死 ―Death―
※ この作品はクロスオーバー作品です。後かなり出血シーンが多いです。
そういったものが苦手な方、ブラウザの『戻る』ボタンを押す事をお勧めいたします。
また、この作品は『鬼 ―Distort God―』と微妙にリンクしていたりします。
そちらを呼んでいない方はそちらのほうからお読みください。
せわしなく蝉が鳴き続ける夏の夕暮れ。
竹林へと続く森の道をテクテクと歩く影があった。
「………」
いつからであろうか。夏の蝉の声が悲しく聞こえるようになったのは。
何とはなしに永遠を生きる自分と、次の世代のために己の命を燃やし鳴く蝉。
まるっきり逆の方向性を持つ命のあり方だと、彼女―――藤原妹紅は自嘲した。
いや、厳密には『生きてない代わりに死んでない』だけだが。
そんな中、一本の倒木を見つけた。
根元のほうから、まるで巨人に蹴り飛ばされたかのように折れ、炭に成り代わった倒木。
あの信憑性の薄い新聞には幻想郷に居ないはずの鬼同士の縄張り争いの結果だと書いてあったが、
「こんな風に木が吹っ飛ぶもんかね…」
千年を生き続けた彼女さえこんな惨状を見たことはない。
とてもではないが、信じられなかった。
しかし、その戦いの爪痕はしっかりと残っている。
森の中にぽっかりと空いた焼け野原。それがその記事が真実であることを証明していた。
傍迷惑なもんである。
現在親友である上白沢慧音の家に住んでいる彼女は、毎日この道下り下の村まで降りて行き、その日一日村の仕事を手伝うことで食料を得ていた。
本来この道は前まで妖精があまり住んでおらず、静かな林道であった。
しかしこの間の大火事件で、被害のあった周囲の妖精たちが一斉にこちら側に引っ越してきたのだ。
おかげで行き帰りの道でやたらに弾幕ごっこを挑まれるようになったのだ。
そのせいで朝からやたらに疲れたり、慧音にシャッキっとしろと文句を言われたりする毎日。
「やり合うにしても迷惑のかからない場所やるとか考えないんかねぇ…」
ちなみに本日はそこそこの実力を持っていた妖精6人を朝のうちに蹴散らしていた。
「夕方になったら覚えてなさいよー!」などと抜かしていたところから、また弾幕ごっこを仕掛ける気で居るのだろう。
「空飛んでくとナス焦げちまうかも知れねぇしなぁ…」
いっそ回り道でもしようかと思ったが、それも今からでは面倒くさいものだった。
まぁ、食前の運動としておけばよいかと彼女は割り切った。
その瞬間、耳をつんざく様な悲鳴が森に響き渡った。
「…なんだ?」
違和感。弾幕ごっこなら着弾の音が周りに響くはずだが、今聞こえたのは悲鳴のみ。
まさか何かの事件か!?
明らかに普通ではなかった今の叫び。不吉な予感が妹紅の中にあった。
「…ったく、こんなのはあの巫女の仕事だってのに」
愚痴りながらも、彼女は全力を以って走り出した。
悲鳴の聞こえた方角に向かえば向かうほど、彼女の予感は確信に近づく。
夏の空気に良く似た、すえた臭い。
その濃度は、近づけば近づくほどに濃く、吐き気を催させる。
どうか、何事もありませんように。
願いながら、走る。
そして、
眼科に、地獄が広がった。
沈む夕日が世界を赤く照らす。
その中でココは特に朱く映し出される。
事件の現場は、一言で表すなら解体場であった。
青くある筈の草は紅に染まり、その空間をすえた血の臭いと共に狂気的に演出する。
そこに転がるのは死体。
全身をバラバラに切り裂かれた妖精たち。
頭の数は6。いずれも、今朝まで生きて自分を襲った妖精たちだ。
おそらく、自分が帰宅する途中で待ち伏せし、襲い掛かるつもりだったのだ。
そして彼女たちはそこを通りかかった者を、自分と勘違いし襲った。
そして、
「話にならん。来世からやり直せよ、オマエ等」
その解体場の中心に居る男の手にかかった。
「…お前が、やったのか?」
関わるべきでない、理性は叫び続ける。
しかし、それを上回る感情が言葉を発せさせた。
男が振り返る。
『あーぁ、出会っちまったか」
笑う。
男が笑う。
狂った笑いがこちらを見る。
「お前が、やったのか!?」
震える声で問う。男は笑い続けている。
「こいつらなら俺がやったさ。ま、こんなもんじゃ到底満足できなかったがね」
肯定。その姿を見て妹紅は悟る。
こいつは殺人鬼だ。しかも、殺意を抑えるなんて事も出来ない。ヒトとして完璧に破綻した殺人鬼。
強者との、限界の殺し合いを何よりも求む、殺人嗜好者。
ヤバイ、いくらなんでもヤバ過ぎる。
こいつに関われば死ぬ。千年の間に磨耗し消えてなくなったと思い込んでいた感覚。死への恐怖が蘇ってくる。
しかし、彼女は構える。
「お、立ち向かうか。いいね、退屈しのぎには…」
「うるさい!!」
すでに堪忍袋は粉微塵に消え去り、その中身が噴火寸前の所まで来ている。
「オマエに叩き込んでやる!」
それは命亡き者が悟った、輝きの尊さ。
「命の重みって奴をな!!」
「…七夜末裔、七夜志貴。参る」
命と尊きとする者と、命を狩る物とする者の、血みどろの舞踏会が開幕した。
七夜志貴。
彼は混血なる異端の暗殺を生業としていた七夜の一族の末裔であり、
その一族の最後の当主であり、歴代一の実力を持っていた七夜黄理の息子である。
七夜の血がもたらす脅威的な身体能力と黄理から受け継いだ殺戮技巧を用いる殺人鬼。
その身体が、跳ねた。
襲い掛かる狂犬の牙。
七夜のナイフが煌いた。
「捌く……!」
閃鞘・七夜。
高速で迫る白刃を妹紅はすんでで避けた。
美しい白髪が数本切れる。
「!…あっぶねぇな!!」
即座に彼女は呪符を打ち出す。
しかし当たらず、男は更に踏み込む。
鋭い刃を弾丸のごとく突き出す。
かわす、だが避けきれない。
肉が抉られる感覚。構わず、妹紅は七夜の顔面を狙う。
「ぐっ…!」
頬に迫る敵意。迷わず後退。
更にそれに合わせた妹紅の追撃。それは一瞬で見切られことごとく外れる。
「ちっ、すばしっこい…!」
一方的に傷を負った妹紅としてはここで一撃当てておきたかったのだが、それは相手の俊敏さに押されて叶わなかった。
しかし、痛みが怒りに燃えていた頭に冷水をぶっ掛けた事で、彼女の中に思考できるスペースが生まれた。
今の一合で分かったのは相手のカードに“機動力”があることだ。
生半に弾幕張っている場合じゃないなと、妹紅は構え直す。
「さて、こっからが本番だ」
「は、やはり弾幕か…」
つまらんと七夜は悪態をついた。
しかし逆に、七夜は内心ほくそ笑んでいた。
所詮この世界での戦闘はあの妖精たちが使っていたような弾幕に依存するものばかり。
あの程度の弾幕ならば余裕で見切れる。
近距離に間合いを詰めさえすればすぐさま解体できる。
また、オレの勝ちか。
つまらないと嘆息。そこにくる弾幕。
「は、つまらん時間をありがとよ!」
即座に走る。狙いは首、驚異的な瞬発力で間合いに入る。
(見切って見せろ!!)
内心叫ぶ。それは更なる闘争を求める声だった。
そして運命は彼の心の声に従う。
女の身体が、僅かに下がる。刃は、空を切る。
「…!」
動揺する七夜。その腹に、槍じみた蹴りが突き刺さる。
「ぐおっ…!」
僅かの浮く体、そこに合わせたかのように握り締められた拳が迫る。
「ちっ…」
炸裂した拳、宙を舞う中で七夜は悪態をついた。
その目に、してやったりと笑う妹紅が映った。
「…多少は楽しめそうだな、くくく…」
体勢を整え、七夜は微笑んだ。
「…まさかそんな細腕でぶん殴るとは、女ってのは怖いねぇ」
「女じゃなくて妹紅。藤原妹紅さ」
七夜はまたあの不敵な笑みを浮かべる。
おそらく、彼も気づいたはずだろう。
相手は自分の“機動力”に対抗できるカードを持っていることに。
妹紅の手の中にあるカードは“動体視力”と“感覚”である。
長年の仇敵である蓬莱山輝夜との死闘でその二つはきっちりと鍛え上げられていた。
更に、この千年の中で磨いてきたケンカ拳法があった。
妹紅とて最初から弾幕を使えたわけではなく、そこらのゴロツキを相手にするのに編み出した邪拳であった代物。
しかし永遠の時の中で、それは十分な拳法としての領域に昇華されていた。
(最近は使わなかったが案外覚えてるもんだ)
もっぱら弾幕だけで最近は戦っていたから不安だったと内心ぼやいた。
「さ、かかって来な」
妹紅の拳を受けてからの七夜は攻めに消極的になっていた。
あのむかっ腹の立つ薄笑いはそのままに、中距離からの牽制の繰り返しだ。
拳が届くぎりぎりのラインでの死闘。
「ちっ…ずいぶん消極的じゃないか!さっさと攻めて来い!」
「…ふ」
挑発に対し挑発で返す。冷めたはずの頭に再び血が上る。
「…お前、その態度もいい加減にしろ!」
冷静さを欠いた拳は当たらず、バックステップで後退した七夜は森に消える。
「待て!この野郎…!」
追う妹紅。頭に血の上った彼女には、これが誘いの手であることを見抜けなかった。
「…くそ。気配すらしないか…」
あの男に上手い具合に誘導され、着いた先は夕日も見えない森の奥深くだった。
薄暗い闇は視覚を鈍らせ、風に揺れる葉は聴覚を殺す。
「やりにくいもんだ。が…」
これと同じ状況に七夜も置かれている筈。ならば相手はこの空間を戦場に選ぶだろうか?
むしろ、撤退のためにここに誘い込んだと可能性が高い。
「…なら逃げられたか。奴め…」
その背後に、
「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。―――ようこそ。この素晴らしき殺戮空間へ」
声が聞こえた。
即座に背後へ呪符を放ち、バックステップで後退。邪魔な木に背中が当たる。
七夜は余裕たっぷりに呪符を避け、背後の木を壁として飛び去る。
その様子を見て、妹紅は己の迂闊さを呪った。
ここは自分にとってマイナスの要素しかなく、相手にとってプラスの要素しかない空間である。
視覚と聴覚を封じられ、更に戦闘に必要な空間を得られない自分。
完全に気配を消し、この空間に居る限り迅速に撤退と強襲を行うことができる七夜。
戦力の差は歴然としている。
(ここから脱出しなきゃ勝ち目は…!)
即座に翼を広げようとした瞬間、正面から死神が襲いかかる。
「まず…!」
不意を突かれた彼女に危機を回避するだけの余裕はない。
「斬る…!」
閃鞘・八点衝。
無数の白刃が彼女に迫る
「ぐ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
それでも何とか致命傷を防ぐ。しかし、その隙こそが彼の狙い。
七夜は構える。この技で、死なぬ者など居らずと伝えられた極意。
「―――極死・」
動体視力を超えた素早さ。妹紅の目には影さえ追えず、
「七夜―――」
その瞬間に首はへし折れていた。
断末魔さえ挙げず、女は倒れた。
七夜は、感慨もなくその死体を見つめていた。
“あの妖精たちよりかは、強かったな”
しかし、この飢えど満たされぬ渇きを癒すにはあまりに不十分だった。
極死・七夜。秘儀の中の秘儀。究極の奥義として伝えられたそれを使ったのはせめてもの手向けの花だった。
殺し合いたい。脳髄がとろけるほどの死闘がしたい。この飢えを満たしたい。
それだけをこの殺人鬼は求めた。
「…ココじゃもう、何も殺せない」
森を抜け、目指すは人里。そこに降りれば、多少は気が紛れるかも知れない。
そして、歩みだした背に、猛烈な熱を感じた。
―――時効「月のいはかさの呪い」。
過去を幻視。その脳裏にあの鬼の姿を見た。
「…やってくれたな、首折られるなんて初めてだよ」
背後の森は燃え、それを背にして不死鳥が立つ。
藤原妹紅、未だ堕ちず―――。
私はどうにも甘いなと、妹紅は心の中で自嘲した。
弾幕を使わなかったのは相手に通用しないと考えていたのではなく、アレを人間と見ていたから。
愚かだ。その甘さこそが自身を死なせたのだ。
手は抜かない。あの男が行こうとする所を守るために、手は抜けない。
「…これ以上、殺させない…!」
守る、その意思が妹紅を構えさせる。
「………くくく」
「?」
七夜が、笑う。
静かに、狂った笑いを浮かべる。
「そうか、お前は…そうなのか」
死なない。あいつは死ぬことがない。
七夜の秘儀を用いても、身体をミンチにしようとも、アレは死なない。
最高だ。あの女は普通の方法では死なない。
いくらでも殺し合える。
それが七夜を歓喜させる。
「さぁ、殺し合おうぜ。藤原妹紅」
夕日が沈んだ幻想郷に不死の炎が煌いた。
腕が飛び、血が吹き出る。それも即座に再生する。
斬れた腕などお構いなしに残る腕にて相手を殴る。
時効「月のいはかさの呪い」が展開された燃える森の中、彼らは己の全てを出しつくす。
「…!う、あぁぁぁぁぁぁ!」
「ちっ!寝てな」
腹を抉られた激痛に呻きながら、拳を振るう妹紅。それをいなしながら投げの間合いに入る七夜。
地に伏せた彼女の首に短刀が突き刺さる。
妹紅は、断末魔の代わりに脚を上げた。
僅かに宙に浮いた彼の背中に、弾幕が炸裂する。
「ぐ、…拙いな」
七夜の身体も特別製と言えど、身体の再生能力まで付いている訳ではない。
炸裂した弾幕は僅かだが、それが七夜の体力を徐々に殺いでいく。
最早、自身の領域であった森は炎に包まれ、相手の領域に成り代わっていた。
勝ち目はない、頭の中では理解している。だが、
(これだけ愉しいのに、退くなんて出来るはずがない)
だから笑う。この瞬間に歓喜する。
だが、逆に彼の中に今まで感じたことの無い不安があった。
しかし、それも一瞬で忘却する。そして何時も通りに構え、
殺人鬼は、自分の死さえ快楽とした。
自身の生を失ったからこそ、その輝きを真の意味で分かった。
だから叫ぶ。生きろと叫ぶ。
「それが…解らないのか!」
馬鹿野郎と、彼女は殴る。
今妹紅の中にあるのは、痛みでも怒りでもなく、哀しみであった。
哀れすぎた。この命はあまりに哀れだ。
これ以外の、他人を殺す以外の生き方を知らない殺人鬼。
自分とて、輝夜を殺そうと今まで必死にその後を追い続けた。
その中で会えた慧音に、それ以外の生き方を教えられたのだ。
“私ではこいつになにも教えられない。”
こいつにもし、まっとうな笑顔を浮かべられる生き方があったなら。
それが、悲しかった。
お互いに限界だった。
七夜はダメージから、妹紅はリザレクションから。
体力精神力ともに尽き果てる寸前であった。
最後の一合。
なにも言わず互いは構え、そしてその時を待つ。
偶然に、焼けた木の枝が折れた。
それが、地に落ちた。
それが合図となった。
「極彩と散れ」
閃鞘・迷獄沙門。
相手とのゼロ距離で放つ。高速の一閃。
それが決まり、
「ちっ、負けたか」
「フェニックス再誕」
即座に蘇生した妹紅の紅蓮の鳳凰が周囲を火の海に変えた。
「ハ―――何も残らない」
燃える炎越しに見る相手は焦げた木に寄りかかり、泥の様にぐったりと眠っている。
「元から存在しないモノ。得るモノが無ければ、失うモノなどあり得ない」
すでに身体は細微な硝子片のように成りだしていた。
「そう思っていたんだが、まいったねどうも」
感覚は失せ、紛い物に生み出された身体は崩壊の一途に向かう。
「このまま消えるのはいただけない。死を恐れるとは思わなかった」
あり得ない感情が、忘れた不安が形を持って彼の中に生まれていた。
「あぁ、なんてこった。死んだらもうだれも殺せない。あっちに居るのは亡者ばかりだ」
それが、本当にそう思っての恐怖か、それとも、妹紅との死闘の中で芽生えた感情なのか。
それは分からない。誰にも、そして当人にも。
「何の楽しみも無いんだが……まぁ、これが相応の罰ってやつか」
残された部分は僅か。霞む視界の中、最後に殺し合った相手の顔を見つめ、
「いいぜ、このまま無惨にちぎれて消えるさ」
風に流れた花のように、殺人鬼は消えていった。
了
※ この作品はクロスオーバー作品です。後かなり出血シーンが多いです。
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そちらを呼んでいない方はそちらのほうからお読みください。
せわしなく蝉が鳴き続ける夏の夕暮れ。
竹林へと続く森の道をテクテクと歩く影があった。
「………」
いつからであろうか。夏の蝉の声が悲しく聞こえるようになったのは。
何とはなしに永遠を生きる自分と、次の世代のために己の命を燃やし鳴く蝉。
まるっきり逆の方向性を持つ命のあり方だと、彼女―――藤原妹紅は自嘲した。
いや、厳密には『生きてない代わりに死んでない』だけだが。
そんな中、一本の倒木を見つけた。
根元のほうから、まるで巨人に蹴り飛ばされたかのように折れ、炭に成り代わった倒木。
あの信憑性の薄い新聞には幻想郷に居ないはずの鬼同士の縄張り争いの結果だと書いてあったが、
「こんな風に木が吹っ飛ぶもんかね…」
千年を生き続けた彼女さえこんな惨状を見たことはない。
とてもではないが、信じられなかった。
しかし、その戦いの爪痕はしっかりと残っている。
森の中にぽっかりと空いた焼け野原。それがその記事が真実であることを証明していた。
傍迷惑なもんである。
現在親友である上白沢慧音の家に住んでいる彼女は、毎日この道下り下の村まで降りて行き、その日一日村の仕事を手伝うことで食料を得ていた。
本来この道は前まで妖精があまり住んでおらず、静かな林道であった。
しかしこの間の大火事件で、被害のあった周囲の妖精たちが一斉にこちら側に引っ越してきたのだ。
おかげで行き帰りの道でやたらに弾幕ごっこを挑まれるようになったのだ。
そのせいで朝からやたらに疲れたり、慧音にシャッキっとしろと文句を言われたりする毎日。
「やり合うにしても迷惑のかからない場所やるとか考えないんかねぇ…」
ちなみに本日はそこそこの実力を持っていた妖精6人を朝のうちに蹴散らしていた。
「夕方になったら覚えてなさいよー!」などと抜かしていたところから、また弾幕ごっこを仕掛ける気で居るのだろう。
「空飛んでくとナス焦げちまうかも知れねぇしなぁ…」
いっそ回り道でもしようかと思ったが、それも今からでは面倒くさいものだった。
まぁ、食前の運動としておけばよいかと彼女は割り切った。
その瞬間、耳をつんざく様な悲鳴が森に響き渡った。
「…なんだ?」
違和感。弾幕ごっこなら着弾の音が周りに響くはずだが、今聞こえたのは悲鳴のみ。
まさか何かの事件か!?
明らかに普通ではなかった今の叫び。不吉な予感が妹紅の中にあった。
「…ったく、こんなのはあの巫女の仕事だってのに」
愚痴りながらも、彼女は全力を以って走り出した。
悲鳴の聞こえた方角に向かえば向かうほど、彼女の予感は確信に近づく。
夏の空気に良く似た、すえた臭い。
その濃度は、近づけば近づくほどに濃く、吐き気を催させる。
どうか、何事もありませんように。
願いながら、走る。
そして、
眼科に、地獄が広がった。
沈む夕日が世界を赤く照らす。
その中でココは特に朱く映し出される。
事件の現場は、一言で表すなら解体場であった。
青くある筈の草は紅に染まり、その空間をすえた血の臭いと共に狂気的に演出する。
そこに転がるのは死体。
全身をバラバラに切り裂かれた妖精たち。
頭の数は6。いずれも、今朝まで生きて自分を襲った妖精たちだ。
おそらく、自分が帰宅する途中で待ち伏せし、襲い掛かるつもりだったのだ。
そして彼女たちはそこを通りかかった者を、自分と勘違いし襲った。
そして、
「話にならん。来世からやり直せよ、オマエ等」
その解体場の中心に居る男の手にかかった。
「…お前が、やったのか?」
関わるべきでない、理性は叫び続ける。
しかし、それを上回る感情が言葉を発せさせた。
男が振り返る。
『あーぁ、出会っちまったか」
笑う。
男が笑う。
狂った笑いがこちらを見る。
「お前が、やったのか!?」
震える声で問う。男は笑い続けている。
「こいつらなら俺がやったさ。ま、こんなもんじゃ到底満足できなかったがね」
肯定。その姿を見て妹紅は悟る。
こいつは殺人鬼だ。しかも、殺意を抑えるなんて事も出来ない。ヒトとして完璧に破綻した殺人鬼。
強者との、限界の殺し合いを何よりも求む、殺人嗜好者。
ヤバイ、いくらなんでもヤバ過ぎる。
こいつに関われば死ぬ。千年の間に磨耗し消えてなくなったと思い込んでいた感覚。死への恐怖が蘇ってくる。
しかし、彼女は構える。
「お、立ち向かうか。いいね、退屈しのぎには…」
「うるさい!!」
すでに堪忍袋は粉微塵に消え去り、その中身が噴火寸前の所まで来ている。
「オマエに叩き込んでやる!」
それは命亡き者が悟った、輝きの尊さ。
「命の重みって奴をな!!」
「…七夜末裔、七夜志貴。参る」
命と尊きとする者と、命を狩る物とする者の、血みどろの舞踏会が開幕した。
七夜志貴。
彼は混血なる異端の暗殺を生業としていた七夜の一族の末裔であり、
その一族の最後の当主であり、歴代一の実力を持っていた七夜黄理の息子である。
七夜の血がもたらす脅威的な身体能力と黄理から受け継いだ殺戮技巧を用いる殺人鬼。
その身体が、跳ねた。
襲い掛かる狂犬の牙。
七夜のナイフが煌いた。
「捌く……!」
閃鞘・七夜。
高速で迫る白刃を妹紅はすんでで避けた。
美しい白髪が数本切れる。
「!…あっぶねぇな!!」
即座に彼女は呪符を打ち出す。
しかし当たらず、男は更に踏み込む。
鋭い刃を弾丸のごとく突き出す。
かわす、だが避けきれない。
肉が抉られる感覚。構わず、妹紅は七夜の顔面を狙う。
「ぐっ…!」
頬に迫る敵意。迷わず後退。
更にそれに合わせた妹紅の追撃。それは一瞬で見切られことごとく外れる。
「ちっ、すばしっこい…!」
一方的に傷を負った妹紅としてはここで一撃当てておきたかったのだが、それは相手の俊敏さに押されて叶わなかった。
しかし、痛みが怒りに燃えていた頭に冷水をぶっ掛けた事で、彼女の中に思考できるスペースが生まれた。
今の一合で分かったのは相手のカードに“機動力”があることだ。
生半に弾幕張っている場合じゃないなと、妹紅は構え直す。
「さて、こっからが本番だ」
「は、やはり弾幕か…」
つまらんと七夜は悪態をついた。
しかし逆に、七夜は内心ほくそ笑んでいた。
所詮この世界での戦闘はあの妖精たちが使っていたような弾幕に依存するものばかり。
あの程度の弾幕ならば余裕で見切れる。
近距離に間合いを詰めさえすればすぐさま解体できる。
また、オレの勝ちか。
つまらないと嘆息。そこにくる弾幕。
「は、つまらん時間をありがとよ!」
即座に走る。狙いは首、驚異的な瞬発力で間合いに入る。
(見切って見せろ!!)
内心叫ぶ。それは更なる闘争を求める声だった。
そして運命は彼の心の声に従う。
女の身体が、僅かに下がる。刃は、空を切る。
「…!」
動揺する七夜。その腹に、槍じみた蹴りが突き刺さる。
「ぐおっ…!」
僅かの浮く体、そこに合わせたかのように握り締められた拳が迫る。
「ちっ…」
炸裂した拳、宙を舞う中で七夜は悪態をついた。
その目に、してやったりと笑う妹紅が映った。
「…多少は楽しめそうだな、くくく…」
体勢を整え、七夜は微笑んだ。
「…まさかそんな細腕でぶん殴るとは、女ってのは怖いねぇ」
「女じゃなくて妹紅。藤原妹紅さ」
七夜はまたあの不敵な笑みを浮かべる。
おそらく、彼も気づいたはずだろう。
相手は自分の“機動力”に対抗できるカードを持っていることに。
妹紅の手の中にあるカードは“動体視力”と“感覚”である。
長年の仇敵である蓬莱山輝夜との死闘でその二つはきっちりと鍛え上げられていた。
更に、この千年の中で磨いてきたケンカ拳法があった。
妹紅とて最初から弾幕を使えたわけではなく、そこらのゴロツキを相手にするのに編み出した邪拳であった代物。
しかし永遠の時の中で、それは十分な拳法としての領域に昇華されていた。
(最近は使わなかったが案外覚えてるもんだ)
もっぱら弾幕だけで最近は戦っていたから不安だったと内心ぼやいた。
「さ、かかって来な」
妹紅の拳を受けてからの七夜は攻めに消極的になっていた。
あのむかっ腹の立つ薄笑いはそのままに、中距離からの牽制の繰り返しだ。
拳が届くぎりぎりのラインでの死闘。
「ちっ…ずいぶん消極的じゃないか!さっさと攻めて来い!」
「…ふ」
挑発に対し挑発で返す。冷めたはずの頭に再び血が上る。
「…お前、その態度もいい加減にしろ!」
冷静さを欠いた拳は当たらず、バックステップで後退した七夜は森に消える。
「待て!この野郎…!」
追う妹紅。頭に血の上った彼女には、これが誘いの手であることを見抜けなかった。
「…くそ。気配すらしないか…」
あの男に上手い具合に誘導され、着いた先は夕日も見えない森の奥深くだった。
薄暗い闇は視覚を鈍らせ、風に揺れる葉は聴覚を殺す。
「やりにくいもんだ。が…」
これと同じ状況に七夜も置かれている筈。ならば相手はこの空間を戦場に選ぶだろうか?
むしろ、撤退のためにここに誘い込んだと可能性が高い。
「…なら逃げられたか。奴め…」
その背後に、
「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。―――ようこそ。この素晴らしき殺戮空間へ」
声が聞こえた。
即座に背後へ呪符を放ち、バックステップで後退。邪魔な木に背中が当たる。
七夜は余裕たっぷりに呪符を避け、背後の木を壁として飛び去る。
その様子を見て、妹紅は己の迂闊さを呪った。
ここは自分にとってマイナスの要素しかなく、相手にとってプラスの要素しかない空間である。
視覚と聴覚を封じられ、更に戦闘に必要な空間を得られない自分。
完全に気配を消し、この空間に居る限り迅速に撤退と強襲を行うことができる七夜。
戦力の差は歴然としている。
(ここから脱出しなきゃ勝ち目は…!)
即座に翼を広げようとした瞬間、正面から死神が襲いかかる。
「まず…!」
不意を突かれた彼女に危機を回避するだけの余裕はない。
「斬る…!」
閃鞘・八点衝。
無数の白刃が彼女に迫る
「ぐ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
それでも何とか致命傷を防ぐ。しかし、その隙こそが彼の狙い。
七夜は構える。この技で、死なぬ者など居らずと伝えられた極意。
「―――極死・」
動体視力を超えた素早さ。妹紅の目には影さえ追えず、
「七夜―――」
その瞬間に首はへし折れていた。
断末魔さえ挙げず、女は倒れた。
七夜は、感慨もなくその死体を見つめていた。
“あの妖精たちよりかは、強かったな”
しかし、この飢えど満たされぬ渇きを癒すにはあまりに不十分だった。
極死・七夜。秘儀の中の秘儀。究極の奥義として伝えられたそれを使ったのはせめてもの手向けの花だった。
殺し合いたい。脳髄がとろけるほどの死闘がしたい。この飢えを満たしたい。
それだけをこの殺人鬼は求めた。
「…ココじゃもう、何も殺せない」
森を抜け、目指すは人里。そこに降りれば、多少は気が紛れるかも知れない。
そして、歩みだした背に、猛烈な熱を感じた。
―――時効「月のいはかさの呪い」。
過去を幻視。その脳裏にあの鬼の姿を見た。
「…やってくれたな、首折られるなんて初めてだよ」
背後の森は燃え、それを背にして不死鳥が立つ。
藤原妹紅、未だ堕ちず―――。
私はどうにも甘いなと、妹紅は心の中で自嘲した。
弾幕を使わなかったのは相手に通用しないと考えていたのではなく、アレを人間と見ていたから。
愚かだ。その甘さこそが自身を死なせたのだ。
手は抜かない。あの男が行こうとする所を守るために、手は抜けない。
「…これ以上、殺させない…!」
守る、その意思が妹紅を構えさせる。
「………くくく」
「?」
七夜が、笑う。
静かに、狂った笑いを浮かべる。
「そうか、お前は…そうなのか」
死なない。あいつは死ぬことがない。
七夜の秘儀を用いても、身体をミンチにしようとも、アレは死なない。
最高だ。あの女は普通の方法では死なない。
いくらでも殺し合える。
それが七夜を歓喜させる。
「さぁ、殺し合おうぜ。藤原妹紅」
夕日が沈んだ幻想郷に不死の炎が煌いた。
腕が飛び、血が吹き出る。それも即座に再生する。
斬れた腕などお構いなしに残る腕にて相手を殴る。
時効「月のいはかさの呪い」が展開された燃える森の中、彼らは己の全てを出しつくす。
「…!う、あぁぁぁぁぁぁ!」
「ちっ!寝てな」
腹を抉られた激痛に呻きながら、拳を振るう妹紅。それをいなしながら投げの間合いに入る七夜。
地に伏せた彼女の首に短刀が突き刺さる。
妹紅は、断末魔の代わりに脚を上げた。
僅かに宙に浮いた彼の背中に、弾幕が炸裂する。
「ぐ、…拙いな」
七夜の身体も特別製と言えど、身体の再生能力まで付いている訳ではない。
炸裂した弾幕は僅かだが、それが七夜の体力を徐々に殺いでいく。
最早、自身の領域であった森は炎に包まれ、相手の領域に成り代わっていた。
勝ち目はない、頭の中では理解している。だが、
(これだけ愉しいのに、退くなんて出来るはずがない)
だから笑う。この瞬間に歓喜する。
だが、逆に彼の中に今まで感じたことの無い不安があった。
しかし、それも一瞬で忘却する。そして何時も通りに構え、
殺人鬼は、自分の死さえ快楽とした。
自身の生を失ったからこそ、その輝きを真の意味で分かった。
だから叫ぶ。生きろと叫ぶ。
「それが…解らないのか!」
馬鹿野郎と、彼女は殴る。
今妹紅の中にあるのは、痛みでも怒りでもなく、哀しみであった。
哀れすぎた。この命はあまりに哀れだ。
これ以外の、他人を殺す以外の生き方を知らない殺人鬼。
自分とて、輝夜を殺そうと今まで必死にその後を追い続けた。
その中で会えた慧音に、それ以外の生き方を教えられたのだ。
“私ではこいつになにも教えられない。”
こいつにもし、まっとうな笑顔を浮かべられる生き方があったなら。
それが、悲しかった。
お互いに限界だった。
七夜はダメージから、妹紅はリザレクションから。
体力精神力ともに尽き果てる寸前であった。
最後の一合。
なにも言わず互いは構え、そしてその時を待つ。
偶然に、焼けた木の枝が折れた。
それが、地に落ちた。
それが合図となった。
「極彩と散れ」
閃鞘・迷獄沙門。
相手とのゼロ距離で放つ。高速の一閃。
それが決まり、
「ちっ、負けたか」
「フェニックス再誕」
即座に蘇生した妹紅の紅蓮の鳳凰が周囲を火の海に変えた。
「ハ―――何も残らない」
燃える炎越しに見る相手は焦げた木に寄りかかり、泥の様にぐったりと眠っている。
「元から存在しないモノ。得るモノが無ければ、失うモノなどあり得ない」
すでに身体は細微な硝子片のように成りだしていた。
「そう思っていたんだが、まいったねどうも」
感覚は失せ、紛い物に生み出された身体は崩壊の一途に向かう。
「このまま消えるのはいただけない。死を恐れるとは思わなかった」
あり得ない感情が、忘れた不安が形を持って彼の中に生まれていた。
「あぁ、なんてこった。死んだらもうだれも殺せない。あっちに居るのは亡者ばかりだ」
それが、本当にそう思っての恐怖か、それとも、妹紅との死闘の中で芽生えた感情なのか。
それは分からない。誰にも、そして当人にも。
「何の楽しみも無いんだが……まぁ、これが相応の罰ってやつか」
残された部分は僅か。霞む視界の中、最後に殺し合った相手の顔を見つめ、
「いいぜ、このまま無惨にちぎれて消えるさ」
風に流れた花のように、殺人鬼は消えていった。
了
>知れねぇしなぁ…
>命の重みって奴をな!!
>あっぶねぇな!!
妙に男っぽいです。それ以外は良かった。
でもPS2版メルブラはクソゲーだよね。
魔眼があるならともかく、酷いことを言ってしまえば運動能力に優れているだけの七夜が不死である蓬莱人に勝てるわけが無いので、それを覆すだけの展開、または覆せる人選をして欲しかったと思います。
それがなければ、面白かったと思います。次回があれば、それに期待しています。
キャラクターの性格無視してやりたいようにやるのはちょっと…
蓬莱人の危険性は、七夜みたいなタイプを何度も見ているであろう
ことだと思うんですよ。まあ主観ですが
月姫キャラで対抗するなら二十七祖クラスかそれ以上を持って来ないと互角足りえないと思いますが。
七夜では勝負にさえならないでしょう。飛ばれたら攻撃手段ありませんし。
それはさておき、カットの人の登場を個人的に期待。
次に期待。
地獄に堕ちたら、閻魔によろしく言っといてくれ>七夜
話の為にキャラを弄ったみたいな印象が強い
↓の方で言われてる妹紅関連ね。あとバランス。
勝敗の勝ち負け、戦いの綺麗・汚いはどうでもいいとしても
スポットライトが七夜に当たりすぎ。これが頂けない。そこを考えて欲しいかな。
あと個人的な意見で申し訳ないんだけども
作中やゲーム中に出てくるキメ台詞っつーの?
それを手軽にポンポン出されるとねー…なーんか陳腐っつーか、安いっつーか
何より東方の世界観にあってないでしょ。出そうに無いよその台詞、みたいなさ。
土台が東方なんだからそれに合わせた上で話を書いたほうがいいよ。
土台が月じゃないと嫌だってんなら別のところ行った方がいい。
やばいシーンがあると聞いたのでワクワクしたのですがね。
断末魔や血しぶきを出しながらボロ雑巾になる七夜を予想していましたが酷い物ですね。
脳髄や臓物を出せば良いと思いますがこの程度ですね。
死なない+人間関係が希薄だという妹紅の設定を利用して殺し合いをさせるなんて陳腐も良いところです。咲夜辺りが妥当だと思いました。七夜の相手にはね。
それとも、貴方は東方さえ入れておけば読んで感想が貰えると言う安易な思考で書いたのでしょうか?
最近は月関連でクロスオーバーさせる作品が多いですが東方を出汁にするのはやめて欲しいです。