こんにちわ。
或いは、こんばんわ。
今、生まれました。
――誰が、ですって?
私が、ですよ。
貴方が目で追っている、
この文字の一つ一つが、
この言葉の全てが、私。
こんにちわ。
或いは、こんばんわ。
今、生まれました。
私は、文字です。
こちらからは見えないけれども、
貴方が私を目で追う明確な視線、
何かを求めようとする微熱の感情、
吐息に籠められた期待と不安の色、
その一つ一つが、その全てが、
私にとっての悦び。
私にとっての幸福。
貴方が望む物語を語りましょう。
貴方が望む知識を授けましょう。
或いは、
望まれない物語を語りましょう。
望まれない知識を授けましょう。
笑顔と抱擁で迎えられるでしょうか。
憎悪と嫌悪をぶつけられるでしょうか。
許容を以って記憶の棚に留め置かれるでしょうか。
拒絶を以って記憶から打ち捨てられるでしょうか。
どのようなものであったとしても、
どのような結末を迎えるとしても、
私は幸せに思うのです。
こんにちわ。
或いは、こんばんわ。
今も、生まれています。
私は、文字です。
貴方の師であり、弟子であり、
父であるのと同時に母であり、
兄であるのと同時に弟であり、
姉であるのと同時に妹であり、
親友であり、仇敵であり、
恋人であり、恋敵であり、
心を揺り動かし、
それを糧とする者。
何処にでも生まれ出で、
何処にも在らざる存在。
誰でもあり、誰でもない者。
それが私。
私は、文字。
こんにちわ。
或いは、こんばんわ――。
*****
パタン、という音が周囲に響き渡る。
紅魔館ヴワル魔法図書館の最奥――。
人知れず、その本は誰かに読まれる時を待ち侘びている。
名も無く、文字を作る程度の能力しか持たない妖怪は再び眠りに就いた。