰ったみたいだ。
木を降りて、地面に立つ。
ふと上に目をやると、枝に袋が吊るしてあった。
中にはおにぎりメモが入っていた。メモには『やっとわかったようね 霊夢』と短い文章が書いてあった。きっとあの後、霊夢がここに来ておにぎりを置いていってくれたのだろう。
おにぎりにかぶりつく。おにぎりはまだ熱が残っていた。
「おいしい・・・・・・」
私は誰に向けるでもなく、そう言った。
朝食を食べた後、呼び戻した蟲たちの報告を聞いた。
どうやら、桜に異常は見られなかったみたいだ。胸を撫で下ろす。
余談だが、桜に近づく人物の報告も受けた。
1人目はアリス。夜中、桜の周りをうろついていたらしい。おそらく私を探すために桜の木を1本1本見て回ったのだろう。
2人目は幽香さん。アリスが桜を見て回っているところに近づいて、話をしていたそうだ。何の話かはおおよそ見当がつく。
そして3人目は霊夢。朝方、この木に近づいたとのことだ。そして何かを吊るしていったとの報告を受けた。
この3人がどうして桜の周りにいたのかを私は知っている。私のことを思ってくれた3人には感謝してもしきれない。
気にかけてくれたことをとても嬉しく思った。
桜に異常が無かったことに安心したのか、私は急に眠くなった。徹夜で見張りをしていたので疲れたのか。限界まで能力を使ったのも大きい。
私はすぐにでも幽香さんに会いに行きたかったが、そのまま家に帰り3日間もの間眠り続けてしまった。
・その6
3日後、私は幽香さんの家を目指していた。事の顛末を報告すると共に、先日のことに感謝しようと思っていた。
風見家に着く。私は扉を叩くと同時に勢いよくドアを開けた。
「幽香さん、リグルです!」
そこには幽香さんがいた。
「あらリグル、ずいぶんと久しぶりじゃない」
「あの時は本当にすいませんでした。
アリスさんに助言をもらい、どうして幽香さんが怒ったかを知ることができました」
「そう・・・
ならば何も言うことはないわ」
そう言って、幽香さんは微笑んだ。その笑顔で私は全てを許されことを感じた。
「そうだ、お茶でも飲まない? いいお茶が入ったのよ」
「ごちそうになります」
幽香さんと一緒にお茶を楽しむ。
出されたのは白いティーカップに注がれたお茶。
カップから湯気が出ている、色はそう淡い緑色だ。口をつける、やけどしない程度の熱さだ。少しずつ口の中に流し込む。
何の味だろう、苦いような甘いような。今まで飲んだことのない味だ。
「おいしいですねこれ。何のお茶です?」
「ひまわり茶よ。お口にあってよかったわ」
「ひまわり茶、珍しいですね」
「ええ、うちで取れたひまわりから作ったの」
幽香さんは作り方を説明する。私はそれを聞いている。
いつもは特に意識することはない日常の1ページ。しかし、それはけして当たり
前のことではないと、今回のことで気が付かされた。
幽香さんと楽しく談話をする。
「なるほど、竹茶やクヌギ茶、枝垂(しだれ)桜茶というのもあるんですか。
桜で思い出したんですけど。神社の桜はどうなりました?」
桜ついでに、先日の桜のことが気にかかり、疑問をぶつけた。
その話題を出したとたん、幽香さんは急に神妙な面持ちになった。
「そのことについてだけどね、大変なことになったわ」
少しの間を置いて、彼女は話し出す。
「実は、幻想郷中のソメイヨシノが病気にかかったの・・・・・・」
・その7
私は驚いた。蟲たちに確認させた時には何の異常もなかった。
「3日前は何ともなかったのに・・・・・・」
私は、幽香さんに3日前のことを説明した。
徹夜で蟲に幻想郷の桜を見張らせたこと。その結果、神社の桜以外に異常がなかったこと。
「ソメイヨシノがかかった病気は、博麗神社のソメイヨシノの病気と同じ。つまり、神社の桜から伝染した可能性が高い」
「病名は何ですか?」
「さあ・・・? 今まで見たことのない症状よ。
幹は緑色に変色、花びらは萎(しお)れて木の皮は所々めくれた状態になっているわ」
確かにそんな症状を引き起こす病気は聞いたことがない。
そして、幽香さんが知らないということは幻想郷の外から持ち込まれたものか、まったく新種の病気ということになる。
「それで今の状況はどうなんです?」
「状況はあまり芳(かんば)しくないわね。治療法はあるけれど、幻想郷中にあるソメイヨシノはおよそ2000本、それら1本1本を診て治療をすると相当な時間がかかるわ」
「私も手伝います」
「ありがとう。でも今できることはあんまりないのよ。治療薬を作っているのだけれど、材料を煮詰めて熟成するのに時間がかかるの。
だから今は待機中。その間に何かいい案を考えているんだけどね」
幽香さんの考えは今のところ最善策だろう。下手に動いてもしかたのない今、解決方法を模索するぐらいしかやることがない。私も幽香さんの力になりたいので、一緒に考えることにした。
「これだけのスピードで広まった原因はいったい何でしょう?」
「これは仮説だけど。感染スピードがとても速い、もしくは誰かが人為的に広めたかのどっちかね」
「人の仕業ですか? それは無いと思います。
実は私の蟲たちが桜の状態を確認すると同時に、誰かが近づいてこないかも監視してたんですよ。
桜に近寄った人物は3名。
「夜中に幽香さんとアリス、朝方に霊夢が桜の周りに近づいただけです。もちろん近づいただけで特におかしな行動もありませんでした。
もちろん幽香さんを含む3人が何かをしたとは思えませんし、する理由もありません」
「おそらく関係ないでしょうね」
幽香さんも同意した。
今回の事件で幻想郷中の桜が病気にかかった理由、速いスピードで拡散した理由、病名など分からないことだらけだ。
そんなことを胸中に抱いているとふいに幽香さんは時計を確認した。
「あと30分で仕込んでいた治療薬が完成するわね」
「2人ではとても手が足りませんね。幽香さんのクローンか分身でもあれば、一気に2000本もの桜を診ることができるんですけどね。
ちょっと応援を呼んできます」
立ち上がって、玄関に方へ向かう。
駆け出そうとしたところを幽香さんは手を伸ばして制止した。
「散布薬だから人手はそんなにいらないわ。
それより今、クローンって言ったわよね」
「ええ、言いましたけど」
「クローン? それを言うなら分身とかじゃない?
・・・・・・今なんて言った、クローン?
リグル、私は大事なことを見落としていたわ。そう、クローンよ!」
幽香さんは一段階声色を高めてそう叫んだ。
私は幽香さんの意図を量りかねていた。
そりゃあ、クローンの例えはちょっとおかしかったかもしれなかったけど、いくらなんでもそこまでつっこむことはないだろう。何より、今の切迫した空気の中にそんな言葉のあやなどが入り込む余地は無いのだ。
「どういうことです?」
「ソメイヨシノはすべてクローンなのよ。これですべての謎が解けたわ!」
「よくわからないですけど、犯人がわかったということですか?」
「この事件に犯人はいないわ」
つまり、この事件は偶然か自然の仕業ということになる。
ソメイヨシノがクローン。何のことかはわからないが、今は黙ってその推理の続きを聞くとしよう。
私は幽香さんの推理に耳を傾けることにする・・・・・・
解決編
・その8
「それで、クローンがどうしたのよ」
アリスは話の続きを促(うなが)した。
ここはアリス宅。
事件を解決した幽香はその5日後、アリスに招待されて家まで足を運んだ。
「ソメイヨシノという桜は江戸時代より前には存在しなかった品種なの。江戸時代にエドヒガン系列の桜とオオシマザクラの交配で生まれた桜なのよ。
そこから全国に広まった後、幻想郷にもたどり着いたわけね」
幽香の事件とは関係がなさそうな説明にアリスは口を挟まない。彼女はこのまま話を聞けば、いずれ事件と関わりのある話に続くに違いないと考えていたからである。
「ソメイヨシノという品種はね、種から育つことがないのよ。元木から分譲された接木で増す、人の手でしか増えないと云われてるわ」
幽香の説明した通り、ソメイヨシノ同士ではまず子孫を作れない。同じ個体で子孫を作るのは、進化の多様性を犠牲にするということになるからだ。(人間でいうと、兄妹同士で結婚するようなものである)
これは自家不和合性と呼ばれるもので、この性質は比較的高等な植物に多く見られる。(ソメイヨシノと多品種の桜の交配は可能)
「なるほど、だからクローンというわけね」
親の種から育ったのならば親子といえるが、接木から育てたのなら同じDNAであり、クローンともいえる。
「そう、同じ遺伝子だからこそ病気には弱く、新しい耐性を持つこともまれだわ」
「つまり、博麗神社の病気のソメイヨシノから幻想郷中のソメイヨシノに同じ病気が広がったのね」
アリスの言葉に幽香は一種のやりにくさを抱いていた。
返ってくる言葉はいちいち正しいが、先回りをされているようで非常に煩(わずら)わしい。これがリグルだったらもう少し気軽に話せるなどということを考えていたが、幽香はとりあえず話を続けることにした。
「その通り。みんな同じ個体だから、どれか1つが病気になると他の個体にも簡単に病気が伝染する可能性がある」
逆にいうと、1つの治療法さえわかればすべての個体を治すことができるのだけれどね」
今回、幽香は治療薬を開発していた。1つのソメイヨシノに薬を散布して、効果が見られると、その薬を幻想郷の患木にも同じように散布したのである。
クローンの性質上、同一個体が病気になるリスクも高まるが、治療法が画一に施行できることがまた幸いした。
「それで、原因は何だったの? 1つの桜から他の桜に伝染するってことはわかったけど、3日で広まったことの説明はつかない」
アリスはもっともな問いかけをした。
「風よ。吹き荒れた風は神社にあった病気の桜の菌を幻想郷中にばらまいた。
推理はこんなところかしらね。
そちらの疑問も解けたようだし、そろそろお暇(いとま)するわ」
「わざわざ遠いとこまで来てもらいながら、大したおもてなしができなくて悪かったわね」
そんなことはないわ、と幽香は言葉を返す。
玄関の扉に手をかけようとした時、アリスは言った。
「リグルにも同じような話をしたの?」
「ええ、まったく同じ話をしたけどそれが何か?」
幽香は腑に落ちない顔をする。
「いえ、リグルはどうしてるかなって。
それより、今度の花見は絶対出なさいよ。幻想郷のソメイヨシノを救った幽香とリグルには今年こそ是非出てもらわないと」
今年は出ようかしらと言って、家を去る幽香。
アリスはそれ以上言葉を発することなく、ただ見送った。
しかし、アリスは胸の中で『風の仕業ね・・・』、と吐き捨てるようにつぶやいた。
・エピローグ
風の仕業ね・・・・・・
それは違うわ、幽香。なぜならこの1週間、幻想郷にほとんど風なんか吹いてなかった。それに幻想郷中に病気を拡散するほどの大風が吹いていたなら、今頃花びらは全部散っているでしょうに。
本当の原因は蟲ね。
リグルの使う蟲。
リグルがすべてのソメイヨシノに蟲を置いた。おそらくソメイヨシノの特徴を覚えさせるために、リグルは蟲を神社にある病気の桜に触らせた。
その蟲が他の桜にも病気を運んだのね。
それがありえない速さで病気が拡散した理由。
でも私はこのことを誰かに言うつもりはない。
そんなことを言って誰が得をするかしら。いたずらにリグルを傷つけるだけ。
幽香もそのことをわかっていて、あえて間違った推理をリグルに話した。
真相を知っているのは私と幽香だけでいい。
そういえば、今年は幽香とリグルが花見に参加する。
あの2人はどんなお酒が好きかしら。
今からとても楽しみね・・・・・・
終わり
話はぽんぽん進んでいくけど、テンポがいいんじゃなくて単に味気ない。
ただ、日常ミステリにしても軽すぎるのでもう少しボリュームが欲しい所。とくに前半もうちょっと肉付けしてもいいんじゃ……ということでこの点数です。
アンケートは……うーん、①で。
ただ、楽しめる読み物になってかたというと、そうじゃないなあ
アンケは3で。他の探偵ネタも見てみたい。