Coolier - 新生・東方創想話

ドSな彼女のルームメイト

2013/09/01 10:25:17
最終更新
サイズ
144.84KB
ページ数
1
閲覧数
8832
評価数
38/90
POINT
6070
Rate
13.40

分類タグ

 
 

 その少女は、二つの力を有していた。

 一つはナイフを操る力。投げることも刺すことも切ることも、彼女は上手にできた。
 もう一つは時間を操る力。短い間、彼女は止まった世界の中で、自分だけの時間を持つことができた。

 彼女は名前も持っていた。どこにでもある、平凡な名前だったけれど。
 最後に彼女が、『その名』で行ったのは、ある大きな館からパンを一つ盗むことだった。

 これだけ大きな家なんだから、忍び込んでも気付かれない。
 これだけたくさんのパンがあるんだから、一つくらい無くなっても大丈夫。
 幼い彼女は、そう信じこんでいた。

 その晩、少女は泥棒だった頃の名を捨てた。
 それから十年の月日が経ち、少女は美しく成長し、できることを増やしていた。
 いつしか彼女は、神に祈るのを止めていた。富者を憎むのを止めていた。愛を疑うのを止めていた。

 そして……笑うことを、


 あと妖精メイドをしごくことと、居眠りする同僚を刺すことも覚えていた。







 
 ~ドSな彼女のルームメイト~








 1 始まりの一粒




「なんとまぁ」

 快晴の空の下。
 完全にして瀟洒なメイドと呼ばれる十六夜咲夜は、どこか間の抜けた声をあげる。
 幻想郷において、その大きさにおいても様式においても、他に類を見ない程立派な赤いお屋敷、紅魔館。
 その横手にある庭にて、彼女は普段から着ている青と白のカラーリングのメイド服に身を包んで立っていた。
 咲夜に間の抜けた声を出させたのは、目の前にそびえる、見上げんばかりの大きさの竹であった。
 しかも一つではなく、青々とした葉を茂らせたものが、中央の最も高いものを中心に五つ、視界に等間隔に並んでいる。

「期日までに用意して、とは頼んだけど、これはいくらなんでも大袈裟じゃない?」
「お嬢様方だけでなく、メイド組と門番隊合わせて三百名以上いるんですよ。全員の短冊をぶら下げるなら、竹一本だと見苦しくなりそうじゃないですか」

 朗らかに笑って言う赤い長髪の妖怪は、紅魔館の門番隊長を務める紅美鈴である。
 彼女はかの有名な迷いの竹林から、これらの竹を貰い受けてきたのであった。
 五節句の一つである七夕は、明日に迫っている。夕方から開かれる七夕パーティーには、やはり竹と短冊は欠かせない。

「まぁこれらは大目に見てあげてもいいけど……」

 そう言って、咲夜は振り返った。

「あっちはそろそろ自重してもらわないとね」

 その視線の先、正門と本館の間に位置する前庭に、穏やかで素敵な花園が広がっていた。
 噴水で散らされた陽光が、薔薇をはじめとした花々に降り注ぎ、虹色の香りを引きだしている。
 右を見ても花。左を見ても花。それを引き立てる緑も豊かで、すでにちょっとしたバラ園か植物園の如しだ。

 日当たりがよく、なおかつ風通しもよい十分な広さの土地があって、水やりを欠かさぬまめな育て役がいたことにより、こんな庭が誕生することとなった。
 が、ここは一応、泣く子も黙る吸血鬼の館なのである。本来は毒々しいはずの派手な紅色の館が、なんだか平和な印象に変わってしまっているのはいかがなものか。

「しかもこの前は、公園と勘違いして訪れていた外の妖精達までいたそうね」
 
 咲夜は半眼で指摘する。
 睨まれた方、ホラーハウスにファンシーなドレスを穿かせた張本人は、全く悪びれていない感じの笑みで、

「いやぁ、お花を育てるのって楽しくって楽しくって。咲夜さんも一緒にやってみませんか?」
「結構よ。私は館内の担当で、貴方は外の担当。そういう役割でしょう」
「律儀だなぁ、もう」
「私だったら、家計の足しになりそうな野菜とかも育ててみるわね」
「ああ、野菜なら私も裏の庭で作ってます。そろそろキュウリとかトマトとか、お茄子がいい感じです。来年はイチゴも育ててみたいんですよ。クランベリーとかハーブは元々生えてたんですけど、もう少し株を増やしてたくさん採れるようにしてみようかなぁ」
「………………」
 
 完全に思考が門番というより庭師になってしまっている。
 緑の帽子を傾けて空を仰ぐその顔には、一片の疑問も浮かんでない。
 彼女の頭も水をやれば、さぞかし立派なお花が咲くのではなかろうか、と咲夜は思ったが、

「まぁ、何事もほどほどになさいね。竹については、よくやってくれたわ。これならお嬢様も満足してくださるでしょう」

 再び、咲夜は庭の中心に並んだ、背の高い緑のモデル達を眺める。
 美鈴がどのような交渉の末に、竹林の管理者から貰い受けたのかは分からないが、咲夜の予想を上回る実に立派なものが五つ。短冊だけに利用して、放棄してしまうのは惜しい気もする。
 他に利用法がないものか。例えば……

「……コアラでも飼えないかしらね」

 ぼそりと呟いたその一言に、美鈴が反応する。

「コアラ? どうしてですか?」
「こんなに笹があるから、餌には困らないと思って」

 咲夜は振り向いて、さも当然のごとく述べた。

 美鈴は碧色の目をぱちくり。
 対する咲夜の方も青い目をぱちくり。
 二人の間をそよ風が流れていき、笹の葉がさらさらと揺れる。

 しばらくして、美鈴の方が何かに気付いたように、おそるおそる切り出した。

「あの……咲夜さん。もしかして、と思うんですけど」
「何?」
「勘違いしてませんか? 笹を食べるのは大熊猫(パンダ)であって、子守熊(コアラ)ではなかったと思うんですが」
「………………え?」
「コアラは笹というより、ユーカリの葉を食べるはずですよ」

 門番は中華風の外見にそぐわぬワールドワイドな動物学の知識を披露する。
 対する訂正を受けたメイドの方は、しばらく固まっていた。

 やがて、その頬がじわじわと薄桃色に染まっていくのを見て、美鈴がたまらず吹きだす。

「も、もしかして咲夜さん、今までずっと間違えて覚えてたんですか!」
「…………」
「あはははは! 咲夜さんも可愛いところがあるんですね!」
「…………」
「ちょっと窮屈なくらい完璧で、ミスなんて絶対しない人だと思ってたのに! パンダとコアラを間違えるなんて! いつも刃物を振り回してるメイドさんには似合いませんよ、あはははは!」

 空まで届きそうな笑い声が、庭に響き渡った。
 さすがは毎日鍛錬を欠かさぬ、健康優良娘の門番。実にすこやかな喉と肺である。

 だが、咲夜の顔が赤から白になるにつれて、そして右手に持ったナイフの本数が増えていくにつれて、「ははははは……」と美鈴の笑い声は小さくなっていった。
 頬もだんだんと固まり、血の気を失っていく。

「……あの……その……私……」
「短い付き合いだったわね。美鈴」
「ごめんなさい!! 言い過ぎでした! というか笑い過ぎでした! いつもならすぐにナイフで刺されるタイミングで来なかったので、歯止めが効かなくて!」
「あら、こんにちは。はじめまして赤い髪の妖怪さん。本日は紅魔館にどのようなご用件で?」
「咲夜さぁ~ん!」

 遠まわしにクビを宣告され、泣きつく美鈴。
 だが、心の経絡秘孔を突かれた咲夜は、すでに彼女に対する関心を失っていた。
 踵を返し、頭ではすでに新しい門番の募集通知の文面を考え始めている。

「そうだ! いいものがあるんですよ! 咲夜さんにぜひプレゼントします!」
「へぇ」

 足を止めて振り返る咲夜は、あくまでクール。その表情と心に、微塵の期待も湛えていない。
 彼女が美鈴から何かをプレゼントされたことは、これまで何度もあった。
 中華饅頭、草餅、ピロシキ、フランクフルト、べっこう飴、サトウキビ。
 思い出してみれば、どれも食べ物関係である。しかも微妙に野暮ったい。

 だが今回美鈴が取り出したものは食べ物ではなく、咲夜にとって思いがけないものであった。

「これは……」

 彼女が掌に載せて差し出してきたものを、咲夜は吟味する。

「はい。種ですよ」
「そのようね」

 それは一粒、というには少し大きい植物の種であった。

 直径二センチほどで、クルミのような形をしており、硬さも同じほど。
 ただ、普通の種に見られる茶色や黒といった目立たぬ色ではなく、緑がかっていながら全体に白い模様が浮き出ていて、直に触ってみなければ石と勘違いしてしまいそうだ。
 こんな種は見たことがない。咲夜はつまんで呟く。

「何の種なの?」
「さぁ。私にもちょっと」
「美鈴……貴方は得体のしれない植物の種を人にあげるような性格をしていたの?」
「そ、そんな異常性癖の持ち主を見るような戦慄の表情で言わなくてもいいじゃないですか。私は……」
「ポッポが生まれると信じて温めた卵からポリゴンが生まれたら、貴方はどう責任を取ってくれるの?」
「うう、よくわからないけど謎の説得力が……」

 視線に押されてたじろぐ美鈴は、あせあせと両手を動かしながら、説明を試みる。

「実はこれ、ちょっと不思議な経緯で拾ったんですよ。……いや『受け止めた』っていう方がいいんですかね」
「受け止めた?」
「三日前に突然、空から降ってきたんです」
「美鈴……」

 またもや咲夜は表情を硬化させ、口に手を当てる。

「貴方は空から降ってきた得体のしれない何かを人にあげるような性格をしていたの?」
「そ、その目はやめてくださいって」
「仮に空から三つ編みの少女じゃなくてサングラスの大佐が落ちてきたとしても、貴方は抱き止めた?」
「…………一応」
「それをこともあろうに、私に押し付けようとしているのね」
「ごめんなさい! 私ったらなんてひどいことを!」

 美鈴は土下座する勢いで、思いっきり頭を下げた。
 
 淡い輝きと共に夜空から落ちてくる人の姿。
 少年は懸命に走り、ロマンスを期待して抱き止めるが、それが野郎だと分かった瞬間、親方にキラーパス。
 夜明けと共に始まる中年男の冒険劇。飛行石を狙う海賊とおかみさんからの逃避行。
 親方、実は私黙っていたの。私の本当の名はロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ。
 バカ共にはちょうどいい目くらましだ、ってどう見てもドジっ子眼鏡です。本当にありがとうございました。

「植木鉢と、いい土がほしいわね」
「へ?」

 唐突に種を見つめる咲夜が言い出したので、またもや美鈴はペースを崩されながら尋ねる。

「育てるつもりなんですか?」
「ええ。植木鉢はあるのよね?」
「物置にいっぱい。土は裏の畑の近くの黒いのが、栄養があってよく育ちますよ」
「わかったわ。後は自分で調べてみるから」

 咲夜は種をハンカチで丁寧に包み、ポケットにしまいこむ。
 彼女が微笑んだのを見て、美鈴は心底安心したようだった。
 ところが、

「じゃあ、3ナイフは貸しておくわね」
「3ナイフ!?」
「三回ナイフで深々と刺すという意味よ」
「何ですかそれ!? そんな凶悪な単位聞いたことありませんよ!」
「ちなみに貴方には126ナイフを貸しているのだから、覚えておきなさい」
「い、いくら私が妖怪でも死んじゃいます!」
「一括払いならね。だからこまめに返してもらっているのよ」

 咲夜は軽く腕を組み、出荷間近の家畜が載った体重計のメモリを見るような目で、

「美鈴。貴方がたとえ物を知らない様を見せた時でも、私は決して嘲笑ったりせずに、丁寧に教えてあげてきたつもりよ。なのにさっき貴方は、私の些細な勘違いに大笑いして、しかもこともあろうに得体のしれない種を押し付けてきた。その罪の重さが3ナイフ」
「ひぃ」
「ただしこのもらった種が、いい花を咲かせたら帳消しにしてあげる。だからそれまで3ナイフ分は貸しにしておくわ」

 ナイフで刺すのを貸しにするなど、聞いたことがない。
 しかもこの台詞を喋っているのは、妖怪でもマフィアでもなく、人間の少女なのである。
 美鈴は顔を引きつらせて言った。

「さ、さすがですね咲夜さん」
「どうも。じゃ、綺麗な花が咲くことを祈ってなさい」

 言った瞬間、まるで始めからそこにいなかったかのごとく、時を操るメイド長は姿を消していた。
 残された美鈴は、ホッと胸をなでおろす。

 それから、指を一本立てて、

「ところで皆さん。『さすがドSね』を早口で言うと、『さすがですね』に近くなること知ってましたか? ぜひ試してみてください。上司に仕返ししたいときはこんな風にバレないようにして……」
「バレないとでも思ったわけ?」




 はい、1ナイフ。




 ◆◇◆




 紅魔館が誇るパーフェクトメイドは、歩く姿までも美しい。
 無駄な力みも緊張もない、きびきびとしたその歩行は、彼女の操るナイフに共通する、ある種の機能美を醸し出している。銀の三つ編みと純白のエプロンと赤い廊下も、見事なコントラストを生んでいた。
 残念ながら止まった時の中で、その姿を眺めることのできる者はいない。ただし今日に限っては仮に彼女が普通に歩いていたとしても、掃除中のメイド達は羨望ではなく、物珍しそうな目でその姿を見つめていただろう。
 持ち物が意外だったので。

 ――やっぱりちょっと大き過ぎたかしら。

 抱えている植木鉢を見下ろしながら、咲夜はそんなことを思った。
 その幅は、メイド服に包んだ自分の体から優にはみ出すサイズである。重さもなかなかだ。
 美鈴からもらった大きな種から、どんな大きな植物が生まれるか分からなかったので、一番立派な鉢にしてみたのだが。少し落ち着きが足りていないかもしれない。そう、昼間に美鈴の前では態度に表していなかったが、実は咲夜は浮かれていた。

 十六夜咲夜は、ドSである。
 Sとはすなわちサディズム、他者に対する嗜虐的な気質を持ち合わせているということである。
 しかしこの世に産み落とされた時から、咲夜がそうだったわけではない。おしゃぶりの代わりにバタフライナイフを舐めていたわけでもない。彼女の生涯において、Sであることは、ある意味で必要なスキルの一つだったのだ。

 紅魔館に来る以前、まだ十を数えてもいなかった咲夜の周りには『非暴力的』な存在がほとんどいなかった。
 優しさや甘さを見せれば、そこに付け込まれ、ありとあらゆるものを奪われかねない、食うか食われるかの荒みきった幼年期を過ごしてきたのだ。
 もちろん、妖怪天国のこの幻想郷においても、気を許してよい相手は限られている。
 故に常に隙のない姿勢、あるいは攻めの姿勢を保たなければ、人間の少女など生きてはいけない。

 ある者は白黒の大砲、すなわち決して侮れぬ圧倒的な力のイメージ。
 ある者は紅白の暖簾、すなわちいくら押しても受け流されるイメージ。
 ある者は奇跡の電波、すなわち関わったらなんかヤバそうなイメージ。

 そして咲夜が選んだのは、触れれば切れる抜身の刃物のイメージであった。
 彼女が受け身になるのは、敬愛する主人の前だけである。

 とはいえ、ドSである十六夜咲夜の本質は、優しい少女である。
 館の中でも外でも親切であり、理由もなく他者に暴力を振るうことは絶対にない。
 当然、美鈴に振るうお茶目な暴力も親愛の証であるし、そもそも咲夜は彼女のことが好きだった。
 『ザク』と刺せば、『グフ』と呻いてくれる、あのノリの良さも含めて。

 さて、そんな優しくてドSなメイド長だが、彼女は門番に負けず劣らず、何かを育てるというのが好きな性分だった。
 たとえば一匹の妖精メイドを、せめてお手伝いができるレベルにする。卵一つ割れなかった妖精を、パンケーキが作れるように仕込む。掃除などしたことのなかった妖精に、はたきの用い方を教え込む。
 それらが成功した時、主人の要求に応えられた時とはまた違った、ほのかな喜びを覚えるのである。

 植木鉢の中、土に埋めた種のことを、咲夜は想う。
 一体どんな植物が生まれるのか、そのことを想像するだけで心が浮き立つ。

 ――あとは肥料と水かしら。私の部屋の窓は南向きだし、日当たりはいいはず……。
  
 頭の中で考えを練りながら、咲夜は紅魔館の三階にある自室の戸を開けた。
 白い部屋である。彼女のイメージに違わず、中は隅々まで掃除が行き届いており、塵ひとつ落ちていない。
 シンプルながら味のある北欧系のタンス。シーツに皺ひとつないベッド。
 余計な物が置かれていない読書机。無地のクローゼット。
 清潔感はあるものの、十代の少女の部屋にしては少し殺風景かもしれない。
 咲夜は早速、植木鉢を部屋の奥に一つだけある大きめの窓の際に置いてから、数歩後ずさりして、眺めてみた。

「……そうね」

 満足げに独りごちる。

「これだったのね……きっと」

 何か自分の部屋に足りないとは思っていたが、それは『生きた何か』だったのだ。
 潔癖なこの空間の中で、つつましい緑、あるいは一輪の花が窓辺にあるだけで、空気が華やぐ気がする。

 微笑を浮かべた咲夜の姿が、唐突に消えた。
 再び現れた彼女の手には、小振りのじょうろがあった。
 彼女は静かに、土の上に水を注ぐ。

「………………」

 なんとも言えない温かい気持ちが、その胸に芽生えた。

 ――そうだ、いいことを考えたわ。

 続いて時を止めた咲夜が向かったのは、紅魔館の娯楽室である。
 ここにはレコードが多く置かれており、咲夜もたまに自室での休憩中に、蓄音機にかけて聴くこともある。
 音楽が植物によいということを、だいぶ前にどこかで耳にしたことがあったのだ。
 
 静止した世界の中では、妖精メイド達が新聞紙でチャンバラやベースボールにいそしんでいた。
 肝心の記事に毛ほども興味を示さないのは、彼女達妖精に限ったことではない。
 文々。だろうが案山子だろうが、芋が美味しく焼けるのがいい新聞だ、と言ったのは誰だったか。

「これだけ破かれると、お芋も包めないわね」

 床に落ちた穴だらけの新聞紙を、咲夜は拾い上げる。
 日付は三日前。記事の見出しは『真夏の怪奇現象!! 天変地異の正体は、大妖怪同士の決闘か!?』。 
 咲夜は丁寧にそれを折りたたみ、千切れた紙片と一緒に片づけてから、目的の場所へと向かった。
 重なったレコードジャケットの背を、指でなぞる。

「確か、モーツァルトだったかしら……」
 
 『トルコ行進曲』、『ピアノ協奏曲第20番』、『フルート協奏曲』、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。どれも著名な曲である。
 
「クラシックならどれでもいいのかしらね」

 『ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲 四季』、『バッハ 管弦楽組曲第3番 編曲 G線上のアリア』、『ベートーヴェン ピアノソナタ第14番 月光』。後記バロックからウィーン古典派の作品だ。

「『blue moon』……『Fly Me To The Moon』……『Moon River』……」

 こんな風に自分の名にちなんで、月をテーマにした音楽もありかもしれない。

「『Let It Be』……『天国への階段』……『東京ヴギウギ』……『津軽じょんがら』……」

 だんだん針路がおかしくなってきた。
 時間がいくらでもあるとはいえ、なかなか一つを選ぶのは難しい。
 外界から入ってくるレコードが無節操に集められているので、このような混沌とした選択肢が生じる。

 悩んだ末、咲夜は結局お気に入りの十枚を選んで、自室に持ち帰ることにした。



 
 ベッドに腰掛け、カモミールティを味わいながら、咲夜は音楽に耳を傾けていた。
 蓄音機は外界から流入してきた機械を河童が改造したもので、以前にバザーで手に入れた品物だ。
 レコードの針が紡ぐかすれた歌声は、外界のシャンソンである。

 場所は咲夜のプライベートルーム。時刻は午前五時半。
 吸血鬼に仕えるメイド長に、決まった就寝時間は存在しない。
 主人の生活時間は基本的に日没から夜明けまでまたがっているものの、彼女が寝ている間もメイドの仕事は多くあり、内容も毎日異なっている。よってその合間に、自らの休憩時間を上手に作らなければならないのだ。
 今、すでに寝間着に着替えている咲夜は、寝る前の安らかな時間を、新たなパートナーと共に埋めていた。
 最後の一曲が終わって、咲夜はレコードを止め、囁いた。

「気に入ってくれたかしら、パトリシア」

 パトリシアというのは、まだ芽を出さない花につけた名前である。
 音楽だけでなはなく、話しかけるのもよいと聞いていたので、素敵な名前をつけてみようと思ったのだ。
 日の光が十分に入るよう、カーテンをいっぱいに開けておく。
 咲夜はベッドに横になり、明日、芽が出ていることを願った。

 その時、どんな風に自己紹介をしようか、とも考えながら。








 2 はじめましてパトリシア




 午前七時になり、ベッドの中にいる咲夜の両瞼が開いた。
 およそ一時間半。健康的な人間の少女としては十分な睡眠時間とはいえないが、咲夜にとっては苦でない。
 足りない分は休憩時間に時を止めて、追加することもできるのだから。

 それにしても今朝は何だか、

「……変わった気分ね」
「そう」
「覚えていないけど、夢が悪かったのかしら」
「かもしれないわね。少しうなされてるように見えたわ」
「ああ、やっぱり」

 と咲夜は普通に応えてから、


 全ての動きを止めた。


 今のは誰の返事だ。
 ここはプライベートな部屋であり、自分の他には誰もいないはず。
 視界の端には、植木鉢……と。

「さて。おはよう、とだけ言っておくわ」

 咲夜は首をギギギと動かす。

 そこには……なんと昨晩に種を植えた大切な植木鉢の土から……




 風見幽香が生えていた。




「シェー!!」

 完全にして瀟洒なメイド長は、そう悲鳴をあげた。




 ◆◇◆




『シェー!!』

 廊下を歩いていた妖精メイド、マーガレットは「ひっ……!」と息を呑んだ。

 紅魔館のメイド達に恐れられ、また敬われている十六夜咲夜の私室の前。
 そこから日常ではまず耳にしない奇声が聞こえてきたのだ。

 しばし金縛りにかかっていたマーガレットは、完全かつ瀟洒なメイド長が「シェー」と叫ぶような状況を想像してみた。
 不可能だった。チタン製の精神を持った彼女が、そこまで取り乱すような状況など考えられない。
 彼女がそんな悲鳴をあげたとなれば、それは紅魔館全体の危機といってよいのでは。
 また同じ叫びが聞こえてこないことを天に祈りつつ、マーガレットはノックしてから、声をかけた。

「あ、あの……メイド長?」
『…………………………マーガレットね。どうしたの?』

 まさしくその返答は、十六夜咲夜の声であった。
 けれども「どうしたの」とはこちらの台詞であった。
 しかも今の返答の間はなんだったのか。
 会話も行動も、何事も迅速なメイド長にしては不気味過ぎる沈黙である。

 マーガレットは元々ここに来た用件を伝えることにした。

「その……午前の業務の指示がほしいのですが……」
『先週の金曜日のメモと同じでいいわ。少し風邪ぎみなの。お嬢様がお目覚めになるまでには治すわ』
「ああ、そうだったんですか。風邪ぎみだから……」

 風邪ぎみだから?
 だから、あんな声を出したのか?
 「ハックション!」とか「ゴホッゴホッ」とかいうならわかるが、聞いたのは確かに「シェー!」である。
 それはどんなくしゃみ、あるいは咳なのか。
 本当にただの風邪なのか?

「もしかして、具合そんなによくないんですか?」
『そうよ。正直風邪ぎみといっても、ものすごくたちの悪そうな風邪だから、決して扉に近づかないで』
「シェーですもんね……」
『何?』
「い、いえ! なんでもありません! 失礼します!」

 ドアの端から廊下に漏れ始めた危険な気配を、生まれながらに持つ生存本能で察知したマーガレットは、速やかにその場から立ち去った。




 ◆◇◆



 
「さて……この状況、どう解釈したものかしらね」

 冷静さを取り戻した咲夜は、改めて目の前の現実を直視して――

 ――意識が遠のきかけた。
 
 ふわりとくせのついた濃緑の髪、赤いチェックの上着、同じ柄のロングスカート。
 表情は渋いものの、顔立ちには自然の優雅さと可憐さが調和している。
 そして麗しく穏やかでありながら、裏から危険な気配を醸し出しているという、矛盾した佇まい。

 白い大きな日傘こそ携えていないものの、どこからどう見ても、あの風見幽香だ。
 幻想郷において危険度最上位にランクし、あらゆるものから恐れられている、花の大妖怪だ。

 それがあろうことか、咲夜が用意した植木鉢の土に、『足首まで土に埋めて直立している』。

 いややはり、『土から生えている』という方が正しいのだろうか。
 何にせよ、今日まで咲夜が経験してきたどんな不条理であっても太刀打ちできない眺めである。
 そう断言できる。「シェー」は不可避だ。

「念のため、始めにお尋ねしておきますけど……風見幽香よね貴方。あの風見幽香でいいのよね?」
「いかにも、風見幽香はこの世に一人しかいないわ。時間を操れる人間のメイドさん」

 彼女の方も咲夜のことは忘れていなかったらしい。
 見た目はともかくとして、その声色は大妖怪ならではの尊大さがにじみ出ている。

「何で私の鉢に生えてるわけ?」
「その前に私の方から確認したいんだけど、貴方これくらいの……クルミに似た種に心当たりはある?」
「ええ」

 咲夜は軽くうなずく。
 昨日、美鈴からもらったあの種のことで間違いないだろう。

「うちの門番は、空から降ってきたと言っていたわ。私はその種を譲り受けて、その鉢に植えたのだけど……まさかそれが、あんただったとか言うわけじゃないでしょうね」

 不審な思いで咲夜は問う。
 だが幽香は応えず、苦悩じみた仕草で髪の毛に手をやって、舌打ちを一つ。

「まさかこんな形で再生するとは……厄日が続いてるわ」

 再生。厄日。
 キーワードを頭に並べつつ、咲夜は彼女の口から、詳しく事情を聞くことにした。

 四日前の天変――咲夜が昨日、娯楽室で読んだ天狗の新聞に載っていた事件だ――その真相は、やはり大物同士の決闘だったらしく、その当事者がこの風見幽香と、あの我が儘天人、比那名居天子だったそうな。
 きっかけは些細なことだったようなのだが、だんだんとエスカレートして、ついには天候を左右するほどの戦闘になったという。両者の性格から鑑みて、おそらくあの天人が喧嘩を売り、この妖怪がそれを買ったのだろう。

「そこで、あいつを親でも見分けがつかないくらいボコボコにしてやったんだけど、私もそれまでの連日の猛暑がたたって、力をかなり消耗していてね。一旦休眠モードに入らないと、危ない状態だったのよ」
「その休眠モードっていうのが、あの種だったってことかしら」
「そういうことね」
 
 幽香は首肯する。
 さすがは妖怪。その生態に関しては、人智の及ぶところではない。
 これでもし彼女が生まれたままの姿で咲いていたりしたら、驚きのあまり本当に卒倒していたかもしれなかったが、妖怪は基本的に精神的な存在力が強い種族だ。外見にもある程度、融通が利くのだろう。

 それにしてもこの大妖怪がそこまで追い詰められたのだから、本当に凄いバトルだったに違いない。
 
「あれから何日経ったの?」
「天狗の号外が出てからなら、三日と半分よ」
「そう。まぁ予想の範囲内かしら。本当なら土の上で日に当たって、発芽前に十分なエネルギーを蓄えて、完全な形で復活するはずだったのだけど……」
「……けど?」
「あいにく、不完全な形で体が再生しちゃったから、しばらく動けそうにないわ。『中途半端に栄養を与えられた』結果かしらね。もう少し時間が必要みたい」

 それを聞いた咲夜の視線が、自然鋭くなった。

「馬鹿馬鹿しい。とっとと出て行って」
「はぁ? 何言ってるの?」

 幽香もまなじりを上方にとんがらせる。

「最後まで面倒見なさいよ。ここまで私を育てた責任があるでしょうが」
「あんたを育てた覚えなんかないわ! 私が育てたかったのは……!」

 パトリシア、という名前が喉元まで出かかったが、咲夜はギリギリで踏みとどまった。

「何?」
「なんでもございません……所詮は儚い夢だったのでしょうから」
「そう。あとパトリシアだなんてクソ恥ずかしい名前、勝手につけないでもらいたいわね」
「おいぃ!! なんでそこは記憶がしっかり残ってんのよ!?」

 思わず口調を乱して咲夜はツッコミを入れる。

 それにパトリシアは決して恥ずかしい名前ではない。
 ヨーロッパ圏で広く使われる女性名で、人間から勇者の馬までOKな汎用性の高い名前だ。
 だからきっと花につけても許されるはずだ。

「とにかく、さっさと私の部屋から出て行きなさい」
「ダメ。今の状態で土から抜け出ると、その後の調子に影響がでるわ。あと半日、ここに置かせて」
「却下。立ち退く意思がないなら、強制的に排除いたします」
「なっ! あんたそれでも血が通ってるわけ!?」
「ええ。頭の血の巡りが悪いあんたよりはね」

 咲夜は微笑を浮かべる。刻みをいれたドライアイスの如き冷たい微笑を。

「わかっているのよ。そんな姿で恥をさらすのが嫌だから、ここから出たくないんでしょう。なんならこれから、幻想郷一週の旅に連れていってあげようかしら。きっと天狗の格好の餌になりますわね」
「このっ……外道メイド!」

 幽香は烈火の視線で睨みつける。
 さすがに幾多の人妖を震え上がらせてきただけあって、大した眼力である。
 が、咲夜も並の人間ではなかった。
 この状況において、どちらが優位な立場にあるかは、はっきりしている。
 なおかつ大妖怪、ましてやあの風見幽香に対して、これほど圧倒的なアドバンテージを得られる状況もそうはない。

「ふふ、虐めるのは得意でも、虐められるのには慣れてないのかしら」

 あくまで涼しい顔で言ってのけ、咲夜は優越感にたっぷりと浸りながら、講義してやることにした。

「ある人物が昔こう言っていたわ。世の中には二種類の存在がいる。虐げることで喜びを得る者と、虐げられることで喜びを得る者……すなわちSとM。じゃあ、もし同質の二つの存在が一つの空間で過ごすことになったら、どうなると思う?」

 紅魔館のメイド長は人差し指を軽く回しながら、自らのサディズム論を説いた。

「答えは簡単。どちらかの正負が裏返る。つまりSとSが出会った以上、一方がMになるさだめなのよ」
「なるほどね……」

 どうやらサディズム妖怪の代表者として、深い感銘を受けたようで、幽香はもっともらしくうなずいた。

 ただし、
 
「つまり、貴方がMになるのね」

 ぴくり、とその返答に咲夜の頬がひくつく。

 どう解釈すればそうなるというのか。
 彼女の置かれている状況を鑑みれば、これから責め苦を味わわされる側は明らかだというのに。
 だが、当の幽香は青ざめることなく、「ふふふ……」と、鉢にはまったまま不敵に笑う。

「十六夜咲夜。私を脅すつもりなら止めておきなさい。あんたがここでやった所業を全てバラすわよ。この私に対する非人道的な扱いや、パトリシアなんていうネーミングセンスのことも」
「そんなことで、私の心が揺らぐとでも思っているなら、おめでたいわね」
「それだけじゃないわ。箪笥の隠し戸に忍ばせてあるあのブツのこともねぇ」
「なっ……!」

 なぜそれを!?
 自らのトップシークレットについて言及された咲夜は、胸中で驚愕の声を上げる。

「SがSの思考を読まないとでも思ってたわけ? 私はあんたが目を覚ます前から、とっくに覚醒していたわ。そして貴方がろくに力を発揮できない私に対して、どのような態度を取るかも当然読めた。だからこそ、あらかじめ有利なカードを集めておくのは当然のこと」

 幽香の袖の内から、蔦のようなものが伸びていることに、咲夜は気づいた。
 花を操るという彼女の能力の一環なのだろう。
 そのまま幽香は蔦を伸ばし、タンスの取っ手をこれみよがしに撫でてみせる。

「この中を探らせてもらったのだけど、変わった本が奥に隠してあったわねぇ。表紙に何も書かれていない本。日記帳かと思ったけど、開けてびっくり見てびっくり。なんと『詩集』じゃない。しかもその内容たるや……」
「……っ!!」

 即刻この場でこいつをミリ単位に切り刻んで、もやしと一緒に炒めてやる。
 そう決意した咲夜はナイフを取り出したが、

「暴れるわよ!!」

 幽香は真顔に戻るなり、大声で言い放った。
 飛びかかる寸前で、咲夜の体は空中に縫い止められた。

「戦うつもりなら、全力で抵抗してやるわ。今の私は全快してなくとも、この館を半壊させるくらいの力なら残っているのよ。それに滅んでもただじゃ終わらない。ものすごい猛毒を撒き散らす植物を咲かせまくって、死の森を生じてから死ぬことだってできるわ」

 咲夜は無表情のまま、切りかかるのを躊躇う。
 ハッタリとは思えない。相手の強さと危険度は本物だ。
 幽香はなおも底意地の悪い笑みで続ける。

「貴方の大事な、あのちびっこ吸血鬼の住まいを台無しにしてしまうのは、避けたいのではなくって?」

 白銀の光が、その笑みのすぐ側を一閃した。

「……私の前でお嬢様をバカにするようなことがあれば、命はないわよ」

 咲夜は冷えた声で告げる。
 幽香は首筋付近まで迫ったナイフを指で挟んで受け止めたまま、目線だけで了解の意を示した。
 
「全く……」

 はらわたが煮えくり返る思いで、咲夜は息を吐く。

 やはり調子に乗って美鈴から贈り物などを受けとるのではなかった。
 おかげさまで、とんでもなく厄介な存在と関わってしまった。
 るんるん気分で種を鉢に植え、次の日になって芽を出したのは、なんと手負いの大妖怪。
 しかも滑稽な姿で部屋に居座るだけでなく、その主を脅迫までしてくる。

 冷静に幽香の立場とその言い分について考えてみる限り、彼女は現時点で紅魔館と事を構える気はないようだ。偶然ここで復活して、こんな間抜けな姿を晒すこととなり、これ以上傷口を広げぬよう咲夜を協力者に選ばざるを得なかったのだろう。
 ただそのために力で脅すだけでなく、相手の知られたくない秘密を交渉材料にしてくるのだから、非常にたちが悪い。お互いに恥を握りあっている状況とはいえ、咲夜にしてみれば落とし穴に引っかかったような思いである。
 時を止めてどこか遠くへと彼女を運び、その場で口を封じるという手もある。
 ただ咲夜の実力をもってしても、それが確実に成功するという保証がない。何しろ相手が相手だ。

「その顔つき、私の提案を受け入れてくれる気になったのかしら」
「いいえ。風見幽香」

 咲夜は暴力的な解決法を頭の隅に追いやり、もう少しスマートなレベルの交渉を持ちかけることにした。

「考えてみれば、貴方にメリットがあるにしても、私の方にはない。何かそれなりの見返りがなければ、やる気がしない」
「情けは人のためならず、って聞いたことあるかしら」
「妖怪にそんな格言を持ち出されても何も感じないわ。あくまで求めるのはギブ・アンド・テイク。限りなく等価に近い契約よ」
「人間の小娘のくせに、凍土みたいな冷たい心を持ってるのね」
「だからこの館に住んでいられるのです」
「ふぅん」

 幽香は顎をつまみ、咲夜の頭から爪先まで値踏みするように視線を流す。

「見返りねぇ。それなら貴方には……花をプレゼントしようかしら」
「花?」

 それは咲夜にとって、予想外の申し出であった。
 確かに風見幽香は花の妖怪であるはずなのだが、その風評を聞く限り、およそ誰かに花を贈るような性格には思えなかったので。

「そもそも貴方がこの植木鉢に『私』を植えたのは、部屋に少しでも彩りが欲しかったからではなくって?」
「……ええ」
「私なら、その欲求に応えることができるわよ。月下美人、シクラメン、ハイビスカス、ブーゲンビリア、よりどりみどり。この部屋が、生命の色と香気に包まれる様を想像してごらんなさい」

 幽香は甘い香りと共に囁く。

「……花……花ね……」

 ベッドに腰掛けた咲夜はそう口ずさみながら、眼を閉じて想像してみた。

 無機質な部屋をキャンパスにして、様々な生きた色彩が部屋の内を取り巻く。
 彼女達は一日の仕事を終えた部屋の主を出迎え、癒しの香りで包んでくれるのだろう。 
 職務に多忙な戦士に与えられる、優雅なくつろぎのひと時。館に全てを捧げるメイド長に許される、一握りの贅沢……。




「なんてね。嘘よ、嘘。そんなの約束できるわけないじゃない」




 風見幽香は、ドSだった。

「こんな中途半端な日当たりしかない上に窒息しそうなくらい狭い空間に、花なんて飾れるわけないでしょ。私は屋内で花を育てようとする連中が前から気に食わなかったのよ。雨に打たれて風に吹かれて、自由に根を伸ばし合いながら育ちたいっていうのに。屋内だなんて監獄に等しいわ」
「………………」

 あっという間に、咲夜が心に浮かべていた癒し空間は、世界の果て、地平線の向こう、ニルヴァーナへと去っていった。
 現実に引き戻され、待っていたのは、なぜか鉢に両足を差した大妖怪の突発的なお説教と嫌味。

「まぁ、懇切丁寧に育ててくれるんならまだ許せるけど、あんたは落第ね。花が水を求めるタイミングで水をあげられないんだから」
「は?」
「鈍いわね。今、まさに私が水を欲しがってるのよ。それを察せずに、土を乾きっぱなしにさせるんだからひどいものね」
「………………」

 咲夜は何とか鉄面皮を保ったまま、ベッド脇の台に置いてある水差しからコップに水を汲もうとする。
 が、

「ちょっと。そのコップは何のつもり。今の私は花そのものなのよ。だったら、ふさわしいあげ方があるんじゃなくって?」

 幽香はスカートをつまんで、ふわりと持ち上げる。
 二本の脚を膝上から足首まで露わにしながら、彼女は薄笑いを浮かべ、小馬鹿にした視線を送ってきた。
 咲夜は自らの感情に鉄の蓋をかぶせ、幽香の足元の土に、じょうろから静かに水を注いでやった。
 ちょろちょろ。

「冷たいわよ。土に万遍なくかかるようにしなさい。この下手くそ」
「がー!!」
「もー!?」

 咲夜はついに雄叫びをあげて、じょうろの先を幽香の口にねじ込み、一方の花の大妖怪は、じたばたと両手を動かして暴れた。




 ◆◇◆




「おはよー!」

 乾いた血の赤と、燃え盛る炎の赤は、同じ一字で表現できるとはいえ、やはり異なっている。
 明るく鮮やかなその妖怪の長髪はまさしく炎の色をしており、館の内外の色彩から多少浮いていた。
 そしてさらに浮いている淡い緑のチャイナ服。おまけに、館の内よりも外にいる時間の方が圧倒的に多いとくれば、紅魔館の廊下を歩く彼女が大抵の妖精メイドの目を引くのも、無理のないことである。

「おはよう! おはよう! あ、そこの貴方! おはよう!」

 そして彼女、紅美鈴は、行き交うメイドにいつも元気よく声をかける。
 目が合う合わない関係なく、たとえ相手を知らなくとも、わざわざ遠くを行く人影まで呼び止めてしまう。
 とはいえ、挨拶を受けた妖精メイド達の方も、皆嬉しそうに、

「おはようございます!」
「おはようですー!」
「楽しい仲間がポポポポーン!」

 などと美鈴に挨拶を返していた。
 妖精は元々、日なたを好む者が多い。なので子供の描くお日様のような美鈴の言動は、メイド達にとって一服の清涼剤、もとい元気の素となるのだった。
 もちろん、本日の美鈴自身も元気いっぱい絶好調。
 昨日ナイフで刺された傷も、とうに癒えている。妖怪の回復力が為せる業である。
 ただし妖怪でなければ、こんなに同僚に刺されるような日常もなかったのだろうが。

 当人はそんなジレンマを意に介した様子なく、廊下を行進していく。

「おはよう!」
「あ……おはようございます。あのっ、美鈴隊長!」

 美鈴は呼び止められ、おや、と足を止めた。
 廊下の掃き掃除をしていたメイド――黄色い髪を一房にまとめた妖精が、何やら慌てた様子で尋ねてくる。

「メイド長に会いに行くんですよね?」
「ええ。あれ、もしかして咲夜さん忙しかったりしますかね?」

 美鈴が紅魔館内に来たのは、今夜の七夕パーティーの準備について咲夜と打ち合わせるためだった。
 実は七時半に咲夜の方から会いに来てくれるはずだったのだが、時間になっても現れないために、こちらから出向いたのだ。
 彼女に限って遅刻などありえない。なのでおそらく仕事が溜まっているのではないかと思ったのだが。

 妖精メイドは心配そうな顔つきで、

「それがメイド長……風邪……を引いたらしくって、今も寝室に……」
「わかったありがとう!」

 礼を言うなり、美鈴は急いで廊下を走り出した。
 階段を疾風のごとく駆け上り、咲夜の私室へと向かう。
 南館二階の廊下に着くなり、すぐに美鈴の優れた聴覚が、『ゲボガボゴホゴホゴホ』と、うがいと咳が混ざったような音を捉えた。
 きっと咲夜のものに違いない。美鈴はダッシュで、彼女の部屋へと向かい、扉の前で急停止。

「咲夜さん! 風邪を引いたと聞いて、助けに来ました!」
『美鈴!?』

 向こうから咲夜の驚いたような声がした。

「とりあえず具合を見たいので、部屋に入れていただけませんか」
『ダメ! 必要ないわ! 自力で治すから』
「何言ってるんですか!」

 美鈴は腕を組み、扉越しにお説教をはじめる。
 
「いつも言ってきたはずです! 休息も大事な仕事の一部! なんでもかんでも一人でやろうとするから、そういうことになるんです! いくら時が止められるからって、一日26時間働いたりするなんて、正気の沙汰とは思えません! 健康が第一ですよ!」
『………………』
「けれども、私が来たからにはご安心を! 風邪に特効薬は無いと言われますが、現代医学のレベルなんてすでに我々は2000年前に通過しています。指圧、漢方、気功治療を駆使して、咲夜さんの体調をたちどころに回復させてみせます! 何しろ、病は気からですからね!」

 そう言って、気を使う程度の能力を持つ妖怪は、ドアノブに手を伸ばし、

「というわけで、鍵を開けてくださいな」
『美鈴』

 咲夜の返事に、美鈴の笑顔が固まり、動きが停止した。
 殺気に近い威圧の込められた、鬼気迫るトーンだったのだ。

『こうなったのは私自身の責任。だから私が自力で解決するわ。貴方の役目は私の介抱じゃなくて、七夕パーティーを成功させることよ』
「咲夜さん……?」
『私がこの様だから、貴方に後を頼むわ。貴方の他に頼れる人がいないから』
「………………」 

 美鈴は唇を噛みしめた。
 普段であれば咲夜のその激励は、胸の内に熱い感情を生じさせていたかもしれない。
 ただし今この場に限っていうなら、美鈴の心に起こったのは、小さな痛みであった。

 ドアノブから力なく手が離れる。

「わかりました。パーティーの準備は私に任せてください。早く元気になってくださいね、咲夜さん」
「ええ……」
「それでは、また夜に様子を見に来ますから」

 そう言い残して、美鈴は扉の前から立ち去った。

 やがて、咲夜の寝室から十分に遠い位置まで来てから、彼女はぽつりと、

「……水臭いなぁ、咲夜さん……」

 眉を垂れ下げて呟いてから、一度息を吸い込み、気合を入れ直した。
 
「よし。とにかく頼まれたことはやろう私。お嬢様方に相談するのは、その後ね」




 



 3 プライベートルームのプライベートスクウェア




 咲夜が何とか誤魔化すことに成功し、美鈴を部屋から遠ざけた後のこと。
 次なる完全瀟洒メイドのミッションは、部屋に居座る不完全な大妖怪との、今後についての談判だった。

 あと九時間。それが幽香が復活に要する時間だという。そして、もし彼女の存在が咲夜以外の者に発覚すれば、幽香は死なばもろともの覚悟でもって、この紅魔館を死の森に変えてしまう覚悟を有している。それはお互いにとって破滅を意味していた。
 
 というわけで険悪な談義の結果、咲夜は幽香と一時的に協定を結んだ。
 咲夜は幽香の復活までの間、彼女を己の私室に置くことを許し、秘密を守り、保護する。
 その謝礼として、幽香が復活したあかつきには、紅魔館で消費する一年分の野菜が、後ほど四季に分けて四回送られることとなった。
 果たして釣り合っているのかどうか計算が難しい契約だ。
 咲夜にしてみれば、リスク回避の意味合いの方が大きいと言える。

 それから約三時間が経過し、

「あと六時間か……。いつもより長く感じるわね」

 紅魔館の通常業務を頭の中に流しながら、咲夜はペンを動かす。
 この館において、妖精メイドは普通の人間のメイドの三分の一も役に立たない。
 なのでその分、咲夜が能力をフルに使って、あらゆるところで指示、手助けをしなくてはならない。

 とはいえ、部外者かつ危険度の高い風見幽香を紅魔館内に放っておくほど、咲夜は浅はかではなかった。
 『止まっている時間』は業務のために使い、『動いている時間』は幽香の世話と監視に費やす。
 そのためにメイド達への指示を簡潔に紙に書いて、決まった時間に合わせて、それぞれの作業場に送り届けることにしたのだった。
 七夕パーティーの下準備については、美鈴に一任しておけば問題ないはずだ。こんな形で彼女に借りを作らなくてはいけないのも歯がゆいが、元々は彼女があんな種を見つけたのが原因ともいえる。先程の会話の際は感謝の気持ちが芽生えないわけでもなかったものの、今になって怒りが湧いてきた。
 
 けれども、あと六時間であれば、日没までには間に合いそうなのが行幸だった。
 咲夜がもっとも懸念しているのは、幽香が復活する前に、主人であるレミリア・スカーレットがお目覚めになることである。間に合えばいいのだが、間に合わなかった場合は大問題だ。万が一激しい気性の持ち主である彼女が、幽香の存在に気が付いてしまえば、壮絶なバトルを繰り広げることになりかねない。いずれにせよ、紅魔館の壊滅は免れないだろう。

「外の空気が恋しいわ」

 招かれざる客が、窓の方を見ながらそう呟いていた。
 咲夜は横目で彼女、鉢から生えた風見幽香の方を見やる。

 窓際では外から覗かれる恐れがあったため、幽香は部屋の隅に移動していた。
 カーテンは外から彼女の姿が見えぬよう僅かに開き、窓そのものの方は音が漏れぬよう閉め切っている。
 季節は夏真っ盛り。紅魔館の魔女が開発した冷房の魔法がなければ、この部屋は地獄と化していただろう。
 もっとも、咲夜としては現時点でも別の意味で気が滅入りそうである。
 何しろほとんど誰も招いたことのない己の寝室に、部外者の大妖怪を置いているのだから。

 しかし彼女を庭に置けば丸見えだし、屋上も天狗のカメラの被写体となってしまう可能性を拭い去れない。 そして日当たりのよい南向きの部屋はほとんど全部、日光が好きな妖精達の寝室と化してしまっている。
 つまりこの館において、風見幽香の存在を他の誰にも覚られずに、彼女を復活させることのできる場所というのは、この咲夜の寝室だけなのだ。

 幽香の視線が、机に座る咲夜の方を向いた。

「あと六時間もこんな部屋で過ごすのは退屈ね。何か本でも持ってきてくれないかしら。その机に並んでるのとか」
「居候の分際で、調子に乗ってもらっては困りますわ」
 
 咲夜は慇懃無礼な返事で応対をしつつ、幽香が顎で示した、机に並んでいる本を手に取る。
 これらは紅魔館の地下にある大図書館から、咲夜が借りているものである。
 『吸血鬼ドラキュラ』『吸血鬼カーミラ』『夜明けのヴァンパイア』『ダレン・シャン』『HELLSING』。
 咲夜は勉強家だった。

「どれがお望み?」
「どれも血が滴り落ちそうな雰囲気ね」

 幽香はタイトルを眺めつつ、首を傾げていたが、

「そうだ。あんたの詩集にしましょう。あれの方が面白そうだわ」
「ヤメロ」
「特に『愛の章』は最高だったわね」
「ヤメロ!!」

 咲夜は約束も忘れて、彼女を植木から切り花に変えようとナイフを抜いたが、

「別にからかっているんじゃないわよ。どれも人間の素直で伸びやかな気持ちを歌ったいい作品だったから」
「え……」

 穏やかな感想に、咲夜の感情が大きく空転した。

「そ、そんなによかった?」
「素晴らしかったわ。妖怪として長く生きてきた私のお腹……の底から胸のあたりまで震えが走ったわ」

 幽香は目を閉じ、深く感じ入った様子で告げる。
 一方の咲夜は軽やかに足を払われ、マシュマロのベッドに寝かされたような気分を味わっていた。
 実際、その双眸は瞳よりも星の面積の方が大きいというキラキラアイに変わっている。昭和四十年代の少女漫画もかくやと言わんばかりに。

「特によかったのは『可愛いハニー』と『月光伝説』かしら。前者は振り向いてほしい男性と見つめられたくない少女のすれ違いを詠った快作。後者は恋のゆくえを星座で占うミラクルロマンスを詠った意欲作だったわね」
「そ、そう。でもどっちも割と初期の作品だから、ちょっと拙いところがあったかも……」
「えっ!?」

 謙遜する咲夜に対し、幽香は信じられない、といった風に目を瞠った。
 こちらもやはり、瞳には無数の一等星がキラキラ。

「そんな! 私はまだ最初の方しか読んでいなかったのよ。ぜひその先のものも読ませてほしいわ」
「で、で、でも、そんな」

 咲夜はエプロンの前で手を重ね、もじもじとする。すでに鋼鉄のメイド長の面影は消え失せていた。

 無理もない。
 何しろ他人に詩を読まれたのも評価を受けたのも、彼女にとっては初めてのことなのだ。
 そんなうぶな創作者が続きをせがまれれば、どうなるかは言わずもがな。
 ポエムだろうと日記だろうとオリキャラ長編だろうとクロスオーバーだろうと大ヤケドをかえりみず紹介する熱意が湧いてくるものである。

 結局咲夜はガチガチに強張った体を動かして、箪笥の奥から詩集を取り出し、自らの手で幽香に渡していた。

「……どうぞ、オスカル」
「ありがとうマリー。読ませていただくわ」

 幽香は礼を言ってクリーム色をした正方形の本をパラパラとめくり、『月の章』と書かれたページを開いた。




   私は詩を書いているわけじゃない だから詩人と呼ばないで
 
   十六夜はいつも フルムーンに憧れて 歌っているだけなんだから

 

 
 前書きから絶好調である。
 幽香は努めて無言でページをめくりながら言った。
 
「よろしければ、ここで朗読していいかしら」
「ええ……!?」

 咲夜の声がさらに透き通るようなかすれたハイトーンになる。

「よい詩というのは、口ずさんでみたくなるものなのよ」
「………………い…………いいけど…………あ…………でも小さな声で、お願いするわ…………」
「心得ているわ」

 嫣然と微笑む幽香の唇が、詩を紡ぎ始めた。




「……どすこい。春は曙」







『 どすこい 春は曙 』

 
  リリー、リリー

  夜明けと共にやってくる どすこい 春は曙

  突っ張り妖精 かち上げ妖精

  体はハワイ 心は大和

  待ってよサップ 攻めてこないで スーパー頭突きが溜まってないの

  どすこい 春は曙 どすこい 春は曙
 
  嗚呼! 春を愛する人は 心清き人 すみれの花のような ボブの友だち





 第一の詩を朗読し終えた後、幽香は目元を覆い、震える声で付け加えた。

「これが……センスというものかしら……」

 花の大妖怪は自らの強靭な精神力を、大口を開けて酸素を貪ったり鼻水を吹いたりするのを堪えるのに使っていた。

 一体どれほど迷走をすれば、このような単語の羅列が生み出されるのだろうか。
 タイトルは過去の名作をリスペクトしているのだろうが、内容はをかしの文学ではなく、頭がおかしい文学。
 雅なかほりの漂う平安屋敷に、ロードローラーで突っ込んでいくがごとき暴挙である。
 ブチ切れた清少納言が筆をへし折りに来るレベルだ。

 他方、ベッドの上で身もだえしていた銀髪のメイド長は、布団をひっかぶった状態で赤面を向け、

「ど、どうだったかしら」

 幽香は己の感想を270度ほど曲げて伝えた。

「溢れんばかりのSUMOUを感じたわ。リリー・曙。彼女が土俵から四角いジャングルに太い素足を伸ばしたのは決して無駄ではなかった。おそらく十年で一番盛り上がった大晦日だったのではないかしら。拳を交えた者だけに与えられる、特別なサムスィング」

 幽香が根性で捻りだした感想は、ポエミーでありながら支離滅裂であった。
 ただ果汁100%ジュースのように甘くて爽やかな声が良い印象を与えたのか、メイド長は再び照れに照れた様子で、綿100%の殻をもつカタツムリに変わってしまった。
 気を取り直し、幽香はさらにページをめくる。

「次の作品は……魔法使い……」
「あ、それは!」

 咲夜が布団の中から、上ずった声で制止する。

「そ、それはちょっとストレスがたまった時に書いたものだから、荒っぽい詩かも……」
「いいのよ。詩は時に怒りを表現するものだから。貴方の嘘偽りない心を覗かせていただくわ」

 適当に丸め込んで、幽香は再び、詩を紡ぐ。




「……普通の魔法使い……ペリー」





『 普通の魔法使いペリー 』


 マハリクマハリタ ヤンバラヤンヤンヤン
 
 霧雨の奥からやってくる 黒い魔法使い ペリー ペリー
 
 魔女と使い魔を吹き飛ばす マスター・開国・スパーク 

 死ぬまで借りていくぜ 何しろお前と私は 和親の仲だからな

 たった四冊で夜も眠れない 可哀想な魔女
 
 いけない魔法使い 霧雨ペリー

 ちなみに相方はハリスです ハリス・マーガトロイド

 


「うっ……!」

 突然、幽香は体をくの字に折った。

「どうしたの」
「いいえ。感動がみぞおちにクリーンヒットしただけよ」

 奥歯を噛みしめ、血走った目で呻く大妖怪。
 見ようによっては涙をこらえているように映らなくもない。
 故に咲夜は『感動』という言葉を素直に受け取ったようで、布団の奥に引っ込んでしまった。

 幽香は深呼吸して心を落ち着かせ、再び感想を伝える。

「歴史は繰り返す、と言うけれど、何気ないこの館の日常を江戸末期とリンクさせたところが非凡だわね。魔法使いに搾取される魔女の悲劇が、メイドの視点から包み隠さず描かれている。そしてラスト一行になって突如現れるアリスならぬハリスの存在……。いえ……こんな感想は全て無粋ね……。『ナンモイエネェ』。それしか浮かんでこない。七言絶句とはこういう意味だったのね。月をすくい上げようとして湖に沈んだ唐の詩人が瞼に浮かぶわ」

 割とやけくそな褒め言葉だったが、今の咲夜にはそれだけで十分だったらしい。
 白いベッドの上で、丸まった布団が上下に跳ねていた。
 仮にその著名な唐の詩人がこの様を目撃すれば、飛び蹴り付きで湖から再浮上してくること請け合いであろう。

「それにしても……初期の詩とはだいぶ作風が変わってるわね。何か心境の変化でもあったの?」

 月の章のページをめくりながら、幽香は咲夜に問う。
 始めにこの詩集を手に取って読んだ時は、まだ詩の範疇にとどまっていた作品が多かった覚えがある。
 しかし今読んでいる比較的新しい作品は、ポエムを通り越して別の次元に到達しているような気がした。
 無論、これもある種の才能といえるかもしれないけれど。

 布団の中に閉じこもったメイド長が、ぼそぼそと答える。

「実は……自分の気持ちが上手く表現できているか、最近自信がなくなってきて、もっといい伝え方がないかを探りながら書いてるの」
「なるほど……」

 幽香は納得の思いで呟く。
 彼女もまた、このメイド長が自分の詩を今まで誰にも読ませたことがなかったのだということを悟った。
 指針が定まらず、己の作風に迷走しまくった結果、詩集がネタ帳へと変遷したらしい。
 本人が真剣に書いているだけに、なんとも不憫な話である。
 が、幽香にとってはこれほど痛快な玩具もない。

「フレーズに、変化を加えてみたらどうかしら」

 試しにそんな餌を巻いてみると、期待通りの反応が返ってきた。
 丸まった布団の奥で、二つの光が瞬く。

「たとえば最初期の貴方の詩には、よく『オーベイベー』が登場していたけど、あれって何かこだわりがあったわけ?」
「えっ、そう言われても……詩ってそういうものだと思ったから」
「そんな決まりはないわよ」

 オーベイベー蛙飛びこむ水の音。 
 ここ幻想郷でしか受け入れられまい。土着神の頂点の行水を見て、俳聖は何を想うだろう。

「そういう自分にとって楽な単語の使用を、少しアレンジするだけで、結構変わるものよ。スランプっていうのは、己を見つめ直す時間であると共に、別の世界に足を伸ばすチャンスでもあるんだから」
「言われてみれば……そうかもしれない……!」

 心なしか、繭にこもったメイド長の息が荒くなっていた。

「他にも、どうしても音のリズムが気に入らなかったら、漢字に振り仮名を振って、変わった読ませ方にするのもありかしら。地球と書いて『ほし』とかね。音の響きが変わるだけで、万物の印象がまるで変わったものになる。それも言葉の力よね」
「ちょ、ちょっと貸して! 何かが掴めそうだわ!」

 布団の中から手が伸び、幽香から詩集を取り上げて、再び引っ込む。
 すぐに、カリカリカリカリとペン先を忙しなく動かす音が聞こえてきた。
 幽香はオーブンの前でパイが焼き上がるのを待つ心境で、鼻歌を唄っていたが、

「できたわ!」
「早っ! 読ませて!」
 
 両手を伸ばし、できたてほやほやの詩を載せた本を受け取る。
 さて……リミッターを外したメイド長の才能は、どの次元に到達したのか。
 
 幽香は緊張と期待に胸を膨らませ、ページをめくった。




 大地の章 



 大地(ガイア)が私に もっと輝けと囁いている

 だから私は 今日も詩を詠む





 花の大妖怪は、極限まで細められた目を、布団に潜ったメイド長に向ける。

「ねぇ……まさかと思うけど、このガイアって……」
「……言わせないでよ、恥ずかしいわ」
「………………」

 誰がガイアじゃ、こんボケェ、と幽香は隣の布団お化けに叩きつけたくなったが、肝心のポエムをまだ読んでいない。妖怪の山の滝から飛び込むような心境で、ページをめくる。




『 それが私の世界 』


 オー 米兵 ソニックブーム





「……ごふぅ!?」

 幽香は横隔膜を殴られたような衝撃を受けた。

 ベイビーが米兵に変わっている。まさかのダジャレである。
 しかも誤解しか生まない無駄な単語まで後についていた。
 アレンジの方向が斜め上どころか、宇宙を周回して戻ってきている。スペースシャトル級のテクニックだ。

 宙に浮いた意識を何とか取り戻した幽香は、喉の奥を痙攣させながら、詩の朗読を始める。





 オー 米兵 ソニックブーム

 貴方の平たい髪を 滑走路にして あの頃へと飛んでみたい

 ううん 云わないで わかってる

 風がいくら速くても 私の魂(こころ)はすでに墜ちてしまった
 
 ならば 私のコトノハを連れ去りたまえ

 小夜嵐の前奏曲(プレリュード)へと 黄昏の地獄(ゲヘナ)へと 

 ノートルダムの鐘(クロッシュ)がビッグベンとアウフヘーベンしそうなあの場所へと

 そこはかつて 私の世界(プライベートスクウェア) だった





 ――どんな世界じゃああああ!!

 幽香はツッコミを魂の奥に封じ込め、さらに前進する。




 ジャジャジャジャーン 運命の歯車(ラ・ルー・デ・フォルテューヌ)が 
  
 救世主(メシア)の手の中で踊り この幻想郷(ほし)に私はたどりついたの

 ナイフ ランプ 鞄に詰め込んで ああ、なんてこと、肝心のパンがない
 
 でも 無問題(モウマンタイ) 貴方の時間は私のもの ギブミーユアタイム
 
 止まってくれないと マジカル咲夜ちゃんスターでお仕置きしちゃうぞ☆
 
  



 ――お前は何を言ってるんだ。

 頭蓋の奥にて、クロアチアの警察官が幽香の気持ちを代弁してくれる。

 頑張れ、私。ゴールはもうすぐそこだ。





 ああ 今宵も罪(ハマルティア)に嵌るぜよ 
 
 ロザリオのかわりに コウモリのアクセサリー 冷たい光より 温い闇

 だって しょうがないでしょ 
 
 紅い瞳のマスターは ほんとにあったかくてキュートで優しいんだもーん
 
 でも私は 一生死ぬ人間 エターナりたいけどエターナれない 許してマイロード
 
 そのかわりこれからもずっと メイドインコウマカン 

 
 それが今の…… そう


 ~


「それが……私の……せ、せ、せか……」 

 幽香の精神がついに限界に達した。
 彼女は詩集を取り落し、身をよじらせる。

「だめ……! もう無理……!」

 スタンディングオベーションを受けたフラワーロックよろしく、くねくねと体を動かす大妖怪。
 ついには鉢にはまったまま、幽香は床をゴロゴロと転がり出した。

「ウヒャヒャヒャヒャ、そ、そ、それが私の世界って……! どんな世界なのよそれは! くくく、こ、ここまでヒドい代物だとは思わなかったわ……! パーフェクトメイドのセンスに脱帽よ! あっはっは」

 遠慮の欠片もない笑いっぷりである。
 対象を持ち上げるだけ持ち上げてから奈落に落とす。これぞ、ドSのなせる技といえよう。

 一方の咲夜は今、恥辱の小宇宙(コスモ)を味わっていた。

「…………」

 彼女は布団からするりと抜けだし、床に落ちた自らの詩集を拾い上げた。
 いまだに笑いながらブレイクダンスを続ける大妖怪に、渾身の力でフルスィング。 

「人ノポエムヲ笑ウナァァアアアア!!!」

 魂の叫びと共に、分厚い詩集の角が、風見幽香のむこうずねにクリーンヒットした。




 ◆◇◆




 一階の廊下を歩いていた赤い髪の少女は、二階へと続く階段の側で、ぴたりと足を止めた。
 門番とも妖精メイドとも違う服、しかしながら黒のベストにロングスカートという館の雰囲気に合ったシックな装いだ。そんな中で頭と背中に生えた黒い二対の羽が、キュートなアクセントになっている。

 彼女は小悪魔。紅魔館の地下にある大図書館の主、パチュリー・ノーレッジに仕えている使い魔であり、本当の名前を知っているのも、パチュリーだけである。
 主人のための昼食を、館の奥にあるキッチンで受け取り、図書館に戻るところだったのだが、何か耳慣れない音を聞き、足を止めたのだった。
 風の音とも、弾幕の音とも違う。「どわぁぁぁ」とか「ぬぉぉぉ」とか、悲鳴と怒号が合わさったような音。
 それもかなり近い。この廊下のちょうど真上の辺りだ。

「さてさて、どうしましょう」

 小悪魔はお盆に載った食事の皿を見下ろして呟く。
 本日の献立はサンドウィッチと野菜スープ。魔女は食事を必要としない種族であり、特に小悪魔が仕えている『動かない大図書館』は読書に集中したい時、よくお茶だけで過ごしていた。
 もっとも平均的に見れば一年のうち、一日に一食程度は何かを摂取していることからみて、あの魔女にとってこの作業は、単なる趣味のようなものかもしれない。
 そんな主人の楽しみを遅らせていいのかどうか、というところであったが。

 結局小悪魔は、自らの好奇心に従うことにした。
 誰かのトラブルは三度のご飯よりも優先すべきものである。
 なぜなら食べ物はひとりでに逃げたりしないが、決定的瞬間はあっという間に去ってしまう。
 それに主人は猫舌なのだから、多少スープが冷めても文句は言わないだろう。
 『ぬるくしておきました』の一言でOKだ。信長であれば打ち首確定だが。

 パタパタと背中の蝙蝠羽を動かし、小悪魔は階段を上っていった。
 しかし、てっきり上の階の廊下に顔を覗かせれば、すぐに悲鳴の主が見つかると思ったのだが、

「……誰もいませんね」

 廊下は全くの無人かつ無音であった。
 南向きとはいえ、窓がないためにここもまた昼でも仄暗い。
 燭台の弱々しい光が、館の壁をベージュに、絨毯をワインレッドに染め上げている。
 そんな中、妖精メイド達の寝室の扉が、等間隔に並んでいた。

 怪しい。
 ここらの部屋を寝床にしているのは、昼の勤務の者達なため、今の時間は誰もいないはず。

 小悪魔はもっと詳しく確かめてみることにした。 
 物音を立てぬよう、息をひそめて、部屋の扉の一つに耳を当ててみる。
 
 すると、

『そこにいるのは誰?』

 急に別の扉の奥から鋭い声がして、小悪魔はドキリとした。
 慌ててプレートを見ると、なんとメイド長の私室である。

「咲夜さん? いるんですか?」
『その声は、小悪魔かしら』
「はいそうです。珍しいですね。この時間に咲夜さんが部屋にいるなんて」
『ちょっと風邪を引いてしまって、休んでいるのよ』
「風邪、ははぁ、それはそれはお大事に」

 『鬼の霍乱』という言葉が小悪魔の頭に浮かんだ。

『何か私に用事が?』
「今、叫び声がしたので上がってきたんですが」
『そうかしら。私には全く聞こえなかったわ』
「いいえ、あれは悲鳴です。昔、パチュリー様が書架の角に小指をぶつけた時も、あんな声を出してましたよ。致命傷を受けたドモン・カッシュみたいな」
『私の耳には届かなかったわね』
「………………」

 小悪魔の頭に、今度は『暖簾に腕押し』という言葉が浮かんだ。
 咲夜に叫び声が聞こえていないということは、自分の空耳だったのだろうか。
 
 ……いや、もう一つの可能性を思いつき、小悪魔は探りを入れてみた。

「咲夜さん、よろしければ、戸を開けてくれませんか。お顔を拝見したいのですが」

 馬鹿丁寧な口調で頼んでみた結果、

『それは無理ね』
「どうしてでしょう」
『貴方に感染ると大変だから』
「悪魔が風邪を引くと思っていたんですか」
『ありえないとは言い切れないわ。貴方はバカじゃないから』
 
 ――褒められてるんだかないんだか……。

 ただしバカではない小悪魔は、咲夜が何かを隠していることをとうに察していた。
  
「じゃあ、何か私に手伝えることはありますか」
『必要ないわ。貴方は貴方の仕事に専念して』
「お昼ご飯とかくらいなら運んであげますよ」
『その気持ちだけはありがたく受け取っておくわ。早くパチュリー様に、そのお盆を持っていってあげて』

 口調はやんわり。けれどもはっきりとした拒絶。
 このまま会話を続けても、しらを切り通されそうな雰囲気である。
 小悪魔はお盆に載った皿に、ちらりと視線を落とす。それから、わざと嘆息してみせ、

「わかりました。それでは、お体に気を付けて」

 と言って、その場を立ち去った。


 ……ふりをして、そろりそろりと抜き足差し足、咲夜の部屋の前まで戻る。
 呼吸を止めたまま、扉に慎重に耳を近づけて、 

『……新しい遊びでも考えたのかしら?』
「わっ、と。失礼いたしました。退散します」

 叱られた小悪魔は、今度こそ本当に立ち去ることにした。
 けれども好奇心が治まったわけではない。階段を下りながら、考えを巡らせる。

「これは波乱の予感があるわね……」
 
 残念ながら、小悪魔は主人の命令なしでは非力なため、力づくで真相を暴くというわけにはいかなかった。
 なのでここは、

「ひとまず、パチュリー様に報告ですかね」

 どうやら冷めたスープのかわりに、おかずが一品増えたようだ。








 4 フラワーマスターのシークレット




 咲夜が目覚め、鉢植えの大妖怪と過ごすようになってから、五時間半が経過した。
 そして小悪魔が部屋の外に現れてから、三十分が経過している。 
 咲夜はベッドに腰掛けて、一定のリズムで踵を踏み鳴らすという単純な動作を、無言で続けていた。

 あの使い魔は明らかに、咲夜のことを疑っていた。
 妖精メイドやお人よしの美鈴と違い、彼女は頭が切れる。
 おそらくどんな上手い言い訳をこしらえたとしても、誤魔化しきれなかっただろう。

 とはいえ、思わぬ伏兵だったものの、咲夜にしてみれば決定的な痛手ではなかった。
 この作戦の成功とは、不完全な状態の風見幽香の存在が紅魔館の面々に発覚しないところにある。
 力づくで何とか真相を探ろうとしてくる存在はごく僅かだ。当面は心配ないはず。
 
 つまり、咲夜が苛々と踵で絨毯を踏む理由は、他にある。

「このパン本当に焼き立てなのかしら。だとしたら下手くそなのね。パンプキンスープも甘すぎるわ。牛乳は冷えすぎ」

 花の大妖怪は、咲夜が時を止めてキッチンから持ってきた昼食を食べながら、文句を垂れていた。
 彼女曰く、日光以外のエネルギーも取り入れることができれば、回復が早まるということだったので、咲夜が用意してやったのである。
 ならば黙って食べればいいものを、

「サラダは及第点だけど、ドレッシングが濃すぎ。野菜に対する冒涜だわ。そろそろ空気を入れ替えて。もう少ししたら、また土に水をやって」

 咀嚼し終える度に文句が入れ替わりに口から出てくる。
 ずうずうしく乗り込んだ他人の部屋で、女王のごとく振る舞っているのだから、神経がもの凄くず太い。
 咲夜は目を閉じたまま、返事をしなかった。ただ、絨毯を踏む音は徐々に大きくなっていく。
 
「食後のお茶はまだなの」

 と幽香が言った直後、テーブルの食器類が全て消え、代わりに湯気を立てた紅茶のカップが載っていた。

「紅茶の気分じゃないわ。日本茶にして。あとお茶受けに、ひまわりの種も」
「……ひまわりの種は現在切らしておりまして」
「ああそう。だから?」

 彼女は顔の上で、冷ややかな眼差しと嘲笑をブレンドさせて言った。

「それくらい取ってきなさいよ。時間を止めて、いくらでも探してこられるんでしょうから」

 ダンッ、と咲夜は音を立ててテーブルに片手をつき、正面から彼女を睨みつけ、

「貴方が正式なお客様であれば、その態度にも我慢できるけどね。少しは遠慮とか自重をしたらどうなの」
「完璧なメイドと聞いていたから、どこまでできるのか気になって、試してるだけよ」

 怒りをどこ吹く風と受け流し、幽香は紅茶のカップの縁を指で弾く。

「まぁ見たところ、よくやってるんじゃない? 人間の小娘にしては、だけど」
「………………」

 咲夜は奥歯をこすり合せたくなるのを我慢する。
 目は口ほどに物を言うというが、この妖怪、目付き・態度・言動、全項目において人間のメイド長を見下していた。 
 けれども咲夜は彼女を放り出すわけにはいかない。出来る限りの世話をしてやらなくてはいけない。
 なぜなら彼女が完全復活するまで面倒をみるということが、二人の契約における第一条件なのだから。
 これで世話する相手が、温厚篤実な存在であればよかったのだが、この風見幽香、若き日のマリー・アントワネットよりも遠慮を知らない。館の業務に携わることができず、よりにもよって、この我が儘大王のために働かなくてはいけないという現状に、咲夜はストレスを溜めこんでいた。

「ほらほら。何を黙って突っ立ってるの。さっさと代わりのお茶とお茶請けを持ってきてちょうだい」

 風見幽香は軽く手を鳴らし、半月の目で促してくる。

「承知いたしました」

 咲夜は手つかずの紅茶のカップが載ったお盆を手に取り、謹んで頭を下げる。
 時間を飛び越え、再び部屋に現れた彼女は、

「お待たせいたしました。ご希望通りの日本茶、と……」

 ドン、とそれをテーブルに置いた。

「お茶請けの『鍋焼きうどん』でございます」
「待て待て待て待てーい!!」

 ホカホカと湯気を立てる土鍋と、それをすまし顔で持ってきたメイド長に、幽香は全力でツッコミを入れた。

「何なのよこれはっ!」
「鍋焼きうどんです。お出汁は関西風ですわ」
「聞いてないわよ! どこの世界に、お茶請けにうどんを出す屋敷が存在するっていうのよ!」
「当館では正式メニューの一つでございまして」

 咲夜はレストランのウェイトレスよろしく、柔らかな物腰でメニューを差し出す。
 幽香はそれを奪い取り、食い入るように見つめる。



         紅魔館 食堂 

         サマーランチ 
 
       
          A セット

       季節のグリーンサラダ 
       新じゃがと玉ねぎのチーズキッシュ
       ビーフシチュー
       パン または ライス
       

          B セット 
          
       季節のハムサラダ
       ズッキーニとトマトのチーズキッシュ
       キノコとクリームのパスタ
            

       ベジタリアンのお客様のためのセット
       
       季節のグリーンサラダ
       ズッキーニとトマトのチーズキッシュ
       パンプキンスープ
       パン または ライス

 
       お飲物 

       紅茶(ダージリン、セイロン、アッサム、アールグレイ)
       ハーブティー(カモミール ペパーミント レモングラス) 
       日本茶(煎茶 番茶 ほうじ茶) 
       アイスコーヒー ホットコーヒー(いずれも水出し)
       オレンジジュース グレープフルーツジュース トマトジュース
       アイスミルク ホットミルク カフェオレ ジンジャエール
       

       本日のお茶菓子

       鍋焼きうどん(関西風)



 やたら凝ったメニュー表であった。
 だがお茶請けに該当する項には、何度見ても『鍋焼きうどん』としか書かれていなかった。
 幽香は頬をひくつかせながら、メイド長を横目で見る。

「あんた……時を止めて今これを作ったんでしょう」
「いいえ決してそんなことは。気温の高い日に冷たい食べ物を多く摂取すると、かえって胃を痛め、体調を崩してしまいます。暑いときに熱いものを食べることこそ、究極の消夏法といえますわ。失礼」

 咲夜はハンカチで、自らの額の汗を拭きながらのたまう。
 鉢植えの妖怪は親の仇でも見るような目で、テーブルの上に出現したうどんを睨みつけていたが、

「いいわ。涼しい顔でこんな料理とメニューを用意した貴方に、敬意を表してあげる」

 パキン、と割り箸が音を立てて分かれる。
 それから風見幽香はうどんを猛然とすすり始めた。

 側に控えて立つ咲夜は、今後のことについて考えを巡らせる。
 一本取ってやったのは痛快だが、この程度では溜飲が下がらない。
 誰にも話したことのない己の恥ずかしい秘密を暴かれ、これ以上ないくらいの屈辱を受けたのだから。
 脛への一撃の分を足したとしても、全然物足りなかった。
 それに無事に作戦が終わるまで、そして終わった後のことも考えて、少しでも優位に立ってことを進めておきたい。

 彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。
 相手は大妖怪。戦闘力は折り紙つき。タフで知恵が回り、駆け引きも心得ている。
 そして性格と有効度、共に極悪。相手をするのがもっとも厄介なタイプといえよう。

 直接的にいたぶれるならいいのだが、現状は協定を結んでいるため、自慢の108式虐待法も使用不可能。
 せめて彼女に、何か明快な弱点があればいいのだが。

「ご馳走様でした」

 ――完食してるし……。

 幽香が空になった鍋に、律儀に手を合わせていた。
 どうやら熱い食べ物にはそれなりに耐性があるようだ。七味をたっぷり使うべきだったか。

「ああ。いい汗かいたわ。タオルをちょうだい」

 彼女が差しだした手に、咲夜は黙って新品のタオルを乗せる。
 幽香はそれで顔、首回りをサッと拭き、

「ついでといってはなんだけど、髪を梳いてもらえないかしら」

 と、新たな注文をつけてきた。

「……来客用のブラシであれば、ご用意できますが」
「この状態じゃ自分で梳くのが面倒だから言ってんでしょうが。それとも、そっちにある鏡台まで、私を持って運んでくれるのかしら?」
「………………」 
「丁寧に梳きなさいよ」

 相も変わらぬ不遜な態度。
 ブラシの代わりにバリカンを使って甲子園カットにしてやろうか、と咲夜は思ったものの、掌に爪を食いこませて耐える。

 幽香の背丈は自分とそう変わらないため、咲夜はその後ろにあるベッドを台座代わりに使うことにした。
 紅魔館は来客用のブラシも、いいものを揃えている。他に手鏡、霧吹き、椿油等も準備。

 満を持して咲夜は、幽香の後ろに回った。
 さすがは大妖怪。これほど接近して背後をとっても、まるで隙がない。などと、妙な部分で感心してしまう。

「それじゃあ、始めさせていただきます」
「ん」

 幽香の短い返事に合わせ、手始めに咲夜は髪質を確かめるため、霧を吹きかけようとして――

 ――ふむ?

 深い緑の色で染まった髪の端を、指で持ち上げた。
    
 妖怪の髪に触れるのは、これが初めてではない。
 ただ、風見幽香の髪の毛は、少し手触りが珍しかった。
 とにかく柔らかく、しっとりと指に絡む。まるで水中で触れる水草のように。

「どうしたの」
「いいえ、なんでもございません」 

 咲夜は左手で髪を持ち上げ、右手で丁寧に梳き始めた。

 根元から毛先へと、一定のリズムと緩急で。歯に髪を引っかけぬよう、注意深くソフトに髪を梳いていく。
 女性にとって髪は非常にデリケートなもの。それは幻想郷でも変わらない。
 手先が器用なだけでなく、細やかな気配りができる者こそ、髪結い役にふさわしい。

 咲夜はこの館で、今まで数多くの者の髪を手入れしてきた。
 主人は勿論のこと、その妹君にもよく頼まれるし、実は図書館にいる魔女からも時々依頼される。
 それと、髪型を変えて遊ぶのが好きな妖精メイド達が、ひどい有様になって戻せなくなってしまった時も、きちんと直してやる機会が多かった。 

「な、なんか変な感じね」

 ぎこちなさそうに幽香が言う。
 彼女の横髪に移行しながら、咲夜は言った。

「……少々髪がいたんでいる。トリートメントはしているか?」
「え、そんなにいたんでる?」
「一度言ってみたかっただけよ。でも、すごくいい髪をしてるわね。柔らかくて艶があって」
「たぶん復活したばかりだからじゃないかしら……普段は100%植物性のシャンプーだけど」
「そう。……あら、先っぽがもうカールしはじめちゃった」
「私、癖っ毛だから……」
「みたいね」

 咲夜はのんびりした会話をするうちに、みょんなことに気付いた。

 先程からどうも、幽香の挙動がおかしい。
 うなじの部分が、心なしか紅潮している。
 ちらりと視線を下に移動してみると、彼女は両腕で自らの体をきつく抱きしめていた。

 ――ふぅん……。

 咲夜は試しに、霧吹きを手に取り、うなじの近くに吹きかけてみた。
 と、

「………………っ!!!」

 はっきりと、幽香の体が動いた。
 言葉にならない呻き声を漏らし、彼女は首をねじって、恐るべき目で睨みつけてくる。

 咲夜は表情を変えぬまま、ブラッシングを続ける。悪戯はそれっきりで終えることにした。
 それから五分ほど、幽香の髪を梳き続け、

「……お疲れ様。終わったわよ」
「あ、ありがとう」
「いいえ。おかげで私も、貴方のことがよくわかった気がしたわ」

 彼女の正面に歩いて戻った咲夜は、微笑んで言った。

「…………?」

 幽香の瞳に映るメイド長の笑みは、どこか奇妙な雰囲気を醸し出していた。 
 いつの間にやら、手に小振りの瓶を持っている。 
 咲夜はその蓋を開け、馬鹿丁寧な口調で、

「そうですわね。今度はこの軟膏クリームを、貴方の脛に塗ってさしあげますわ」
「ななななな、なんで!」
「先程無礼を働いたお詫びでございます。その次は肩から腰にかけてのマッサージなどいかがでしょう。鉢植えに長く立ったままでは、お体によろしくないでしょうし」
「け、結構よ! 私は花の妖怪! 立つのには慣れてるんだから!」
「……鈍いですわね。貴方に選択肢はございませんわ。風見幽香さん」

 細まった目に、粘着質の光を湛える咲夜。
 その表情は、もぎたてのリンゴの横に待機している果物ナイフのような笑顔。
 
「もちろん、協定に違反などしておりません。なぜなら、これはれっきとした身の世話であり、暴力などではないのです」
「い、いや……」

 幽香が身を引こうとする。しかしながら、彼女の両足はいまだに鉢にはまったままである。

 この時、咲夜はすでに風見幽香の弱点を発見していた。
 ブラシで髪を梳かれる間、居心地が悪そうにしていた訳。そして霧を吹きかけられた時に大きく動揺した訳。
 彼女はそういった甘い刺激に慣れていなかったのだ。
 
 すなわち、風見幽香は……


「や、やめて……!」


 極度のくすぐったがりなのであった。 


 有り余る苦痛だけが、他者を虐げる武器になるとは限らない。紅魔館のメイド長はそれを知っていた。
 軟膏クリームを指に薄く塗りつける。よりくすぐったさが増すように。

「では……失礼しますわ」
「待ちなさい! そんなことをすれば私は絶対に我慢出来なくて大声を出すわ! そうしたら、この館にいる他の誰かに気付かれるかもしれない! 結果的に協定を破ることになるのよ!」
「それならご安心を」

 咲夜はクリームの塗っていない方の指を、パチンと鳴らす。
 ……と、

 寝室が音もなく、一気に陸上競技場並の広さに拡張していた。

 空間操作能力。時間を操ることのできる咲夜は、同時に空間を支配してもいる。
 紅魔館の内部が外から見た以上の広さを有しているのも、咲夜の能力があってこそだ。
 
 幽香はうろたえながら、彼方に去った四方の壁に目をやる。
 この広さの閉め切った空間であれば、どれだけ悲鳴を上げたとしても、外には聞こえないだろう。
 
「それでは、脛の治療と脇腹マッサージ、まずはどちらがお望みですか?」

 十六夜咲夜は、ドSであった。 








 5 おかしな夜のおかしな会議
  
 
 

「何があったの?」

 それが、ベッドで目覚めた紅魔館の主の第一声。
 彼女、レミリア・スカーレットは我が目を疑っていた。
 なぜならそこには、日頃側に控えているはずのメイド長ではなく、メイド姿の亡者が立っていたからだ。

 紅魔館のメイド服とは異なる規格の、黒のワンピースにフリルエプロンをつけた服。
 ボリュームのある長い紫の髪を後ろで一つにまとめ、頭にはこれまた黒のカチューシャ。
 そしてそれを着こなしているのが、顔立ちは整っているものの、青白い肌に虚ろな光を湛えた紫の瞳の持ち主。

 つまり、メイド服のパチュリー・ノーレッジが、ベッドの脇に立っていたのである。
 目を開けたらこのホラー映像。さしものレミリアも一驚する他ない。
 道理で目覚めのBGMにフラワリングナイトではなく、ラクトガールが流れていたわけであった。

「……Good evening. Remy」

 その土気色の顔に一片の愛想も浮かべず、メイドパチュリーは虚ろな声で言った。

「私は居候の身だけど、貴方の助言役でもある。その私から会議スカーレットの開催を進言させてもらうわ」

 レミリアの二つの眼が、ますます驚愕で見開かれた。
 会議スカーレットというのは、紅魔館の進退を占う重大な決定のためのものである。
 過去に開かれたことは幾度もない。

「ただし、十六夜咲夜はメンバーから外れるわ。なぜなら彼女こそが、議題の当該者だからね」
「咲夜は今どこにいるの」
「自室に閉じこもっているわ」
「議題と今わかっていることを、できるだけ簡潔に伝えて」

 パチュリーは説明した。

 美鈴の情報によれば、咲夜が風邪を引いている……らしい。
 小悪魔の情報によれば、雄叫びを上げていた……ようだ。
 他にも妖精メイドからの、いくつかの奇妙な証言。

 そして咲夜はずっと引き籠ったまま、出てくる様子がないということであった。 

「というわけで、会議の場所は地下の図書館を予定しているけど、異論はある?」
「大ありだ」
 
 レミリアはベッドから滑るように降りた。

「私自ら、その異変を解いてやる。会議の必要はないわ」

 轟然と言い放ち、レミリアはすぐに着替えを始めようとする。
 が、ボタンに指をかけ、ふとその迅速な動作が止まった。

「………………」

 横目で睨まれても、メイド姿の魔女は無表情のまま、むっつりと黙って直立したままだ。

「パチェ……」
「さぁ、服を、レミィ」
「私の着替えを手伝っていいのはメイド長だけだ。お前はそのメイド服を脱いで、とっとと図書館に戻れ」
「照れなくていいわ。今の私はメイド長代理だから」
「も・ど・れ」

 ひらがな一文字ずつパンチを叩き込まれ、魔女は部屋の外に叩き出された。




◆◇◆




「全く……咲夜がおかしくなったって? 馬鹿馬鹿しい」

 レミリアは独り言を呟きながら、濁った気分で廊下を歩いていた。
 ピンク色がかった白いお洋服が、人形よりも整った美貌を包んでいるものの、ナイトキャップをかぶせた光沢のある青い髪は、いつもよりブラシが乱暴にかけられて乱れていたし、その尖った渋い表情も魅力を削いでしまっている。
 まだ日が沈みかけてすらいない時刻なのに起こされ、起きた後はいつも側にいるはずの従者がおらず、しかもそれを迎えに行かなくてはいけない。機嫌を斜めに傾けるには十分な材料が揃っていた。

 十六夜咲夜がレミリアにとって、忠実な僕以上の存在なのは間違いない。
 そして紅魔館に住む多くの者達にとっても、そのような存在であろう。
 業務の大半を引き受け、泣き言一つ言わずに完璧にこなしてしていくスーパーメイド。
 厳密にいえばミスと呼べるものも時たまあるものの、それは彼女の創意工夫の表れであり、怠慢では決してない。彼女が館に貢献している度合は、残る全ての者を集めても足りるかどうか、というところだった。

 が、それでも彼女の立場はあくまでメイドであり、人間の従者である。
 その人間に、主人である吸血鬼の自分が振り回されているというのが、レミリアにとって不愉快な話なのである。
 逆の立場ならまだしも、だ。
 
「ま、どうせ大したことじゃないでしょうけどね」

 苛立ちを独り言に変えて排出しているうちに、レミリアは咲夜の寝室の前まで来ていた。
 そういえば、ここに一人で立つのはいつぶりだろうか。かつて彼女にこの一室を与えて以来、ほとんど訪れたことがなかった。
 咲夜が引きこもってしまった理由。少しだけ、興味も湧いている。

 手始めにレミリアは、紳士的にノックをしてみた。

 こん、こん。

「咲夜」
『お、お、お、お嬢様っ!?』

 レミリアは眉をひそめた。
 確かに様子がおかしい。扉の向こうの従者は、相当慌てているようだ。

「起きているようね。とにかく、中に入らせてもらうわよ」
『おやめください!』
「っ!?」

 レミリアは驚きのあまり、声にならない叫びを発した。
 あの咲夜に門前払いを食らうとは前代未聞、青天の霹靂としか言いようがない。
 だが、待てと言われて待てるほど、この幻想郷の吸血鬼は気の長い種族ではなかった。
 ましてや飼い犬に手を伸ばし、吠えられたのでは尚のことである。

「……今のはどういう意味かしら、咲夜?」

 沸々と泡の浮かぶ声で、レミリアは問う。

「主人であるこの私に命令を下し、刃向かうというの?」
『滅相もございません。私はいついかなる時でも、お嬢様のことを第一に考えて行動をしております』
「ほほう……なら私の起床時に姿を現さなかった件について。そして今朝から引き籠っているということについて、どういうことか説明しなさい。きちんと。私の前に顔を見せて」
『それは……』

 扉の向こうの声が弱々しく萎んでいく。

「どうしたの。言えないの」
『どうか……どうかお情けを』

 再度、咲夜は懇願してくる。

 レミリアは鞘から剣を抜くに抜けない心境で、腕を組み、押し黙った。
 すぐに解決する予定だったのに、存外手こずってしまっている。
 そもそも、主人である自分が従者の部屋に入るのを、どうして我慢しなくてはならないのか。

 ――いいや、我慢する必要などない。私を止められる者はいない。

 レミリアは即座に決断を下し、ドアノブに指をかけた。
 
 その時……。

「なっ!?」

 レミリアは思わずノブから手を引き、その勢いのまま、素早く後ろに跳んだ。
 とてつもなく恐ろしい未来の予兆が、脳裏をよぎったのである。
 運命を覗き、操ることのできる吸血鬼。レミリアの力は、非常に信頼度の高い予知能力でもある。
 
 その力が、レミリアに警告を発している。
 この場で無理矢理扉を開けた場合、ほぼ間違いなく十六夜咲夜を失ってしまうということを。
 しかも運命のその先は、さらなる奈落へと続いていた。
 なんと紅魔館をも失ってしまう可能性があるというのだ。

 ――馬鹿な……!

 レミリアは戦慄を禁じ得なかった。
 それほどまでの脅威が奥に待っているというのか。
 一体咲夜は、何と関わったというのだ。

 呼吸を落ち着かせ、念のため、レミリアは別の方法について未来を占ってみた。 
 たとえば、なんとか咲夜を説得することができないか。窓や天井裏から侵入はできないか。
 あるいはドアではなく、横の壁を無理矢理破壊して飛び込むとどうなるか。
 「さくやー、あけてよー」と泣きついてみたらどうなるか。

 けれども全ての運命において、結果は変わらないことが示されていた。

「そう……そうなの」

 レミリアは寂しい笑みを浮かべた。
 十六夜咲夜を失わず、そして紅魔館を失わない。
 その二つの結果を得るためには、この扉を開けてはならない。
 それこそがレミリア・スカーレットにとっての勝利。運命がそう告げているというなら仕方ない。

「……咲夜。私のことを第一に考えて行動している。その言葉に偽りはないわね」
『はい、お嬢様』
「なら今回は、お前の我が儘を聞いてあげる」

 レミリアは身を翻し、言い残す。

「そのかわり、必ず私の元に戻ってくること。いいわね」
『心より感謝とお詫びを申し上げます……お嬢様』

 夜の王は満足げにうなずき、悠然と立ち去った。




 ◆◇◆




「…………以上よ」

 大きな丸テーブルに突っ伏した吸血鬼は、そう証言を締めくくった。
 紅魔館の地下にある大図書館。彼女と魔女だけでなく、咲夜を除いた紅魔館の主要人物が集まっている。

「こんなの初めてだわ。部屋には入れてくれない、顔も見せてくれない、理由も話してくれない。どこでどう運命が狂ったのかしら」
 
 レミリア・スカーレットは、テーブルに顔を乗せた状態でむくれながら言う。
 下唇をめくりあげ、顎を梅干し状にして「うー」と嘆くその姿は、かなりのお子様っぷりである。
 咲夜の行為があまりにもショックだったらしく、カリスマゲージが減退していた。
 隣に座るよく似た容姿の妹の方が、落ち着いてみえる。

「ほらヘタレお姉様、元気出して」

 彼女、フランドール・スカーレットは枝に吊るした毛虫のおもちゃを揺らしながら慰めていた。
 鼻先で振られる異物に目を動かしながら、レミリアは「う――」と番犬のごとく唸る。
 500歳と495歳の吸血鬼が織りなす、心温まる絵図である。
 さながらフォワグラのトリュフソースがけを前時代の電子レンジで温めたような眺めだ。

 そんな幻想郷らしからぬ喩えを思いながら、この状況で頼りになるのは自分しかいない、とパチュリーは確信していた。
 依然メイド姿で。
 そして後ろの小悪魔と美鈴も、彼女の魔女らしからぬ格好を見て、全く同じ思いを抱いていた。

「証言の順番が前後しちゃったけど、今から正式に会議を開くことにするわ。司会進行役は私が務める。まず、今起こっている問題の要点、そして思考に必要な材料を整理しておくわね」

 パチュリーが指をカチンと鳴らすと、どこからともなく板が空中を滑るようにして現れ、体を起こした。
 黒板である。
 彼女は椅子に座ったまま、現れた黒板に、パープルというマニアックな色のチョークを用いて板書を始めた。

「まずは、ことの起こりから。容疑者咲夜は今日の午前五時半頃に就寝した、とみられる。なぜなら彼女が世話をするレミィが就寝したのが四時半で、妖精メイド達の目撃証言をまとめた結果、四時四十五分頃が最後となっているから。ちなみにその証言は彼女の就寝中の、メイド達の業務についてだった。そしてそれ以来、咲夜は紅魔館において誰にもその姿を見せていない」

 落ち着いたその口調は、やはり教師役に慣れているからであろう。
 語る内容もよどみがない。なのでますますメイド服がギャップを生んでいる。
 とはいえ他の者は真面目な顔で黒板に集中していた。レミリアだけは机に顎を乗せたまま、ぶーたれていたが。

「彼女が部屋にいることが確認されたのは、朝の清掃班の班長を務めるマーガレットの証言から。彼女は午前七時に咲夜の部屋を訪れている。ただし中には入らず、扉越しの会話だった。彼女は引き継ぎの内容について確認する際『シェー!』という咲夜の咳を聞いている」

 場にいる全員に「咳?」という疑問が浮かんだが、魔女は特にそれについて言及せず、

「次の証言は紅美鈴。どうぞ」
「え!? わ、はい!」

 いきなり話を向けられ、美鈴は多少うろたえながらも証言を始める。

「えーと、私が咲夜さんの部屋を訪れたのは、七夕パーティーの打ち合わせのためでした。正確な時間は覚えてないんですけど、たぶん八時前くらいだったと思います。部屋に向かう途中で先程話に出たマーガレットちゃんから、咲夜さんが風邪をこじらせたということを聞いて、これは大変だと看病するつもりだったんですが、咲夜さんは部屋に入れてくれませんでした。とにかく私に、七夕パーティーの準備をしておいて、とだけ言って。でも……」

 はきはきと答えていた美鈴の顔に、急に影が差す。

「会話をしていて気付いたんですけど……咲夜さん、風邪を引いていなかったみたいなんですよね」
「ふむ。その根拠は?」

 驚いた様子を見せず、パチュリーは続きを促す。

「会話をしたのはドア越しでしたが、いつもと同じくらい声に張りがありましたし、鼻も詰まっている様子はありませんでした。私、人の健康を見極めるのは得意なんです。それにそんな重病じゃなくて、多少風邪気味だっていうくらいなら、顔くらいは見せてくれてもいいでしょう。部屋に籠城して、全く出てこようとしないっていうのは変かなぁと」
「おたふく風邪にあって、顔の形が変わっちゃって人前に出られない、というくらいなら平和な話だけどね。どちらにせよ、咲夜が嘘をついて何かを隠しているということについては間違いないところかしら」
 
 魔女は相槌を打ちながら、美鈴の証言の要点をチョークで黒板にまとめていく。

「もう一つ。目撃者はいないけど、メイド達のための今日の仕事の概要について書かれた紙が、各所に届いていたそうよ。当然、咲夜の筆致でね。これが意味しているのは、彼女は時間を止めて館内を動き回っていたということ。そうまでして、あの部屋に籠る理由は一体何なのか。それについて、今度は小悪魔。証言を」

 指名を受け、魔女の背後に控えていた司書が、一歩前に出た。

「私が咲夜さんの部屋を訪れたのは……あ、もちろん中には入ってませんが、正午前です。キッチンでパチュリー様の分の昼食のお盆をもらって、図書館に運んで戻る時でした。その時、何か悲鳴のような音を聞いて」
「それは、はっきり悲鳴だったの? 風の音ではなくて?」
「私もそれが判らなかったので、確かめに出向いたんです。そうしたら二階の廊下には誰もいなくて。同じ階にある咲夜さんの部屋に、彼女がいることを知って話しかけたんですが、何も聞こえなかったということでした。私も美鈴さんと同じく、咲夜さんに風邪を引いたとだけ言われたんですが……」

 小悪魔がそこで言葉を濁し、目を閉じ、頬に指を当てて頭を30度傾ける。
 妙に芝居がかったわざとらしいポーズで、彼女はおもむろに告白した。

「私の勘ですけど、やっぱり咲夜さんの他に、あの部屋に何かがいたような気がしたんですよねぇ」

 パチュリーは、すぐさまうなずき、

「『何か』じゃなくて、『誰か』の可能性もあるけどね」

 と付け加えた。
 ここまでは他の者も、ある程度予想していたらしく、神妙な顔ながら驚きを示しはしなかった。
 唯一、この館の最高責任者だけは、「え? え?」と顔を左右に動かしてパニくっていたが。

「はい。他にも証言はたくさんあるわ。廊下から壊れた笑いが聞こえてきた、とか。昼食が二人分なくなっていた、とか。なぜか鍋焼きうどんの材料がなくなっていた、とか。咲夜に関係なさそうなのは除外してみても、なかなかの量よ。彼女が部屋に閉じこもって、横になって風邪薬を飲んで大人しくしているというわけではなさそうね」

 パチュリーがそこでチョークを置いて振り返り、他のメンバーに顔を見せる。

「さて、咲夜が一体何を隠しているかについてだけど……」
「はーい」「はーい」「はーい」「はーい」

 四人のフランドールが手を上げた。
 いつの間にか彼女はスペルカードで分身していた。
 
「じゃあ右から二番目の妹様、どうぞ」
「ずばり、内緒でペットを飼っている!」

 自信たっぷりに、金髪の吸血鬼は発言する。
 闇の眷属にしては、ほのぼのとした発想である。

「なるほど。どんな動物を飼ってるんでしょうね」
「ヒョウモンダコだと思う」
「スベスベマンジュウガニね」
「ブラックマンバに決まってんだろ」
「んー小猫だったら嬉しいな」

 四人のフランドールの回答は、猛毒生物のラインナップだった。全くほのぼのしてねぇ。
 ちなみに小猫もあながち仲間から外れているとは言い難い。あのつぶらな瞳は、人を狂わせる猛毒ではないだろうか。

 彼女達のこの意見に、小悪魔が賛同した。

「何か危ないものを隠してるっていうのは、当たってると思いますよ。何しろあの咲夜さんが、お嬢様にそこまで隠し通そうとしたんですから、紅魔館において認められないものだったりするんじゃないでしょうか」
「じゃあ小悪魔は何だと思う?」
「そうですねー。具体的にはっきりとは申せませんが……猛獣、ケダモノ……あ、男とかどうでしょう」
「なんだと!?」

 即座にレミリアが反応し、椅子を後ろに蹴倒しながら立ち上がる。

「どこの馬の骨だ! 私の従者をたぶらかしたのは! 今すぐ拷問にかけて、生まれてきたことを後悔させてやる!」
「なるほどね」

 パチュリーは呆れた目で、たれコウモリから処刑モンスターに変わった友を眺め、

「確かにこの様子を見る限り、咲夜が連れ込んだのが男だったとすれば、レミィに隠すのもうなずけるわね」
「ねぇ美鈴。私、オトコって見たことないんだけど、私達とどう違うの? 教えて」
「ええ!?」

 端っこのフランドールの質問を受け、美鈴は動揺する。
 純真無垢な瞳は血のような色を除けば、シロサイを見たことがないと呟く人間の少女と変わらない。

「い、いやーフラン様、実は私も見たことがないんですよ。見てみたいなぁ、咲夜さんの男」

 美鈴の体はグングニルで薙ぎ払われ、図書館の最奥へと飛んでいった。
 彼女が口下手でなければ、きっと門番でなく優秀なメイドとしてやっていただろう。
 主人の怒りを上手に鎮める話術も、この館では必要なスキルなのである。

「話がずれたけど、私も咲夜が何かを隠している気はする。けれど、それが男だという確証はない。それに私は、もっと有力な推理を有しているのよ」

 視線が集まるのを待ってから、パチュリーは重たい口を開いた。



「咲夜が隠しているもの。それはおそらく……幼女」



 海よりも深い沈黙の中、その場にいる全員が聞き間違いだと信じようとしていた。


「幼女よ」


 だから繰り返されても困る。
   
「紅魔館の平均年齢は最年長のレミィと妹様が平均値を上げているとはいえ、幻想郷全体としては平均を若干下回る程度。ところが、これが外見年齢となると数値が劇的に低下する。右を見れば妖精メイド、左を見れば門番妖精、そして彼女達よりもさらにちっこい見た目の吸血鬼が二人とあっては、まさしくここロリコン天国。変態を呼び寄せるサルガッソー……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいパチェ」

 一応主人かつ友人のレミリアが、場を代表して演説を止めさせる。
 この魔女が頓珍漢な推理を披露するのは初めてではないが、今回は極めつけである。

「図書館で過ごし過ぎて、頭にカビでも生えたわけ?」
「失礼ね。私は真面目に言っているのよ」
「なおさら引くわ」
「間違いないわ。咲夜は幼女を監禁して虐待しているのよ。それが妖精か妖怪かはわからないけど、かなり頑丈なやつでしょう」

 他の面々は再び沈黙してしまった。
 明日に幻想郷が滅びる……みたいなシリアス調でそんな妄言を口にされれば、心身ともに一回休みになるのも至極当然。
 けれどもパチュリーは硬直する面々を無視して話を続けようとする。

「一つ一つ根拠について話していきましょう。私は長らく疑問を抱いていたわ。咲夜がどうしてこの館のメイドに、妖精を採用し続けているかについて」
「え……?」

 美鈴――すでに復活済み――が意外そうに、先程己を吹っ飛ばした主人の方を向き、

「紅魔館のメイドに妖精を雇うのって、お嬢様の方針だったんじゃなかったんですか」
「……いいえ、咲夜がメイド長になってから、人事については全て彼女に一任しているわ」

 レミリアは油断のない目付きで答える。
 その視線を正面から受けていたパチュリーは、さらに持論を展開する。

「咲夜にサディスティックな面があるってことは、みんな認めてくれるでしょう。さすがにレミィや妹様は直接的な被害を受けたことはないでしょうけど、噂くらいは耳にしたことがあるはず」

 他の面々にもその情報は入っていた。十六夜咲夜の新人研修は凄まじく厳しいらしい。
 例えばメイドはきちんと業務を覚えるまで、決して名前で呼ばれることはない。
 ハニーやアニスなどの名を一時的に捨て、ハーマイ鬼や微笑みデブといった名を背負わなくてはならない。
 そして研修期間中は、地獄と称される訓練室にて、恐るべきトレーニングを施されるという。
 その実態は新兵訓練そのもの。シンデレラの継母と星一徹が止めに入るほどの厳しさで、礼儀作法、炊事洗濯清掃のやり方、戦闘技術、紅魔館のメイドに必要とされるスキルを全て、その小さな頭に叩きこまれるのだ。

「ところが、咲夜は妖精メイドに冷たいわけではない。たとえば、仕事ができないものをクビにせず、むしろさらに積極的に指導しているそうよ。それはつまり、他者をしごくことに快感を覚えているといってもいいんじゃないかしら」
「百歩譲って真実だとして、それのどこをどう解釈したら幼女愛好につながるわけ?」
「咲夜がレミィに仕えているのが一番の証拠よ。彼女の実力と能力なら引く手数多だというのに、あえて紅魔館に居続けている。それはレミィのような外見の持ち主の世話を焼くことに悦びを覚えていたからよ」

 パチュリーがさらに暗い面持ちでかぶりを振り、

「そんな咲夜は、妖精メイドでは己の欲望を果たせなくなった。だから、紅魔館の外から幼女をさらってきて虐待を始めた。そして我に返り、出るに出られなくなって自分を責めているのでしょうね」

 重たかった空気が、さらに重くなった。

 確かに咲夜は妖精メイドだけではなく、レミリアやフランドールの世話も積極的に引き受けている。
 吸血鬼の彼女達が、少しは休んでみたら、と気をかけるほど、熱心に奉仕してくれていたのだ。
 よほどメイドの仕事が天職だったのだろうと彼女達は結論づけていたのだが、実はそれが全て、自分達に誰よりも接近するためだとしたら。
 けれどもレミリアもフランドールも、咲夜にいかがわしいことやサディスティックな行いを受けたことはない。当然、そんなことをされれば、彼女をクビにするのはやむを得ないだろうが、咲夜自身がそれを計算していたとしたら。抑えつけられた欲望が今日という日に目覚め、凶行に走ったとすれば。
 
 小悪魔が聞いた悲鳴、妖精メイドが聞いた笑い声。彼女の寝室では、一体何が行われていたのか。
 まさか。そんな。

 最初は全く信じていなかった他の者達も、今では真剣な面持ちで考え込んでいた。
 美鈴は腕組みして唸り、レミリアは深刻な様子で眉根を寄せ、四体のフランドールはそれぞれが我が身を抱きしめ、お互いの顔を見合わせていた。

「もし本当にそんな下劣ことが起こっているなら、すぐにでも現場を抑え、取り調べる必要があるわね」
「それも無駄よレミィ」
「なぜ?」
「彼女は時を止められる。証拠の隠滅など容易い。咲夜の病気が治るまで、一刻も早く彼女を監禁しておくことを提案するわ」
「でも、そうしたら誰にメイド長をやってもらうの?」

 フランドールの内の一人が、気遣わしげに問い訊ねる。
 そこでパチュリーが、軽く咳払いをして、各々の注意を引きつけた。

「どうしたのパチェ。また喘息の発作?」
「違うわよ。私のこの格好を見て、想像がつかないかしら」

 抑揚に乏しい声で言った魔女は今、黒を基調としたメイド服を着ている……が……。


「ええええええええええええええ!!?」

 
 驚きの声が唱和した。

「図書館では静粛に」
「パ、パチェ。貴方本気? 貴方に咲夜の代わりが務まるわけないでしょ?」
「まぁ、いきなり全ては真似できないでしょうけど、自信はあるわ」

 七曜の魔女は豪語する。
 だが外から見れば、この館でもっともメイドが似合わないのがパチュリーである。

 美鈴は合格だ。もともと面倒見がいい性格だし、やるときはやるタイプで、料理も得意。中華オンリーだが。
 小悪魔も普段は司書の仕事にかかりきりなものの、誰かの世話をするのは慣れている。
 レミリアとフランドールは奉仕される側であるし、そもそも残念ながら合格しているのはビジュアルだけ。

 ところがパチュリーは、そのビジュアルすら基準点に達していない。
 ホーンテッドマンションから出張してきたような容姿で、体が弱くて、一日中本を読み続ける生物の彼女のどこに、メイドの素養があるというのか。

「あるわ。私には魔法がある」

 こういう時にやけに説得力があって便利なチートスキルが飛び出した。
 レミリアが憮然とした様子で、

「どうせあんたのことだから、箒の山に水汲みさせて、紅魔館を水没させるのがオチでしょうよ」
「それは魔女じゃなくて魔法使いの弟子がやることよ。私はプロ中のプロだもの」

 パチュリーはまた、カチン、と指を鳴らす。
 すると書架の奥から、何かが風に乗って飛んでくる気配があった。
 会議の円卓の上で一回りして速度を落とし、ふわりと着地したのは、お盆だった。
 その上に、淹れたてのお茶が入った五人分のカップ。

「ざっとこんなものよ」

 造作もなさげに言うパチュリーに、ほー、と皆も感心する。
 彼女に対する評価の正負が、綺麗に裏返ろうとしていた。

「さて。段取りはこうよ。咲夜を直接捕える役はレミィ。私は咲夜を外に逃がさぬよう、魔法でサポートする。小悪魔は私の補佐。妹様と美鈴には、万一のことを考えて後衛を頼むわ。その後どうするかについては、ことが済んでからにしましょう」

 服装が変わると、性格も変わるものなのだろうか。
 黒のメイド姿で魔法を操り、流れるように作戦を立案する彼女は、いつになく雰囲気がクールだ。
 咲夜とは違った意味で、仕事を任せられそうなオーラを漂わせている。

 この場の責任者であるレミリアも、納得した様子で、首を縦に振ろうとしていた。
 が、その寸前だった。

「お待ちくださいパチュリー様」

 そう横槍を入れたのは、小悪魔である。

「いい加減白状してはどうですか。貴方こそ病にとりつかれているということに」

 普段は表立って発言することがなく、どちらかといえば裏方を任せられている彼女の発言に、他の面々は驚きを覚え、興味を示した。
 たった一人、パチュリーを除いて。

「騙されてはいけませんよ、皆さん。咲夜さんに纏わる疑惑の根も葉も、全てこの場でパチュリー様が用意したものに過ぎません。知らず知らずのうちに、彼女にとって有益な流れに乗り、ことを進めてしまう。それもまた、我が主人の得意とする『魔法』なのですから」
「おかしなことを言うのね、小悪魔。私がメイド長を務めることの、どこが私にとって有益な話になるの。できればずっと本だけ読んでいたい、というのが私の願いよ」
「それは表の貴方に過ぎません。ここにいる誰一人として、裏の貴方を知らない。私だけが知っている。読書よりも強い欲求を抱え込んでいる、今の貴方を」
「何が言いたいのかしら……」
「はっきり言うなら、貴方こそロリコンだということです!!」

 ビシッ、と指をつきつける小悪魔。
 話についていけない他の者達は、いずれも埴輪のようにポカーンとしていた。

「紅魔館のメイド長というポジションに、誰よりも興味を抱いているのが、パチュリー様、今の貴方のはずです。お嬢様方のお世話や妖精メイドの指導という名目で、毎日のように幼女と接することのできる立場に目が眩み、虎視眈々と奪う機会をうかがっていた。そして今! 貴方は絶好の機会に巡り合ったと読んで、行動に移したのでしょう! 咲夜さんになり替わろうと!」
 
 ここが法廷であれば、大きなざわめきが起こり、裁判長が小槌を鳴らしているところだろう。
 しかしながら、紅魔館の住人達は、二人の答弁の行方を、息を呑んで見守っていた。
 黒いメイド長(暫定)は、下等生物を見るような目で自らの使い魔を睨みつけ、

「悪魔の端くれが、契約したマスターに不利な証言をするとは、思いもよらなかったわ……」
「お気持ちはお察しします。けれども私は小悪魔。一番いいタイミングでマスターを裏切ることに快感を覚えるのです。隠し部屋にて薄い本で熱い本棚を創造しようとしたり、指が鳴らせないからって、隠し持ったカスタネットを鳴らしてその気になったりする残念な主人に、これ以上真顔でお仕えすることはできません」
「なっ!?」

 パチュリーの袖からカスタネットが滑り落ち、床の上でカチンと音を立てて跳ねた。
 ここぞとばかりに、小悪魔が指でそれを示し、

「見てください! あれが証拠のカスタネットですよ!」
「つまり小悪魔の証言は全て本当ということ!?」 
「パチェ! 不潔よ! 最低!」
「ちょっと待ちなさい!!」

 この急展開に、当事者の魔女は、一秒たりともじっとしていなかった。
 冷静さをかなぐり捨て、動かない大図書館は早口で抗弁する。

「たまたまXが言ったA、B、Cの発言のうちAが正しかったからといって、残りのBとCが正しいという証明にはならない! 私がカスタネットを使ったことと、幼女が好きかどうかについては全く関係ない話よ!」
「でも好きなんでしょう!」
「違う! 好きなわけじゃないわ! たまたま好きになった相手が幼女の外見をしていただけよ!」

 日常というハンカチを引き裂く突然の告白に、またもや図書館から音が途絶えた。
 あんぐりと口を開けているレミリアが、やがて恐る恐るといった態で、

「パ、パチェ……それってつまり……」

 しかし魔女の視線が向いた先は、彼女ではなかった。

「私が好きになったのは……そう! 妹様NO.4!」
「ええっ!? 私!?」

 突然の指名に、四体のフランドールのうち、端っこにいる一人が跳ねた。

「そうよ。私が紅魔館に住みついて、一目惚れしてしまった相手。高飛車なNo.1、へそ曲がりのNo.2、外道な性格のNO.3、どれもひどすぎる。けれど、そんな殺伐とした人格の中に咲く一輪の白いアネモネ。素直で愛らしく、私と本について語らうことのできる貴重な存在」
「わ、私はパチュリーさんのこと嫌いじゃないけど、でもそういう風に思われてたって言われても困っちゃうっていうか」
「ああ! No.4! 貴方のそんな初心な仕草が私を狂わせたのよ! 将よりも馬と仲良くなっちゃったけど、本当は貴方と親しくなりたかった!」
「えーとえーとえーと」

 白い頬を赤らめて縮こまるフランドールNo.4。花も恥じらう乙女っぷりである。
 吸い寄せられるように彼女の元へと向かうパチュリーの前に、『馬』が回り込む。

「パチェ! それ以上私の妹に近づくな!」
「いいじゃないの! 四分の一くらい!」
「たとえ四分の一でも、貴様なんぞに妹を渡してなるものか!」
「変なことはしないわ! 詠んだ本について語り合ったり、同じ机でお弁当を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝てみたりしたいだけよ!」
「十分すぎるわ! この変態め!」
「変態じゃないわよ! それに妹様の方が年上だもの! どっちにしろ子供と成人なんて、ピグモンとガラモンくらいしか差がないわよ! だったらピグモンが多数派になるでしょ!」
「おかしな喩えを持ち出すな!」
「皆さん!」

 争う二人の元に、シュワッチ! とポーズを取りながら間に入ったのは、みんなのヒーロー紅美鈴。
 紅魔館が誇る光の戦士は、今日も一段と赤と銀に輝いている。

「いえ、私はどちらかというとハヌマーンに喩えてもらいたいです」
「どうしてそこでチャイヨー・プロダクションを持ち出すんですか」
 
 呆れた小悪魔が、一応ツッコミを入れておく。

「皆さん冷静になってください。パチュリー様が変態であるかどうかについては、この際置いておいて」
「置くのね」
「今の議題は咲夜さんでしょう! そして問題は咲夜さんが何かを隠していることではなく、咲夜さんが一人戦っているということです!」

 建国の父と謳われた人物を思わせるエネルギッシュな力説が、図書館の隅々まで響き渡る。
 その後、彼女は皆を解き伏せるように、そして胸に訴えかけるように続ける。

「お嬢様に咲夜さんはこう言ったそうですね。いついかなる時でも、お嬢様のことを第一に考えて行動をしているって。だとするなら、咲夜さんが部屋から出られないのは、そうせざるを得ないからですよ。あの人が紅魔館を裏切るはずがありません。なら私達は、孤軍奮闘する咲夜さんを応援する義務があります。サディズムとかロリコンとか、そんなくだらない憶測を巡らせるのはどうかと思います」 

 皆は唖然としていた。
 なぜならこの門番こそが、一番咲夜のドSっぷりを体験している人物であり、常々スプラッタムービーのエキストラにノーメイクで出演できると豪語している輩だからだ。

「まさか貴方からそんな言葉が出てくるとはね。ここまで調教されていたなんて」
「なんとでも言ってください。私は咲夜さんを信じます。あの人の名誉を汚させはしません」
「わ、私の名誉は?」
「……それは私の手に余ります。パチュリー様」

 美鈴が魔女の方を見ずに、汗を一筋流して応える。

「というわけで、私はもう行きます。七夕パーティーの準備の続きがあるので。時間になりましたら、皆さんもどうぞご参加ください」
「真相を確かめようとは思わないの?」
「きっとそう遠くないうちに、咲夜さん自身の口から真相が聞けるはずですよ」

 きっぱりと言って、カッコよく去っていく美鈴。
 大図書館の扉が閉じる音が、やけに凛々しく響いた。
 
 翻って、残った四名が囲むテーブルには、妙に気まずい沈黙が下りていた。
 
 自らの金髪に指をかけ、頭を小さく揺り動かす吸血鬼。
 魂が抜けたような顔で、椅子にもたれかかる魔女。
 風呂敷に荷物を包んで夜逃げの支度を始めている使い魔。

 そして、紅魔館の主はというと、両腕を杖にして無表情の顔を支えていたが、

「………………ん?」

 何もない宙の一点に焦点を結び、レミリアは声を漏らした。

「…………変わった? いや……これは……そうか」

 独り言をいくつか呟いて、彼女は立ち上がる。

「パチェ。とりあえず、さっきまでの話は後でじっくり問い質せてもらうことにして……おいこら目を覚ませ」
「むきゅー」
「ムンクの真似をしている場合じゃないわよ。手伝いなさい。さっきの提案、半分だけ乗ってやる」
「……メイド長の方?」
「そっちじゃない方だ。魔法の支度を頼む」

 レミリアの顔に、ある種の決意が宿っていた。
 背中の翼をぴんと立て、彼女が振り返った先は、館の南側であった。

「やはり考えるよりも動く方が好みね。私らしいやり方で、この異変を解決してやる」








 6 紅魔の時間へようこそ




 完全にして瀟洒と謳われるメイド長は、思い悩む仕草もまた美しい。

 日没から三十分が経過し、室内の光源は、机に置かれたランプのみ。
 薄暗い部屋の中、咲夜は椅子に腰かけ、机に肘を立て、組んだ両手に額を押し付けていた。
 閉じたその口から、時々音もなく、ため息が漏れる。
 
 咲夜の傍らには、ランプの灯りを受けた不気味なシルエットが、メフィストよろしく浮かんでいた。

「情けない様ね」

 鉢に両足を突っ込んだままの幽香が、そう言った。

「さっきまでの覇気はどこにいったのよ。ヨボヨボの老犬じゃあるまいし、溜息ばかり。それじゃイジメ甲斐がないわ」

 咲夜は彼女の言葉を無視する。
 正確には、その売り言葉を拾い上げる気力がまるで湧かずにいる。

 主人のレミリアが今日に限っていつもより二時間も早く目が覚めてしまうということが計算できなかった。
 それだけでなく、彼女がドアの前に来ていたことさえ気付けなかった。
 もし事前に分かっていたのであれば対処のしようもあっただろうし、普通の状態であれば外に顔を見せることもできただろう。
 けれどもあの時は、とでも出られるような状況ではなかった。
 なぜなら咲夜はその時、幽香にビクトル式腕十字固めを極めているところだったから。

 そこに至るまでの経緯はというと。

 くすぐったがりという幽香の隠れた弱点に気付いた咲夜は、それを存分に利用した。
 まごの手で優しく背中をかき、鳥の羽で軽やかに首筋を撫で、指示棒で弱めにツボを刺激。
 『お持てなし』という屁理屈を盾に、あらゆるくすぐり攻撃を試みた。
 これに対し、幽香はすぐに手を打ち、全身を茨の鎧で覆って咲夜を近付けなくしてしまった。
 絶対防御の姿勢に入った彼女には、いかなる物理攻撃も効かない、かに思われた。

 しかし咲夜には次の手があった。
 「回復を早めてあげましょう」という名目のもとに、屋敷に余っている鏡を集めてきて、幽香を日光責めにしたのである。
 この殺人光線に幽香は当然のごとく激怒し、洗濯してもなかなか取れない花粉をばらまいて、メイド長の清潔な寝室を汚してしまった。
 エキサイトした咲夜が準備したのは、天狗が使うものと同じ撮影機であった。
 それを用いて大妖怪の現在の姿を写真に収めながら、「ホホホホ! 幽香! なんて恥ずかしい格好をしているの!」「大妖怪! 鉢植えでも大妖怪!」などと散々言葉でなじり、辱めたのである。
 対する幽香は咲夜のポエムを歌にして聞かせるという恐ろしく効果的な反撃を繰り出してきた。
 咲夜にとっては、まだ閉じていない傷口を再び同じ手法でえぐられたわけで、心の拷問に等しかった。

 元々この二人は友好的な間柄ではなかったし、今日の出来事がきっかけで、互いに強い悪感情を抱いている。
 どちらかの我慢が限界に達すれば、この共同作戦はあっという間に崩壊していただろう。
 一方で彼女達は二人とも、理性的なタイプであり、一線を超えた暴力を振るい合うことはなかった。
 第一風見幽香ほどの大妖怪が本気で拳を振るえば、いかなる人間であろうと三途の川を渡る羽目になる。
 お互いに譲歩した結果、致命傷には至らない、嫌がらせのチキンレースが繰り広げられることになったのである。

 こういう時に定番のストレス解消法といえば弾幕ごっこなのだが、咲夜が寝室を荒らしたくなかったということ、そして動けない幽香がサンドバッグになるだけだったので、やれずじまいだった。
 不毛なバトルが続き、何やかんやの末に咲夜が幽香の利き腕に飛びついて腕十字を極め、幽香も負けじと咲夜の体を蔦で拘束している最中に、起床したレミリアによるノックがあったのだ。
 もしあの状態を目撃されてしまえば、どんな言い訳も通用せず、ゲームオーバーだっただろう。

 けれども一方で、主人を追い返してしまった事実も、咲夜にとって無視できないダメージとなった。

 額が徐々に持ち上がり、満月の光が頬を撫で下ろす。
 紅魔館のメイド長は、過去に思いを馳せていた。
 この館を訪れ、初めて主人に出会った晩のことを。

「……そうね。お嬢様に顔をお見せできないこの気持ち、あんたにはわからないでしょうね」

 咲夜のため息が、苦笑に変わった。

「……私も昔はあんたと同じ側の住人だったわ。この世に味方なんて誰一人いないと思っていた。ましてや愛なんて、裏切りの下ごしらえでしかないと思っていた。本当に惨めな毎日だった。お嬢様に出会うまでは……」
「はん、何を言いだすかと思えば」

 幽香が鼻で笑う。

「私も愛を知っているわ。この世に生まれてから、ありとあらゆる花の愛を受け、愛を与えてきたわ。自然の慎ましく厳しい愛に比べれば、他の多くの愛なんて不純で歪んでる」
「不純で歪んでいたとしても」
 
 咲夜は独り言のように、

「それを知らないのが、やっぱり哀れに思えるわ。視方を変えてみれば可哀想な存在かもね。大妖怪って」

 見下すつもりはなく、咲夜は本心から同情していたのだが、どちらにせよ相手に与える印象はよくなかったらしい。幽香はしかめっ面になり、一瞬、煙草の煙を払うような仕草をして、

「私から言わせればね。あんたの言う愛っていうのは弱み以外の何ものでもないわ。そんなもの私は知らないし、知りたくもない」
「……ああそう」
「そうよ。だって私、本当に強いんだもの。誰かの助けを借りる必要なんて、全くなかったわけだし」

 そうなのだろう。
 しかし鉢植えにおさまっている状態で、説得できると思っているのだろうか。

 議論する気力がなかった咲夜は、指摘するのをやめておいた。
 代わりに懐中時計を取り出して見つめながら、

「もう約束した時間になってるわよ。どうなの具合は」
「ああ、それなんだけど……まだ、だいぶかかりそうだわ」
「何ですって!?」

 頭に一瞬で血が上り、咲夜は勢いよく机から身を起こす。 

「ちょっと! 明日までここに居座るつもりじゃないでしょうね。絶対に許さないわよ」
「思ったほど、お日様の力を得られなかったのよ。というかぶっちゃけた話、ここで復活した時と比べても、大して回復できていないわ」
「どうして!」
「あんたがじょうろでうがいをさせたり、本の角で脛を殴ったり、人の脇腹を指でまさぐったりするからでしょうが!」
「それはあんたが横柄な態度を取ったり、人の詩を笑ったりしたからでしょう!」
「バカ言ってんじゃないわよ! 私が本気で横柄な態度を取ったりしたら、人間のあんたなんて、ただじゃすまないんだからね!」
「私だって本気になれば、大妖怪だろうとドライフラワーの材料にできてるわよ!」

 二人は悪鬼の顔で視線をぶつけ合った。一方は腕まくりしながら、一方はナイフを指に挟みながら。
 一触即発の雰囲気の中、再びお互いを傷つけぬ程度にいたぶるという不毛な取っ組み合いが始まろうとしていたが、
 
 その時である。
 窓の外、夜空の色がわずかに濃くなった。
 ほんの微細な変化だったが、咲夜は感づいた。のみならず、

「な……あれは!?」

 その正体を悟り、大きく息を呑む。

「パチュリー様の……『パチュリー大結界』!」

 パチュリー大結界とは紅魔館の外敵を撃退するため、あるいは侵入者を脱出させぬための内外の障壁である。
 度重なる本の窃盗騒ぎに業を煮やしたパチュリーが開発した魔法だったが、まだ試作段階であるため、よほどの危機的状況でなければ用いられることはないと知らされていた。
 それが稼働している。自分が部屋に引きこもっている間に、一体何があったのか。

 咲夜がその理由について察するのに数秒もかからなかった。
 振り向けばそこには、青ざめている四季のフラワーマスター、風見幽香。
 まさか……彼女の存在が他の者達に発覚したのでは。

 こん、こん。

『咲夜』
「お嬢様!?」

 咲夜は弾かれたように扉の方に振り向き、驚きの声をあげた。
 動揺していて、またもや主人の接近に気がつけなかった。

『やはりな。そこに、お前の他に何かが……あるいは誰かがいるわけか』

 ドアの向こうから不穏な声が届く。

『すぐにこの扉を開けなさい。仕事が無駄に増えるわよ。ドアの鍵と、あんたのあばら骨の補修とか』

 扉越しにもかなり怒っているのが分かる。
 いや、それだけではない。先程訪れた時とは、何もかも様子が違っている。
 たとえばその気配。三倍、あるいは四倍に膨れ上がっている。声を聞かなくても勝手に脈拍が早まる。

 けれどもなぜ。
 咲夜はうろたえながらも、主人に問う。

「お嬢様、先程は聞き入れてくださったのに、どうしてお心変わりをなさったのですか」
『「運命が変わっている」ことに気付いたから』

 全く意外な答えが返ってくる。
 レミリアの声は怒りを含みながら、愉快げでもあった。

「私がこの戸を開けても、貴方は失われない。大丈夫だと運命が告げている。満月が昇ってから、咲夜、すでに貴方は自由の身になってるのよ」
「…………!!」

 咲夜はここにきて、ようやく気が付いた。

 まず、なぜレミリアが前回こうして無理矢理にでも部屋に押し入ろうとしなかったかについて。

 咲夜はあの時、幽香に脅されていた。
 もし私の存在が発覚すれば、残された力を振り絞って紅魔館もろとも自爆してやる、と宣告されていた。
 つまり『そうなる』運命が見えていたからこそ、レミリアはあの場で引いてくれたのだ。

 ところが今はどうだろう。今宵は満月。
 吸血鬼をはじめとした多くの妖怪の力が増す夜。
 けれども幽香は花の妖怪。日の光を栄養源とする種族だ。

 つまりこの時間帯においては、幽香とレミリアの力の間に決定的な差が生じるのである。
 今の主人ならば、彼女の暴走も正面から抑え込めるのでは。
 もちろん紅魔館にはレミリアだけではなく、多くの精鋭が揃っている。
 立場は完全に逆転していたのだ。
 
 咲夜の思考が、鋭さを取り戻した。
 自信と落ち着きに裏打ちされた、低い声音で応える。

「お嬢様。扉の鍵を壊す必要はございませんわ。ただ今から三十秒ほど、私にお与えください」
(どういうこと!? 裏切るつもり!?)

 小声ながら切羽詰まった口調で、幽香が問うてくる。すでにその顔に、昼間の余裕はない。
 咲夜は感情が綺麗に取り払われたフラットな声で、

「裏切るなんてとんでもございません。すでに日が出ている間、十分なお世話をいたしました。もはや貴方の世話をする義務はございませんわ」
(や、やめて。今はまだダメなの! 詳しくは言えないけど、今はまだ……!)
「往生際の悪い。観念なさい」

 ――そして思い知るがいい。

 咲夜のナイフがランプの光を受け、無表情の持ち主に代わって、鈍く硬質な笑みを浮かべる。
 
 ――ここがさんさんとお日様の光が降り注ぐビニールハウスじゃなくて、悪魔の館だったということにね。

 全身から、殺気がだだ漏れしていた。
 今ならこの大妖怪を自らの手で始末することができる。散々煮え湯を飲まされた借りを返してもらおう。
 後始末は主人がしてくれる。

「では、精々いい声で鳴いてくださいませ」

 咲夜は勢いよくナイフを振るった。
 紅魔館の勝利を確信しながら。

 しかし、手応えは空振りだった。
 両足を動かせない標的であれば、この間合いで外すことは絶対にない。

 緑の髪が残像を置いて、横に回避したのを咲夜は視認していた。

「ふん。やっぱりもう動けるんじゃ……ない……の……」

 咲夜は眼前の光景に凍りつく。

 そこには、両方の素足を土で汚した風見幽香…………


 に、そっくりな『子供』がいた。


 背丈は半分ほど。服も相応のサイズに縮んでいる。二重の大きな目には涙が一粒浮かんでいた。

「だから……まだダメだって……言ったのに……」

 十に満たない年代の見た目となった大妖怪は、涙声でそう言った。

『時間だ。咲夜、開けるわよ』

 ガチャリ、とドアノブが回った。




  ◆◇◆




 時刻はPM6:00。
 紅魔館の南側の庭にて、七夕パーティーの会場が、完成に近づいていた。
 主役は短冊を掲げた笹竹と天の川のコラボレーションなので、そこまで仰々しい準備があるわけではない。
 照明も星の光を邪魔しない特別なランプが用意されており、庭園の薔薇がその灯りを受けてほのかに色づいている。夜空は快晴。満月の主張が強いのが残念だが、概ね七夕祭りにはよい空模様であるといってよかった。

「はーい、慌てなくてもいいけど、なるべく急いで運んでねー。早くしないとお月様が高くなっちゃうよー」

 門番隊隊長の紅美鈴が、妖精達に指示を出していた。
 普段はメイドを直接指示する機会のない彼女だが、門番隊と同じくらい、彼女達も素直に言うことを聞いてくれるため、滞りなく支度が進んでいた。
 クロスの敷かれた長テーブルに、サラダ、カナッペ、パエリャ、生春巻き等々、多様な創作料理の皿がおつまみとして並び、妖精が好む年の若いワインがデカンタされ、グラスが人数分置かれていく。
 大体の準備が終わり、仕事が済んだ者から順番に、短冊が配られる。

「一人一枚だからねー。欲張ってたくさん願い事を書いちゃだめよー」

 美鈴が集まった妖精達に、お話を始める。

「いい? みんな。七夕の織姫と彦星の伝説は聞いたことがあるでしょう。けど七夕祭りっていうのはそれだけじゃなくて、他にも色々昔の行事が合わさってってできたものなの。願い事をするのは、中国に乞巧奠っていうお祭りがあって、お裁縫の上達を星に願ったりしたのが元になってるのよ。それだけ古いお話が、今までずぅっと長く続いているんだから、霊験あらたか。きっと願いが叶うわ」

 得意になって語る彼女だったが、短冊とペンを持った妖精達は、お互いに顔を見合わせ、

「それだったらお嬢様に頼んだ方が早道じゃないかな」
「そうよねー。なんたって運命を操れるんだからー」
「聞いてくれるかどうかはわからないけどー」
「お嬢様とお星様、どっちがお願い聞いてくれるかしらねー」
「あはは……」

 美鈴は困った笑みを浮かべる。 
 メイド長の教育が故か、外の妖精と違って、この館には現実的な思考の持ち主が少なくない。
 確かに主人のレミリアの能力であれば、短冊の願いを叶えることなどお安い御用かもしれないけど、それでは何となくロマンがないような。

「それより美鈴隊長、メイド長はまだ元気にならないんですか」

 妖精の一人から質問を受け、よくぞ聞いてくれた、という笑みで美鈴は応える。

「大丈夫。きっとすぐに、元気な顔を見せてくれるわ」

 そう言って、美鈴は館の方に目をやった。
 実は竹を立てたパーティー会場は南側にあるので、ちょうど咲夜の部屋から見下ろせる場所にある。
 今も、二階のちょうど真ん中に位置する窓、あの向こうに彼女はいるはずだ。

 無理矢理真相を暴こうとしていたレミリア達を北風組とするなら、さしずめ美鈴は太陽組。
 けれども彼女の考えた作戦は、作戦と呼ぶに値しないレベルのものだった。
 咲夜の言いつけどおりに、普通にパーティーの準備をする。本当にそれくらいしか考えていない。

 紅魔館のメイド長は、とてつもなく有能で同時にプライドも高い少女だ。
 自分で何かを解決すると決めたら、梃子でも動かない頑固なところがある。
 そんな彼女が、パーティーの準備を己に頼んでくれたのだから、美鈴は全力でことにあたるのみである。
 咲夜の不安の種を一掃し、彼女が懸命になっている何かに集中させてあげるために。
 薄情と言われようと、これが美鈴なりの咲夜に対する信頼だった。

 もっとも美鈴は、あの窓が今にも開きそうな気がしてならなかった。
 咲夜はメイドの仕事に本当に誇りを持っていて、手を動かさずにはいられない性格だ。
 自分抜きで準備したパーティーがうまくいっているかどうか、気になって仕方がないはずである。

「……あっ!」

 窓の向こうで影が動いているのを見つけ、美鈴は声を上ずらせた。

「ほら見て! みんな!」

 指を差して示す。
 影は動かず、窓の前に立ったままだ。
 間もなく天の岩戸は左右に開き、紅魔館の大切なメイド長が、顔を見せてくれるに違いない。
 そしてパーティー会場が完成しているのを見下ろし、安心したように微笑んでくれることだろう。

 ――ね。やっぱりこうなるんだって。

 ハッピーエンドを確信した美鈴は、大きく相好を崩す。

 だがしかし開いた窓の向こうから姿を現したのは――

「……え?」

 なんと咲夜の寝室の窓を開けて現れたのは、銀髪のメイド長ではなく、もっと青みがかった髪を持つ吸血鬼。
 そう。レミリア・スカーレットだった。

「ちょうどいい。全員揃っているな。聞け」

 幼い声質ながらよく通る声で、紅魔館の悪魔は告げる。
 広場にいた全員が――それまでお喋りしていたメイドや、つまみ食いを試みていた門番隊員も――紅魔館の壁面にて、ただ一つ開いた窓に注目した。

「今しがた、紅魔館メイド長、十六夜咲夜が私の元から『逃亡』した」
 
 妖精達の囁き声が重なり、大きなざわめきを生んだ。

「すでにここら一帯は結界で囲まれている。すなわち、あいつは絶対にまだ紅魔館内に潜伏しているということだ。館内ではなく、庭のどこかに潜んでいる可能性も十分に考えられる。そこでだ。あいつを捕まえた者には報酬として……」

 レミリアは一度言葉を切って息を吸いこみ、大声で宣言した。


「『スカーレットデビルごっこ』の一日券をくれてやる!」


 おおおおおおおおおおおおお!!!?


 静かな月夜の庭園に、南米サッカースタジアム並のどよめきが起こった。

 『スカーレットデビルごっこ』というのは、要するに主人であるレミリア・スカーレットと同じことがメイドの身分で体験できるということである。
 椅子にふんぞり返って冷笑を浮かべ、意味もなくメイドを踊らせるのも自由。
 ただひたすらキングサイズのベッドで惰眠をむさぼるのも自由。

 そして何より…………好きなだけお菓子を食べるのも自由なのだ!!
 ケーキもチョコレートもアイスクリームも……何でもだ!
 甘いものが大好物の妖精にとって、極楽の世界であるが、過去にその恩賞を授かったのは、ほんの一握りのものだけ……。
 今宵それが手に入る。たった一人の手の元に!

「みんな丸太は持ったな!! 行くぞォ!!」

 門番隊が気迫のこもった掛け声とともに、丸太を抱えて突撃していく。

「ヒャッハー!! 汚物は消毒だー!!」

 掃除班がモップやら箒やらを手に、知性の欠片もない表情で駆けていく。

「狩リノ……時間ダ……」

 調理班が物々しいフェイスマスクを着用して、闇の中に溶けていく。

 パーティーの準備をしていた妖精たちは、一人残らず変貌し、散開していった。
 そのギャップたるや、セーラー服と機関銃どころではない。
 あっという間に七夕パーティー会場は、夜のロアナプラに変わってしまった。

 そんな中、たった一人まともな頭のまま会場に残された門番は、

「ええ……ハッピーエンドはぁ?」

 と、脱力しながら嘆いていた。

 ちなみに彼女が手にした短冊には「咲夜さん、元気になってください」という願いが途中まで書かれ、あろうことか『咲夜さん、元気にな』という縁起でもない状態で終わっていた。 








 7 リトルランナウェイ




 「まいったわね」

 紅魔館の廊下を飛びながら、咲夜はそう呻かざるを得なかった。
 主人が自室の扉を開けた瞬間に、自分以外の時間を停止させ、同じ部屋にいたもう一人と脱出し、逃走中である。つい先ほどまでは日が沈むまで耐える時間帯だったというのに、今度は日が昇るまで逃げ続けなければいけない。しかもよりにもよって、自らの仕えるこの館の狩人達から。

 当面の目的地としていた部屋に入り、咲夜は抱え込んでいる少女……の姿の妖怪を見る。
 『時間』という比類なき強さを持つ紐に縛られ、硬直した小さな女の子。
 ウェーブのかかった緑色の髪、白いブラウスと赤いベスト、同じ色のチェックのスカート。
 パーツだけなら風見幽香と瓜二つ。異なっているのは――驚きで固まっているものの――柔らかそうな頬につぶらな瞳、小さな口という愛くるしい顔立ち。
 ただし、

「私を一体どうするつもりよ! この腐れ外道メイド!」

 再び時が動き始めた途端、その口からスラングが飛び出した。

「動けない相手にナイフを向けて、本気で喉首を掻こうとするなんて人間のすることとは思えないわ! 恥知らず! サイコメイド! 殺人ポエマー! しかも今度は私を誘拐してどこに連れて行く気……!」
「うるさい!!」

 舌足らずな声で喚くミニ幽香に、咲夜は怒鳴り返した。

「私だってわからないわよ! あんたが悪いのよ! あんたがこの紅魔館で子供のなりに変わって涙を浮かべながら私の方を見なければこんなことにはならなかったの! 責任取りなさいバカ!」
「はぁ!?」

 無茶苦茶な台詞に、幽香が目を白黒させている。

 しかしながら、咲夜自身、後悔していた。どうしてあんな行動を取ってしまったのか。
 部屋に籠城していた時と違い、今回のそれは立派な反逆行為である。
 その理由についても、上手く説明できる自信がない。

 しかし、一旦そう選択したからには、もう後に引くことはできない。
 目的を限定させ、それ以外のことは一切考えないようにしなくては。
 中途半端な心構えでは、何一つ得られずに終わってしまう。
 それが咲夜が厳しい人生の中で得た、プロフェッショナルの思考だった。

 今二人がいるのは紅魔館の東館一階にある、メイドの訓練室である。
 横に長い姿見と手すり、大きめのテーブル、茶箪笥、箒などを入れる掃除用具箱などが置かれている。
 バレエ教室と洋風のティールーム、そして劇場の控室が合わさったような、変わった大部屋だ。
 メイド達は初日にここで、歩き方や給仕の作法、掃除の仕方などを徹底的に仕込まれるのだ。
 何を隠そう、厳しいトレーニングで館の平穏を乱さぬよう、悲鳴が外に漏れない設計にもなっていた。

 メイド達は皆この場所にトラウマを抱えており、用がなければ近付く者はない。
 現状の待避所としては、もってこいの場所だった。

「そんなこと言ったって……仕方ないでしょう。花にとって、根を張った土から抜け出すっていうのは、とてつもない負荷がかかるのよ……私だって好きでこんな情けない姿になったわけじゃ……」
「シーッ、黙って」

 咲夜は独り言を始めたミニ幽香を諌め、マジックミラーから外の光景を眺める。

 夜の闇の中で、カンテラの灯りに混ざって、爛々と輝く無数の目玉が蠢いている。
 その正体はいずれも妖精。おそらく主人であるレミリアが、スカーレットデビルごっこの権利を餌にしたのだろう。お菓子に目が眩んだ妖精たちが、いずれも魔性のクリーチャーと化しているのだ。
 メイド長としては、あのやる気の百分の一でいいから普段の仕事に精を出してほしかったが。

 咲夜は視線を、小さくなった幽香の方に戻す。
 自分達を狙う勢力は強大だ。日が昇るまでの間、彼女を側において守り続けられる自信は咲夜にない。
 何とか紅魔館の外へと逃がす算段をつけなければ。

 頭の中をフル回転させて、咲夜は計画を編んだ。
 まず、箪笥にしまってある予備のメイド服を取り、続いて手近にあった大きめの丈夫な布袋を手にして、

「この中に入りなさい」
「嫌よ。なんで私がそんな薄汚い袋に……」
「つべこべ言うなっ!! その口に雑巾詰めて縫い合わすぞ!!」
「ひぃ!?」
「無駄に重い尻をナイフで五等分されたくなければさっさと入れっ!! この愚図めがっ!!」

 苛立っているせいか、あるいはこの部屋のせいか、つい口調がメイドの新人教育モードになっていた。
 ミニ幽香は剣幕に押されたようで、大きな目を真ん丸にして、おずおずとうなずき、袋の中に入った。
 咲夜は彼女を見下ろし、メイド服と靴を手渡しながら手短に伝える。

「いい? 計画はこうよ。貴方は袋の中でこのメイド服に着替えて、息を潜めていなさい。日が昇る時間になったら、そのまま妖精メイドに紛れ込んで、館の外へと脱出するの。メイド達は一人くらい仲間が増えても、気が付く頭を持ち合わせてないわ」

 虚を突かれたかのように、幽香が口を開けて固まる。
 敵であるはずのメイド長が、彼女を本気で助けようとしている風なことを言っているからだろう。
 幽香が何かを言いかける前に、咲夜は袋の口を紐で縛った。
 
 これでよし。
 あとはこれをどこかの物置に安置しておき、全く柄の違う袋に適当に軽い物を詰めてダミーにして、夜明けまで注意を引きつければいい。
 主人には後でイリュージョンの練習だとでも言ってごまかす。
 なんとも心苦しいが……。

 突然、背後で何かが爆発するような音が轟いた。
 咲夜は反射的に身を屈め、振り返りながらナイフを抜く。

「みぃつけた!」

 予想に反し、吹き飛んだ訓練室の戸の前に立っていたのは妖精メイドではなかった。
 七色の宝石の羽を広げた、赤いワンピースの悪魔。

「妹様!?」

 咲夜は驚愕する。
 まさか、紅魔館における最凶の存在までこの事態に動いているとは思わなかったのだ。
 長きに渡り音に乏しい地下で暮らしてきた彼女の聴覚なら、訓練室から漏れるわずかな物音に気付いてしまう可能性も十分に考えられる。

 彼女は手にした得物――炎の魔剣、レーヴァティンを構え、
 
「咲夜! 大人しく私に、ブラックスベスベヒョウモンマンジュウマンバ猫ちゃんを見せなさい!」

 と可愛い声で言い放った。
 世界中のどこを探したってそんなテラフォーマー級の化け物を袋に詰めて走るメイドはいるはずがないというのに。今宵も悪魔の妹は、狂気にとらわれている。四分の一の純情な感情が傷ましい。

「クランベリートラップ!」

 早速、目が眩みそうな光と共に、フランドールの弾幕が空間を震わせ、押し寄せてくる。
 青と紫。破壊の果実。当たれば一瞬で意識を飛ばされる威力が込められているのは明白。
 といってもその密度は、普通であれば、この狭い空間であっても咲夜なら回避できるレベルのものだった。
 しかし、今は無理だ。かわせば背中にいる幽香に当たる。
 
 咄嗟に判断を下し、咲夜は幽香の入った袋を抱きかかえるなり、周囲の時間を停止させた。
  
 動かなくなった光の軍団にダイブし、空隙を踊るような身のこなしですり抜ける。
 メイド服を破くことなく、持った袋に弾幕をかすらせることもなく、一気にフランドールの背後にある扉に到達する。
 しかし、

「そっちね!?」

 時の止まった咲夜の世界が、五秒ももたずに元の世界に合流する。
 咲夜は焦った。いつもならもっと長く時を止めることができるのに!

 原因は明らかだ。抱え込んだ袋詰めの子供妖怪である。
 重いわけではない。もちろん動く上で邪魔なのは間違いない。
 だが何よりも、能力を使いながら空を飛ぶような激しい運動を、己以外の味方と密着した状態で行えば、一瞬で力が干上がってしまう。鉄棒で子供一人分の体重を支えながら、懸垂を試みるようなものなのだ。

 やはり、まともに付き合っていられる余裕はない。
 咲夜は背を向け、長い廊下を飛び始めた。
 フランドールから逃げる方向へと。

「あ、待って!」

 角を曲がった瞬間、背後をとんでもない突風と共に、灼熱の塊が通過していく気配があった。
 さすがの咲夜も、背中が粟立つ。おそらくフランドールが、炎の魔剣を投げつけてきたのだろう。
 吸血鬼は外見に似合わぬ力持ち。
 姉のレミリアもかぼちゃだろうとポップコーンだろうとアンダースローで100マイルを計測する肩だ。
 当然、妹の腕力もそれに匹敵……あるいはそれ以上か。食らえば一たまりもない。

 咲夜は階段の一段目に片足をかけ、あえて悪魔の妹の姿が曲がり角に現れるのを待ってから一気に駆け上る。

「こら! 待ちなさい!」

 フランドールも後を追うが、

「え、ええ――!?」

 彼女は足を止めて、すっとんきょうな声をあげていた。
 なんと、一階から三階に続く階段が、とてつもない長さとなっていたのだ。
 踊り場までの距離すら、目測で測れない。まさしく天へと続く高さ。
 完成済みのバベルの塔に入ったような、数奇な眺めである。

 空間拡張能力の応用。紅魔館のメイド長は、その気になれば屋敷全体を迷路に変えてしまうことができる。
 加えて時を操る能力。本気で逃走する彼女を捕えることができるのは、幻想郷でも数えるほど、いや、いるかどうかさえ分からない。
 フランドールは地団駄を踏み、

「もー! 咲夜の意地悪! 絶対捕まえてやるからね!」

 憤然と階段を上り始めた。

 


 ◆◇◆




「ふー……ひとまず一難去ったわね」

 咲夜は薄暗い部屋の中で、呼吸を整え終えた。
 足に触れている柔らかい感触に向けて、声をかける。

「気分はどう?」
「……最悪だわ」

 袋の中から不機嫌な返事があった。

 今二人がいるのは、紅魔館にいくつもある物置の内の一つである。
 なんと、咲夜がさっき上りかけた階段と10メートルも離れていない場所にある用具室だ。
 
 悪魔の妹を撒いたトリックとはなんだったのか。
 まず空間拡張能力によって、階段の長さを果てしなく伸ばす。
 そうしてフランドールに、上に逃げたように見せかけておき、時を止めて彼女の脇をすり抜け、全く違う方向にあったこの部屋に飛び込んだのであった。
 ミスディレクション。上へ行くと見せかけて下へ。
 大胆なフェイクだったが、そのために使った力も相当激しい消耗を強いられた。
 だが、のんびりしていられる時間はない。 

「ここだといずれは見つかってしまう可能性があるわね。もっといい隠れ場所を探さないと……」

 咲夜は闇の中で黙考する。
 外は結界で封じられ、妖精メイド達が徘徊している。
 その割に館内で彼女達とまだ遭遇していないのは、主人の計略に違いない。
 彼女の考えは読めた。屋敷の外に妖精メイド達を放し飼いにしておき、館の中で己の手で結着をつける気だ。
 しかしながら、妹様までこの事態に動いているとなると、ミッションは最高難度に近付いたといってよい。
 
 この用具室も絶対安全とは、とてもじゃないが言いきれなかった。
 せめて自分達に協力者がいれば、希望が湧いてくるのだが。

 ――そうだわ! パチュリー様なら……。

 紅魔館の知識人に相談することを、咲夜は思いついた。
 彼女はレミリアの言うことは一応聞くものの、いつも常識的かつ理性的な行動原理に従っている。
 今置かれている事情を話せば、呆れた目をしながらも、幽香をかくまってくれるかもしれない。

「行くわよ。もうしばらく袋の中で大人しくして……って」

 咲夜は目を丸くした。
 知らぬ間にミニ幽香がちゃっかりメイド服に着替えていたのだ。
 もちろんそうしてもらうつもりで渡したのだが、普段から自分の部下を見慣れている咲夜の目にしても、拍手したくなるくらいの化けっぷりだった。

「なかなかの出来ね。これなら本当にうちのメイドと変わらないわ」
「ちっとも嬉しくない」

 ふくれっ面と可愛げのない台詞のセットも相変わらずである。

 咲夜は再び袋の口を縛り、担いで図書館へと向かうことにした。
 時を軽く止めて、扉を小さく開け、表に誰もいないことを確認。
 廊下に出た咲夜は、慌てず急がず、中央ホールを通って、北館にある地下図書館を目指す。
 もちろんフランドールと遭遇せぬよう、慎重に進むことを忘れない。
 無人の廊下を二つほど曲がったところで、

「あ、咲夜さん」
「ズコー!!」

 時をかけるメイド長は効果音と共に、思いっきり瀟洒にコケた。

 地下図書館の扉の前に、小悪魔がいた。けれどもそれに驚いたわけではない。
 彼女が向き合っている廊下に、咲夜の似顔絵ポスターが、貼り付けまくられていたからだ。
 ただし、目の端は吊り上がり、口元は卑しい笑みを湛えている、かなりデフォルメされた描写である。
 咲夜は腰砕けになりながら、

「こ、小悪魔。一体これはどういうことなのかしら」
「見ての通り、咲夜さんの指名手配書ですよ」

 魔女の使い魔は肩を落とし、心底呆れた様子で、また一枚ポスターを画鋲で止める。
 咲夜は壁に貼られたそれをまじまじと見つめた。

 正面を向いた凶悪な人相の上には「おい!咲夜!」。
 下には賞金首よろしく生死問わず、すなわち「デッド・オア・アライブ 5」と書いてある。
 恐ろしく物々しいポスターだ。いや、5はいらないだろう5は。
 まとめると「おい! 咲夜! デッド・オア・アライブ 5」になってしまう。何の宣伝だ一体。

「いつから私は乳揺れキャットファイトに参戦することになったの」
「さぁ、パチュリー様に聞いてください」
「そもそもなんで貴方はこんなことをしているわけ」
「……それもパチュリー様に聞いてください」

 半眼の司書は機械的に繰り返した。
 メイドは形だけでも主人を選ぶことはできる。けれども悪魔は召喚されてしまえば、契約を破ることはできない。
 「昔は英国の錬金術師やら東欧の貴族やらアラビアの王様やら、色んな人間を跪かせてきたもんですよ」と夜の休憩時間にワイングラスを片手にニヒルな笑みを浮かべて自慢していた彼女も、ブラック魔女に雇われてしまった結果、ビラ張りに専念せざるを得なくなる。ディス・イズ・幻想郷プロレタリアート。
 ところで、そのブラック魔女はどこにいったのか。

「あれ咲夜さん、その袋……」
「えーとこれについてなんだけどね」
「中身は男じゃないですよね」
「はい?」
「いえなんでも。咲夜さん、とにかくここから離れた方がいいです。パチュリー様に見つかったら大変ですよ」

 小悪魔の忠告に、咲夜は眉根を寄せる。

「それはどういう意味? パチュリー様が私を捕まえようとしているってこと?」
「ガチですよ! カンカンですよ!! 本物の魔女って感じです。外に結界を張ったのはお嬢様の要請ですけど、パチュリー様も嬉々として引き受けていたんですから」

 真面目な顔で訴えかけられ、咲夜はいよいよ困惑した。
 主人に怒られる心当たりはあっても、魔女の逆鱗に触れた原因については、どうしても思い浮かばない。
 ここは本人と直接話をしたいところだが……。

 と考えているうちに、


 ドガァァン、と天井が一部崩落し、何かが降ってきた。


「サクヤァアアアアア!!」

 甲高い奇声で名前を呼ばれ、咲夜は仰天した。
 土煙と共に現れたのは、紫色の髪をなびかせたメイド服の怪人。
 いや、猛り狂う大図書館、パチュリー・ノーレッジ。

「あんたのせいで私の計画が水の泡だわ!!」
「な、なんのことですかパチュリー様」

 しどろもどろになりながら、咲夜は問う。すぐにでも遁走できるように、心の準備をしつつ。

 小悪魔の言うとおりだった。今夜のパチュリーはいつになく活き活きと動いている。
 そして怒っている。怒りすぎていつも眠たげな楕円の目が、デビルマン並に尖っている。
 迫力も外を歩いているモヒカン妖精と大して変わらぬレベルだ。
 けれどもなぜにメイド服?

 咲夜の疑問を余所に、パチュリーは恨みに燃えた目をして呻く。

「カビ臭い本のラビリンス……私のモノクロ世界に現れた七色のピュアハート……乾ききった胸の奥で、日ごとに燃え上がるパッション……けれども私は館の秩序を優先し……自らの感情を封印して……さわやか3組の子供達よりも健全な毎日を送っていたのに……」

 あいつらのどこが健全なのだろう、と咲夜は思ったものの、やはり混乱の度合いが大きすぎて何も言えず。
 それにしても、何を伝えたいかは分かりかねるが、前半は妙にポエムっぽい告白である。
 もしや彼女は詩で語ろうとしているのだろうか。パチュリーもまたポエマーの一人だったのか。
 同志を見つけた喜びに、咲夜は打ち震え、彼女の思いに応える。

「オー、ベイダー。動かぬ図書館、凍れる魔女よ。何が貴方の心を溶かし、クララに勇気を与えたのか。どうか沈みゆく十六夜に愛の手を、そしてフォースと共にあらんことを」
「何よそれは! ふざけているの!?」
「ひどい!!」

 咲夜は両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。
 今日という日にいくつ悲しみを背負えばいいの。どうしてこの世界はこんなにも残酷なの。 

「こうなった以上貴方の秘密も暴かせてもらうわよ!」

 パチュリーが魔導書を開き、戦闘スタイルを取る。

 まず間違いなく、手加減無しの魔法が飛んでくることが予想できた。
 手合せするのは初ではないが、ここまで本気の――そしてメイド姿の――パチュリーと闘った経験はない。
 我に返りながら、咲夜は時間を止めるタイミングを見計らった。

 だがなんと、

「……小悪魔!」

 咲夜が弾かれたように振り向くと、すでに無表情の小悪魔が、咲夜の袋を持つ手に――どっから取り出したのか――チェーンソーを振るおうとしているところだった。

 迂闊だった。
 今回小悪魔は咲夜の味方をしてくれそうな雰囲気があったが、基本的に悪魔は契約者の命令に絶対服従なのだ。
 咲夜はなんとか小悪魔の一撃を避けながら、時を止めた。
 猶予は五秒。ところが、

 ――しまった!

 いつの間にやら、時の止まった空間のあちこちに魔方陣が浮かんでいたのである。
 パチュリーがあらかじめ仕掛けておいたのだ。直線的な攻防よりも、策略を好む魔女らしい布石だ。
 そしてこれだけのトラップを切り抜けるには、咲夜の実力をもってしても、五秒間では不十分。

 時間が再び動き出した後、パチュリーはなんと、

「どああ~~っ、華山獄握爪!!」

 すごい表情をして徒手空拳で迫ってきた。
 右手を前に突きだしながら、体を水平にさせて飛んでくる。魔導書意味ねぇ。
 照準は咲夜の胸部。直接打撃を加えると共にセクハラを完了させる狙いを秘めた恐るべき必殺技だ。
 そして背後には13日の金曜日モードの小悪魔。
 絶体絶命のピンチ。この挟み撃ちに、どう対処すればよいのか。

 その時だった。

 どどん、と空気が鳴った。
 直後に咲夜の瞳には、後ろに弾き飛ばされるパチュリーが映っていた。
 そして小悪魔もまた、並んで同じ方向に吹き飛ばされている。
 気の一撃だ。
 飛鳥のごとく側に降り立ち、助けてくれたのは、

「パチュリー様! どうやらご気分が優れないようなので、精神安定のツボを押して差し上げます!」
「美鈴!?」

 咲夜は現れた妖怪を見て驚く。
 しかも彼女が自分を助けたということも、信じられなかった。
 咲夜がメイド長になる以前より門番をしていた美鈴は、あくまで紅魔館に忠実なはず。

「どうして貴方が!」
「私は何も見ていませんし、聞いてません! 暴走するパチュリー様を止めようとしているだけです!」

 美鈴が振り向かず、メイド姿の魔女と小悪魔の方を向いたまま叫ぶ。
 それで咲夜は彼女の意図を察した。察しながらも、やはり驚かざるを得なかった。
 紅魔館に逆らうわけにはいかない美鈴が、理由を問うことなく、手を貸してくれるということを。
 でも咲夜には分かっていた。彼女とは言葉を用いずとも、通じ合う何かがあるということを。

「ありがとう美鈴。貴方の今回の助けは、50ナイフ分に相当するわ」
「ええ!? そこは全部チャラにしてください! 台無しですよ!」
「振り向いて返事する貴方の方こそねっ!」
「おのれサクヤァァァ!!」

 雄叫びと共に飛びかかってくるパチュリーを、美鈴が「ホワタァ!」と迎撃する。
 そのまま、拳足が乱れ飛ぶカンフーアクションが始まった。
 闘う二人に、咲夜は目を瞠る。特に魔女の体捌きは、運動不足とは到底思えない。
 もしや彼女は図書館にいる間、ずっと空気椅子で本を読んでいたのではないか。
 できればもう少し見ていたいが、そんな暇はない。

 咲夜は袋を背負い直し、廊下を飛んだ。
 館全体を包むパチュリーの結界は、彼女自身の制御を拠り所にしているはず。
 美鈴との戦闘に力を注いでいる今なら、その障壁を超えられるのでは。

 目標は裏庭。咲夜は最短ルートで館内を走り抜ける。
 とにかく、外に出さえすれば。妖精メイド達の方は何とかなる。
 パチュリーの結界が弱まっているであろう今がチャンス。
 
 理想的なタイムで、咲夜は裏庭へと通じる扉に到達した。
 即座に扉を開け、外の世界へと。 



「えっ……」


 
 それっきり、言葉を失った。
 虫の音、月の光、夜の外の空気。
 それらに包まれる感覚を待っていた意識が、ギャップにより、瞬間的に麻痺した。

 降るような星空のかわりに、豪華なシャンデリアを吊り下げた天井が。
 芝の青い香りのかわりに、濃密な薔薇の芳しい香りが。
 
 そして紅い部屋の中心、一段と高い場所に設けられた玉座にて、


「ずいぶん回り道をしたわね、咲夜」


 夜の王が冷たい笑みを浮かべていた。








 8 ルージュ・ノワール 




 謁見の間。それは紅魔館の歴史の上で、最も古くから存在する部屋と言われていた。
 緋色の壁に囲まれたその大部屋では、天井の中央を占拠するシャンデリアの灯りの下、世界中から集められた美術品が工芸品が、真紅の絨毯を囲んでいる。
 だが、扉を開けて部屋に足を踏み入れた者は、絵画や剥製などではなく、何よりも玉座に視線を奪われる。

 咲夜もまた、目を見開いたまま、瞬きすることなく『彼女』を見つめていた。
 首を傾け、肘かけに頬杖をつくその吸血鬼は、宗教画のごとく美しかった。
 種族としての格の違いを知った本能が、思考を無視して膝をつかせようする。

 なぜこの部屋に来てしまったのか。
 咲夜は確かに、裏庭へと通じる扉を開けたはずだった。
 けれども逃走中に、空間をあまりにも複雑に動かしていたため、ところどころに咲夜自身も把握できていないねじれが生じていたのだろう。
 そして最後に開けた扉は『偶然』この謁見の間に繋がった。


『私は今までに食べたパンの数は覚えていないが……』


 彼女はあの晩、そう言って嗤った。


『盗られた回数なら覚えている。今夜、初めて、お前に盗まれた』


 ――ああ……そうだった。

 咲夜の肉体を巡る精神が、無力感に侵食されていく。

 この世のありとあらゆるものに用意された道筋――すなわち運命。
 その運命を操ることのできる吸血鬼、レミリア・スカーレット。
 彼女が本気で事に臨めば、何人たりともその掌で踊ることしかできない。
 咲夜は必死に策を練っているつもりで、彼女にこの場所に誘導されていたのだ。

「咲夜……」

 レミリアは微笑みを湛えたまま、扉を指さす。

「これから起こることを、お前に話してあげる。パチェと美鈴、そして小悪魔が右の扉から入ってくる。そしてほとんど同時に妹が、左の扉から入ってくる。あと一分と三十秒」

 二つの生きたルビーの光が、針のごとく細まる。

「主人に釈明するには、十分な時間だと思うけどね」

 抑えた声。不敵な笑み。
 ただし吸血鬼の怒気は飢えた狼の群れとなって、部屋全体を揺らしていた。

「さて十六夜咲夜。主人である私の前から逃げ出した理由、いまだにかくまっている『何か』について答えてもらおう。さもなくば」

 レミリアが玉座から、おもむろに立ち上がった。
 マグマの流動ような音と共に、その右手に濃密なエネルギーが収束していき、赤い槍が形成されていく。

「反逆の意志ありとして、主人である私自ら、従者に罰を下すことになる」

 広間の空気が、彼女を中心にして渦を巻いていた。
 咲夜は溺れぬよう、意識を保つ。
 
 けれども、何を伝えれば許されるというのか。
 きっかけは、紅魔館とは関係のない、咲夜の個人的な感情なのである。
 正直に主人に話したところで聞き入れてくれるとは思えない。

 しかも咲夜は、ぴりぴりとした緊張の中、この期に及んでも計算をしていた。
 どう今の状況を切り抜け、袋の中にいる妖怪を外に逃がすかを。
 だが主人に逆らえるはずもない。ついに進退に窮した。

「10……」

 レミリアがカウントダウンを始める。

「9……8……7……6……」

 空気の動く音に混じって、どこかから戦闘の音が近づいてくる。
 また、別の方向からも強大な気配が迫ってくる。主人が予言した通りだ。

「5……4……3……2……」

 咲夜は最後の一瞬まで待つことに決めた。悔いの残らない選択を、ギリギリまで見極めようと。

「残念だ、咲夜」


 左右の扉が同時に開くと共に、レミリアのグングニルが……



「待って!!」



 新たな幼い声が、部屋に響き渡った。
 次の瞬間、袋から飛び出した影が、咲夜の前に降り立ち、

「悪いのは私よ! 彼女は悪くない!」

 空間が凝結した。時間が止まった。
 いずれも、咲夜の能力とは関係なしに。

 部屋に入ってきた四名が。そして部屋にいたレミリアも、呆然としていた。
 全員が、咲夜の前に立つ、緑のおさげ髪に赤い目をした、謎のちびっこメイドに注目していた。

「……誰?」
「私は……」

 ちびっこメイドは、体を後ろに反らしながら、堂々と名乗る。

「パトリシア。ユーカリの妖精よ」

 フランドールが、鶏の卵が一つ入りそうなほど口を開き、じーっと彼女を見つめていた。
 美鈴が、饅頭が一つ入りそうなほど口を開き、まじまじと彼女を見つめていた。
 パチュリーが、

「ほーら! 幼女だった! 幼女だった! ア~イム、ウィナァアアー!! コロンビア!!」

 ハイテンションで小躍りし始めたので、小悪魔がボディーブローで沈黙させていた。

 咲夜自身も、あまりのことに口を開きっぱなしにして、茫然自失の体に陥っていた。
 今さらながらこの状況、頬をいくらつねってもつねり足りない。

「……ふん、ユーカリの妖精だと?」

 再び時間を置いて、今度はレミリアがグングニルを片手に歩み寄りながら、口を開く。
 いかにも脅す気満々の態度と面構えで、
 
「生意気な目をしているな。この館でパンダでも育てる気だったのか、咲夜」
「お姉様。ユーカリが好きなのはパンダじゃなくてコアラよ」
「し、知ってるわよ、それくらい」

 妹に冷静に指摘され、姉の方は動揺も露わに誤魔化す。
 せっかくの威圧感が霧散してしまった。
 おそらく紅魔館の歴史上、この謁見の間にて繰り広げられた最もお間抜けな場面に違いない。

「あれ……? もしかして咲夜さん、私があげた種って……」

 そう呟いたのは美鈴だった。

「ユーカリ……ひょっとしてあの種から、その妖精の子が生まれてきたってことですかぁ!?」
「どういうこと、美鈴。あの種って?」
「えーと実は、私が四日前に拾った不思議な種を、昨日咲夜さんにあげたんですけど」
「どうしてそれを会議の時に話さなかったの」
「すみません! だって今回の話と全然関係ないと思って、それに咲夜さんが本当に育ててくれると思ってなくて、しかもそれが本当にユーカリだったなんて……」

 美鈴が両腕をばたつかせて大慌てしている。
 逆に咲夜の方は、次第に冷静さを取り戻していた。

 今この場にいる自分以外の者達は、まだ彼女の正体に『気付いていない』。
 ならばまだ、やるべき仕事が残っている。

「この度は、大変お騒がせいたしました。心よりお詫び申し上げます、お嬢様」

 レミリアの前で片膝を床に下ろし、咲夜は真摯な態度で謝罪する。

「たった今、美鈴が話した通りですわ。今朝、私が彼女にもらった種から、このパトリシアが生まれたのです。私はお嬢様がお目覚めになるまで、彼女を部屋で保護しておりました」

 主人に嘘をつくわけにはいかない。
 けれども咲夜が今言っていることは、真実そのもの全てではなくとも、偽りではなかった。

「見ての通り、彼女はとても気性が激しく、私の前に現れた時は、体が弱ってもいました。このまま紅魔館の外に野放しにするのも、館の中を歩き回らせるのも危険と判断し、教育も兼ねて、私の部屋で世話をしてあげていたのです」
「主人である私に一言も無しに、か」
「寝てたからできなかったんでしょう。それにレミィだったら相談されても、頭ごなしに反対してたんじゃないかしら」
「むぅ……」

 パチュリーの指摘に、レミリアは不満そうな顔をしながらも、黙り込んでしまった。
 そんなはずはない、と言い切れぬ自覚が少なからずあるのだろう。
 と、そこで黙っていたフランドールが、素直な疑問を口にする。

「じゃあ、どうして咲夜達はお姉様から逃げたの?」
「そのことですが、パトリシアは人見知りで警戒心が強く……」

 ギロリ、とミニ幽香が険悪な視線を咲夜にぶつけてくる。
 こんな状況であっても、彼女にとって許しがたい評価だったのだろう。
 だが咲夜は露程も表情を動かさなかった。
 この場合、むしろ幽香の険のある言動が、咲夜の言っていることを裏付けしてくれるので助かる。

「元気になった頃合いで、私が彼女をお嬢様にお目通りさせようとすると、ひどく暴れたのです。お嬢様にご迷惑をかけるわけにはいかなかったため、別の場所に一旦移そうとしていたところでした。そこで誤解が生まれてしまったのです」

 さぁ、ここからだ。
 咲夜は深呼吸し、厳しげな面持ちを崩さない主人に、進言する。

「できれば……彼女の力が十分に回復するまで、この館に置いていただければ……と」
「その必要はないわ」

 議題の中心人物――パトリシアが否定した。
 全員の驚きの視線を集めながら、彼女はあっさりと言う。

「もう私は十分彼女の世話になった。これ以上の借りを作る気はない。すぐにでも私の方から出ていくわよ」 



 ◆◇◆




 PM8:00。青く霞んだ月が、天の川を渡ろうとしている。

 霧の晴れた湖の畔、紅魔館の正門の前に、二人の人影があった。

「……一応、感謝しておくわ」

 目線を下に向けて、パトリシア……もとい風見幽香は言った。
 まだ彼女の外見は子供のまま。ただし服装はすでにメイド服ではなく、草色のワンピースを着て、フードつきの外套を羽織っている。その格好で幻想郷のどこかに、しばらく隠れて過ごすつもりらしかった。
 唯一見送りに立つことになった咲夜は、
 
「せめて、日が昇るまでの間だけでも……」
「ふん。舐めるんじゃないわよ。力が戻るまで、一人でやり過ごすくらいできるわ」

 相変わらずの憎まれ口だったが、外見が子供のため、ぶっきらぼうな態度も和らいでいる。
 元の幽香を知っている者であれば、同じ存在だとは思いも寄らないだろう。
 現に、紅魔館の他の住人達にも、最後まで彼女の正体はバレなかった。

 幽香が背中を向け、夜の闇に、妖怪の領域へと歩き出す。

「それじゃあ……」
「待って。どうして、あの時、あんなこと言って私を助けたの」

 別れる前に、咲夜は幽香に訊ねる。
 謁見の間で主人を前にして、選択をすることができず、追い詰められた自分。
 あの時、幽香は身を挺して咲夜を守ってくれた。あれほど他の者に己の姿を晒すことを厭いていたのに。
 それに彼女のようなプライドの高い大妖怪あれば、いっそ潔く戦って朽ちることを選ぶはずだと思ったのに。
 足を止めた幽香は、今の外見に似合わない、どこか達観した穏やかな声で応える。

「そうね。強いて言うなら、新鮮な思い出をくれた御礼かしらね」

 咲夜が理解できずにいると、彼女は振り向きながら続けた。

「言ったでしょう。私は本当は、凄く強い妖怪なの。強すぎて、私にまともに構おうとする奴なんてほとんどいなかった。だから本の角で殴られたり、死ぬほどくすぐられたりして虐められたことなんてなかったし……」

 続きの小さな一言が、咲夜の耳の奥に響いた。

「守ってもらったことなんてなかったのよ。……じゃあね、メイドさん」

 真意を尋ねる前に、彼女は足音を立てずに、闇へと走り去ってしまった。

 咲夜はしばらく、立ちすくんでいた。
 聞き慣れた小さな靴音が、背後から近づいてくるまで。

「家は壊れなかったし、貴方もメイド長のまま。めでたしめでたし、というところかしら」
「お嬢様……」

 咲夜は振り向いて、主人の姿を目に映す。
 それから改めて、その場で腰を曲げ、丁重に頭を下げた。

「大変お騒がせいたしました。メイドとして、言い訳の申し上げようもありません」
「退屈しのぎにはちょうどよかったわ。まぁ、こんなことがそう何度もあっても困るけど」

 側に立ったレミリアは、鷹揚に語る。
 あれほど怒りを見せていたというのに、もうすでに彼女は気にしていないらしかった。
 この度量の広さが、上に立つ者の資質なのかもしれない。
 切り替えの速さが、幻想郷で生きるコツともいえるのだが。

「咲夜」
「はい」
「どうして、あれをかくまおうと思ったわけ?」

 レミリアが興味深そうに聞いてくる。
 我が主人であればきっと訊ねてくるだろうと、咲夜は予期していた。

「どうしてでしょうね……」

 始めは、ただの義務的な行動に過ぎなかったはずだ。紅魔館を守ろうという気持ち以外に、何もなかった。
 ただし途中から、咲夜は紛れもなく、幽香を守ろうという感情の元に動いていた。
 その理由は一体何だったのだろうか。

「でも、おそらく……たぶん……」 
「たぶん?」

 咲夜は苦笑を浮かべ、正直に応えた。

「お嬢様と出会った晩の自分を思い出したから、でしょうか……」

 それは咲夜がまだ、『十六夜咲夜』という名前を与えられる前のこと。
 子供だった彼女は紅魔館に、たった一人で忍び込んだのであった。
 招かれざる客、泥棒として。

 お金持ちだから、一つくらいパンがなくなっても大丈夫。
 少しだけ時間を止められるから、もし見つかっても大丈夫。
 咲夜の中にあった幼い自信を粉々にし、恐怖に陥れた紅魔館の衛兵達。

 そんな愚かな人の子を許し、館に置いてくれたのが、当時のレミリアだった。
 彼女は全てを与えてくれた。温かい食事を、柔らかい布団を、そして新しい名前を。
 吸血鬼の愛情は、荒んだ道を歩んできた咲夜にとって、マリア様のものより近くて、はっきりした愛だった。
 
 それから、じゃじゃ馬だった咲夜は大人しくなり、メイドとしての才能を不断の努力で磨き上げ、完全にして瀟洒と呼ばれるようにまでなったのである。
 今夜の幽香が置かれた状況は、ここに初めて来た時の咲夜とほとんど同じだった。

 だから咲夜は、助けなきゃ、と思ったのだ。大切な思い出を、汚したくなかった。
 ここは、紅魔館は咲夜の未来を奪うのではなく、生きる夢を与えてくれた場所だったから。

 しかしながら、当時のレミリアと違い、結局咲夜は、この館に彼女を引き留めることができなかった。
 けれどもそれも仕方ない。彼女はパトリシアではなく、大妖怪、風見幽香。
 元々、完全に住む世界が違う者同士だったのだから。

 それにしても思い返せば、彼女はここに住む誰とも違っていた。
 咲夜にとって、あれだけ憎まれ口をたたき合ったり、腹を立てたくなる存在は、紅魔館にいなかった。
 新しい自分を発見し、演じていたことに、今更ながら咲夜は気づき、自然と視線が遠くなる。

「寂しそうね」
「……いいえ。いなくなって清々しましたわ。正直、こんなに神経を逆なでされたのは初めてのことでした。はっきり言って、最悪の一日です」
「ほほう。それはいいことを聞いた」

 レミリアはくるりとターンして、館の中へと戻っていく。
 咲夜はふと気になり、彼女に尋ねる。

「いかがなさいました、お嬢様」
「あまり私を舐めてもらっては困るということさ。まぁ楽しみにしておきなさい。咲夜」
「気のせいでしょうか。今夜のお嬢様は、なんだか御機嫌すぎるような」
「気のせいよ」
 
 ハッハッハ、と首を揺らして、いかにも御機嫌そうに吸血鬼は笑う。
 咲夜は訝しく思いながらも、後に従った。




 その時、レミリアが何を『見て』笑っていたかを咲夜が知るのは、三日後のことである。




 



 9 それからの物語




 AM7:00。
 ここ数日続いた暑さが退き、穏やかな風の吹く、割と涼しい朝だった。
 紅魔館の横手にある庭に、銀のメイドと紅い門番が、並んで立っている。
 二人の前には、色とりどりの短冊でデコレーションされた、五本の笹竹があった。
 腰に手を当てた門番が、「んー」と感慨深そうに溜息を吐き、

「いざ片付けちゃうとなると、なんというかこう、寂しいものが胸の内に湧きますね」

 同僚のセンチメンタルな台詞に、十六夜咲夜は淡々と言葉を返す。

「どんなものにも、いつか別れの時がくるわ。人であれ物であれ、ね。一々寂しがってられないわよ」
「相変わらず考え方がクールですねぇ」

 咲夜さんらしいけど、と紅美鈴は屈託なく笑った。

 七夕から三日が過ぎていた。
 参加者が消えたまま放置されていた会場にて、パーティーは一時間遅れで無事開催され、咲夜も出席した。
 騒動を起こした件については、レミリアの鶴の一声によって、お咎めなし。
 恩賞のスカーレットデビルごっこの件も白紙となり、妖精たちは一様に無念そうな顔で、乾杯のワインを呷った。
 その晩の混乱は、太陽と月が空で入れ替わる度に洗濯され、今となってはすでに紅魔館は、以前の日常を取り戻したといってよかった。

「そういえば咲夜さんは、あれから短冊に願い事を書きました?」
「………………」 

 咲夜は無言で、かぶりを振る。

「じゃあ、後の始末は貴方に頼むわ」
「わかりました。お昼まで門に立って、午後にこれらを竹林に戻しに行こうと思います」
「ちゃんと門番も真面目にするのよ。居眠りしないように」
「いやー、毎日毎日お花の世話で大変で」
「そんな言い訳が通用すると思って……」
「失礼しましたー!」

 美鈴が急いで走り去っていく。
 咲夜は軽く嘆息して、再び笹竹を見上げながら、思いに耽る。

 美鈴にああは言ったものの、七夕が過ぎ去った後の昼間に見る短冊は、確かになんだか寂しい。
 このうちのいくつの願いが叶い、いくつの願いが夢のまま終わるのだろうか。
 
 ――私の願いは、叶わないと分かってるけど……。

 咲夜は胸中で自嘲の笑みを浮かべ、館内業務に戻ることにした。

「え……? ちょ、なんですか貴方。ここがどこだかわかって……」 

 何やら門の方から、美鈴の慌て声が聞こえてくる。
 と、

「――っ!?」

 背中を異常な寒気が通り抜け、咲夜は悲鳴を呑みこんだ。
  
 想像を絶する圧倒的な気配が、紅魔館の目と鼻の先に出現したのだ。
 まるで音も無く、天から雷が落ちたかのように。
 
 本能的にナイフを抜き、何事かと振り返った咲夜は――言葉を忘れた。


「あら……ごきげんよう、ナイフの花束が似合うメイドさん」


 夏には珍しい涼やかな風が、目の前を通り過ぎていった。
 尻もちをついた美鈴の側を通って、『彼女』が歩いてくる。
 白い大きなパラソル。赤と黒、チェックのベストとスカート。
 三色の境界が微かに揺らぎ、濃緑の髪と向日葵の似合う顔が見え隠れしていた。

 咲夜の心は止まっていた。吹かれて散ろうとしている綿帽子の写真のように。

「どうして……」
「約束を果たしに来たのよ。どこかで野菜を育ててここに運んでくるなんて、私の主義じゃないからね」

 花の大妖怪は軽く肩をすくめて、庭の方を視線で愛でる。

「見たところ、なかなかのお花畑に野菜畑があるじゃない。私がきちんと面倒をみてあげる。というわけで、しばらくこの館に住まわせてもらうわ。ここ数年は根無し草だったけど、そろそろ屋根のある暮らしに戻るのもいいかな、って」

 くるりくるりと、愉しげに傘が回り、

「というわけで、私は花と野菜の世話、貴方は私の世話。よろしくね。……咲夜」

 風見幽香は、そう言って会釈した。

 どんな表情を作ればいいかまだ分からずにいる、人間の少女に対して。

 加えて、これから始まる紅魔館の、大いなる混乱の日々を予感したメイド長に対して。


 






『もっとカリスマが増えますように』

『お姉様が小猫を飼うのを許してくれますように』

『本が全部帰ってきますように あと今夜の告白がなかったことになりますように』

『パチュリー様の諸々の病気が治りますように』

『咲夜さん、元気にな  ってくれましたね。これからもよろしくお願いします』


 笹竹の中で揺れる数多の願い事。
 その中に、目立たぬ位置で揺れている短冊が一つ。
 そしてその短冊には、妖精メイドにしては綺麗な筆致で、簡潔に願いが書かれていた。


『いつかパトリシアがまた、この館に来てくれますように』


 ……と。




(おしまい)
 
 ドSとドSが出会ったらどうなるのか。
 物凄く仲が悪くなるか、その逆のどちらかだと思います。

 木葉梟です。
 七夕にちなんだ話を、七夕の日に思いついたのが運の尽きでした。
 毎度のことながら書けば書くほど増えていき、この時期に投稿する羽目に。
 でも久しぶりの長編ギャグは書いてて楽しかったです。
 次はPNS名義で、どちらかといえばシリアスな感じの長編作品を予定していたので、なおさら息抜きになったようなw

 それでは、またどこかでお会いしましょう。
 読んでくださった方々、ありがとうございました。

9/9 9/11
ご指摘を受け、誤字を修正いたしました。この場を借りて御礼申し上げます。
木葉梟
[email protected]
http://yabu9.blog67.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2380簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
所々のギャグのセンスが好き。
これでさらにネタを厳選して、話を半分ほどに纏められていたら迷わず満点だったのだが。
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白く飽きずに読み進めることが出来ました
5.90名前が無い程度の能力削除
序盤こそ退屈だったけど、ポエムあたりから読む手が加速して最後まであっという間に読んでた。
丸太はやはり最強の武器だったか。
9.100奇声を発する程度の能力削除
畳み掛けるギャグってすげぇ
笑かしてもらいました
11.100絶望を司る程度の能力削除
すくなくともHELLSINGは勉強につかえねぇwww
12.80名前が無い程度の能力削除
パチュリーと妹様の後日談が読みたいですw
13.80名前が無い程度の能力削除
ギャグのペースがありゃりゃ木さん並だったなぁ。
妹様はNo.3も捨てがたい。面白かったです。
14.100名前が無い程度の能力削除
やはり吸血鬼には丸太ですね。
15.100非現実世界に棲む者削除
諸々ネタがありすぎて一括でツッコミを入れます。
面白すぎて笑いが止まらないじゃないか!
良い作品でした。
18.100名前が無い程度の能力削除
畳み掛けるギャグ、ちょっとシリアス、最後のオチ
流石の一言です。
22.100名前が無い程度の能力削除
幽香がデレた。これは毎日のように丁寧に髪を梳いてマッサージをして差し上げなければなるまい。美鈴が。
しかし咲夜さんのポエムはどうやったら思い付くのか……。
23.90名前が無い程度の能力削除
丸太のせいで、
「風見幽香が紅魔館に移り住んでくれたぞ!」
「でかした!(凄ェ!)」
とか
「私はパトリシアにまた来て欲しかったんだ!本当に来てくれたからちくしょう!」
と言うような謎のフレーズが頭の中をぐるぐるし始めた
26.90名前が無い程度の能力削除
太陽のように屈託のない、然れど凛とした武人の美鈴さんやでぇ。
ゆーさくは俺のフラワリングスクウェア。
27.100名前が無い程度の能力削除
ハリス・マーガトロイドで腹筋が限界を迎えました。
いや楽しかった。
28.100名前が無い程度の能力削除
面白い
32.無評価ロドルフ削除
これはおもしろい。続編を希望します。点数は間違えて簡易の方にしちまったOTL
33.100名前が無い程度の能力削除
安定のクオリティ。

序盤の引き込みがちょっと弱いかな? と感じました。

それ込みでも余裕の100点ですが。
35.100ばかのひ削除
電車で読むべきではない 
王道なんだよなあ 面白かったー!
40.100とーなす削除
怒涛のギャグたちに常に笑わされっぱなしでしたが、一番はペリー→ハリス・マーガトロイドでしたね。これは卑怯ですわw
どのキャラもきちんとキャラが立っていて生き生きしているのがとてもいい。こんだけのキャラがいて、きちんと全員に見せ場があるというのもまたすごい。
43.100みなも削除
文句なしに爆笑でした。そして、咲夜の話に感動しました。続編ってあるのでしょうか?あればよみたいですね
47.100名前が無い程度の能力削除
この長編が出た時、まだ夏休みの宿題が終わってなくて読もうとして無理な事を直感しました(笑)

コンペで見たシリアスな感じもいいけど、こっちのギャグも最高!


電車で読んじゃダメ、ゼッタイ(褒め言葉)
50.100名前が無い程度の能力削除
マーガレットがいるってことはレミゴリと同じ紅魔館なのかな?
姉妹仲良さそうでほっこり。

まけぼのさんの中にエドモンド本田仕込むのは反則です。
54.100名前が無い程度の能力削除
ギャグのセンスといい、テンポといい、最高だった。
56.100名前が無い程度の能力削除
ああ、だからユーカリなのか……ってそれ隙間の人じゃないですか
パチュリー先生のドジっ娘なご振る舞いが琴線に響きました
57.100名前が無い程度の能力削除
乙!
すっごく面白かったです
幽々香と咲夜の話を書いてみたくなりましたw
58.無評価名前が無い程度の能力削除

幽々香じゃなくて幽香でした!幽香ファンの人ごめんなさいm(__)m
60.100名前が無い程度の能力削除
HAHAHA、頬が緩みましたwww。

ところで
『咲夜さん、元気にな  ってくれましたね。これからもよろしくお願いします』
              ↑これはワザと空けてるんですかね?
62.100道楽削除
いやぁ、文句なしでした。
うまいなぁ。いちいちの描写が秀逸で、きれいにつながってます。
感嘆させられました。
64.100名前が無い程度の能力削除
「トリートメントはしているか?」これ幽遊白書の鴉やんwwいやあ、ネタがいっぱいあって爆笑しますたwwwぜひとも続編を作ってください。
65.100名前が無い程度の能力削除
面白かったー。
読み応えありました、満足です
67.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!
68.90名前が無い程度の能力削除
えるしってるか ユーカリには毒がある。
鉢から幽香が生えるとか、テラシュールwwwww
70.100名前が無い程度の能力削除
序盤を読んで、これは植物を育てるまったり日常系ショートストーリーかなと思っていたら、
まさかまさかの大展開。それでいてどこを見ても完成度高くて面白かった。
71.100名前が無い程度の能力削除
随所にある小ネタが面白いww
75.100Admiral削除
最高です。最後までニヤニヤが止まりませんでした。
77.1003削除
95%ギャグでこの容量! しかも最後まで飽きさせず読ませると来たもんだ。
壊れギャグではないギャグでこれだけ長くってのは中々難しいのではないかと思うのですが、
全くそんなことを感じさせない作品でしたね。
咲夜と幽香は勿論、他の紅魔館メンバーにもそれぞれ見せ場があって良かったです。
何となく幽香が小さくなるんだろうなーってのは予想付きましたが、
ラストは予想出来なかったです。読み返すとしっかりとその道筋が作ってあったので予想したかったなー。
最後の願い事も皆素敵です。100点!
81.100小傘を満腹させ隊削除
腹筋が・・
もうかんべんしてください (褒め言葉)
ゆうかりんとメイド長に友情が芽生えるまでを悪魔的なセンスで展開させる手腕に脱帽です。
そしてあまりにも瀟洒すぎるポエムと、更に畳みかけるゆうかりんの尖ったコメントで、もうどうしようもなくツボにはまってしまいました。
溢れんばかりのSUMOU
ナンモイエネエ
メイドインコウマカン
なにをどうすればこんな言葉が湧いてくるんですか素敵すぎる
読めばよむほど味わい深い最高の笑い。
このような力作を読ませて頂き、大変ありがとうございます。
89.100ハルバトールの猫削除
オ~ベイベ~

ボディブローのくだりクッソワロタwww
今宵、梟の永遠の読者になることを誓おう
フッ、面白いやつもいたもんだ(遠い目)
90.無評価うみー削除
一日スカーレットがいい!
91.100クソザコナメクジ削除
素晴らしかった
92.100サク_ウマ削除
笑わせて頂きました。良かったです。